2021/11/05 - 2021/11/05
893位(同エリア996件中)
kojikojiさん
- kojikojiさんTOP
- 旅行記1788冊
- クチコミ1205件
- Q&A回答73件
- 3,510,487アクセス
- フォロワー171人
「国立民族学博物館」の見学を午前11時にスタートしてすでに1時間が過ぎました。最初にミクロネシアなど太平洋の国々からスタートして、オセアニアから南北アメリア、そしてヨーロッパからアフリカと巡りました。これらはヨーロッパ以外はまだ行ったことのない国々が多く、いつか行ってみたいと思いました。中東を過ぎた後は東南アジアから南アジアとインド、そして東アジアと続いて行きます。この辺りのすべての国を行ったわけではありませんが、かなり足しげく通っています。その中でもインドネシアの影絵や舞踏や仮面、ミャンマーの操り人形、タイやカンボジアの舞踏の仮面、中国の少数民族の衣装や民画と大好きなカテゴリーに移っていきます。この30年での旅行で通った国々での旅の思い出が溢れてきて感情を押さえられません。我ながらどれだけの日数を旅行したのだろうと思います。そして今まで名前の分からなかった仮面の名前などがすべて謎が解けたように分かりました。それだけでもここへ来た甲斐がありました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- ショッピング
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 20万円 - 25万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 船 タクシー ANAグループ JRローカル 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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見学が始まって1時間が過ぎましたが、まだこの先どれだけの展示があるのかが分かりません。まだ見ぬ国々の展示に夢が広がりましたが、ここからはある程度旅したこともある国々の展示が始まります。
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「穀倉」インドネシア/トラジャ
穀倉は稲穂や籾を貯蔵する倉庫で、また稲の霊の安息所でもあります。壁面を飾る水牛やニワトリや太陽などの彫刻はトラジャの神話や儀礼において重要な意味を持ちます。バリ島へ行くインドネシア航空の機内誌でトラジャについての特集を見ていつか行きたいと思っていますが、いつになることか。 -
東南アジアで広く使われる「笠」は日差しを防ぐために使われます。ヤシの葉や竹やラタンなどが用いられ、民族や地域によってさまざまな形や模様を持ちます。
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【旅の思い出】ベトナムのフエ郊外でノンラーという傘を作っていたおばさんのことを思い出しました。
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【旅の思い出】中国の桂林郊外を自転車に乗っていた現地のお姉さんの被っていた竹製の笠もカッコよかったです。
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中国の貴州省から雲南省、東南アジアの国々を旅していると見かける農耕具の多くは子供の頃に父の実家や大叔母の家で見かけたことのある懐かしさがあります。
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籠は主に山地に住む少数民族の方が用いる運搬用の背負うスタイルが多いです。ラタンや竹や樹皮を材料にして作られ、目的や用途によって様々な形をしています。そこが狭く上部の開いた背負い籠はインドネシアから台湾にかけて多く見られるそうです。
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タイのチェンマイのチャルンラート通りにソップ・モエ・アーツというインテリアの店があるのですが、こういった籠を日本人の女性がデザイン指導してリメイクしたものがありました。
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【旅の思い出】これを日本で職人さんに造ってもらったらすごい金額になると思いました。その細工の細かさは驚くほどなので、機内持ち込みにしてもらって抱えて日本に持って帰ってきました。茶籠とかできないかと思いながら、チェンマイを再訪する予定は今のところありません。
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キンマ入れについてもずっと知りたいと思っていたのでこの展示もうれしかったです。キンマは清涼感を与える嗜好品で胡椒科のキンマの葉に石灰とビンロウジというヤシ科の実とガンビール(阿仙薬)とタバコの葉を包んで噛みます。写真の上のミャンマーのバガンの漆器自体を「蒟醤(きんま)」と呼びます。20年位前はカンボジアのシェムリアップの市場のアンティーク屋ではアンティークの見事なキンマ入れが20ドルくらいで買えましたが、10年位前に行ったら最近造られたひどいものしかありませんでした。
