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京都屈指の観光名所の嵐山ですが、<br />今まで一度も訪れた事がありませんでした。<br /><br />観光客の溢れる通りを抜けると、<br />郊外ののどかな風景が広がっていて癒されました。

京都訪問2013②(嵐山他)

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2013/02/09 - 2013/02/10

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旅行記グループ 京都訪問

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赤い彗星

赤い彗星さん

京都屈指の観光名所の嵐山ですが、
今まで一度も訪れた事がありませんでした。

観光客の溢れる通りを抜けると、
郊外ののどかな風景が広がっていて癒されました。

旅行の満足度
5.0
  • 広沢池です。<br /><br />989年に寛朝僧正が、遍照寺建立に合わせて開削したことから、遍照寺池とも呼ばれる灌漑用の溜池です。当時嵯峨野を治めていた豪族の秦氏が、開削したという説もあるそうです。<br />平安時代に造られてから、観月の名所として多くの歌に登場しているそうです。<br /><br />天気に恵まれ、ポカポカ陽気だったこともあり、仁和寺から大覚寺までのどかな風景を眺めながら、歩いて行く途中です。

    広沢池です。

    989年に寛朝僧正が、遍照寺建立に合わせて開削したことから、遍照寺池とも呼ばれる灌漑用の溜池です。当時嵯峨野を治めていた豪族の秦氏が、開削したという説もあるそうです。
    平安時代に造られてから、観月の名所として多くの歌に登場しているそうです。

    天気に恵まれ、ポカポカ陽気だったこともあり、仁和寺から大覚寺までのどかな風景を眺めながら、歩いて行く途中です。

    広沢池 自然・景勝地

  • 大覚寺の大門です。<br /><br />平安時代に嵯峨天皇の離宮として建立され、その後門跡寺院として大覚寺となりました。<br />鎌倉時代に入り、亀山法皇や後宇多法皇が大覚寺で院政をひいた事から、嵯峨御所とも呼ばれていたそうです。

    大覚寺の大門です。

    平安時代に嵯峨天皇の離宮として建立され、その後門跡寺院として大覚寺となりました。
    鎌倉時代に入り、亀山法皇や後宇多法皇が大覚寺で院政をひいた事から、嵯峨御所とも呼ばれていたそうです。

    大覚寺 寺・神社・教会

  • 江戸時代に建造された式台玄関です。

    江戸時代に建造された式台玄関です。

  • 式台玄関正面には、狩野永徳の「松」「山鳥図」と輿が飾られています。

    式台玄関正面には、狩野永徳の「松」「山鳥図」と輿が飾られています。

  • 宸殿前には、手前の「右近の橘」と奥の「左近の梅」が並んでいます。

    宸殿前には、手前の「右近の橘」と奥の「左近の梅」が並んでいます。

  • 御影堂です。<br /><br />大覚寺とゆかりの深い嵯峨天皇や空海の像が、安置されています。

    御影堂です。

    大覚寺とゆかりの深い嵯峨天皇や空海の像が、安置されています。

    大覚寺 寺・神社・教会

  • 庭園を挟んで、正面に唐門(勅使門)が、建てられています。

    庭園を挟んで、正面に唐門(勅使門)が、建てられています。

  • 建物の間は、渡り廊下で移動できるようになっています。

    建物の間は、渡り廊下で移動できるようになっています。

  • 大沢池です。<br /><br />平安時代に開削された日本最古の人工池です。中国の洞庭湖を模していることから、庭湖とも呼ばれています。

    大沢池です。

    平安時代に開削された日本最古の人工池です。中国の洞庭湖を模していることから、庭湖とも呼ばれています。

    大覚寺 寺・神社・教会

  • 勅封心経殿です。<br /><br />大正時代に再建された、コンクリート製の八角堂です。<br />嵯峨天皇をはじめとした、歴代六天皇の直筆写経が納められています。

    勅封心経殿です。

    大正時代に再建された、コンクリート製の八角堂です。
    嵯峨天皇をはじめとした、歴代六天皇の直筆写経が納められています。

  • 嵐山の渡月橋です。<br /><br />さすがに嵐山は、オフシーズンでも混んでるなあと思っていましたが、観光シーズンはまともに歩けないぐらいの混みようと聞きました。。

