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k2ugさんのトラベラーページ

k2ugさんのクチコミ(49ページ)全1,019件

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  • ホテル
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  • 観光スポット
  • 基本情報
  • 交通至便でどこへ行くにも便利

    投稿日 2016年03月30日

    シェラトン都ホテル大阪 ミナミ(難波・天王寺)

    総合評価:3.5

    甲子園球場で野球観戦のため、友人の自家用車で行きました。
    駐車場が入庫から24時間可能ということで、甲子園へはホテルの真下の近鉄上本町駅から、阪神本線に乗り入れしているので、乗り換えなしの直通で行けました。
    近鉄のほかにも、地下鉄も利用でき、伊丹と関西の空港からのバスも発着しているので、アクセスはとても便利だと思います。
    客室は、くつろぐには充分なスペースがあり、清潔で、ゆっくりと休むことができました。
    ユニットバスも、少し広めで、ゆったり入浴できました。
    周囲には飲食店やコンビニも多く、いろいろと利便性の高い立地でした。

    旅行時期
    2016年03月
    利用目的
    観光
    利用した際の同行者
    友人
    1人1泊予算
    30,000円未満
    アクセス:
    4.5
    空港バスの発着もあり
    コストパフォーマンス:
    3.0
    そこそこ高級ホテル
    客室:
    3.5
    清潔感あり
    接客対応:
    3.5
    丁寧な対応
    風呂:
    3.5
    狭苦しくはない

  • 天然温泉あじさいの湯

    投稿日 2016年03月30日

    六石高原ホテル いなべ・菰野

    総合評価:3.0

    友人の自家用車で行きました。
    客室は、いささか古めかしいものの、清潔で、何の問題もなくゆっくりと休めました。
    客室内にユニットバスがありましたが、併設の日帰り温泉施設が無料で利用できるとのことで、そちらに入浴しました。
    露天風呂もあり、天然温泉ということで、体が温まりました。
    朝食は1階のレストランでバイキングでした。
    おかずが一人前づつ小皿に盛ってあるので、自分でよそう手間がかからず、よかったです。

    旅行時期
    2016年03月
    利用目的
    観光
    利用した際の同行者
    友人
    1人1泊予算
    7,500円未満
    アクセス:
    3.0
    自家用車でないと不便
    コストパフォーマンス:
    4.0
    温泉つき
    客室:
    2.5
    いささか古めかしい
    接客対応:
    4.0
    丁寧な対応
    風呂:
    4.0
    日帰り温泉施設あじさいの湯に入浴
    食事・ドリンク:
    3.5
    朝食は小皿に盛ってあるのがよかった

  • 地水火風空

    投稿日 2016年03月23日

    国宝瑠璃光寺五重塔 山口市

    総合評価:4.5

    国内に11ある国宝に指定された五重塔のひとつで、室町時代、嘉吉2年(1442)頃に建立され、高さ31.2m、屋根は檜皮葺、後方は小高い丘に囲まれ、日本庭園の中にたたずんでいる姿は、やはり抜群の美しさです。
    五重塔は階上に上がるための層塔ではなく、礼拝するための仏塔ですので、周囲と調和し、風景としてもきわめて素晴らしいのが、まさに「国宝」だと感じ入りました。

    旅行時期
    2016年02月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    3.0
    香山公園内
    人混みの少なさ:
    4.5
    団体が観光バスでやってくる名所
    見ごたえ:
    4.5
    五重塔だけでも充分にあり

  • 県政を見つめて一世紀

    投稿日 2016年03月21日

    山口県政資料館 山口市

    総合評価:3.5

    旧山口県庁舎と旧山口県会議事堂の建物は、ともに大正2年(1913)に起工、大正5年に完成、現在は山口県政資料館として活用され、無料で公開されています。
    旧知事室などが保存されているほか、公文書や印鑑、当時の新聞記事などの資料が展示され、興味深く見て回りました。
    山口県産品の展示室や、観光パンフレットが置いてある部屋もありました。
    100年余り経った建物が、表面上はまったく問題なく使用されていることと、フルさを感じさせない魅力的なデザインに驚かされました。

