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mom Kさんへのコメント一覧(14ページ)全290件

mom Kさんの掲示板にコメントを書く

  • 初めまして!

    E&Oホテル懐かしく拝見しました、35年前に成りますがクラッシクホテルが好きで何度か利用しました。でも、随分と今風に成ってしまったようですね。
    近くに泰国旅社・キャセイホテルという植民地時代そのままの宿があったのですが、6年前に取り壊されて消えました。コロニアルホテルが消えつつあるようですね?。それから拝見頂きましてありがとうございます。
    2023年05月07日21時55分返信する 関連旅行記

    Re: 初めまして!

    そうですか。35年前ですか。素敵な旅を重ねてこられたのですね。泰国旅社と言い、夢のようです。旅人たちの記憶を閉じ込めた建物。あのエレガントさは、独特の世界。国内でも建築当時を生かした日本旅館を探しています。機乗の空輸さん、内外を問わずご紹介下さい。
    2023年05月09日06時23分 返信する
  • イースタン&オリエンタル ホテル

    mom Kさん おはようござおます。

    昔のボーイフレンドとの再会のように、落ち着いた雰囲気は今も同じく、
    素敵な雰囲気は今も変わりなく、迎えてくれましたね。
    調度品の数々も品よく揃い、十分満足されたことでしょう。
    ホテルステイもKさんのポエムのような文にいっとき高級な気分を味わいました。
    執事を呼び出す呼び鈴なんて、時代を凍結しているようですね。

    pedaru
    2023年05月03日05時54分返信する 関連旅行記

    Re: イースタン&オリエンタル ホテル

    おはようございます、pedaruさん。お便りとともに、今日も青空、素敵な朝の始まりです。
    執事と言えば、私は映画でしか思い出せません。「日の名残り」のアンソニー ホプキンスと、「アフリカの日々」のとりわけ最後のシーン。
    2004年時のcheck inの際、かしずかれてのそれでしたから、一層、こちらの背筋が伸びました。同じ彼が、部屋まで案内してくれて、このスイッチは、「おまちがいになりませんように・・・」と、ささやくように言ってくれました。
    夜、ドアの前に私の靴を出しておきました。翌朝、見違えるように光って、置かれていました。ドアノブには、E&O名入りの布製新聞入れに入った朝刊がかけられていました。例のスイッチは、恐れ多くて、一度も触れていません。眺めるだけで豊かな気分でした。

    今回、早めに前のホテルから直行したのは、101号室を願ってのこと。応対してくれたのは、前述のホテルマンのちょうど息子年代でした。あの時の顔は覚えていなくて、立ち居振る舞いや言葉づかいに圧倒されていました。その彼と体つきやしぐさ、それに落ち着いた静かな話し方が似ているので、もしかしたら・・・と今振り返って、思っています。他に数名レセプションにスタッフを見かけましたが、私には、圧倒的に彼が存在感を放っていました。
    2023年05月03日08時39分 返信する
  • ペナンE&O!!

    こんにちは
    ペナンE&Oですか
    まだ頑張っているんですね

    かれこれ四十数年に
    シンガポールからマレーシア入り
    ペナンは1週間ぐらい安宿
    確か永安旅社に泊まり
    E&Oは憧れ
    とても泊まれず
    中ブラついたりしてました

    懐かしい・・・
    あの頃が蘇ってきました
    素晴らしい旅行記
    ありがとうございました!!

    swal
    2023年05月02日11時29分返信する 関連旅行記

    Re: ペナンE&O!!

