1983/04/30 - 1983/05/01
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jijidarumaさん
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≪1983.04.30.~05.01.セピア色の思い出:オランダ小旅行(マルケン島、フォレンダム、大堤防、ハーレム、コイケンコフ)≫
ドイツのデュッセルドルフとオランダのロッテルダム間の距離は距離表によると177 kmである。
(出張で何度も往復したデュッセルドルフとフランクフルト間の距離もほぼ同じ183 kmを示している)
写真は1983年の5月1日Keukenhofコイケンホフ公園にて
- 同行者
- 家族旅行
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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当時、オランダには国際港湾都市のロッテルダムにロッテルダム支店(現地法人ではなく)があり、後輩が駐在していたこともあって、何回か訪問したことがある。
最初に訪れた時(1970年代の後半)は金曜日で、勤務が終わってから自宅に寄り、家族をピックアップして、アウトバーンに走り出した。もう暗くなった頃、ロッテルダムに着いた。・・・が、なんと私が後輩のアドレス・電話帳を自宅に置いてきたため、連絡できずに困ってしまった。
写真はオランダ地図 -
やむなく、デュッセルドルフに向かい夜道を戻り、自宅から後輩宅に電話して、心配して待っていた後輩に「明日行くから!」と伝えた。
バタバタと寝て、翌朝又ロッテルダムに向かい、無事に後輩一家と再会できた。先輩家族(私が彼ら夫妻の結婚式の司会をした仲)を迎える準備で奥さんも大変だっただろうが、一日遅れの食事会も先輩のチョンボを肴にして楽しいものになった。だから往復400kmを二度繰り返した計算になる。オランダは近いのだ。
・・・・・
写真はMarkenマルケン島、Volendamフォレンダム、Haarlemハーレムの絵葉書 -
1983年5月1日、メーデーの休みを利用して、前日からオランダ小旅行をした。
そして翌日の最後にコイケンホフ公園を訪ねた。
4月30日にデュッセルドルフから、アムステルダムの南東15kmにあるSchloss Muidenムイデン(ドイツ語読み)城のあるムイデンの町に向かった。
写真はMuidenムイデン・Schloss Muidenムイデン城の俯瞰マウデル城 城・宮殿
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行程はデュッセルドルフからアウトバーンA12で100km、独蘭の国境Arnhemアーネム(アルンヘム)に至り、そこからオランダに入り、Utrechtユトレヒトの横を通り、A27を北上する。
写真はMuidenムイデン・Schloss Muidenムイデン城の立つ河口 -
ライン川の支流である*Vechtフェヒト川の河口に出来た町ムイデンでは行き当たりばったりで、個人(オランダ人老夫婦経営の)のペンションに一泊した。親切なご老人たちは美味しい朝食を用意してくれた。
もっとも、有名なムイデン城の見学はせず、夕暮れ時に遠望しただけである。Graf von Holland・Zeeland Floris Vフロリス5世ホラント・ゼーラント伯が1280年に、ライン川の支流である*Vechtフェヒト川の河口に築城したもので、中々見事な古城だ。
かつて、この町に黒色火薬工場があり、度々爆発事故を起こし、多くの死者を出したと云う。
*フェヒト川が流れ込むアイセル湖(オランダ語:IJsselmeer アイセルメーア)の広さは約1250 km?で深さは5~6mと浅く、標高は海面下6mである。
20世紀になって、高潮被害防止と干拓事業を目的としたゾイデル海開発により建設された大堤防(アフシュライトダイク)によって、海から切り離され出来たのがこのアイセル湖である。
写真はMuidenムイデンのペンションと開閉橋で -
翌日は雨が朝から降る寒い日で、傘を離せずに*Markenマルケン島、Volendamフォレンダムを散策した。
マルケン島には船を通すための開閉橋(日本の勝鬨橋(かちどきばし)と同じ)で船の通過を待ち、島内に進んだ。
9時、オランダ独特の白く橋桁を塗った木橋を渡り、教会に向かう美しい民族衣装の女性を見ることも出来た。
アイセル湖畔の桟橋、島内の緑と白のペンキで塗られたメルヘンチックな家並み、其々の家の花壇にはもちろんチューリップが満開です。
写真はMarkenマルケン島巡り -
*マルケン島はオランダのアイセル湖にある小島で、アイセル湖でのウナギ漁などに従事する漁村であったが、1957年に2.5kmの堤防により陸続きとなった。民族衣装や跳ね橋の景観で知られる有数の観光地である。
緑と白で塗った木造の家、古い灯台や跳ね橋の景観、赤い縞模様のブラウスに黒いスカートという民族衣装に特色があり、土産用の木靴の製造も行われている。
次は10時20分、*フォレンダムに、少し雨も小降りになってありがたい。
