1983/05/22 - 1983/05/23
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jijidarumaさん
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1983年の春を迎え、4月30日~5月1日にオランダのMuiden(Muiderslotマイデン城)、Markenマルケン、Volendamフォーレンダム、大堤防、Haarlemハールレム、そしてこの時期の観光の目玉Keukenhofキューケンホフ(ドイツ語ではコイケンホフ)のチューリップの花盛りを見てきた。
同じ年の5月、Pfingstenフィングステン(聖霊降臨祭)の休みを利用して、5月21日~23日、2泊3日の旅に出た。ベルギー・フランドル地方を中心にオランダの南部を一寸かすめて走る旅である。
写真はHotel Princess Julianaホテル プリンセス ジュリアナ
- 旅行の満足度
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
行程はデュッセルドルフからAachenアーヘン、ベルギーのLiegeリエージュを経由し、Bruxellesブリュッセル(ブリュッセル公園、Waterlooワーテルロー古戦場、市旧市街観光)、マナーハウスHostellerie Shamrock オステルリー・シャムロックに1泊、Gentゲント(フランドル伯の城、運河、旧市街観光)、Bruggeブルージュ(運河、旧市街観光)、Antwerpenアントワープ(ステーン城=海洋博物館)など見て、
オランダのMaastrichtマーストリヒト(城塞都市)、Valkenburgファルケンブルク(城址と洞窟の見学、Hotel Princess Julianaホテル プリンセス ジュリアナに1泊)、そしてデュッセルドルフに戻った。
行程は凡そ900kmを走った事になる。
写真はMaastrichtマーストリヒト近郊のValkenburgファルケンブルクのMap -
ファルケンブルクの町のメイン通りを行くと、町一番のHotel Prinses Julianaホテル プリンセス ジュリアナ(=ユリアナ)が見えた。
写真はValkenburgファルケンブルクの様子 -
イチオシ
3星・全15室と小ぶりだが、オランダ女王ジュリアナが若い頃、度々、このホテルに滞在している。
子供たち二人は本館の部屋に、私共は瀟洒な館に泊まることになった。
こぢんまりした館の前庭にはライラックの白と紫の花が見事でした。
写真はファルケンブルクのHotel Princess Julianaホテル プリンセス ジュリアナ
(1流の証明、ルレ・シャトー加盟ホテルの正面、レストラン、私共が宿泊した別館) -
夕食はテーブルの準備ができるまで、別室で食前酒のサービスを受けました。
雰囲気の良いレストランでフランス料理のフルコースをいただき、大変満足したものです。
写真は1983年5月22日~23日セピア色の思い出:Hotel Prinses Julianaホテル プリンセス ジュリアナの夕食、ファルケンブルクの城址 -
翌日、天気にも恵まれて、オランダ100選の古城・城址に選ばれていると云う、高台にある17世紀以降、廃墟となっているRuine Valkenburgファルケンブルクの城址に登った。
眼下に灰色と赤茶の屋根が混じった街並みを周辺の景観と共に見渡すことができた。
写真は1983年5月22日~23日セピア色の思い出:ファルケンブルクの洞窟と高台の城址、マーストリヒト(城塞都市)の城門、修道院 -
この城の最初は1115年頃にファルケンブルクの騎士、Goswin I. von Heinsbergハインスベルクの ゴスヴィン1世が築城した事に始まる。
1122年、この城は Grafen von L?・wenレーヴェン伯の攻撃で落城した。その後も何度も再建されるものの都度破壊され、1672年、最終的に城址となった。
写真はValkenburgファルケンブルク:高台の城址 -
ファルケンブルク城には緊急時の脱出用通路が地下に準備されているそうです。
城址から下ると、その近くに3つの洞窟(Fluweelengrotベルベットの洞窟、Gemeentegrot共通の洞窟、Lourdesgrotルルドの洞窟)があった。
それはかつて泥灰岩(でいかいがん:marlマール石という。堆積岩たいせきがんの一つで、粘土質成分と石灰質成分とがまじった、泥岩と石灰岩との中間的な岩石)の建築用石材を掘り出した際にできた洞窟でした。