    四十数年前ですか、永安旅社ですか。ということは、シンガポールからマレー鉄道入りですか、swalさん、私には夢見る世界ですよ。

    イポーに降りられましたか。鉄道駅舎のマジェスティックホテルに泊まられましたか。2005年当時一泊2000円ぐらいだったかなあ。あのホテルがかわいそうなくらい。
    全く植民地時代そのままの建物で、今に壊されるか、全く立て直されるに違いないと思い、2年も空けず再訪。泊まり客もほとんどいないのは、以前のセントラル駅の本物マジェスティックHと同様。両者、高い天井に往時を偲ぶ調度品。シミも故障さえも愛おしかった。案の定、その翌年、壊されました。

    泊り客でなくても、中に入れたのですね。「中ブラついたり」されたswalさんも
    すでにそのころから旅の猛者だったのですね。そのE&Oこそ本物再生だったはず。

    2004年、
    コムタでべちゃのおじいさんに遇ったので、ホテルまで送ってもらったんです。そしたら、玄関が遠くに見えるホテルの建物の角の所で、申し訳なさそうに、「ここからは、入れないんだよ。」と言われました。英国植民地という時代を垣間見た思いでした。
    あのころ、べちゃは、古自転車に座席が付いていて、観光客用というより、市場で買った荷物とともに利用している町のおばちゃんたちの足のようでした。赤いペンキでもなし、むろん花飾りなんてもってのほか。あの姿こそペナンなのに。

    ペナンの在りし日を共有していただいて、光栄です。題名は、私もお気に入りです。生みの親ですから。ありがとうございます。ジュンパラギ!
    2023年05月02日14時35分 返信する

    RE: Re: ペナンE&O!!

    こんばんは

    ペナンの気付き頂き
    ありがとうございました!!
    ビックリ橋がかかってるんですね
    知らなかった

    バタワース降り無料フェリーで
    ペナンはヨーロピアン結構いて
    格安チケット店も結構ありでした

    今は無きシンガポール
    タンジョンパガー駅
    確かホーム二本で
    ホームに小さな小屋イミグレ
    もちろんカウンター一つ
    出国印
    ホームすぐ隣りが
    マレーシア入国イミグレ
    車内寒いから
    窓全開の食堂車にいてKLに
    駅はあの駅、ホテルの時代

    チャイナタウンの旅社に数泊
    ビールチャイナタウン以外は無理
    東海岸にバスで
    鉄路イポー回りしたかったけど
    全く無理だな
    時刻表など
    あっても無いと同じぐらい
    いい加減スケジュール
    まっ、それが良かった

    クアンタン、トレガヌ、コタバルに
    一泊づつして
    寒いナイトバスでKLチャイナタウン戻り
    とにかくビール置いてる処探すのが
    大変で

    でKLからバタワース、ペナン
    それから北上しパダンべサールから
    タイ国境越え

    あの頃はタイ入国は
    コレラの注射してないと
    入国出来る、出来ないの時代で
    空路は要らない
    けど陸路越えはいるとか
    サッパリわからず出発前
    日本タイ大使館に電話
    わからないと(笑)
    そんな時代
    まあいいさ、行っちゃえ!

    で、なんてことなく
    全くいい加減駅の
    イミグレタイ入国
    乗り継ぎハジャイへ

    鉄道スケジュールも
    あってないようなもので
    国境近くハジャイ昼過ぎ発
    夜行バンコク行快速ラピットだったかな
    シートは
    三人掛け6人向かい合わせ
    冷房ないから窓開け
    しまいに足元に1人ゴロリ寝始め
    上の荷物置きの網にも1人寝はじめ

    初めはちょい怖かったけど
    日本人は珍しらしく
    朝方は
    こっちは片言英語だけど
    通訳客も出てきて
    車内から質問
    こっち回答と
    車内大盛り上がりで
    バンコク着でした

    あの熱かった旅
    グッと蘇って
    長々書いちゃいました

    そんな熱い想いにさせて頂き
    mom Kさんに感謝です!!

    swal
    2023年05月03日20時15分 返信する

    こちらこそ

    熱い想いを共有させていただいて、とてもうれしいです。私の海外旅デビューは、おそらくswalさんより少し後です。でもあなた様の感覚は、分かります。
    カメラなど持たず、計画しないではなく、計画などできなく、「お部屋、ありますか」と、おそるおそるたずねる毎日。もうお互い珠玉の記憶ですね。

