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【七十二候・桜始開(さくらはじめてひらく):またガッカリの山武・長光寺の枝垂れ桜、とんだことに多古町で妙光寺違いをした。】<br />  <br />産経新聞に今週は【七十二候・桜始開(さくらはじめてひらく:3月26日~30日)】であると小さく載っていた。  <br /><br />先日、ドライブがてら、八街(やちまた)市の先、山武(さんむ)市の長光寺(ちょうこうじ)にある枝垂れ桜を見に行った。<br />3月下旬から4月初旬に開花するとの情報が山武市観光協会の案内にあったから、丁度良いかなと思って、車を走らせた。<br /><br />千葉県山武市の妙宣寺(みょうせんじ)の枝垂れ桜を先に見て、近くの長光寺<br />(ちょうこうじ)の枝垂れ桜を見たのだった。<br />二つの寺の枝垂れ桜は、その美しさはなんとも甲乙つけがたいと云う。<br /><br />写真はまたガッカリの山武・長光寺の枝垂れ桜と右にソメイヨシノ。<br />

七十二候・桜始開(さくらはじめてひらく):またガッカリの山武・長光寺の枝垂れ桜、とんだことに多古町で妙光寺違いをした。

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2023/03/27 - 2023/03/27

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jijidaruma

jijidarumaさん

【七十二候・桜始開(さくらはじめてひらく):またガッカリの山武・長光寺の枝垂れ桜、とんだことに多古町で妙光寺違いをした。】
  
産経新聞に今週は【七十二候・桜始開(さくらはじめてひらく:3月26日~30日)】であると小さく載っていた。  

先日、ドライブがてら、八街(やちまた)市の先、山武(さんむ)市の長光寺(ちょうこうじ)にある枝垂れ桜を見に行った。
3月下旬から4月初旬に開花するとの情報が山武市観光協会の案内にあったから、丁度良いかなと思って、車を走らせた。

千葉県山武市の妙宣寺(みょうせんじ)の枝垂れ桜を先に見て、近くの長光寺
(ちょうこうじ)の枝垂れ桜を見たのだった。
二つの寺の枝垂れ桜は、その美しさはなんとも甲乙つけがたいと云う。

写真はまたガッカリの山武・長光寺の枝垂れ桜と右にソメイヨシノ。

旅行の満足度
4.0
同行者
カップル・夫婦(シニア)
交通手段
自家用車
旅行の手配内容
個別手配
  • 千葉県山武市の妙宣寺(みょうせんじ)の枝垂れ桜を先に見て、近くの長光寺(ちょうこうじ)の枝垂れ桜を見たかったのだ。<br /><br />写真は山武市の長光寺:またガッカリの山武・長光寺山門の枝垂れ桜(左下)と満開のソメイヨシノ(右)

    イチオシ

    千葉県山武市の妙宣寺(みょうせんじ)の枝垂れ桜を先に見て、近くの長光寺(ちょうこうじ)の枝垂れ桜を見たかったのだ。

    写真は山武市の長光寺:またガッカリの山武・長光寺山門の枝垂れ桜(左下)と満開のソメイヨシノ(右)

  • 写真は山武市の長光寺:美しいソメイヨシノの花があったから、ちょっと救いだった。

    写真は山武市の長光寺:美しいソメイヨシノの花があったから、ちょっと救いだった。

  • <昌谷山長光寺(しょうこくざん ちょうこうじ)><br />〒289-1223 千葉県 山武市 埴谷1175<br />0475-89-1046<br /><br />昌谷山長光寺(しょうこくざん ちょうこうじ)は永正11年(1514年)千葉市中田町に創立されたが、江戸時代に入りと、寛文9年(1669年)第9代住職・守玄院日禅上人の時に、埴谷(はにや)領主、*井上筑後守政清(まさきよ)の寄進により現在の地(埴谷)に移されました。<br /><br />*井上筑後守政清(いのうえ ちくごのかみ まさきよ)は、下総国高岡藩1万1500石の第2代藩主である。寛永5年(1628年)、初代藩主・井上政重の長男・井上政次の長男として生まれる。父が慶安3年(1650年)8月に早世したため、祖父・政重から世子に指名され、万治3年(1660年)7月9日に政重の隠居にともない家督を継いだ。<br /><br />写真は山武市の長光寺:山門とまぎれもない枝垂れ桜の樹形。

    <昌谷山長光寺(しょうこくざん ちょうこうじ)>
    〒289-1223 千葉県 山武市 埴谷1175
    0475-89-1046

    昌谷山長光寺(しょうこくざん ちょうこうじ)は永正11年(1514年)千葉市中田町に創立されたが、江戸時代に入りと、寛文9年(1669年)第9代住職・守玄院日禅上人の時に、埴谷(はにや)領主、*井上筑後守政清(まさきよ)の寄進により現在の地(埴谷)に移されました。

