2022/05/04 - 2022/05/04
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jijidarumaさん
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<匝瑳市(そうさし):建武の中興の功臣・新田義貞の敗死で、新田の一族郎党が逃れ、隠れ住んだ落人の集落・木積の龍頭寺(きづみのりゅうとうじ)で樹齢100年を超える見事な大ふじを見た。>
龍頭寺(りゅうとうじ):
千葉県 匝瑳市 木積1215
Tel:0479-73-3960
5月の良い季節、ちょっと<花の名所>で検索してみると、龍頭寺の大ふじの案内が目に入った。あまり知られていないだろう藤の名所だろうから、この季節でも混むことはなさそうだと思った。
匝瑳市木積は往復200km程度の距離だから、手ごろなドライブだと、昼食後に車で訪ねてみた。
写真は木積の龍頭寺(きずみのりゅうとうじ)の大ふじ:花の長さ1.5m
- 旅行の満足度
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 自家用車
-
匝瑳市は人口34千人の市、千葉県の北東部に位置し、市の中心部は歴史ある街並みがあり、北部には里山、南部は九十九里浜に面している。
また、日本有数の植木の町として知られ、市内にはマキ塀の集落、植木園、植木畑、植木見本園などを巡るルートもある。
散歩の達人、俳優・地井武男さん(故人)の故郷でもある。
写真は匝瑳市木積:龍頭寺Map -
木積(きづみ)の集落は「源氏の将・新田義貞(にった よしさだ)一党の落人(おちうど)の里」だと、集落の人々は伝え聞いてきたと云う。
平家の落人についてはよく聞くことだが、源氏の落人は珍しい。源氏の足利尊氏(あしかがたかうじ)に対抗した新田義貞だったから、室町時代(足利将軍家の統治)は隠れ住むこともやむを得なかったようだ。
1336年10月13日、*木の芽峠((きのめとうげ:福井県)の雪の中の戦いで敗れ、
大将新田義貞も越前藤島にて敗死(1338年7月5日)した。
その後、義貞に従った一族郎党はこの木積の地を安住の地として1339年より隠れ住み、現在に至ったそうだ。
*新田 義貞は鎌倉時代後期から南北朝時代にかけての御家人・武将。
姓名は源 義貞(みなもと の よしさだ)。河内源氏義国流新田氏本宗家の8代目棟梁。後醍醐天皇による「建武の新政」樹立の立役者の一人となった。
*木の芽峠(福井県)は敦賀から今庄・府中へ抜ける北陸道の関門にあたり(今庄町板取・敦賀市新保)、古来から越前への道として要衝の地であった。
源平・南北朝・戦国期の争乱、一向一揆など、各年次にわたる合戦の舞台の要害として重要視されてきた。
写真は新田義貞と稲村ヶ崎(歌川広重画)・・・稲村ヶ崎の奇跡~龍神と黄金の太刀:新田義貞の鎌倉攻め
https://www.yoritomo-japan.com/ikusa/bakufu-metubo-yosisada-ryujin.html -
世の中にはこの季節、様々な場所にふじの花が盛りを迎え、独特の香りを
かぐ機会も多い。
「ふじの花の香り」といっても<ふじ>もたくさんの種類があって、一言で表現できないと云う。
どのような香りかというと、この日の一帯に漂っていたのは「ほのかな甘い香り」だった。
ジャスミンや、ギンギアナムの強い香りとはもちろん違って・・・。
写真は木積(きづみ)のふじ:無料駐車場から歩いて3分くらいして、初めて見た地区会館前のふじ。 -
大きな無料駐車場の近くに至ると、龍頭寺への勾配のきつい坂道が出て来る。
これを下る途中、満開のツツジに出会った。
写真は龍頭寺(きづみのりゅうとうじ)のツツジ -
写真は龍頭寺(きづみのりゅうとうじ)のツツジ
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匝瑳市木積の龍頭寺の大ふじは樹齢100年を超えるもので、たいへん見ごたえのあるものだと云われている。
龍頭寺の大ふじは枝から地面に垂れ下がる花々は1mから1,5mにもなる。
木積一帯には300本を越える藤棚も鑑賞できるとの事で、楽しみなことだ。