写真はValkenburgファルケンブルク:Fluweelengrot_biechtstoel ベルベットの洞窟・礼拝堂 -
その内、オランダ語でFluweelengrotベルベットの洞窟(Daalhemerweg27)と称する洞窟に入った。内部は約5kmの迷路状になっているそうだが、そのうちの一部約800mを見ることができる。
洞窟内には木炭で描かれた壁画や彫刻がたくさん並び、当時のままの姿で保存されていた。
絵葉書にあるように、礼拝堂、大きな亀、巨大な古代の魚類のようなものも見られました。
写真はValkenburgファルケンブルク:Fluweelengrotベルベットの洞窟 1 Daalhemerweg・・・ワニの様な彫刻 -
この洞窟はかつて信仰者の隠れ家に利用されていたとか、第二次大戦中はユダヤ人や町の人たちが、ドイツ軍の攻撃から身を隠していたと云われている。
写真はValkenburgファルケンブルク:クリスマス時の洞窟入口 -
<ファルケンブルフ洞窟>
かつて泥灰岩を採掘した際にできた洞窟である。
今日では様々なイベントに利用されているが、Coalmine Valkenburgファルケンブルフ鉱山のように地下トンネルをツアーでまわることができるらしい。
<ファルケンブルフのクリスマスマーケット>
このユニークなクリスマスマーケットはファルケンブルフ洞窟で開かれている。洞窟内のマーケットはヨーロッパ最大級のものと云う。
https://www.kerststadvalkenburg.nl/en/inspiration/christmas-market-velvet-cave-valkenburg/
写真はValkenburgファルケンブルク:ベルベットの洞窟 -
今は洞窟内のクリスマスマーケットがたいへん有名になって、
季節になると観光客でいっぱいなのだとか。
・・・・・
写真はValkenburgファルケンブルク:ベルベットの洞窟内のクリスマスマーケットファルケンブルグの洞窟のクリスマスマーケット 専門店
-
2013年秋(10月14日(月)~10月28日(月)15日間)、ドイツとベネルックスの旅はドイツ・メルヘン街道、ミュンスターラントの水城と、オランダ・マーストリヒト、ベルギー・ルクセンブルクのアルデンヌ地方の古城を巡った。
<10月21日(月);201km 、18℃、曇り後晴れ>
7:00起床、朝食(8:00 ~8:30)後、9:35にWeezeヴェエツェ をスタート。->L?・B9・L? 5km Schloss Wissen ->L?・B9・58・A73・N293 103km Herkenboschヘルケンブッシュ ->L?・N570・271・A73・L? 75km(Maastrichtマーストリヒト)->L?・A2・A79・N590・L? 16km Berg en Terblijtベルグエンテルブレイト・Kasteel Geulzichtカスティール ゲウルティヒト城 17:00到着。ゲウルティヒト城から、->L?夕食の為、隣町Houthem St. Gerlach(Valkenburg)を往復する。->L? 2km 夕食後、ゲウルティヒト城に19:40着。
写真は2013.10.20.Schlossruine Hertefeld古城ホテル ヘルテフェルト城:俯瞰Schlossruine Hertefeld Hotel ホテル
-
昨日、独蘭国境にあるドイツ・WeezeヴェエツェのSchlossruine Hertefeld古城ホテル シュロスルイネ ヘルテフェルトに一泊した。
<Schlossruine Hertefeld古城ホテル シュロスルイネ ヘルテフェルト>
D-47652 Weeze 、Hertefeld 1
Tel. +49-(0)2837-2035
http://www.hertefeld.com/de
“Superior”DZ(45㎡の広い部屋・メゾネットの2&3階)はEuro119+朝食Euro13x2=26 合計Euro145(19,824円)。
この部屋はホテル棟の右から3つ目、事務所のすぐ上にあった。
Hotel Garni ;4星・全6+18=24室。夕食用のレストランが無いので、数百メートル離れた村内のレストランで食べる事になる。
写真は2013.10.20.Schlossruine Hertefeld古城ホテル ヘルテフェルト城:城址傍に立つ塔・・・ここにスイートがあり、下の円天井の広間で朝食を食べた。 -