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東南アジアの北部タイ系の民族の台所が再現されていました。これと全く同じような台所を見せてもらったことを思い出します。
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【旅の思い出】カレン族の現地ガイドとトレッキングしてたどり着いた村の家は高床でしたが、その床上に囲炉裏があるのが不思議でした。そしてよく火事にならないなと思いました。
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これはタイの住む山岳民族のアカ族の機織りの情景です。麻の糸で布を織っています。タイ北部を旅すると麻の畑をよく見る事があります。栽培についてはあまり厳しくないようです。
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【旅の思い出】アカ族は3つの支族があって、それぞれ帽子の形が違います。こちらはメーサーローン郊外の山の中で少数民族グッズを売りに来たおばさんです。なかなか商売上手です。
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東南アジアを旅していると町中でいろいろな乗り物のお世話になります。特に個人で旅しているとちょっとした移動に必要で、バイクタクシーから乗り合いトラックまでいろいろ乗りました。
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【旅の思い出】中国の蘇州の元旦の日はタクシーが捕まらなくて苦労したことがあります。そこで輪タクに切り替えて値段交渉して乗り込みました。正月料金で多少足元を見られたので運転させてもらって写真も撮ってもらいました。これには輪タクのおじさんたちに大うけでみんな笑っていました。この年末年始は日中の関係が最悪で日系のスーパーが襲われたりしていました。他のツアーでは日本人ということで殴られたお客がいたので注意してくださいと言われていたのですが。この後の移動は輪タクも捕まらなくて白タクに乗ってました。博物館で自転車を見ただけでいろいろな思い出が溢れてきます。
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【旅の思い出】これもベトナム中部のフエで時間が余ってしまい、シクロをチャーターして1時間ほど王宮を周ってもらった時の写真です。「青いパパイヤの香り」という映画で有名なトラン・アン・ユン監督の「シクロ」やべトナム出身のアメリカ人監督トニー・ブイの「季節の中で(スリー・シーズン)」で重要な乗り物です。この写真を翌年の年賀状に使ったら、「奥さん車椅子に乗ってどうしたの?」という問い合わせが続出しました。
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「ジープニー」フィリピン
フィリピンの全土でみられる乗合タクシーで、元々は第2次世界大戦後にフィリピン駐留アメリカ軍払い下げのジープを改造して製作されたのが始まりです。Jeepと北米で乗合タクシーを意味するjitneyとの合成語としてjeepneyと呼ばれるようになったそうです。 -
「ランダ」インドネシア/バリ島
ランダは本来は「寡婦」を意味して、ヒンドゥーのサティーと呼ばれる慣習では夫に先立たれた妻は夫に従って死ぬのが理想とされます。バリ・ヒンドゥーでも19世紀までこの慣習が続けられていたそうです。実際には現世への思いが深く墓場にさまようケースも生まれ、転じてバリではあらゆる恐ろしげな存在に対してランダの語が用いられることになります。 -
ランダはバリ・ヒンドゥーの悪の側面を象徴して、反対に善を象徴する神獣バロンと対を成します。たとえ倒されても必ず生まれ変わり、バロンと終わりの無い戦いを続けるとされています。またシヴァの妻でありシヴァの破壊的な面を表すドゥルガーの化身でもあるとされます。舌を出して浮き上がったあばら骨に萎びて垂れた乳房を持つ老婆でもある。ランダの像には子に乳を与える姿と子を食いちぎる姿が見られます。
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1度目のバリ島では滞在中に2回しかバリ舞踊を見ることが出来ず、フラストレーションが残っていました。2回目のバリ島ではウブドに10日ほど滞在していくつもの村の劇団を毎晩のように通いました。
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【旅の思い出】バリ島でランダが出てくる劇は「レンチャナ・アグン・ウブド」という劇団と「ティルタ・サリ」というプリアタン村の劇団でした。
レンチャナ・アグン・ウブド:https://4travel.jp/travelogue/10785224
ティルタ・サリ:https://4travel.jp/travelogue/10785390 -
「バロン」インドネシア/バリ島
バロンは森の「バナス・パティ」(良気)の顕現であり、バリ・ヒンドゥーの善の側面を象徴しており、反対に悪の象徴である魔女ランダと対を成します。たとえ倒されても必ず復活しランダと永劫の戦いを続けるとされます。ここからバロンはあらゆる災害を防ぐ力をもつと信じられており、デサ(村)の寺院の一隅に収められ、日々の供物と祈りの対象となっています。全身に輝く鏡の小片をつけた獅子の姿で表されます。 -
