2012/05/15 - 2012/05/29
78位(同エリア945件中)
- #ミシュラン1星
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≪Romantische Strasseロマンチック街道、Schwaebische Alb Strasseシュヴェービッシュ・アルプ街道、Burgenstrasse古城街道の旅≫
期間 :2012年05月15日(火)~05月29日(火)15日間の旅
目的地:ヘッセン州、バイエルン州、バーデン・ヴュルテンベルク州を巡る旅である。
ドイツ13のワイン産地の内、フランケンワイン、ヴュルテンベルガーワインのワイン街道を楽しむ予定である。
①5月15日(火)思い入れの古城ホテル ローテンブーフ城へ
②5月16日(水)白雪姫伝説が生まれたロアーの町を訪ねる。
③5月17日(木)天空の城・ザーレック城からマイン川沿いにファイツヘーヒハイム宮殿へ南下する。
④5月17日(木)マインツ選帝侯の城、ドイツ騎士団宮殿、ホーエンローエ侯爵家の居城を訪ねた。
⑤5月18日(金)天才リーメンシュナイダーの傑作、聖母マリア昇天の祭壇を再訪した。
写真はローテンブルク市庁舎前で:市民舞踊団が観光客の為に、“羊飼いの踊り”を踊ってくれた。終わった後も写真撮影に気軽に応じてくれたもの。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- レンタカー
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
12:40にクレクリンゲンから、タウバー川沿いに走ると、17kmでDetwangデトヴァンクに至る。
途中、この時期に路ばたによく見られる野草(ブルー・サルビアに似ている)・・・の見事な群生が見えた。遠目にラベンダーに見えるが、違います。
写真はデトヴァンクの近郊:路ばたによく見られる野草(ブルー・サルビアに似ている)の見事な群生 -
デトヴァンクはローテンブルクの一集落で、凡そ2km離れた場所にある。
何度か走った道だが、何時もローテンブルクに急いでしまったから、ここも初めて訪れる。
<Detwangデトヴァンク観光>
13:50~16:00 入場料Euro3
デトヴァングの見所は1000年の歴史を持つ“St. Peter und Paul聖ペテロと聖パウロ”と云うロマネスク様式の教会である。
ここの教会にはリーメンシュナイダー作の聖壇があると云うのだ。教会に行ってみると、閉まっていた。告示を読むと、13時半に開くとある。
それまで近くのキャンプ場の管理事務所でアイスを買って、休憩にした。
13:00~13:45 Euro3.1。
写真はデトヴァンク:“St. Peter und Paul聖ペテロと聖パウロ”と云うロマネスク様式の教会 -
イチオシ
新教の教会内にはリーメンシュナイダー(工房)作の聖壇がある。
“Kreuzigungs-Retabel聖十字架祭壇“と呼ばれる聖壇は十字架に架かったイエス、その下で歎く聖母マリア、聖ヨハネの像が知られている。
元々、この聖十字架祭壇はローテンブルクの礼拝堂用に、1510年に製作されたらしい。三十年戦争で礼拝堂が破壊され、この地に移されたとか。
他の資料ではクレクリンゲンのヘルゴット教会の聖母マリア昇天の祭壇と同時期の1505~8年に作成されたものと云われている。確かな事は分からないが、ここにリーメンシュナイダーの傑作がある事は事実だ。
写真はデトヴァンク・聖ペテロと聖パウロ教会:リーメンシュナイダーの傑作・“Kreuzigungs-Retabel聖十字架祭壇“ -
写真はデトヴァンク・聖ペテロと聖パウロ教会:“Kreuzigungs-Retabel聖十字架祭壇“の拡大版・・・女性の彫像はリーメンシュナイダーによくある表現だ。
-
小さな聖遺物・十字架が壁の中に填め込まれていた。
これは1000~1050年頃のもので、当教会の内陣の祭壇下で発見されたと云う。
ドイツ人の小母さんが私共に是非これを撮っていきなさいと言った。
写真はデトヴァンク・聖ペテロと聖パウロ教会:小さな聖遺物・十字架 -
写真はデトヴァンク・聖ペテロと聖パウロ教会:聖十字架祭壇の両側に祭壇がある。そのうち南側の祭壇はマリア様の聖壇 は1500~1510年頃のもので、聖母子像を囲む聖なるOttilieオッティリーと聖なるNonne修道女の像が見られる。
-
写真はデトヴァンク・聖ペテロと聖パウロ教会:教会内部
-
坂道を2km走って、丘に登ると、何度目かのRothenburg ob der Tauberローテンブルク・オプ・デア・タウバーに到着する。いつものように坂を上がって直ぐのクリンゲン稜堡傍の市城壁外の駐車場に車を入れた。
写真はRothenburg_Tauber-1648-Merianローテンブルク1648年のメリアン作絵:1648年は新旧キリスト教の戦いである30年戦争が和平に至った年だ。 -
<Rothenburg ローテンブルク観光>
13:50~16:00