写真は匝瑳市木積にある龍頭寺:正面・・・本堂裏手に樹齢100年を越える大ふじがある。 -
イチオシ
花見の季節は4月下旬~5月上旬、好天が続いたので、今日は5月4日、ふじの花は日陰の花はまずまずだったが、日向の花は旬を過ぎた感じでした。
写真は木積の龍頭寺(きづみのりゅうとうじ)の白いふじ -
三尺藤と呼ばれたふじの大木は樹齢は100年を超えると云われている。
いわゆる藤色の様子は好ましく、漂っていたのは「ほのかな甘い香り」だった。
写真は木積の龍頭寺(きづみのりゅうとうじ)の大ふじ:花の長さ1.5m -
写真は木積の龍頭寺(きづみのりゅうとうじ)の大ふじ:花の長さ1.5m
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イチオシ
写真は木積の龍頭寺(きづみのりゅうとうじ)の大ふじ:花の長さ1.5m
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<木積の龍頭寺の竜神伝説>
遠い昔。天平二年(730年)、この地方は、ひどい日照りが続いて作物が取れず、悪い病気が流行して人々は大変苦しんでいた。
釈明上人(しゃくめいしょうにん)は、天皇の命を受けて、印旛沼(いんばぬま)の龍神に雨乞いをした。大雨の降ること七日間、最後の日、血の雨を降らせて、龍の体が三つに裂かれ、地に落ちた。
龍の頭は印旛郡(埴生庄はにゅうのしょう)栄町龍角寺、尾は匝瑳・大寺の龍尾寺に落ち、胴の一部はこの木積・龍頭寺に落ちたという。
龍の骨を庭の池の中の島に埋めて、龍神を祀(まつ)った。また、寺宝として伝えられる玉は、その時落ちてきた龍の玉だと伝えられる。
写真は木積の龍頭寺(きづみのりゅうとうじ)の大ふじ:花の長さ1.5m -
写真は木積の龍頭寺(きづみのりゅうとうじ)の大ふじ:龍の骨を埋めたと云う、小さな池畔に樹齢100年を超えるふじが下がる。
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写真は木積の龍頭寺(きづみのりゅうとうじ)の大ふじ:花の長さ1.5m
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写真は木積の龍頭寺(きづみのりゅうとうじ)の大ふじ:裏手に*白山神社の二本の杉の巨木・夫婦大杉の姿が見える。
*白山神社
千葉県匝瑳市木積1213
1339年(延元4年/暦応2年)、新田義貞の家臣16名が北陸地方での戦いに敗れた後、木積を安住の地とし、石川県の白山神社から分霊したのが、匝瑳市木積の白山神社とされている。(前述よりも具体的だ) -
写真は木積の龍頭寺:ふじ祭りの会場図
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木積地区の*箕作(みつくり)は、伝承によれば今から300年以上も前、加賀白山信仰の「加納おせん」という一人の女性によって伝えれらたのが始まりだとか。
写真は木積の藤箕製作の場面
*箕作(みつくり):
匝瑳市木積地区では元禄時代<加納おせん様>の考案された「木積藤箕(きづみのふじみ)」が作られている。
平成21年3月文化庁長官より「木積藤箕製作技術」を国の重要無形民俗文化財に指定された。
*木積の藤箕製作技術は、千葉県匝瑳市木積に伝わるタケとフジを材料として農耕用、製茶用などの箕を製作する技術である。その工程は、材料であるモウソウチク、シノダケ、フジの切り取って加工する作業とそれを用いて箕をつくる作業に分けられる。シノダケの割りヒゴとフジの皮を薄くはいだものを編んで箕の本体部分であるイタミを作る作業は女性が担当し、このイタミをモウソウチクで作った枠にフジの芯で作ったカラでからげていく仕立て作業は男性が担当する。 -
<おせん様のふじ祭>
http://www5a.biglobe.ne.jp/~puusan/fuji.html
おせん様のふじ祭り4月28日~5月13日開催・イベントは5月5日10時~15時。
写真はおせん様のふじ祭会場:入口 -
写真はおせん様のふじ祭会場:ふじの大木が枝を目いっぱい伸ばしている。
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写真はおせん様のふじ祭会場:ふじの大木
