2012/05/15 - 2012/05/29
84位(同エリア945件中)
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≪Romantische Strasseロマンチック街道、Schwaebische Alb Strasseシュヴェービッシュ・アルプ街道、Burgenstrasse古城街道の旅≫
期間 :2012年05月15日(火)~05月29日(火)15日間の旅
目的地:ヘッセン州、バイエルン州、バーデン・ヴュルテンベルク州を巡る旅である。
ドイツ13のワイン産地の内、フランケンワイン、ヴュルテンベルガーワインのワイン街道を楽しむ予定である。
①5月15日(火)思い入れの古城ホテル ローテンブーフ城へ
②5月16日(水)白雪姫伝説が生まれたロアーの町を訪ねる。
③5月17日(木)天空の城・ザーレック城からマイン川沿いにファイツヘーヒハイム宮殿へ南下する。
・・・・・
≪Romantische Strasseロマンチック街道の町々を巡る≫
5月17日(木);快晴、朝は寒く5℃、日中は15℃、156km
Veitshoechheim(Wuerzburg)ファイツヘーヒハイム宮殿見学10:00~12:20 ->B27を走り、ヴュルツブルク市内を経由し、->B8・L?を36kmで、ロマンチック街道のTauberbischofsheimタウバービショプスハイム着・見学13:00~13:55 ->B290 10km Laudaラウダ&Koenigshofenケーニヒスホーフェン->B290 16km Bad Mergentheimバート・メルゲントハイム着・見学14:40~15:15 ->B19・L? 16km Weikersheimヴァイカースハイム着・見学15:45~17:30 ->L?・ L? 32km Mulfingen‐Ailringenムルフィンゲン・アイルリンゲンに18:30着。(③Romantik Hotel Altes Amtshaus)
写真はWeikersheimヴァイカースハイム:Schloss Weikersheimヴァイカースハイム城
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- レンタカー
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
<Romantische Strasse vom Main zu den Alpenロマンチック街道図・・・マインからアルプスまで>
ドイツの観光政策には実に感心する。
遠路から来る短期間の旅をする外国人観光客にとっては、 <ロマンチック街道は“マインからアルプスまで”というように、1950年の創設以来、自然・文化・御もてなしの三拍子そろった街道である>と誘い文句があれば、皆喜んでやってくることでしょう。
この街道は中世を旅するとも云われる。つまり、古き中世の時代を楽しみ、豊かなドイツの歴史・芸術・文化に触れる事が出来るのだから・・・。
私は中世と言う言葉や時代が好きなのですが、私共が今見る街道上の町々は勿論、かつての中世の町ではありません。一種の疑似体験をして、少しでもその歴史の一端を知りたいというだけです。
ドイツは日本に比較すれば、管理された、意図的なものとはいえ、かつての中世をよく再現してくれていると思います。
だから、感傷旅行と称して、いまだにドイツ一辺倒で旅をしているのです。
赤い瓦屋根の景観が大好きで、何やらこれを見にドイツ詣でをしているような思いがします。緑に囲まれた旧市街はまさに“中世の宝石”です。
私が37年前にロマンチック街道を走っていた頃、私共は初めての海外駐在と言う、願っても無い機会を得て、訪ねるどの町でも、ただただ興味深く、見てまわったものです。
いまロマンチック街道の道標に日本語がドイツ語に併記されているのをみると、面映ゆい思いがありますが、それだけ日本のプレゼンスが高いということでしょう。これが中国語や、韓国語に変る事を思うと、暗然とします。
写真はRomantische Strasse vom Main zu den Alpenロマンチック街道図・・・マインからアルプスまで -
Romantische Strasseロマンチック街道はWuerzburgヴュルツブルクからFuessenフュッセンまでの366kmの街道ルートである。
『ロマンチック街道』という名称は「ローマへの巡礼の道」の意味で、もともとはローマ人たちによって作られた街道。ローマへの道路網の一環として整備されたものと云う。
観光資源が様々に豊富なルートで、最も人気の高い観光街道の一つである。 その行程は以下の通り。<>が今回の行程;
Wuerzburgヴュルツブルクを出発点とし、<Tauberbischofsheimタウバービショフスハイム、Lauda-Koenigshofenラウダ・ケーニヒスホーフェン、Bad Mergentheimバート・メルゲントハイム、Weikersheimヴァイカースハイム、Roettingenレッティンゲン、Creglingenクレクリンゲン、Rothenburg ob der Tauberローテンブルク、Schillingsfuerstシリングスフュルスト 、Feuchtwangenフォイヒトヴァンゲン、Dinkelsbuehlディンケルスビュール 、Wallersteinヴァラーシュタイン、Noerdlingenネルトリンゲン、Harburgハールブルク 、Donauwoerthドナウヴェルト、Augsburgアウクスブルク、Friedbergフリートベルク>、