    旅行時期
    2016年02月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    3.0
    山口県庁の敷地内
    コストパフォーマンス:
    5.0
    無料で開放
    人混みの少なさ:
    5.0
    観光客は見当たらなかった
    展示内容:
    4.0
    興味があれば面白いはず

  • 西の京にそびえる五重塔

    投稿日 2016年03月20日

    瑠璃光寺 山口市

    総合評価:4.5

    瑠璃光寺は、室町時代に大内義弘がこの場所に香積寺を建立したのを礎として、江戸幕府成立後に毛利輝元が萩に香積寺を引寺し、跡地に仁保にあった瑠璃光寺を移築したのにともない、香積寺の遺構の五重塔とともに現在に至ったそうです。
    薬師如来の安置された本堂も御利益がありそうでした。

    旅行時期
    2016年02月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    3.0
    貸し自転車で回った
    人混みの少なさ:
    3.0
    観光名所だけに人出は多い
    見ごたえ:
    4.5
    五重塔を含め充分にある

  • 見ごたえのある公園

    投稿日 2016年03月20日

    香山公園 山口市

    総合評価:4.0

    瑠璃光寺の境内に、国宝の五重塔をはじめ、萩藩主毛利家墓所、うぐいす張りの石畳、沈流亭、露山堂など見どころいっぱいで、時間の過ぎるのも忘れるほどでした。
    公園として無料で開放されていて、有料なのは瑠璃光寺資料館のみというのも、不思議に感じるほど見ごたえがありました。

    旅行時期
    2016年02月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    3.0
    貸し自転車で回った
    人混みの少なさ:
    3.0
    観光名所だけに人出は多い
    見ごたえ:
    4.5
    五重塔を含め充分にある

  • 趣のある露地

    投稿日 2016年03月19日

    露山堂 山口市

    総合評価:3.5

    一露山の麓にあった毛利隆親の茶室を、明治24年(1891)に移築したそうですが、池泉のある庭と、茶室の露地が調和していて、趣のある雰囲気でした。
    建物内部には入れないため、露地から、庭の周りを歩きました。
    日月の灯籠、水琴窟、手水鉢なども風流でよかったです。

    旅行時期
    2016年02月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    3.0
    香山公園内
    人混みの少なさ:
    3.0
    池の周りにはカメラマンが数人並んでいた
    見ごたえ:
    3.5
    庭はなかなかのもの

  • 薩長連合で倒幕へ

    投稿日 2016年03月19日

    枕流亭 山口市

    総合評価:3.5

    幕末の情勢を一気に動かした「薩長連合」は、慶応2年(1866)に京都の小松帯刀邸で結ばれた政治的軍事的盟約に始まり、禁門の変ののち朝敵とされ、幕府によって窮地に追い込まれていた長州藩にとっては活路が見出せ、薩摩藩にとっても、幕政改革が進められずにいたところを打開できるきっかけとなり、両者にとって意義のある提携になりました。
    その後、討幕に向けて力強く進んで行くことになったのは、この沈流亭などで密談が重ねられたためでもあるのでしょう。
    維新ゆかりの現存する建物は、やはり感慨深いものがありました。

    旅行時期
    2016年02月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    3.0
    香山公園内
    人混みの少なさ:
    4.0
    建物内にはいなかった
    見ごたえ:
    3.5
    歴史を知れば面白い

