bluejaysさんのクチコミ(47ページ)全1,027件
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- 基本情報
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投稿日 2015年02月13日
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投稿日 2015年02月13日
総合評価:5.0
奇蹟の洞窟前には行列ができているが、泉を流す水道があるので、そこから水を汲むことができる。近くの売店では、聖母マリアの形をした聖水入れボトルを売っているので、ルルドで汲んだ証拠になる。
奇跡の泉は万病に効くと言い、泉に足を浸した人が歩けるようになり、松葉杖を捨てて帰ったなどという話を聞く。車椅子の人が大勢列を成し、現地には松葉杖が多く捨てられているが、私自身は、松葉杖を捨てて歩いて帰った人を見ていない。
フランスの作家アナトール・フランスは、ルルドを訪れたときこう言った。
「義足がないところを見ると、足が生えてきた人はいないようだ。」- 旅行時期
- 2013年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 4.5
- コストパフォーマンス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 1.0
- 展示内容:
- 5.0
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投稿日 2015年02月13日
総合評価:4.0
11世紀にエドワード懺悔王が建設し、1245年にヘンリー三世が再建した。1066年以降は歴代のイングランド王の戴冠式が行われている。戴冠式の椅子は、スコットランドの「運命の石」をはめ込むサイズに作られたが、石は現在はエジンバラ城に展示されている。
ここでロイヤルウェディングも行われ、歴代の王や著名人が埋葬されている。
人気のスポットなので、長蛇の列ができている。ロンドン・パス所有者には優先入場があり、早く入れる。内部の撮影は禁止。- 旅行時期
- 2012年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 5.0
- コストパフォーマンス:
- 2.0
- 人混みの少なさ:
- 1.0
- 展示内容:
- 4.0
-
投稿日 2015年02月13日
総合評価:3.5
オーヴェル城は、17世紀にイタリアの銀行家ザノービ・リオニによって建設された。正面にはフランス式庭園がある。1987年に歴史的建造物に指定され、ヴァル=ドワーズ県の管理下に入り、1994年印象派絵画記念館として公開された。
ゴッホが自殺を図った地は、ここの裏だとする説がある。- 旅行時期
- 2012年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 3.5
- コストパフォーマンス:
- 3.0
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投稿日 2015年02月13日
総合評価:4.0
1890年に自殺を遂げたフィンセント・ファン=ゴッホは、ガシェ医師によってこの村の墓地に葬られた。弟テオはその6か月後にオランダで急逝し、現地に葬られたが、1914年に墓は未亡人によって兄の墓の隣に移された。フィンセントの才能を信じていた兄弟は、後の名声を見ることなく死去した。
なお、ゴッホ最期の地はラヴー亭で、彼が自殺を図った地は特定されていない。- 旅行時期
- 2013年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 4.0
- コストパフォーマンス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 展示内容:
- 4.0
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投稿日 2015年02月13日
総合評価:5.0
ゴッホが人生最後の70日余りを過ごした家。4畳ほどの彼の部屋が当時のまま公開されている。1階にはカフェが再現され、食事ができる。
精神を病んだゴッホはガシェ医師に迎えられ、ここで70点以上の作品を制作した。「オーヴェルの教会」や「カラスのいる麦畑」などは彼の代表作となっている。
なお、彼が銃で自分を撃った場所は、特定されていない。- 旅行時期
- 2013年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 4.0
- コストパフォーマンス:
- 4.5
- 展示内容:
- 5.0
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投稿日 2015年02月12日
総合評価:4.5
アビニョン・サントル駅(アビニョン駅ではない)を出ると、すぐに立派な城門と城壁が見える。教皇庁が置かれていた14世紀に建造されたもので、高さは5メートル近くある。アビニョンは、中世の城塞都市の面影を色濃く残した街だ。
- 旅行時期
- 2013年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 5.0
- コストパフォーマンス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- 展示内容:
- 4.5
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投稿日 2015年02月12日
アヴィニョン歴史地区:法王庁宮殿、司教関連建造物群及びアヴィニョン橋 アヴィニヨン
総合評価:5.0
1309年にフランスに入った教皇クレメンス五世は、イタリアが侵略され帰れなくなり、プロバンス伯領内アビニョンのドミニコ会修道院に落ち着き、教皇庁を仮設した。以後1377年まで7代の教皇が滞在した。
「旧宮殿」はベネディクトス十二世が、新宮殿はクレメンス六世が築かせたものである。- 旅行時期
- 2013年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 3.0
- 景観:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 1.5
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投稿日 2015年02月12日
総合評価:5.0
1431年にジャンヌ・ダルクが処刑されたマルシェ広場に、1979年に建てられた教会。船をイメージした独特の構造をしている。高い十字架が、彼女が火刑にされた地を示している。聖ヴァンサン教会から移されたステンドグラスが美しい。
- 旅行時期
- 2013年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 4.5
- コストパフォーマンス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- 展示内容:
- 5.0
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投稿日 2015年02月12日
総合評価:4.0
ルーアンの裁判所は、15~16世紀にかけて建てられた建築物で、上部にはルネサンス様式の彫刻が施されており、まるで宮殿のように見える。ここでジャンヌ・ダルクの裁判が行われた。
第二次大戦で損壊し、修復された。- 旅行時期
- 2013年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 4.0
- コストパフォーマンス:
- 5.0
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投稿日 2015年02月12日