バロンの造形は唐代に中国から東南アジアに伝播した獅子に類似しています。祭礼で使われるバロンは呪力を持つとされる布で覆われた長い胴体を持つ動物であり、村によってイノシシやトラ、ウシやイヌなど異なった動物を象徴しています。バロンの頭部はふさふさとした白い毛と強力な呪力を持つとされる人毛で作られたあご髭と、金と目打ちされた皮で装飾された仮面を被っています。
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【旅の思い出】バロンとランダの演目を観るためにプリアタン村のバレルン・ステージへ行きました。ティルタ・サリという有名な劇団の演目でしたが、この劇団の女性はみんな驚くような美人で、NHKのインドネシア語の番組に出演していたユリアティさんもこの劇団の方です。レゴン・ラッサムを踊った女の子の動きがあまりにも見事で感動しました。ジャワ島へ移動する前に違う演目をもう1度観に行ったほどです。
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カンボジアの仮面舞踏劇ラカオン・カオルに使われる仮面です。役者はすべて男性で、リアムケー(カンボジアのラーマヤーナ)物語を演じます。登場人物はラーマ王子とシーター姫と魔物のランダと猿王のハヌマーンです。
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アンコール遺跡を始めて見に行ったときに宿泊したのはアンコール・ビレッジというフランス人のオーナーの経営するホテルでした。カンボジアの村のような雰囲気が気に入って予約したのですが、ホテルに併設した劇場がありました。シェムリアップの町中にも観光用の劇場があるようですが、ここの劇場の建築が素晴らしく食事をしながら質の高い演劇を見ることが出来ます。
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そのホテルには質の高いアンティーク店があり、1人の店番の女の子は金額の交渉権を持っているようでいつも20%値引きしてくれるのでその女の子がいるときにだけ買い物に行っていました。ここで買った陶器や銀製品の数々は今でも妻が家で飾ってくれています。
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10年後に1週間ほどかけてアンコール遺跡群をじっくり見に行こうと思い、妻を連れて同じホテルを予約しました。その時にはアンティークのお店はお土産コーナーになってしまっていたのも残念ですが、これらの仮面の1/2サイズのミニチュアを買えなかったことです。嵩張るので買わなかったことをずっと後悔しています。
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ラーヴァナやハヌマーンなどはすでに知っている登場人物の名前ですが、今まで分からなかった鬼などの名前が分かってすっきりしました。
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【旅の思い出】数年前にANA便でプノンペンを往復する格安ツアーに参加したことがあります。その時にツアーの一部を離団して国立博物館併設のプラエ・パカアで伝統舞踊を観たことがあります。
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【旅の思い出】「ピルンジットとハヌマーンの戦争」
クメール版のラーマヤーナ叙事詩であるリアムケーから抜粋された場面です。この場面はスパエク・トム(大きな影絵人形)とルカオン・カオル(男性のマスクダンス)の組み合わせによって創造された演目です。 -
【旅の思い出】1941年にノロドム・シアヌークが王位に就くと、母親のコマサック王女が宮廷の女性舞踊を復興させます。宮廷舞踊団が女性限定だったものをリアムケーの物語のサル役などに男性を起用し、王族の娘も舞踊団に加わるようにします。シアヌークには仮面劇を習得させるため猿の役を演じさせたほどです。これは彼女が宮廷の舞踊芸術こそカンボジアと外国との文化交流には欠かすことのできないものだという考えを持っていたからだそうです。
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「トペン・チルボン」インドネシア/ジャワ島チルボン
これらの仮面と同じものはジョグジャカルタのソノブドヨ博物館で観たことがありました。 -
トペンは仮面または仮面舞踊劇を意味する言語で、祖霊崇拝儀礼に基づく仮面舞踊劇がジャワのヒンドゥー系王朝において重要な役割を果たしていたそうです。
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芸能としてのトペンは現在各地に見られますが、西部ジャワや東部ジャワではヒンドゥー・ジャワ時代の英雄伝説パンジ物語を題材とし、バリ島ではババッドと呼ばれるバリの王朝史を扱っています。それらの仮面が目の前に網羅され、その仮面の名前まで明らかになっています。
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【旅の思い出】ジョグジャカルタの王宮では日替わりの演目でジャワの宮廷舞踊が披露されます。ゴレク・アユン・アユンという舞踊の後に演じられた仮面舞踊です。
