2023/03/27 - 2023/03/27
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jijidarumaさん
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【七十二候・桜始開(さくらはじめてひらく):遅かりし山武(さんむ)の妙宣寺(みょうせんじ)の枝垂れ桜。】
産経新聞に今週は【七十二候・桜始開(さくらはじめてひらく)】であると小さく載っていた。
先日、ドライブがてら、八街(やちまた)市の先、山武(さんむ)市の
妙宣寺(みょうせんじ)にある枝垂れ桜を見に行った。
3月下旬から4月初旬に開花するとの情報が山武市観光協会の案内に
あったから、丁度良いかなと思って、車を走らせた。
国道から入口の門を入ると、あまり人気(ひとけ)がない。
参道をそのまま車で行き、親師堂の横の空き地に停めた。
千葉県山武市の妙宣寺(みょうせんじ)の枝垂れ桜は、近くの長光寺
(ちょうこうじ)の枝垂れ桜と、その美しさは甲乙つけがたいと云う。
写真は山武市の妙宣寺(みょうせんじ)の枝垂れ桜
- 旅行の満足度
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
<大丞山 妙宣寺(だいじょうさん みょうせんじ)>
〒289-1223 千葉県 山武市 埴谷(はにや)1396
無料駐車場は写真の門の反対側に普通車で台数10台OK 。トイレ在り。
山武市観光協会の案内によると、
妙宣寺(みょうせんじ)は室町時代、康安元年(1361年)に埴谷城主、埴谷備前守重義公(はにやびぜんのかみしげよし)の建立で、その子、日英上人により開山され、大丞山妙宣寺(だいじょうさんみょうせんじ)と称した。
また、日親上人は埴谷大丞左近将監重継(はにやだいじょうさこんしょうげんしげつぐ)の次男である。幼少期に父重継の実弟にあたる日英上人の教えを受けた日親上人は、後に「立正治国論(りっしょうちこくろん)」を時の将軍足利義教(あしかが よしのり)に進言したため、怒りにふれて、焼け鍋をかぶらされるという刑罰を受けたと云う。
それでも信念を貫き通した日親上人(通称「なべかんむり日親」)だったと云う。妙宣寺は日親上人が誕生した寺として、「鍋冠(なべかんむり)日親」の霊跡として知られている。
日親上人が鉄鍋をかぶせられた模様を描いた絵を見ることができるとか。
写真は山武市の妙宣寺(みょうせんじ):入口と参道山武市の妙宣寺にある枝垂れ桜を見に行ったが、枝垂れ桜は既に散っていた。 by jijidarumaさん妙宣寺 寺・神社・教会
-
イチオシ
入口脇に日蓮宗宗門史跡の大きな石碑が立っていた。
石碑傍に枝垂れ桜があり、こちらは少しだがまだ咲いていた。
写真は山武市の妙宣寺(みょうせんじ):入口と石碑、枝垂れ桜。 -
写真は山武市の妙宣寺(みょうせんじ):石碑傍に枝垂れ桜(拡大)。
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参道を行くと、左手脇に小さな子安堂(こやすどう)があった。
ここで御参りした後、こちらの賽銭箱に喜捨(きしゃ)した。
(実は後述するが、本堂の賽銭箱のカギが壊されていた為、そこでは喜捨を止めたからだ)
写真は妙宣寺(みょうせんじ):参道脇の子安堂で。 -
子安堂には「子安堂」の額と、「南無*鬼子母尊神(なむ きしもじん)」と書かれた額が掲げられていた。
*鬼子母神は夜叉毘沙門天の部下の武将八大夜叉大将の妻で、500人の子の母であったが、これらの子を育てるだけの栄養をつけるために人間の子を捕えて食べていた。そのため多くの人間から恐れられていた。
それを見かねた釈迦(しゃか、仏陀:仏教の開祖)は、彼女が最も愛していた末子のピンガラを乞食(こつじき)に用いる鉢に隠した。彼女は半狂乱となって世界中を7日間駆け抜け探し回ったが発見するには至らず、助けを求めて釈迦に縋ることとなる。
そこで釈迦は、「多くの子を持ちながら一人を失っただけでお前はそれだけ嘆き悲しんでいる。それなら、ただ一人の子を失う親の苦しみはいかほどであろうか。」と諭し、鬼子母神が教えを請うと、「戒を受け、人々をおびやかすのをやめなさい、そうすればすぐにピンガラに会えるだろう」と言った。
彼女が承諾し、三宝に帰依すると、釈迦は隠していた子を戻した。
そして五戒を守り、施食によって飢えを満たすこと等を教えた。
かくして彼女は仏法の守護神となり、また、子供と安産の守り神となった。
盗難除けの守護ともされる。(Wiki)
写真は子安堂の二つの額・・・鬼子母神は盗難除けの守護神の由だが、本堂の賽銭箱の鍵が壊されて、いくばくかの金が盗まれたのは、気の毒な話だ。 -
参道を進むと、このような山門が立っていた。
山門の作りは新しそうだ。
さて、ここでガッカリしたのは、境内にある、多くの枝垂れ桜が既に散っていたという事だ。
写真は山武市の妙宣寺(みょうせんじ):山門 -
写真は山武市妙宣寺:山武市の指定文化財の説明板。
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境内の枝垂れ桜は確かに形良く、満開の枝垂れ桜を想像すると、
実に悔しく、残念!