イチオシ
Weezeヴェエツェの町はレンベックからは西に55kmの独蘭国境にあり、古城ホテルのヘルテフェルトはB9に沿った村の郊外にある。
近くにFlughafen Weezeヴェーツェ空港(Flughafen Niederrheinニーダーライン空港)が2003年に民間運航を開始している。
年間152万人の利用客があり、ヨーロッパ内でも急速に利用を伸ばしている空港の1つだそうだ。
かつては独空軍、第二次大戦後は英空軍が使用していた軍用空港であった。
ヘルテフェルト城の歴史:
騎士の居城として、1317年に初めて歴史資料に登場する。
Hertefeldヘルテフェルト家であったと思われるが、この頃、城主のStephan II. von Hertefeldシュテファン2世は近くのKleveクレーフェ伯の封土を受けていたようである。
写真は古城ホテル シュロスルイネ ヘルテフェルト:広い庭園の中に立つ古城ホテル -
19世紀、この家系は姪Alexandrineアレクサンドリーネに相続され、彼女の長男にドイツ帝国時代の外交官であり、政治家であったPhilipp Friedrich Alexander Fuerst zu Eulenburg und Hertefeld, Graf von Sandelsフィリップ・フリードリヒ・アレグザンデル・オイレンブルク・ヘルテフェルト侯爵、ザンデルス伯爵(1847~1921年)がいる。
プロイセン王国内相のフリードリヒ・アルブレヒト・オイレンブルクは彼の叔父であり、また、宰相を務めたボート・オイレンブルク伯爵は兄にあたる。
フィリップ・オイレンブルク・ヘルテフェルト侯爵はドイツ皇帝ヴィルヘルム2世の側近として重用されたが、*Harden-Eulenburg-Affaereハルデン(ジャーナリスト:告発者)・オイレンブルクと称された「同性愛のスキャンダル事件」により政治生命を断たれた。
*1907年から1909年まで続いた、ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世の閣僚や側近が同性愛者として糾弾されたことに始まるスキャンダルで、この指弾が名誉棄損となるかを争う一連の法廷闘争が展開された。
このような小さな古城にもドイツ皇帝ヴィルヘルム2世が悩まされた歴史があるから面白い。
・・・・・
写真はヘルテフェルト城のホテル棟:右から3つ目窓の部屋 -
10月21日、この城からも5kmと近いSchloss Wissen古城ホテル ヴィッセン城にも寄った。残念にも水濠を大改装中で、城内・中庭に入るのも遠慮せざるを得なかった。
<Schloss Wissen古城ホテル ヴィッセン城>
D-47652 Weeze 、Schlossallee 21
Tel:+49 (0) 28 37 - 91 31-0 、Fax: 91 31-91
http://www.schloss-wissen.de/
4星・全17室。この城はオランダ国境や宗教都市・ローマ軍団の地XantenクサンテンやParkhotel Wasserburg Anholt古城ホテル アンホルト城にも近い。
写真は2013.10.21.Schloss Wissen古城ホテル ヴィッセン城:城の秋 -
ヴィッセン城の歴史:
最初の城は1372年にウィーズの教区にハインリック・ファン・ストラーテルが城を建てることをアドルフ・フォン・クレーフェ伯爵が許可した。
ストラーテルはフランダース生まれ。クサンテンのヴィクトルスティフィスからこの地を拝領した。
1401年にケルンの大司教ヴェネコンポネのための祭壇が城に設けられた。
1440年ストラーテルの最後の男性の跡取りが亡くなると、彼の娘が城を売りに出した。それをオランダのライン地域の通貨で、9450ギルダーでヨハン・ファン・デン・ローが落札した。
彼の息子が花嫁リザベト・フォン・ビーレンブロックと結婚した祝いに買った。
写真は2013.10.21.Schloss Wissen古城ホテル ヴィッセン城:訪れる人もない城の秋 -
1497年にヨハン2世クレーフェ公爵はロー家の公爵への忠実な臣下ということで褒美をつかわせた。領地の独立した主権を持つことができるようになった。
1550年にオランダ・ルネッサンス様式の切り妻屋根に出窓の様式の屋敷がソフィア・フォン・ネッセルローデとフランツ・ファン・デル・ローの結婚に際して建てられる。
1770年にはフランス式のバロック様式の屋敷も建て替えられた
