ワンダラーさんのクチコミ(22ページ)全1,718件
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山号を「阿佐山」という阿佐ヶ谷に相応しい古刹。明治から大正にかけて村役場が本堂に置かれたという。
投稿日 2021年05月12日
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投稿日 2021年05月12日
総合評価:3.0
ここ上野東照宮のぼたん苑は、「冬ぼたん」で有名だが、春こそぼたんの花シーズンと、ゴールデンウィーク明けに行ってみた。
ところが春のぼたん祭りは意外と早く終了(2021年は4月9日まで)。期間にご注意。
門前には満開のぼたんの花が咲いているというのに。
現在はダリア展の準備中という。
ホームページ
https://www.uenotoshogu.com/botan/
『第42回 春のぼたん祭
開苑期間:2021年4月10日(土)~5月9日(日)
開苑時間:午前9時00分~午後5時00分(入苑締切)
入苑料 :大人(中学生以上)700円
東照宮拝観との共通券 1,100円
以下略
本年の春のぼたん祭は終了いたしました。
なお、冬は
第三十九回 上野東照宮 冬ぼたん
開苑期間: 2021年1月1日(金) から 2月23日(火) まで』- 旅行時期
- 2021年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
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カテゴリーはフルーツ狩だが、直売所、農家カフェ(現在は休止)、体験農園など通年楽しめる宮本ファーム
投稿日 2021年05月10日
総合評価:3.5
ここでのカテゴリーは「フルーツ狩」となっていて、夏のブルーベリーやブラックベリーのほか、春にはいちご狩りもある。
練馬区では「高尾」などのブドウ狩り農園もあったが、21世紀になってブルーベリー狩が普及してきた。鳥が食べるので、防鳥ネットの中での収穫体験が多い。
5月初旬なので、ブルーベリー、ラズベリーには早く、いちごは終わりが近い感じ。
直売所では、農園内で採れた季節の果樹や野菜(高松地区の農家産も)の販売がある。
見ただけだが、2008 年に開園した貸農園と農業講習がセットになった農業体験塾では、5月は春作が真っ盛り。1 区画(15 ㎡強)で 76,800 円で日常管理もやってもらえるというが、練馬区が補助して半額程度で2倍の30mで収穫できる農業体験農園も多いので、収穫高の観点からのコスパはイマイチに感じる。- 旅行時期
- 2021年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- コストパフォーマンス:
- 2.0
- 施設の規模:
- 4.0
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投稿日 2021年05月10日
総合評価:4.0
現在の練馬区の上田柄地域の鎮守として地元の崇敬を集めていたされる北野八幡神社は、鳥居に北野神社と八幡神社の額を掲げ、双方の名称を併記した石柱が建つ。
八幡神社(応神天皇が御祭神)と北野神社(菅原道真が公御祭神)が合体した社で、ここにお参りすれば、ご利益は倍増か。
11世紀ごろの創建らしいが、戦時中に周辺農地が陸軍に首都防衛の飛行場用地に接収された際にも、この神社の部分はくぼんで接収を免れた。地元の反対や祟りをおそれたのであろう。
戦後の米軍の接収によるグラントハイツでもそのエリアは旧陸軍飛行場用地に限定された。
そのため跡地の光が丘団地開発においてもすぐ裏が外周道路となったようだ。- 旅行時期
- 2021年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 3.0
-
コロナ感染予防で、拡張整備されたローズガーデンはバラは満開だが、サク越しでの鑑賞に。
投稿日 2021年05月10日
総合評価:4.5
四季の香公園は、光が丘の中央を南北に走るバス通りを挟んで東西にエリアが分かれる。
西側は地味な野山の木が中心。マグノリア園部分は、練馬区の木であるコブシなどが咲く。高木も多いので芝生も育たず裸地も目立つ地味なエリア。