Landsbergランツベルク、Hohenfurchホーエンフルヒ、Schongauショーンガウ、Peitingパイティンク、Rottenbuchロッテンブーフ 、Wildsteigヴィルトシュタイク、Steingadenシュタインガーデン、Halblechハルプレヒ、Schwangauシュヴァンガウ、最終地は Fuessenフュッセンである。道はこの後、アルプスを越えてローマへと続くのだそうだ。
写真はWappen_Tauberbischofsheimタウバービショフスハイムの紋章:
赤地に銀の面兜。その左右の留め紐にそれぞれ2輪ずつ銀のバラが添えらえている。兜の上には兜飾りとして6本軸のマインツの車輪。
歴史的にマインツ選帝侯の支配地であった事を紋章で示しているが、1309年から1726年に使用されていた面兜はその後、司教冠(ミトラMitra:典礼でかぶる冠)に変わり、1961年まで使用され、それ以降は再度古い面兜になったと云う。 -
ドイツの旅ではNAVIを使ったことがない。ドイツは道が分かりやすい所為もあるが、ナビに入れるのも面倒!というのが本音だ。
ただ、空港からの出だしと、訪れた町から次の町へ出て行く道を探すのは、大きな町だと結構難しく、気を使います。かつての旅では勘で走り、時々、とんでもない方向に走ってしまったこともありました。
レンタカー・ルノー2000ccはナビ付き(日本語は無い)である。駐車場で、試しにNAVIをいじってみた。
思っていた以上に使用も簡単で、便利に思えた。
ロマンチック街道の最初の町タウバービショフスハイムを入れてみた。綴りは当然ながら、ドイツ語の町名を書くわけだが、町の中心マルクト広場に誘導するように入れてみた。
写真はTauberbischofsheimタウバービショプスハイム:俯瞰・・・町の中央に旧市街が楕円形を描いている様子が分かる。 -
ヴュルツブルク市内を経由し、B8・L?を36kmで、タウバービショフスハイムの町に着いた。祭日で街中は閑散としていて、中心地のSt.Liobakirche聖リオバ教会傍の駐車場にも簡単に停められた。
<Tauberbischofsheimタウバービショプスハイム観光>
13:00~13:55
タウバービショフスハイムは、いずれも見所に恵まれたロマンチック街道、ジークフリート街道*沿いに位置している。
“美しきタウバー渓谷”沿いの古い町の一つで人口13千人。フランケンワインの産地として知られる。町をざっと散策してみた。
マルクト広場を中心に、ネオゴシック様式の市庁舎が目立つ。
写真はTauberbischofsheimタウバービショプスハイム:町の中心マルクト広場のネオゴシック様式の市庁舎(1865年)
<Nibelungen - Siegfriedstrasseニーベルンゲン・ジークフリート街道>
(Wiki)
ドイツ観光街道の一つ。本来はニーベルンゲン街道とジークフリート街道*は別々の街道で、ともにWormsヴォルムスを起点とし、Lorschロルシュを経て、オーデンの森を通り、Wertheimヴェルトハイムまでの街道である。
Bensheimから、北よりのErbachエアバッハ、Michelstadt、Miltenberg am Main 、Freudenberg am Mainを経由するのがニーベルンゲン街道(全長約110km)であり、
Heppenheimから、Grasellenbach、南よりのAmorbachアモールバッハ、Wallduern 、Tauberbischofsheimタウバービショプスハイムを経由するのがジークフリート街道(全長約150km)である。
2つの街道は、ともに中世叙事詩『ニーベルンゲンの歌』をテーマとしたほぼ同一地域を通る観光街道であり、また2002年には『ニーベルンゲンの歌』800年記念行事として、伝説の様々な場面をかたどった共通デザインのモニュメントをそれぞれの町に配するなど共通の活動を行っている為、ニーベルンゲン・ジークフリート街道とまとめて称せられる。 -
イチオシ
この町の歴史は735年に聖ボニファチウスがこの地に女子修道院を建てた事に始まり、後に殉教した聖リオバがキリスト教の布教に努め、当時からキリスト教との関係が深い町だと云う。
Klostegasse僧院横丁を南に行くと、フランシスコ派修道会の付属教会であるSt.Liobakirche聖リオバ教会(1735年)がある。
歩行者天国のHauptstrasseハウプト通りの先にSchlossplatz城広場があり、石畳の先に目印になる高いTuermersturmツルマー塔と共に、マインツ選帝侯の宮殿 ⑦(この旅7番目の城)*(1250年)がある。