  • 空から見たら山と口

    投稿日 2016年03月19日

    山口県旧県庁舎及び旧県会議事堂 山口市

    総合評価:4.0

    旧山口県庁舎は、車寄せのある入口から、装飾が描かれて厳かな玄関ホールに入ると、2階へ上る階段があり、順路に従って進むと、豪勢な2階ホールに出ました。
    奥まで見通せる廊下があり、手前の部屋は、赤い絨毯に赤い椅子、机に緑のテーブルクロスが掛けられた会議室、次の部屋からは、書籍や新聞、知事の写真などがある行政資料の展示室で、副知事室と知事室もあり、全体で県政の歩みとして紹介されている各部屋の造り自体が興味深いものでした。
    山口県旧県議会議事堂は、当時の議事堂がそのまま保存されていて、狭く小さいながらも当時の県政にかける意気込みが伝わってくるようでした。
    100年前の建物も魅力的で素晴らしい味わいのあるものですが、建物を保存しようと決断した人々もまた素晴らしいと思います。

    旅行時期
    2016年02月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    3.0
    県庁と同じ敷地内
    人混みの少なさ:
    4.0
    観光客は見当たらず
    見ごたえ:
    4.5
    建造物は一級品

  • 維新を駆け抜けた勤皇の志士たち

    投稿日 2016年03月19日

    旧山口藩庁門 山口市

    総合評価:3.5

    長州藩主毛利隆親は、風雲急を告げる幕末の動乱の中、文久3年(1863)に幕府には無断で萩から山口へと藩庁を移しました。
    長州藩では、文久2年に高杉晋作が上海に渡り、清が欧米の植民地になりつつある状況や、キリスト教徒が軍事組織を作って大規模な反乱を起こした太平天国の乱など、海外の情勢を見聞して帰国してくると、藩内では尊皇攘夷派が台頭してきていて、各藩の志士たちと交流し、活動を活発化させて行きました。
    幕末から、明治維新へのうねりの中で、高杉晋作や伊藤博文、木戸孝允、井上馨らの長州藩士や、西郷隆盛や大久保利通、坂本龍馬などの勤皇の志士たちが薬医門をくぐったであろうと想像するだけで感無量でした。

    旅行時期
    2016年02月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    3.0
    山口県庁前
    人混みの少なさ:
    4.0
    観光客はいなかった
    見ごたえ:
    4.0
    歴史を感じる佇まい

  • サビエルかシャビエルかそれが問題か

    投稿日 2016年03月19日

    サビエル記念聖堂 山口市

    総合評価:3.0

    イエズス会の宣教師の一行が薩摩に上陸したのが天文18年(1549)のこと、平戸、博多、周防を経て、堺から京に上り、「布教の許可を得るため日本国王に謁見する」望みは果たせず、平戸に置いてあった献上品を携えて、周防守護の大内義隆と謁見したところ、布教の許可とともに、拠点としての大道寺の提供も受け、山口市に日本で最初の常設の教会が誕生しました。
    「以後よくハゲめよキリスト教」という年代暗記の文言とともに、記憶に刻み込まれているフランシスコ・ザビエルが布教活動を行っていた山口市での具体的なエピソードや、いろいろな苦労があったことをしのべて、かなり面白かったです。

    旅行時期
    2016年02月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    3.0
    貸し自転車で回った
    コストパフォーマンス:
    4.5
    入場料などはない
    人混みの少なさ:
    4.0
    平日ということもあり観光客はゼロ

