嵐山・嵯峨野・太秦・桂旅行記(ブログ) 一覧に戻る
大阪での友人との約束も済み、叔母のお茶会と横浜の友人との旅も終え、最後の3日間はじっくりと京都の秋を楽しむことにしていました。お茶会の日程が決まった後にまず押さえたのが桂離宮と修学院離宮と仙洞御所の予約です。宮内庁のホームページは3か月前の1日の午前4時に更新されるので、8月1日の午前4時に3つとも押さえました。春や秋にそれぞれ何度も行ったことがあるのですが、妻は初めてなのでこの機会に全部見せたいと思っていました。それと過去に行ったときは、着物を着た外祖母の両手を引いて後ろ向きに歩いていたので写真も撮っていませんでした。なので今回はじっくり写真を撮る気でいました。ところが毎日20,000歩近く歩いていた妻の足の具合が悪くなって、今回も橋のところや高低のある階段などは妻の手を引くことになりました。妻の写真もとぼとぼ歩く後ろ姿ばかりでした。そんな錦秋の桂離宮の旅行記です。見学の後は叔母のお茶会の主菓子を作っていただいた中村軒さんでお昼を食べる予定でしたが、水曜日が休みだということを忘れていて妻に怒られました。

大阪駅の新梅田食道街の立ち食いたこ焼きから嵐山の吉兆まで大阪と京都12日間の旅(22)錦秋の桂離宮の思い出に浸り、妻と新しい思い出を作る。

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2021/11/10 - 2021/11/10

1418位(同エリア4640件中)

旅行記グループ 2021大阪京都の旅

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kojikoji

kojikojiさん

大阪での友人との約束も済み、叔母のお茶会と横浜の友人との旅も終え、最後の3日間はじっくりと京都の秋を楽しむことにしていました。お茶会の日程が決まった後にまず押さえたのが桂離宮と修学院離宮と仙洞御所の予約です。宮内庁のホームページは3か月前の1日の午前4時に更新されるので、8月1日の午前4時に3つとも押さえました。春や秋にそれぞれ何度も行ったことがあるのですが、妻は初めてなのでこの機会に全部見せたいと思っていました。それと過去に行ったときは、着物を着た外祖母の両手を引いて後ろ向きに歩いていたので写真も撮っていませんでした。なので今回はじっくり写真を撮る気でいました。ところが毎日20,000歩近く歩いていた妻の足の具合が悪くなって、今回も橋のところや高低のある階段などは妻の手を引くことになりました。妻の写真もとぼとぼ歩く後ろ姿ばかりでした。そんな錦秋の桂離宮の旅行記です。見学の後は叔母のお茶会の主菓子を作っていただいた中村軒さんでお昼を食べる予定でしたが、水曜日が休みだということを忘れていて妻に怒られました。

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
ホテル
5.0
グルメ
5.0
ショッピング
5.0
交通
5.0
同行者
カップル・夫婦(シニア)
一人あたり費用
20万円 - 25万円
交通手段
高速・路線バス タクシー ANAグループ JRローカル 私鉄 徒歩
旅行の手配内容
個別手配
  • 東京を出て10日目の朝です。前の晩に「鳥彌三」でお腹いっぱい水炊きをいただきましたが、朝から絶好調でカレーうどんをいただきました。

    東京を出て10日目の朝です。前の晩に「鳥彌三」でお腹いっぱい水炊きをいただきましたが、朝から絶好調でカレーうどんをいただきました。

  • 2人とも疲れは溜まってきていますが、あと3日間頑張らなければなりません。この後お昼のことでちょっと問題があったので、朝ごはんをたっぷり食べておいて良かったです。

    2人とも疲れは溜まってきていますが、あと3日間頑張らなければなりません。この後お昼のことでちょっと問題があったので、朝ごはんをたっぷり食べておいて良かったです。

  • 京都で宿泊したのは塩小路通りに面した「リッチモンドプレミアムホテル」です。京都駅まで徒歩数分で、朝食付きで1泊12,000円ほどなので7泊しました。

    京都で宿泊したのは塩小路通りに面した「リッチモンドプレミアムホテル」です。京都駅まで徒歩数分で、朝食付きで1泊12,000円ほどなので7泊しました。

  • 部屋は9階建ての8階でした。眺望は望めませんが、ランドリールームもあって長期滞在には良いと思いました。2019年に開業した新しいホテルなのできれいです。

    部屋は9階建ての8階でした。眺望は望めませんが、ランドリールームもあって長期滞在には良いと思いました。2019年に開業した新しいホテルなのできれいです。

  • 今日は「桂離宮」に向かうのですが、妻がホテルの前からバスで1本で行けるというので従いました。基本的に歩くのが嫌いな人なので、歩かないためならバスの路線図を覚えてしまうほどの執念を持っています。その能力はロンドン市内の旅で実証済みなので信頼しています。

    今日は「桂離宮」に向かうのですが、妻がホテルの前からバスで1本で行けるというので従いました。基本的に歩くのが嫌いな人なので、歩かないためならバスの路線図を覚えてしまうほどの執念を持っています。その能力はロンドン市内の旅で実証済みなので信頼しています。

  • 市バスの33番の洛西バスターミナル行きで桂橋の先の「中村軒」の前まで行けます。バスは空いていたので座ることが出来ました。

    市バスの33番の洛西バスターミナル行きで桂橋の先の「中村軒」の前まで行けます。バスは空いていたので座ることが出来ました。

  • 桂橋の上を通過すると嵐山の先の愛宕山までがきれいに見渡せました。子供の頃の夏休みでは舟遊びと行って、桂川の船宿で屋形船を貸し切って、舟の上ですき焼きをしたり、川で泳いだり、魚を取ったり1日楽しんだものです。夢のように楽しかったことを覚えています。

    桂橋の上を通過すると嵐山の先の愛宕山までがきれいに見渡せました。子供の頃の夏休みでは舟遊びと行って、桂川の船宿で屋形船を貸し切って、舟の上ですき焼きをしたり、川で泳いだり、魚を取ったり1日楽しんだものです。夢のように楽しかったことを覚えています。

  • 昭和30年代後半のことです。現在も舟遊びが出来るのか分かりませんが、屋形船を貸し切るほどの人数はもう集まらないでしょう。

    昭和30年代後半のことです。現在も舟遊びが出来るのか分かりませんが、屋形船を貸し切るほどの人数はもう集まらないでしょう。

  • そんな感傷に浸っている場合ではなく、「桂離宮」の参観の後は「中村軒」でお昼を食べる予定にしていました。妻も久しぶりなので楽しみにしていたのですが、昨日清水でその話をしたら「あんた、中村さんとこは水曜日お休みえ。」と皆が声を揃えて。

    そんな感傷に浸っている場合ではなく、「桂離宮」の参観の後は「中村軒」でお昼を食べる予定にしていました。妻も久しぶりなので楽しみにしていたのですが、昨日清水でその話をしたら「あんた、中村さんとこは水曜日お休みえ。」と皆が声を揃えて。

  • 妻はもうカンカンです。もしかしたら「桂離宮」よりこちらの方を楽しみにしていたのかもしれません。中村さんは叔母とお茶のご縁のある方で、何度も車に乗せていただいたりお世話になっています。日曜日の「嵐山吉兆」のお茶会でも特別なお菓子を作ってくださっていました。

    妻はもうカンカンです。もしかしたら「桂離宮」よりこちらの方を楽しみにしていたのかもしれません。中村さんは叔母とお茶のご縁のある方で、何度も車に乗せていただいたりお世話になっています。日曜日の「嵐山吉兆」のお茶会でも特別なお菓子を作ってくださっていました。

  • 同じバスで降りられた女性が「桂離宮」の行きかたを尋ねられたのでご一緒しました。なんと参観の予約を取っていないとのことでした。こちらは3か月前の1日の午前4時にネットで予約していたのでびっくりです。その方は午後3時の当日予約が取れていましたが、翌日行った修学院では早朝で当日予約は満員になっていました。