そして、500年の歴史を誇るニーダーラインの騎士の家系Loeロー家一族の居城であり、居城の一部をホテルとして使用している。
・・・・・
写真は2013.10.21.Schloss Wissen古城ホテル ヴィッセン城:水堀の様子 -
その後、国境に沿って南下してオランダに入った。
今日はオランダだが、ほんの少し南の端を通るに過ぎない。直接、ベルギーに行ってしまっても良い距離なのだが、古城・古城ホテル好きとしてはこの地域は通過できない。
写真は2013.10.21.ロマンチックホテル・カスティール ・デーレンブロエック城:城門Kasteel Daelenbroeck - Hampshire Classic ホテル
-
Maastrichtマーストリヒトの近郊には驚くほど、古城ホテルが集中している。
例えばKasteel Wittemカスティール ヴィッテム城、Hotel-Restaurant Kasteel Erensteinホテル レストラン カスティール エレンスタイン城、Bilderberg Kasteel Vaalsbroekビルダーベルク カスティール ファールスブルク城、Hotel Kasteel Bloemendalカスティール ブロエメンダール城、Chateau St. Gerlachシャトー セント ヘルラー城、及び姉妹城でレストランのみのChateau Neercanneシャトー ネールカンネ城、
そして宿泊予定のKasteel Geulzicht - Hampshire Classicカスティール ゲウルティヒト城・ハンプシャー・クラシックなどをあげる事が出来る。
結果的に3つの古城ホテルを訪ねるだけに終わってしまったが・・・
写真は2013.10.21.ロマンチックホテル・カスティール ・デーレンブロエック城:城門拡大 -
ドイツからオランダの道に入ると、その差が歴然とする。やはりドイツは富んだ国である。この為、オランダのアウトバーンは制限速度のある高速道路で、時速100km又は120kmと云うのが多い。スピードを抑えて、事故を防止せざるを得ない道路なのだ。
ベネルックスは久しぶりで、慣れない道を走るのは怖いものだし、ドイツ語に慣れた頭には道路の標識のオランダ名がサッと頭に入ってこないので、走っていても落ち着かない気分になる。
写真は2013.10.21.ロマンチックホテル・カスティール ・デーレンブロエック城:水城の景観 -
写真は2013.10.21.ロマンチックホテル・カスティール ・デーレンブロエック城:18世紀の水城の景観
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ともあれ、距離100kmで目的のHerkenboschヘルケンブッシュにあるオランダの古城ホテルRomantik Hotel Kasteel Daelenbroeckロマンチックホテル・カスティール ・デーレンブロエック城に至り、駐車場に着いた。
写真は2013.10.21.ロマンチックホテル・カスティール ・デーレンブロエック城:デーレンブロエック城の天守から見る中庭と緑濃い自然環境の周辺 -
<Romantik Hotel Kasteel Daelenbroeck
ロマンチックホテル・カスティール ・デーレンブロエック城>
Tel:+31(0)475-532465 Fax:‐536030
http://www.daelenbroeck.nl/duits/kdb_home.html
4星・全20室。オランダの古城ホテル デーレンブロエック城(ホテルチェーン:ハンプシャー クラシック ホテルに属する)は蘭独国境から数kmにある。
ドイツViersenフィアーゼンの南西30km、リンブルク州の半ばに位置し、Maastrichtマーストリヒトの北東55kmにある。
国立公園マインウェフ ナショナル パーク内に位置しているので、周辺は緑濃い自然環境の中に立っている。
写真は2013.10.21.ロマンチックホテル・カスティール ・デーレンブロエック城:天守閣と中庭 -
デーレンブロエック城の歴史:
1311年にドイツWassenbergヴァッセンベルク(ここも現在古城ホテルだ)の領主 Godfried von Heinsbergゴットフリード・ハインベルクがこの地を購入し、broeckブロエック として知られている湿地帯に水城を構築した。
それ以来、城主は度々交代し、現在の城主になって、大改装を行った。
写真は2013.10.21.ロマンチックホテル・カスティール ・デーレンブロエック城:中庭とレストラン棟 -
