2022/04/23 - 2022/04/23
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jijidarumaさん
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【青梅市:釜の淵公園の桜並木は、家内の祖父定吉翁が植えて、育てたものだ。】
「釜の淵公園」は多摩川が大きく蛇行している地形をそのまま公園にしたもので、四季折々の自然美を楽しめる。
とりわけ桜や紅葉の名所として知られている。
公園周辺には○丸印を付けた地図に見るような「かんぽの宿青梅」、「青梅市郷土博物館」、「旧宮崎邸」があり、対岸に「青梅市立美術館」などがある。
写真は釜の淵公園:鮎美橋から新緑の桜並木を遠望する。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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多摩川沿いにある「釜の淵公園」は緑が多く、広々とした自然な景観がつくる、恵まれた環境にある。
写真は多摩川が大きく蛇行している地形を示す釜の淵公園のMap・・・紙屋御殿1、三田屋御殿2、河川敷・琴ヶ原3については後述した。釜の淵公園 公園・植物園
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とりわけ、多摩川沿いに咲く桜並木は桜の名所として知られ、例年3月下旬から4月上旬にかけてピンクに色づいた桜が見頃を迎える。満開時期の10日間、桜のライトアップを行われて人気も高いと云う。
今日は新緑の公園内を歩く。まず、釜の淵を近寄って見たい。
夏場、岩壁の途中から深い緑色した淵に向かってダイビングする若い人がみられたものだが、今はそんな光景はない。
此処の場所も手前で禁止ロープが張られ、侵入を拒んでいた。
写真は釜の淵公園:釜の淵を見下す崖上から、対岸の大柳河原(おおやなかわら)を望む。 -
釜の淵の傍に板垣退助先生の銅像が立つ。
一時、この辺りが薄暗く、あまり人が寄らない様子があったが、今は公園内の整備も行き届いて、久しぶりに明るい銅像を拝見した。
板垣退助(1837~1919年)は日本の武士(土佐藩士)、軍人、政治家。従一位勲一等伯爵。明治維新の元勲、自由民権運動の指導者。東アジアで初となる帝国議会を樹立し「憲政の父・国会を創った男」として知られる(Wiki)。
自由民権運動の壮士たち、つまり「三多摩壮士」の名が残るように、東京都下三多摩地域は民権運動が盛んであった。
この銅像が青梅にある由縁は、板垣退助が公私にわたりしばしば青梅を訪れて、多摩地区を地盤とする多くの政治家と交わったことからだと云う。
明治時代に三多摩自由党の有志が、党首板垣退助を対岸の大柳河原に招いて鮎漁を楽しんだと伝わっている。
板垣の死後、そのうちの一人、岩浪光次郎氏を中心に偉業を後世に伝える目的で銅像製作の建議がなされ建立に至ったそうだ。
台座の表に有名な「板垣死すとも~」の言葉が銘板として埋め込まれている。
写真は釜の淵公園:板垣退助先生の銅像
・・・・・
撰 文
自由民権確立のため其の生涯を捧げ、今なお憲政の父と仰がるる板垣先生、かつてこの地に遊ぶ。多摩の老政客・岩浪光二郎翁つとに先生を景慕すること厚く、その偉業を顕彰。以て高風を永く後世に伝えんとす。ここに先生ゆかりの地を卜し、同志協力してこの像成る。
昭和三十六年五月
板垣退助先生銅像建設会
設計作成 松野伍秀
作 者:松野伍秀
揮 毫:大野伴睦
除 幕:板垣範子(退助の曾孫, 板垣正貫の娘, 板垣退太郎姉)
列 席:板垣晶子(板垣正貫夫人)、東京都知事以下100余名
建 立:昭和36年(1961)5月3日
所在地:東京都青梅市 釜の渕公園内
中心組織:「板垣退助先生銅像建設会」大正9年(1920)結成
中心人物:岩浪光二郎(1877-1963)
・・・・・ -
