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昨秋、故郷青梅を訪ねた帰りに、何となく関東道の駅の一覧表から道の駅「童謡のふる里おおとね」を選び、訪ねてみた。<br /><br />東北自動車道加須ICから降りて、初めて訪れた加須(かぞと読む)市は埼玉県の北東部に位置し、人口は110,950人と中規模の市である。<br /><br />短い時間の訪問だったが、かつて歌った童謡・・・「電車ごっこ」<br />運転手は君だ 車掌は僕だ<br />あとの四人が 電車のお客<br />お乗りはお早く<br />動きます ちんちん ・・・の作者に出会えた。<br /><br />作曲家下總皖一(しもおさ かんいち)氏が、この加須市で育ち、世に知られた作曲家であったことも知らなかったが、加須市はこの作曲家の銅像を建て、立派な市立図書館(分館)に彼のコーナーまで設けていた。<br /><br />写真は童謡のふる里おおとね図書館(ノイエ)のコーナーに飾られていた童謡の作曲家下總皖一(しもおさ かんいち)氏の写真と略歴

埼玉の加須市は読めないが、童謡(運転手は君だ 車掌は僕だ)の作曲家下總皖一(しもおさかんいち)の出身地だ。

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2022/11/29 - 2022/11/29

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旅行記グループ 日本の小旅行1

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jijidaruma

jijidarumaさん

昨秋、故郷青梅を訪ねた帰りに、何となく関東道の駅の一覧表から道の駅「童謡のふる里おおとね」を選び、訪ねてみた。

東北自動車道加須ICから降りて、初めて訪れた加須(かぞと読む)市は埼玉県の北東部に位置し、人口は110,950人と中規模の市である。

短い時間の訪問だったが、かつて歌った童謡・・・「電車ごっこ」
運転手は君だ 車掌は僕だ
あとの四人が 電車のお客
お乗りはお早く
動きます ちんちん ・・・の作者に出会えた。

作曲家下總皖一(しもおさ かんいち)氏が、この加須市で育ち、世に知られた作曲家であったことも知らなかったが、加須市はこの作曲家の銅像を建て、立派な市立図書館(分館)に彼のコーナーまで設けていた。

写真は童謡のふる里おおとね図書館(ノイエ)のコーナーに飾られていた童謡の作曲家下總皖一(しもおさ かんいち)氏の写真と略歴

旅行の満足度
4.5
同行者
カップル・夫婦(シニア)
交通手段
自家用車
旅行の手配内容
個別手配

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  • 加須(かぞ)ICから降りて、ナビに教えられたままに国道125号線、346号線、60号線で道の駅「童謡のふる里おおとね(加須市佐波258-1)」に至る。<br />凡そICから車で15分の距離になる。<br /><br />写真は道の駅:童謡のふる里おおとねの冊子

    加須(かぞ)ICから降りて、ナビに教えられたままに国道125号線、346号線、60号線で道の駅「童謡のふる里おおとね(加須市佐波258-1)」に至る。
    凡そICから車で15分の距離になる。

    写真は道の駅:童謡のふる里おおとねの冊子

    道の駅 童謡のふる里おおとね 道の駅

    加須の【道の駅 童謡のふる里おおとね】には童謡(運転手は君だ 車掌は僕だ)の作曲家下總皖一(しもおさかんいち)の銅像が立つ。 by jijidarumaさん
  • 写真は道の駅:童謡のふる里おおとねの・作曲家下總皖一(しもおさかんいち)氏が冊子の中で紹介されていた。

    写真は道の駅:童謡のふる里おおとねの・作曲家下總皖一(しもおさかんいち)氏が冊子の中で紹介されていた。

  • 作曲家・音楽教育者であった下總 皖一(しもおさ かんいち:1898年~1962年・享年64歳)は本名が下總 覺三といった。埼玉県北埼玉郡原道村砂原(現:加須市かぞし)生まれでした。<br /><br />下總 皖一は長じて、埼玉師範学校(現:埼玉大学教育学部)に入学、1920年東京音楽学校(現:東京芸術大学)で作曲を信時潔に師事し首席で卒業している。<br />後の1932年、34才の時、文部省在外研究員としてドイツのベルリン芸術大学に留学した。<br />1934年、滞独2年半の留学生活を終え、帰国と共にと共に東京芸術大学の助教授になる。1942年東京芸術大学教授、1956年東京芸術大学音楽学部長。<br />門下生には團伊玖磨(だん いくま)、芥川也寸志(あくたがわ やすし)等がいる。<br />童謡・文部省唱歌を多く作曲(後述)した。また多くの小学校・中学校・高等学校の校歌の作曲も手がけており、総作曲数は1000曲以上に上る(Wiki参考)。<br /><br />写真は道の駅:童謡のふる里おおとねの・作曲家下總皖一(しもおさかんいち)氏の銅像・・・暗くて、写真と銅像の顔を比べられなかった。

