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mistralさんへのコメント一覧(12ページ)全862件

mistralさんの掲示板にコメントを書く

  • 50年前の記憶

    「クリュニー修道院跡」という名前で覚えています。裏手のRue St.Jacquesを上がったところの安ホテルが、パリの最初の宿でした。1ヶ月くらいいましたが、St.Michel-Notre-Dameのメトロまでブール・ミッシュを歩いていたので、よく横を通っていました。歩いて5分くらいかな。
    サン・ミッシェル大通り(Boulevard Saint-Michel)をカルチェ・ラタンの学生はブール・ミッシュとよんでおりました。
    1974年3月ごろです。

    ブール・ミッシュから、鉄柵越しになにやら廃墟みたいな遺跡が見えました。今もああですか。
    一度中に入った記憶があります。
    覚えているのは一角獣のタピスリーだけ。
    こういうのは十把一絡げに絨毯だとおもっていました。それが壁に掛けてあったので、ふーんと思った記憶あり。無知とは楽しいモノです。

    木像や石像はまったく記憶にありませんが、中世にしては表情が自然ですね。
    「Sainte Marie Madeleine」
    (1446-1449 Avignon)
    これなんか、なにも違和感がありません。

    「聖母子」
    (オーヴェルニュ、1500年頃)
    いいですね。

    ローマのバルベリーニ美術館の14-15世紀くらいのマリア像なんか、不自然にこっちをガン見して、まったく愛嬌なし。不気味ったらありゃしない。
    よろしかったらどうぞ。
    https://4travel.jp/travelogue/11494152

    彫刻より絵の方が自由に表現できると思うのですが、みんな決まり切ったポーズで無表情です。
    イタリアとフランスではこんなに違うもんですかね。

    50年前の記憶がすこしよみがえりました。
    2024年09月05日12時03分返信する 関連旅行記

    RE: 50年前の記憶

    しにあの旅人さん

    こんばんは。
    しにあさんの旅行記は読み逃げばっかりで失礼しておりましたのに
    コメントをありがとうございます。

    > 「クリュニー修道院跡」という名前で覚えています。裏手のRue St.Jacquesを上がったところの安ホテルが、パリの最初の宿でした。1ヶ月くらいいましたが、St.Michel-Notre-Dameのメトロまでブール・ミッシュを歩いていたので、よく横を通っていました。歩いて5分くらいかな。
    > サン・ミッシェル大通り(Boulevard Saint-Michel)をカルチェ・ラタンの学生はブール・ミッシュとよんでおりました。
    > 1974年3月ごろです。

    1974年ごろ、若き日のしにあさんが最初に暮された界隈だったんですね。
    サン・ジャックの塔から続いているのがサン・ジャック通り、塔は巡礼道の起点となる地ですね。
    今回、再び塔の姿を見てきました。周囲からは相変わらず目立っている姿でした。
    パリ大学もクリュニューからはすぐ近く、
    私も中世美術館と知るまでは、浴場跡がそんなところにあるなんて思ってもみず
    廃墟?!と思っていました。

    > ブール・ミッシュから、鉄柵越しになにやら廃墟みたいな遺跡が見えました。今もああですか。
    > 一度中に入った記憶があります。
    > 覚えているのは一角獣のタピスリーだけ。
    > こういうのは十把一絡げに絨毯だとおもっていました。それが壁に掛けてあったので、ふーんと思った記憶あり。無知とは楽しいモノです。

    そうですね。
    絨毯は床に敷くものと思っていたら、なんと壁に絵画のような素晴らしい絨毯(織物)がかけられていて、名前もタピスリーと言うんだ、と知ったのは初めてヨーロッパに行った頃?(1970年ごろ?)

    > 木像や石像はまったく記憶にありませんが、中世にしては表情が自然ですね。
    > 「Sainte Marie Madeleine」
    > (1446-1449 Avignon)
    > これなんか、なにも違和感がありません。
    >
    > 「聖母子」
    > (オーヴェルニュ、1500年頃)
    > いいですね。

    しにあさんが挙げられた像は、私にもベスト2に入るもの。
    特にオーベルニュの聖母子像は行くたびに、あの像は?と探します。
    気品がある表情が大好きです。

    パリで40年ぐらい暮されたんでしたかしら。
    通りの名前までしっかりと覚えておられること、驚きました。
    千葉県でお暮らしになっていても、暮されていた地の記憶は、今でも鮮明に残っているんですね。

    mistral

    2024年09月06日19時52分 返信する
  • 行けなかったクリュニー

    パリには20年ほど前に2回行ったのですが、その時の宿がクリュニーのすぐ近くで、訪ねたいと思いながらも体調を崩して結局行けずじまいでした。
    今回、mistralさんの旅行記を2015年のもあわせて読ませていただき、クリュニーがとてもよくわかったような気がしています。
    その土地建物自体がローマの共同浴場以来の歴史を伝えているんですね。
    ガーゴイルにふと視線を感じてという描写が写真とともに迫ってきました。
    そして、ルネサンス以前は現在のような美術という概念はなく、この美術館にもそれが反映されているとのご説明になるほどと思いました。
    しかし、今はどこも予約制になっているのですね。
    ルーブルにはそれでも長い列ができ混雑しているとのこと。
    朝一番に行きさえすればよかった昔はもう戻りませんね。
      ひらしま
    2024年09月03日22時50分返信する 関連旅行記