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写真はおせん様のふじ祭会場:ふじの大木
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写真はおせん様のふじ祭会場:ふじの大木
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写真はおせん様のふじ祭会場:ふじとツツジの散策路。
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写真はおせん様のふじ祭会場:
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写真はおせん様のふじ祭会場:
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イチオシ
写真はおせん様のふじ祭会場:
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写真はおせん様のふじ祭会場:白ふじ。
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写真はおせん様のふじ祭会場:谷間一帯にふじが咲いているのが眼下に見える。散策路はこの辺りまで行くらしいが、上から見ただけ。
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<木積の龍頭寺の竜神伝説>については先に書いたが、本来は以下の竜神伝説
が元で、似たような話を木積の龍頭寺に伝承していったように思われる。
【印旛沼の竜伝承】(Wiki)
上空から見ると印旛沼は龍や龍の頭の形に似ていると云われている。
印旛沼の竜伝承に登場する龍角寺、龍腹寺、龍尾寺とは、千葉県印旛郡栄町の龍角寺、印西市の龍腹寺、匝瑳市の龍尾寺である。
龍角寺の縁起、龍腹寺の縁起、龍尾寺の縁起には、昔話の元になった伝承が其々少しずつ違った話を残しているが、この伝承は、享保7年(1722年)に佐倉藩士の磯辺昌言が著した『佐倉風土記』で紹介されたことで広く知られるようになった。
<雨を降らせた竜>
昔、印旛沼のそばに、人柄の良い人々が住む村があった。印旛沼の主である龍は、人間の姿になってしばしば村を訪ねては村人達と楽しく過ごしていた。
ある年、印旛沼付近はひどい旱魃に見舞われた。雨乞いは功を奏さず、水田は干からびて、村人達は餓死を覚悟した。そのとき龍が村に来て、村人達から親切にしてもらった恩返しとして雨を降らせること、しかし大龍王が降雨を止めているため雨を降らせれば自分は体を裂かれて地上に落とされるだろうことを話し、姿を消した。
間もなく空が雲に覆われて雨が降り出した。喜んでいた村人達は、龍が天に昇って雲の中に消え、直後に雷鳴と共に閃いた稲妻の光の中で龍の体が三つに裂かれるのを見た。
村人達は龍の事を思って嘆き、翌日、皆で龍の体を探し出した。龍の頭は安食で、腹は本埜で、尾は大寺で見つかった。村人達はそれぞれの場所に寺を建てて龍の体を納めた。それが龍角寺、龍腹寺、龍尾寺である。
<三つざきにされた龍神>
昔、温かな夜には印旛沼からはしばしば赤い火の玉が現れて北へ向かった。
近隣の人々は、龍神が安食村の龍閣寺に明かりを灯しに行くのだと話し合った。ある年、旱魃のため龍神に雨乞いを行ったが効果はなかった。3日目の夜が明けたとき、一帯の旱魃に見かねた龍が老人の姿となって印旛沼から現れ、高齢のため雨を降らせなくなったが雷神に頼んで降らせてもらう、と話して姿を消した。たちまち空が曇って稲妻を伴う豪雨となり、枯れていた作物が蘇った。
人々は喜んだが、間もなく、龍閣寺に2本の角の生えた龍の頭が落ちているとの知らせが届いた。その後、印西の地蔵堂で龍の腹部が、ずっと離れた匝瑳の大寺村で龍の尾が見つかった。人々は、雨を降らせるために龍神がその体を雷神によって3つに分断されたのだと悟り、龍閣寺を龍角寺と改め、龍腹寺と龍尾寺を建てて、龍神の事を忘れまいとした。
その後も印旛沼からは赤い火の玉が現れ、3つに分かれてこの3つの寺の方へ向かった。人々は、龍神の魂が自身の体を納めた寺に龍灯を灯しに行くのだと話し合ったという。