    同じバスで降りられた女性が「桂離宮」の行きかたを尋ねられたのでご一緒しました。なんと参観の予約を取っていないとのことでした。こちらは3か月前の1日の午前4時にネットで予約していたのでびっくりです。その方は午後3時の当日予約が取れていましたが、翌日行った修学院では早朝で当日予約は満員になっていました。

  • 桂離宮の南側からは2方向で受付に向かえますが、桂川沿いの車道を選びます。車の通りが多いのですが、「桂垣」を見ることが出来るのはこちら側だけです。これは生きた竹を曲げて、さらにそれを竹垣に編み込んだものです。

    桂離宮の南側からは2方向で受付に向かえますが、桂川沿いの車道を選びます。車の通りが多いのですが、「桂垣」を見ることが出来るのはこちら側だけです。これは生きた竹を曲げて、さらにそれを竹垣に編み込んだものです。

  • そして「穂垣」が続きます。桂離宮の門の両側にある竹垣が名前の由来で、釘などは一切使わず、編んだ竹枝を針金と棕櫚縄(シュロ縄)のみで挟み込んで製作しています。

    そして「穂垣」が続きます。桂離宮の門の両側にある竹垣が名前の由来で、釘などは一切使わず、編んだ竹枝を針金と棕櫚縄(シュロ縄)のみで挟み込んで製作しています。

  • 午前10時の回の予約をしてあります。時間までは中に入ることが出来ないので周辺の写真を撮りに行きました。桂離宮は今まで3回ほど来たことがあります。ゴールデンウィークや夏休みに祖父母の家に遊びに行くと「明後日桂離宮に行くけど、行くか?」なんて感じだったのでちゃんと予約しての参観は今回が初めてです。

    午前10時の回の予約をしてあります。時間までは中に入ることが出来ないので周辺の写真を撮りに行きました。桂離宮は今まで3回ほど来たことがあります。ゴールデンウィークや夏休みに祖父母の家に遊びに行くと「明後日桂離宮に行くけど、行くか?」なんて感じだったのでちゃんと予約しての参観は今回が初めてです。

  • 初めて来たときは父と一緒の旅でした。その時も良い思い出ですが、祖母と叔母と行った時のことかもしれません。

    初めて来たときは父と一緒の旅でした。その時も良い思い出ですが、祖母と叔母と行った時のことかもしれません。

  • 何しろ祖母の両手を握って、庭園を後ろ向きで1周歩きました。

    何しろ祖母の両手を握って、庭園を後ろ向きで1周歩きました。

  • 桂離宮に何度も来る人は多いと思いますが、庭を後ろ向きに歩いた人はいないのではないでしょうか。

    桂離宮に何度も来る人は多いと思いますが、庭を後ろ向きに歩いた人はいないのではないでしょうか。

  • ずっと祖母の手を引いていたので写真は1枚も撮ることが出来ませんでした。この頃はあまり写真に固執していなかったのであまり気にはしませんでした。

    ずっと祖母の手を引いていたので写真は1枚も撮ることが出来ませんでした。この頃はあまり写真に固執していなかったのであまり気にはしませんでした。

  • 桂離宮の周辺の紅葉もきれいに紅葉していたので、庭園の紅葉も楽しみです。

    桂離宮の周辺の紅葉もきれいに紅葉していたので、庭園の紅葉も楽しみです。

  • 順路としては御幸門からこの表門の反対側の見学から始まるので、表からの写真を撮っておきます。ここでSDカードがいっぱいになってしまいました。一瞬焦りましたが、新しいSDカードを持ってきていたので安心しました。ただ、よくよく考えた庭園を見学する際は荷物をロッカーに預けるので、見学の途中でいっぱいにならなくて良かったと考えるとゾっとしました。替えのバッテリーは持っていくつもりでしたが、見学の途中でSDカードを取りに戻ることは出来ないですから。

    順路としては御幸門からこの表門の反対側の見学から始まるので、表からの写真を撮っておきます。ここでSDカードがいっぱいになってしまいました。一瞬焦りましたが、新しいSDカードを持ってきていたので安心しました。ただ、よくよく考えた庭園を見学する際は荷物をロッカーに預けるので、見学の途中でいっぱいにならなくて良かったと考えるとゾっとしました。替えのバッテリーは持っていくつもりでしたが、見学の途中でSDカードを取りに戻ることは出来ないですから。

  • 時間になり中へ案内されましたが、表で待っていた人の全員が入るわけではありませんでした。もっと遅い時間しか当日予約できない方もいたようです。24名の参観だったので12人づつ2つの組に分かれました。最初に入ったので先の組でしたが、後の組だと写真の中に前の組が入ってしまうので良かったです。

    時間になり中へ案内されましたが、表で待っていた人の全員が入るわけではありませんでした。もっと遅い時間しか当日予約できない方もいたようです。24名の参観だったので12人づつ2つの組に分かれました。最初に入ったので先の組でしたが、後の組だと写真の中に前の組が入ってしまうので良かったです。

  • 受付で出力したQRコードの券を提示して、参観料金1,000円づつ支払いました。ロッカーに荷物を預けて、カメラと替えのレンズとバッテリーだけを持ちます。

    受付で出力したQRコードの券を提示して、参観料金1,000円づつ支払いました。ロッカーに荷物を預けて、カメラと替えのレンズとバッテリーだけを持ちます。

  • 通用門になっている黒御門の前で集合して、宮内庁の案内人の方からの注意事項を聞いて参観がスタートします。

    通用門になっている黒御門の前で集合して、宮内庁の案内人の方からの注意事項を聞いて参観がスタートします。

  • 小さな橋を渡って御幸門までを最初に歩きます。この床も小石を敷き詰めて粘土で突き固めてあるだけですが、しっかり固定されています。

    小さな橋を渡って御幸門までを最初に歩きます。この床も小石を敷き詰めて粘土で突き固めてあるだけですが、しっかり固定されています。

  • 御幸門は茅葺切妻屋根で柱と桁には太いあべまきの皮付き丸太を用い、割竹を並べた軽快な扉が付いています。右手前の四角い平石は神輿を置いた御輿石と呼ばれます。

    御幸門は茅葺切妻屋根で柱と桁には太いあべまきの皮付き丸太を用い、割竹を並べた軽快な扉が付いています。右手前の四角い平石は神輿を置いた御輿石と呼ばれます。

  • 最初の御幸門は八条宮第二代智忠親王の時に後白河上皇の御幸を迎えるために設けられていますが、現在のものは第七代家仁親王の時代に作られました。あべまきは樹皮のコルク層が厚いためにワインの栓に使われたこともあるそうです。

    最初の御幸門は八条宮第二代智忠親王の時に後白河上皇の御幸を迎えるために設けられていますが、現在のものは第七代家仁親王の時代に作られました。あべまきは樹皮のコルク層が厚いためにワインの栓に使われたこともあるそうです。

  • 先ほど表から写真を撮った表門の内側です。石の敷き詰められた通路は中央部が少し盛り上がり、水はけのことが考えられています。

    先ほど表から写真を撮った表門の内側です。石の敷き詰められた通路は中央部が少し盛り上がり、水はけのことが考えられています。

  • そして溝の脇には排水溝が目立たないように設けられています。同じものが何メートルか離して設置されています。

    そして溝の脇には排水溝が目立たないように設けられています。同じものが何メートルか離して設置されています。

  • 御幸門から内側の古書院輿寄せ前までの通路は御幸道と呼ばれ、青黒い賀茂川石が敷き詰められ、粘土で突き固めてあります。ここも同じように中高に反りを付けて水はけをよくしています。

    御幸門から内側の古書院輿寄せ前までの通路は御幸道と呼ばれ、青黒い賀茂川石が敷き詰められ、粘土で突き固めてあります。ここも同じように中高に反りを付けて水はけをよくしています。