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【旅の思い出】こちらはバリ島のジャウック・マニスという仮面舞踊です。グンタ・ブアナ・サリという劇団でしたが、ティルタ・サリと同じ劇場でした。同じ劇場のティルタ・サリは満席でしたが、こちらの劇団は我々を含めて4人しか観客がいなくて申し訳ない気分だったのを覚えています。舞踊は同じくらい素晴らしかったのですが、人気の差はあるようでした。
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「ムアゾイ・ヌオック」ベトナム
ベトナムの水上人形劇の人形も船に乗ったレー・ロイ(黎利)と従者の一行と宝剣を持った亀がいないのが手落ちです。でも懐かしい友人に再会したような気分になります。 -
ベトナムの1号線をシンカフェのバスを乗り継いで北上したハノイで、弟と雨宿りに入ったカフェで全く知らないフランス人のおばさん2人に「あんなたち水上人形劇見た?見てないの。絶対に見に行きなさい。」と言われて行ったのが初めてでした。あまりに面白かったので妻と行ったホーチミンで2回目を見て、その後もう1度行ったハノイでも見に行ったほどです。
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「ワヤン・ゴレック」インドネシア/ジャワ島
ワヤン・ゴレックはインドネシアのジャワ島西部に住むスンダ人の伝統的な人形芝居です。ガムランを伴奏として1人の人形つかいが、語り歌いながらたくさんの人形を操ります。割礼や結婚や田植えや収穫などの儀礼に際してよく演じられます。 -
ワヤン・ゴレックでもワヤン・クリでもこのグヌンガンは重要な役割を果します。スクリーンの裏側では白と黒にしか見えませんが、反対側は極彩色の美しい絵で埋め尽くされています。劇場ではその両方を観ることが出来るので、カラフルな方に人気がありました。
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ワヤン・ゴレックはまだ観たことが無いので、次にジャワ島へ行く機会があったら観てみたいと思います。
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「ワヤン・クリ」インドネシア/ジャワ島
ワヤン・クリとはインドネシアのジャワ島やバリ島で行われる人形を用いた伝統的な影絵芝居です。人形を操る人をダランと呼び、芝居はヒンドゥー寺院での祭りなどで行われ、インドの古代叙事詩『マハーバーラタ』や『ラーマーヤナ』などが主な演目です。 -
観客と演者の間に白いスクリーンを貼り、その裏から石油ランプ(現在は電灯)を当てます。スクリーンの前にワヤン・クリの人形を置いて芝居を行います。スクリーンの裏ではダランと呼ばれる1人の人形遣いが、語りをしたり効果音を出したりしながら、数々の人形をスクリーン間近かで操ります。
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グヌンガンと呼ばれる軍配のようなものはワヤン・クリの全ての演目に登場し、山として生と死や善悪や苦楽は表裏一体といった特有の神秘思想が表現されています。
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【旅の思い出】ジャワ島のジョグジャカルタのソノブドヨ博物館は毎晩のようにこのワヤン・クリを観ることが出来ます。ラーマヤーナ叙事詩の部分を2時間ほど演じても全部観るには1週間以上かかったと思います。
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【旅の思い出】このダランが語るのは古代インドの膨大な叙事詩ラーマーヤナ叙事詩で脚本もありません。演目には粗筋があるだけで、ダランの語る言葉の細部はすべて即興です。一夜に登場する60から70体の人形をただ1人で操作し、背後にひかえる20人ほどのガムラン奏者や歌い手たちに曲の指示を与えます。
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【旅の思い出】人形遣いの後ろでは10名以上のガムラン奏者がいて伴奏をしています。このガムランは普通グンデルという鉄琴で、グンデルの前に座って両手に先の丸いバチを持って同時に2音を奏します。一番後ろでは女性が10人ほど座り、御詠歌のような静かな歌を謡います。
ソノブドヨ博物館:https://4travel.jp/travelogue/10786135 -
「ヨウテー・プェー(操り人形)」ミャンマー
ヨウテー・プェーは糸操り人形による芝居です。サイン・ワインと呼ばれるアンサンブルの演奏により演じられます。仏陀の前世を描いたジャータカ物語などを演じます。 -
「道化」
ミャンマーの人形劇の起源は15世紀にその原型が生まれたとされ、「ヨウッテー・ポエー」と呼ばれ、18世紀のコンパウン王朝の時代に芸能を奨励する王の下で発展し、王侯貴族から庶民まで人気となった伝統芸能です。 -
「王女」
「ヨウッテー」は糸操りで「ポエー」は祭りを意味します。ステージの背景は人間の腰高くらいまでで、背景の後ろから糸で操ります。 -
「王子」
人形は13本の糸を操ることによって動かされ、その動きは100以上にもなるそうです。帰国前にヤンゴンの劇団を貸切りで公演してもらいましたが、公演後にレクチャーを受けてもうまく操れませんでした。 -
「王」
