2021/11/06 - 2021/11/06
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kojikojiさん
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京都2日目は京都駅前からバスに乗って嵐山の天龍寺前まで行きました。昔とルートが変わっているようで、松尾橋を渡って阪急の嵐山駅から渡月橋を渡りました。天龍寺に入ってまずは方丈の見学と庭園の見学です。今まで妻とは何度も天龍寺に来ていますが、中を見ていなかったようです。4年前の法事では母を連れてきた思い出の場所でもあります。紅葉もちょうどよい時期でしたが、翌週からの紅葉祭りの前でとても空いていました。お寺の見学の後は同じ境内の塔頭の中にある祖父母のお墓参りをしました。母が亡くなった報告も出来たような気がします。その後は渡月橋の袂の「琴きき茶屋」から地元の友人たちへ名物の桜餅と桜湯を宅急便で送りました。帰るのがまだ1週間先なので持っては帰れません。この週末は横浜から友人夫婦が来て、翌日のお茶会にも参加することになっていました。お昼から合流するのですが、まだ時間があるのでボートに乗ることにしました。妻と最後にボートに乗ったのは中国雲南省の昆明以来でした。しかも中国のボートは電動でしたが、ここでは自分で漕がなければなりません。まずは上流に向かって漕ぎますが、水量が少ないせいかいわばではそこをこすったりしました。妻とは保津川下りはしていましたが、ボートで保津川を上ると言ったら鼻で笑われました。流れは緩いのですが、昔の嵐峡館(現在の星のや京都)までは行きました。途中予約してある「松籟庵」という湯豆腐料理の店も川面から見えました。時間までボート遊びをして大堰川沿いを「松籟庵」に向かいます。最後の石段で友人夫婦と合流して店入ると一番眺めの良い座敷を用意してくれていました。午後3時には叔母と待ち合わせしていたので「吉兆」に向かいました。一応4人でお茶会の手伝いのつもりでしたが、行ってみたら役に立たなさそうなので早々に切り上げて嵐山界隈をぶらぶら散歩しました。話しながら歩いているうちに常寂光寺まで歩いてしまい、竹やぶから出てきたタクシーで錦小路まで送ってもらいました。西から東まで歩いて新京極を四条通りに出て先斗町から祇園花見小路に向かいます。この日も午後7時に店を予約してありましたが、時間を早めてもらい早めの晩御飯にしました。お肉が食べたいという要望で「安参」の座敷を予約してありました。下のカウンターも良いのですが、こちらは予約できません。この店に初めて連れてきてくれたのは父でしたが、元気な頃は美味しいものを食べに行くのが好きな人でした。その次はアメリカ人の友人を連れてきましたが、生肉を食べながら「悪魔に魂を売っているみたいだけどおいしい!」と絶賛していました。さぁ明日は本来の目的のお茶会です。ちょっとナーバスな気分になってきました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- ショッピング
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 20万円 - 25万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 船 タクシー ANAグループ JRローカル 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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リッチモンドプレミアムホテルの朝食は1階のレストランです。通常時はビュッフェスタイルのようですが、コロナ禍のこの時期は6種類のセットメニューからの選択になっていました。予約前にこの朝食が気に入って7泊分予約しました。
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飲み物はセルフサービスですがジュースや牛乳が8種類ほどあります。セルフのコーナーは備え付けのはビニール手袋が必須です。
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お茶に至っては11種類もあって、京番茶や煎茶などから紅茶まで幅広く揃っています。もちろんコーヒーもあります。
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それ以外に部屋で飲むように持ち帰りのコーヒーメーカーもありました。
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初日の朝は鯛茶漬けにしてみました。メインのおかず以外は全部おかわりも出来ます。
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鯛は大きな切り身が6切れほどなので、2膳に分けておかわりしてしまいました。お出汁もおかわりできるのが良かったです。
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妻はシンプルに焼き魚定食で、焼き魚は鯖塩焼きと鮭でした。それ以外のおかずは同じです。小鉢は日替わりなので飽きることはありませんでした。
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京都2日目の朝は京都駅前からバスに乗って嵐山に向かいます。
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いつか登ろうと思っていても後回しにしてしまって登ったことのない京都タワーが朝日に輝いてきれいでした。12日間の旅ではほとんど快晴の天気だったので助かりました。
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駅前でちょうど出発する市バスに乗ってみると、三条通りを経由しないで松尾橋から松尾大社を経由していくというルートでした。いつもは太秦を経由するバスで祖父母の家に行っていたのでいつもと調子が違います。