    *井上筑後守政清(いのうえ ちくごのかみ まさきよ)は、下総国高岡藩1万1500石の第2代藩主である。寛永5年(1628年)、初代藩主・井上政重の長男・井上政次の長男として生まれる。父が慶安3年(1650年)8月に早世したため、祖父・政重から世子に指名され、万治3年(1660年)7月9日に政重の隠居にともない家督を継いだ。

    写真は山武市の長光寺:山門とまぎれもない枝垂れ桜の樹形。

    長光寺 寺・神社・教会

    山武市:またガッカリの長光寺の枝垂れ桜だったが、その樹形が好ましい。 by jijidarumaさん
  • 長光寺の枝垂れ桜「ウバヒガンシダレザクラ」は毎年3月下旬から4月上旬にかけて見事な薄紅色の小さな花を咲かせる。<br />この枝垂れ桜は、昭和50年(1975年)6月1日に山武市の天然記念物に指定されている。枝の広がりは約800平方メートルもあり、花見時は多くの花見客が訪れる。<br />山門傍の駐車場は広く、普通車が50台は駐車可能。本堂横裏手にトイレ設備あり。<br /><br />写真は山武市の長光寺:杉木立の参道

    長光寺の枝垂れ桜「ウバヒガンシダレザクラ」は毎年3月下旬から4月上旬にかけて見事な薄紅色の小さな花を咲かせる。
    この枝垂れ桜は、昭和50年(1975年)6月1日に山武市の天然記念物に指定されている。枝の広がりは約800平方メートルもあり、花見時は多くの花見客が訪れる。
    山門傍の駐車場は広く、普通車が50台は駐車可能。本堂横裏手にトイレ設備あり。

    写真は山武市の長光寺:杉木立の参道

  • 写真は山武市の長光寺:山門傍の高々とした一本杉はこんな形になっているが珍しい。

    写真は山武市の長光寺:山門傍の高々とした一本杉はこんな形になっているが珍しい。

  • 写真は山武市の長光寺:山門を入ってすぐの参道右に墓碑が立つ。

    写真は山武市の長光寺:山門を入ってすぐの参道右に墓碑が立つ。

  • 写真は山武市の長光寺:一番左に良い顔をした、このような墓碑があった。

    写真は山武市の長光寺:一番左に良い顔をした、このような墓碑があった。

  • 長光寺本堂前の枝垂れ桜(ウバヒガンシダレザクラ)は、樹齢300年を超えると云われ、高さ約15m、幹の太さ約5mで、枝の広がりは約800平方メートル、大変樹形の美しい枝垂れ桜ですが、まあ残念なことに、花が・・・。<br /><br />写真は山武市の長光寺:ガッカリした長光寺本堂前の枝垂れ桜と、逆にソメイヨシノは満開。

    イチオシ

    長光寺本堂前の枝垂れ桜(ウバヒガンシダレザクラ)は、樹齢300年を超えると云われ、高さ約15m、幹の太さ約5mで、枝の広がりは約800平方メートル、大変樹形の美しい枝垂れ桜ですが、まあ残念なことに、花が・・・。

    写真は山武市の長光寺:ガッカリした長光寺本堂前の枝垂れ桜と、逆にソメイヨシノは満開。

  • 長光寺本堂前の枝垂れ桜は2本(右の老木の樹齢は300年以上)、相対するようにある。左手にある枝垂れ桜は右の老樹から昭和40年(1965年)に、接ぎ木によりつくられた第二世の枝垂れ桜だ。<br />長光寺の枝垂れ桜の開花期間は市観光協会によると、2023年3月下旬~4月上旬とあった。近くの妙宣寺(みょうせんじ)の枝垂れ桜も同じだった。<br /><br />写真は山武市の長光寺:ガッカリした長光寺本堂前の枝垂れ桜。

    長光寺本堂前の枝垂れ桜は2本(右の老木の樹齢は300年以上)、相対するようにある。左手にある枝垂れ桜は右の老樹から昭和40年(1965年)に、接ぎ木によりつくられた第二世の枝垂れ桜だ。
    長光寺の枝垂れ桜の開花期間は市観光協会によると、2023年3月下旬~4月上旬とあった。近くの妙宣寺(みょうせんじ)の枝垂れ桜も同じだった。