このあたりから坂道を下がり、柳淵橋(りゅうえんばし)に行った。
途中、シマヘビらしきものに出会った。
こちらもびっくりしたが、蛇も同様だったろう。
写真は釜の淵公園:東屋もある。 -
写真は釜の淵公園:園内の所々にツツジが咲く。
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写真は釜の淵公園の説明版
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橋の名は淵と対岸の大柳(おおやな)をくっつけたものだ。
大柳地区には高校野球部時代の友人宅がある。
母達がお世話になった青梅三慶病院(青梅市大柳町1412)もあって、見舞いに行くと、その都度、大柳側からの釜の淵の景観をよく見たものだ。
写真は釜の淵公園:公園と大柳地区を結ぶ柳淵橋(りゅうえんばし)で。柳淵橋 名所・史跡
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今は多摩川の流れも細く、川原の方が広い。
写真は釜の淵公園:柳淵橋(りゅうえんばし)から望む、かんぽの宿青梅と多摩川、釜の淵の景観・・・逆光でかすんでいる。 -
イチオシ
釜の淵の名前の由来は上流の小河内ダム(1957年:昭和32年竣工)ができる以前、多摩川が急流であった頃、川の流れが岩盤にぶつかり、その流れの向きを変えるとき、渦巻く流れによって川底が深く抉られ、いわゆる「淵」を形作った。
現在のかんぽの宿青梅(今は亀の井ホテル青梅に改称された)の急峻な岩壁下、ちょうど市営プールの対岸に当たる辺りに「淵」が生じ、この淵を昔から人々は「釜ヶ淵」と呼んだそうだ。
岩壁上から見ると文字通り、「釜」のように見え、丸い深い淵であったのだろう。
今の多摩川は昔ほどの水量はないものの、台風の季節には大雨が降ると、かつての急流のごとく、激しく水は岩壁に当たり、渦を巻く、昔から人々が「釜ヶ淵」と呼んだ様子を見せるのだと云う。
写真は釜の淵公園:かんぽの宿青梅と多摩川、釜の淵亀の井ホテル 青梅 宿・ホテル
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私共が小学生の頃、よく水遊びをした大柳(おおやな)から千ヶ瀬への多摩川の流れには、岩壁や大岩(軍艦岩といった名で呼んでいた)が見られる場所があり、そこではかつて渦を作り、泳ぐ子供たちを引き込むような怖い淵があった。
因みに、かんぽの建物が立つ土地の半分ほどは、かつて家内の家の畑地であったそうだ。長女だった家内は幼い妹を負ぶって、麦踏み(むぎふみ)をよくしたと云う。麦踏みをする姿を今はもう見る事は無いが、これも家内の歴史だ。
(秋播きの麦類が発芽した後に、足で踏みつける作業だが、その姿は作業者がカニの横歩きのように畝(うね)を足で踏みつけていく作業である)
写真は釜の淵公園:柳淵橋(りゅうえんばし)から望む多摩川の下流方向・・・右手は釜の淵公園と川原 -
柳淵橋(りゅうえんばし)から、多摩川沿いに鮎美橋(あゆみばし)、郷土博物館に向かう散策道が出来ていて、木陰の下を歩くのは気持ちが良い。
写真は釜の淵公園:海(東京湾)から61km、多摩川の右岸と記した道標。 -
写真は釜の淵公園:馬の背の様な奇妙な木が。
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写真は釜の淵公園:馬の背の様な奇妙な木が。
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写真は釜の淵公園:馬の背の様な奇妙な木が。家内はこのあたりの川で泳いだらしい。比較的浅瀬が続き、この川を横切って、琴ヶ原にあった珠算塾に友達と通ったそうだ。
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写真は釜の淵公園:ちょっとした芝生の広場もある。桜並木はこの辺から、青梅市立郷土博物館に向かう方向にある。