総合評価:4.5
1階がインフォメーションセンター、2階が博物館、3階がコンサートホールになっている。
作曲家ドビュッシーが生まれて2歳まで過ごした家で、博物館には彼のデスマスクなどゆかりの品が展示されている。入場は無料。- 旅行時期
- 2013年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 4.5
- コストパフォーマンス:
- 5.0
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投稿日 2015年02月12日
サン ジェルマン アン レー城 (国立考古学博物館) サン=ジェルマン=アン=レー
総合評価:2.5
RERのサン=ジェルマン=アン=レー駅を出てすぐ。
12世紀に築かれ、16世紀から17世紀には王の居城となり、ベルサイユ宮殿建設中にはルイ14世が半年間暮らした。城の内部は、国立考古学博物館となっている。- 旅行時期
- 2013年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 5.0
- コストパフォーマンス:
- 4.0
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投稿日 2015年02月12日
総合評価:4.5
サン=マロは、海に突き出した独特の地形が要塞化された街である。ランス川河口を見張る要塞はローマ時代以前からあったもので、現在の市街地は6世紀に、聖アーロンと聖ブレンダンが設立した修道士の居住地が原型である。聖ブレンダンの弟子聖マロが街の語源になった。
12世紀に築かれた城壁からは、雄大な海の眺望が広がる。海岸線から少し離れた沖にはグラン・ベ島とプチ・ベ島が見える。グラン・ベ島は、干潮時には歩いて渡ることができるが、そこにはサン=マロ生まれの作家で後に政治家となったフランソワ・ルネ・ド・シャトーブリアンの墓がある。彼はシャトーブリアン・ステーキの語源となった人物である。- 旅行時期
- 2013年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 4.5
- コストパフォーマンス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 展示内容:
- 5.0
- 美しい
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投稿日 2015年02月12日
総合評価:4.5
フランスでは有名な保養地で、マリンスポーツのメッカでもあるサン=マロは、日本では近年「のだめカンタービレ」で注目されるようになったが、16世紀には海賊「コルセール」の根拠地として悪名を馳せた。
サン=マロ駅からは遠く、歩くと30分かかるが、市バスもある。城壁に囲まれたこじんまりした町で、道は狭くタクシーは渋滞しやすいので、旧市街の中では乗らない方がよい。石畳で坂もあるので、歩きやすい靴で行くこと。シーフードレストランがいっぱいある。- 旅行時期
- 2013年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 4.5
- 景観:
- 4.5
- 人混みの少なさ:
- 3.0
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投稿日 2015年02月12日
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投稿日 2015年02月12日
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投稿日 2015年02月12日
総合評価:5.0
アジャクシオ空港に着くと、公共交通手段はないので、タクシーに乗るが、田舎なので英語が通じない。それでもナポレオン生家に行くことはわかってもらえた。
生家に通じる小路に面した通りも狭く、運転手がフランス語で何か言っているのが理解できなかったが、降りてみると後ろが渋滞していたので、「早く降りろ」と言ったのだろう。
小路を入ると、黄色い4階建てのビルが彼の生家である。父親はコルシカ貴族だったようだが、思ったよりも慎ましい家だった。彼はこの2階で生まれ、生誕の間が残っている。
帰りは港まで歩き、船でマルセイユに渡った。- 旅行時期
- 2013年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 1.5
- 公共交通なし。港から徒歩で行ける
- コストパフォーマンス:
- 4.5
- 人混みの少なさ:
- 4.0
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投稿日 2015年02月12日
総合評価:2.0
ゴールデンウィークだったせいか、日本から北京に行く便が遅れたが、北京からロンドンに行く便も遅れた。飛行機は空港ビルより離れた場所で停止し、タラップカーで降りて、巨大なバスで到着ゲートまで移動する。
関西から北京への飛行機は、トイレが最後部に2個所しかない。トイレに行きたくても、通路が異常に狭いので配膳中はすれ違うことができない。北京からロンドンへ行く飛行機は、十数時間のフライトなのにトイレが4箇所しかない。座席の間を詰めているので、膝が前の座席についてしまう。非常口の前にも座席があるし、機内にコンセントはないし、入国カードを機内でもらえなかったので入国審査に手間どった。
ロンドンには18時ころ着く予定で、2・3箇所観光したかったのだが、ホテルに着くのが日没を過ぎてしまったのでできなかった。これでは日本を早朝出る便にした意味が全然なく、1泊ホテル代を払うために早く出たようなものだ。こんなことなら、日本の夕方発・ロンドンの翌日早朝着にした方がよかった。
男性のキャビンアテンダントに“Can I have a wine?”ときいたら “Say please.” と言われた。
北京首都空港では、wi-fiは登録しないと使えない。中国の法律で、トランジットであっても出国・入国の手続きをせねばならず、手荷物検査のときロンドンの免税店で酒など液体を購入した人は、みんな没収された。私は、ロンドンで珍しいジュースを3本買ってあとで飲むつもりだったが、没収されそうになったのでその場で3本一気飲みした。
中国の航空会社は使わないことを勧める。- 旅行時期
- 2012年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 搭乗クラス
- エコノミー
- 航空券の価格
- 200,000円未満
- 直行便
- 経由便
- コストパフォーマンス:
- 4.0
- 安い
- 接客対応:
- 1.0
- 反日アテンダントに注意
- 機内食・ドリンク:
- 2.5
- エンタメ(映画・音楽など)設備:
- 2.0
- 座席・機内設備:
- 1.0
- 狭い、トイレ少ない
- 日本語対応:
- 1.0
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投稿日 2015年02月11日
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投稿日 2015年02月11日
総合評価:3.0
白い大理石を用いたロマネスク・ビザンチン様式の大聖堂は、1875年の創建。モナコ公国歴代君主の墓がある。
グレース・ケリーとモナコ大公レーニエ三世との結婚式はここで挙げられ、両者の墓もここにある。
入場無料。- 旅行時期
- 2013年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 3.5
- コストパフォーマンス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0


