    RE: 行けなかったクリュニー

    ひらしまさん

    こんばんは。
    こちらにもコメントをありがとうございました。

    > パリには20年ほど前に2回行ったのですが、その時の宿がクリュニーのすぐ近くで、訪ねたいと思いながらも体調を崩して結局行けずじまいでした。

    あの美術館の近くのお宿にお泊りでしたか。
    なかなか便利な立地のようですね。
    予定していても、その時の天候、体調、交通事情などで、思っていたとおりには運ばないことが
    多くありますね。

    > 今回、mistralさんの旅行記を2015年のもあわせて読ませていただき、クリュニーがとてもよくわかったような気がしています。

    何度も行っていても、収蔵品が数限りなくあるせいで、初めて出会ったもののよう思え
    的確な説明ができず申し訳ありません。

    > その土地建物自体がローマの共同浴場以来の歴史を伝えているんですね。
    > ガーゴイルにふと視線を感じてという描写が写真とともに迫ってきました。

    以前の、古い館を使っての展示は、趣があって、まさに中世に迷い込んだように感じられて
    素敵なものでした。

    > そして、ルネサンス以前は現在のような美術という概念はなく、この美術館にもそれが反映されているとのご説明になるほどと思いました。

    当時はそういった説明を聞くと、なるほどなあ、と思ったものでした。
    現在のいわゆる美術品も、当時は建築物と一体の物と捉えられていたのでしょう。
    なんとも贅沢なことでした。

    > しかし、今はどこも予約制になっているのですね。
    > ルーブルにはそれでも長い列ができ混雑しているとのこと。
    > 朝一番に行きさえすればよかった昔はもう戻りませんね。

    そうでした。
    人気のある美術館はあさイチで駆けつけて、ガランとした空間を思う存分
    楽しんだものでしたが。
    今のルーブルのあさイチは、果たしてどうなんでしょうね。

    mistral
    2024年09月04日21時39分 返信する
  • 雨のオルレアン

    mistralさん、お久しぶりです。

    「雨のオルレアンでジャンヌダルクの軌跡を辿った」
    とても興味深く拝見しました。
    しっとり雨に濡れたオルレアンの街も素敵ですね。
    表紙のジャンヌダルク像の凛とした美しいお顔に
    胸を打たれます。
    また大聖堂のステンドグラスもmistralさんの
    簡潔で分かりやすい解説で一枚一枚つぶさに見ると
    感慨も一入です。いつか再訪したいと思いました。
    素晴らしい旅行記を見せていただきどうもありがとう
    ございました。

                   ドロミティ
    2024年09月01日10時52分返信する 関連旅行記

    RE: 雨のオルレアン

    ドロミティさん

    私の方こそ、いつも読み逃げばかりで、ご無沙汰しています。

    > 「雨のオルレアンでジャンヌダルクの軌跡を辿った」
    > とても興味深く拝見しました。

    ありがとうございます。
    オルレアンという街の名前は、歴史の一コマの街として学んでいても
    どこにあるのかも定かではなく、ついつい忘れ去ってしまっていました。
    今回トゥールからパリへ戻る途上にあることを発見。
    こんな時でないと2度とチャンスは訪れないと思い、思い切って1泊しました。

    > しっとり雨に濡れたオルレアンの街も素敵ですね。

    当日はしっとりと降る雨、というよりは激しいほどの雨降りに見舞われました。
    それでも2度と来れないかもと思い、意を決して街歩きに出かけたのでした。

    > 表紙のジャンヌダルク像の凛とした美しいお顔に
    > 胸を打たれます。

    さすがジャンヌダルクで有名な街。
    立派な銅像が広場には立ち、彼女にまつわる施設も多数あるようでした。
    どんなお顔だったのかは今となってはわかりませんが、銅像の表情からは
    一大事を成し遂げた女性の意志の強さを感じられますね。

    > また大聖堂のステンドグラスもmistralさんの
    > 簡潔で分かりやすい解説で一枚一枚つぶさに見ると
    > 感慨も一入です。いつか再訪したいと思いました。

    現地では一枚一枚のステンドグラスを眺めながら、何となくシーンの想像を
    するだけでしたが、旅行記を書きながら調べていて、解説されているサイトを
    見つけ、引用させていただきました。

    コメントをお寄せいただき、ありがとうございました。

    mistral
    2024年09月02日21時21分 返信する
  • 歩く・・・ただそれだけで十分ですね。

     mistral さん、こんばんは。
     コンポステーラへの巡礼、いよいよ本番ですね。 2015年のご旅行ですから、そろそろ10年になるわけですが、私にとっては目の前で起こっていることですから、古いも新しいもありません。

     以前は「巡礼」というものと現在の「人気コース」化した実態との整合性に若干の違和感を感じていたのですが、mistral さんの実踏記を拝読してそういう感覚はなくなりました。 歩くことによる自身の浄化ということを信じられるようになったのです。
     実は私は、妻が死んだ直後に四国遍路をしました。 それは全行程を車で回るという「ニセ遍路」だったので、自分でも後ろめたさがあり、遍路という言葉を使うことさえためらっていたものです。
     ですが、19日間をただただお寺回りで過ごすうちに、いつの間にかほかのことを考えなくなり、同じような場所ばかり訪ねている毎日がなぜか充実した日々になっていったのです。