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松尾橋を通過すると車窓から桂川がきれいに見えました。
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渡月橋を通過して「天龍寺」の前でバスを降りました。数年前に法事で来たときは歩けないほどだった渡月橋も朝早いせいかガラガラでした。
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放生池の畔に白鷺が1羽いました。放生会という法事は放ち亀や放ち鳥などの行事が行われ、放生会で亀や魚を逃がすために寺院等に設けられた池を放生池といういいます。放たれた魚をこの白鷺が狙っているようです。タイではタンブンと呼ばれて、籠に入った小鳥を放ったこともありますし、中国江南の朱家角では放生橋の袂で金魚を放ちました。
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大堰川越しの嵐山の山並みも紅葉がだいぶ進んでいます。この日は11月6日で、翌週末から嵐山の紅葉祭りが始まる前でしたが十分に美しかったです。
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駐車場の先に法堂(はっとう)が見えてきました。禅宗建築は多くが南面、つまり建物の正面が南側に向いた形で建設されています。これは中国から「王者南面」の思想が伝わったものが踏襲されているためです。京都御所も同じ考えで造営されています。禅宗寺院である天龍寺の法堂は東面で建てられているのが特徴の1つでもあります。
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子供の頃に行った法堂で見た雲龍図は明治32年の1899年に鈴木松年によって鏡天井に描かれた龍の絵でした。これは痛みが激しくなり、平成9年の1997年の法堂移築100年を記念して加山又造が新しい雲龍図を制作しています。
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新しい法堂の天井画を見たことはありませんが、絵葉書で見ることが出来ました。
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駐車場には山茶花の花が咲いていました。山茶花は実家の庭に何本か植えてあり、母が手入れしていたのを思い出しました。童謡の「たきび」の歌詞が頭に浮かんできます。
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妻と話していましたが、山茶花と椿は同じ椿科の植物なのでよく似ています。見分け方は山茶花の方が葉っぱが小さいことと、花が落ちるときは椿は花全体が首が落ちるように落ちます。山茶花は花弁が1枚づつ落ちます。後はツバキの花は筒状の形をしていますが、山茶花は平べったい花です。
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天龍寺に来るのは4年振りで、その時は法事のために来た母と一緒でした。その時と1週間違いだったので同じような紅葉を眺めていたのだと思います。
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今年の夏に行った松島の瑞巌寺は臨済宗妙心寺派の寺院ですが、同じ臨済宗の寺院なので庫裏の建物の姿がよく似ています。
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妻とも何度も来ている天龍寺ですが、中に入るのは初めてでした。
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まずは庫裏から方丈に向かい、曹源池に向かいます。午前10時前なので空いているのが良かったです。池の名前の由来は庭園を作成していた夢窓国師が池の泥を堀りあげたところ、池の中から「曹源一滴」と書かれた石碑が現れたという言い伝えによるものです。この石碑は池の泥ではなく池を造る際に滝の水の中から現れたとも言われています。
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曹源一滴とは「一滴の水は、あらゆる物の根源である」という禅語で、「曹源一滴水と言われることもあります。「曹源」というのは禅の世界では「曹渓の源泉」を意味しています。曹渓とは中国で禅宗の流れを確立させたと言われる慧能禅師のことです。
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日本にまで伝えられて信者を増やし広まった禅宗も、元を辿れば「曹源一滴水」で曹渓の一滴の水を源として大きな流れになったということです。
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曹源池庭園は「池泉回遊式庭園」と呼ばれる日本庭園の形式に則って作成されています。池泉回遊式庭園は大きめの池を庭園の中心に置き、その周囲に園路を巡らせ、園路を歩くということを前提にして作庭する庭園です。
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遠山石は庭園内では不老不死の仙人が暮らすという「桃源郷」もしくは「蓬莱山」をイメージして配置されるなど奥行き感を出すための演出目的で用いられることが多いです。一番奥では2つの大岩を配置して龍門の滝を演出しています。龍門の滝は登竜門の故事にちなんだもので、鯉が滝を登ると龍になれるという、その滝を庭園内に再現しています。滝の脇にはこの滝を登ると言う「鯉魚石(りぎょせき)」が配置されています。
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大方丈には見事な雲龍図がありました。東西を仕切る襖の絵は昭和32年に物外道人によって描かれたものです。物外道人とは若狭物外といい、富岡鉄斎門下の山田介堂に学んだ富岡鉄斎唯一の孫弟子です。天龍寺第8代管長である関牧翁老師の友人で、昭和32年の1957年にこの方丈襖絵を描き上げています。