  • 両脇を生垣で切り取り、直線的な見透線上に土橋は少し斜にひねって架けてあるので奥行きが深く感じます。土橋の右側には玉水の堀と呼ばれ、お舟屋があります。

    両脇を生垣で切り取り、直線的な見透線上に土橋は少し斜にひねって架けてあるので奥行きが深く感じます。土橋の右側には玉水の堀と呼ばれ、お舟屋があります。

  • 御幸道を戻りかけた途中を左に曲がると植木職人の方が蘇鉄のこも巻きをされていました。これはこの日にしか見ることが出来ない作業です。「菰巻き」は「藪巻き(やぶまき)」とも呼び、冬の季語でもあります。一般的に松や杉の木の幹に腹巻のように菰を巻き付け害虫を駆除をすることが目的ですが、蘇鉄の場合は雪や霜のため葉が傷まない防寒対策です。

    御幸道を戻りかけた途中を左に曲がると植木職人の方が蘇鉄のこも巻きをされていました。これはこの日にしか見ることが出来ない作業です。「菰巻き」は「藪巻き(やぶまき)」とも呼び、冬の季語でもあります。一般的に松や杉の木の幹に腹巻のように菰を巻き付け害虫を駆除をすることが目的ですが、蘇鉄の場合は雪や霜のため葉が傷まない防寒対策です。

  • 飛び石の上を進んでいくと「二重桝形手水鉢」と「二重桝形手水鉢脇の石燈籠」が見えてきました。

    飛び石の上を進んでいくと「二重桝形手水鉢」と「二重桝形手水鉢脇の石燈籠」が見えてきました。

  • 外腰掛の向いの小山は「蘇鉄山」と称され、薩摩島津家の寄進という蘇鉄が植えられています。桂離宮が造営された当時は南国情緒豊かな蘇鉄を用いるのは当時の造園の流行でした。この蘇鉄も数日のうちにこも巻きされてしまうのでしょう。

    外腰掛の向いの小山は「蘇鉄山」と称され、薩摩島津家の寄進という蘇鉄が植えられています。桂離宮が造営された当時は南国情緒豊かな蘇鉄を用いるのは当時の造園の流行でした。この蘇鉄も数日のうちにこも巻きされてしまうのでしょう。

  • この辺りから奥の庭園の紅葉が見えてきました。突き当りに結界のように岩を置き、灯籠を配するセンスが素晴らしいです。

    この辺りから奥の庭園の紅葉が見えてきました。突き当りに結界のように岩を置き、灯籠を配するセンスが素晴らしいです。

  • 外枠に対して45度ずらして方形の水穴が穿たれていることから「二重枡形手水鉢」と呼ばれます「涼泓」と銘がありますが、これは冬は内側の枡まで水を張り、夏は外の枡までいっぱいに水を張るとされます。

    外枠に対して45度ずらして方形の水穴が穿たれていることから「二重枡形手水鉢」と呼ばれます「涼泓」と銘がありますが、これは冬は内側の枡まで水を張り、夏は外の枡までいっぱいに水を張るとされます。

  • 「外腰掛」は松琴亭で茶会が催される際の待合として使われます。正面3間に側面1間で、茅葺屋根を架けてあります。柱は皮付クヌギ材で、曲木の梁を渡し、屋根裏は葭を竹垂木で押さえています。

    「外腰掛」は松琴亭で茶会が催される際の待合として使われます。正面3間に側面1間で、茅葺屋根を架けてあります。柱は皮付クヌギ材で、曲木の梁を渡し、屋根裏は葭を竹垂木で押さえています。

  • 外腰掛前には延段(敷石道)が池の方向へ向かって伸びています。この延段は自然石と切石を混ぜたものです。これは桂離宮にある真、行、草の3つの飛び石の内の「行の飛び石」と呼ばれるものです。

    外腰掛前には延段(敷石道)が池の方向へ向かって伸びています。この延段は自然石と切石を混ぜたものです。これは桂離宮にある真、行、草の3つの飛び石の内の「行の飛び石」と呼ばれるものです。

  • 「外腰掛前延段南詰の置燈籠」<br />桂離宮には24基の燈籠があると言われています。形も大きさも違うので見比べていくのも楽しいですし、それぞれ名前もあります。

    「外腰掛前延段南詰の置燈籠」
    桂離宮には24基の燈籠があると言われています。形も大きさも違うので見比べていくのも楽しいですし、それぞれ名前もあります。

  • 飛石伝いに蘇鉄山を下りて池沿いの園路を松琴亭へ向かう途中の左側に「大堰川石橋脇の織部形燈籠(切支丹燈籠)」が見えます。織部灯籠とは戦国武将で千利休の弟子で茶人でもあった古田織部が創案した灯籠の形であるといわれています。軸部にマリア像とも見える像が刻み込まれている(ほとんどが地中に埋まっている)のと、棹の上部が横に張り出しているのを十字架に見立てています。この庭には7基の切支丹燈籠があります。

    飛石伝いに蘇鉄山を下りて池沿いの園路を松琴亭へ向かう途中の左側に「大堰川石橋脇の織部形燈籠(切支丹燈籠)」が見えます。織部灯籠とは戦国武将で千利休の弟子で茶人でもあった古田織部が創案した灯籠の形であるといわれています。軸部にマリア像とも見える像が刻み込まれている(ほとんどが地中に埋まっている)のと、棹の上部が横に張り出しているのを十字架に見立てています。この庭には7基の切支丹燈籠があります。

  • 「大堰川石橋」を渡るときに、若いとはいえよく祖母の手を引いて後向きに橋を渡ったと思います。この橋の左側に大堰川の風景を表しています。大堰川とは桂川の上流の渡月橋と保津川の間辺りの名称です。

    「大堰川石橋」を渡るときに、若いとはいえよく祖母の手を引いて後向きに橋を渡ったと思います。この橋の左側に大堰川の風景を表しています。大堰川とは桂川の上流の渡月橋と保津川の間辺りの名称です。

  • 石橋を渡った先から視界が開けて、州浜と天橋立の先に「松琴亭」が見えてきます。

    石橋を渡った先から視界が開けて、州浜と天橋立の先に「松琴亭」が見えてきます。

  • 天橋立は小島2つを石橋で結び、松を植えて丹後の天橋立に見立てたものです。反り橋は「蛍橋」と呼ばれます。年明けに行く山陰の旅では天橋立に行く予定なので楽しみにしています。ここへ行けば日本三景を制覇したことになります。

    天橋立は小島2つを石橋で結び、松を植えて丹後の天橋立に見立てたものです。反り橋は「蛍橋」と呼ばれます。年明けに行く山陰の旅では天橋立に行く予定なので楽しみにしています。ここへ行けば日本三景を制覇したことになります。

  • 母が姉妹3人で最後に旅したのも天橋立だったので、その景色を見たいと思っています。

    母が姉妹3人で最後に旅したのも天橋立だったので、その景色を見たいと思っています。

  • 望遠レンズで切り取ってみると天橋立の奥にアーチの美しい土橋が見え、「笑意軒」の寄棟造りの茅葺の屋根と杮葺の庇がきれいに見えます。

    望遠レンズで切り取ってみると天橋立の奥にアーチの美しい土橋が見え、「笑意軒」の寄棟造りの茅葺の屋根と杮葺の庇がきれいに見えます。

  • 州浜の紅葉が真っ赤に色づき、その先に御殿の建物も見えます。

    州浜の紅葉が真っ赤に色づき、その先に御殿の建物も見えます。

  • 「州浜岬の置き燈籠」は灯台の役目を果たします。

    「州浜岬の置き燈籠」は灯台の役目を果たします。

  • 歩を進めるにつれて近景から中景、そして遠景とが変化していくので目が離せません。

    歩を進めるにつれて近景から中景、そして遠景とが変化していくので目が離せません。

  • 前日は小雨まじりの日でしたが、この日は朝から晴天でした。寒さも感じない気持ちの良い秋晴れでした。

    前日は小雨まじりの日でしたが、この日は朝から晴天でした。寒さも感じない気持ちの良い秋晴れでした。

  • 洲浜は丸くて青黒い賀茂川石を並べて海岸に見立てたものです。仙洞御所の州浜には一升石と呼ばれる長円形の平たい小石が敷きつめられています。その数は約11万個以上もあり、小田原藩主大久保侯が献上したものと伝えられます。小田原の領地にある海岸で石1つにつき米一升を与えて集めさせたため、俗に小田原の一升石とも言われています。