  • 藩主とともに歩んだ菩提寺

    投稿日 2016年03月19日

    洞春寺 山口市

    総合評価:4.0

    毛利氏の祖は源頼朝の側近・大江広元、多くの功績によって得た所領のうち、相模国毛利荘を受け継いだ四男李光が毛利を名乗ったことに始まり、承久の乱などの戦功により幕府内での地位を高め、その後の浮沈を乗り越え、南北朝の動乱期に安芸国吉田荘に移ってきたようです。
    室町後期の安芸は、管領・細川氏や尼子氏など東の幕府勢力と、西の守護大名・大内氏との激しいつばぜり合いの中、27歳で家督を継いだ毛利元就がじわじわと勢力を拡大し、次男は吉川家へ、三男は小早川家へ養子に出し、大内氏が殺害された混乱に乗じて、所領を大きく拡大、出雲尼子氏との戦いで長男隆元は喪ったものの、中国8カ国を一代にして治める西国最大の戦国大名になり、元亀2年、吉田郡山で老衰のため75で亡くなりました。
    山口市にある臨済宗建仁寺派洞春寺は、毛利元就の菩提寺で、この地には大内泰見が建立した国清寺があり、毛利家が防長に移ってきてから毛利隆元の菩提寺となっていました
    もともと毛利元就の孫・輝元によって安芸吉田城内に開基されたのが始まりで、関が原の役の後山口市に移り、萩に城が築かれると萩へ移り、維新に際して山口市に屋形ができるとこの場所に移るといった変遷をたどり、現在に至ったようです。
    藩主とともに転生し、栄枯盛衰を見つめてきた菩提寺には、国清寺創建当時と考えられている山門があり、厨子裏の銘板に永享2年(1430)建立と記された観音堂があり、14世紀の中頃からおよそ200年に渡って勢力を誇った大内氏の文化と、それを継承した毛利氏の文化が色濃く残り、西の京として繁栄を極めた栄華の一端がうかがえました。

    旅行時期
    2016年02月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    3.0
    貸し自転車で回った
    人混みの少なさ:
    4.0
    平日で人の気配はなかった
    見ごたえ:
    4.5
    由緒ある建造物

  • 庭園の見事な禅寺

    投稿日 2016年03月16日

    常栄寺 山口市

    総合評価:4.5

    雪舟庭で有名ですが、平成24年に造られた「無隠」と呼ばれる前庭も趣があり、本堂南側の昭和43年に重森未玲氏によって造られた「南溟庭」も見事な枯山水で、本堂北面の雪舟に造らせたと伝わる室町時代からの「雪舟庭」と、庭園だけでも見ごたえは充分です。
    常栄寺は山に三方を囲まれていて、雪舟庭を越えて、山へ上って行くと、中腹には、弘法大師堂、薬師如来堂、毘沙門堂が建立されています。
    山門、鐘楼門も立派で、本堂には千手観音菩薩が安置され、臨済宗東福寺派としての静謐な修行の場ではあるのですが、庭園の素晴らしさには目を瞠り、心が洗われるようでした。

    旅行時期
    2016年02月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    3.0
    貸し自転車でめぐった
    人混みの少なさ:
    3.0
    人ではあっても敷地が広い
    見ごたえ:
    4.5
    庭園が素晴らしい

  • 涙でネズミが描けたなら

    投稿日 2016年03月16日

    常栄寺雪舟庭 山口市

    総合評価:4.5

    雪舟は、応永27年(1420)備中に生まれ、京都相国寺で修行ののち、康正2年(1456)頃に守護大内氏の庇護を受け、周防に来住したそうです。
    14代当主大内政弘が別邸として建てたところに、現在の常栄寺があり、雪舟に築造させたと伝わる庭園が代々引き継がれてきたようです。
    山なみを表した石がまばらに置かれた芝生の向こうには大きな池があり、向かって右の奥深くには滝石組があって、その前に鯉魚石ががあり、登竜門にちなみ、深山幽谷に至るという地割、これは人生における修行そのものであり、学問であれ、芸事であれ、仕事であれ、すべては幾多の山路を乗り越え、大海原を渡り切り、険しい道のりを経てひとかどとなれるのであって、時の流れの風雪に耐えた作品を残し、子供の頃から修行にいそしんだ雪舟の偉大な人生を、この庭に託したのかもしれません。
    余白の多いところが禅の庭らしく、自然には一切のうそやごまかしがなく、見つめるのは雑念や煩悩にとらわれている自分自身であって、目の前にあるものと真摯に向き合って、その世界観と対話するだけのような気がしてきました。

    旅行時期
    2016年02月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    3.0
    貸し自転車でめぐった
    人混みの少なさ:
    3.0
    観光客はいても広いので気にならず
    見ごたえ:
    4.5
    敷地は広大