かつて、この町は城塞都市であり、高さ10mの市城壁で囲まれた町には20を数える塔が立っていたらしい。今は Tuermersturmツルマー塔(直径9m、高さ38mの天守閣である。2mの厚さを持った円型塔で、8mの高さに出入口を設けていた。1270年)と共にHungerturmフンガー塔(牢獄、監視塔でもあった。1270年)だけが残る。
*Tauberfraenkisches Landschaftsmuseum im Kurmainzischen Schlossマインツ選帝侯の城館・郷土博物館(火~土14時~16時半)
この日は木曜日で開館日だが、午後2時からという事で、諦めて他を廻った。
写真はTauberbischofsheimタウバービショプスハイム:マインツ選帝侯の城館、中央にTuermersturmツルマー塔 -
Liobastrasseリオバ通りには木組み建築の美しい家並みが見られ、
写真はTauberbischofsheimタウバービショプスハイム:リオバ通りの木組み建築 -
リオバ通り近くには隣り合わせにStadtkirche St.Martin地区教会(1910年、ネオゴシック風教会、リーメンシュナイダー工房作の聖壇が見所)、小さなSebastianuskapelleセバスティアヌスカペレ(1474年)のPortal入口上部には石のレリーフ(天国と地獄図)が見られ、其々訪れた。
http://www.tauberbischofsheim.de/
写真はタウバービショプスハイム・SebastianuskapelleセバスティアヌスカペレのPortal入口:上部には石のレリーフ(天国と地獄図) -
写真はタウバービショプスハイム・Sebastianuskapelleセバスティアヌスカペレ:礼拝堂内の窓
-
写真はタウバービショプスハイムStadtkirche St. Martinザンクト・マルティン 地区教会:リーメンシュナイダー工房作の聖壇
-
更にB290を10km進む。
<Lauda-Koenigshofenラウダ・ケーニヒスホーフェン観光>
この町は合併で二つの町ラウダとケーニヒスホーフェンが一緒になったが、距離の在る別々の地区になっている。
ちょっと捉え所がなく、車中からザッと見て回っただけだ。
ラウダ旧市街には教会、木組みの家、ワインの産地でもあり、その生産過程を展示した郷土博物館、人口15千人。
http://www.lauda-koenigshofen.de/
写真はGruenbach (Tauber)タウバー川の支流グリューンバッハ川(全長31km)に架かる石橋は好ましい。 -
次は16km先のBad Mergentheimバート・メルゲントハイムである。
<Bad Mergentheimバート・メルゲントハイム観光>
14:40~15:15
ヴュルツブルクの南西約35km、ハイルブロンの北東約56kmにある。
歴史的にはドイツ騎士団の拠点として13世紀から発展したバート・メルゲントハイムの町は人口22千人の保養地でもある。
さすがに保養地だけにNAVIは自動的にマルクト広場ではなく、タウバー川の向こう岸、丘の斜面に立派な保養施設が並ぶ地域に誘導した。
この為、少々保養地域の中をグルグルまわった。
写真はWappen_Bad_Mergentheimバート・メルゲントハイムの紋章
銀地に端から端まで貫く黒い十字。黒十字の中に細い金の十字。中央に金地で黒鷲を描いた小盾がある。上部の両隅には、それぞれ6つの突起がある傾いた赤い星。下部の両隅には、5弁の赤いバラが描かれている。
バート・メルゲントハイムは1526年から1809年までDeutscher Ordenドイツ騎士団の本部所在地、すなわちHochmeister総長の所在地であった。
ドイツ騎士団の町であり、その象徴であるドイツ騎士団総長の紋章であるHochmeisterkreuzホッホマイスタークロイツ(黒十字)が採り入れられている。
星とバラはドイツ騎士団の守護聖人である聖母マリアを示唆する。 -
写真はバート・メルゲントハイム:旧市街の俯瞰・・・ここも中世の要塞都市の形状を楕円形に示していて、中央に旧市庁舎、双子の家があり、右手にドイツ騎士団宮殿の建物が見える。
-
旧市街のマルクト広場に面して、ルネサンス様式の旧市庁舎(1564年)、教区教会、騎士団総長Milchlingミルヒリング像の立つ噴水、Marienkirche聖母マリア教会(14世紀)があり、ドイツ騎士団宮殿*・博物館・礼拝堂とマルクト広場を結ぶBurgstrasseブルク通りが町の中心で木組みの家、バロックの家が見られる。
http://www.bad-mergentheim.de/de/
写真はバート・メルゲントハイムのマルクト広場:ルネサンス様式の旧市庁舎、 -
<Deutscher Ordenドイツ騎士団>
ドイツ騎士団とは、ローマ・カトリック教会の公認した騎士修道会の一つである。正式名称はドイツ人の聖母マリア騎士修道会と称する。
12世紀後半、聖地パレスチナに巡礼するキリスト教信者を護衛し病院を設立する目的で設立された。
中世には聖地やバルト海地域で十字軍の騎士修道会として活動した。プロイセンなどを統治し、東方植民の先駆けとなった。テンプル騎士団、聖ヨハネ騎士団と共に、中世ヨーロッパの三大騎士修道会の1つに数えられる。
<ドイツ騎士団の本部の変遷>