     コンポステーラへの巡礼も、たぶん物見遊山の人がいるでしょうし、毎日旅宿でワイン漬けになっている人もいるでしょう。 観光気分の人もいるでしょう。 でもそれでいいのではないでしょうか。
     神仏は、ストイックな修行者だけを導いてくれるものではなく、世の中のほとんどを占める俗人を救済することこそを本願としているのでしょうから、意味の解らないお経をたどたどしく唱えたり、機械的に納め札を投入して夜は旅館で宴会をしているような人たちをも等しく導いてゆこうとされていると思うのです。

     ましてmistral さんのように、路傍の花や落書きだらけのモハンに励まされたり心折れたりしている細やかな感性の人を放っておく筈がありません。
     「なんでこんなことをしているのか?」と自問自答しながらも41,000歩も歩くその姿を神が見落とす筈はありませんし、現地のことをまるで知らない私でもmistral さんにまぶしいくらいの崇敬を抱きます。
     残念ながら私の人生にコンポステーラを歩くという大きな財産はありませんでしたが、mistral さんの体験記からは多くを教わりました。
     やがてそう遠くない将来、私も十万億土のかなたにあるという浄土への旅を始めることになると思います。 そのときは、妻と二人、コンポステーラへの巡礼道のことを思い描きながら歩を進めることができるでしょう。
     心に響く、mistral さんのご旅行記に出遭えたことを心底嬉しく思います。 ありがとうございました。

    ねんきん老人
    2024年08月02日19時48分返信する 関連旅行記

    RE: 歩く・・・ただそれだけで十分ですね。

    ねんきん老人さん

    こんばんは。
    この酷暑の折ですが、お元気でお過ごしのことと思います。
    こころに沁みるコメントをいただきまして有難うございました。

    >  コンポステーラへの巡礼、いよいよ本番ですね。 2015年のご旅行ですから、そろそろ10年になるわけですが、私にとっては目の前で起こっていることですから、古いも新しいもありません。

    ご投票とコメントをいただきまして、自身の古い旅行記を読み直しました。
    もう10年になります。あっという間の10年でもありましたし、その後の10年は様々な体験をすることになった10年でもありました。

    >  以前は「巡礼」というものと現在の「人気コース」化した実態との整合性に若干の違和感を感じていたのですが、mistral さんの実踏記を拝読してそういう感覚はなくなりました。 歩くことによる自身の浄化ということを信じられるようになったのです。

    おっしゃる通りですね。
    歩きながら、気持ちが整っていくことを感じていました。
    ただひたすら一歩一歩歩くだけのことでしたが、
    まさに自身の浄化・・・後に振り返ってみると「大いなる存在とつながるような体験」だったように思っています。

    >  実は私は、妻が死んだ直後に四国遍路をしました。 それは全行程を車で回るという「ニセ遍路」だったので、自分でも後ろめたさがあり、遍路という言葉を使うことさえためらっていたものです。
    >  ですが、19日間をただただお寺回りで過ごすうちに、いつの間にかほかのことを考えなくなり、同じような場所ばかり訪ねている毎日がなぜか充実した日々になっていったのです。

    ねんきん老人さんの四国遍路の旅行記、拝読致しましたよ。
    まさに同行二人の旅。奥様と対話をされながらの旅でした。
    歩きであっても、車であっても、亡き人との対話をしながらの旅、それはまさにお遍路の旅といえると思います。

    >  コンポステーラへの巡礼も、たぶん物見遊山の人がいるでしょうし、毎日旅宿でワイン漬けになっている人もいるでしょう。 観光気分の人もいるでしょう。 でもそれでいいのではないでしょうか。
    >  神仏は、ストイックな修行者だけを導いてくれるものではなく、世の中のほとんどを占める俗人を救済することこそを本願としているのでしょうから、意味の解らないお経をたどたどしく唱えたり、機械的に納め札を投入して夜は旅館で宴会をしているような人たちをも等しく導いてゆこうとされていると思うのです。

    おっしゃる通りだと思います。
    100キロ以上歩きとおすと、証明書のようなものをいただけるのですが、何故歩いたのかの理由を書く欄があります。
    宗教上、という理由はもちろんのこと、その他にはスピリチュアルから、という項目もあります。
    私はこのスピリチュアルから、という理由でした。
    その後スピリチュアルケア(生きる意味を見失ったような方に対するケア)を学ぶ大きなきっかけともなりました。

    >  ましてmistral さんのように、路傍の花や落書きだらけのモハンに励まされたり心折れたりしている細やかな感性の人を放っておく筈がありません。
    >  「なんでこんなことをしているのか?」と自問自答しながらも41,000歩も歩くその姿を神が見落とす筈はありませんし、現地のことをまるで知らない私でもmistral さんにまぶしいくらいの崇敬を抱きます。

    この折は、ただひたすら歩いたから、目についたものがたくさんありました。
    最後の頃、目にはいったタンポポの綿毛の写真をご覧になったある方は、後にフランスのル・ピュイというところからコンポステーラの巡礼道の最期までを歩き通されたんですが、この綿毛の写真が数年間、こころの中に留まっておられたとのことでした。綿毛のリレーがあったんですね。そんな嬉しいエピソードもありました。
    巡礼道の旅行記は、ただひたすら歩き続けるだけの旅行記ですのに、不思議なことに皆さまのおこころに、何やら伝わるものがあるようで、そのことに驚かされます。

    >  残念ながら私の人生にコンポステーラを歩くという大きな財産はありませんでしたが、mistral さんの体験記からは多くを教わりました。
    >  やがてそう遠くない将来、私も十万億土のかなたにあるという浄土への旅を始めることになると思います。 そのときは、妻と二人、コンポステーラへの巡礼道のことを思い描きながら歩を進めることができるでしょう。

