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mistralさんへのコメント一覧(10ページ)全863件

mistralさんの掲示板にコメントを書く

  • 翔んで埼玉 ~琵琶湖より愛をこめて~

    映画では京都や大阪からディスられ続けた滋賀へようこそ

    そ~なんですよねぇ かつては日本の都があった町なのに、
    今ではそのことすら知らない人がほとんど。大海人皇子さえ
    いなければ、今頃琵琶湖周辺には超高層ビル群が立ち並び、
    大津は日本の首都だったことでせう!?

    大津祭り いいですよ♪
    京都祇園祭りの方がはるかに有名で人気ですが、あれは
    角砂糖に群がる蟻のように、人を見る祭り
    山鉾には近づくことができません。言わずもがなの酷暑!

    その点大津祭りは、曳山について回って、13基の曳山
    すべてに触れることも可能な近さです。臨場感満天!!
    厄除け粽や曳山ごとにデザインされた手ぬぐいが無料で
    大量ゲットできます♪ 隙あらば子供からも奪い取る!?
    「猫の寒念仏」 僧衣をまとっているが 慈悲深い姿とは
    裏腹に、中身は泥棒猫にゃのだぁ~

    奇しくも今日は、大津100円商店街の開催日
    https://bit.ly/41swsSd
    いつもは閑散とした商店街が、この日だけは武蔵小山
    商店街並みに賑やかになります。
    https://bit.ly/49sRGRy

    機会があれば、大津祭りや100円商店街もぜひ覗いて
    みて下さいね♪
    ところで琵琶湖って河川法上は”川”って知ってました?
    2024年12月07日09時19分返信する 関連旅行記

    RE: 翔んで埼玉 ~琵琶湖より愛をこめて~

    ももであさん

    コメント、有難うございます!

    > 映画では京都や大阪からディスられ続けた滋賀へようこそ

    いつかお食事処でたまたまお会いし、話しが盛り上がった滋賀県人の方、
    私たちが、滋賀県、大好きなんです、と言いましたら、おおいに驚かれていました。
    そんなふうに言ってくださる人、初めて会いました、と。

    ももであさんのご出身も滋賀県?ではないですよね、長崎とか?さまざまな場所に
    出没されていて、どこがどこやらわからなくなっています。
    いつぞやは、やはり弘文天皇陵にも行ってこられた、とのコメントをいただいた記憶が。

    > そ~なんですよねぇ かつては日本の都があった町なのに、
    > 今ではそのことすら知らない人がほとんど。大海人皇子さえ
    > いなければ、今頃琵琶湖周辺には超高層ビル群が立ち並び、
    > 大津は日本の首都だったことでせう!?

    そうです、そうです。
    大津京のことですよね。
    大海人皇子は即位すると、すぐに都を遷都されてしまったんですものね。
    そうでなかったのなら、今頃はどんな景観が見られたことでしょう。

    > 大津祭り いいですよ♪
    > 京都祇園祭りの方がはるかに有名で人気ですが、あれは
    > 角砂糖に群がる蟻のように、人を見る祭り
    > 山鉾には近づくことができません。言わずもがなの酷暑!

    やっぱり故郷は大津?

    > その点大津祭りは、曳山について回って、13基の曳山
    > すべてに触れることも可能な近さです。臨場感満天!!
    > 厄除け粽や曳山ごとにデザインされた手ぬぐいが無料で
    > 大量ゲットできます♪ 隙あらば子供からも奪い取る!?
    > 「猫の寒念仏」 僧衣をまとっているが 慈悲深い姿とは
    > 裏腹に、中身は泥棒猫にゃのだぁ~

    すばらしい情報。
    大津で今回mistralが仕入れてきた情報が満載ですね。
    てぬぐいもいただけるんですね。
    これは是非とも、大津祭にあわせて旅の計画を立てなければ。
    因みに粽はまかれてもなかなか競争が厳しくて、ゲットできないそう。
    そんな時、慈悲深そうな「猫の寒念仏」さんが現れて、奪い去ってしまう
    んですね。

    やっぱり、大津情報がとってもお詳しい。
    ちょっと遅らせて大津滞在を計画すれば良かったですね。

    > 奇しくも今日は、大津100円商店街の開催日
    > https://bit.ly/41swsSd
    > いつもは閑散とした商店街が、この日だけは武蔵小山
    > 商店街並みに賑やかになります。
    > https://bit.ly/49sRGRy
    >
    > 機会があれば、大津祭りや100円商店街もぜひ覗いて
    > みて下さいね♪
    > ところで琵琶湖って河川法上は”川”って知ってました?

    初耳です!
    河川法では川なんですね。
    どのような分類で川になるのかわかりません。
    限りなく海のように見えているのに。
    今度行ったら、川なんだ、と思って広大な湖を眺めてみます。

    mistal

    2024年12月07日16時27分 返信する

    えっ川?!

    mistralさん、ももであさん

    乱入失礼をば。
    あんなに大きな湖が川に分類されるのはどうしてでせう?

    大昔、滋賀県のホーミンさんが昭和記念公園のクロネコに会いに来てくださった時から滋賀県を訪れたいと思いつついまだに果たせないでいます。

    「そのエリア全体をホテルに」のコンセプト、お雛様めぐりに千葉県の佐倉市に行った時にお目にかかりました。そして今、青梅でも試みがスタートしてるさうで。古民家が生かされた美しいエリアが増えるのがうれしいですね。

    唐辛子婆
    2024年12月08日14時36分 返信する

    Re: 翔んで埼玉 ~琵琶湖より愛をこめて~

    唐辛子さん

    滋賀県は未訪問なんですね。
    是非ともいらっしゃってくださいませ。
    藤森さん設計の屋根に草を生やしたショップ、
    十一面観音さんをひっそりとお祀りしている古いお寺など、
    ところ変われば見える景色がガラリと変わって
    それは素敵なところなんです。

    琵琶湖が河川法上では「川」になるとのこと??
    これは是非ともももであさんの講義を受けなくては。

    佐原はNIPPONIAですよね。
    いつか息子たちと泊まりました。
    私たちは蔵を改装した施設でした。
    このグループは日本各地に事業展開していますね。
    取り壊される前に宿泊施設に生まれ変わるのは嬉しいことです。

    mistral
    2024年12月08日16時02分 返信する

    琵琶湖 vs 摩周湖


    >琵琶湖が河川法上では「川」になるとのこと??
    あんなに大きな琵琶湖が何故”川”ってなりますよね。
    湖の大きさや深さは関係ないんです。

    琵琶湖の場合は最終的に淀川となって大阪湾に流れ込む、
    「淀川水系」 つまり淀川の一部とみなされているからです。
    長い淀川の一部がたまたま膨らんでいるだけ。