東側の道路沿いは開園時からバラ花壇を中心とした西洋風庭園だったが、2021年にローズガーデンの拡張部分に改修された。しかし、初お披露目のバラは満開だが、コロナ感染予防でローズガーデン拡張部分はサク越しでの鑑賞に。
東側の北東部は、開園時に(お目付け役のはずの)練馬区が仮設建設扱いの温室をつくり恒久利用していたため建築基準法違反で取り壊されたという何ともみっともない経緯があった。平成28年からは、ローズガーデンに改修されバラている。こちらのバラも満開だが、同様にコロナ感染予防で今年のローズガーデンはサク越しでの鑑賞。
東側の道路沿いには開園時から「花と緑の相談所」が開設されている。- 旅行時期
- 2021年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 4.5
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タンデム車の一周210円は高い。コースも専用ではなく、休日は人や犬が多い。
投稿日 2021年05月10日
総合評価:3.0
通常の自転車のレンタル料1時間210円は、リーゾナブルに感じる。しかしタンデム車の一周(15分程度)210円は4倍近く割高に感じる。2人乗りということで、1時間400円くらいが妥当ではなかろうか? 希望者が多いので稼いでいるのであろうが。
コースも練習用の短距離コース以外は完全な専用ではなく、歩行者用通路の中央に白線を引き、「自転車」とは書いてあるが、人や犬の立ち入りを禁止してはいない。平面交差なので横断者も多い。直近にドッグランもあるので、特に休日はリードでイヌを歩かせている人も多い。- 旅行時期
- 2021年04月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 2.0
- 人混みの少なさ:
- 1.5
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2021年05月08日
総合評価:3.0
都立代々木公園の北西側、サイクリングセンターの東側に広いドッグランがある。
広さは約3,620平方メートルもあるという。
利用には登録が必要で、犬のサイズに合ったエリアを使うとされているのも良いルールだ。
①犬の体重10kg以上の「中・大型犬用エリア」、
②12kgまでの「小・中型犬用エリア」
③5kgまでの「超小型犬用フィールド」
『犬を連れてない方のドッグラン利用(入場)は出来ません。』という利用規約であるが、なぜか犬の数よりも人数の方がかなり多いように感じる。家族連れなどが多いためか?
ドッグランがない公園では、犬を放す飼い主がいたりするが、ドッグランがあるので他のエリアでの犬との遭遇が少なくなって、お互いに良いように感じる。- 旅行時期
- 2021年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 2.5
- 人混みの少なさ:
- 1.5
- 見ごたえ:
- 2.5
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事件を肯定的に評価しているようにも感じられ、個人的には疑問があるが、今では史跡の一つ。
投稿日 2021年05月07日
総合評価:2.5
「十四烈士自刃の碑」 が代々木公園内にあるのは知っていたが、開園以来、一度も立ち寄ったことはなかった。
場所を調べて初めて碑文を読んだ感じは、何故このように(見る人によっては)慰霊だけにはとどまらないと感じられる碑が都市公園法に基づく都立公園内にあるのかという疑問。
歴史を調べると、都が管理者になる公園開設以前に所有者の国が設置を許可したものらしい。
終戦直後、ここでの大東塾生14名自刃の直前に、武装して港区の愛宕山に立て籠もったとされる「尊攘同志会12名」は自爆して亡くなったようで、それに比べればこちらの十四烈士は、周りに迷惑をかけずに静かに自刃している。20年余りのちの楯の会三島由紀夫・森田必勝のように傷害や監禁もしていない。
石碑の「烈士」という表現に対する想いは、右翼から左翼まで、見る人によって相当な違いがあるように思う。