敷地内にHauptburg本丸、Vorburg一の丸(17世紀)、 Schlosshof中庭を配し、ホテル、テラス、レストラン、カフェなどがある。
http://www.youtube.com/watch?v=zyYsrz-haCM
写真は2013.10.21.ロマンチックホテル・カスティール ・デーレンブロエック城:レストラン -
【お茶:ロマンチックホテル・カスティール・デーレンブロエック城】
11:50~ 12:30 Euro15(1,537円)
予定ではビジネスランチでもと思っていたが、そこまでお腹が減っていないので、お茶にした。
写真は2013.10.21.ロマンチックホテル・カスティール ・デーレンブロエック城:紅茶の様々なブランド -
コーヒーと紅茶で、Linburger Vaaiご当地風アップルパイを頂いた。
・・・・・
写真は2013.10.21.ロマンチックホテル・カスティール ・デーレンブロエック城:お茶 -
写真は2013.10.21.ロマンチックホテル・カスティール ・デーレンブロエック城:レストランも洒落ています。
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イチオシ
デーレンブロエック城で30分ほどお茶をして、更に100kmを走り、Valkenburgファルケンブルク(フォルケンブルグ)の町(人口17千人)に入った。
ファルケンブルクはMaastrichtマーストリヒト(城塞都市)の近郊にあり、Geulゲウル川(全長58km・マース川の支流;ベルギーではムーズ川という)沿いの保養地としても知られている。
写真はValkenburgファルケンブルク:2013年、閉業中のHotel Prinses Julianaホテル プリンセス ジュリアナ(=ユリアナ)ホテル レストラン ユリアナ ホテル
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イチオシ
この日、A2・A79・N590と少し遠回りだが、この町に思い入れもあり、立ち寄ってみた。
街のメイン通りを行くと、懐かしいHotel Prinses Julianaホテル プリンセス ジュリアナ(=ユリアナ)が見えた。3星・全15室と小ぶりだが、オランダ女王ジュリアナが若い頃、度々、このホテルに滞在した由緒あるホテル。
アレ!つぶれてしまっている!あの瀟洒な館も貸部屋になっている様子だ。
写真はValkenburgファルケンブルク:Hotel Prinses Julianaホテル プリンセス ジュリアナ(=ユリアナ)の別館だった建物は2013年、貸部屋になっていた。 -
グルメレストランでの美味しいフレンチ料理、道路の反対側にあった館に宿泊して、ファルケンブルクの洞窟を見学したのはもう30年以上も前の事だ。
どうしたのか、由緒あるホテルなのに残念な事だと思った。
尚、今回調べてみると、かつてのホテル プリンセス ジュリアナと同じ場所に復活したホテル(さすがにプリンセスの名を取ったが)があった。以下がそれである。
<Hotel Restaurant Juliana ホテル・レストラン ジュリアナ
(正式名はJuliana Restaurant Hotel & Garden Club)>
Broekhem 11, 6301 HD Valkenburg
https://www.juliana.nl/en
写真はValkenburgファルケンブルク:Hotel Restaurant Julianaホテル・レストラン ジュリアナの今 -
3星・全12室(部屋数が減ったのは別館が無いためのようだ)。
客室は最近改装済みと云う。4500㎡の庭園が素晴らしい。
ホテルやレストランはモダンな様子に変わっている。
マーストリヒト市まで12.4km、マーストリヒト・アーヘン空港まで10.4kmと便利な位置にある。
・・・・・
写真はValkenburgファルケンブルク:Hotel Restaurant Julianaホテル・レストラン ジュリアナの庭園 -
ファルケンブルクから、N590で戻るように丘の上を走る。
さて、古城ホテルはこの辺だが?分からないなと、この道を行ったり来たりする。終に道を歩くお婆さんに聞く。“アー、そのホテルなら、あそこに見えるレストランの建物を右に曲がり、左に行って・・・後は又聞いた方が良いね。”そして、小父さんに聞く。“それならここから5つ目の角を右折し、下り坂を真直ぐ下の道に当たるまで下りて、そこで右に行くと、古城ホテルが丘の上に見えてくるよ!”と親切に教えてくれた。