    嵐山の渡月橋です。

    さすがに嵐山は、オフシーズンでも混んでるなあと思っていましたが、観光シーズンはまともに歩けないぐらいの混みようと聞きました。。

    渡月橋 名所・史跡

  • 京都五山第一位の寺格を誇る天龍寺を訪れました。<br /><br />夢窓疎石は、敵方であった後醍醐天皇の菩提を弔うように足利尊氏に薦めたことから、天龍寺の建立に繋がります。

    京都五山第一位の寺格を誇る天龍寺を訪れました。

    夢窓疎石は、敵方であった後醍醐天皇の菩提を弔うように足利尊氏に薦めたことから、天龍寺の建立に繋がります。

    天龍寺 寺・神社・教会

  • 法堂に向かう途中の塔頭の天井です。<br />禅寺ということで天井には、龍図が描かれています。

    法堂に向かう途中の塔頭の天井です。
    禅寺ということで天井には、龍図が描かれています。

  • 大方丈です。<br /><br />大方丈には、本尊として平安時代に作られた釈迦如来坐像が安置されているそうです。

    大方丈です。

    大方丈には、本尊として平安時代に作られた釈迦如来坐像が安置されているそうです。

  • 昭和32年に若狭物外により描かれた、雲龍の襖絵です。

    昭和32年に若狭物外により描かれた、雲龍の襖絵です。

  • 日本最初の史跡・特別名勝に指定された曹源池庭園です。<br /><br />約700年前の夢窓疎石による作庭当時の面影をとどめているそうです。<br />

    日本最初の史跡・特別名勝に指定された曹源池庭園です。

    約700年前の夢窓疎石による作庭当時の面影をとどめているそうです。

  • 天龍寺の北門を出ると、すぐに有名な竹林の道に出る事が出来ます。

    天龍寺の北門を出ると、すぐに有名な竹林の道に出る事が出来ます。

  • 竹林の道を抜けて歩いていると、常寂光寺という寺院を見つけたので、ぶらりと訪れてみました。<br /><br />常寂光寺の茅葺屋根を持つ仁王門です。<br />南北朝時代に本圀寺客殿の南門として建立されたものを、江戸時代初期に移築したものだそうです。仁王像は、運慶作と伝わっています。

    竹林の道を抜けて歩いていると、常寂光寺という寺院を見つけたので、ぶらりと訪れてみました。

    常寂光寺の茅葺屋根を持つ仁王門です。
    南北朝時代に本圀寺客殿の南門として建立されたものを、江戸時代初期に移築したものだそうです。仁王像は、運慶作と伝わっています。

    常寂光寺 寺・神社・教会

  • 寺院の斜面は苔で覆われており、まるで日本庭園のようです。

    寺院の斜面は苔で覆われており、まるで日本庭園のようです。

  • 本堂は、伏見桃山城客殿を小早川秀秋の助力を得て移築したものだそうです。<br />昭和初期に屋根の大改修を行ったそうです。

    本堂は、伏見桃山城客殿を小早川秀秋の助力を得て移築したものだそうです。
    昭和初期に屋根の大改修を行ったそうです。

  • 多宝塔です。

    多宝塔です。

  • 畑の脇に、小倉餡発祥に関する立て札が建っていました。

    畑の脇に、小倉餡発祥に関する立て札が建っていました。

  • 庵が見えたので、立ち寄ってみる事にします。<br /><br />

    庵が見えたので、立ち寄ってみる事にします。

  • 落柿舎は、松尾芭蕉の弟子である向井去来の別荘です。<br />庭の40本の柿の木から、台風の影響で一晩のうちに全ての柿が落ちてしまったエピソードが、庵名の由来だそうです。

    落柿舎は、松尾芭蕉の弟子である向井去来の別荘です。
    庭の40本の柿の木から、台風の影響で一晩のうちに全ての柿が落ちてしまったエピソードが、庵名の由来だそうです。