    作曲家・音楽教育者であった下總 皖一(しもおさ かんいち:1898年~1962年・享年64歳)は本名が下總 覺三といった。埼玉県北埼玉郡原道村砂原(現:加須市かぞし)生まれでした。

    下總 皖一は長じて、埼玉師範学校(現:埼玉大学教育学部)に入学、1920年東京音楽学校(現:東京芸術大学)で作曲を信時潔に師事し首席で卒業している。
    後の1932年、34才の時、文部省在外研究員としてドイツのベルリン芸術大学に留学した。
    1934年、滞独2年半の留学生活を終え、帰国と共にと共に東京芸術大学の助教授になる。1942年東京芸術大学教授、1956年東京芸術大学音楽学部長。
    門下生には團伊玖磨(だん いくま)、芥川也寸志(あくたがわ やすし)等がいる。
    童謡・文部省唱歌を多く作曲(後述)した。また多くの小学校・中学校・高等学校の校歌の作曲も手がけており、総作曲数は1000曲以上に上る(Wiki参考)。

    写真は道の駅:童謡のふる里おおとねの・作曲家下總皖一(しもおさかんいち)氏の銅像・・・暗くて、写真と銅像の顔を比べられなかった。

  • 写真は道の駅:童謡のふる里おおとねの看板・周辺マップ・・・利根川が近くを流れ、関東平野のほぼ真ん中に位置し、栃木・群馬・埼玉・茨城4県も県境にまたがる渡良瀬遊水地(面積33平方キロメートル)も近い。<br />先日、池の周囲にある下草が燃えて、騒ぎとなっていたが・・・。

    写真は道の駅:童謡のふる里おおとねの看板・周辺マップ・・・利根川が近くを流れ、関東平野のほぼ真ん中に位置し、栃木・群馬・埼玉・茨城4県も県境にまたがる渡良瀬遊水地(面積33平方キロメートル)も近い。
    先日、池の周囲にある下草が燃えて、騒ぎとなっていたが・・・。

  • 時間も正午近くになっていたから、道の駅にあるレストラン「わらべ」に入った。<br />童謡の童わらべを採ったのだろうレストランは人気の店らしく、満席でした。10分ほど待って、席が空いて座れた。多くのお客が食べている天ぷらそばを注文した。コシのしっかりした美味い蕎麦でした。<br /><br />写真は道の駅:童謡のふる里おおとねの冊子

    時間も正午近くになっていたから、道の駅にあるレストラン「わらべ」に入った。
    童謡の童わらべを採ったのだろうレストランは人気の店らしく、満席でした。10分ほど待って、席が空いて座れた。多くのお客が食べている天ぷらそばを注文した。コシのしっかりした美味い蕎麦でした。

    写真は道の駅:童謡のふる里おおとねの冊子

  • レストラン「わらべ」の隣に農産物直売所も置かれている。<br />その裏手はホテイアオイの水田(県内随一の自生地と云う)が広がる。<br /><br />写真は道の駅:童謡のふる里おおとね:レストラン「わらべ」の正面

    レストラン「わらべ」の隣に農産物直売所も置かれている。
    その裏手はホテイアオイの水田(県内随一の自生地と云う)が広がる。

    写真は道の駅:童謡のふる里おおとね:レストラン「わらべ」の正面

  • 写真は道の駅:童謡のふる里おおとねの昼食:天ぷらそば・・・加須市はうどんが名物だとは後で知ったが・・・。<br />「加須うどん(かぞうどん)」は加須市とその周辺地域で生産され食べられているうどんで、五家宝と並ぶ加須市の郷土料理となっている。<br /><br />「加須の手打ちうどん」とも呼ばれるが、江戸時代半ば、不動ヶ岡不動尊總願寺(そうがんじ:成田山新勝寺、高幡不動尊と並んで関東三大不動の一つに数えられる)門前でうどんを参拝客にふるまってもてなしたことが始まりといわれる。