    洲浜は丸くて青黒い賀茂川石を並べて海岸に見立てたものです。仙洞御所の州浜には一升石と呼ばれる長円形の平たい小石が敷きつめられています。その数は約11万個以上もあり、小田原藩主大久保侯が献上したものと伝えられます。小田原の領地にある海岸で石1つにつき米一升を与えて集めさせたため、俗に小田原の一升石とも言われています。

  • 仙洞御所に比べると桂離宮の州浜は規模も小さく、石の大きさも不揃いな印象を受けます。40年近く前に御殿の中は見学させていただいたことがありますし、祖母や母は御殿で月見をしたことがあると聞いたことがあります。燈籠に火を灯して月夜の晩に舟に乗ってみたいと思います。

    仙洞御所に比べると桂離宮の州浜は規模も小さく、石の大きさも不揃いな印象を受けます。40年近く前に御殿の中は見学させていただいたことがありますし、祖母や母は御殿で月見をしたことがあると聞いたことがあります。燈籠に火を灯して月夜の晩に舟に乗ってみたいと思います。

  • 「浜道脇の織部形燈籠」これも7つある織部燈籠の中の1つです。竿石が深く埋められていますが、上部のふくらみにFILI(ラテン語で御子よ、キリストよ、の意味)と判読されるローマ字の組み合わせが見えます。

    「浜道脇の織部形燈籠」これも7つある織部燈籠の中の1つです。竿石が深く埋められていますが、上部のふくらみにFILI(ラテン語で御子よ、キリストよ、の意味)と判読されるローマ字の組み合わせが見えます。

  • 桂離宮の庭園ではこの時期きれいに紅葉しているモミジはこの1本だけのようです。

    桂離宮の庭園ではこの時期きれいに紅葉しているモミジはこの1本だけのようです。

  • 中に入ることは出来ないのですが、御殿の多くが工事の囲いで覆われているのが残念でした。

    中に入ることは出来ないのですが、御殿の多くが工事の囲いで覆われているのが残念でした。

  • 「松琴亭」への石橋は長大スパンを誇る白川橋が庭園を横切っています。幅65センチ暑さ35センチで長さ6メートルの切り石は京都の白川辺りで産したものと言われます。足が痛いと言っていた妻も落ちずに渡れました。

    「松琴亭」への石橋は長大スパンを誇る白川橋が庭園を横切っています。幅65センチ暑さ35センチで長さ6メートルの切り石は京都の白川辺りで産したものと言われます。足が痛いと言っていた妻も落ちずに渡れました。

  • 松琴亭は池の対岸の古書院と向かい合う位置に建つ茅葺の田舎家風の茶屋です。建物は池に突き出た半島状の部分に位置してほぼ北面し、南を除く三方が池に面しています。橋を渡り切った右手に池のふちまで降りられる飛び石があり、その先の4つの石は水桶を乗せ、柄杓を配した「流れの御手水」呼ばれます。

    松琴亭は池の対岸の古書院と向かい合う位置に建つ茅葺の田舎家風の茶屋です。建物は池に突き出た半島状の部分に位置してほぼ北面し、南を除く三方が池に面しています。橋を渡り切った右手に池のふちまで降りられる飛び石があり、その先の4つの石は水桶を乗せ、柄杓を配した「流れの御手水」呼ばれます。

  • 石橋を渡った正面には遠州好みの八窓の囲いのにじり口があります。石橋を渡る手前から屋根の切妻に「松琴」の扁額が見えます。これは桂離宮を造園した智仁親王の兄である後陽成天皇の宸筆です。

    石橋を渡った正面には遠州好みの八窓の囲いのにじり口があります。石橋を渡る手前から屋根の切妻に「松琴」の扁額が見えます。これは桂離宮を造園した智仁親王の兄である後陽成天皇の宸筆です。

  • 二の間は6畳敷きで半間の違い棚があります。棚板の下に瓢型の下地窓を付け、これが先の八窓の囲の風炉先窓になっています。「松琴亭」の名は斎宮女徽子の和歌「琴の音に峰の松風通うなりいづれのをよりしらべそめけむ」に由来します。

    二の間は6畳敷きで半間の違い棚があります。棚板の下に瓢型の下地窓を付け、これが先の八窓の囲の風炉先窓になっています。「松琴亭」の名は斎宮女徽子の和歌「琴の音に峰の松風通うなりいづれのをよりしらべそめけむ」に由来します。

  • 「松琴亭北の手水鉢」越しの紅葉が美しいです。

    「松琴亭北の手水鉢」越しの紅葉が美しいです。

  • 石組みに架かる石橋の組み合わせが美しい姿を水面に映しています。

    石組みに架かる石橋の組み合わせが美しい姿を水面に映しています。

  • この辺りまで来ると御殿の工事囲いが目立ってきます。

    この辺りまで来ると御殿の工事囲いが目立ってきます。

  • 「住吉の松 」が見えました。この松は池に突き出した岬の突端にあり、池の眺めをさえぎっているため「衝立の松」とも呼ばれます。本来は左右に四角く刈り込まれた生垣の正面に見るものを池の対岸から眺めています。

    「住吉の松 」が見えました。この松は池に突き出した岬の突端にあり、池の眺めをさえぎっているため「衝立の松」とも呼ばれます。本来は左右に四角く刈り込まれた生垣の正面に見るものを池の対岸から眺めています。

  • 一の間は鉤形の変形平面の11畳敷で、東側に床(とこ)と向かって右に戸棚があり、戸棚と矩折れの位置に石炉を設け、石炉の上には袋棚を設けるという特殊な形をしています。手前の濡れ縁から板敷を張り出して「くど構え」を作っています。

    一の間は鉤形の変形平面の11畳敷で、東側に床(とこ)と向かって右に戸棚があり、戸棚と矩折れの位置に石炉を設け、石炉の上には袋棚を設けるという特殊な形をしています。手前の濡れ縁から板敷を張り出して「くど構え」を作っています。

  • 土塗りの竈に竹と葦の袖壁、竹連子の風抜窓、三角形の二重隅棚など密度の濃い装飾が施されています。この建物の軒を支える柱と桁もあべまきの丸太をそのまま使った野趣の感じられるデザインです。

    土塗りの竈に竹と葦の袖壁、竹連子の風抜窓、三角形の二重隅棚など密度の濃い装飾が施されています。この建物の軒を支える柱と桁もあべまきの丸太をそのまま使った野趣の感じられるデザインです。

  • 床の貼り付け壁は加賀奉書の白紙と藍染紙を石畳模様に交互に貼り違えています。この意匠は宮廷貴族の高尚で雅やかな趣味を感じさせます。加賀奉書は張り替えて数年が経過して色がなじんできてこの状態になったそうです。

    床の貼り付け壁は加賀奉書の白紙と藍染紙を石畳模様に交互に貼り違えています。この意匠は宮廷貴族の高尚で雅やかな趣味を感じさせます。加賀奉書は張り替えて数年が経過して色がなじんできてこの状態になったそうです。