サイン・ワインと呼ばれるアンサンブルは「パタラ」という竹や鉄でできた打琴楽器や「ドーバッ」や「ビョウ」といった太鼓、「リンクイン」というシンバルや「チェイナウン」というゴングなどを使って素朴な音楽が演奏されます。 -
「ビャンマー(梵天)」
なぜかこの人形をマレーシアのペナン島のお土産物屋で購入しました。博物館に並んだものと見比べても遜色のない出来栄えです。驚く様な安さだったのですが、大きいので持ち帰るのは大変でした。 -
「錬金術師」
この錬金術師のアクロバティックな動きは見事です。持っている赤い棒を操って空中浮遊します。 -
「鬼」
青い悪魔には町に住む者とジャングルに住む者がいます。鬼のダンスは忍び寄るようなステップで演奏する音楽もムードを作ります。 -
「ハヌマーン」
猿の王のハヌマーンは東南アジアのほとんどの国の舞踊や園芸には必ず出てきます。 -
【旅の思い出】ミャンマーを旅していて最初にヨウテー・プェーを見たのはバガンのレストランでした。ここで人形劇にはまってしまい、マンダレー・パペット・シアターでは最前列で感激しました。
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【旅の思い出】最後に戻ったヤンゴンでは「HTWE OO MYANMAR Traditional Puppet Theatre」を予約したところ、なんと我々2人だけの公演でした。小さい劇場を貸し切りなので、終わった後に全部の人形の写真を撮らせてもらった上に操り方も教えてもらいました。妻が上手に操るのであまり良い気分ではありませんでした。
ヤンゴンのパペット:https://ssl.4travel.jp/tcs/t/editalbum/edit/10944093/ -
「ミ・バソの屋台」インドネシア/ジョグジャカルタ
インドネシアの旅はバリ島のウブドに10日ほど滞在して、ジャワ島にはボロブドゥールとブランパナンの遺跡に行くくらいの気持ちで7日ほど滞在しました。滞在したジョグジャカルタの街の雰囲気にすっかり惹かれてしまい、心に残る旅が出来ました。このような屋台が町中にたくさんあったのを思い出しました。ミは麺のことでバソは牛肉なので牛肉の団子の入った麺です。ジャワの料理は薄味のスープが美味しかった記憶があります。 -
ジョグジャカルタで見てずっと気になっていたゲームボードがたくさん展示してありました。このゲームの名前が分かっただけでもここへ来た甲斐がありました。チョンカックというゲームは女の子が遊ぶ陣地取りのようなゲームで、大人はチェスや将棋やカードで遊ぶのをよく見かけます。
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タイの北部のランナー寺院の祭壇が再現されていました。チェンマイやチェンライを何週間か旅してたくさんの寺院を参拝して来たので懐かしく思いました。蓮の花と線香があったらお参りしたいところです。
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ほとんど知識が無いのは韓国の文化についてです。朝鮮半島の人びとは外部の民族から影響を受けつつも、独自の文化を育んできました。有史以前は東シベリアの諸民族から、その後は中国から取り入れた文化要素を独自のものに再編し、世界に例を見ないほど高度に統合された文化を獲得してきました。
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「巫神図(ムシンド)」黄海道
巫神図には歴史上の名将や伝説上の人物道教の神などが描かれています。それぞれの神は財運や子宝や子どもの成長などを司り、シャーマンは依頼主の願いごとや質問をこの巫神図に向かって伝えます。 -
巫俗文化の巫俗(シャーマニズム)は朝鮮半島の人々が東シベリアの諸民族と近い関係にあったことを今に伝えるそうです。巫堂(ムーダン)などと呼ばれるシャーマンたちは、語りと歌と踊りとパフォーマンスによってこの世とあの世の橋渡しをします。
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十王の1人の秦広王(しんこうおう)と裁判官が描かれています。人間を初めとする全ての衆生は、よほどの善人やよほどの悪人でない限り、没後に中陰と呼ばれる存在となり、初七日 - 七七日(四十九日)及び百か日、一周忌、三回忌には、順次十王の裁きを受けることとなるという信仰です。生前に十王を祀れば死して後の罪を軽減してもらえるという信仰もあり、それを「預修」と呼んでいました。十王は死者の罪の多寡に鑑み、地獄へ送ったり六道への輪廻を司るなどの職掌を持つため畏怖の対象となります。
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「食膳」
庶民が普段食べる1人膳の献立は、ご飯と汁物とキムチ類が基本で、これにおかずが数品つきます。ご飯と汁物は匙で食べ、どの器も持ち上げないのが礼儀です。 -
プンムル(農楽)やタルチュム(仮面劇)は農作業の合間に行われた芸能です。人々はこれらを通して心身の疲れを癒します。この時には抑圧された被支配層の憂さ晴らしとして社会安定を保つ機能も果たしていたようです。
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ソウルには1度だけ行ったことがありますが、仁寺洞の骨董屋で池順鐸の茶碗を買ったのと踏十里(タッシムニ)の骨董店の入ったビルで1メートルほどのバンダチを買いました。面白いことにその大きさだと郵便で送れるとのことでした。確かに郵便局が配達してくれました。トンケは郵便代が惜しくて手持ちで運びましたが、欅のムク板が重かった記憶があります。あとは12月で寒かった記憶だけが残っています。