  • 国を守った尊い志

    投稿日 2016年03月16日

    山口県護国神社 山口市

    総合評価:3.0

    山口県護国神社は、昭和14年に始まった「招魂社を護国神社に改称する制度」により、一県全体の戦没者を祀る神社として、原則、一県に一社建立が認められた指定護国神社として山口市に建立され、幕末の戊辰の役、西南の役、日清戦争、日露戦争、支那事変、大東亜戦争などにおける山口県出身者5万2千百余柱の神霊を祀って、現在に至っているそうです。
    境内には、社務所や参集所のほか、「山口県戦没者妻」によって建立された「母子像」や、満蒙開拓青少年義勇軍制度が昭和13年にでき、応募した2469名のうち、終戦により異国に骨をうずめた300余名の拓友の遺徳をしのぶ「拓魂碑」や、昭和9年に誕生した陸軍少年飛行兵は全国5万名余りに及び、山口県からも多くの少年がはせ参じ、その多くは散華することとなった亡き友をしのぶ「少飛碑」や、日中戦争時に編成され、昭和4年から湖北省に出動、宣昌作戦や長沙作戦で活躍後、昭和20年に対ソ戦準備のため北上、満州の四平に到着した時に終戦を迎えた藤233連隊、悟207大隊、振起602大隊の戦友一同により建立された「永遠不滅」の碑や、終戦後の進駐軍に配慮して忠魂碑の文字が削られた「忠魂碑」や、東京裁判により刑場の露と消えられた33柱を鎮魂するために建立された「殉国烈士碑」などがあり、厳粛な気持ちになりました。

    旅行時期
    2016年02月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    3.0
    貸し自転車でめぐった
    人混みの少なさ:
    5.0
    ほかに参拝者はいなかった
    見ごたえ:
    4.0
    歴史を知ることができた

  • 福井が生んだ浪花の春団治

    投稿日 2016年03月14日

    らーめん 川藤屋 ダイエー甲子園店 西宮・芦屋

    総合評価:3.0

    甲子園で野球を見る前に立ち寄りました。
    川藤幸三選手は、福井県の若狭高校から阪神に入団、昭和48年から61年までの19年間、阪神一筋に屈指の人気者として君臨し、通算771試合出場、994回打席に立ち、895打数211安打、打率,236、16本塁打、打点108、盗塁29と余り輝かしくはない成績を残しながら、一軍のベンチに座りつづけ、存在感を示しつづけた功績は偉大で、記憶に残る野球選手としては一流のものがありました。
    甲子園球場で野球観戦の前に、ダイエーの地下2階にある「らーめん川藤屋」を見つけ、話のネタにもなると思い、入りました。
    注文したのは「餃子定食」で、餃子のほかにラーメンと茶碗飯がついていました。
    「男気」とは、腹一杯になるボリュームなのだと納得しました。

    旅行時期
    2015年09月
    利用した際の同行者
    一人旅
    利用形態
    ディナー
    アクセス:
    4.0
    阪神甲子園駅前
    コストパフォーマンス:
    3.0
    腹一杯にはなる
    サービス:
    3.0
    普通のラーメン店
    雰囲気:
    3.0
    野球好きならいいかも
    料理・味:
    3.0
    ボリューム満点
    観光客向け度:
    4.0
    甲子園の土産話に

  • 写実を超えた造形美

    投稿日 2016年03月14日

    興福寺国宝館 奈良市

    総合評価:5.0

    国宝館は、僧侶が集団で食事を取る食堂が建てられていた場所に、奈良時代の創建当初の外観を復元し、昭和34年(1959)に耐火式宝物収蔵庫として、鉄筋コンクリート造で建設されたそうです。
    飛鳥時代の銅造仏頭、奈良時代の乾漆八部衆や乾漆十大弟子像、平安時代の板彫十二神将像や銅製灯籠、鎌倉時代の木造金剛力士像や木造天燈鬼龍燈鬼像などが展示され、悠久の歴史を感じさせるとともに、余りの存在感に気おされて、言葉もなく、ただ見とれるばかりでした。

    旅行時期
    2015年09月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    4.5
    近鉄奈良駅から徒歩5分程度
    コストパフォーマンス:
    5.0
    国宝・重文勢ぞろい
    人混みの少なさ:
    2.5
    観客は多い
    展示内容:
    5.0
    最高!