かつて巣鴨プリズン処刑場跡の公園(未だ国有地で豊島区が都市計画公園を設置)に、豊島区が「永久平和を願って」という石碑を建立したことが裁判で争われ違法性はないとされたという記憶があるが、公共的な公園の一部に置かれることになってしまった石碑は、今では遺跡ではないが事件の「史跡」として位置づけられているのであろうか。
何はともあれ、入塾して間もない18歳の少年まで志願してお亡くなりになったというので、安らかにお眠りになるよう手を合わせる。
- 旅行時期
- 2021年04月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 2.5
-
明治神宮の森につながる緑地公園は、練兵場からワシントンハイツ、オリンピック選手村の歴史を感じる
投稿日 2021年05月07日
総合評価:5.0
JR山手線原宿駅と小田急線参宮橋駅の間に広がる都立代々木公園は、渋谷や表参道繁華街の裏山ともいえる緑地公園。隣接する明治神宮の森と相まって、都会のなかの貴重な、無料開放された緑のオアシス。
1971年以降は公園であるが、その前の1964年の東京オリンピックでは選手村として使われ、1945年の終戦後の期間は進駐軍に接収され米軍宿舎のワシントンハイツであった。
さらに遡ると、明治42年からは日本陸軍の代々木練兵場であった(青山練兵場が移転)。
このような数奇な歴史を持つ淀橋台の末端の丘であるが、このような施設があったお蔭で東京のスプロール化から免れて緑地が残ったともいえよう。
土埃が周辺に迷惑をかけたり明治神宮に土砂が流れた代々木練兵場とは正反対の芝生のな公園は、平和な日本の象徴ともいえよう。
残念なのは花がきれいな時期にも拘わらず、コロナ感染予防のため、現在は一部の芝生は立ち入り禁止、他の芝生も宴会などが禁止されていること。- 旅行時期
- 2021年04月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.5
- 人混みの少なさ:
- 2.0
- 見ごたえ:
- 5.0
-
表参道が山手線を渡り、明治神宮に入る入口を飾る古典的装飾を残した橋
投稿日 2021年05月07日
総合評価:4.5
新装なったJR原宿駅前の広場ともいえる橋。
青山通りから幅30mもありそうな表参道を登ってくると、1964年の東京オリンピックでつくられた代々木公園に抜ける車道は左にカーブして南側の五輪橋で山手線を越えていくが、表参道はまっすぐにこの神宮橋で山手線を渡って明治神宮に入っている(車道は狭く、殆ど歩道部分)。
山手線は切通し状のため、欄干があること以外では橋という感じはせずに、参道広場という感じ。
最初の神宮橋は、明治神宮が創建された大正9年(1920年)につくられ、老朽化で1982年に旧橋の装飾欄干など一部を再利用した現在の橋に架け替えられたという。
そのため、古典的な石橋のデザインが明治神宮の緑に映える感じがすばらしい。- 旅行時期
- 2021年04月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 1.5
- バリアフリー:
- 4.5
- 見ごたえ:
- 5.0
-
人工の森とはとても思えない原生林のような神域。この人工林こそが見もの。
投稿日 2021年05月05日
総合評価:5.0
明治神宮は、JR山手線の車窓からも原宿駅構内から代々木駅間で、その広い森を眺めることができる。
隣接する代々木公園などの緑地と合わせて、商業地や住宅地が多い東京の街の貴重な緑地空間になっている。大きな社でもあるが、73haにものぼる大きな森でもある。
その大部分は、江戸時代は1640年から彦根藩伊井家の下屋敷で、明治17年、1884年に皇室財産の南豊島御料地になった。
しかし水はけが良い関東ローム層に覆われた淀橋台の一部ではあり、西側の河骨川の谷が深いので武蔵野台地からの地下水の供給は少なく、降った雨が低地に少し湧き出すくらいの余り水利に恵まれない荒地が多かったようだ。
明治天皇の崩御で、東京周辺でお祀りする場所を選定し、この南豊島御料地の一部に明治神宮を造営することになり、1920年に創建されたとされる。
低地の南池や北池の拡張や水利を図り、全国から献木れた苗木95,000本を計画的に植林して、将来的に常緑広葉樹中心の林相になるように計画され、計画よりも早くその林相になったという。
明治神宮で最も見るべきものは、この立派な人工林であろう。- 旅行時期