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大方丈の東側から曹源池を切り取ってみると額絵のように見えます。
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小方丈には天龍寺の住職だった平田精耕老師によって書かれた達磨図が掛かっています。4年前にここで記念写真を撮った母がいないと思うと寂しい気分になります。
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小方丈からも曹源池を切り取ってみます。
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こちらから眺める曹源池と借景になっている嵐山の姿も美しいです。
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小方丈の西北から上り坂に併せて屋根付きの廊下が設けられています。右手に祥雲閣や甘雨亭の茶室を見ながら大堰川の流れを楽しみます。
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この屋根付きの廊下は好きです。特に誰もいないタイミングが美しいと思います。
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途中には休憩できるのも良いですし、高低差があるのも良いです。
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突き当りを左に曲がると頭上に鐘があるのが見えます。
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多宝殿は後醍醐天皇の尊像を祀る祠堂で、前に拝堂をもち、後ろの祠堂とを相の間でつないでいます。入母屋造の屋根とも調和し、中世の貴族邸宅を思わせます。
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この場所は亀山上皇が離宮を営んだ際に後醍醐天皇が学問所とした地で、現在の建物は昭和9年当時の管長であった関精拙老師が完成させたものです。後醍醐天皇の吉野行宮時代の紫宸殿の様式と伝えられ、中央に後醍醐天皇の像と両側に歴代天皇の尊牌が祀られています。
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庫裏の入り口に貼ってあったポスターは昔の報道の天井の雲竜図でした。やはりこの雲竜図の方がしっくりきます。思わず柏手を打ちたくなります。
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達磨大師は禅宗の祖師であり、インドから中国に渡って禅宗を広めた人と言われている人物です。67年間インドで仏教を広め、100歳になって中国に渡ったと言われています。壁に向かって座禅の修行を9年続け、手足が腐るほどになっても座禅を続けたなど不屈の精神の持ち主です。
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かつて禅宗寺院の方丈の南側は儀式をとり行うための場所でした。その場所に清浄を意味する白砂を敷き詰めた「無塵の庭」を造りました。そんな枯山水の庭から庭園の参観に移ります。
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大方丈を周って曹源池の前にやってきました。大方丈の上から眺める景色と視線と高さが少し違うのですが、やはり建物の上からの方が美しく見えると思います。金閣寺の中に入ったことがあるのですが、鏡湖池の景色は建物の中から見たほうがきれいだと思いました。桂離宮の御殿でも同じことを思いました。
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庭園には床几が置かれていて、庭園を眺めることが出来ます。少し休んだら庭園を歩いてみましょう。
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「竜胆(りんどう)」は晩秋に藍紫の鐘状の花を咲かせる野草で、葉が笹に似ているので「笹竜胆」とも呼ばれます。 「竜胆」とは漢名で根の味が竜の胆のように苦いことから名付けられたといいます。
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多宝殿の前に来ました。先ほどは右側の廊下を上がってきたところで、後醍醐天皇の像があった建物です。後醍醐天皇というと北条氏をたおして建武の新政を行ったことと、鎌倉幕府を倒そうと企てたが失敗し、島根県にある隠岐に流された印象が強いです。50年近く前に隠岐の島を旅した時はそんな天皇の足跡を訪ねた記憶があります。
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旅をした11月上旬は艶蕗(つわぶき)がきれいに咲いていました。葉っぱの形は全く違いますが、夏の旅で北海道で見続けた反魂草(はんごんそう)の花によく似ていると思いました。
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曹源池の奥の百草苑の庭園の紅葉もちょうど盛りのようでした。
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百草苑の草花には看板が掲げてあるので名前が分かりました。時期的に花の咲いているものは少ないのですが、秋冥菊もきれいに咲いていました。それと同時にこんな漢字だったのだと改めて勉強になります。
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嵐山はどこを歩いても竹林が美しいです。