    写真は山武市の長光寺:ガッカリした長光寺本堂前の枝垂れ桜。

  • 写真は山武市の長光寺:長光寺の枝垂れ桜の説明板・・・満開時の写真があるが素晴らしい。

    写真は山武市の長光寺:長光寺の枝垂れ桜の説明板・・・満開時の写真があるが素晴らしい。

  • 長光寺の枝垂れ桜「ウバヒガンシダレザクラ」は毎年3月下旬から4月上旬にかけて見事な薄紅色の小さな花を咲かせる。<br /><br />写真は山武市の長光寺:本堂前の枝垂れ桜は樹齢約300年を超える。

    イチオシ

    長光寺の枝垂れ桜「ウバヒガンシダレザクラ」は毎年3月下旬から4月上旬にかけて見事な薄紅色の小さな花を咲かせる。

    写真は山武市の長光寺:本堂前の枝垂れ桜は樹齢約300年を超える。

  • 写真は山武市の長光寺:中興第一世と称される日禅上人坐像説明板

    写真は山武市の長光寺:中興第一世と称される日禅上人坐像説明板

  • 写真は山武市の長光寺:本堂に向かって右手奥にあった大きな椿は満開だ。

    写真は山武市の長光寺:本堂に向かって右手奥にあった大きな椿は満開だ。

  • 写真は山武市の長光寺:大きな椿が咲く場所から本堂に向かって写真を撮った。

    写真は山武市の長光寺:大きな椿が咲く場所から本堂に向かって写真を撮った。

  • 写真は山武市の長光寺:本堂右手に代々の住職たちの立派な墓が立っていた。

    写真は山武市の長光寺:本堂右手に代々の住職たちの立派な墓が立っていた。

  • 写真は山武市の長光寺:本堂玄関。

    写真は山武市の長光寺:本堂玄関。

  • 写真は山武市の長光寺:本堂内の鴨居(かもい)の絵。

    写真は山武市の長光寺:本堂内の鴨居(かもい)の絵。

  • 写真は山武市の長光寺:本堂内の鴨居の絵。

    写真は山武市の長光寺:本堂内の鴨居の絵。

  • 写真は山武市の長光寺:本堂内の鴨居の絵。

    写真は山武市の長光寺:本堂内の鴨居の絵。

  • 写真は山武市の長光寺:本堂内の正面。

    写真は山武市の長光寺:本堂内の正面。

  • 写真は山武市の長光寺:多分、中興第一世と称される日禅上人像と仏像。

    写真は山武市の長光寺:多分、中興第一世と称される日禅上人像と仏像。

  • 写真は山武市の長光寺:中興第一世と称される日禅上人像と思われる。

    写真は山武市の長光寺:中興第一世と称される日禅上人像と思われる。

  • 写真は山武市の長光寺:本堂内から外の枝垂れ桜を撮ってみた。

    写真は山武市の長光寺:本堂内から外の枝垂れ桜を撮ってみた。

  • 写真は山武市の長光寺:本堂内から外の枝垂れ桜を撮ってみた。確かに樹形が良く、満開の姿を想像してみた。

    写真は山武市の長光寺:本堂内から外の枝垂れ桜を撮ってみた。確かに樹形が良く、満開の姿を想像してみた。

  • 寺院に似つかわしい*利休梅(リキュウバイ ) の花は満開だった。<br /><br />*利休梅(リキュウバイ ) はバラ科の植物の1種。別名はウメザキウツギ、バイカシモツケ、ウツギモドキ、マルバヤナギザクラという言い方がある。<br />中国原産の落葉低木。日本では庭木、公園木としてよく栽培されている。<br />花期は4~5月頃で、白い花を咲かせる(Wiki)。<br /><br />写真は山武市の長光寺:枝垂れ桜に代わり、満開の利休梅がなかなか美しい。

    寺院に似つかわしい*利休梅(リキュウバイ ) の花は満開だった。

    *利休梅(リキュウバイ ) はバラ科の植物の1種。別名はウメザキウツギ、バイカシモツケ、ウツギモドキ、マルバヤナギザクラという言い方がある。
    中国原産の落葉低木。日本では庭木、公園木としてよく栽培されている。
    花期は4~5月頃で、白い花を咲かせる(Wiki)。

    写真は山武市の長光寺:枝垂れ桜に代わり、満開の利休梅がなかなか美しい。

  • 利休梅も桜だから、これもまた良し!<br /><br />写真は山武市の長光寺:枝垂れ桜に代わり、満開の利休梅。

    利休梅も桜だから、これもまた良し!