    じゃあ河川法上の「湖」にはどこがあるのか?
    摩周湖が典型例です。流入・流出する河川が存在しない
    完全な閉鎖型の湖です。雨水、雪解け水、地下水だけで
    できた湖。見方を変えると分かりやすいですね。
    それ以外は、川の一部で「川」ってことです。
    2024年12月08日18時31分 返信する

    Re: 翔んで埼玉 ~琵琶湖より愛をこめて~

    ももであ先生

    とってもわかりやすい説明、
    ありがとうございました。

        mistral
    2024年12月08日19時02分 返信する

    しろやぎさんからおてまみついた、くろやぎさんたらおてまみ食べないうちに伝言ゲーム♪

    ほうほう、河川法とかゆうものにもお詳しいももさまでございますか(*_*)
    と、大津で盛り上がり中の処へ場外より乱入しまい、申し訳ございませんm(._.)m
    このカキコの目的→実は拙宅のブログコメントにmistralさんへの伝言をお預かり中♪ とゆーおてまみです。お暇な時に良かったら「アヤソフィア編のカキコ」をご覧くださいませね。
    2024年12月16日21時21分 返信する
  • 大友皇子―大海人(おおあまの)皇人。。。

    ☆高校時代の苦手な歴史を垣間見る様な記述が新たな興味を惹きたてる。。。

    ☆壬申の乱❓脳トレに出てくる年号が結びつかない時代だけど、今回の滋賀大津の旅で少し目が開く思いでした。(丁度ZUMBZイントラが滋賀県出身で、おせんべいの差し入れを頂いた)ことから、一歩前進?「先月大津の比叡山を登ったのよ!」。。。しかし彼は草津の出身だったかも~あまり反応は無かった。。。

    ☆京阪電車も懐かしい延暦寺坂本~石山寺迄単線をのんびり走るのね~

    ☆旅先の事で話が盛り上がるとやっぱり日本人だ!と嬉しくなります。又行くのよね~see you~
    2024年12月06日08時55分返信する 関連旅行記

    RE: 大友皇子―大海人(おおあまの)皇人。。。

    salsaladyさん

    こんにちは。
    コメントいただき有難うございます。
    salsaさんの辿られたコースを、同じように旅してきました。
    以前行った折には、日吉神社など、紅葉がすばらしくて、それなのに観光客は
    それほどではなくて驚いたのですが、今年の紅葉は今一つと思いました。

    > ☆高校時代の苦手な歴史を垣間見る様な記述が新たな興味を惹きたてる。。。

    はい、私もずっと特に日本史は苦手科目でした。
    やはり興味を持つと、自然に学ぶようになりますね。(特に年とってからですけれど。)

    > ☆壬申の乱❓脳トレに出てくる年号が結びつかない時代だけど、今回の滋賀大津の旅で少し目が開く思いでした。(丁度ZUMBZイントラが滋賀県出身で、おせんべいの差し入れを頂いた)ことから、一歩前進?「先月大津の比叡山を登ったのよ!」。。。しかし彼は草津の出身だったかも~あまり反応は無かった。。。

    ZUMBZの方々は、確かお若い世代の方々だったんですよね。
    滋賀県の方でしたら、比叡山のお言葉には反応されても良さそうですのにね。
    比叡山は確か坂本側が正面?になるそうですのに。

    > ☆京阪電車も懐かしい延暦寺坂本~石山寺迄単線をのんびり走るのね~

    昔は大津から京都までも路面電車で走っていたそうです。
    京阪電車に乗っていると、地元の方々や、学生たちが乗り降りしてきて
    地域をカバーしていることが良くわかりますね。

    > ☆旅先の事で話が盛り上がるとやっぱり日本人だ!と嬉しくなります。又行くのよね~see you~

    希望としては再訪あり、と思っているのですが。
    諸事情からどうなるのかは、わからないのです。
    帰ってきたらすぐにでも行きたくなってます。

    mistral
    2024年12月07日16時05分 返信する
  • 不昧公

    mistralさん

    おひさしぶりです。

    >江戸後期の大茶人としても有名な、不昧公、松平治郷(晴郷)公は、松平家7代藩
    >主。17歳で藩主となり18歳から茶道を学んだ。書画や和歌、陶芸もたしなむ風流人
    >だった。
    >逼迫していた藩財政を立て直したと評価される一方で、茶道に没頭し政治を疎かに
    >したとのいわれ、評価は分かれるようだ。

    若かりし頃習っていた茶道(裏千家)で先生からよく不昧公のことを聞かされました。
    とても素晴らしい方として習っていたので、
    政治を疎かにしていたとは知らず、あらあら、です^^。

    ももであさんのカスレのお話みたいなのも大好きです、うふふ^^。

    大陸からやってきた人の話はワクワクしますね。
    このたびウズベキスタンでソグド人というゾロアスター教の人々の壁画を見ることが出来ました。ソグド人は五島列島の福江島に住み、鑑真や空海の航海の手助けをしていたとか。

    ラフカディオ・ハーンがギリシア人とアイルランド人とのハーフだと言うのも初めて知りました。ギリシャのコルフ島に行きたいとしつこく夢見ている唐辛子婆にとってハーンがより近くなった瞬間です。

    唐辛子婆
    2024年11月12日21時54分返信する 関連旅行記

    RE: 不昧公

    唐辛子さん

    おはようございます。
    ご無沙汰しておりました。
    やっと涼しくなってきたと思ったら、すぐ寒さ対策の時期となりました。
    我が家には年代物の胡蝶蘭やカトレアがあって、大慌てで室内に運び込んだりしました。

    > 若かりし頃習っていた茶道(裏千家)で先生からよく不昧公のことを聞かされました。
    > とても素晴らしい方として習っていたので、
    > 政治を疎かにしていたとは知らず、あらあら、です^^。

    唐辛子さんもでしたか。
    私も若かりし頃(母と同じ茶道の先生に、中学生の頃からお稽古に通っていました。同じく裏千家でした。)
    不昧公のお名前を聞いていましたが、詳細は知らずに大きくなってしまいました。
    公がどれほど政治を疎かにされたのかはわかりませんが、お茶のお道具はかなりお買い求めになったとか。

    > ももであさんのカスレのお話みたいなのも大好きです、うふふ^^。

    ももであさんの後にコメントくださったしにあの旅人さん、ももであさんとカスレにまつわるコメントでもりあがりました。カルカッソンヌあたりはカスレが有名ですが。あれは豚の食べ物だと、フランス人は言うんだ、などなど。
    その続きが、ももであさんからの創作話でした。
    なかなか愉快な、怖いお話ですね。

    > 大陸からやってきた人の話はワクワクしますね。
    > このたびウズベキスタンでソグド人というゾロアスター教の人々の壁画を見ることが出来ました。ソグド人は五島列島の福江島に住み、鑑真や空海の航海の手助けをしていたとか。