    そのころを西ではなく、マレー半島の東側ですか。日本人バックパッカーたちがこぞってタイ辺りに繰り出しはじめていた頃に、マレーシアですか。そのことに尊敬。

    あの頃から、バスも汽車も寒かったなんて、笑っています。KLの職場のエアコン設定温度16度でしたもの。私が、温度を上げても、ローカルは、また戻す始末。

    あの人間市場かと思うようなコタラヤの階上バスターミナルで、よく切符を買ったり、バスを見つけたりできましたね。マラッカ行の切符購入での初めての利用は、「私が付いていきます。」と職場の人に連れられてでしたから。今思えば、歴史的な情景だったのに、写真は一枚もありません。

    あのバスでクアンタンからコタバルまで北上されましたか。20年前私の頃でさえ
    長距離バス代がRM.10ほどでしたから、驚きでした。わりと立派な高速バスでした。コタバルで数泊して、ローカルバスで移動して、タイ国境を歩いて越え、すぐに戻りました。何もチェックなし。真昼間、タイ側に入ると小銃をかまえて、軍隊か警察かがパトロールしているのを見たからです。
    コタバルの街に戻る田舎道バス停そばにドウリアンが、積み上げられていて、見つめていたら、おじさんが選んで割ってくれました。確か、RM.10。KLから来たと応えたら、「KLでは、いくらするんだい。」と聞かれて、いつも買っている値段を言うと、ものすごく驚かれました。

    私もアロースターからハジャイ潜入旅をして、三日後のKL戻りは、あっさり鉄道でした。この冒険談は、素敵なことでいっぱいです。

    swalさんに触発され、「グッと蘇って」まだまだとめどもなくです。あのKL駅
    の時代をご存じなんて、うらやましすぎる。
                       テレマカシ~!
    2023年05月04日07時23分 返信する
  • ペナンE&O

    こんにちは!!
    2023年05月02日11時22分返信する 関連旅行記

    訂正

    swalさんの最初のコメントへのお返事、末尾2行は、他の方への返事を間違えて送ってしまいました。恥ずかしい。失礼。お許しを。
    2023年05月04日07時26分 返信する
  • マレーシア。。。

    mom Kさん こんにちは。

    やはり、何か通ずるものを感じずにはいられません。まさに今、一度断念したマレーシアへの旅をまた計画しようと模索している最中です。

    とは言え、こんな風にその地の音や匂いまで感じられそうな濃い旅はできませんが。
    ラマダンの時期で良かったのか残念だったのか、会えなかった人たちは残念でしたね。

    思い出は変わらず心の中に残り続けるし、また新しい出会いもあったことだし。
    素敵な旅行記をありがとうございます。

    gachin。
    2023年04月07日13時47分返信する 関連旅行記

    Re: マレーシア。。。

    gachinさん、スラマ マラム(こんばんは)!こういうのを「相寄る魂」と教えてもらったことがあります。
     
    本サイトを通じて、gachinさんとのように、心で会話ができる方が増えました。幸せなことです。

    マレーシアは、初めてですか。私は仕事だったので、KLでしたが、町にはそれほど愛着はなく、週末は、マラッカやクランに街歩きに行っていました。郊外電車で、歩きの楽しめる町を探した日々です。

    今回の旅行記にUPしたのも、よく歩いたスポットのみ。KLでよく紹介されるところは、一切登場していません。お察しのように、私的”としたのは、あまりに個人的すぎると思ってです。なのに、みなさんの共感や反応が今までになく、多く、はやく、うれしい戸惑いです。

    マレーシアが初めてで、これから何回もという国でもないと思われたら、KL日程より、マラッカとペナンにその時間を投入されたほうが、よいと思います。
    東マレーシアも素敵でしたが、マレーの空気に慣れた方が楽しめると思います。

    gachinさんの釧路ゲストハウス滞在記を再度拝見。私もあの街に、三度目はもっと長く滞在したいと思っています。米町公園に近いエリアのゲストハウスというので、昨年12月のホテル泊と半分ずつもいいなと。

    旅に求め、味わう感覚が似ているような気が勝手にしています。
                          ジュンパラギ(またね)!
    2023年04月07日21時47分 返信する
  • クアラルンプールで仕事をされていたんですね

    残念ながらワシには未到の地。この旅行記が神様のお告げの様に思えてきました。
    「もたもたしてないで さっさと行っちまえ」
    って言っている様な気がしました。