アッコ(現イスラエル北部:1192?1291年)
ヴェネツィア(イタリア:1291?1309年)
マルボルク (ポーランド王領プロシア:1309?1466年)
ケーニヒスベルク( 東プロイセン・旧ドイツ東部領土:1466?1525年)
*バート・メルゲントハイム(ドイツ中部:1525?1809年)
ウィーン(1809?現在)
(Wiki)
写真はバート・メルゲントハイムのマルクト広場:木組みの家とMilchlingsbrunnenミルヒリング像の立つ噴水(泉)、バート・メルゲントハイム:ドイツ騎士団総長シュッツバル、又の名ミルヒリングの名が付いた噴水(泉)のこと。 by jijidarumaさんミルヒリングの像 マルクト広場 建造物
-
バート・メルゲントハイムのマルクト広場には独特の家が見られる。
写真前景はZwillingshauser双子の家と呼ばれる建物で右側の家はHof-Apotheke宮廷薬局 、その奥の塔が洗礼者聖ヨハネ教会の塔である。
写真はバート・メルゲントハイムのマルクト広場:Zwillingshauser双子の家 -
これは知らなかったが、楽聖ベートーヴェン(1770年 - 1827年)がドイツ騎士団総長Maximilian Franz von Oesterreichマクシミリアン・フランツ・フォン・エスターライヒの宮廷楽団のヴィオラ奏者として、1791年にバート・メルゲントハイムで勤務した。
現在、彼の住まいの記念碑がDeutschordenplatz Nr.1番地に設置されている。
写真はバート・メルゲントハイム:ブルク通りをドイツ騎士団宮殿に向かう。 -
<Deutschordensschlossドイツ騎士団宮殿>この旅⑧番目の城
D-97980 Bad Mergentheim 、Schloss 16
http://www.deutschordensmuseum.de/
ブルク通りをまっすぐ進むと、ドイツ騎士団の居城の城門に至る。
立派な紋章が掲げられた半円形の城門をくぐって中に入ると、中央に大きな菩提樹が立つ中庭がある。
かつては水城で、13世紀にドイツ騎士団の居城となった。
この騎士団は東方植民地の獲得に活躍し、プロイセン(後のドイツ帝国)の基礎を築いたと云う。
当地には旧教派の騎士団が残り、ナポレオンに敗退するまで、本拠地としていたので、1526~1809年の長い間、騎士団総長の宮殿があった。
Schlosskircheドイツ騎士団教会は高名な建築家のJohann Balthasar Neumannヨハン・バルタザール・ノイマンの作品で、歴代の騎士団総長等の墓がある。
1996年開設の博物館:
開館;火~日・祭日 10時半~17時
制服、紋章、歴史文書で300年に及ぶドイツ騎士団総長の伝統を展示している。
写真はバート・メルゲントハイム:Deutschordensschlossドイツ騎士団宮殿・俯瞰バート・メルゲントハイム:かつてプロイセン(後のドイツ帝国)を封土として支配したドイツ騎士団が此処に置かれていた。 by jijidarumaさんドイツ騎士団博物館 博物館・美術館・ギャラリー
-
残念ながら、次の町のヴァイカースハイム城が気になり、騎士団宮殿や教会を見ることなく、閲兵では600頭の騎馬が埋め尽くしたと云う広大な中庭をちょっと散策して終わった。
写真はバート・メルゲントハイム:Deutschordensschlossドイツ騎士団宮殿の広い中庭 -
B19・L?で16kmとWeikersheimヴァイカースハイムの町は近い。
ここでも観光客が多く、駐車場が無かった。この為、休日だったスーパーReweレーベの駐車場に停めさせてもらった。
ホーエンローエ侯爵家の居城の城門はそこから歩いて数分の距離にあった。
写真はWappen_Weikersheimヴァイカースハイムの紋章
赤地で、金の冠の下に銀の大文字で「W」と描かれている。
Fuersten von Hohenloheホーエンローエ侯爵家の居城であるSchloss Weikersheimヴァイカースハイム城のWの頭文字をとったのだろう。 -
<Weikersheimヴァイカースハイム観光>
15:45~17:30
ホーエンローエ侯爵家の城下町・ヴァイカースハイムは、Vorbachフォルバッハ川がTauberタウバー川に注ぐ川口付近に位置する。人口7千人と小さい。
周囲を葡萄畑と森に囲まれたヴァイカースハイムと、北にあるW-Schaefterheimシェフタースハイムは有名なブドウ栽培地であり、ヴュルテンベルク・ワイン生産地のコッハー・ヤークスト・タウバー地域タウバーベルク地区に属す。
http://www.weikersheim.de/
写真はSchloss Weikersheimヴァイカースハイム城:城門が見えてきた。 -
写真はヴァイカースハイム城:城門入口
<Hohenloheホーエンローエ家>
ホーエンローエ家はかつてドイツのバイエルン州の北・フランケン一帯を治めた領主一門である。
その一族の支配地域はコッヒャー川、タウバー川、ヤークスト川沿いの地域に広がっている。ホーエンローエ(ヴァイカースハイム)家は12世紀から18世紀に至るまで、本拠にしていたのはSchloss Weikersheimヴァイカースハイム城である。