写真は山武市妙宣寺:親師堂、鐘楼を左に、遅かりし枝垂れ桜。 -
枝の一部に残る花も近くに寄ると、見る事が出来たが。
写真は山武市妙宣寺:本堂を背景に、遅かりし枝垂れ桜が咲く?! -
住職の住宅の庭には枝垂れ桜に代わって、美しいコバノミツバツツジの花が咲いていた。
写真は山武市妙宣寺:美しいコバノミツバツツジ。 -
仏像の背景には山武杉が周囲を圧し、その中にヤマザクラ、椿、コバノミツバツツジの花が咲いていた。今日はこれで・・・。
写真は山武市妙宣寺:山武杉、ヤマザクラ、椿、コバノミツバツツジ。 -
右手に妙宣寺の本堂がある。中央にあるのは遅かりし枝垂れ桜で、見事な樹形だ。
写真は山武市妙宣寺:右手に妙宣寺の本堂、中央には遅かりし枝垂れ桜。 -
本堂から親師堂に渡り廊下がある。親師堂を左に見て、こちらの遅かりし枝垂れ桜は少し小ぶりだ。
写真は山武市妙宣寺:親師堂を左に、遅かりし枝垂れ桜がある。 -
*山武市観光協会の案内写真では妙宣寺(みょうせんじ)の枝垂れ桜は左右一対の桜が境内を覆うように咲く。その満開時はこのようになるらしい。
今回は「遅かりし」だったが、また来年は3月中旬の早い時期に是非訪れたい。 -
*山武市観光協会の案内によれば:妙宣寺(みょうせんじ)の枝垂れ桜の散っている様子。
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写真は山武市妙宣寺:遅かりし枝垂れ桜はまばらに残る。
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子安堂で書いたが、本堂前の賽銭箱の鍵がこのように壊されていた。
知らずに喜捨された方もいたようだったが・・・。
写真は山武市妙宣寺:鍵が壊されていた本堂前の賽銭箱 -
本堂前でお会いした老婆を伴った息子さんの御話しでは、昨年も同時期に茂原(もばら)市から来られたと言う。
が、今年と同様に昨年も枝垂れ桜は散っていたとの事だった。
お寺や観光協会の情報の出し方が、観光客に不親切だと思え、ちょっと解せないものがある。
写真は山武市妙宣寺:本堂内には入れた。 -
写真は山武市妙宣寺:本堂内の多分、日英上人像(開祖)と仏像6躯(14世紀後半、ヒノキ材の寄木造り)。
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イチオシ
写真は山武市妙宣寺:本堂が左に、遅かりし枝垂れ桜は見事な樹形だ。
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写真は山武市妙宣寺:遅かりし枝垂れ桜。
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イチオシ
親師堂から本堂を背景に、渡り廊下を左に見て、遅かりし枝垂れ桜を撮る。
実に見事な樹形だ。
写真は山武市妙宣寺:遅かりし枝垂れ桜の樹形は見事だ。 -
写真は山武市妙宣寺:親師堂から見た山門や遅かりし枝垂れ桜。
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写真は山武市妙宣寺:親師堂から見た鐘楼や遅かりし枝垂れ桜、咲いているように見えてくる。
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<鍋冠上人(なべかむりしょうにん)のこと>
日親(にっしん、応永14年(1407年)~ 長享2年(1488年)は京都一条戻橋で辻説法をはじめたが、比叡山延暦寺や将軍家の帰依を受けていた臨済宗などの他宗派から激しい弾圧を受けた。
日親は法華経(ほけきょう)によって、当時の乱れた世の中を救うべく(同時代は正長の土一揆(つちいっき)や後南朝勢力の反乱などの動乱が続いた)、足利将軍家の日蓮宗への改宗を目論み(足利義教(あしかが よしのり)に「世の中が乱れているのは法華経を信仰していないから」と説いたのである)、永享12年(1440年)『立正治国論(りっしょうちこくろん)』を著して直訴を試みたが、投獄されて、舌先を切り取られたり、真っ赤に焼けた鉄鍋を頭に被せられるなどの拷問を受けた。この鍋は伝承では終生頭から取れることはなかったと云われる。
日親上人は屈することなく自説をとおしたので、人々は鍋冠上人(なべかむりしょうにん)とよんで褒めたえたそうだ。
赦されて牢を出た日親上人は、京都に*本法寺(ほんぽうじ)を開いて多くの人々に教えを広めました。
*京都市上京区本法寺前町にある日蓮宗の本山(由緒寺院)
写真は山武市妙宣寺:日親上人像(右手の画像は上人か?)を安置する親師堂内。
尚、日親上人が鉄鍋をかぶせられた模様を描いた絵を見ることができると観光協会の案内にあったが、さて?! -
*妙宣寺(みょうせんじ):日親上人の画像
日親上人は「不受不施義(ふじゅふせぎ)を初めて唱えたとされている。
これは日蓮における思想の1つで、不受とは法華信者以外の布施を受けないこと、不施とは法華信者以外の供養を施さないことだと云う。 -
*妙宣寺(みょうせんじ)の霊跡(れいせき):日親上人鍋被りの刑・日親上人徳行図(大阪・一乗寺蔵)・・・隣で火をたいて、焼けた鍋を大きなやっとこで両側から挟んでかぶせている。
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写真は山武市妙宣寺:人気のない本堂を背景に、遅かりし枝垂れ桜。
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遅かりし枝垂れ桜をもう一度見渡し、
妙宣寺から歩いて5分の距離にあると言う「長光寺(ちょうこうじ)」の枝垂れ桜(樹齢300年を超える)を見に、ちょっぴり期待を持って車を走らせた。
写真は山武市妙宣寺:日親上人像を安置する親師堂、鐘楼。
(2023年3月28日Wiki・HP参考、編集・追記)
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