- 2021年04月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.5
- 人混みの少なさ:
- 2.0
- 見ごたえ:
- 5.0
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東横線の日吉駅前、こんなに交通便利で緑が広がるキャンパスは稀少だ。
投稿日 2021年05月05日
総合評価:5.0
東急東横線の急行停車駅である日吉駅の東側は、駅前の綱島街道を渡ればもう慶應義塾のキャンパスで、駅前の街道が鞍部になって日吉の丘全体にキャンパスが広がる。
キャンパスのメインは正面の銀杏並木左(北)側の校舎群(コロナ感染予防で制限中)である。
銀杏並木の右(南)側には、公認400mトラック・観客席を備えた陸上競技場があり、その一番駅に近い場所が屋内プールを含めた複合ビルになっていて、スポーツジムやパブ、喫茶店などが入っている。
銀杏並木の正面が日吉の丘の山頂部で、新装なった記念館がある。創立百周年記念に建てた記念館を百五十周年記念で建て替えた建物で、建て替えは当初計画よりも若干遅れ、竣工後もコロナ感染での入学式中止などがあってで、2021年4月に初の入学式典を迎えた。
建て替え前は記念館前広場が緑の芝生だったが、建て替えで石畳に変わってしまいやや味気なくなった。
記念館に向って右側には、第二次大戦前に建てられて戦時中は海軍が接収して連合艦隊司令部に使っていたことで有名な第一校舎(戦後は高等学校が使用)がある。
記念館に向って左側にも、第一校舎とシンメトリーな外観の第二校舎が広場を囲む。
記念館の東側は蝮谷と呼ばれる谷間で、テニスコートなどの運動施設がある。
このキャンパスの特徴は緑が多いことだが、周辺住民の通勤や買い物・散歩用に、銀杏並木などの通路が開放されていることも特色で、誰でも自由にキャンパス内の通路を通行できる。- 旅行時期
- 2021年04月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 5.0
-
街中とは違ったアカデミックな雰囲気。学生さんが少ないときは穴場で、ゆっくり過ごせる。
投稿日 2021年05月05日
総合評価:4.5
東横線日吉駅の東側は、駅前の綱島街道(中原街道)を渡れば慶應義塾のキャンパスが広がる。キャンパスのメインは正面の銀杏並木の左側の校舎群であるが、並木の右側の陸上競技場側の一番駅に近い昔はプールなどがあった場所が、屋内プールを含めた複合ビルになっている。
その複合ビルの飲食部門の一つが「HUB 慶應日吉店 」で、カウンターで注文して会計を済ませてから好きなテーブルに座るシステム。
入学式の日だというに、ほとんど客が入っていない。
今年はコロナ感染対策のため在校生は殆ど来ていない。
新入生のみで家族の同伴は禁止。
卒業して50周年の卒業生(72歳位)が招待されているが、近年建ったビルのため、ここに飲食店があるのを知っている卒業生は少ない。
ということで、駅は入学式で大混雑というのに、ここは閑散で、ゆっくり歓談できた。
欠点は、値段の割にボリュ-ム感がないこと。ビールを飲みながらというコンセプトなのだろう。- 旅行時期
- 2021年04月
- 利用した際の同行者
- 友人
- 一人当たり予算
- 1,000円未満
- 利用形態
- ランチ
- アクセス:
- 4.5
- コストパフォーマンス:
- 3.0
- サービス:
- 3.5
- 雰囲気:
- 4.5
- 料理・味:
- 4.0
- 観光客向け度:
- 3.5
-
目蒲線から大出世、東横線から都心への地下鉄直通乗り入れ路線に。
投稿日 2021年05月05日
総合評価:3.5
東急目黒線とは、狭い意味では旧東急目蒲線のJR目蒲駅から東急東横線の田園調布駅までの間で、広い意味では東急東横線の田園調布駅から同日吉駅までの線増複々線区間も含める。
実際の運転は、2000年から日吉駅からメトロ南北線(埼玉高速鉄道まで)と都営三田線まで直通相互乗り入れで運転されているので、東横線とは違った路線と感じる。
東横線からの地下鉄乗り入れは、半世紀前から中目黒駅からの日比谷線経由の東武伊勢崎線(東武動物公園駅方面)であったが、東急目黒線完成に伴いこちらは中目黒駅での乗換に変わり、田園調布駅以南から都心に向かう客の多くは直通の目黒線利用に変わった経緯がある。