ロマンチック街道上で知られるヴァイカースハイムの町には、今も小規模ながら、美しい城と庭園の姿を残している。
1234年にLangenburgランゲンブルク、
1250年にOehringenエーリンゲンを獲得、
更に後(1300年以降)にはWaldenburgヴァルデンブルクやNeuensteinノイエンシュタインと領土を広げている。
ホーエンローエ家の最大の宮殿と称される、Schloss Kirchbergキルヒベルク城がある。紋章は二匹の黒豹。
一族からはドイツ騎士団総長やプロイセンの軍人・政治家などを輩出している。
(Wiki)
・・・・・ -
<Schloss Weikersheimヴァイカースハイム城見学>
16:00~17:20 この旅⑨番目の城。
ガイド見学・1時間 入場料 Euro11
ヴァイカースハイム城は1967年に至る長い期間、Fuersten von Hohenloheホーエンローエ侯爵家の居城であった。その支配地の城の中で最も優れ、かつ美しく、代表的な城である。
この城は1156年に築城された当時は水城であったが、1586~1605年に新たに建設されたのが現在のものである。
俯瞰した城館は3角形の格好をしていて、庭園側に向いた本館はルネサンス様式の建物で、バロック、ロココの各様式も見られる。
写真はヴァイカースハイム城:俯瞰ヴァイカースハイム城はホーエンローエ侯爵家の居城、支配下の古城群の中で最も優れ、かつ美しい。 by jijidarumaさんヴァイカースハイム城 城・宮殿
-
この旅ではホーエンローエ侯爵家の古城群のうち、ヴァイカースハイム城を筆頭に、Langenburgランゲンブルク城、Waldenburgヴァルデンブルク城、Neuensteinノイエンシュタイン城を見て行くことになる。
写真はヴァイカースハイム城:美しい庭園と城館の絵(1710年) -
城内博物館:
開館;毎日 9時~18時、ガイド9時から、最終17時
丁度4時スタートのガイド見学に間に合った。
この博物館も写真は不可であったので、その素晴しさは手元のパンフレットでしか、見る事が出来ないが、Rittersaal騎士の広間が最も美しく、またSpiegelkabinett鏡の間も記憶に残るものだ。
写真はヴァイカースハイム城:城内の謁見の間 -
Rittersaal騎士の広間:
騎士の広間が最も美しく、またも騎士の間は大きなシャンデリアが小さく見えるほど広い。縦40m、横12m、高さ8.5mと、長方形した大きな広間に圧倒された。
1603年に完成し、現在も当時の姿を良く残している。広間正面には大きな、立派な暖炉が備えられて重々しい。
広間は色彩あふれた中世芸術が見事に表現されている。数々の狩猟シーンが描かれた天井、壁を飾る生き生きとした動物の剥製、ホーエンローエ家一族の系譜を伝える紋章、歴代城主・婦人たちの肖像画も掲げられて、それは見事なものだ。
写真はヴァイカースハイム城:Rittersaal騎士の間(1605年) -
Spiegelkabinett鏡の間もまた記憶に残るものだ。
写真はヴァイカースハイム城:鏡の間 -
侯妃Elisabeth Friederike Sophieエリザベート・フリデリカ・ゾフィーの部屋も金銀で装飾され、ゴブラン織り、家具などを備えた“Schoene Zimmer美しき部屋”は見応えのあるものだった。
写真はヴァイカースハイム城:侯妃Elisabeth Friederike Sophieエリザベート・フリデリカ・ゾフィーの“Schoene Zimmer美しき部屋” -
写真はヴァイカースハイム城:城内の中庭
-
城内ガイドが終わってから、城内から俯瞰した庭園を拝見に行った。
http://www.landeskunde-online.de/franken/schloesser/weikersh/index.htm
http://www.schloss-weikersheim.de/de/schloss-weikersheim
http://www.youtube.com/watch?v=GwfwjMRrt5w
写真はヴァイカースハイム城:美しい庭園への門 -
写真はヴァイカースハイム城:美しい庭園
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石橋を渡り、左右の深い堀を見ると、かつての水城であった様子がうかがわれる。
写真はヴァイカースハイム城:空堀 -
イチオシ
更に50ほどの石像が立つ庭園を歩き、南の端にあるOrangerieオランジェリーまで行って、振り返る。
池越しに庭園から城の本館を眺める図が一番美しいと思われる。
写真は池越しに見るヴァイカースハイム城 -
この庭園はヴェルサイユ宮殿の庭園をモデルにしたものであり、フランケン地方で最も初期のバロック庭園(1709年に造園が開始)の一つとして、実に魅力的な庭園になっている。
この美しい城と庭園を利用して、シーズンになるとコンサート、花火、オペラなどが行われると云う。
写真は池越しに見るヴァイカースハイム城 -
イチオシ
ヴァイカースハイム城から戻り、マルクト広場周辺のプロテスタントの聖ゲオルク教会、市庁舎もなかなか感じの良い光景だ。