この龍神の物語は下総地方で語りつがれてきた伝説の代表的なものの一つだとも言われている。
・・・・・
【関東三龍の寺】というものがある。
其々に<龍>の名が付き、寺の縁起に竜神伝説が残る。
<栄町・龍角寺(りゅうかくじ)>
千葉県印旛郡栄町龍角寺239
龍角寺は印旛郡(埴生庄はにゅうのしょう)栄町龍角寺にある天台宗の寺院。
天竺山寂光院と号し、本尊は薬師如来。
発掘調査の結果、7世紀にさかのぼる伽藍跡が検出されており、創建年代の古さという点では、関東地方でも屈指の古寺である。
龍角寺は中世には衰微していたらしく、承久2年(1220年)上総介平常秀が再建、文明年間(1469年-1486年)、永正年間(1504年-1520年)などに焼失を繰り返し、千葉勝胤が再興したと云う。
戦国時代には千葉氏の保護下にあり、天正年間(1573年-1593年)には千葉邦胤が修造したと伝える。天正19年(1591年)には徳川家康より20石を与えられた。
度重なる火災で古い建物は残っていないが、金堂跡、仁王門跡、塔跡などにより、往時の大規模な伽藍の様子が分かる。
寺の南には最後の前方後円墳といわれる「浅間山古墳」や、畿内の大王陵を凌駕する終末期最大の方墳「龍角寺岩屋古墳」などがある。
写真は千葉県栄町・龍角寺の境内・・・手前に仁王門跡、奥に拝殿・本尊収蔵庫龍角寺 寺・神社・教会
-
<印西市・龍腹寺(りゅうふくじ)>
千葉県印西市竜腹寺626
印西市(印西庄)竜腹寺にある「龍腹寺」は、天台宗の寺院である。
山号は「玄林山」と称し、ご本尊は「薬師如来」である。
当寺は空海(弘法大師)の上奏を受けた平城天皇の勅願により、大同2年(807年)、空海の弟子である慈観上人を開山として創建された。
当初は、「慈雲山 延命院 勝光寺」と号していた。現在、当寺は無住。
写真は千葉県印西市・龍腹寺 -
<匝瑳市・龍尾寺(りゅうびじ)>
千葉県匝瑳市大寺1856
龍尾寺は千葉県匝瑳市大寺(北條庄大寺郷)にある真言宗智山派の寺院。
山号は天竺山。本尊は釈迦如来。
龍尾寺に伝えられている縁起によれば斉明天皇7年(661年、飛鳥時代)の開創とされており、所在地の地名「大寺」とは古代の官寺である大寺があった名残とされている。
写真は千葉県匝瑳市・龍尾寺
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(2022年5月8日、栄町観光拠点ドラムの里の引用、WikiおよびHPなど参考、編集・追記)
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この旅行記へのコメント (2)
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- pedaruさん 2022/05/17 06:08:59
- 匝瑳市
- jijidarumaさん おはようございます。
千葉県民でありながら恥ずかしくも、このお話は知りませんでした。たいへん面白く拝見いたしました。
足利尊氏と新田義貞は、我が故郷館林の近くの町、群馬県の新田郡、渡良瀬川をはさんで栃木県の足利市と対峙しています。(にらみ合っているわけではありませんが)
pedaru
- jijidarumaさん からの返信 2022/05/17 14:31:26
- RE: 匝瑳市
- pedaruさん、
今日は。早々のコメントありがとうございました。
私も似たようなもので、似非千葉県民といっても良いようで、
近郊の様々な名物、名所、伝説など知らないのですよ。
源氏の落人なんて、確か勝馬は源氏だったから、何で落人と思いました。
それで旅行記の題名まで大きく変えました。
足利尊氏と新田義貞、楠木正成、後醍醐天皇など、急に日本史のおさらい
もしてしまいました。
竜神伝説にしても、日照りや雨ごいは農民にとっては一大事、<龍>にも
すがりたい気持ちだったことでしょう。
こうした話が残り、それを知ることができるのは伝説好きな私には嬉しいこと。
それではまた。
jijidaruma
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