    イチオシ

    写真は道の駅:童謡のふる里おおとねの昼食:天ぷらそば・・・加須市はうどんが名物だとは後で知ったが・・・。
    「加須うどん(かぞうどん)」は加須市とその周辺地域で生産され食べられているうどんで、五家宝と並ぶ加須市の郷土料理となっている。

    「加須の手打ちうどん」とも呼ばれるが、江戸時代半ば、不動ヶ岡不動尊總願寺(そうがんじ:成田山新勝寺、高幡不動尊と並んで関東三大不動の一つに数えられる)門前でうどんを参拝客にふるまってもてなしたことが始まりといわれる。

  • 写真は道の駅:童謡のふる里おおとねの昼食:天ぷらそば

    写真は道の駅:童謡のふる里おおとねの昼食:天ぷらそば

  • 加須(かぞ)は読めない部類に入る地名だが、古くは「加増(かそ)」と云い、新田として石高を加増(かぞう)されたことに因む地名だったと云う。<br /><br />元禄時代に「加須」へ改められた説がある。<br />そのほか、利根川本流の「河洲(かす)」が転じたという説や、<br />光明寺の開基を行った人物である「加須内蔵丞長高」の姓「加須」に因んだとする説がある。<br />私としては、石高を加増(かぞう)されたことに因む説が、適当だと思うが。<br /><br />加須(かぞ)はともかくも利根川の水運が発達した宿場町として発展し、飲食物や織物産業も発達していった。<br />加須・大利根地域と北川辺地域の間に利根川が流れ、市の北東部に渡良瀬川と渡良瀬遊水地がある。地形としては概ね低地に属し平坦で、市域の海抜は15m以上あり、一部は台地状(沖積台地)になっている部分もある。<br />カスリーン台風では利根川の旧河道(会の川)の自然堤防上に発達した加須市街地は浸水を免れたそうだ(Wiki参考)。<br /><br />写真は加須市Map

    加須(かぞ)は読めない部類に入る地名だが、古くは「加増(かそ)」と云い、新田として石高を加増(かぞう)されたことに因む地名だったと云う。

    元禄時代に「加須」へ改められた説がある。
    そのほか、利根川本流の「河洲(かす)」が転じたという説や、
    光明寺の開基を行った人物である「加須内蔵丞長高」の姓「加須」に因んだとする説がある。
    私としては、石高を加増(かぞう)されたことに因む説が、適当だと思うが。

    加須(かぞ)はともかくも利根川の水運が発達した宿場町として発展し、飲食物や織物産業も発達していった。
    加須・大利根地域と北川辺地域の間に利根川が流れ、市の北東部に渡良瀬川と渡良瀬遊水地がある。地形としては概ね低地に属し平坦で、市域の海抜は15m以上あり、一部は台地状(沖積台地)になっている部分もある。
    カスリーン台風では利根川の旧河道(会の川)の自然堤防上に発達した加須市街地は浸水を免れたそうだ(Wiki参考)。

    写真は加須市Map

  • 上の地図の中央に道の駅・童謡のふる里おおとねがあり、右下にこれから行く童謡のふる里おおとね図書館(ノイエ:加須市琴寄597-1)がある。<br /><br />作曲家下總皖一(しもおさかんいち)氏が若い頃、ドイツ留学を果たしたと先述したが、その所為か、ふる里おおとね図書館を(ノイエ)と呼ぶ。<br />ドイツ語のNeueノイエは新しいこと、変ったことを意味するが、作曲家下總氏の人生や業績を象徴するのだろうか。<br /><br />写真は童謡のふる里おおとね図書館(ノイエ)は開琴亭公園(後述)内にある:案内図

    上の地図の中央に道の駅・童謡のふる里おおとねがあり、右下にこれから行く童謡のふる里おおとね図書館(ノイエ:加須市琴寄597-1)がある。

    作曲家下總皖一(しもおさかんいち)氏が若い頃、ドイツ留学を果たしたと先述したが、その所為か、ふる里おおとね図書館を(ノイエ)と呼ぶ。
    ドイツ語のNeueノイエは新しいこと、変ったことを意味するが、作曲家下總氏の人生や業績を象徴するのだろうか。