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イチオシ
写真は釜の淵公園:新緑の桜並木を遠望する。
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写真は釜の淵公園:新緑の桜並木と多摩川の下流方向へ・・・
夏、私の子供の頃はこのあたりで泳ぐのが日課だった。
確か右手に大岩があり、年長者から言われて、恐々と岩上から水に飛び込み、大岩下の深い淵にはまって(おぼれそうになって)、度々水を飲んだものだ。
当時の子供たちの年長者はしっかりと、状況を見ていて、おぼれそうな子供を下で待ち受けて、引っ張り上げてくれた。
そんな風にして私は泳ぎを覚えていった。 -
写真は釜の淵公園:新緑の桜並木と、公園と千ヶ瀬(ちがせ)地区を結ぶ鮎美橋(あゆみ橋)
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*ついでに我が家の事だが、jijidaruma家に残る古文書から、ご先祖様はかつての千ヶ瀬村(現青梅市千ケ瀬町)の名主や組頭といった「村方三役」を務めていた。
祖母ツルの妹ヨネの次女北嶋育代さんが青梅市千ヶ瀬町6丁目に居を構えた時、近所の古老から「紙屋のお嬢様」と呼ばれたと云う。
我が家は屋号が「紙屋」で、村ではjijidarumaの家を『紙屋御殿』1(Map
参照)と呼んでいたらしい。育代さんは母の実家のjijidaruma家の御威光やら、地域における存在の大きさを感じたと言う。
祖母ツルが嫁いだ家はjijidaruma家の在った場所から一段下にあたり、育代さんが居を構えた千ヶ瀬町6丁目に『三田屋御殿』2(Map参照)と呼ばれた家に住んでいた。
傍に曾祖父栄藏の妻ナカ(我が家の祖先小右衛門次女)の隠居所があったと云う。従い、祖母ツルが嫁いだ家(つまり母の実家)とjijidaruma家(母が祖母ツルの実家に養女として入った)の二つの家は元々親族関係にあった。
『三田屋御殿』の由来も、祖母の家が材木商を営んでいた事からだそうだ。
千ケ瀬町6丁目は多摩川に面した河川敷・琴ヶ原3(Map参照)の一段上の台地にあったが、御殿と言うだけに、それなりの規模の商いをしていたのだろう。
釜の淵から琴ヶ原にかけて、多摩川は大きく蛇行して流れ、琴ヶ原の地先で川原が広がり、そこに木材の集積場を設けていたと云う。
ある年の台風で、集積していた材木が増水した川水で流出し、莫大な損害を出したと伝えられている。それで祖母の家も没落したのだろう。
写真は釜の淵公園:桜堤の対岸は千ヶ瀬(ちがせ)地区の河川敷・琴ヶ原 -
写真は釜の淵公園:青梅市立郷土博物館横に残る桜並木
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イチオシ
写真は釜の淵公園:青梅市立郷土博物館横に残る桜並木
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多摩川沿い、いわゆる桜堤に咲き競う桜並木は桜の名所として知られている。
青梅を離れて数十年、知らぬ間に桜並木が育っていた。
例年3月下旬から4月上旬にかけてピンクに色づいた桜が見頃を迎える。
満開時期の10日間、桜のライトアップを行われて人気も高いと云う。
写真は釜の淵公園:桜のライトアップ(青梅市提供) -
写真は釜の淵公園:多摩川沿いに見事な桜並木がある。(青梅市提供)
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写真は釜の淵公園:多摩川沿いに見事な桜並木がある。(青梅市提供)
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写真は釜の淵公園:多摩川沿いに桜の並木の夜景も見える。(青梅市提供)
bunbunさんの4Traを拝見して、この旅行記の参考にした。
感謝です!