  • すぐそこにある国宝

    投稿日 2016年03月14日

    興福寺 奈良市

    総合評価:4.0

    さかのぼれば天智朝山背国山階寺、天智7年(669)藤原鎌足が重病を患った際に夫人の鏡女王が回復を祈願して造営したと伝えられ、飛鳥を経て、和銅3年(710)に藤原不比等によって現在の地へと移され、興福寺と名づけられたそうです。
    明治維新の神仏分離により、所領を失い、荒廃していたものの、明治8年(1875)から西大寺住職によって管理され、復興への多大な尽力が始められ、明治33年にようやく建造物や仏像の修復が始まり、廃仏毀釈の大混乱から落ち着きを取り戻したようです。
    現在は、奈良公園の一部として、囲いや門などもなく、誰もが自由に出入りできるようになっていますが、俗の空間とは一線を画し、伽藍としての荘厳さや、信仰の場としての静謐さが必要な気もしてきました。
    国宝や重要文化財を身近で見られることに不満はありませんが、建造物の価値の高さの割に、余りも無防備なのには、ちょっとだけ違和感もありました。

    旅行時期
    2015年09月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    4.0
    近鉄奈良駅から徒歩5分ほど
    人混みの少なさ:
    2.0
    無料のため混雑している
    見ごたえ:
    5.0
    充分すぎるほど

  • にぎわう街中にそびえ立つ復興天守

    投稿日 2016年03月06日

    小倉城 小倉・北九州市中心部

    総合評価:3.0

    昭和34年に鉄筋コンクリート造で再建された復興天守です。
    平成26年には耐震工事も完了したようです。
    建物内部は、城下のジオラマや甲冑や大名籠などがあまり脈絡なく置かれた博物館です。
    小倉城は、関ヶ原の戦いのあと、丹後から豊前中津に入封した細川忠興が、慶長7年(1602)から7年かけて築城し、居城、細川家が寛永9年(1632)に肥後へ転封すると、播磨明石から小笠原忠真が入封してきました。
    幕末には長州藩との戦いの場になり、小倉藩は敗北して、退却、幕府滅亡が確実視される事態となりました。
    小倉駅から、人出が多くて、にぎわいを見せるアーケードを抜けると、目の前に天守がそびえ立っていました。
    野面積みの石垣は、趣があってよかったです。

    旅行時期
    2016年02月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    3.0
    アーケードを抜けて15分くらい
    人混みの少なさ:
    3.0
    城内は少なかった
    見ごたえ:
    3.0
    野面積みの石垣は素晴らしい

  • 高野山墓めぐり

    投稿日 2016年03月03日

    高野山奥の院 高野山周辺

    総合評価:4.0

    弘仁7年(816)に弘法大師が真言密教の道場を開いた開創の地であり、承和2年(835)に入定の地であり、現在も聖地として信仰を集め、多くの参詣客でにぎわっています。
    一の橋から御廟橋までの2kmほどの参道には、樹齢数百年のスギもある木立の中、歴史上有名な人物を含むおびただしい数の墓碑が連なっていて、厳粛な気持ちを持ちながらも、ついつい知っている戦国大名の墓に吸い寄せられてしまいました。
    織田信長や明智光秀、前田利家など、案内の地図を見ながら確認し、手を合わせました。
    御廟橋から先は聖域で、撮影や飲食などは禁止され、弘法大師の御廟や灯籠堂があって、おごそかな雰囲気の中、参詣しました。

    旅行時期
    2015年09月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    3.0
    南海の電車とバスで
    人混みの少なさ:
    3.5
    人出は多い
    見ごたえ:
    4.5
    充分にあり

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