<お茶:ヴァイカースハイム・スーパーReweレーベの駐車場にて>
17:15~17;25
ホテルで頂いたリンゴ・お茶を頂く。
写真はWeikersheimヴァイカースハイム:マルクト広場と中央に市庁舎がある。ヴァイカースハイム:マルクト広場は教会、庁舎、博物館、ホテル、レストランなどがあり、中世以来の共同体の良い光景を見せている。 by jijidarumaさんマルクト広場 (ヴァイカースハイム) 広場・公園
-
ヴァイカースハイムから、山間の細道を走り、L?・ L? 32km でMulfingen‐Ailringenムルフィンゲン・アイルリンゲン(合併後の名前)に18:30に到着した。
最初ナビをMulfingenムルフィンゲンで入れてしまい、ホテルの在るAilringenアイルリンゲンは離れていた為、余分に時間がかかった。
写真はWappen_Mulfingen‐Ailringenムルフィンゲン・アイルリンゲンの紋章
赤地に銀の斜めの帯、帯上に3つの赤いバラで覆われています。 -
イチオシ
バート・メルゲントハイムからはB19で南下し、D-HohenbachホーエンバッハでL?に入り、Langenburgランゲンブルクに向かい、Jagstヤークスト川に沿って北上すると、23kmでムルフィンゲンの村に着く。ローテンブルクには東に41kmの距離と近い。
ムルフィンゲンはコッヒャー川・ヤークスト川の二つの川が流れるホーエンローエ地方にあり、ヤークスト川に沿って西に行くと、Burg Krautheimクラウトハイム城や有名な古城ホテルDie Goetzenburg ゲッツェンブルク城に至る。更にその先を進むと、ネッカー川に沿った数々の古城が立ち並ぶ古城街道になる。
今日から2泊予定のRomantik Hotel Altes Amtshausロマンチックホテル アルテス・アムトハウスは小さな村にある。
写真はロマンチックホテル アルテス・アムトハウス前で -
<(2泊)③④Romantik Hotel Altes Amtshaus アルテス・アムトハウス> この旅⑩番目の城
D-3 74673 Mulfingen ‐Ailringen 、Kirchbergweg3
Tel:+49 (0)79 37 -970 、Fax:-970-30
Neuschober Hollenbach室(3階) Euro149x2=298 (2泊;30,606円)
http://www.altes-amtshaus.de/
Altes Amtshausアルテス・アムトハウスは1580~1600年頃に建てられた。かつてはドイツ騎士団の行政府が置かれた。
現在はロマンチック・ホテル加盟のホテルである。
On-line Buchungでホテルとやり取りあり。対応は素晴しいものでした。
3星S、全15室、Restaurant Amtskellerグルメレストランはミシュラン1星、GaultMillau15点。全独ランク161位。シェフ;Olaf Prucknerオラフ・プルックナー 、40席、従業員13名、月火休み。メニュー;Euro40~110。
ヤークスト川沿いの田園風景に富んだ、小さな村にこれだけのグルメレストランを持った由緒あるホテルがあるとは思いもしないものでした。
写真はロマンチックホテル アルテス・アムトハウスの外観 -
外観は木組み建築の古城ホテルでNeuschober Hollenbachノイショーバー・ホレンバッハ室という名前の部屋は3階にありました。
ノイショーバー・ホレンバッハとは新納屋・ホレンバッハ(町又は小川の名前か?)と直訳するととんだ意味になるが、予想以上にモダンな部屋でした。
写真はロマンチックホテル アルテス・アムトハウス:ノイショーバー・ホレンバッハ室(3階) -
レセプションの女性がトランクを一つ持ってくれました。
ホテルは歴史的建造物なので、保護法との絡みで、たいへん苦心して改造したと云う。(チップEuro5)
部屋では白いバラの花が歓迎してくれました。そしてウエルカム・プレゼントなのでしょう。クッキーや、美味しい水、オレンジジュースが置かれていた。
写真はロマンチックホテル アルテス・アムトハウス:ノイショーバー・ホレンバッハ室 -
写真はロマンチックホテル アルテス・アムトハウス:ノイショーバー・ホレンバッハ室・・・右手が外の出入り口、左に浴室・トイレ、右手に上階の部屋に上る螺旋階段
-
部屋の上に螺旋階段で上がると、オープンな屋根裏部屋があり、一人用ベッドが置かれた面白い作りになっています。要するにメゾネット方式の部屋。
写真はロマンチックホテル アルテス・アムトハウス:屋根裏部屋 -
<夕食:アルテス・アムトハウス・Restaurant Amtskellerレストラン・アムトケラーにて>
19:30~21:45 Euro171.34 (17,644円)
ミシュラン1星、GaultMillau15点。全独ランク161位。
Special Arrangement・Fuer Geniesser und Feinschmecker美食家の為に;
Abendessen mit einem regionalen 3-Gang Menue郷土料理・3品