    以前、そのことを書かれておられましたね。
    十万憶土の彼方までは、奥さまとご一緒に歩かれるとのこと。
    その旅こそ、コンポステーラの巡礼道を遥かに超えた素晴らしい旅となることでしょう。

    >  心に響く、mistral さんのご旅行記に出遭えたことを心底嬉しく思います。 ありがとうございました。

    このようなこころ温まるコメントをいただきまして、私の方こそ感謝申し上げます。
    ありがとうございました。

    mistral


    2024年08月02日22時59分 返信する
  • コンポステラ

    mistralさん

    1年間滞在していてニカラグアのアパートメントの名前がコンポステラで
    もちろんマークはホタテ貝。スペイン人がオーナーということでした。
    そのときはまだ巡礼の印だと言うこともあまりよく知らず。

    >サンティアゴ・デ・コンポステーラ巡礼道の起点とされていて
    >この塔は巡礼者にとってのランドマーク的存在だったそうだ。
    >巡礼者はここにあった教会からセーヌを渡り、サン・ジャック通り
    >を通り、スペインまでの長い巡礼路を旅立っていったそうだ。

    mistaralさんはその道を100kも歩かれたんですね。
    それだけでもひれ伏したくなってしまひます。

    リヨン駅でもあの緑色っぽいクラシックな階段を上ってなんとかブルーていう名前のレストランでお食事なさったんですね。フランス旅の大先輩コクリコさんが教えてくれてたのにもかかわらず、唐辛子婆はジヴェルニー行きの列車の切符探しにウロウロしててそこには寄らず。惜しいことをしました。

    唐辛子婆
    2024年07月22日23時45分返信する 関連旅行記

    RE: コンポステラ

    唐辛子さん

    こちらにもありがとうございます。

    > 1年間滞在していてニカラグアのアパートメントの名前がコンポステラで
    > もちろんマークはホタテ貝。スペイン人がオーナーということでした。
    > そのときはまだ巡礼の印だと言うこともあまりよく知らず。

    ニカラグアに1年間ご滞在ということからも、唐辛子さんがさまざまなバックグラウンドを
    お持ちなことが想像されます。
    ニカラグアの公用語はスペイン語とありましたから、きっとスペイン人のオーナーさんは
    巡礼道を何度も歩かれたんだろうなあ、と思いました。

    > mistaralさんはその道を100kも歩かれたんですね。
    > それだけでもひれ伏したくなってしまひます。

    私が歩いたのは最後の100キロだけで、、、
    それもバスが並走してくれる保険付きの巡礼道歩き。
    私がしばしばやり取りさせていただいている yunさん とおっしゃる方は
    フランスの別の起点のル・ピュイの道を歩き始め、更にそのままスペインをずっと
    歩き通されたすごい方で。
    その方こそひれ伏すに値する方と思っています。

    > リヨン駅でもあの緑色っぽいクラシックな階段を上ってなんとかブルーていう名前のレストランでお食事なさったんですね。フランス旅の大先輩コクリコさんが教えてくれてたのにもかかわらず、唐辛子婆はジヴェルニー行きの列車の切符探しにウロウロしててそこには寄らず。惜しいことをしました。

    そんなことがあったんですね。
    切符を購入するにかなり手間取った体験は、私も何度もあります。
    ライプツィヒまでのティケット購入のためベルリン駅をさんざんウロウロした挙句
    やっと辿り着いたと思ったら、最初に探し始めた地点近くだったり。
    そんな状況下では、周りの景色までは目がいかなくなって来ますね。

    見損なったことがら、味わい損なったことなど、多数あれど
    そんな残念な思いには、またいらっしゃいね、と呼ばれている、と思うことに
    しています。
    どれだけ実現できるのかはわからないですが。

    mistral
    2024年07月23日11時56分 返信する
  • 何度でも Paris♪

    mistralさん こんばんは

    旅先で拝見し、帰国して再びおじゃましております。
    旅の最終行程で訪れるパリは、何とも説明し難い「気持ち」を運んできますよね。

    ピカソ美術館は建物半分・作品半分と、見どころ満載。
    1階から上って行く吹き抜け階段の魅力にぞっこんです。
    上階から眺め下ろすパリの街並みも、隠れ魅力のひとつですね。
    いつも女性が傍に居たピカソさんは、凄い寂しがり屋かな~と想像してます。青の時代の自画像が、ご本人の根っこに近そう…なんて。

    そしてノートルダム大聖堂
    12月8日にお披露目との情報ですが、予定通り進むでしょうか?
    火災当日の消化活動から、多くの人々の努力による再建。
    その過程に大きな価値があり、予定は未定で構わないと思ってしまう。
    それでも行き来が叶う内に、もう一度は聖堂内へ入りたいと願っています。
    mistralさんもキマイラがテラスで待ってますね♪

    今回はAir-Franceご利用でしたか。帰路の南回り、長いですよね。
    ロシアの狂気が長く続くけれど、目は逸らせずにいたい。
    愛しきパリでのオリンピック開催が順調でありますように。

    yun
    2024年07月20日20時19分返信する 関連旅行記

    RE: 何度でも Paris♪

    yunさん

    こんにちは。
    再びのご訪問とコメントを有難うございました。

    > 旅先で拝見し、帰国して再びおじゃましております。

    いいね、をいただいたのは旅先から。
    その折も思ったのですが、今回はどちらからでしたか?
    再びのフランスでしたかしら?