    マレーシアはASEANの中では一番印象が良い国。きっとマハティールさんのお陰かもしれません。治安も良さそう。
    と言うのも安倍さんの時に在外公館をジャンジャン増やしている最中、ジョホールバルだけは廃止になって、その分シェムリアップに新設したりしてたんで
    「あぁ、きっと治安がいい街なんだな」
    と思いました。リタイアしたら終の住処にしようかな、なんて考えた事もありましたっけ。

    初の国産自動車でプルトン・サガと言う三菱ミラージュのノックダウン方式の車は今はどうなったんだろう。EVに移行しつつあるのだろうか。

    マハティールさんが日本の柔らかくて美味しいパンに感激してクアラルンプール にもパン屋さんを作りましたよね。何て言う店だったっけか。

    あと、ウクライナ上空で起きたマレーシア航空の悲劇とか、

    ツインタワーの韓国製側が傾いて、日本側から救いの架け橋を渡して事なきを得たとか。

    こうして思い起こすと結構マレーシアには関心があった様な気がします。

    来週パスポート作りに行ってきます。今決めました。
    2023年04月06日22時21分返信する 関連旅行記

    Re: クアラルンプールで仕事をされていたんですね

    スラマ パギ! Dr、エフサ。
    今回は、外聞を押し込めてupしたデギル(わがままの意)な日記。あなた様の本お便りで、これでよかったんだと思えました。ほんとにうれしいです。ありがたいです、人生へのエール。

    うーん、赴任前にDrに個人授業を受けるべきだった。です。

    一年ぐらい住んでみられませんか。あのコンドミニアムの不動産会社担当のチャイニーズ女性は、引き払いは帰国日当日、時間通りにやってきて、「あなたがもし再びこの国にくるようなことがあったら、私に必ず電話してください。」と言って、手渡してくれた名刺は、いつでも取り出せるように保存しています。
    私は、KLの町よりマレーの国より、あの家から去るのがつらく、滞在当時も、この家はいくらぐらいだろうかとよく考えていました。
    2023年04月07日06時59分 返信する
  • 室内アンサンブル

    考えてみたらクラシック音楽はコンサートホールでしか聴いたことがなくて、mom Kさんの「音が流れ出したとき、ゾクッとしましたよ」の言葉に、ちょっとそそられる思いです。
    ピアノとヴァイオリンのアンサンブルと言ったら、ユモレスクと、サンサーンスの白鳥とグノーのアベマリアしか思いつきませんが、プログラムのパリのアメリカ人を見て
    あ、なるほど、と聴いてみたくなりました。

    若い頃は「ぴあ」とか、あさっていたのに。今でもタウン情報誌は売られているのかな? ネット社会だからなくなったか?
    2023年04月03日17時50分返信する 関連旅行記

    Re: 室内アンサンブル

    わたしの音楽好きは、Dr.のような本格派には程遠く、〈何を〉より〈どこで〉の愉しみのほうが大きい様な気がします。一瞬のシーンとその時の気持ちはよく覚えているんです。プログラムは、覚えていないに。          この時も、ビロード張りの椅子に座れてよかった、演奏者の向こうにお庭が見えて嬉しいとか。サロンの気分でヴィスコンティ映画を思い出したり。とかで心遊ばせてます。
    2023年04月04日10時11分 返信する
  • 岩田珈琲店

    はじめまして。
    祝島行かれたんですね。読み始めてから岩田珈琲店に行かれたのかな?とドキドキしながら読み進めていたら、旅行記に出てきて嬉しくなりました。

    実は札幌にお店があったときによくお世話になっていたのですが、いつか祝島へ行かなくてはと思っていたところです。旅行記を読んでより祝島へ聞い行かなくては!と強く思うようになりました。