    ゾロアスター教、というと松本清張さんの小説を思い出します。
    確か「火の路」というタイトルでした。明日香の石造物からやがてゾロアスター教とのつながりを紐解いていく、という内容でした。

    ゾグド人が福江島に渡来していた、というお話も興味深いですね。

    > ラフカディオ・ハーンがギリシア人とアイルランド人とのハーフだと言うのも初めて知りました。ギリシャのコルフ島に行きたいとしつこく夢見ている唐辛子婆にとってハーンがより近くなった瞬間です。

    旅のきっかけはふとしたところから、現実的になっていきますね。
    いつの日かコルフ島に旅たたれることでしょうね。

    mistral
    2024年11月13日09時07分 返信する

    RE: RE: 不昧公

    mistralさん

    > ゾロアスター教、というと松本清張さんの小説を思い出します。
    > 確か「火の路」というタイトルでした。明日香の石造物からやがてゾロアスター教とのつながりを紐解いていく、という内容でした。

    教えてくださってありがとうございます。
    松本清張の「火の路」さっそく検索してみました。(あらすじだけ読んだ^^)

    日本では大和の時代のゾロアスター教の研究をしている方々が
    一定数いらしゃるということがわかり。
    ソグド人に関しては1件だけ見つけることが出来ました。

    もう一度上野の博物館に行ってソグド人らしい人のお顔を見てみたいと思います。

    > いつの日かコルフ島に旅たたれることでしょうね。

    それだけの時間が残ってるといいんですけど・・・。

    唐辛子婆
    2024年11月13日21時55分 返信する

    Win-Win

    唐辛子さん、mistralさん お邪魔します m(__)m

    それは今年の5月。ご近所を散策していた時のこと... 巨大なタブノキの下の長~いベンチの上にポツンと丸々と太ったご立派な長財布

    (↓以下、市原悦子調でお願いします)
      市原「あ~ら、おまいさん。一人でどうしたんだい」
      長助「しくしく。はい。ご主人様とはぐれてしまいました」
      市原「まぁ、人さらいにでも遭ったら大変」
      市原「これも他生の縁、いっそうちの養子におなりなさい」
      長助「あ~れ~」
    (市原モード解除)

    というわけで、長助は無事オラの養子になったのでした。
    めでたし。めでたし。(おしまい!?)
    --------------------------------------------------------
    イヒヒ。さて、自宅で中を見てみると、出るわ出るわ。札束、硬貨、クレカ、ATMカード、診察券、そしてそしてえっ在留カード。これがなけりゃ国外退去の刑!? さぞかし困っていることざんしょ。持ち主は、なんとウズベキスタン国籍でした!!

    養子縁組したばかりだけど、ここは先行投資とするか! そう思い最寄りの交番へと向かったのでございます。で、その前にふと気になり元のタブノキの下へ。するといるいる。いかにも意気消沈した外国人。生みの親と育ての親のご対面!? 「名前は? 国籍は?」確認すると bingo!! 長介は、無事に親もとへと帰ったのでした。ユスポフくん飛び跳ねて喜んでました。「やっぱりここは日本だ~っ!」って
    --------------------------------------------------------
    さてさてお婆さまのお話で、ゾグド人には、鑑真や空海さん、最近では福江で川口春奈ちゃんがお世話になったことを知りました。時空を超えて世の中持ちつ持たれつなんですねぇ。
    え? ってことは…!?

    ウズベキスタン大統領府から英雄勲章とタシケント行ファーストクラス航空券がそろそろ送られてくるハズなので、ポストの前で寝泊まりする日々なのです !(^^)!
    2024年11月19日16時22分 返信する

    RE: Win-Win

    ももであさん

    びっくらこのお話、たのし~~い!でも

    > ウズベキスタン大統領府から英雄勲章とタシケント行ファーストクラス航空券が
    >そろそろ送られてくるハズ

    これって、と蒼白になる唐辛子婆。

    なぜってワタクシもウズベキスタン(サマルカンド行き特急列車内)でスマホを置き忘れたのが仕事熱心なおまわりさんのおかげで戻ってきたんです。

    石破首相に頼んでおまわりさんと探してくれた関係者のみなさまに英雄勲章授けてもらって日本行きファーストクラス航空券用意せな😅

    逃げも隠れもいたしたい唐辛子婆

    。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

    > 唐辛子さん、mistralさん お邪魔します m(__)m
    >
    > それは今年の5月。ご近所を散策していた時のこと... 巨大なタブノキの下の長~いベンチの上にポツンと丸々と太ったご立派な長財布
    >
    > (↓以下、市原悦子調でお願いします)
    >   市原「あ~ら、おまいさん。一人でどうしたんだい」
    >   長助「しくしく。はい。ご主人様とはぐれてしまいました」
    >   市原「まぁ、人さらいにでも遭ったら大変」
    >   市原「これも他生の縁、いっそうちの養子におなりなさい」
    >   長助「あ~れ~」
    > (市原モード解除)
    >
    > というわけで、長助は無事オラの養子になったのでした。
    > めでたし。めでたし。(おしまい!?)
    > --------------------------------------------------------
    > イヒヒ。さて、自宅で中を見てみると、出るわ出るわ。札束、硬貨、クレカ、ATMカード、診察券、そしてそしてえっ在留カード。これがなけりゃ国外退去の刑!? さぞかし困っていることざんしょ。持ち主は、なんとウズベキスタン国籍でした!!
    >
    > 養子縁組したばかりだけど、ここは先行投資とするか! そう思い最寄りの交番へと向かったのでございます。で、その前にふと気になり元のタブノキの下へ。するといるいる。いかにも意気消沈した外国人。生みの親と育ての親のご対面!? 「名前は? 国籍は?」確認すると bingo!! 長介は、無事に親もとへと帰ったのでした。ユスポフくん飛び跳ねて喜んでました。「やっぱりここは日本だ~っ!」って
    > --------------------------------------------------------
    > さてさてお婆さまのお話で、ゾグド人には、鑑真や空海さん、最近では福江で川口春奈ちゃんがお世話になったことを知りました。時空を超えて世の中持ちつ持たれつなんですねぇ。
    > え? ってことは…!?
    >
    > ウズベキスタン大統領府から英雄勲章とタシケント行ファーストクラス航空券がそろそろ送られてくるハズなので、ポストの前で寝泊まりする日々なのです !(^^)!
    2024年11月19日16時52分 返信する

    類は友を呼ぶ


    あいや~!
    なんと お婆さまも特急列車へのスマホの置忘れ事件やっちゃいましたか! そしてしっかり戻って来たと!! 痛快この上ない武勇伝ですね♪ すばらすぃ~!