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この時は空いていたので静かに散策できましたが、この日の午後や翌日はものすごい人出でした。紅葉祭りの始まる翌週はもっとすごかったとニュースで流されていました。
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そろそろ天龍寺の参拝を終えて本来の目的に戻らなければなりません。
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庭園を見終わった頃から参観の客さんの姿も多くなってきました。早い時間に参観を終えておいてよかったです。
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本来の目的は天龍寺の塔頭の松巌寺です。ここに外祖父母のお墓があります。ここへお参りするのも母と法事で来たとき以来です。
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祖父母と叔父のお墓を掃除して、母が亡くなったことを報告しました。もうすでにあちら側で会っているのだと思いますが。
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何回来てもこの土塀の前で写真を撮ってしまいます。
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まだお昼前ですが、少し小腹が空いてきました。
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嵐山に来て必ず寄るのが「琴きき茶屋」です。東京に帰るのはまだ1週間先なので、地元の友人たちに桜餅と桜湯を送りました。
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その足で隣にある茶屋で名物の桜餅をいただきます。京番茶によく合う甘さです。
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1つはこし餡を使わずに真っ白な道明寺餅を塩漬けにした桜の葉で挟んだもので、桜の葉の香りと風味が存分に味わえます。もう1つは道明寺餅をこし餡で包んで嵐山をかたどったものです。餅米の感触を残しながらも歯切れよく、こし餡のさっぱりとした甘さも特徴です。
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この日は横浜から来る友人と午後1時30分に待ち合わせです。時間まで1時間以上あるので久しぶりにボートに乗ってみました。1時間1500円で時間がつぶせます。
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嵐山でボートに乗るのは25年振りだったと思います。妻と最後にボートに乗ったのは中国の昆明の湖で、電動ボートだったので楽ちんでした。
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ここでボートに乗ると必ず上流を目指してしまいます。自分的には保津川登りと呼んでいます。
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岩の上に見えるのはお昼を予約している「松籟庵」という湯豆腐屋さんです。ここは何度も来たことがあり、妻とも来ています。横浜から来る友人は初めてなので楽しみにしています。
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保津川を下ってきたボートはこの辺りからゆっくり進むので、琴ヶ瀬茶屋の物売りボートが横付けしています。小学生の頃は夏休みになった7月20日過ぎから8月のお盆過ぎまで嵯峨の祖父母に家に預けられていました。なので何度か鵜飼を見に来ることがあり、イカ焼きやおでんを買うのが楽しみでした。
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ボートを漕いでいるこちらは大変ですが、妻は暇を持て余しているようです。
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だいぶ上流に上がってきたので周囲にボートの姿はありません。
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まだまだ上流に向かいます。この秋は水量が少ないようで、何度か岩に乗り上げたり底を擦ってしまいました。
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夏に行った釧路の湿原のカヌーに比べたらすごい労力です。
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昔はお昼を食べに来たり、泊まったこともある「嵐峡館」の建物です。この25年の間に旅館は「星のや京都」に変わってしまいました。渡月橋の袂からボートで船着き場まで来るというシチュエーションは昔のままです。大浴場から対岸を走るトロッコ電車や渓谷美をきれいに見ることが出来ました。
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ヒドリガモは冬の渡り鳥です。他にも数種類の鴨がすいすい泳いでいます。こっちは必死にボートを漕いでいるのに。
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「松籟庵」もこの辺りでボートを降りていければ近いのですが、周囲は断崖絶壁です。電話をしてみると嵐山に向かっている友人夫婦はクラウンプラザにチェックインしてタクシーで向かっている最中のようです。
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時間に合わせて渡月橋の近くまで下ってきました。
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ボート乗り場の向こうにお昼の後に行く「嵐山吉兆」が見えます。一歩中に入ると表の喧騒とは全く別の時間が流れているところです。午後3時30分に集合なので、それまでにお昼を済まさなければなりません。翌日のお茶会の準備のお手伝いということで参加しますが、実際のところは当日失敗しないように下見です。