港にあるマーケットに並ぶ、新鮮な海老や魚、オープンサンドも黒い民族衣装姿の漁師姿の男性がきれいに並べていた。
写真はMarkenマルケン島巡り、Volendamフォレンダム巡りフォーレンダム 観光案内所 散歩・街歩き
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港にあるオランダ料理のレストランDe Witte Havenデ・ウィッテ・ハーフェンで昼食を頂いた。観光客相手の店だが、お店の雰囲気はよく、記録が無いので食事内容は残念ながらわからない。
*フォレンダムはアムステルダムの北東20kmにあり,かつては漁業で栄えていた一漁村であったが、湖上の柱上家屋や村人の民族衣装姿が独特で、マルケン島と同じような観光地になっている。
写真はVolendamフォレンダムの町と大堤防上で -
12時40分、一気に高速道A7に乗って*大堤防(アフシュライトダイク)に至るが、高速道を下に見る大堤防は高さも7mと高いだけに北海の風が強く、寒く、早々に退散した。Uターンし、高速道をハーレムに向かった。
写真は大堤防(赤の線) -
*締め切り大堤防はオランダ北部にある世界最大の堤防で、アイセル湖と北海(ワッデン海)を仕切るためのものである。淡水化し水位を下げたアイセル湖の4箇所で大干拓地が造成された。大堤防は全長32 km、幅90m、高さ・海抜7.25mというもので、1927年に着工し、1932年に完工した。
写真は大堤防上に道を作ったアウトバーンの様子 -
Haarlemハーレム(ハールレム)ではSt.-Bavo-Kirche聖バヴォ(7世紀の聖人)教会、市庁舎を巡った。市庁舎前にキルメス(移動式遊園地)が来ていて、賑やかだった。
写真はHaarlemハーレム巡り市庁舎 建造物
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*ハーレムは町の中心部から北海沿岸まで約5km程度。スパールネ川沿いに位置する。印刷業のほか、チューリップやヒヤシンスなどの球根栽培も盛んである。人口は16万人。近隣の都市としては、約20km東のアムステルダムがある。
写真はHaarlemハーレム巡り:St.-Bavo-Kirche聖バヴォ(7世紀の聖人)教会 -
写真はHaarlemハーレム巡り:街中を流れるSpaarneスパールネ川
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写真はHaarlemハーレム巡り:跳ね橋De Gravestenenbrug
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写真はHaarlemハーレム巡り:風車Windmuehle De Adriaan
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その後、Lisseリッセのコイケンホフ公園に行った。
この季節になると、毎年のように訪れた場所だ。
もう時間的には遅く、午後4時の入場になってしまった。
写真はこの年の方が何故か、きれいな色合いで残っている。
写真はLisseリッセのコイケンホフ公園期待を裏切る事が無い、美しいコイケンホフ(キューケンホフ)公園 by jijidarumaさんキューケンホフ公園 テーマパーク・動物園・水族館・植物園
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コイケンホフ公園に入ると、可愛いチューリップ、紫のヒヤシンス、水仙、桜も咲く・・・花々が競い、世界で最も美しい公園と称されているのも納得だ。
とりわけ、白鳥の泳ぐ池の水辺を散策し、木立の間を歩く。楡の木立が苔むして、若芽も萌えてきた、この時期のチューリップは特に群生が素晴らしい。
写真はLisseリッセのコイケンホフ公園 -
この日は行程800kmの一泊旅行となった。
・・・・・
(2019年3月22日)
写真はLisseリッセのコイケンホフ公園 -
<Keukenhofコイケンホフ(キューケンホフ)公園>
NL-2161 AM Lisse 、Stationsweg 166A
https://keukenhof.nl/
ドイツ語読みでは「コイケンホフ」、オランダ語ではキューケンホフと呼ぶ公園はオランダのLisseリッセに位置する世界最大の花の公園である。
Keukenhofコイケンホフ(キューケンホフ)とはオランダ語で「台所公園」「キッチンガーデン」のこと。別名のヨーロッパの公園ともいう。総面積 32 ヘクタールの園地に植えつける花の球根は毎年700万球にのぼる (公式サイトによる)。
コイケンホフ公園のある南ホラント州のリッセは「砂丘と球根地域」と呼ばれる地域にあり、北のハーレム、北東のアムステルダムなど主な都市から近い。
例年、公園の公開は3月半ばから5月半ばの期間に決まっていて、天候に左右されるものの4月半ばころにチューリップの見ごろを迎える。
写真はKeukenhofコイケンコフのチューリップ -
その歴史:
15世紀の猟場を敷地にしたキューケンホフ公園は、かつてここで栽培したハーブがジャクリーヌ・ド・ナノーの居城に運ばれたことから「コイケンホフ」 (城の台所に花を届けた敷地)という名前がついたという。