    > 旅の最終行程で訪れるパリは、何とも説明し難い「気持ち」を運んできますよね。

    おっしゃる通りですね。
    バリに戻ってくると一安心。と同時にさすがの観光地ゆえの観光客の多さには驚かされます。

    > ピカソ美術館は建物半分・作品半分と、見どころ満載。
    > 1階から上って行く吹き抜け階段の魅力にぞっこんです。
    > 上階から眺め下ろすパリの街並みも、隠れ魅力のひとつですね。

    年々、一日に訪問できる数が限られてくるようになりました。
    だからこそ、今の自分たちにぴったりフィットするようなところを選びたいと思います。
    どこに行くかも重要ですし、そこで何を見て何を感じるかもチョイスのポイントとなってきています。
    ピカソ美術館の建物の見事さには驚かされました。
    ピカソの絵は、その入れ物の持つすばらしさ故に、一層輝きを増しているかのようでした。

    > いつも女性が傍に居たピカソさんは、凄い寂しがり屋かな?と想像してます。青の時代の自画像が、ご本人の根っこに近そう…なんて。

    同感です。
    素のピカソさんは、どうやらあの青の時代の自画像にありそうに思えます。
    そしてそばに居てくれる女性からおおきな癒しを与えてもらっているのかも、、、


    > そしてノートルダム大聖堂
    > 12月8日にお披露目との情報ですが、予定通り進むでしょうか?
    > 火災当日の消化活動から、多くの人々の努力による再建。

    実際にことが起こった際の危機管理が、うまく運ばれたようでしたね。
    火災の際には聖遺物などが手際よく運び出されたり、火災が起こる前には、塔の周辺の像たちは修復のために運び降ろされていたことなど思いますと、なにやら不思議なちからによってまもられてきていたかのように思ってしまいます。

    写真家の方も、堂内で写真を撮影されながら、きっとそんなおおいなる存在を感じておられたように想われました。

    > その過程に大きな価値があり、予定は未定で構わないと思ってしまう。
    > それでも行き来が叶う内に、もう一度は聖堂内へ入りたいと願っています。
    > mistralさんもキマイラがテラスで待ってますね♪

    12月8日がお披露目予定日だったんですね。
    himmelさんがご訪問された半年前よりは随分工事も進んでいたようですね。
    これから急ピッチで工事も進むことでしょう。
    もちろん予定が延長されることとなったとしても、だれもが不満をもらさないことでしょうね。ここに至るまで、工事関係者の方々は、全力をあげて修復工事に取り組んでこられたことは伝わっていることでしょうから。

    > 今回はAir-Franceご利用でしたか。帰路の南回り、長いですよね。
    > ロシアの狂気が長く続くけれど、目は逸らせずにいたい。
    > 愛しきパリでのオリンピック開催が順調でありますように。

    一国の一人の狂気から(他にもそれに該当する方もおられますが)始まった、
    迂回することを余技なくされている航空業界と我々乗客たち。
    静かな怒りを抱きつつ、おっしゃるようにしっかりと目を逸らさずにいたいと思います。

    そしてできることなら、塔の上でキマイラたちと再会したいです。

    mistral
    2024年07月21日14時23分 返信する
  • お疲れさまでした

    mistralさんこんばんは。

    大作の完成おめでとうございます。とともにお疲れさまでした。
    素晴らしかったです。ピカソ美術館とピカソ本人の詳しいご説明。
    私は今まで、ピカソ美術館に行ってピカソの作品だけを観たいとは思いませんでした。あまりにも作風がころころ変わり過ぎてついていけないというか・・。
    でも青の時代のピカソの絵は大好きなのですよ。あのキュビズムって言うか、目がどこにあって口がどこにあるのか???な顔・顔。あれどうも着いていけない(笑)。

    しかしmistralさんの詳しい説明を読んで、あら結構いけるかもと思いました。モンマルトルで他の芸術家とラパン・アジルなどで交流していたことは、昨年の旅で訪れましたので、とても身近に感じました。
    それにピカソ美術館の内部の素敵なこと、次回パリを訪れる機会がありましたら、ピカソ美術館に行ってみたいと思いました。

    そして、ノートルダム大聖堂の詳しいご説明ありがとうございます。
    私たちが訪れてから半年後でしたが、あれから結構修復がはかどっていましたね。
    写真家の方が、撮られたパネル写真とともに残してくださったコメント、それをmistralさんが翻訳なさってくださったこと、あれは素晴らしかったです。もう旅行記の範疇を越えていると思いました。
    本当にお疲れさまでした。

    パリのノートルダム大聖堂、これからどうなるのか、これからもmistralさんが見続けなければならない大きな宿題になりそうですね。

    ほんとに素晴らしかったです。ありがとうございました。

    himmel
    2024年07月15日22時31分返信する 関連旅行記

    RE: お疲れさまでした

    himmelさん

    こんばんは。
    旅行記作成の為の時間がなかなか取れずに、予想以上に手間取ってしまいました。
    パリの美術館巡りの旅行記では、himmelさんのように調べ尽くしてのコメントを
    載せるには力不足で、中途半端なままお終いとなりました。