    写真は童謡のふる里おおとね図書館(ノイエ)は開琴亭公園(後述)内にある:案内図

  • 加須市立図書館の分館である「加須市立図書館童謡のふる里おおとね図書館(ノイエ)」は、旧大利根町により大利根町立童謡のふる里 大利根図書館(ノイエ)として設置される。<br />(各市町村の合併により、比較的広大な平坦な地域に散在する施設は其々が合併前に持っていた建物を有効利用したようだ)<br /><br />大利根地域が童謡で町おこしをしていたこともあり、周囲に屋敷林のある公園内に古民家風の木を主体とした立派な建物が建てられている。<br /><br />竣工:2003年<br />構造:木造、鉄筋コンクリート造  ・ 地上 2階建て  <br />延床面積:1672m2<br /><br />敷地は当地域独特な「*構え掘り」がぐるりと取り囲み(上の案内図にも入口の右手にその水堀が見られる)、(案内図の左下)奥には水塚(みづか、みずつか、みつか:洪水の際に避難する水防施設)もあり、水害への対応を備えた旧小林邸の屋敷である。敷地全体は開琴亭公園として整備されている。<br />開琴とは、先祖が琴寄(ことより)地区を開拓したという功績に由来している。<br /><br />*荒川流域など洪水常習地帯に江戸時代に発達した水塚には、水除け機能を持つとされる「構え掘り」が併設されている場合がある。しかし、設置理由には水塚のための盛土材料を取るためなど諸説あり、その減災機能は明らかになっていない(土木学会論文集B1(水工学)参考)。<br /><br />写真は童謡のふる里おおとね図書館(ノイエ):入口

    加須市立図書館の分館である「加須市立図書館童謡のふる里おおとね図書館(ノイエ)」は、旧大利根町により大利根町立童謡のふる里 大利根図書館(ノイエ)として設置される。
    (各市町村の合併により、比較的広大な平坦な地域に散在する施設は其々が合併前に持っていた建物を有効利用したようだ)

    大利根地域が童謡で町おこしをしていたこともあり、周囲に屋敷林のある公園内に古民家風の木を主体とした立派な建物が建てられている。

    竣工:2003年
    構造:木造、鉄筋コンクリート造 ・ 地上 2階建て
    延床面積:1672m2

    敷地は当地域独特な「*構え掘り」がぐるりと取り囲み(上の案内図にも入口の右手にその水堀が見られる)、(案内図の左下)奥には水塚(みづか、みずつか、みつか:洪水の際に避難する水防施設)もあり、水害への対応を備えた旧小林邸の屋敷である。敷地全体は開琴亭公園として整備されている。
    開琴とは、先祖が琴寄(ことより)地区を開拓したという功績に由来している。

    *荒川流域など洪水常習地帯に江戸時代に発達した水塚には、水除け機能を持つとされる「構え掘り」が併設されている場合がある。しかし、設置理由には水塚のための盛土材料を取るためなど諸説あり、その減災機能は明らかになっていない(土木学会論文集B1(水工学)参考)。

    写真は童謡のふる里おおとね図書館(ノイエ):入口

  • 「加須市立図書館童謡のふる里おおとね図書館(ノイエ)」は<br />一般図書室と児童図書室に分かれている。<br /><br />その説明によると、児童図書室は現地にあった古民家を活用する予定であったが、焼失したために急きょ草加市の旧家小林邸を移築したそうである。<br />一般図書室の大規模な木造架構と伝統的な木造建物である児童図書室の木組みの対比が素晴らしい。<br />一般図書室妻側の大きなガラス越しの竹林、構え掘りに面したベランダ、敷地内を流れる水の音など、豊かな環境を創造している。<br /><br />玄関を入って、右手に行くと、受付があり、見学をお願いした。<br />あっと驚く、威容である。<br />これほどの立派な図書館は見たことがない。<br /><br />写真は童謡のふる里おおとね図書館(ノイエ):一般図書室の大規模な木造架構

    イチオシ

    「加須市立図書館童謡のふる里おおとね図書館(ノイエ)」は
    一般図書室と児童図書室に分かれている。

    その説明によると、児童図書室は現地にあった古民家を活用する予定であったが、焼失したために急きょ草加市の旧家小林邸を移築したそうである。
    一般図書室の大規模な木造架構と伝統的な木造建物である児童図書室の木組みの対比が素晴らしい。
    一般図書室妻側の大きなガラス越しの竹林、構え掘りに面したベランダ、敷地内を流れる水の音など、豊かな環境を創造している。