    写真は山武市の長光寺:枝垂れ桜に代わり、満開の利休梅。

  • 杉木立の日陰にあった、この枝垂れ桜は有りがたいことにまだ花が残っていた。<br /><br />写真は山武市の長光寺:日陰の枝垂れ桜。

    杉木立の日陰にあった、この枝垂れ桜は有りがたいことにまだ花が残っていた。

    写真は山武市の長光寺:日陰の枝垂れ桜。

  • 写真は山武市の長光寺:中央に枝垂れ桜、右に奥にソメイヨシノ。

    写真は山武市の長光寺:中央に枝垂れ桜、右に奥にソメイヨシノ。

  • 写真は山武市の長光寺:本堂の屋根も美しい。

    写真は山武市の長光寺:本堂の屋根も美しい。

  • 写真は山武市の長光寺:枝垂れ桜が辛うじて残る。

    写真は山武市の長光寺:枝垂れ桜が辛うじて残る。

  • 写真は山武市の長光寺:山門傍の高々とした一本杉。

    写真は山武市の長光寺:山門傍の高々とした一本杉。

  • 写真は山武市の長光寺:山門傍の高々とした一本杉は下枝を切った所為で、枝垂れ桜にとっては日当たりも良さそうだ。<br /><br />まだ時間も午後2時前であったので、多古町の「竹林山」妙光寺の枝垂れ桜を見てみようと、20km先の多古町に向かった。

    写真は山武市の長光寺:山門傍の高々とした一本杉は下枝を切った所為で、枝垂れ桜にとっては日当たりも良さそうだ。

    まだ時間も午後2時前であったので、多古町の「竹林山」妙光寺の枝垂れ桜を見てみようと、20km先の多古町に向かった。

  • 所が帰宅して分かった事だが、<br />とんだことに多古町の「妙印山」妙光寺の枝垂れ桜と、アジサイで有名な中村檀林・日本寺の近くにある、本来行くべき多古町の「竹林山」妙光寺の枝垂れ桜と勘違いしてしまったようだ。<br /><br />ナビを妙光寺で入れたら、多古町商工会の建物の近くの寺・「妙印山」妙光寺に行ってしまったのだ。名前も同じ、どちらも枝垂れ桜もあったから、てっきり目的の寺と思い、こちらに御参りした。<br /><br />幸い、枝垂れ桜やソメイヨシノの桜を見る事が出来たから、この勘違いに気付かずにそのま帰宅した(苦笑)。<br /><br />石段脇には「妙見大菩薩」と刻まれた石塔が目立つ。<br /><br />本来行こうとしたのは「竹林山」妙光寺でしたが。<br /><br />写真は多古町:勘違いして訪れた「妙印山」妙光寺の枝垂れ。<br />

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    所が帰宅して分かった事だが、
    とんだことに多古町の「妙印山」妙光寺の枝垂れ桜と、アジサイで有名な中村檀林・日本寺の近くにある、本来行くべき多古町の「竹林山」妙光寺の枝垂れ桜と勘違いしてしまったようだ。

    ナビを妙光寺で入れたら、多古町商工会の建物の近くの寺・「妙印山」妙光寺に行ってしまったのだ。名前も同じ、どちらも枝垂れ桜もあったから、てっきり目的の寺と思い、こちらに御参りした。

    幸い、枝垂れ桜やソメイヨシノの桜を見る事が出来たから、この勘違いに気付かずにそのま帰宅した(苦笑)。

    石段脇には「妙見大菩薩」と刻まれた石塔が目立つ。

    本来行こうとしたのは「竹林山」妙光寺でしたが。

    写真は多古町:勘違いして訪れた「妙印山」妙光寺の枝垂れ。

  • <多古町「妙印山」妙光寺><br />千葉県香取郡多古町多古2550<br /><br />多古居射にある妙印山妙光寺は400~500の檀家を有する「多古音頭にも歌われる町最大の日蓮宗の寺院」だと云う。<br />妙印山妙光寺は弘安中期(1278~87年)に日蓮上人の高弟日朝が創建したと伝えられている。<br /><br />元禄4年(1691年)には水戸光圀が参詣したと伝わり、宝暦4年(1754年)になると葵の紋章を使うことを許された。山門前大題目塔は宝暦9年(1759年)、大常夜燈は寛永2年(1849年)の建立と、いずれも長い歴史のあるものである。<br /><br />写真は多古町「妙印山」妙光寺:ソメイヨシノ。<br />

    <多古町「妙印山」妙光寺>
    千葉県香取郡多古町多古2550

    多古居射にある妙印山妙光寺は400~500の檀家を有する「多古音頭にも歌われる町最大の日蓮宗の寺院」だと云う。
    妙印山妙光寺は弘安中期(1278~87年)に日蓮上人の高弟日朝が創建したと伝えられている。