    >逃げも隠れもいたしたい唐辛子婆
    いえいえ「情けは人の為ならず」。そのおまわりさんだって、スマホを無事に持ち主に届けられて感謝されれば、とても清々しい気持ちだったと思いますよ。お婆さまは立派に日本とウズベキスタンの交流に貢献されたのだと思います♪

    もちろんオラもしっかりやりました。スマホ置忘れ事件。中国で。
    https://4travel.jp/travelogue/11496449

    その時は、焦りまくりでも楽しいものですね!?
    2024年11月19日21時06分 返信する

    RE: RE: Win-Win

    唐辛子さん

    ファーストクラスの航空券を用意して、お礼に差し上げるくらいでしたら
    大急ぎで旅の支度をしてウズベキスタンへ飛び立ってしまった方がよさそうです。

    それにしても唐辛子さんのスマホの置き忘れ事件、極秘情報のはずなのに、、、
    ももであさん、感度抜群のおヒゲでキャッチしたのかしら?

             mistral



    > びっくらこのお話、たのし~~い!でも
    >
    > > ウズベキスタン大統領府から英雄勲章とタシケント行ファーストクラス航空券が
    > >そろそろ送られてくるハズ
    >
    > これって、と蒼白になる唐辛子婆。
    >
    > なぜってワタクシもウズベキスタン(サマルカンド行き特急列車内)でスマホを置き忘れたのが仕事熱心なおまわりさんのおかげで戻ってきたんです。
    >
    > 石破首相に頼んでおまわりさんと探してくれた関係者のみなさまに英雄勲章授けてもらって日本行きファーストクラス航空券用意せな😅
    >
    > 逃げも隠れもいたしたい唐辛子婆
    >
    > 。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
    >
    > > 唐辛子さん、mistralさん お邪魔します m(__)m
    > >
    > > それは今年の5月。ご近所を散策していた時のこと... 巨大なタブノキの下の長~いベンチの上にポツンと丸々と太ったご立派な長財布
    > >
    > > (↓以下、市原悦子調でお願いします)
    > >   市原「あ~ら、おまいさん。一人でどうしたんだい」
    > >   長助「しくしく。はい。ご主人様とはぐれてしまいました」
    > >   市原「まぁ、人さらいにでも遭ったら大変」
    > >   市原「これも他生の縁、いっそうちの養子におなりなさい」
    > >   長助「あ~れ~」
    > > (市原モード解除)
    > >
    > > というわけで、長助は無事オラの養子になったのでした。
    > > めでたし。めでたし。(おしまい!?)
    > > --------------------------------------------------------
    > > イヒヒ。さて、自宅で中を見てみると、出るわ出るわ。札束、硬貨、クレカ、ATMカード、診察券、そしてそしてえっ在留カード。これがなけりゃ国外退去の刑!? さぞかし困っていることざんしょ。持ち主は、なんとウズベキスタン国籍でした!!
    > >
    > > 養子縁組したばかりだけど、ここは先行投資とするか! そう思い最寄りの交番へと向かったのでございます。で、その前にふと気になり元のタブノキの下へ。するといるいる。いかにも意気消沈した外国人。生みの親と育ての親のご対面!? 「名前は? 国籍は?」確認すると bingo!! 長介は、無事に親もとへと帰ったのでした。ユスポフくん飛び跳ねて喜んでました。「やっぱりここは日本だ~っ!」って
    > > --------------------------------------------------------
    > > さてさてお婆さまのお話で、ゾグド人には、鑑真や空海さん、最近では福江で川口春奈ちゃんがお世話になったことを知りました。時空を超えて世の中持ちつ持たれつなんですねぇ。
    > > え? ってことは…!?
    > >
    > > ウズベキスタン大統領府から英雄勲章とタシケント行ファーストクラス航空券がそろそろ送られてくるハズなので、ポストの前で寝泊まりする日々なのです !(^^)!
    2024年11月19日21時15分 返信する

    RE: RE: RE: Win-Win

    mistralさん ももであさん


    > それにしても唐辛子さんのスマホの置き忘れ事件、極秘情報のはずなのに、、、
    > ももであさん、感度抜群のおヒゲでキャッチしたのかしら?

    帰国後ちょっと体調崩して、まだまだ旅行記アップに時間がかかりそうなのに
    この部分だけがすでに独り歩き◎◎^^

    mistralさんのおかげで楽しい方とおしゃべりできてうれしいです。
    ももであさんてはじめ女性かと思ったわ。(お名前がDear Peachみたいで)
    そしてお顔はスマホなくした時にムンクの「叫びのこだま」になった時のまま
    唐辛子婆の脳裏に焼きついてしまって、ほほほ。

    ソグド人のいた福江島が意外と大きくて、移住人気が高いとも初めて知りました。

    唐辛子婆
    2024年11月19日22時39分 返信する
  • ハーンと出雲

    小泉八雲旧居は行きました。
    そうそう、こんな感じの天井の低い日本家屋でした。

    「知られざる日本の面影」は出雲旅のガイドブックでした。19世紀末の出版ですから、130年前の出雲と現代を比べながら旅行できました。
    明治23年、ハーン40才、ハーンを松江に招聘した西田千太郎は28才、ハーンを外国人として初めて出雲大社本殿に招待した出雲国造千家尊紀30才、このころはこんな若い人が出雲を運営していたのです。明治ってすごい時代だと思いました。
    もしよろしかったら、こちらをどうぞ。
    https://4travel.jp/travelogue/11573228

    出雲そばはいかがでしたか。
    固いですよね。
    私は一時期そば打ちにこったことがあります。私の分担はそばを育てて、脱穀して、そば粉にするまで。そば打ちは友人がやりました。
    「神代そば」では所謂十割そばみたいです。あれはそばがつながらなくて難しいのです。写真で見るとちゃんと白いそばですね。あれはもっとむずかしい。

    宇賀橋を渡る自転車の娘さん、高校生ですかね。
    なぜか胸がキュンとなる、いい風景です。
    2024年11月05日20時27分返信する 関連旅行記

    RE: ハーンと出雲

    しにあの旅人さん

    こんばんは。
    お返事が遅くなりました。
    その前に、しにあさんの出雲の旅行記、拝見しました。
    当時の旅行記は、拝見した旅行記、未訪問の旅行記など虫食い状態でした。
    多分、自分で行ったところは興味深く拝見できるけれど、未知の地ですとそのままに
    なっていたのかもしれません。
    今回出雲へ行ってみて(一応は再訪でしたが)その地の空気感など味わってきてみると
    例え未訪問だったとしても、関心の持ち方が違うなあ、と思ったことでした。

    > 小泉八雲旧居は行きました。
    > そうそう、こんな感じの天井の低い日本家屋でした。

    八雲さんはお侍の済んだ日本家屋に住みたかったそうですね。
    実際にそこで生活されることで、日本人の感覚を味わったことでしょう。

    > 「知られざる日本の面影」は出雲旅のガイドブックでした。19世紀末の出版ですから、130年前の出雲と現代を比べながら旅行できました。

    いつもしにあさんの旅のガイドブックは、当時の人の書かれたご本ですね。
    当時の人が感じたことを読み取って、旅をなさるから、現代のガイドブックを見ての旅とは別物の旅ができることでしょう。