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ちょうど1時間でボートを降りました。翌日の日曜日の午後はこの辺りはボートで埋め尽くされていました。
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先ほどボートで通過したところをとぼとぼ歩いています。途中で降りられれば降ろしてあげたいところでした。
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先ほどボートの底を擦った辺りを貸し切りの屋形船が通っていきます。
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大堰川沿いの道の突き当りまで来ると、観光客の人の姿もほとんどありません。御座山に登る感じで階段を上がります。途中で友人夫婦に追いつかれました。
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こんな山の中に「松籟庵」の入り口があります。30年ほど前はもっと山深かったのですが、だいぶ整備されたと思います。
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お店への道もきれいになっていてびっくりしました。お昼の予約は午前11時30分と午後1時30分と午後2時30分の3階になっていたので、午後1時30分に予約していました。
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かなり早い時期に予約を済ませてありました。この日も予約のお客さんで満席のようでした。
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大部屋の座敷ではなくて、個室が用意されていました。目の前は絶壁で保津川から大堰川に名前が変わる辺りの景色が見えます。眼下を屋形船が行き交い、紅葉も見える一番良い部屋だと思います。
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近衛文麿公の別邸だった建物なので造りは立派です。書画家である女将の作品がたくさん飾られています。以前はそんなことはなかったので経営が変わったのかもしれませんが詳しいことは分かりません。
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これから3日間御馳走尽くしなので、この日のお昼は軽く湯豆腐としていました。
「松葉」というコースで予約していました。
・先付け
・八寸盛り
・湯豆腐
・揚げ出し豆腐
・ご飯
・香の物
・デザート -
森嘉の嵯峨豆腐の湯豆腐です。お豆腐はおかわりも出来ます。
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食前酒には梅酒が出ますが、まずはビールをいただいてのどを潤します。
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冷たいお豆腐は雪塩をかけてさっぱりと美味しいです。
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八寸の盛り合わせは12時の位置から柿、茶わん蒸しあんかけ、粟麩味噌田楽、鰆の塩麹焼き、焼きパプリカ、鶉卵の柿、ローストビーフ、胡麻豆腐、焼き海老、大根なます、椎茸の黄味焼き、八幡巻と生麩、金柑の羊羹と盛りだくさんです。
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湯豆腐が炊けてきました。やっぱり京都の豆腐は美味しいです。途中から日本酒もいただきました。
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揚げ出し豆腐と白ご飯とちりめん山椒とお漬物。京都のご飯といった感じです。
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デザートは豆腐のアイスクリームに生八つ橋と黒蜜。これも美味しかったです。
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大阪ではこてこての料理が多く、昨晩も中華料理だったので、久しぶりにさっぱりしたお料理をいただきました。友人夫婦とも久しぶりの再会なので話が弾みます。
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食事の後は大広間の奥のテラスに出て、嵐山の景色を楽しみます。昔はこんなテラスは無かったですし、年を重ねるうちに木々もだいぶ育ってしまっているような気がしました。
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大広間では午後2時30分のお客さんの準備が出来ていました。
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同じルートで川沿いの道を戻りました。
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叔母と合流して「嵐山吉兆」に入ります。若いころは夏のボーナスを持って京都に来て、叔母や祖母に御馳走していました。30歳くらいまでは鮎を食べに「平野屋」に行ったり、今は無くなってしまった「桜田」にも「招福楼」と縁があったので何度も通いました。お茶屋さんいも通いましたので授業料をいっぱい使いましたが良い勉強にもなりました。
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翌日は150人を超えるお茶会なので、前の日はお昼までの営業で、午後遅くからの準備になりました。すべて叔母の持ち物で設えるので何も飾られていない状態です。