かつての酒蔵、地下蔵をレストランに改造したもので、独特の趣があります。
何時も思いますが、ドイツ人は丸天井のケラーと呼び、この地下蔵(酒蔵)が好きです。壁や天井を素のまま、素に近い形で利用して、ここのレストランの様に仕上げています。
形の違った野趣とか、中世の趣とか・・・多分、ドイツ人たちはこれを料理と共に楽しんでいるのかなと思います。私自身もそれをまた喜んでいる所がありますが・・・。
予約時間を30分ずらしてもらって、レストランに行くと、40席ほどの席はほぼ埋まり、人気の高さを感じたものです。
写真はアルテス・アムトハウス:ミシュラン1星レストラン・アムトケラー -
ここの給仕長以下の面々のサービスの行き届いた点には驚いた。今まで経験した事の無い素晴しい対応でした。とりわけ、難しいと思う日本人の名前を覚えていた事はともかく、食事が終わって、部屋に戻る際には、主たる3人が出口に並んで、“今夕はご満足頂けましたでしょうか?明日もまたお待ち申し上げます。”と挨拶を受けた。
これで気分が良くならないはずがない。
写真はRomantik Hotel Altes Amtshaus アルテス・アムトハウス:レストラン・アムトケラーにて・・・右端はClevner Hades Trocken 2007年0.75L赤のエチケット(ラベル) -
さて、今夕は郷土料理・3品、料理の出も的確で、隅々まで配慮が行き届いたレストランは珍しく、料理の量も適度であり、実に美味しい味を楽しめた。
第一日にして脱帽した。
飲み物;アペリティーフとして、Garvey FinoX2(スペイン産Extra Dry Sherry;Euro15)、お水Still0.75L(Euro6.2)、選んだワインはこれから訪れる予定のヴュルテンベルガーワイン街道にあるStaatsweingut Weinsberg国立醸造所ヴァインスベルク産のClevner Hades Trocken 2007年0.75L赤でした。:
Clevner Hadesはピノの品種で、主にハイルブロン一帯で栽培されている。
“小さなオーク樽から立派なワインが生まれる。”と称されているように、小さなオーク樽で1~2年熟成させた、力強く、樫の木のアロマを感じる、良い赤ワインでした。(Euro69)
http://www.sw-weinsberg.de/
写真はロマンチックホテル アルテス・アムトハウス:Restaurant Amtskellerレストラン・アムトケラーにて・・・シェフのご挨拶;① -
シェフのご挨拶;ご挨拶は2種類が出てきました。
①小さなグラスに入ったモッツァレッラ・トマト・サラダ菜の串刺し。挽肉の角団子。
②牛肉のゼリー固め、アーティチョーク、スプラウト(もやし)載せ。
写真はロマンチックホテル アルテス・アムトハウス:Restaurant Amtskellerレストラン・アムトケラーにて・・・シェフのご挨拶;② -
前菜;
ザリガニ、カニのムース、カボチャの花の天ぷら、牛の薄切り、グリーンピースとコールラビ添え、クロイター(ハーブ)ソース。
写真はロマンチックホテル アルテス・アムトハウス:Restaurant Amtskellerレストラン・アムトケラーにて・・・前菜 -
イチオシ
メイン;
Maibockマイボック・鹿肉の背肉ステーキ(5月はその年初めの鹿肉が解禁されるとか。アルコールのやや高いコクのあるドイツビールを言う場合もある)、ニンジンの薄切り唐揚げ、カリフラワー、ジャガイモのピューレ添え、ブラウンソース。
写真はロマンチックホテル アルテス・アムトハウス:Restaurant Amtskellerレストラン・アムトケラーにて・・・メイン;鹿肉の背肉ステーキ -
デザート;
この時期の旬・ラバーバーとリンゴ、アイルリンゲンの蜂蜜と生クリーム、バニラアイスのミックス。
写真はロマンチックホテル アルテス・アムトハウス:Restaurant Amtskellerレストラン・アムトケラーにて -
写真はロマンチックホテル アルテス・アムトハウス:Restaurant Amtskellerレストラン・アムトケラーにて・・・デザート;ラバーバー、バニラアイス
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食後コーヒー;
チョコレート共に2Tasse Kaffeeを気分良く頂いた(Euro7.2)。
コーヒー代を含めた飲み物料金はEuro97.4でした。チップはEuro10。
写真はロマンチックホテル アルテス・アムトハウス:Restaurant Amtskellerレストラン・アムトケラーにて・・・食後コーヒーとチョコレート -
ホテルは全15室と小さいものですが、翌日の朝食のお客の数からして、8割くらいが宿泊していたと思います。わざわざこの村にやってくるお客たちでレストランも40席がほぼ埋まっていましたから、評価が高いのでしょう。
ミシュランの星を維持する気持ちはここでは皆が共有して、努力していると感じました。又訪れる機会があるとしたら、ワンステップ上がった時に来たいものです。
写真はロマンチックホテル アルテス・アムトハウス:Restaurant Amtskellerレストラン・アムトケラーにて・・・食後コーヒーとチョコレート