    > 明治23年、ハーン40才、ハーンを松江に招聘した西田千太郎は28才、ハーンを外国人として初めて出雲大社本殿に招待した出雲国造千家尊紀30才、このころはこんな若い人が出雲を運営していたのです。明治ってすごい時代だと思いました。

    本当にそう思いますね。
    琵琶湖の水を京都まで運ぶ隧道をつくる難工事をしたのも、当時大学を卒業したばかりの若者でした。そんな若者に大工事を任せた当時の政府要人も肝が座っていたことでしょう。
    千家さんといえば、高円宮家の典子さんが嫁がれたお家でしたね。

    > もしよろしかったら、こちらをどうぞ。
    > https://4travel.jp/travelogue/11573228

    たっぷりと拝見してきました。
    今回旅に出る前に、下調べをしていたときに、かなりの神社が地図に載っていることがわかりました。さすが出雲、と思いましたが、実際には訪問できませんでした。
    しにあさんの旅行記を拝見しますと、石段の様子や境内の佇まいなどなど、さすが出雲の地にある神社だなあ、と思いました。
    当時はしにあさんは、石段をちゃんと登っておられたご様子でしたね。

    > 出雲そばはいかがでしたか。
    > 固いですよね。
    > 私は一時期そば打ちにこったことがあります。私の分担はそばを育てて、脱穀して、そば粉にするまで。そば打ちは友人がやりました。

    そばを栽培されたのは、以前の地の畑ですか?
    そば粉までを作られる・・・それだけでも大変な労力だったことでしょう。
    さぞかし美味しいおそばが出来上がったことでしょうね。
    ももであさんが、同じ旅行記にコメントを下さいました。
    ももであさんも蕎麦打ちをご自分でなさっておられたとか。
    皆さま、こだわりのある方々は、自ら蕎麦打ちをなさるんですね。

    カルカッソンヌとカスレと耳なし芳一とのお話しをミックスされた怖いお話しを創作されて送ってくださいました。

    > 「神代そば」では所謂十割そばみたいです。あれはそばがつながらなくて難しいのです。写真で見るとちゃんと白いそばですね。あれはもっとむずかしい。

    神代そばさん、十割蕎麦とうたっていました。
    多分店主の方の息子さん(お顔が良く似ていましたので)がそば粉に水を少しずつ打たれながら、まずはまとめておられました。最初は粉でしたが、やがて纏まってきて丸くなっていました。つなぎがないから纏めるのも大変なんですね。

    > 宇賀橋を渡る自転車の娘さん、高校生ですかね。
    > なぜか胸がキュンとなる、いい風景です。

    おそらく高校生でしょうね。
    通学路があのような橋だなんて風情がありますね。
    そこを女子高生がペダルをこいで渡っていく風景なんて、どこでも見られるものではありませんね。

    mistral
    2024年11月06日19時53分 返信する
  • 本当は怖い「耳あり芳一」

    こんばんは
    松江も美味しいものがいろいろありますが、あ~割子蕎麦がおいしそ~!! 自分でも蕎麦を打つ蕎麦好きなので、このエッジ感がたまりません。香りを嗅ぐとまた絶品なのでしょうね♪

    「耳なし芳一」や「雪女」。南蛮人のラフカディオ・ハーンが、何故ここまで日本的な会談が描けたのか不思議でしたが、セツさんや家族の深い支えがあったのですね。
    -----------------------------------------------------------------------
    昔、カルカッソンヌの阿弥陀寺に盲目の琵琶法師「芳一」が住んでいました。彼は琵琶の名手で、「平家物語」を弾き語ることで評判でした。

    ある夜、芳一は見知らぬ武士に声をかけられ、「主があなたの琵琶を聴きたがっている」と誘われます。芳一は連日武士に連れられ、豪華な屋敷で「平家物語」を語りますが、ある晩住職が芳一の後を追います。すると、芳一が墓地で豚の幽霊に取り囲まれているのを見つけました。彼が訪れていたのは豚の集会所だったのです。

    住職は芳一を守るため、全身に豚が嫌いなカスレを塗りつけて豚を寄せ付けないようにします。しかし、うっかり者の住職は芳一の耳にだけカスレを塗り忘れてしまいます。しかも住職はカスレが豚の餌だということを知らなかったのです。

    その夜、また芳一を訪ねた豚の幽霊は、美味しそうなカスレを見つけすべて食べてしまいました。残ったのは、カスレを塗り忘れた耳だけでした…。お後が宜しいようで!?
    2024年10月31日20時26分返信する 関連旅行記

    Re: 本当は怖い「耳あり芳一」

    ももであさん

    こんばんは。
    ご自分で蕎麦打ちをされるんですか!
    そんな方には、写真だけで違いがわかるんですね。
    確かに香りは際立っていました。
    エッジ感が・・・となると良くわからない世界です。
    それでも美味しいものは実に美味しかった、です。

    耳なし芳一のももであ版
    このストーリーは、昨夜の横レスありのしにあさんへのコメントがないと
    わかりにくいですね。
    場面はカルカッソンヌ、体中にお経を書きつけたのではなくて
    カスレを塗りまくった。それは豚だったらカスレが大嫌いだと思っていたから。しかし本当は豚さんはカスレが大好物だったというお話し。
    耳だけカスレを塗り忘れたために、芳一の耳だけが食べられずに残っていた
    という怖~いお話し。

    こんなお話しを瞬時に考えつかれるももであさんって、AIさんですか?
    情報をほうりこんで、ストーリーは耳なし芳一でと言うと
    即座に新ストーリーが出来上がってくる、なんてとても普通の人間わざ
    とは思えません。
    まいりました。

    mistral
    2024年10月31日21時57分 返信する
  • 古代浪漫の地

    mistralさん こんばんは。

    松江の旅、良いですね。関東からは遠くて興味がありながら一度、大阪本社の研修帰りに弾丸旅行しただけです。

    銅剣、銅鐸の出土現場を見に行かれるなんてすごいです。
    古事記にも登場する地なのに島根県は、青銅器の出土例や遺跡等の発見もほとんどなかったのですね。ミステリーですよね。
    僭越な話題ですが、長年お世話になった会社関係の泉屋博古館は青銅器コレクションがあり、総資産◯兆円突破記念の時、全職員に15cm大の銅鐸レプリカが配られたんです。
    置物としても微妙で、捨てるのもと実家にあったと思います(笑)