    > 私は今まで、ピカソ美術館に行ってピカソの作品だけを観たいとは思いませんでした。あまりにも作風がころころ変わり過ぎてついていけないというか・・。
    > でも青の時代のピカソの絵は大好きなのですよ。あのキュビズムって言うか、目がどこにあって口がどこにあるのか???な顔・顔。あれどうも着いていけない(笑)。

    そうです、そうです。
    以前スペインのマラガでピカソ美術館に入る機会がありました。
    その折の、まだ若い頃の確かなデッサン力、また私もhimmelさんと同じように青の時代の
    作品群には魅了されました。
    女性関係も多彩で、、、
    その折々の女性との関係で、絵のスタイルが変化していったようだ、ということも
    少しずつわかってきました。

    > しかしmistralさんの詳しい説明を読んで、あら結構いけるかもと思いました。モンマルトルで他の芸術家とラパン・アジルなどで交流していたことは、昨年の旅で訪れましたので、とても身近に感じました。

    その折のこと、himmelさんの旅行記にも書かれていましたね。
    結構いけそうですか?

    > それにピカソ美術館の内部の素敵なこと、次回パリを訪れる機会がありましたら、ピカソ美術館に行ってみたいと思いました。

    美術館の建物、おすすめです。
    是非機会がありましたらご訪問をおすすめします。

    > そして、ノートルダム大聖堂の詳しいご説明ありがとうございます。
    > 私たちが訪れてから半年後でしたが、あれから結構修復がはかどっていましたね。
    > 写真家の方が、撮られたパネル写真とともに残してくださったコメント、それをmistralさんが翻訳なさってくださったこと、あれは素晴らしかったです。もう旅行記の範疇を越えていると思いました。

    コメントの訳文は、これまた力不足、でして。
    ただ英文のみ載せておくのもどうかしら、とも思い、無理してしまいました。
    写真家が撮影をされる際、あんなことを想いながら撮影されているんだ、とちょっと感激。
    それともやはり被写体が特別なのでしょうか。
    >
    > パリのノートルダム大聖堂、これからどうなるのか、これからもmistralさんが見続けなければならない大きな宿題になりそうですね。

    世界中の皆さんが、どのように現状復帰されたのか注目されていることでしょうね。
    私もチャンスがあるのなら、また塔に上がってみたいですけれど。
    パリにはもう一度でも良いですから、行ってみたいですね。

    コメントをありがとうございました。

    mistral
    2024年07月16日19時45分 返信する
  • 旅行記と共に旅に

    mistralさん、こんにちは~

    今日は朝からゆっくりした時間をもてました。
    mistralさんの旅行記をはじめから紐どいてみようかとトライ~
    結構旅行したところはかぶっていますね!
    また、旅行を組む状況も似たような要素が多く思えました。
    更に旅行記に親しみを持って読ませて頂いて・・
    まだ何分の一かですが。

    最初っから度肝を抜かれたのは、和服持参で音楽会に・・すご~い!
    パルファンは、エーゲ海クルーズでのバンケットに出席するのに
    (同伴で)和服を日本から持参・・でも着られなかった~
    (40数年前ですが)

    旅行記を読んで、一緒に行かずとも、かなり共有できる部分が
    ありますね。ちょっと懐古趣味になりがちですが・・

    今度パリの街歩きをする時は
    アールヌボーのPorte Dauphine駅をスケッチして
    こようかなぁと・・
    (旅行記に出ていた写真、光があって最高)
    ありがとうございました。今後ともよろしくお願い致します。

    パルファン
    2024年07月15日16時40分返信する 関連旅行記

    RE: 旅行記と共に旅に

    パルファンさん

    こんにちは。
    コメントをありがとうございました。

    > 今日は朝からゆっくりした時間をもてました。
    > mistralさんの旅行記をはじめから紐どいてみようかとトライ?

    そうなんですか!!
    大変な労力を要する作業です。
    お手間をとらせてすみません。
    それでも初めからひもとく、って良いですね。
    私もパルファンさんの旅行記は、多分つまみ食い?状態で、
    それでも、なんとなく似通ったところを旅されているなあ、と感じていました。

    > 結構旅行したところはかぶっていますね!
    > また、旅行を組む状況も似たような要素が多く思えました。

    そうです、そうです。

    > 更に旅行記に親しみを持って読ませて頂いて・・
    > まだ何分の一かですが。

    私も今度、最初から取り組んでみます!
    >
    > 最初っから度肝を抜かれたのは、和服持参で音楽会に・・すご?い!
    > パルファンは、エーゲ海クルーズでのバンケットに出席するのに
    > (同伴で)和服を日本から持参・・でも着られなかった?
    > (40数年前ですが)

    そんなこともおありでしたか!
    ウィーンの旅、その頃は体力、気力がもっともっとあった折でした。
    おまけに着付けも習っていて、そこの先生が応援してくださって、、、
    二重太鼓のお太鼓はあらかじめ畳んで作っておいて、背負うだけにして
    持たせてくださったんです。

    > 旅行記を読んで、一緒に行かずとも、かなり共有できる部分が
    > ありますね。ちょっと懐古趣味になりがちですが・・

    それは私も同じです。
    感覚が共有できる方の旅行記って、読んでいてもすんなりとその地に溶け込めて
    違和感なく読み進めますね。

    > 今度パリの街歩きをする時は
    > アールヌボーのPorte Dauphine駅をスケッチして
    > こようかなぁと・・
    > (旅行記に出ていた写真、光があって最高)