    玄関を入って、右手に行くと、受付があり、見学をお願いした。
    あっと驚く、威容である。
    これほどの立派な図書館は見たことがない。

    写真は童謡のふる里おおとね図書館(ノイエ):一般図書室の大規模な木造架構

  • 豊富な書架に多種多様な本や雑誌、文献などが並ぶ。<br />ある意味で、もったいないとも思えたのは、図書館で閲覧する、読書する人たちが少なかった事だろう。高齢者がいるのは納得だが、読書層と思われる学生も少ないのは火曜日だったからか。<br /><br />気楽にここに来るにはちょっと不便なのかもしれない。<br /><br />写真は童謡のふる里おおとね図書館(ノイエ):一般図書室の大規模な木造架構

    豊富な書架に多種多様な本や雑誌、文献などが並ぶ。
    ある意味で、もったいないとも思えたのは、図書館で閲覧する、読書する人たちが少なかった事だろう。高齢者がいるのは納得だが、読書層と思われる学生も少ないのは火曜日だったからか。

    気楽にここに来るにはちょっと不便なのかもしれない。

    写真は童謡のふる里おおとね図書館(ノイエ):一般図書室の大規模な木造架構

  • こちらの児童図書館には誰もいない。<br /><br />写真は童謡のふる里おおとね図書館(ノイエ):伝統的な木造建物である児童図書室の木組みの様子。

    こちらの児童図書館には誰もいない。

    写真は童謡のふる里おおとね図書館(ノイエ):伝統的な木造建物である児童図書室の木組みの様子。

  • 写真は童謡のふる里おおとね図書館(ノイエ):伝統的な木造建物である児童図書室の木組み

    写真は童謡のふる里おおとね図書館(ノイエ):伝統的な木造建物である児童図書室の木組み

  • 作曲家・音楽教育者であった下總 皖一氏は本名を下總 覺三といった。埼玉県北埼玉郡原道村砂原(現:加須市)に生まれ育った。<br />つまり加須市の名誉市民の様な文化人である。<br /><br />(実は加須市のHP名誉市民の項を見ると、政治家、学者に混じって、大利根第3号(合併前の町)下總 皖一氏の名があった)<br /><br />図書館(ノイエ)に下總 皖一氏のコーナーが設けられていて、生前のご活躍の様子をじっくり見学ができるようになっていた。<br /><br />写真は童謡のふる里おおとね図書館(ノイエ):下總 皖一氏の童謡コーナー

    作曲家・音楽教育者であった下總 皖一氏は本名を下總 覺三といった。埼玉県北埼玉郡原道村砂原(現:加須市)に生まれ育った。
    つまり加須市の名誉市民の様な文化人である。

    (実は加須市のHP名誉市民の項を見ると、政治家、学者に混じって、大利根第3号(合併前の町)下總 皖一氏の名があった)

    図書館(ノイエ)に下總 皖一氏のコーナーが設けられていて、生前のご活躍の様子をじっくり見学ができるようになっていた。

    写真は童謡のふる里おおとね図書館(ノイエ):下總 皖一氏の童謡コーナー

  • 下總 皖一氏がたどった人生の履歴から、主な作品集までたいへん詳しい、<br /><br /><HISTORY OF MUSIC<br />クラシック音楽家の年譜 ~岩田 幸雄 編~>によると、<br />下總皖一 | History of music (history-of-music.com)<br /><br />【下總 皖一氏の主な作品】<br /><br /><純音楽作品><br /><br />三味線協奏曲 (1935)<br />三弦協奏曲 (1938); 中能島欣一原曲の編曲<br />琴協奏曲 (1939); 宮城道雄原曲の編曲<br />オーケストラのためのバリエーション<br />管弦楽のための行進曲「かちどき」<br />吹奏楽のための行進曲<br />箏独奏のためのソナタ (1941)<br />箏独奏のための数え歌変奏曲<br />二面の十七絃箏のための「たなばたさま」<br />フルート、箏、セロのための三重奏曲<br />アコーディオンと箏のための組曲<br />クラリネットと箏のための組曲<br />クラリネットとピアノのための三つの小品<br />クラリネット四重奏のための逝く春<br />二つのフルートのための小組曲<br />フルートとピアノのための小曲<br />フルート、クラリネット、ファゴットのための小舞曲<br />ヴァイオリン、ビオラ、チェロのための主題と変奏<br />パッサカリアと舞曲 (1936)<br />ピアノ小曲集第二番メルヘンに寄す<br />交声曲「聖徳太子奉讃歌」<br /><br />写真は童謡のふる里おおとね図書館(ノイエ):コーナーに飾られていた童謡の作曲家下總皖一(しもおさ かんいち)氏の写真と略歴<br />