    また、カズレーザーと学ぶ・・というTV番組で見たのですが、縄文人は一般にバイカル湖方面から北海道へやって来たと思われてきたが、研究により縄文人の遺伝子が現在のラオス周辺に住んでいた古代人と近いことが判明したそうで、縄文人は東南アジアからやって来たようです。
    興味深いことに縄文遺伝子は、東北、関東一部、九州などの地域の人に引き継がれているそうです。(渡来人が多かった関西周辺は弥生人遺伝子)
    北海道は、本州から入植したので調査が難しいそう。
    東北や九州の人は、縄文遺伝子の影響で酒に強く、中性脂肪を蓄えやすい傾向があるそうです。
    古代ミステリー不思議で楽しいですね。

    表紙の擬洋風建築、西欧オタクな私好みです。いつか訪れてみたいなぁ。
    不昧公の春のお茶席菓子「若草」当時、茶道を盛んに稽古していたので、土産に買っていきました。
    足立美術館や小泉八雲etc.旅のヒントになりました。

    マリアンヌ

    2024年10月30日19時27分返信する 関連旅行記

    RE: 古代浪漫の地

    マリアンヌさん

    こんばんは。
    いつも有難うございます。
    私も松江は数十年ぶりの旅でした。

    > 銅剣、銅鐸の出土現場を見に行かれるなんてすごいです。

    たまたま今回はレンタカーを借りていたので、遺跡めぐりをしてみました。
    現地には車がないとなかなか辿りつくのがやっかいそうな所でしたから、おあつらえ向きとなりました。

    > 僭越な話題ですが、長年お世話になった会社関係の泉屋博古館は青銅器コレクションがあり、総資産◯兆円突破記念の時、全職員に15cm大の銅鐸レプリカが配られたんです。
    > 置物としても微妙で、捨てるのもと実家にあったと思います(笑)

    記念品が銅鐸のレプリカでしたか・・・
    確かに微妙なお品ですね。
    泉屋博古館さんには青銅器のコレクションがおありとか。
    きっとすばらしい青銅器があることでしょうね。

    > また、カズレーザーと学ぶ・・というTV番組で見たのですが、縄文人は一般にバイカル湖方面から北海道へやって来たと思われてきたが、研究により縄文人の遺伝子が現在のラオス周辺に住んでいた古代人と近いことが判明したそうで、縄文人は東南アジアからやって来たようです。

    私も何かで見た記憶があります。
    東南アジアから渡ってきたということは、南方から小さな舟でやってきたんでしょうね。

    > 興味深いことに縄文遺伝子は、東北、関東一部、九州などの地域の人に引き継がれているそうです。(渡来人が多かった関西周辺は弥生人遺伝子)

    興味深いですね。
    関西方面は縄文時代には丁度空洞状態で、そこに渡来人が移りすんだのかしら?
    卑弥呼はどうだったんでしょうね。

    > 北海道は、本州から入植したので調査が難しいそう。
    > 東北や九州の人は、縄文遺伝子の影響で酒に強く、中性脂肪を蓄えやすい傾向があるそうです。
    > 古代ミステリー不思議で楽しいですね。

    縄文人の特性、不思議ですね。
    マリアンヌさん、一度ご覧になったテレビ番組の情報を
    とても整理されて記憶されていてすごいです。
    私は、その時にチラっと見ていても、すぐに忘れさってしまいます。

    > 表紙の擬洋風建築、西欧オタクな私好みです。いつか訪れてみたいなぁ。
    > 不昧公の春のお茶席菓子「若草」当時、茶道を盛んに稽古していたので、土産に買っていきました。
    > 足立美術館や小泉八雲etc.旅のヒントになりました。

    松江は、古くからの歴史と、擬洋風建築物などなどが織り交ざった不思議な雰囲気のある街でした。
    不昧公以来のお茶の文化から、洗練された和菓子も種類が多くて、お土産を選ぶのにも多いに迷いました。

    行きたい地は数多くあれど、
    又、年々その数は増えてきますが
    健康で、自らの足で歩いて旅ができるのはあとどのぐらいか?と考えてしまう
    今日この頃です。

    mistral
    2024年10月30日23時18分 返信する
  • 銅剣のなぞ

    荒神谷遺跡は2016年に行きました。まだ4トラをやってなかったころで、写真もろくにありません。
    発掘現場を見てきました。現場に写真があって、発掘の臨場感がハンパではありませんでした。

    なんでここに埋められたか、やはり興味ありますよね。
    Mistralさんの展示見本の写真でも、銅剣はみごとに整列していまして、あたふたと急いで埋められたのではないようです。
    銅剣の水平もほぼそろっているので、穴の底も平に.しっかりと整地している。
    写真上から、埋めた人は後ずさりしながら1振づつ丁寧においています。
    おそらく水糸のようなものを張って、長さをそろえて、3人または3組で、3列同時に、田植えみたいにしておいたのではないか。

    すると理由の5説のうち、3.隠匿説、4.廃棄説はないですね。こんなにきれいに時間をかけて埋めないでしょう。
    田植えを連想する埋め方なので1.祭祀説かな。

    加茂岩倉遺跡はまったく気がつきませんでした。8年前ですから、まだ公開されていなかったのでしょうか。

    続日本紀に、

    「村君東人(むらきみの・あずまびと)は、長岡野の地で銅鐸を得て(天皇に)献上した。高さ3尺・口径1尺で、その造りは普通と異なっており、音色は律呂(りつりょ、楽のきまり)にかなっている」(元明天皇紀和銅6年/713年7月6日)

    と書いてあります。この時代は銅鐸が使われていたころより700年くらいしかたっていません。はっきり楽器だといっているので、まだ使っていたんじゃないですかね。
    この時代の尺はだいたい30cmですから、長岡野で出てきたのは高さ90cm。加茂岩倉遺跡の銅鐸はだいぶ小さい。長岡野が現代のどこか分かりませんが、日本各地でいろんな銅鐸が作られていたんですね。

    村君東人さんがどんな人かわかりませんが、案内して下さった加茂岩倉遺跡のキュレーターさんみたいな人が。天平時代にもいたんだ。
    2024年10月20日12時45分返信する 関連旅行記

    RE: 銅剣のなぞ

    しにあの旅人さん

    こんばんは。
    お久しぶりです。このところ旅行記を見せていただいても、コメントを何も残さず失礼ばかりしております。

    > 荒神谷遺跡は2016年に行きました。まだ4トラをやってなかったころで、写真もろくにありません。

    やはりそうでしたか!
    しにあさんご夫妻は、きっと行ってらっしゃると想像していました。
    8年前ということですから、今のように整備されていなかったのかもしれません。
    それでも、出雲での大発見ということで、きっと地元では大いにわき立っていたかもしれませんね。