    Porte Dauphine駅、なかなか良いですよね。
    その折は、草むらにひっそりと隠れている昆虫のようで、、、
    改めて旅行記を見てみましたら、ちょうど光がさしていたんですね。

    私の方こそ、今後ともよろしくお願いします。
    ありがとうございました。

    mistral

    2024年07月15日17時27分 返信する
  • 懐かしのパリ

    フランスを離れたのは2010年の4月ですから、ほぼ14年後のパリということですね。
    それから3回くらいパリに行ってはいますが、あんまり覚えていません。
    私の中では昔のパリのまま、時間が止まっています。

    オーステルリッツのホームは変わっていないみたいです。あいかわらず貧相。
    あんなところにル・モンドが来たのですか。50年前はどこだったのか、覚えていません。新聞はたしか50サンティームくらいだった。旧フランのサンティーム。
    フランス語の勉強に1週間に1度は買っていました。毎日買ったって読めない。

    セーヌ川に面する草緑の屋根の変な建物は、税関だったような。今はもう違うでしょうね。

    Louvre Rivoliの駅は昔からきれいでした。きれいというのは、ゴミが落ちていないという意味です。パリの顔、ルーブルですから、特別にリキをいれて掃除していたのかも。

    Samaritaineが開店したのですね。古い方の建物は、外観は変わっていないみたいです。2005年から閉めていたのですか。もっと前から閉まっていたような気がします。その間従業員はどうしていたのでしょう。いらぬお世話です。

    Le Train Bleu.たしか一度来たことがあるような気がするのですが、ちゃんと覚えていません。
    お料理はヌーベル・キュイジンヌ風ですね。野菜が海苔でまかれていたとは、厨房には日本人がいるかもしれません。だいぶ前から珍しくないらしいですよ。
    2024年06月22日17時35分返信する 関連旅行記

    RE: 懐かしのパリ

    しにあの旅人さん

    こんにちは。
    コメントをお寄せいただきまして有難うございました。
    しにあさんご夫妻にとりましては数十年暮らされたパリですから、様々な思い出がある地だと思います

    > フランスを離れたのは2010年の4月ですから、ほぼ14年後のパリということですね。
    > それから3回くらいパリに行ってはいますが、あんまり覚えていません。
    > 私の中では昔のパリのまま、時間が止まっています。

    日本に戻られてから14年の間に3回、パリにはいらっしゃっているんですね。
    観光だけではなかったことでしょうが、あまり記憶には残っていらっしゃらない、、、
    昔のままで時間が止まってしまっている、、、
    不思議な感じがしました。
    今の日本でのお暮しも、仮の日常生活のような感覚でしょうか?

    > オーステルリッツのホームは変わっていないみたいです。あいかわらず貧相。
    > あんなところにル・モンドが来たのですか。50年前はどこだったのか、覚えていません。新聞はたしか50サンティームくらいだった。旧フランのサンティーム。
    > フランス語の勉強に1週間に1度は買っていました。毎日買ったって読めない。

    そうでした。昔の通貨はサンティーム。。。
    オーステルリッツのホーム、ちらっと旅行記の写真をご覧になっただけで貧相、という雰囲気が伝わるんですね。
    その折にはゆっくりと味わう間もなく、まっすぐリヨン駅に向かいました。
    通り過ぎていく駅、なのでしょうか。
    パリのそれぞれの駅には、それぞれ違った役割があることでしょうね。

    > セーヌ川に面する草緑の屋根の変な建物は、税関だったような。今はもう違うでしょうね。

    その時も気になっていました。緑色のチューブのようなものが巻き付いているみたいで。
    改めて調べてみて追記しました。1907年築、もとは倉庫だったところに2008年、仏モード学院が入り、現在は Les Docks-Cite de la Mode et du Design.
    中からのセーヌ川の眺めが素晴らしいとか。ル・モンド社ともども、近くに行ってみたかったです。

    > Louvre Rivoliの駅は昔からきれいでした。きれいというのは、ゴミが落ちていないという意味です。パリの顔、ルーブルですから、特別にリキをいれて掃除していたのかも。

    きれい、の意味、同感です。まずゴミが散乱していないことが街のきれいの条件ですね。
    Louvre Rivoli駅は特に綺麗に感じました。また駅構内の美術館のような設えも。特別なリキ入りなんですね、きっと。

    > Samaritaineが開店したのですね。古い方の建物は、外観は変わっていないみたいです。2005年から閉めていたのですか。もっと前から閉まっていたような気がします。その間従業員はどうしていたのでしょう。いらぬお世話です。

    長きにわたる休館。確かに多くの従業員問題があったことでしょう。

    > Le Train Bleu.たしか一度来たことがあるような気がするのですが、ちゃんと覚えていません。
    > お料理はヌーベル・キュイジンヌ風ですね。野菜が海苔でまかれていたとは、厨房には日本人がいるかもしれません。だいぶ前から珍しくないらしいですよ。

    もうだいぶ前になりますが、日本に出店を出される前のピエール・ガニエールさんのレストランに行ったことがあります。その時にすでに日本料理の懐石料理スタイルで、小皿がたくさん出てきて驚きました。
    また、その後、小さなレストランでメニューが分からないでいたところ、キッチンに日本人がいるからと、彼が出てきて説明してくださったことなど、いろいろ思い出しました。
    フランス料理のシェフたちは、かなり早くから日本料理(おだしなど、特に)に注目していたことが分かります。
    今回の海苔で巻いた野菜のアイディア、もしかしたら日本人のかたのアイディアかもしれませんね。

    mistral
    2024年06月23日11時14分 返信する
  • 文字化け?