  • 矩折りになった西面の石炉は寒さを防ぐ暖炉であり、茶事に供される料理の保温に用いられたようです。上部の天袋に料理を入れることで保温が出来たとの説明でした。

    矩折りになった西面の石炉は寒さを防ぐ暖炉であり、茶事に供される料理の保温に用いられたようです。上部の天袋に料理を入れることで保温が出来たとの説明でした。

  • 「松琴亭舟着の織部形燈籠」は一の間の西側を下った池の畔にあります。ここには護岸に切り石が置かれてあるので舟着場だと分かります。

    「松琴亭舟着の織部形燈籠」は一の間の西側を下った池の畔にあります。ここには護岸に切り石が置かれてあるので舟着場だと分かります。

  • 西側に回り込むと今までとは違った景色が広がっていきます。木陰の中に新たに土橋が見えます。

    西側に回り込むと今までとは違った景色が広がっていきます。木陰の中に新たに土橋が見えます。

  • 「松琴亭舟着の織部形燈籠」と船着き場の石が見えます。小舟だけが使われて人の乗り降りだけなのでこれで十分なのでしょう。

    「松琴亭舟着の織部形燈籠」と船着き場の石が見えます。小舟だけが使われて人の乗り降りだけなのでこれで十分なのでしょう。

  • 桂離宮の庭園を歩く楽しさはこの土橋や石橋の多さだと思います。また入り組んだ池の形状も次から次に変化する景色を楽しむことが出来ます。これは修学院離宮や仙洞御所の池ではあまり感じないことです。

    桂離宮の庭園を歩く楽しさはこの土橋や石橋の多さだと思います。また入り組んだ池の形状も次から次に変化する景色を楽しむことが出来ます。これは修学院離宮や仙洞御所の池ではあまり感じないことです。

  • 妻は足が痛いので最後尾になってしまいました。私のさらに後ろには皇宮警察の係りの方が歩いています。もう声を掛けても振り向いてくれなさそうです。長い年月をかけてなじんだ土橋の雰囲気が良いですが、日々の手入れも大変なのではないかと思います。

    妻は足が痛いので最後尾になってしまいました。私のさらに後ろには皇宮警察の係りの方が歩いています。もう声を掛けても振り向いてくれなさそうです。長い年月をかけてなじんだ土橋の雰囲気が良いですが、日々の手入れも大変なのではないかと思います。

  • 池を大きく回り込むので「松琴亭」の建物がきれいに見えました。

    池を大きく回り込むので「松琴亭」の建物がきれいに見えました。

  • この辺りは少し登り坂になっているので、桂離宮の庭園の中では一番高い位置にあるのではないでしょうか。今までの景色を見下ろすようで視線の変化を楽しめます。

    この辺りは少し登り坂になっているので、桂離宮の庭園の中では一番高い位置にあるのではないでしょうか。今までの景色を見下ろすようで視線の変化を楽しめます。

  • この時期は池に遊ぶ鴨がたくさんいました。彼らが一番美しい庭園の景色を楽しんでいるのではないでしょうか。

    この時期は池に遊ぶ鴨がたくさんいました。彼らが一番美しい庭園の景色を楽しんでいるのではないでしょうか。

  • 秋なので紅葉に目が行ってしまいがちですが、手入れの行き届いた松の葉も美しいです。

    秋なので紅葉に目が行ってしまいがちですが、手入れの行き届いた松の葉も美しいです。

  • 築山を登り切った場所に「賞花亭」があります。通り抜ける風が気持ちよいです。この建物は皮付柱を用いた間口2間の小さくて素朴な茶屋であり、「峠の茶屋」と呼ばれます。ここも切妻造りの茅葺屋根になっています。中央の土間を囲んで「コ」の字形に4枚の畳を敷かれてあります。

    築山を登り切った場所に「賞花亭」があります。通り抜ける風が気持ちよいです。この建物は皮付柱を用いた間口2間の小さくて素朴な茶屋であり、「峠の茶屋」と呼ばれます。ここも切妻造りの茅葺屋根になっています。中央の土間を囲んで「コ」の字形に4枚の畳を敷かれてあります。

  • 北側正面と西面の大部分は吹き放したままで、西面の袖壁と東面の壁にもそれぞれ大きな下地窓を開けてあるので開放的な印象を受けます。

    北側正面と西面の大部分は吹き放したままで、西面の袖壁と東面の壁にもそれぞれ大きな下地窓を開けてあるので開放的な印象を受けます。

  • 南側壁に掛かる「賞花亭」の額は曼殊院良尚法親王(智仁親王の子)の筆になります。

    南側壁に掛かる「賞花亭」の額は曼殊院良尚法親王(智仁親王の子)の筆になります。

  • 土間に炉と竈を設けて南側には水屋を設け、その上を竹の連子窓としています。この建物はもとは今出川の八条宮本邸にあった「龍田屋」という小亭を移築したもので、使用する時は「龍田屋」の字を白と紺で染めた暖簾を掛けます。前に来たときは暖簾がかかっていましたが、この時はありませんでした。

    土間に炉と竈を設けて南側には水屋を設け、その上を竹の連子窓としています。この建物はもとは今出川の八条宮本邸にあった「龍田屋」という小亭を移築したもので、使用する時は「龍田屋」の字を白と紺で染めた暖簾を掛けます。前に来たときは暖簾がかかっていましたが、この時はありませんでした。

  • 「賞花亭」から御殿越しに愛宕山がきれいに見えました。愛宕山山頂に鎮座するのは全国に約900社ある愛宕神社の総本社です。火伏せや防火に霊験のある神社として知られています。京都の家やレストランなどの台所や厨房には必ず「火迺要慎」(ひのようじん)のお札が貼られています。7月31日夜から8月1日早朝にかけて参拝すると千日分の火伏と防火の御利益があると言われます。一度だけ叔母に連れられて行ったことがあります。

    「賞花亭」から御殿越しに愛宕山がきれいに見えました。愛宕山山頂に鎮座するのは全国に約900社ある愛宕神社の総本社です。火伏せや防火に霊験のある神社として知られています。京都の家やレストランなどの台所や厨房には必ず「火迺要慎」(ひのようじん)のお札が貼られています。7月31日夜から8月1日早朝にかけて参拝すると千日分の火伏と防火の御利益があると言われます。一度だけ叔母に連れられて行ったことがあります。

  • 「賞花亭前の玉形手水鉢」は水輪(湧玉)に鉢穴を穿つた見立物の手水鉢です。見立物とは五輪塔の水輪部分や、宝篋印塔の笠を裏返して鉢穴を穿ったものを指します。

    「賞花亭前の玉形手水鉢」は水輪(湧玉)に鉢穴を穿つた見立物の手水鉢です。見立物とは五輪塔の水輪部分や、宝篋印塔の笠を裏返して鉢穴を穿ったものを指します。

  • 「園林堂」まで歩いてきて「賞花亭」を振り返ります。少し下りながら敷かれた飛び石の上を歩いてきたのが良く分かります。

    「園林堂」まで歩いてきて「賞花亭」を振り返ります。少し下りながら敷かれた飛び石の上を歩いてきたのが良く分かります。

  • この辺りで参観経路の半分くらいですが、すでにお疲れのようです。段差があるところは手を引きましたが、祖母の手を引いた35年後に妻の手を引いて桂離宮を参観するとは思いもしませんでした。新たな思い出が書き加えられました。

    この辺りで参観経路の半分くらいですが、すでにお疲れのようです。段差があるところは手を引きましたが、祖母の手を引いた35年後に妻の手を引いて桂離宮を参観するとは思いもしませんでした。新たな思い出が書き加えられました。

  • この辺りからは「神仙島」がきれいに見渡せます。神仙島とは不老不死の仙人が住む島とされます。

    この辺りからは「神仙島」がきれいに見渡せます。神仙島とは不老不死の仙人が住む島とされます。

  • 池を望む風景はこの辺りからが一番美しいと思います。参観経路には入っていないので島には渡れません。

    池を望む風景はこの辺りからが一番美しいと思います。参観経路には入っていないので島には渡れません。

  • この土橋を渡れば御殿まで最短距離ですが、参観経路ではありません。手前を左に折れて「園林堂」へ向かいます。

    この土橋を渡れば御殿まで最短距離ですが、参観経路ではありません。手前を左に折れて「園林堂」へ向かいます。

  • 「園林堂」の前に架かる土橋は下を船が通るので中央部が高いアーチになっています。桂離宮の土橋の中では一番美しい弧を描いていると思います。その先に「笑意軒」が見えます。

    「園林堂」の前に架かる土橋は下を船が通るので中央部が高いアーチになっています。桂離宮の土橋の中では一番美しい弧を描いていると思います。その先に「笑意軒」が見えます。