    > なんでここに埋められたか、やはり興味ありますよね。
    > Mistralさんの展示見本の写真でも、銅剣はみごとに整列していまして、あたふたと急いで埋められたのではないようです。
    > 銅剣の水平もほぼそろっているので、穴の底も平に.しっかりと整地している。
    > 写真上から、埋めた人は後ずさりしながら1振づつ丁寧においています。
    > おそらく水糸のようなものを張って、長さをそろえて、3人または3組で、3列同時に、田植えみたいにしておいたのではないか。

    現場調査を重要視されるしにあさんならではのご意見ですね。
    どのようにすると、あのようにびっしりと見事に整列できるのか、
    穴の底は平らにし、水糸のようなものを張って、長さを揃えて・・・などなどコツがいりそうですね。田植えのようなイメージで、3列にそろって後ずさりしながら並べていった、
    と書かれますと、具体的な様子を思い浮かべることができました。

    > 田植えを連想する埋め方なので1.祭祀説かな。

    豊穣を願っての祭祀などイベント的な折に埋めたのでしょうか。
    穀物が豊かに実ったおりに、掘り出すとかでしょうか。
    それとも、埋めたまま忘れ去られてしまったとか。

    > 加茂岩倉遺跡はまったく気がつきませんでした。8年前ですから、まだ公開されていなかったのでしょうか。

    発見されたのは、荒神谷遺跡の後ですから、その後建物をつくり、遊歩道を整備し、などなどしていたら、公開はだいぶ遅れたかもしれませんね。

    > 「村君東人(むらきみの・あずまびと)は、長岡野の地で銅鐸を得て(天皇に)献上した。高さ3尺・口径1尺で、その造りは普通と異なっており、音色は律呂(りつりょ、楽のきまり)にかなっている」(元明天皇紀和銅6年/713年7月6日)

    長岡野の地で銅鐸を得て・・・
    ということは、多分掘り出したのではなく、どこか神社などに保管されている銅鐸を手に入れた、ということでしょうか。
    銅鐸は古より神社などに伝わってきたものが結構あるようですね。むしろ掘り出した、しかも大量に、といったケースの方が少ないようでした。

    > と書いてあります。この時代は銅鐸が使われていたころより700年くらいしかたっていません。はっきり楽器だといっているので、まだ使っていたんじゃないですかね。

    そのようですね。
    音色、と書かれていますから、それほど耳障りな音ではなかったのかしら、と思いました。

    > この時代の尺はだいたい30cmですから、長岡野で出てきたのは高さ90cm。加茂岩倉遺跡の銅鐸はだいぶ小さい。

    段々飾られるようになり、大型化していった、ということから
    90センチもある銅鐸も造られてきたんですね。結構巨大なものですね。
    >
    > 村君東人さんがどんな人かわかりませんが、案内して下さった加茂岩倉遺跡のキュレーターさんみたいな人が。天平時代にもいたんだ。

    加茂岩倉遺跡のキュレーターさん
    多分、正式なキュレーターさんではないかもしれません。
    地元銀行を退職されたのち、お声を掛けられて施設にときおり出られるようになったそうです。他の役職も多数兼務され、結構お忙しくされておられるご様子。
    人好きなこと、関連知識をお持ちのこと、郷土愛のある方、、、、などなどの条件?にぴったりの方のようでした。
    一日おられて、何組の見学者が見えるのかわかりません。
    当日は私たちの前に一組の見学があったようでした。
    山奥にポツンとある建造物。
    銅鐸発見の地にふさわしいところでした。

    mistral
    2024年10月20日20時11分 返信する
  • ミストラルさんのミステリアスな銅鐸の話

     mistralさん おはようございます。
      
     今朝は昨日と打って変わり、寒い朝となりました。

     沢山の銅鐸の発見、なぜ?なぜ?謎は深まるばかり、そこが考古学の面白い所ですね。我が家の敷地にも埋蔵土器がありました。捨ててもだれも惜しがらないガラクタですけどね。
     「加茂岩倉遺跡」なぜまとめて埋められていたということは、疑う余地亡き事実、当時ならかなり貴重な宝だったにもかかわらず、土に埋められたとは、ここでpedaruの新説。青銅器の登場によって、村同士の争いは激しくなった、そこで不戦の誓いをたて、剣とともに。銅鐸もともに埋葬した。
     銅鐸は戦士を鼓舞する楽器でもあったのだ。まともで面白みのない説になってしまいました。後悔しております(笑)。

     「加茂岩倉遺跡」を訪ねるとき、古代のロマンでわくわくされたことでしょうね。
    旅行記でも私は初めて見ました。これを機会に、この遺跡を訪ねる人が増えることでしょう。ありがとうございました。

     pedaru
    2024年10月20日06時42分返信する 関連旅行記

    RE: ミストラルさんのミステリアスな銅鐸の話

    pedaruさん

    こんにちは。
    コメントをありがとうございます。

    >  今朝は昨日と打って変わり、寒い朝となりました。

    そうですね。
    すっかり季節が入れ替わったかのようで、をずいぶん冷え込みました。

    >  沢山の銅鐸の発見、なぜ?なぜ?謎は深まるばかり、そこが考古学の面白い所ですね。我が家の敷地にも埋蔵土器がありました。捨ててもだれも惜しがらないガラクタですけどね。

    今となっては事実はすっかり埋もれてしまっています。
    だからこそ、そこに想像の余地をさし挟むことができますね。
    pedaru さんのご近所からも遺跡が発見され、いつぞや旅行記にしておられましたね。
    出土した土器の破片はどうされたんでしょう?
    それこそ世紀の大発見につながったかも?!

    >  「加茂岩倉遺跡」なぜまとめて埋められていたということは、疑う余地亡き事実、当時ならかなり貴重な宝だったにもかかわらず、土に埋められたとは、ここでpedaruの新説。

    pedaruさんの新説、待ってました!

    青銅器の登場によって、村同士の争いは激しくなった、そこで不戦の誓いをたて、剣とともに。銅鐸もともに埋葬した。
    >  銅鐸は戦士を鼓舞する楽器でもあったのだ。まともで面白みのない説になってしまいました。後悔しております(笑)。

    確かに銅鐸は打ち鳴らして使ったそうです。
    戦意高揚のために使用された可能性はありそうですね。
    しかし度々の隣村との争いごとにだんだん疲弊して行った村の長老さん達、
    ある時に相談した。
    そして戦いを放棄することを決め、真夜中に密かに集まって高所に埋納する事にした。
    こんなストーリーですと、丁寧に並べて納めたという事実とつながります。

    >  「加茂岩倉遺跡」を訪ねるとき、古代のロマンでわくわくされたことでしょうね。

    神話の国と思っていた出雲の国でしたが
    青銅器が沢山出土するまでは、それほど重要視されていなかったことを今回初めて知りました。
    それが大量出土したことから、一気に脚光を浴びたわけですから、
    やっぱり出雲ってすごい、と思いました。