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欄間には光琳の鹿がたくさんいます。
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部分的に銀の鹿も紛れています。
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お茶11月ということもあるので、炉と風炉の両方を掛けるとのことです。
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このお座敷は24歳の夏に祖母と伯母を初めて吉兆に招待した時の部屋です。大きな魚籠に入った鮎の料理の設えや、氷を持った桶に半分に割った瓢箪に焼いた丸石でイセエビを焼く料理など見事なお料理は還暦を迎えても鮮明に覚えています。
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妻を「嵐山吉兆」に連れてきたことが無かったのでこれで一安心です。
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床の間に吊られた杉球の飾り。これだけが吉兆さんの設えです。
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この庭の向こうは川沿いの賑やかな道とは思えない静寂な世界です。春の桜もきれいですが、夏の終わりからの萩もきれいなお庭です。
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一緒にご飯を食べた祖母ももういないと思うと寂しいものです。
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一応手伝いということで来てみましたが、お社中さんの手際のよい動きを見ていたら役に立たなさそうなので引き上げることにしました。茶道など嗜まないので明日失敗しないように手順だけ聞いておきます。
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この奥のお座敷にも行ったことがありますが、こちらはお昼のお客さんの片づけが済んでいないので中は見に行きませんでした。
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おばにはお茶会の写真を頼まれていますが、そのことがちょっと心配です。当日はそんな心配など不要だったことが分かるのですが、この時はちょっとナーバスになっていました。
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さあ退散して4人の旅を楽しみましょう。
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時間が早まってしまったので、久しぶりに嵐山の観光コースを歩いてみることにしました。午前中に比べて格段に観光客の数も増えているようです。
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「野々宮神社」に来たのも数十年振りです。中学の修学旅行が最後かもしれません。中学校までの同級生のお母さんがこちらからお嫁に来たということを思い出しました。ここにも吉兆の文字が見えます。明日失敗しないようにお願いしておきます。
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だんだん暗くなってきましたが、「落柿舎」の辺りは風景も変わっていませんでした。祖父の自転車を借りて嵐山中を走り回った中学生の夏休みを思い出しました。大覚寺や広沢の池の北の天皇陵辺りまで行った記憶があります。
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「常寂光寺」まで歩いて偶然通りがかったタクシーに乗って錦小路まで行ってもらいました。
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到着したころにはすっかり日が暮れていました。「錦小路」に来るのも久しぶりです。
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昔は母の従兄が「鳥羽庄」という魚屋さんを営んでいました。現在あるお店とは違う名前だけが同じ店です。母は結婚前にその従兄に連れられて市内の数々の料理屋さんに行ったと言っていました。その伯父である叔父に作ってもらった鱧の湯引きのおいしさは忘れられません。
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その時以上の牡丹鱧を食べたことはありません。また梅肉と生山葵を混ぜたもので食べると美味しいということもその伯父から教わりました。それ以来その食べ方でないと美味しく感じません。
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子供の頃は松葉カレイが1枚90円とか100円で買えたので、自分のお小遣いで買って帰ったことがありました。家に帰って、背の皮を剥いて洗濯ばさみで1晩干したものを焼くと何とも言えない美味しさでした。そんなカレイも気のせいか大きなものになって、値段も6倍くらいになっています。
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「津之喜酒舗」の親父さんに呼び止められて樽に入った新酒の試飲をさせていただきました。杉樽の香りがとても良いうえにお酒もおいしいので「都ノ鶴」という大吟醸と樽酒の「桃の滴」を買い求めました。津之喜で注文して作らせているので美味しいです。目の前で瓶に詰めてくれます。
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もう伯父の店も無いですし、錦小路を歩いていても昔ながらのお店はだいぶ減ったと思いました。変わらないのは「錦天満宮」くらいです。