『花の青梅 梅岩寺 釜の渕公園』青梅(東京)の旅行記・ブログ by bunbunさん【フォートラベル】 (4travel.jp)
https://4travel.jp/travelogue/11746978 -
イチオシ
この桜並木の由縁は、家内の実家の祖父・定吉翁(明治21年生まれ)が、当時多摩川沿いにあった畑が多摩川の氾濫で流されるのを防ぐために、畑地の所有者たちであった地区民と共に堤を築き、凡そ50本の桜を多摩川沿いに植えたと伝えられている。
以来、年々桜の木は成長し、見事な桜並木を形作っている。
写真は釜の淵公園:鮎美橋から新緑の桜並木を遠望する。 -
*家内の家は調布村(現青梅市)駒木野地区がまだ7軒しかない頃からの旧家だったと云う。代々、「赤染め屋(あかぞめや)」の屋号を称し、元々は絹織物製造を生業としていた。
その後の産業の興亡と共に、当時、青梅で盛んとなってきた、布団に使われる布地である青梅夜具地(やぐじ)織物製造と、この布地に使用する糸を染色するという仕事を家業(紡織)としていた。
写真は釜の淵公園:鮎美橋から新緑の桜並木を遠望する。 -
写真は釜の淵公園:鮎美橋からかんぽの宿・青梅、新緑の桜並木を遠望する。
鮎美橋 名所・史跡
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<青梅市立郷土博物館>
昭和49(1974)年、緑に恵まれた多摩川のほとりに開館した。
建物は鉄筋コンクリート造り2階建て、延べ面積約786平方メートルに展示室・会議室・収蔵庫などがあり、年に数回特別展を行っている。
収蔵品としては、市内の遺跡から出土した遺物、市有形文化財の旧宝林庵文書(3点)を含む数多くの古文書、地機(じばた)、青梅縞(おうめじま)(3点)など多くの分野にわたる歴史史料があります。
入場無料で月曜日が休館です。
(因みに我が家の古文書も同館にある)
写真は釜の淵公園:青梅市立郷土博物館前に立つ金剛寺から移植した「青梅の木(*将門誓いの梅)」青梅市郷土博物館 美術館・博物館
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写真は釜の淵公園:青梅市立郷土博物館前の梅の説明版
*<金剛寺(こんごうじ)の青梅(あおうめ)伝説>
平安時代、関東にて覇を唱えた平将門(たいらのまさかど)が馬の鞭にしていた梅の枝をこの土地に突き刺し、武運長久を祈願したところ、その後に見事な梅の木となり、花を咲かせ、実を付けた。
本来なら黄色く熟していく梅だが、この梅の木は、落実まで青々としているという将門伝説が残っている。
この青梅(あおうめ)が、青梅(おうめ)の土地の名となったと云う。
(金剛寺:青梅市天ケ瀬町1032)
・・・・・金剛寺の青梅 自然・景勝地
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写真は釜の淵公園:青梅市立郷土博物館前のシャガ
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写真は釜の淵公園:青梅市立郷土博物館前・堺橋の石材の説明版
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写真は釜の淵公園:青梅市立郷土博物館前にたつ河川段丘崖の湧き水と水車の説明版。
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写真は釜の淵公園:青梅市立郷土博物館前・・・青梅宿の旧家(上町2丁目)である池田家の墓碑が展示されていた。
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写真は釜の淵公園:青梅市立郷土博物館前で旧宮崎家住宅をバックに撮った。何度か見学したので、今回はスルーした。
<旧宮崎家住宅>
青梅市立郷土博物館傍に、昭和53年(1978年)1月に、国の重要文化財に指定された旧宮崎家住宅がある。
江戸時代後期に建築されたという家は、青梅市成木8丁目の宮崎義雄氏宅から昭和54年(1979年)に移築・復元された。
内部も一般に公開されている。 入口のすぐ左側には風呂場、土間にはカマド、板の間には家族が集まる囲炉裏(いろり)があり、当時の生活が再現されている。
座敷は8畳間、4畳間があり、床面積の3分の1を占め、土間と板の間がほぼ同じ割合になっているそうだ。
江戸時代における山間部の農家の生活がよく理解できる建物である。
見学時間:9時から16時30分まで、なお、月曜日は休館日。
(尚、家内の家も宮崎家同様に移築の候補になり、何度か交渉役が来訪したそうだが、当時父親が怪我で伏せていた事もあって、話は進展しなかったそうだ)旧宮崎家住宅 名所・史跡
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写真は釜の淵公園:ツツジやヤマブキの花を横に坂道を上って、かんぽの宿に戻る。
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(2022年4月23日編集・追記)
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