    イチオシ

    下總 皖一氏がたどった人生の履歴から、主な作品集までたいへん詳しい、

    <HISTORY OF MUSIC
    クラシック音楽家の年譜 ~岩田 幸雄 編~>によると、
    下總皖一 | History of music (history-of-music.com)

    【下總 皖一氏の主な作品】

    <純音楽作品>

    三味線協奏曲 (1935)
    三弦協奏曲 (1938); 中能島欣一原曲の編曲
    琴協奏曲 (1939); 宮城道雄原曲の編曲
    オーケストラのためのバリエーション
    管弦楽のための行進曲「かちどき」
    吹奏楽のための行進曲
    箏独奏のためのソナタ (1941)
    箏独奏のための数え歌変奏曲
    二面の十七絃箏のための「たなばたさま」
    フルート、箏、セロのための三重奏曲
    アコーディオンと箏のための組曲
    クラリネットと箏のための組曲
    クラリネットとピアノのための三つの小品
    クラリネット四重奏のための逝く春
    二つのフルートのための小組曲
    フルートとピアノのための小曲
    フルート、クラリネット、ファゴットのための小舞曲
    ヴァイオリン、ビオラ、チェロのための主題と変奏
    パッサカリアと舞曲 (1936)
    ピアノ小曲集第二番メルヘンに寄す
    交声曲「聖徳太子奉讃歌」

    写真は童謡のふる里おおとね図書館(ノイエ):コーナーに飾られていた童謡の作曲家下總皖一(しもおさ かんいち)氏の写真と略歴

  • <童謡・文部省唱歌><br /><br />「野菊」 作詞 石森延男<br />「花火」 作詞 井上赳<br />「ほたる」 作詞 井上赳<br />「長い道」 作詞 林柳波<br />「母の歌」 作詞 野上弥生子<br />「かくれんぼ」 作詞 林柳波<br />「五十音の唄」 作詞 北原白秋<br />「たなばたさま」 作詞 権藤花代・編詞林柳波<br />「国歌掲揚の歌」 作詞者不詳<br />「ゆうやけこやけ」 作詞 文部省唱歌<br />「もぐらのおじさん」 作詞 奥野庄太郎<br />「小雪ふる夜の子ギツネ」 作詞 奥野庄太郎<br />「電車ごっこ」 作詞 井上赳<br />「スキー」 作詞林柳波(作詞 時雨音羽/作曲 平井康三郎の「スキー」とは別曲)<br />といった曲名が記載されている。<br /><br />・・・・・・・・・・・・・・・・・<br /><br />写真は童謡のふる里おおとね図書館(ノイエ):下總 皖一氏のコーナー・日本の歌、童謡・唱歌集の本が

    <童謡・文部省唱歌>

    「野菊」 作詞 石森延男
    「花火」 作詞 井上赳
    「ほたる」 作詞 井上赳
    「長い道」 作詞 林柳波
    「母の歌」 作詞 野上弥生子
    「かくれんぼ」 作詞 林柳波
    「五十音の唄」 作詞 北原白秋
    「たなばたさま」 作詞 権藤花代・編詞林柳波
    「国歌掲揚の歌」 作詞者不詳
    「ゆうやけこやけ」 作詞 文部省唱歌
    「もぐらのおじさん」 作詞 奥野庄太郎
    「小雪ふる夜の子ギツネ」 作詞 奥野庄太郎
    「電車ごっこ」 作詞 井上赳
    「スキー」 作詞林柳波(作詞 時雨音羽/作曲 平井康三郎の「スキー」とは別曲)
    といった曲名が記載されている。