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久し振りに京都に来たのでお参りしておきます。
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友人夫婦は息子がまだ大学生なので、いろいろお願いすることが多いようです。我が家はもうシンプルになったので、義理の父の健康と妻の健康と自分の健康を願うくらいです。
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新京極を四条通りに抜けました。妻は「坂本漢方堂」の看板から目が離せないようです。
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四条通りにはかなりの人が出ていました。前の晩のタクシーの運転手さんの話しではコロナの緊急事態宣言の最初の頃は店が全部閉まって、街灯も消されたのでタクシーで走っていて怖かったと言っていました。
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晩御飯を予約した時間までかなりあるので、昨晩と同じルートで先斗町を歩いて、三条通りから白川沿いに歩きました。途中でお店に電話すると時間を早めても大丈夫だということなので1時間前倒しにしてもらいました。
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昨晩は明かりが消えていた「やげんぼり」も明かりが灯っていました。父と来た頃が懐かしいです。
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この日予約していたのは「安参」という有名な肉料理のお店です。ここへも父に連れてきてもらっていました。
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1階のカウンターは予約できないので、2階の座敷を予約してありました。父と来たときは1階だったので開店に合わせてきたのだろうかと思い出してみましたが…。隣に庄司歌江さんがいらしたのは覚えています。
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数週間前に行った伊勢の伊勢注連縄が掛けられていました。これは1年中掛けることが出来るものです。年が明けたら我が家にも飾る準備が出来ています。
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2階の表通り側の座敷は前にも来たことがありました。大津の仕事をしていた時に、アメリカ人のデザイナーの友人がショップのデザインチェックに来ていました。その友人と3人で来たのがこの座敷でした。アメリカ人にとって生肉を食べる習慣はあまりないうえに、心臓とかの部位なので「悪魔に魂を売っている儀式みたいだけど、おいしい!」と複雑な表情をしていました。
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今晩一緒の友人夫婦も共通の友人なのでそんな話で盛り上がります。まずは白菜の漬物をあてにビールを飲んで料理を待ちます。基本的にお任せです。
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「ツンゲ(タン)」は甘じょっぱいたれがよく合います。名前の由来はお客だった京都大学の医学生が医学用語をドイツ語で呼んだからだと聞いたことがあります。
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「ヘルツ(心臓)」基本的には部位が違ってもたれは一緒です。ここらでビールはやめて日本酒を注文しました。妻と友人は焼酎のロックです。
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卵の乗ったロースはほぼタルタルステーキです。どれもおいしいので橋が止まりません。
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「マーゲン(ミノ)」ミノ湯引きは梅肉とポン酢とタレが選べます。これもそれぞれ選んで食べ比べてみました。
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金箔入りの日本酒が美味しいです。
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焼き物はハラミのたれ焼きからスタートします。上等なお肉なので美味しくない訳がありません。お酒がどんどん進んでしまいます。
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箸休めには野菜サラダがちょうどよいです。
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続いてタンの塩焼きです。タレと塩が交互に出てくるのが良いです。料理は途中で止めることもできますし、量の加減も出来ます。
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テールの煮込みからは量を少なくしてもらいましたが、箸は止まりません。茹で卵とこんにゃくで味加減を調整します。
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テールの煮込みとタンの煮込みはソースをパンに漬けていただくのでお腹はどんどんいっぱいになっていきます。
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最後に名物のテールスープで締めて、1人14,000円でした。お酒飲みすぎたかな。おかみさんに見送られて祇園方面に歩きます。出がけに1階のカウンターを覗いたら舞妓さんが来ていました。南座の前からタクシーに乗って長い1日が終わりました。
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