    落柿舎 名所・史跡

  • 臨済宗妙心寺派大本山の妙心寺にやってきました。<br /><br />南北朝時代、花園の地に離宮として花園御所が存在しました。この御所を禅寺に改めたいという花園法皇の発願により、妙心寺が開山されました。

    臨済宗妙心寺派大本山の妙心寺にやってきました。

    南北朝時代、花園の地に離宮として花園御所が存在しました。この御所を禅寺に改めたいという花園法皇の発願により、妙心寺が開山されました。

  • 妙心寺の全景図です。<br /><br />多くの塔頭を擁しており、巨大な敷地を誇ります。石庭で有名な龍安寺も塔頭の一つということです。

    妙心寺の全景図です。

    多くの塔頭を擁しており、巨大な敷地を誇ります。石庭で有名な龍安寺も塔頭の一つということです。

  • 重要文化財の三門です。<br /><br />慶長4年(1599年)の建立で、2階部分には観世音菩薩と十六羅漢が安置されています。柱や梁にも極彩色の鮮やかな飛天や龍の図が、描かれているそうです。<br />以前、拝観した事のある知恩院三門のような感じかな?とイメージが浮かびます。

    重要文化財の三門です。

    慶長4年(1599年)の建立で、2階部分には観世音菩薩と十六羅漢が安置されています。柱や梁にも極彩色の鮮やかな飛天や龍の図が、描かれているそうです。
    以前、拝観した事のある知恩院三門のような感じかな?とイメージが浮かびます。

  • 江戸時代後期に改築された重要文化財の仏殿です。

    江戸時代後期に改築された重要文化財の仏殿です。

  • 江戸時代に建立された重要文化財の法堂です。<br /><br />天井には、狩野探幽により8年掛けて描かれた、巨大な雲龍図が飾られています。どの方角から見ても視線が合う、迫力ある「八方睨みの龍」を拝見する事が出来ました。<br />係員の解説付きの見学会が行われているので、時間が合えば拝観が可能です。<br /><br />また法堂内では、日本最古で国宝の梵鐘を見学する事が出来ます。698年の鋳造で徒然草にも記載が残っているそうです。<br />実際に1973年までは、ゆく年くる年でも使用されていましたが、破損の可能性がある事から、現在は法堂内で保管されています。

    江戸時代に建立された重要文化財の法堂です。

    天井には、狩野探幽により8年掛けて描かれた、巨大な雲龍図が飾られています。どの方角から見ても視線が合う、迫力ある「八方睨みの龍」を拝見する事が出来ました。
    係員の解説付きの見学会が行われているので、時間が合えば拝観が可能です。

    また法堂内では、日本最古で国宝の梵鐘を見学する事が出来ます。698年の鋳造で徒然草にも記載が残っているそうです。
    実際に1973年までは、ゆく年くる年でも使用されていましたが、破損の可能性がある事から、現在は法堂内で保管されています。

  • 江戸時代に建立された庫裏です。<br /><br />この年は、特別拝観で見学が出来ました。内部はかなりスペースが広く、大量の食事を準備し、一度に大勢が食事を取る事が出来るような造りになっていました。

    江戸時代に建立された庫裏です。

    この年は、特別拝観で見学が出来ました。内部はかなりスペースが広く、大量の食事を準備し、一度に大勢が食事を取る事が出来るような造りになっていました。

  • 法堂と共に見学可能な重要文化財の浴室内部です。<br /><br />明智光秀の叔父密宗和尚が、光秀の菩提を弔うために1587年に建立しています。蒸し風呂形式の風呂で、明智風呂とも呼ばれています。<br /><br />妙法寺はかなり広いので、もっと拝観したかったのですが、今回の旅はここでタイムアウトでした。

    法堂と共に見学可能な重要文化財の浴室内部です。

    明智光秀の叔父密宗和尚が、光秀の菩提を弔うために1587年に建立しています。蒸し風呂形式の風呂で、明智風呂とも呼ばれています。

    妙法寺はかなり広いので、もっと拝観したかったのですが、今回の旅はここでタイムアウトでした。

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