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・

    写真は童謡のふる里おおとね図書館(ノイエ):下總 皖一氏のコーナー・日本の歌、童謡・唱歌集の本が

  • 多くの童謡の中でも、私共の耳に残る「電車ごっこ」、「たなばたさま」、「はなび」、「野菊」、「ほたる」などだが・・・。<br /><br />「電車ごっこ」作詞 井上赳<br />【鉄道PV】でんしゃごっこ(下総皖一版) - YouTube<br /><br />運転手は君だ 車掌は僕だ<br />あとの四人が 電車のお客<br />お乗りはお早く<br />動きます ちんちん<br />運転手は上手 電車は早い<br />つぎは上野の公園前だ<br />お降りはお早く<br />動きます ちんちん<br /><br />写真は童謡のふる里おおとね図書館(ノイエ):下總 皖一氏のコーナー・こどものうた、わらべうた、

    多くの童謡の中でも、私共の耳に残る「電車ごっこ」、「たなばたさま」、「はなび」、「野菊」、「ほたる」などだが・・・。

    「電車ごっこ」作詞 井上赳
    【鉄道PV】でんしゃごっこ(下総皖一版) - YouTube

    運転手は君だ 車掌は僕だ
    あとの四人が 電車のお客
    お乗りはお早く
    動きます ちんちん
    運転手は上手 電車は早い
    つぎは上野の公園前だ
    お降りはお早く
    動きます ちんちん

    写真は童謡のふる里おおとね図書館(ノイエ):下總 皖一氏のコーナー・こどものうた、わらべうた、

  • 「たなばたさま」作詞 権藤花代・編詞林柳波<br />下總皖一 | History of music (history-of-music.com)<br /><br />ささの葉 / さらさら<br />   のきばに / ゆれる<br /><br />   きらきら / お星さま<br />   きんぎん / すなご<br /><br />   ごしきの / たんざく<br />   わたしが / かいた<br /><br />   きらきら / お星さま<br />   そらから / みてる<br /><br />写真は童謡のふる里おおとね図書館(ノイエ):下總 皖一氏のコーナー・童謡唱歌の名曲全集など

    「たなばたさま」作詞 権藤花代・編詞林柳波
    下總皖一 | History of music (history-of-music.com)

    ささの葉 / さらさら
       のきばに / ゆれる

       きらきら / お星さま
       きんぎん / すなご

       ごしきの / たんざく
       わたしが / かいた

       きらきら / お星さま
       そらから / みてる

    写真は童謡のふる里おおとね図書館(ノイエ):下總 皖一氏のコーナー・童謡唱歌の名曲全集など

  • 「花火」作詞 井上赳<br />下總皖一 | History of music (history-of-music.com)<br /><br />どんとなった 花火だ  きれいだな<br />空いっぱいに  ひろがった<br />しだれやなぎが  ひろがった<br /><br />どんと なった 何百 赤い星<br />いちどに かわって 青い星<br />もいちど かわって 金の星<br /><br />「野菊」作詞 石森延男<br />下總皖一 | History of music (history-of-music.com)<br /><br />遠い山から吹いてくる <br />小寒い風にゆれながら <br />気高く清く匂う花 <br />きれいな野菊うすむらさきよ <br />秋の日差しを浴びて飛ぶ <br />トンボをかるく休ませて <br />静かに咲いた野辺の花 <br />やさしい野菊うすむらさきよ <br />霜がおりてもまけないで <br />野原や山に群れて咲き <br />秋のなごりをおしむ花 <br />明るい野菊うすむらさきよ<br /><br />写真は童謡のふる里おおとね図書館(ノイエ):下總 皖一氏の略歴を子供が読めるように振り仮名付きでやさしく説明されていた。

    「花火」作詞 井上赳
    下總皖一 | History of music (history-of-music.com)

    どんとなった 花火だ  きれいだな
    空いっぱいに  ひろがった
    しだれやなぎが  ひろがった

    どんと なった 何百 赤い星
    いちどに かわって 青い星
    もいちど かわって 金の星

    「野菊」作詞 石森延男
    下總皖一 | History of music (history-of-music.com)

    遠い山から吹いてくる 
    小寒い風にゆれながら
    気高く清く匂う花 
    きれいな野菊うすむらさきよ
    秋の日差しを浴びて飛ぶ 
    トンボをかるく休ませて
    静かに咲いた野辺の花 
    やさしい野菊うすむらさきよ
    霜がおりてもまけないで 
    野原や山に群れて咲き
    秋のなごりをおしむ花 
    明るい野菊うすむらさきよ