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「聖母子像」ソウル特別区
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「聖家族像」ソウル特別区
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「喪輿(サンヨ)」全裸南道
土葬する時に家から墓まで遺体を運ぶ野辺送りに使われた輿を喪輿(サンヨ)といいます。輿を担ぐ人を確保するために村の人々は「喪頭契」という相互互助の集団を作りました。現代では喪輿は霊柩車に変わり、仮想が一般化するなど葬式も大きく変化しています。 -
中国やモンゴルの楽器の展示もされていました。音楽や楽器の知識はほとんどないのですが、思い出はたくさん残っています。
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【旅の思い出】貴州省の苗族の村を貸し切って歓迎式を開いてもらった時の盧笙が展示してありました。
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【旅の思い出】同じ盧笙でも巴沙族のワイルドなものも素晴らしかったです。こちらは四川省の政府の観光局の方の歓迎会に参加させていただいたときの写真です。
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【旅の思い出】雲南省の麗江では旅をしたころには納西族の古楽を聞くことが出来ました。中には700年前の楽器や中国でもここに1台しかない楽器もありました。その後この古楽会は無くなったと聞いています。
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中国の農家の家も再現されていました。ほんの10年から20年前は田舎に行けばこんな感じの家がたくさんありました。
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中国は多民族国家で、漢民族を 含め56の民族で構成されています。 そのうち漢民族は人口の約91%と圧倒的多数を占め、残りの55の民族は少数民族と呼ばれています。
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これらの少数民族の伝統衣装や歌や音楽に惹かれて何度も中国に通った時期がありました。中国語は全く話せないのですが、鉛筆とメモ帳を持って妻と2人でよく旅したと思います。
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【旅の思い出】貴州省の布衣族の藍染で有名なおばさんの所に行ったらおばさんの民族衣装を着せられてしまいました。この当時は藍染のいいものが安く手に入りました。
布衣族:https://4travel.jp/travelogue/10354383 -
【旅の思い出】そこから怒涛の少数民族の衣装を体験する旅に変わってしまいました。こちらは長角苗族の衣装です。
長角苗族:https://4travel.jp/travelogue/10354530 -
【旅の思い出】こちらは村を貸し切った苗族の衣装です。この当時は村1つの200人以上の方が参加してくれて、700元だったので1万円もしない時代でした。
季刀苗塞:https://4travel.jp/travelogue/10354647 -
【旅の思い出】その後は車で村々を走っていて、妻の似た背格好のおばさんがいると「おばさん、花嫁衣裳持ってないですか?」と尋ねて、着せてもらいました。お礼に10元くらいお渡ししました。
短裾苗族:https://4travel.jp/travelogue/10354713 -
【旅の思い出】貴州省で最後に行った青曼村では歓迎式の後にアクセサリーを買い求めました。こんな銀細工が3,000円くらいでした。
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華僑や台湾のコーナーに移ります。台湾にもたくさんの思い出があります。
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「関羽を祀る神棚」シンガポール
シンガポールからマレー半島をバンコックまで3週間かけた旅では華僑の文化やプラナカンについてたくさん学びました。そんなことも思い出されます。 -
【旅の思い出】シンガポールからマラッカを経てペナン島までプラナカンについて学びながらたどり着いたのが人間国宝のような作家さんのクバヤです。残念ながら非売品なのですが着させていただきました。
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「茶器一式」アメリカ合衆国
何でアメリカ化は分かりませんが、キャプションにそう書かれてありました。これもプラナカンの伝統を感じさせます。 -
【旅の思い出】マラッカで4日ほど滞在したマジェスティックホテルのウェルカムドリンクは同じような籠に入ったお茶だったことを思い出しました。数日間買おうか買うまいか迷いました。