    元禄4年(1691年)には水戸光圀が参詣したと伝わり、宝暦4年(1754年)になると葵の紋章を使うことを許された。山門前大題目塔は宝暦9年(1759年)、大常夜燈は寛永2年(1849年)の建立と、いずれも長い歴史のあるものである。

    写真は多古町「妙印山」妙光寺:ソメイヨシノ。

  • 写真は多古町「妙印山」妙光寺:ソメイヨシノ。

    写真は多古町「妙印山」妙光寺:ソメイヨシノ。

  • 昭和35年(1960年)には大原内の妙見堂から、中世、多古地方を支配した千葉氏一族の守護神である妙見像が移された。<br />兜をいただき、甲冑をつけて刀印を結ぶ勇ましい武装形で、目を大きくこらした形相は力強さを感じさせるそうだが、実物は拝見していない。<br />石段脇に立つ「妙見大菩薩」と刻まれた石塔はそうした意味があるのだろう。<br /><br />写真は多古町「妙印山」妙光寺:本堂内。

    昭和35年(1960年)には大原内の妙見堂から、中世、多古地方を支配した千葉氏一族の守護神である妙見像が移された。
    兜をいただき、甲冑をつけて刀印を結ぶ勇ましい武装形で、目を大きくこらした形相は力強さを感じさせるそうだが、実物は拝見していない。
    石段脇に立つ「妙見大菩薩」と刻まれた石塔はそうした意味があるのだろう。

    写真は多古町「妙印山」妙光寺:本堂内。

  • 写真は多古町「妙印山」妙光寺:開基・日朝上人像か。

    写真は多古町「妙印山」妙光寺:開基・日朝上人像か。

  • 写真は多古町「妙印山」妙光寺:枝垂れとソメイヨシノ。

    写真は多古町「妙印山」妙光寺:枝垂れとソメイヨシノ。

  • 写真は多古町「妙印山」妙光寺:代々の住職たちのお墓。

    写真は多古町「妙印山」妙光寺:代々の住職たちのお墓。

  • 高台に立つ「妙印山」妙光寺は見晴らしも良い。<br />寺としても、裕福な感じがしたお寺だったが、説明版が無いため、「竹林山」妙光寺にあると云う、豪族千葉氏の板碑を探してしまった。<br /><br />それにして、同じ町に同じ名の寺(山号が異なるとはいえ)があるとは思わなかった。<br /><br />尚、参考までに下記した。<br /><多古町:竹林山 妙光寺(みょうこうじ)><br />千葉県香取郡多古町南中163<br /><br />因みに多古町の日蓮宗 「竹林山」妙光寺はその名のとおりたくさんの竹に囲まれた山寺で、春の季節のしだれ桜が美しいことでも知られている。<br />その姿は日蓮宗の大本山である身延山久遠寺の桜を思わせるとか。<br />桜の見頃:3月下旬から4月上旬。<br />この「竹林山」妙光寺は千葉の豪族千葉氏との関わりが深いことでも知られており、千田荘(ちだのしょう)を本領としていた千葉氏の板碑(板石塔婆)が残されている。<br /><br />写真は多古町「妙印山」妙光寺:石段の上から多古の町を望む。<br /><br />・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・<br /><br />「竹林山」妙光寺はまたの機会に訪れよう。<br /><br />(2023年4月6日Wiki・HP参考、編集・加筆)

    高台に立つ「妙印山」妙光寺は見晴らしも良い。
    寺としても、裕福な感じがしたお寺だったが、説明版が無いため、「竹林山」妙光寺にあると云う、豪族千葉氏の板碑を探してしまった。

    それにして、同じ町に同じ名の寺(山号が異なるとはいえ)があるとは思わなかった。

    尚、参考までに下記した。
    <多古町:竹林山 妙光寺(みょうこうじ)>
    千葉県香取郡多古町南中163

    因みに多古町の日蓮宗 「竹林山」妙光寺はその名のとおりたくさんの竹に囲まれた山寺で、春の季節のしだれ桜が美しいことでも知られている。
    その姿は日蓮宗の大本山である身延山久遠寺の桜を思わせるとか。
    桜の見頃:3月下旬から4月上旬。
    この「竹林山」妙光寺は千葉の豪族千葉氏との関わりが深いことでも知られており、千田荘(ちだのしょう)を本領としていた千葉氏の板碑(板石塔婆)が残されている。

    写真は多古町「妙印山」妙光寺:石段の上から多古の町を望む。

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

    「竹林山」妙光寺はまたの機会に訪れよう。

    (2023年4月6日Wiki・HP参考、編集・加筆)

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