  • 「園林堂( おんりんどう )」は池の南側にある大きな島の西端に建つ持仏堂で、離宮内で唯一の本瓦葺の建物です。宝形造りに本瓦葺で、正面に唐破風を付し、正面と両側面の三方に銅板の庇をめぐらしています。周囲には高欄付の縁を設けられています。

    「園林堂( おんりんどう )」は池の南側にある大きな島の西端に建つ持仏堂で、離宮内で唯一の本瓦葺の建物です。宝形造りに本瓦葺で、正面に唐破風を付し、正面と両側面の三方に銅板の庇をめぐらしています。周囲には高欄付の縁を設けられています。

  • かつては楊柳観音画像と細川幽斎(智仁親王の和歌の師)の画像が祀られていたそうですが、これらは別の場所に保管され、現在は堂内に何も祀られていないとの説明がありました。

    かつては楊柳観音画像と細川幽斎(智仁親王の和歌の師)の画像が祀られていたそうですが、これらは別の場所に保管され、現在は堂内に何も祀られていないとの説明がありました。

  • 「園林堂前の春日燈籠」は左右一対立てられています。

    「園林堂前の春日燈籠」は左右一対立てられています。

  • この後に渡る土橋は先ほど見た美しいアーチを持ったものです。写真では分かりにくいですがかなり大きな弧になっているので妻の手を引かないとならなさそうです。

    この後に渡る土橋は先ほど見た美しいアーチを持ったものです。写真では分かりにくいですがかなり大きな弧になっているので妻の手を引かないとならなさそうです。

  • 堂の周囲には黒石を敷き詰めた雨落敷をめぐらしています。「園林堂」には雨樋が無いので、降った雨は瓦屋根から直接地面に落ちます。地面が削れたり苔が痛まないように小石が敷き詰められているわけです。この小石の位置が屋根の庇と合致しているわけです。

    堂の周囲には黒石を敷き詰めた雨落敷をめぐらしています。「園林堂」には雨樋が無いので、降った雨は瓦屋根から直接地面に落ちます。地面が削れたり苔が痛まないように小石が敷き詰められているわけです。この小石の位置が屋根の庇と合致しているわけです。

  • この雨落敷の上をまたいで横断する形で、方形切石の飛石が設けられており、桂離宮における奇抜なデザインの一例として知られています。

    この雨落敷の上をまたいで横断する形で、方形切石の飛石が設けられており、桂離宮における奇抜なデザインの一例として知られています。

  • 「園林堂前の木瓜形手水鉢」の木瓜形(もっこうがた)とは器物の形の1つで、紋所の木瓜のように楕円の四隅が内側に窪んでいる形を意味します。阿古陀(あこだ)形とか四方入隅(角)形とも呼ばれます。木瓜の文様としては古く、唐時代に用いられて日本に伝来しています。

    「園林堂前の木瓜形手水鉢」の木瓜形(もっこうがた)とは器物の形の1つで、紋所の木瓜のように楕円の四隅が内側に窪んでいる形を意味します。阿古陀(あこだ)形とか四方入隅(角)形とも呼ばれます。木瓜の文様としては古く、唐時代に用いられて日本に伝来しています。

  • 池越しに「笑意軒舟着の三光燈籠」です。笑意軒の舟着場の東端に楚々と置かれた石燈籠は箱型の火袋と箱蓋のような笠石だけの簡素なもので、火袋の側面に丸と三日月と四角の形がくり抜いてあります。丸は太陽を表し、三日月は月、四角は星を現して「三光燈籠」と呼ばれるものです。

    池越しに「笑意軒舟着の三光燈籠」です。笑意軒の舟着場の東端に楚々と置かれた石燈籠は箱型の火袋と箱蓋のような笠石だけの簡素なもので、火袋の側面に丸と三日月と四角の形がくり抜いてあります。丸は太陽を表し、三日月は月、四角は星を現して「三光燈籠」と呼ばれるものです。

  • 土橋を渡って「笑意軒」へ向かいます。

    土橋を渡って「笑意軒」へ向かいます。

  • 土橋の上からも左手に建つ「笑意軒」の建物が見えています。

    土橋の上からも左手に建つ「笑意軒」の建物が見えています。

  • 反対側には渡れなかった土橋越しに「神仙島」や「天橋立」が望めます。

    反対側には渡れなかった土橋越しに「神仙島」や「天橋立」が望めます。

  • もう1週間もすると紅葉がきれいになると思います。

    もう1週間もすると紅葉がきれいになると思います。

  • 「笑意軒」の近くに差し掛かると見学してきた「園林堂」の全体像が見えます。桂離宮の中にあって唯一の瓦屋根の建物です。本瓦葺宝形造りで唐破風の向拝を持つ仏堂です。仏堂の威厳のある反った屋根を思い浮かべますが、屋根の形をむくらせることで和らいだ雰囲気に変えています。

    「笑意軒」の近くに差し掛かると見学してきた「園林堂」の全体像が見えます。桂離宮の中にあって唯一の瓦屋根の建物です。本瓦葺宝形造りで唐破風の向拝を持つ仏堂です。仏堂の威厳のある反った屋根を思い浮かべますが、屋根の形をむくらせることで和らいだ雰囲気に変えています。

  • 「笑意軒路地入り口の三角方燈籠」は雪見形の変形と伝わり、笠や火袋から中台、脚まで全てが三角形になっていて他に類を見ない燈篭です。火袋の窓の形が手前が四角で左が丸で右側が三日月とそれぞれ形が違っているのも味わい深いです。

    「笑意軒路地入り口の三角方燈籠」は雪見形の変形と伝わり、笠や火袋から中台、脚まで全てが三角形になっていて他に類を見ない燈篭です。火袋の窓の形が手前が四角で左が丸で右側が三日月とそれぞれ形が違っているのも味わい深いです。

  • 「笑意軒」の扁額は曼殊院良恕法親王(智仁親王の兄)の筆です。建物の名は李白の山中問答歌の句の「問余何意栖碧山 笑而不答心自閑」(余に問ふ何の意ありて碧山に栖むと。笑ひて答えず心自ら閑かなり)に由来します。口の間の外に面した壁の内法の上は、円形の下地窓を左右に6個並べた独特の意匠となっています。腰壁は横に細長いのですが、その中央部分を平行四辺形に区切って、そこに金箔を張り、左右の直角三角形のスペースには市松文様の天鵞絨(ビロード)を張ってあります。

    「笑意軒」の扁額は曼殊院良恕法親王(智仁親王の兄)の筆です。建物の名は李白の山中問答歌の句の「問余何意栖碧山 笑而不答心自閑」(余に問ふ何の意ありて碧山に栖むと。笑ひて答えず心自ら閑かなり)に由来します。口の間の外に面した壁の内法の上は、円形の下地窓を左右に6個並べた独特の意匠となっています。腰壁は横に細長いのですが、その中央部分を平行四辺形に区切って、そこに金箔を張り、左右の直角三角形のスペースには市松文様の天鵞絨(ビロード)を張ってあります。

  • 北側正面は深い土庇となり大小の飛石を配置し、榑縁を設けてあります。寄棟造りの主体部の東側は手前が「口の間」、その奥が「中の間」であり、これらの西に「次の間」が続き、建物西端には板敷の「膳組の間」があります。

    北側正面は深い土庇となり大小の飛石を配置し、榑縁を設けてあります。寄棟造りの主体部の東側は手前が「口の間」、その奥が「中の間」であり、これらの西に「次の間」が続き、建物西端には板敷の「膳組の間」があります。

  • 「笑意軒」の楽しみの1つが切り取られた景色のピクチャーウィンドウと言えます。竹の連子窓を透かした景色は隣接する田んぼです。11月の上旬に刈り取られたと聞きました。この辺りは修学院離宮と同じシステムで、景色までもが管理されていると感じます。右側の袋棚の小襖には絹地に湧き上がる雲海の意匠が描かれています。