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「三太子」(さんたいし)のバランスが悪いのは本来人が入って踊るものだからで、8キロくらいの重さがあるそうです。「廟会」という地域の祭りで演じられるものだそうです。5本の旗は中央が人間、残りの4本は東西南北を表わすそうです。押井守の「イノセンス」という映画で主人公が「北端」という街に潜入するとお祭りの列が大通りを通り過ぎるシーンがあります。西田和枝社中による「傀儡謡」の音楽と共にとても印象に残るシーンです。
https://www.youtube.com/watch?v=Tl-34kvA5uo -
【旅の思い出】台北だけに1週間ほど行った旅で「台北戯棚」の劇場に置かれてあった「三太子」と記念写真を撮りました。
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現在中国獅子舞は北方獅子舞と南方獅子舞の2つに大きく分けられます。北方獅子舞は揚子江以北の華北を中心に広まり、今では民間以外にも雑技の演目として有名です。金色の頭と長い毛を付けた着ぐるみをまとい、玉乗りをしながらシーソーを越え、アクロバティックな動きと可愛らしい踊りを披露します。この時獅子を演じる者は凶暴な野獣ではなく、人によくなれた親切で愛らしい生き物、年を取った温厚で賢い聖獣として表されます。
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南方獅子は広東省を中心とした中国南部で盛んで、華僑の出身地はこの地方に多い所からチャイナタウンで見るのもこの南方獅子がほとんどです。外見の特徴は大きな獅子頭で、体は1枚の布で金や銀、赤や黒やラメなど限りがありません。
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【旅の思い出】南方獅子は中国武術とも大きく関係し、多くの武術館ではその訓練の中にも取り入れています。特にその技法の1つの「高椿」(梅花椿)が有名で、これは高さ2メートル、直径20センチの鉄柱を山にみたてて並べ、獅子がその上で飛び回るだけでなく「喜、怒、哀、楽、疑、驚、動、静」の形態を表現して獅子の聖獣たる「神態」を表現します。
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「客家麒麟」アメリカ合衆国
頭は竹で編みこまれて紙を貼った張り子状になっています。色とりどりの布で覆われ、獅子舞のように尾と2人の踊りとなります。華僑のように東南アジアに出た客家の人々の集落で催される祭りで披露されたようです。 -
花嫁行列の先頭を飾る立傘と花嫁の乗る輿です。中国の腰を初めて見たのは江南の烏鎮の博物館だったと思います。
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中国映画の張芸謀 (チャン・イーモウ)の古い映画の「紅高粱」や「菊豆」や「大紅燈籠高高掛」には理不尽な理由で大金持ちや大地主の老人に嫁ぐ若い美人の花嫁が描かれ、浮気をしたり破滅していくさまが描かれています。その主演女優がすべてコン・リーなので、中国の赤い輿を観ると彼女を思い出してしまいます。
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中国の「農民画」の展示もありました。中国では農村に暮らす人びとが自分たちの日常生活を題材に描いた絵画のことを農民画と呼びます。1950年代から70年代にかけてプロパガンダアートとして生まれましたが、そのルーツは刺繍や切り絵、かまどの装飾などの伝統技法にあります。
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単純で平面的な構図とあざやかな色彩が農民画の特徴です。農民画の中心地は多数ありますが、陝西省戸県と山東省日照市と上海市金山区は三大農民画地区とよばれています。
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「薬草採りの娘」上海市
三大農民画の1つの金山区は上海から近いので一度は行ってみたいと考えています。 -
【旅の思い出】今まで行ったことがあるのは西安を旅した時に「北院門街」の入口から斜めに入る「化覚巷」の徳松画廊で劉さんという農民画家の作品をたくさん買うことが出来ました。たくさん買えるほど安かったということもあります。
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【旅の思い出】近くには版画家の丁済堂さんお店もあり、ご本人から作品をいくつか買うことが出来ました。
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「獅子」陝西省
陝西省鳳翔県の六営村は泥人形が有名な村です。厄除けの人形でもあり玩具でもあります。 -
【旅の思い出】農民画を購入した近くで泥人形も買うことが出来ました。西安の工芸品の質の高さに驚いた旅でもありました。干支の泥人形もあり、それは中国の切手にもなったことがあるほど有名なものです。これとは別に自分たちの干支の牛と羊も買ってきました。