    素敵な旅行記ありがとうございます。
    2023年01月29日17時22分返信する 関連旅行記

    こちらこそ

    おはようございます、YS-11さん。
    岩田珈琲店を見たときは、この島に! こんな素敵なcafe! やったぁーと  ガッツポーズでしたよ。建物でわかります。字体で感じます。cafe=文化  と思う私。それにふさわしいたたずまい。わくわくためらわずに扉を開け
    ました。
    もう一つ素敵と思ったのは、毎回、ローカルの人たちがゆったりされている
    のです。イタリアの田舎町の小さなバルにご近所さんがいるあの感じ。
    ご主人が、札幌から移ってこられたと最初の日に教えてくださいました。
    最後に、はからずも同席したフランクフルト人女性は、この日からここで
    働くと自己紹介してくれました。静かな感じの知的な方でした。

    4年に一度のお祭りの様子を國広さんち発行の祝島通信で知りました。祝島は、何から何まで奥が深いなあと思いました。

    そうそう、帰るときフェリー切符売り場で、窓口の女性が親しく声をかけ
    てくださるのに、私は見覚えがありません。首をかしげて、見つめていたら、
    「岩田珈琲の・・」とにっこり。サーブしてくれたのにケーキしか見て
    いなかった私です。
    2023年01月30日08時55分 返信する
  • デルス・ウザーラ

    いい方と出逢われましたね。
    お二人のやりとりが、旅行人同士ならではの絶妙な間合いだと感じました。

    デルス・ウザーラ、久しぶりに聞きました。昔、網走に住んでいたオホーツク人のルーツがデルス・ウザーラの住んでいた近くだったらしいですね。遺骨の遺伝子で分かった様です。和人でもアイヌでもないオホーツク人。ちょっと興味があります。

    今回はいつもより雪が少なくて安心していたのですが、所々歩きにくかった様ですね。
    大阪から単身赴任2年目の会社の後輩が、ワシが雪道を走って行くのを見て
    「走るんか!」ってびっくりしていました。
    おいおい、お前は北海道2回目の冬だぞ。何を学んで来たんだ? と思いましたが、きっと何度も転ばないと会得できないのかもしれませんね。なんか自転車みたいだな。
    2023年01月15日21時26分返信する 関連旅行記

    Re: デルス・ウザーラ

    Dr.おはようございます!こちら元気ですよ。明後日与那国に向かうからです。
    一刻も早くご報告旅日記アップをと気になっておりました。弟子屈でようやく雪を見ましたが、道路には全然。網走がいけません。網天のお店のあたりは、もうこわごわでした。「この最後の日になって、ころんではなるものか」と。

    はい、不思議ないい方でした。尋ねたのは、日記の中の私からのあれだけ。彼からは一切無し。?のない会話。世間話も無駄話もしない。♂「今夜最後の便で東京に戻ります。」とつぶやいたので、「私は、ひとつ前の便で羽田です。」と応えたり。で、女満別空港で♂「ひとつ早いバスで来ました。」と、私がゲートに向かう直前、エレベーターを上がってこられました。弟子屈のお饅頭をお渡しできて、ホッとしました。あまりにありがたかったので。

    オホーツク人という言葉を初めて知りました。寒さがとりわけ苦手で、その方面には、全くアンテナを張ってないせいもあります。北欧やカナダにもぜ~んぜん。ロシアは、美術館だけ気になっているんですが、腰が上がりません。
    北海道も私の未開拓地だったので、二風谷へはずいぶん時間がかかりました。
    この映画は、間を開けて、二度見ましたが、(私が)ひたすら寒さに耐えながら観た感覚です。黒沢氏が、依頼で期間をかけずに取り上げた作品とは聞いています。だから、一層彼の偉大さ感じています。

    トピックに声を出して、大笑い。無事に帰ってきたもんだから・・・
    謝 師匠!
    2023年01月16日09時05分 返信する
  • 後押し感じて、今年もがんばります

    Dr.エフサ あけましておめでとうございます!
    熱いメッセージ。身に余る光栄。なんだか名誉道民にしていただいた気持ちです。
    御許可いただいた題の旅行記、うんうんうなるばかりで、イントロがでないのと、この停車場で、思いがけない出会いがあったためです。
    乞うご期待!
    と言って、自分にプレッシャーを今掛けました。15日を締め切りにしてください。
    2023年01月05日20時54分返信する 関連旅行記

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