    > 旅行記でも私は初めて見ました。これを機会に、この遺跡を訪ねる人が増えることでしょう。ありがとうございました。

    ありがとうございます。
    但し加茂岩倉遺跡は、駐車場に車を停めてから結構山道を歩きます。
    反対側から向かうとすぐのようですが、ナビが案内してくれるかは??です。
    発見された現場を見るのって大変なことを実感しました。

    mistral


    2024年10月20日16時04分 返信する
  • ミストラルさんのミステリアスな銅鐸の話

     mistralさん おはようございます。
      
     今朝は昨日と打って変わり、寒い朝となりました。

     沢山の銅鐸の発見、なぜ?なぜ?謎は深まるばかり、そこが考古学の面白い所ですね。我が家の敷地にも埋蔵土器がありました。捨ててもだれも惜しがらないガラクタですけどね。
     「加茂岩倉遺跡」なぜまとめて埋められていたということは、疑う余地亡き事実、当時ならかなり貴重な宝だったにもかかわらず、土に埋められたとは、ここでpedaruの新説。青銅器の登場によって、村同士の争いは激しくなった、そこで不戦の誓いをたて、剣とともに。銅鐸もともに埋葬した。
     銅鐸は戦士を鼓舞する楽器でもあったのだ。まともで面白みのない説になってしまいました。後悔しております(笑)。

     「加茂岩倉遺跡」を訪ねるとき、古代のロマンでわくわくされたことでしょうね。
    旅行記でも私は初めて見ました。これを機会に、この遺跡を訪ねる人が増えることでしょう。ありがとうございました。

     pedaru
    2024年10月20日06時42分返信する 関連旅行記
  • SECOMしてますか?

    おはようございます。
    10月に神々が集まるはずが、まだ不在でしたか。
    調べてみると今年の出雲の神在月は、新暦の11/1~11/30でした。9/26に行かれたようなので、まだ少し先でしたね。

    この間、出雲は天照大御神からトイレの神様まで、八百万の神々に守られて安泰ですが、その他神無月となった地方は魑魅魍魎が跋扈し? 治安が不安ですね。しかも2023年度の神在月/神無月は、11/13~12/12でした。これほどコロコロ変わると神様不在をSECOMに連絡するのも大変です。固定してもらえないですかね?

    ここの国旗掲揚塔は、47mもあるのですか。図らずもぼくが見た軍艦島のエレベーターを上下させるため、当時立っていた櫓の高さも47mでした。ちょっと不思議な縁を感じます。

    ところでここの親分は大黒様でしたっけ? 毎年遠保の神様も含め、出雲に挨拶に来させるのだから、ちょっとした参勤交代ですね。神様の世界もいろいろありそう…
    2024年10月18日10時32分返信する 関連旅行記

    RE: SECOMしてますか?

    ももであさん

    こんばんは。
    コメントをありがとうございました。

    > 10月に神々が集まるはずが、まだ不在でしたか。

    出雲に行くまでは意識していなかったんですが、そういえば神無月は10月だったと思い出し、だったら出雲は神在月のはず、数日早く来てしまった、はやまった!とおもったんです。

    > 調べてみると今年の出雲の神在月は、新暦の11/1~11/30でした。9/26に行かれたようなので、まだ少し先でしたね。

    ところが、そんな単純なことではなかったんですね。
    実際には神様がご参集されるのは11月だったんですね。
    かなりの先のことでした。

    > この間、出雲は天照大御神からトイレの神様まで、八百万の神々に守られて安泰ですが、その他神無月となった地方は魑魅魍魎が跋扈し? 治安が不安ですね。しかも2023年度の神在月/神無月は、11/13~12/12でした。これほどコロコロ変わると神様不在をSECOMに連絡するのも大変です。固定してもらえないですかね?

    その年によって集合日に変動があるとのこと。
    それでは神様方にとっても、遅れたり早すぎたり、あわてんぼうの方々は間違いそうですね。
    魑魅魍魎が跋扈したりされると、世の中不安だらけ?
    これ以上の心配事が増えませんように。
    SECOMさん、あちこちの対応、可能かしら?

    > ここの国旗掲揚塔は、47mもあるのですか。図らずもぼくが見た軍艦島のエレベーターを上下させるため、当時立っていた櫓の高さも47mでした。ちょっと不思議な縁を感じます。

    そうだったんですね。
    47という数に、何か特別の意味があるんでしょうか。ラッキーナンバーとか、、、
    軍艦島にラッキーナンバーなんて似合わないことですが。

    > ところでここの親分は大黒様でしたっけ? 毎年遠保の神様も含め、出雲に挨拶に来させるのだから、ちょっとした参勤交代ですね。神様の世界もいろいろありそう…

    出雲の国では全国から神さまをお迎えするにあたって様々な神事がとり行われるようですね。
    何のためにそのようなことをされるのか、考えた事もなかったので、調べてみましたら、、、
    大国主大神(大黒さま)が天照大神に「国譲り」をなさったとき、「・・・・私は隠退して幽(かく)れたる神事を治めましょう」とおっしゃった記録があるそうです。(どこにでしょう?)
    この「幽れたる神事」は、目には見えない縁を結ぶことで、そのために全国から神々をお迎えして会議をなさるのだとされているそうです。
    神様方は自主的に参集されるのでしょうかね。

    縁を結ぶ、とは男女の縁だけではないようです。神々は様々なご縁をきっととり持つことでしょう。
    そんな大きな会議を神様がたがなさっているなんて、初めて知りました。
    どうぞ間違ったご縁をとり持たれませんように、と祈ります。

    自分で書いた旅行記ですが、ももであさんからのコメントをいただき、更に学ぶことができました。
    ありがとうございます。

    mistral
    2024年10月18日19時49分 返信する

mistralさん

mistralさん 写真

20国・地域渡航

20都道府県訪問

mistralさんにとって旅行とは

いつか、そこに居たことがあるような、
魂の記憶をたどっているような気分に
なるときは、こころから癒されます。

2016.11 読んでいた本の中にぴったりくる言葉を見つけましたので、追記します。
旅とは、何かを見残してくることだーと私は思う。もっと大事な、もっと貴重なものを自分は見落としてきたのではないか、そんな気がするからこそ、もう一度旅に出ることになるのだ。私はこれまで、数えきれぬほど、旅に明け暮れてきた、というのも、私の旅はいつも“心残りの旅”だったからである。人生についても、同じことが言えるが、月日は「百代の過客」だから、いくら心残りであっても、初めからやり直すわけにはいかない。けれど、自分の決意ひとつで、見果てぬ夢に、あらためて挑戦することは、けっして不可能ではあるまい。たとえ、残された時間が、ほんおわずかだったとしても、旅と人生とは、この点でも重なっていよう。
  森本哲郎 著 : 世界の都市の物語 「ウィーン」より

自分を客観的にみた第一印象

大好きな場所

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そこに居るだけで、幸せな気持ちになれます。

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