お互いに聞きにくい第二外国語でアドバイスを受けたが、指示は誠に正確で、ホテルの標識を見つけてホッとし、ありがたい人たちだった。
ゲウルティヒト城に着くと、数台の車が既に停まり、全10室の小さな古城ホテルは人気がある様子だ。
写真は2013.10.21.Kasteel Geulzicht - Hampshire Classic20世紀の城・カスティール ゲウルティヒト城・ハンプシャー クラシックの正面オランダ:美しいゲウル渓谷にある古城ホテル ゲウルティヒト城 by jijidarumaさんホテル カスティール ゲウルツヒト ホテル
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<Kasteel Geulzicht - Hampshire Classic
カスティール ゲウルティヒト城・ハンプシャー クラシック>
NL-6325 PN Berg en Terblijtベルグエンテルブレイト、Vogelzangweg 2
Tel:+31 (0)43 604 0432
http://www.kasteelgeulzicht.nl/
Hotel・Garni:4 星・全10室のこぢんまりした古城ホテル。
現在は夕食用のレストランが無く、近くのレストランで食べる事になる。
連続2日がGarniガルニ(朝食のみ)であるのは珍しいことだが。
Weezeヴェエツェの町からは115km程だが、独蘭の国境地域の町MaastrichtマーストリヒトやAachenアーヘン から5.5kmの距離で、実に近い。
写真は2013.10.21.Kasteel Geulzicht - Hampshire Classic20世紀の城・カスティール ゲウルティヒト城・ハンプシャー クラシックの横正面 -
予想外な事に1918年にオランダの企業家により古典的なスタイル、ロマンチックな古城として建設されたものである。それでも100年近い歴史があるのだが。
現在、古城ホテルであるゲウルティヒト城はマーストリヒトの近く、ベルグエンテルブレイトにある。
美しいGeulゲウル渓谷に位置し、絵のように美しい森林に囲まれ、黄土色のネオゴシック様式の外観はロマンチックで、印象的である。
夜は古城がライトアップされて、美しい。ファザードの階段や手すり、3つの塔の最大のものは中世の天守閣のようだ。
城内のサロンは英国風の家具、彫刻、暖炉、天井の等の絵画、大理石で飾られていて、オランダの企業家が当時抱いた夢を感じる。地下蔵もあると云う。
写真は2013.10.21.Kasteel Geulzicht - Hampshire Classicカスティール ゲウルティヒト城・ハンプシャー クラシックの城内サロン -
テラスのある部屋は森側の静かな部屋、*Reinoutと云う名前がついていたが、帰国して調べてみると、これも驚いた。オランダ男性の一般的な名前で、ドイツ起源の名前だと云う。
あのカール大帝の叙事詩:
エーモンの4人の息子と漆黒の妖精馬バイヤールで登場するAymonエーモン公爵の4人の息子ルノー、リシャール、アラール、ギシャールをオランダ語ではVier Heemskinderen;Reinout 、Ritsaert、Adelaert、Writsaertと云い、最強の息子は Reinout(オランダ語でルノーと発音するのか分からない。ドイツ語だとReinholdラインホルト)だったとあった。
写真はアルデンヌの森の妖精馬バイヤールに乗る4人の兄弟:Dendermonde祭りの騎馬像
イヤ面白いことです。事前に調べたアルデンヌの伝説話が、このオランダにも伝えられていたのでしょう。
≪伝説:偉大なカール大帝に刃向かったエーモンの4人の息子と漆黒の妖精馬バイヤール≫
https://4travel.jp/travelogue/10902445
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(2018年9月30日編集加筆)
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ホテル カスティール ゲウルツヒト
3.08 -
ホテル レストラン ユリアナ
3.04
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旅行記グループ セピア色の思い出
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