ジャクリーヌの死後、地主は裕福な商人に代わり、17世紀、オランダ東インド会社の提督でこの地域を治めたAdriaen Maertensz Blockが1641年に大邸宅 (現在のコイケンホフ城) を建てると、ここで余生を送った。
19世紀の持ち主はVan Pallandtファン・パラント男爵カレルアン・エイドリアン夫妻で、造園家たちにコイケンホフ城を囲む庭をデザインさせた。
写真はKeukenhofコイケンコフのチューリップ -
庭園の開園は1949年。当時のリッセ市長のアイデアで、オランダ国内ばかりでなく広くヨーロッパ全域から造園家を招いて屋外球根展示会を開き、園芸種の球根のコンペの開催を決めたのである。これによってオランダの輸出産業を伸ばす意味もこめられた (オランダは世界最大の花卉(かき) の輸出国)。(Wiki)
尚、コイケンホフ公園を取り巻いてチューリップ農家の広大な畑が広がるものの、畑はコイケンホフ公園のような公共の土地ではなく、ほぼ全て私有地である。
・・・・・
写真はLisseリッセ郊外のチューリップ畑 -
昨年の1982年の5月1日(メーデーの日)にも、チューリップの季節にKeukenhofコイケンホフを日帰りの小旅行で訪れた。
二度目の駐在も1月19日に私が赴任し、家族が来独したのは3月26日、それから一月一寸で、国外に出たことになる。
デュッセルドルフからアウトバーンA12で100km、独蘭の国境Arnhemアーネム(アルンヘム)に至り、オランダに入り、A2・9・4・44をUtrechtユトレヒト、Amsterdam Airport Schiphol)アムステルダム・スキポール空港の横を走り、Lisseリッセでアウトバーンを降りた。
写真は1982年5月1日オランダ・コイケンコフにて -
途中、ゆっくり走る道すがら、見かけたオランダの風車、小さなオランダにも楡ニレの並木が続き、牧草も緑濃く広々として、赤いチューリップや水仙の黄色が広大な畑を埋めている景観もあって、オランダの代表的風景に気分も爽快になる。
写真は1982年5月1日オランダ・コイケンコフにて -
写真は1982年5月1日オランダ・コイケンコフにて
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先ほどまで、きついシャワーの雨が一気に上がって、車の汚れもすっかり綺麗になっている。今日はツイているようで、青空が出てきた。
片道合計250kmだから、この日は500kmの日帰り旅行だ。
写真は1982年5月1日オランダ・コイケンコフにて
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この旅行記へのコメント (2)
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- sanaboさん 2019/03/24 19:00:42
- コイケンホフ公園
- jijidarumaさん、こんにちは
表紙のお写真とコイケンホフ公園の文字を目にした瞬間、
初めて知る公園だと思ってしまいましたが、なるほど…
ドイツ語ですとコイケンホフという発音になるのですね。
キューケンホフには私もフィルムカメラの時代に2度行きましたが
デジカメ持参でまた行きたくて仕方ありません。
ロッテルダムまで2日連続で往復され(トータルで800km近く?)
何事にも完璧な(と想像しております)jijidarumaさんとしては
あり得ないチョンボだったのですね(笑)
30数年前に昼食を召し上がった"De Witte Haven"という
レストラン名もきちんと記載され、決して風化することなく
鮮明な記録として残された素敵なセピア色の旅行記でした☆彡
お嬢様たちも懐かしく当時のことを思い起こされることでしょう。
sanabo
- jijidarumaさん からの返信 2019/03/24 19:33:15
- Re: コイケンホフ公園
- sanaboさん、
こんばんは。早々のコメントありがとうございます。
この写真はデジカメでないのでスキャンして、旅行記をつくりました。
1年差しかないのに写真も翌年分がきれいな色で残ったから不思議です。
ドイツ語表記のコイケンホフで覚えたから、キューケンホフの方が
違和感がありました。外国語はこの点厄介です。
ほんと!チューリップの素晴らしい季節に再訪したいものです。
今に比べると、何とも不便な時代で、今はナビもあり、車に電話も
ある時代、携帯さえあれば、何の不自由もない時代になりました。
もっとも、携帯忘れたら、同じ事でしょうけど(笑)。
若い時でしたから、2度の往復も苦にしなかったけど、帰りの道は
もちろん真っ暗で、さすがに車中の皆が黙りこくっていました。
時たま、この話が家内から出ます。
長女の所に我が家の娘たちにそっくりな孫娘二人ができて、可笑しみが
ありますが、その内、アルバムや旅行記に興味を持ってくれると
良いのですが・・。その長女一家も怖いソウルから19日に無事に帰国
しました。海外向きな彼女たちは現地の生活をとても楽しんだそうです。
jijidaruma
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