*利用したSpecial Arrangement“美食家の為に”の内容は以下の通りです。;
≪Wie es Euch gefaellt≫どのように皆様にご満足いただけるか
Fuer Geniesser und Feinschmecker美食家の為に
Lassen Sie sich von uns kulinarisch verwoehnen und geniessen Sie drei Tage im Romantik Hotel Altes Amtshaus.ロマンチック・ホテル アルテス・アムトハウスの3日間、美食の時を贅沢に、お気楽にお過ごしください。
2 Uebernachtungen im Doppelzimmer oder Maisonette2泊ダブル又はメゾネットの部屋
1 Flasche Mineralwasser auf Ihrem Zimmerお部屋にミネラル水1本
Land-Fruehstueck vom regionalen Buffet郷土食豊かな朝食
1 Willkommenspraesentウエルカム・プレゼント
1 Abendessen mit einem regionalen 3-Gang Menue第一日目・郷土料理・3品の夕食
1 Abendessen mit einem 4-Gang Ueberraschungs-Menue inkl. Aperitif第二日目・食前酒付き4品の夕食はビックリメニュー
Preis pro Person im DZ Order Suite Euro 246,50 X2=493お値段
Anreisetage:Mittwoch bis Samstag ご到着は水~土
・・・・・
明日はロマンチック街道をRoettingenレッティンゲン、Creglingenクレクリンゲン、Detwangデトヴァンク、Rothenburg ob der Tauberローテンブルク・オプ・デア・タウバーと100km程走る予定だ。 -
おまけ:
写真は「Romantik in Deutschland」の表紙スキャン
Schloss Buerresheim ビュルレスハイム城 -
おまけ:
写真は「Romantik in Deutschland」の87ページの同じ写真の接写
Schloss Buerresheim ビュルレスハイム城
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この旅行記へのコメント (2)
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- Rolleiguyさん 2020/11/08 09:19:47
- 懐かしいお城です
- jijidarumaさん
とても充実した旅行でしたね。いずこも美しいですが、ヴァイカースハイムは特に懐かしいです。1968年に初めてちょっとだけ見学し、1980年、1995年と3回行きました。初めて行った時の印象がとてもよく、その後家族と1度、出張時にフランクフルトからレンタカーで訪れました。大き過ぎず、コンパクトに美しく装った城だなと思います。
バート・メルゲントハイムは、学生時代にマンハイムで研修を受けた時の大学側の受け入れ学生がこの町の出身で、それを思い出してドイツ騎士団のお城で係の人に聞いたところ、電話番号まで教えてくれて、実家に電話してお母さんとお話ししました。じっくり見学するだけの時間はなくて残念でした。jijidarumaさんの旅行記を拝見すると、ここも、あそこも行って見たいと思わされます。いつになったら行けるのか分かりませんが、こうして旅行記を拝見することで、期待を膨らますことが出来ますね。
Rolleiguy
- jijidarumaさん からの返信 2020/11/08 14:04:27
- Re: 懐かしいお城です
- Rolleiguyさん、
今日は。いつもありがとうございます。
夏場にあげていた絨毯もいよいよ冬季の到来前にと、本日はドイツ土産の
絨毯を居間に敷きました。老夫婦には結構重労働なのです。
さて、何度訪ねても魅力的なヴァイカースハイム城と庭園はおっしゃるように、適度の大きさながら十分な美しさがあります。それにしても訪れた年をよく覚えておられますね。私など若い頃の旅はちょっとざっくりしたもので、アルバムに戻らないと、さて何度訪れたものか?よくわかりません。それこそセピア色の旅行記を重ねて行けば、そうした事もおのずと分かるのでしょうが。
ここの騎士の間の装いは幾つかの古城でも似たものを見ていますが、初めてオッと思ったのはヴァイカースハイム城でした。
バート・メルゲントハイムのお話しも良き時代の印象を思い出させてくれます。
Rolleiguyさんが人との付き合いを大事にされてきたことが窺われてますよ。
旅は時間も限られて、何処かを短時間にせざるを得ないのはいつもながら残念なことで、その分、町の御紹介は丁寧にしたいものです。
ではまた。ありがとうございました。
jijidaruma
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