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中国に少数民族が多いように台湾にも16の原住民の方がいらっしゃいます。先住民という言葉は中国だとすでに滅んでしまった民族になります。台湾には3回ほど行っていますが、原住民の方の料理がとても好きで、何度も食べに行っています。そしてタイヤル族の郭英男(ディファング)というおじいさんの歌が好きでCDも買いました。昔エニグマの「リターン・トゥ・イノセンス」で、「酒飲む老人の歌」という歌を無許可でサンプリングしたことがあって訴訟にまでなって有名になりました。
https://www.youtube.com/watch?v=TnUa9TWtiK4 -
中国雲南省の納西族の東巴文字の展示もありました。麗江へ行った理由の1つに世界で唯一といわれる象形文字を現地で観たいということでした。懐かしい旅のことを思い出します。東巴教(トンパ)は納西族の民間宗教で、当地のシャーマニズムとアニミズムを起源に、地理的に近いチベット仏教やイスラーム、ヒンドゥー教の影響などを受けています。教義には明確な体系があるわけではなく、自然崇拝と善悪二元論がその特徴です。
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【旅の思い出】教典は独自の象形文字「トンパ文字」で記され、東巴教のシャーマンのことをトンパと称します。トンパは東巴教の儀式を司り、トンパ文字で伝えられる教典を受け継いでいます。この当時の麗江はまだまだ空いていましたが、その後の中国の人々の観光ブームが始まって混雑していると聞いています。ぎりぎり良い時代に旅が出来たのかもしれません。
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中央アジアと北アジアのコーナーに移るとモンゴルやカザフスタンの民族についての展示になります。中央アジアの国々にも行きたいと思いながらまだ行くことが出来ていない国々です。特にウズベキスタンには近い将来行ってみたいと思います。
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「天幕」カザフスタン
カザフ人は天幕をキイズ・ウイ(フェルトの家)と呼び、20世紀半ばまではこの天幕に一家族が暮らしていたそうです。現在は住居としてはほとんど使われないですが、祝祭の時の食事の場や憩いの場として人気があるそうです。 -
天幕の半分が骨組みだけになっているので、組み立て式の様子がよく分かります。置かれてある調度品の詳細はパネルで表示されているので分かりやすいです。
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草原で暮らしていたカザフの人々ですが、ソ連時代には遊牧民は定住化され、大規模な小麦栽培や地下資源開発に従事するなど生活も大きく変わったそうです。定住した家屋の中の団欒の情景も再現されています。
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タシュケントの民家の台所もそのままの姿で展示されています。これは1980年代の旧市街の台所を再現していて、奥に据えられたタンディルと呼ばれる窯で、内側にノンという平たい円形のパンを貼り付けて焼きます。かまどには鉄鍋をかけ、オシェ(ピラフ)やショルヴァ(スープ)を作ります。
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モンゴルの「ゲル」の展示もありました。モンゴルの遊牧民は地形や植生に合わせて羊やヤギや牛(ヤク)や馬やラクダを放牧します。冬は北西の風を避け春は家畜の出産に立ち会い、夏は広い場所に展開して乳製品を作り、秋は頻繁に移動を繰り返して新鮮な草を家畜に食べさせて冬に備えます。パラボラアンテナが時代を感じさせます。
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天幕はモンゴルではゲルト呼び、木製の格子を広げて地面に立てて、フェルトで覆います。入り口から入って右側に台所があり女性が座ります。左側が男性の座るところとされ、太陽光発電やパラボラアンテナが復旧しています。Tokyo Electronという会社のCM「モンゴルの恋篇」お思い出しました。最近のくだらないCMの中では秀逸だと思います。
https://www.youtube.com/watch?v=Sp47kjvLlvk -
家屋の展示ではこのように克明な表示があり、興味を持ったものが何なのかが分かります。残念ながらCMのようなノートパソコンは見当たりませんでした。
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モンゴルの宗教についての展示もあります。モンゴルが社会主義時代になると人々の心や倫理観を支えていた宗教は否定されます。社会主義体制が崩壊することにより復興したチベット仏教やシャーマニズムは現在大きく変容し始めているようです。
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ここまで見学して思い出に浸ってたら2時間が過ぎてしまいました。妻の姿は近くに見えないので、機嫌が悪くなっていないか心配でしたが、日本のコーナーで待っていてくれました。たった1フロアの展示ですが、あまりに広大な「国立民族学博物館」の恐ろしさを体感しました。
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