    「笑意軒」の楽しみの1つが切り取られた景色のピクチャーウィンドウと言えます。竹の連子窓を透かした景色は隣接する田んぼです。11月の上旬に刈り取られたと聞きました。この辺りは修学院離宮と同じシステムで、景色までもが管理されていると感じます。右側の袋棚の小襖には絹地に湧き上がる雲海の意匠が描かれています。

  • 口の間と中の間と次の間の襖の引手は船の櫂の形をしています。昔見学させていただいた御殿の中の有名な引手のことを思い出します。襖には山水や花鳥が描かれていいますが、遠めに見てもかなり剥落しているようです。

    口の間と中の間と次の間の襖の引手は船の櫂の形をしています。昔見学させていただいた御殿の中の有名な引手のことを思い出します。襖には山水や花鳥が描かれていいますが、遠めに見てもかなり剥落しているようです。

  • 「笑意軒の浮月手水鉢」です。手水鉢には水が張られ、夏の月影を映す趣向となっていて、柄杓を差し込んで月をすくうように水が汲めたそうです。

    「笑意軒の浮月手水鉢」です。手水鉢には水が張られ、夏の月影を映す趣向となっていて、柄杓を差し込んで月をすくうように水が汲めたそうです。

  • 「笑意軒の浮月手水鉢」の脇には延段がみえますが、ここでは天然石のみが用いられた「草の飛石」と言われています。他の参観者の方を写さないようにするとアングルがおかしい写真になってしまいます。

    「笑意軒の浮月手水鉢」の脇には延段がみえますが、ここでは天然石のみが用いられた「草の飛石」と言われています。他の参観者の方を写さないようにするとアングルがおかしい写真になってしまいます。

  • 口の間の東側の杉戸外面の引手は矢羽根形になっています。

    口の間の東側の杉戸外面の引手は矢羽根形になっています。

  • 夏の月夜にここから舟を出して池を周ったらさぞ楽しいでしょうね。現在舟に乗ろうと思ったら仕事を受けている造園業者に入社しないとならないです。

    夏の月夜にここから舟を出して池を周ったらさぞ楽しいでしょうね。現在舟に乗ろうと思ったら仕事を受けている造園業者に入社しないとならないです。

  • 「笑意軒」からは元来た道を戻りかけて、途中から「中書院」へ向かいます。

    「笑意軒」からは元来た道を戻りかけて、途中から「中書院」へ向かいます。

  • 「梅馬場東詰の雪見灯篭」は園林堂前から続く梅の馬場の脇に置かれた雪見灯籠です。大きな笠石と火袋に中台が6角形で、竿が4脚になっているユニークな姿をしています。この燈籠には宝珠が付けられていませんが、雪が積もった時にはこの方が美しいという理由からだそうです。

    「梅馬場東詰の雪見灯篭」は園林堂前から続く梅の馬場の脇に置かれた雪見灯籠です。大きな笠石と火袋に中台が6角形で、竿が4脚になっているユニークな姿をしています。この燈籠には宝珠が付けられていませんが、雪が積もった時にはこの方が美しいという理由からだそうです。

  • 先ほど渡った土橋も向こうに「園林堂」が見えます。少し遅れて出発した12名の方がそこまで来ています。

    先ほど渡った土橋も向こうに「園林堂」が見えます。少し遅れて出発した12名の方がそこまで来ています。

  • 「古書院」と「中書院」の脇の「新御殿」は改修工事の工事囲いで覆われているので、写さないようにするとアングルが変になってしまいます。

    「古書院」と「中書院」の脇の「新御殿」は改修工事の工事囲いで覆われているので、写さないようにするとアングルが変になってしまいます。

  • 外観を眺めるだけですが、内部がどうなっているかは記憶に残っているので懐かしく思えます。もう二度と中に入ることは出来ないのが残念です。古書院に伸びる飛石はリズミカルな配置で、七五三飛石と呼ばれます。

    外観を眺めるだけですが、内部がどうなっているかは記憶に残っているので懐かしく思えます。もう二度と中に入ることは出来ないのが残念です。古書院に伸びる飛石はリズミカルな配置で、七五三飛石と呼ばれます。

  • 歩いてきた美しい敷石を見返してみます。

    歩いてきた美しい敷石を見返してみます。

  • 以前に叔母のお茶会で見学させていただいた金閣寺でも思いましたが、鹿苑寺の庭園は建物の中から見るのが一番美しいと思いました。この月見台の上から眺めた景色と祖母との思い出が蘇ってきます。

    以前に叔母のお茶会で見学させていただいた金閣寺でも思いましたが、鹿苑寺の庭園は建物の中から見るのが一番美しいと思いました。この月見台の上から眺めた景色と祖母との思い出が蘇ってきます。

  • 昭和20年代には祖母や母はここで月見をしたと言っていました。そんな時代はもう戻ってきませんね。書院と御殿の全体のバランスも美しく、ドイツ人の建築家ブルーノ・タウトは敦賀に到着した翌日に桂離宮に来ています。長らく憧れていた日本の美を間近でみた感慨もひとしおで、このときの印象を「泣きたくなるほど美しい」と日記に記しています。

    昭和20年代には祖母や母はここで月見をしたと言っていました。そんな時代はもう戻ってきませんね。書院と御殿の全体のバランスも美しく、ドイツ人の建築家ブルーノ・タウトは敦賀に到着した翌日に桂離宮に来ています。長らく憧れていた日本の美を間近でみた感慨もひとしおで、このときの印象を「泣きたくなるほど美しい」と日記に記しています。

  • また著書の「永遠なるもの」においても「私たちは今こそ真の日本を知り得たと思った。しかしここに繰り広げられている美は理解を絶する美、すなわち偉大な芸術のもつ美である。すぐれた芸術品に接するとき、涙はおのずから眼に溢れる。私たちはこの神秘にもたぐう謎のなかに、芸術の美は単なる形の美ではなくて、その背後に無限の思想と精神的連関との存することを看取せねばならない。……私たちは暫くここに立ち尽くして、互いに話すべき言葉を知らなかった。」とあります。

    また著書の「永遠なるもの」においても「私たちは今こそ真の日本を知り得たと思った。しかしここに繰り広げられている美は理解を絶する美、すなわち偉大な芸術のもつ美である。すぐれた芸術品に接するとき、涙はおのずから眼に溢れる。私たちはこの神秘にもたぐう謎のなかに、芸術の美は単なる形の美ではなくて、その背後に無限の思想と精神的連関との存することを看取せねばならない。……私たちは暫くここに立ち尽くして、互いに話すべき言葉を知らなかった。」とあります。

  • 高床の上に建っている中書院は白い障子が縁側の外に巡らされています。このバランスの美しさは丹下健三は1960年に写真集「桂」でも紹介しています。

    高床の上に建っている中書院は白い障子が縁側の外に巡らされています。このバランスの美しさは丹下健三は1960年に写真集「桂」でも紹介しています。

  • 月見台の前からは「七重の石塔と中島南岸の置燈籠」と周囲の池を眺めることが出来ます。ほんの数メートルのことですが、視線の位置が上がるだけでその景色は違って見えます。

    月見台の前からは「七重の石塔と中島南岸の置燈籠」と周囲の池を眺めることが出来ます。ほんの数メートルのことですが、視線の位置が上がるだけでその景色は違って見えます。

  • この池に映り込む月を見てみたい気持ちになります。ここにも船着き場の石で護岸されています。

    この池に映り込む月を見てみたい気持ちになります。ここにも船着き場の石で護岸されています。

  • 御殿から中島へ渡る板橋は木製の簡素なものですが、池からは石垣が組み上げられていて、アンバランスな感じがします。もしかすると取り外せるのではないかと思いました。