そんな歴史を感じつつ乗っていると、のどかだった旧目蒲線とは全く別の新路線に感じる。一番の沿線車窓風景は多摩川鉄橋を渡る区間であるが、東横線単独の複線架橋時代に比べ複々線では橋の構造物が邪魔して目黒線からの多摩川は今一つ美しさに欠けるように感じる。- 旅行時期
- 2021年04月
- コストパフォーマンス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 2.0
- 乗り場へのアクセス:
- 4.5
- 車窓:
- 3.5
-
投稿日 2021年04月15日
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投稿日 2021年04月15日
総合評価:2.0
代々木には世にも奇妙に感じる外観の神社が存在する。何とマンションと一体化した建物で、1階の一部が社になっている。
想像であるが、境内を切り売りしていって、最後に残った土地にマンションを建てて、どうにか神社も残すことになったのではなかろうか。
思い切ってもっとモダンなデザインの社にすれば、コンクリート建物との違和感が小さく出来たのではないかと感じる。
「近代日本の夜明け前を開き、宗教改革と古典文化復興を通じて、明治維新の指導原理の基となった偉大なる宗教家、思想家、学者、教育者として知られている」という平田篤胤(ひらたあつたね)1776-1843年をご祭神「神霊真柱平田篤胤大人命」としている由緒ある神社なのに、外観が惜しく感じる。- 旅行時期
- 2021年04月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- 見ごたえ:
- 2.0
-
投稿日 2021年04月15日
総合評価:3.0
文部省唱歌「春の小川」の作詞者として有名な国文学者高野辰之(1876~1947)が、その唱歌発表の1912年の4年前から終戦前の空襲で焼失した1945年まで住んでいたというのがここ。
当時の代々幡村大字山谷一六七番地(現 代々木3-3-2)で、愛娘と散歩したという「春の小川」歌碑からは、河骨側を遡り、「山谷」の丘斜面にあたる。当時は谷間の低湿地は田んぼで、丘の斜面は雑木林や畑、新興住宅が建ち始めていたのであろうと想像する。
(やっと1920年に南側至近距離に山谷小学校が開校したというので、空き地が目立つ新興住宅地であったのであろう。)
現在のJR代々木駅前から西参道に向かう都道に面した北側、妙智会館の東側歩道に、標柱が建てられている。国文学者高野辰之の居住当時の面影は全く見られないのが残念。- 旅行時期
- 2021年04月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 3.0
-
小田急電車や車が行きかう喧騒の地になったいるが、代々木公園の緑の斜面が救い。
投稿日 2021年04月13日
総合評価:4.0
東京湾に注ぐ古川の上流は渋谷川と呼び名が変わり、武蔵野丘陵の斜面から湧く湧水を集めて流れていたという。渋谷川の本流は山手線の東側を流れていて新宿御苑の池が源流とされる。
一方、渋谷駅付近(現在は暗渠)で西から合流する支流の宇田川は上流でさらに分れ、一つに北の代々木の旧山内公爵邸の庭の池を水源とする河骨川がある。大正時代にはまだ田んぼがあって、春にはレンゲやスミレ、タンポポの花が咲いていたという。川の名前のコウホネとは黄色い花が咲く水生植物である。
その川辺を愛娘と散歩していた国文学者の高野辰之が風景を詠んで作詞したのが文部省唱歌の「春の小川」だという。
現在は暗渠の上に細い歩道がつづき、小田急電車や車が行きかう喧騒の地になったいるが、代々木公園の緑の斜面が救いになっている。
なお、高野辰之が住んでいたのはここの上流の代々木山谷であった。- 旅行時期
- 2021年04月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 2.5
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 4.0
-
投稿日 2021年04月13日
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投稿日 2021年04月13日













