     mistral さん、こんにちは。 前回の(概要)を拝読した印象が強く残っています。
     今回、その出発点の様子を知り、いよいよこれからかと、私までワクワクしていることをお察しください。

     ところで、前回も気になったのですが、距離を表す数字の後が「?」になっていますね。
     おそらく「km」のことであろうと思い、私も仮りの文章で実験してみました。
     キロメートルと打ち込んで変換キーを押すと、そのときはkm(実際は半角文字)と出るのですが、そのあといつの間にか「?」になってしまいます。 キログラムでも試してみましたが、やはり「?」となります。 これは多分、ソフトがそういう単位表示の変換に対応していなくて文字化けしてしまうのだろうと思い、「km」とアルファベットで入力したところ、そのまま残りました。
     mistral さんもキロメートルと打ち込んでそのまま変換された結果、ご本人の意図に反して「?」となってしまったのではないかと、勝手に推測しています。
     なにかの意図があってわざと「?」になさっているとしたら大変失礼なのですが、もしかして誤変換かもしれないと思い、余計なお節介ですが、お伝えしようと思いました。
     失礼な書き込みで、お気を悪くなさったら、どうかお許しください。

    ねんきん老人
    2024年06月21日13時14分返信する 関連旅行記

    Re: 文字化け?

    ねんきん老人さん

    こんにちは。
    激しい雨の1日となりました。

    巡礼道の旅行記、おこころにかけて下さり嬉しいです。
    kmについてのご指摘を、ありがとうございます。
    更に実際に検証もして下さったこと、感謝です!

    古い旅行記ですので、自身ではその後立ち寄ることもなくなっておりました。
    その後他の旅行記を記すうちに、kmがしばらく後に?に変わることは、何となく気がついてきたように思います。
    最近ではカタカナ表記しておりました。
    ユーロなども同様の現象がおこるような気がします。

    ご指摘いただきましたキロメートルの件、
    確かに歩いていて石碑に数字とともに出てくるのはkm(アルファベットで入力しましたので、?には変わってないでしょうか。)ですので、もともとの意図は?ではありません。

    本当は全て訂正をしたいところですが、
    修正をするときっと最新の旅行記として先頭に繰り上がってきてしまいそうですよね。
    今更、再び4トラの皆さまのお目に留まるのも気恥ずかしく想います。
    このままそっと埋もれたままで行こうと想いますが、
    いかがでしょうか。

    mistral
    2024年06月21日14時59分 返信する

    老人のお節介をお許しいただき、ありがとうございます

     mistral さん、まったくもってお節介なご連絡を差し上げましたのに、ご寛大なお返事をいただき、恐縮しております。
     仰るとおり、なまじ訂正などすると旅行記の順序が変わってしまいますので、私も途方に暮れたことがあります。
     mistral さんの今回のご旅行記も、それ1編だけが先頭に来てしまうのもちぐはぐになりますので、読者を迷わせてしまいますね。
     
     私は、旅行の思い出は火事でも地震でも消滅しない財産だと思っていますので、拝読するご旅行記の新しい古いは関係ないのですが、掲載順序が変わるのは確かに問題です。
     ですから、この程度の文字化けにこだわって順序まで変えるより、このままにしておいた方が良いと思います。
     だったらなにも余計な連絡をしなければいいじゃないか、と叱られそうですが、気づいていながら読み流しておくのも気が咎めるもので、どうぞお許しください。

     これからもmistral さんのご旅行記を楽しませていただきますので、どうぞよろしくお願いいたします。

    ねんきん老人
    2024年06月21日17時41分 返信する

    Re: 文字化け?

    ねんきん老人さん

    ご丁寧にお返事をいただきましてありがとうございます。
    お節介なご連絡、と書かれておられましたが
    このような関わり方が、昨今では無くなってきていると想います。
    お節介な、とはあなたに(あなたの旅行記に)関心がありますよ、との表明であると想います。
    興味、関心を持っていただけることは、とても嬉しいことです。
    こんな煩わしいことになるのなら、口をつぐんでおこう、
    と黙ってしまうことが、私にはしばしば起こります。

    私も、恐れずにお節介をしたいなあ、と想いました。

    mistral
    2024年06月21日19時07分 返信する

mistralさん

mistralさん 写真

20国・地域渡航

20都道府県訪問

mistralさんにとって旅行とは

いつか、そこに居たことがあるような、
魂の記憶をたどっているような気分に
なるときは、こころから癒されます。

2016.11 読んでいた本の中にぴったりくる言葉を見つけましたので、追記します。
旅とは、何かを見残してくることだーと私は思う。もっと大事な、もっと貴重なものを自分は見落としてきたのではないか、そんな気がするからこそ、もう一度旅に出ることになるのだ。私はこれまで、数えきれぬほど、旅に明け暮れてきた、というのも、私の旅はいつも“心残りの旅”だったからである。人生についても、同じことが言えるが、月日は「百代の過客」だから、いくら心残りであっても、初めからやり直すわけにはいかない。けれど、自分の決意ひとつで、見果てぬ夢に、あらためて挑戦することは、けっして不可能ではあるまい。たとえ、残された時間が、ほんおわずかだったとしても、旅と人生とは、この点でも重なっていよう。
  森本哲郎 著 : 世界の都市の物語 「ウィーン」より

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