    御殿から中島へ渡る板橋は木製の簡素なものですが、池からは石垣が組み上げられていて、アンバランスな感じがします。もしかすると取り外せるのではないかと思いました。

  • 今まで歩いてきた庭園が一望できます。

    今まで歩いてきた庭園が一望できます。

  • 「松琴亭」からずいぶん歩いてきたのだと思います。

    「松琴亭」からずいぶん歩いてきたのだと思います。

  • 月波楼は池の西岸、古書院の北側にある茶屋で、南を正面とし、池に面した北側と東側には石垣を築いています。寄棟造りに杮葺の屋根が架けられています。建物の名は白居易の「西湖詩」の「月点波心一顆珠」(月は波心に点じ一顆(ひとつぶ)の珠)という句に由来しています。

    月波楼は池の西岸、古書院の北側にある茶屋で、南を正面とし、池に面した北側と東側には石垣を築いています。寄棟造りに杮葺の屋根が架けられています。建物の名は白居易の「西湖詩」の「月点波心一顆珠」(月は波心に点じ一顆(ひとつぶ)の珠)という句に由来しています。

  • そう考えると妻と何度も旅した中国杭州の西湖のことを思い出します。蘇州から京杭運河を船で1晩かけて着き、何度かに分けて西湖も1周しました。西湖に対しての日本人のあこがれは強く、各地の大名庭園や城の庭園で西湖堤を見る事があります。

    そう考えると妻と何度も旅した中国杭州の西湖のことを思い出します。蘇州から京杭運河を船で1晩かけて着き、何度かに分けて西湖も1周しました。西湖に対しての日本人のあこがれは強く、各地の大名庭園や城の庭園で西湖堤を見る事があります。

  • 中央の土間を囲んで東に中の間、北に一の間、西に板敷の膳組所があり、中の間の手前に口の間が突き出ています。「松琴亭」が冬向きの茶屋とされるのに対し、「月波楼」は夏向きの茶屋とされています。一の間にのみ竹の竿縁の天井を張り、他の部分は化粧屋根裏として、竹垂木や竹木舞や葭簀の野地からなる屋根裏をそのまま見せています。午前11時前ですが、秋の柔らかい日差しが畳にきれいな影を落としています。

    中央の土間を囲んで東に中の間、北に一の間、西に板敷の膳組所があり、中の間の手前に口の間が突き出ています。「松琴亭」が冬向きの茶屋とされるのに対し、「月波楼」は夏向きの茶屋とされています。一の間にのみ竹の竿縁の天井を張り、他の部分は化粧屋根裏として、竹垂木や竹木舞や葭簀の野地からなる屋根裏をそのまま見せています。午前11時前ですが、秋の柔らかい日差しが畳にきれいな影を落としています。

  • 二の間は池に面した東面と西面に竹簀子の縁を設け、二の間の「歌月」の額は後水尾天皇の筆とも霊元天皇の筆ともいわれます。

    二の間は池に面した東面と西面に竹簀子の縁を設け、二の間の「歌月」の額は後水尾天皇の筆とも霊元天皇の筆ともいわれます。

  • この障子の開口で切り取られた風景も美しいです。四角く切り取られた生垣が見学の終わりを感じさせます。

    この障子の開口で切り取られた風景も美しいです。四角く切り取られた生垣が見学の終わりを感じさせます。

  • 一の間と中の間の境の襖には、明かり取りのための障子を組み込んだ「源氏襖」が使われています。京唐紙に秋の風情を連想させる紅葉の絵柄が描かれ、鎌型手水鉢と共に「秋」を表現しています。紅葉の上に雲母の流水紋が摺られ、光の差し込む角度によって龍田川の風情を表し、これも「秋」を象徴する素材です。

    一の間と中の間の境の襖には、明かり取りのための障子を組み込んだ「源氏襖」が使われています。京唐紙に秋の風情を連想させる紅葉の絵柄が描かれ、鎌型手水鉢と共に「秋」を表現しています。紅葉の上に雲母の流水紋が摺られ、光の差し込む角度によって龍田川の風情を表し、これも「秋」を象徴する素材です。

  • 膳組所は南東に長炉を設け、北西に竈、袋棚と釣棚を設けています。西側には水屋(流し)があり、床面近くに横長の下地窓を開かれています。

    膳組所は南東に長炉を設け、北西に竈、袋棚と釣棚を設けています。西側には水屋(流し)があり、床面近くに横長の下地窓を開かれています。

  • 簡潔なデザインですが、機能はすべて備わっています。ここでどのような茶会が催されたのか、どんな茶器が使われたのでしょう。

    簡潔なデザインですが、機能はすべて備わっています。ここでどのような茶会が催されたのか、どんな茶器が使われたのでしょう。

  • この「月波楼」で池を1周してきたことになり、見学も終わりを向かえます。

    この「月波楼」で池を1周してきたことになり、見学も終わりを向かえます。

  • 最後に池を見渡す景色を楽しみます。

    最後に池を見渡す景色を楽しみます。

  • 「松琴亭」もこれで見納めです。

    「松琴亭」もこれで見納めです。

  • 切石を組み合わせた延段(敷石道)が古書院の玄関口である「御輿寄」(おこしよせ)です。延段を進み4段の幅広い石段を上がると大きな沓脱石があります。1枚石の沓脱石には6人分の沓が並べられることから「六つの沓脱」と呼ばれています。上面には雨水が溜まらないように浅いむくりという傾斜が施されています。

    切石を組み合わせた延段(敷石道)が古書院の玄関口である「御輿寄」(おこしよせ)です。延段を進み4段の幅広い石段を上がると大きな沓脱石があります。1枚石の沓脱石には6人分の沓が並べられることから「六つの沓脱」と呼ばれています。上面には雨水が溜まらないように浅いむくりという傾斜が施されています。

  • 御殿の中に入るのはここからになります。実際に座って靴を脱いだり履いたりすると微妙に使いずらいです。和装と洋装での使い勝手の違いを感じました。

    御殿の中に入るのはここからになります。実際に座って靴を脱いだり履いたりすると微妙に使いずらいです。和装と洋装での使い勝手の違いを感じました。

  • 中門をくぐって見学は終わりです。妻はもうへとへとです。

    中門をくぐって見学は終わりです。妻はもうへとへとです。

  • 門をくぐったところで上からどんぐりが降ってきました。妻にとっては踏んだり蹴ったりの桂離宮の見学だったかもしれません。今日はここまでですが、翌日はもっと参観経路の長い修学院離宮が待っています。

    門をくぐったところで上からどんぐりが降ってきました。妻にとっては踏んだり蹴ったりの桂離宮の見学だったかもしれません。今日はここまでですが、翌日はもっと参観経路の長い修学院離宮が待っています。

  • 最後尾なので我々の後には誰もいません。おかげでよい写真が撮れました。

    最後尾なので我々の後には誰もいません。おかげでよい写真が撮れました。

  • きれいに刈り込まれた生垣越し「月波楼」を眺めます。

    きれいに刈り込まれた生垣越し「月波楼」を眺めます。

  • 生垣の先に1本経つこの松は池に突き出した岬の突端にあり、池の眺めをさえぎっているため「衝立の松」と呼ばれます。池の眺めをあえて遮り、訪問者が「古書院」に上がって、そこの広縁から外を眺めたときに初めて池の全景が見える仕掛けのためにこの松が植えられています。

    生垣の先に1本経つこの松は池に突き出した岬の突端にあり、池の眺めをさえぎっているため「衝立の松」と呼ばれます。池の眺めをあえて遮り、訪問者が「古書院」に上がって、そこの広縁から外を眺めたときに初めて池の全景が見える仕掛けのためにこの松が植えられています。

  • ちょうど1時間の参観が終わりました。荷物を持って、売店でパンフレットと絵葉書を買い求めて桂離宮を後にします。中村軒さんでお昼が食べられないので、桂の駅まで歩く途中で休憩しようとしましたが、お店は1軒もありませんでした。午後は大山崎の大山崎山荘美術館に向かいます。

    ちょうど1時間の参観が終わりました。荷物を持って、売店でパンフレットと絵葉書を買い求めて桂離宮を後にします。中村軒さんでお昼が食べられないので、桂の駅まで歩く途中で休憩しようとしましたが、お店は1軒もありませんでした。午後は大山崎の大山崎山荘美術館に向かいます。

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2021大阪京都の旅

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