    写真は童謡のふる里おおとね図書館(ノイエ):下總 皖一氏の略歴を子供が読めるように振り仮名付きでやさしく説明されていた。

  • 「ほたる」作詞 井上赳<br />螢 井上赳作詞・下総皖一作曲・文部省唱歌 - YouTube<br /><br />螢のやどは川ばた楊(やなぎ)<br />楊おぼろに夕やみ寄せて <br />川の目高が夢見る頃は<br /> ほ、ほ、ほたるが灯をともす<br /> 川風そよぐ 楊もそよぐ <br />そよぐ楊に螢がゆれて <br />山の三日月隠れる頃は<br /> ほ、ほ、ほたるが飛んで出る <br />川原のおもは五月の闇夜 <br />かなたこなたに友よび集い<br /> むれて螢の大まり小まり<br /> ほ、ほ、ほたるが飛んで行く<br /><br />といったところか・・・。<br />コーナーで歌詞が掲示されていたら、家内が口ずさんで見せた。<br /><br />・・・・・・・・・・・・・・・・・・<br /><br />写真は童謡のふる里おおとね図書館(ノイエ):下總 皖一氏のコーナーには叙情溢れた場面の絵と共に作曲した名曲「はなび」、「野菊」、「電車ごっこ」、「かくれんぼ」の歌詞が。

    「ほたる」作詞 井上赳
    螢 井上赳作詞・下総皖一作曲・文部省唱歌 - YouTube

    螢のやどは川ばた楊(やなぎ)
    楊おぼろに夕やみ寄せて
    川の目高が夢見る頃は
    ほ、ほ、ほたるが灯をともす
    川風そよぐ 楊もそよぐ
    そよぐ楊に螢がゆれて
    山の三日月隠れる頃は
    ほ、ほ、ほたるが飛んで出る
    川原のおもは五月の闇夜
    かなたこなたに友よび集い
    むれて螢の大まり小まり
    ほ、ほ、ほたるが飛んで行く

    といったところか・・・。
    コーナーで歌詞が掲示されていたら、家内が口ずさんで見せた。

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

    写真は童謡のふる里おおとね図書館(ノイエ):下總 皖一氏のコーナーには叙情溢れた場面の絵と共に作曲した名曲「はなび」、「野菊」、「電車ごっこ」、「かくれんぼ」の歌詞が。

  • 図書館の外に水塚(みづか、みずつか、みつか:洪水の際に避難する水防施設)が見られた。<br />母屋よりも数十cmないし3mほど高く盛土を施した上に設けられた倉などの建物、あるいはその盛土をいう。<br />こういった建築形式は日本各地の洪水常襲地域に広く共通して見られ、主に荒川流域や利根川流域のものを「水塚」と呼ぶ(Wiki参考)。<br /><br />写真は童謡のふる里おおとね図書館(ノイエ):水塚も私にとっては新しい知識だ。<br /><br />・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・<br /><br />こう言ったら叱られるが、埼玉県の北部、北の果てにある加須市(我が故郷、東京の西の果て、多摩川の河岸段丘にできた青梅市も似たようなものだが)は利根川流域の平坦な農村地帯に、中堅どころの特段のものがない市と思っていたのだが、驚くベし!青梅に比べて銅像になるほどの文化人が居られた。<br />しかも立派な木造架構の一般図書室と、伝統的な木造建物である児童図書室を持つ文化都市だった。<br /><br />(2023.02.12.Wiki・Hp参考、編集・追記)

    図書館の外に水塚(みづか、みずつか、みつか:洪水の際に避難する水防施設)が見られた。
    母屋よりも数十cmないし3mほど高く盛土を施した上に設けられた倉などの建物、あるいはその盛土をいう。
    こういった建築形式は日本各地の洪水常襲地域に広く共通して見られ、主に荒川流域や利根川流域のものを「水塚」と呼ぶ(Wiki参考)。

    写真は童謡のふる里おおとね図書館(ノイエ):水塚も私にとっては新しい知識だ。

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

    こう言ったら叱られるが、埼玉県の北部、北の果てにある加須市(我が故郷、東京の西の果て、多摩川の河岸段丘にできた青梅市も似たようなものだが)は利根川流域の平坦な農村地帯に、中堅どころの特段のものがない市と思っていたのだが、驚くベし!青梅に比べて銅像になるほどの文化人が居られた。
    しかも立派な木造架構の一般図書室と、伝統的な木造建物である児童図書室を持つ文化都市だった。

    (2023.02.12.Wiki・Hp参考、編集・追記)

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