ローテンブルク・オプ・デア・タウバーには クレクリンゲンからL?で20kmの距離になる。
このフランケン地方に残る、中世の町は人口12千人と小さな町である。旧市街の周辺をぐるりと高い城壁が囲み、3つの門、北と南に2つの稜堡を持った町の姿を・・・西の谷となるタウバー川から80m上の町を見上げると、それは見事な城塞都市である。
今は美しい庭園・教会がある場所(Burggarten城塞公園)はこの町の基礎となったホーエンシュタウフェン王家の帝国城塞があった所だ。
この町は第二次大戦の被災で旧市街の40%を失ったが、昔のままに再建され、中世そのままの様子を残している。
http://www.rothenburg.de/
写真はWappen_von_Rothenburg_ob_der_Tauberローテンブルク・オプ・デア・タウバーの紋章
銀地に、赤い2本の胸壁のある塔のある城が描かれたもの。市城壁の上、塔の間には三角屋根の小楼が見える。 -
古城街道は、
この“活きている中世都市””ロマンチック街道の宝石箱“ローテンブルクでロマンチック街道と交差するが、
最もドイツ的魅力を感じさせる二つの街道の接点なので、この町は昔の駐在時や、定年後のドイツ感傷旅行で何度も訪れてきた。
ロマンチック街道に始まり、ロマンチック街道で終わる・・・多くの日本人の観光スタイルのようです。
写真はローテンブルクの地図・伝説「一気飲み」 -
私の場合は37年前にロマンチック街道を初めて走り、何度か一帯を訪れています。今回はアウクスブルクまでなので、次の機会に残りの半分を走破したら、そろそろドイツの旅は卒業になるのかもしれません。
半分とはいえ、まだまだアウクスブルクまで、美しい町々が続きますから、走り甲斐のある街道です。
写真はローテンブルク:クリンゲン稜堡
Klingenbasteiクリンゲン稜堡;
1400年頃のKlingentorクリンゲン門とSt.Wolfgangskirche聖ヴォルフガング教会(羊飼い信仰会が1493年建立したので、羊飼い教会の名で呼ばれる。後期ゴシック様式)があり、教会は防御用の回廊を持つ要塞兼教会になっている。
全体が北を守る稜堡として、南口のシュピタール稜堡と同じ役目をしている。クリンゲン門 建造物
-
Klingengasseクリンゲン横町を真直ぐ行くと、リーメンシュナイダー作品がある聖ヤコブ教会である。
2009年のクリスマス時期に訪れたが、又見る事にした。
<St.Jakobs-Kirche聖ヤコブ教会(1311~1485年)>
14:00~14:20 入場料Euro4
一階に見られる東陣の主祭壇は聖血の祭壇ではない。Friedrich Herlin フリードリッヒ・ハーリンの作品で、金色に輝くこの祭壇はZwoelf-Boten-Altar十二使徒祭壇といい、1466年に奉献された。
写真はローテンブルク・聖ヤコブ教会:十二使徒祭壇聖ヤコブ教会 寺院・教会
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写真はローテンブルク・聖ヤコブ教会:Hl. Ludwig-von-Toulouse-Altar聖ルイ・ド・トゥールーズの聖壇・・・Ludwig von Toulouse ルイ・ド・トゥールーズ(1274年~1297年)は ナポリ王カルロ2世の息子。 トゥールーズ司教。聖人に列せられた。
-
今日はリーメンシュナイダー作品を続けてみる。
イエスの血=聖遺物が十字軍によりローテンブルクにもたらされて、この聖遺物を飾る祭壇をリーメンシュナイダーが依頼された。
教会の2階に“Heilige Blut Altar聖血の祭壇”(1500年頃)がある。祭壇中央に“最後の晩餐”の図、左に“イエスのエルサレム入城”、右に“オリーブ山の場面”が彫られている。
祭壇上部にはめ込まれたクリスタルの中には聖血が3滴納められていると伝えられているため、巡礼者からも重要な祭壇となっている。
テーマがテーマだけに、ヘルゴット教会の作品とは違い、華麗さはない。
写真はローテンブルク・聖ヤコブ教会:“Heilige Blut Altar聖血の祭壇”(1500年頃) -
祭壇中央に“最後の晩餐”の図、左に“イエスのエルサレム入城”、右に“オリーブ山の場面”が彫られている。
写真はローテンブルク・聖ヤコブ教会:“Heilige Blut Altar聖血の祭壇” -
イチオシ
祭壇中央に“最後の晩餐”の図、左に“イエスのエルサレム入城”、右に“オリーブ山の場面”が彫られている。
写真はローテンブルク・聖ヤコブ教会:2009年クリスマス時に撮った聖血の祭壇 -
<Burggarten城塞公園>
城址にある公園だがこの旅⑬番目に数えた。
14:25~14:45
マルクト広場に出て、Herrngasseヘレン横丁をBurgtorブルク門に向かい、Burggarten城塞公園に入った。
写真はローテンブルク:ブルク門・・・旧市街側から -
今日も日本人ツアー客や、様々な国の観光客が多い。
写真はローテンブルク:ブルク門・・・要塞公園側からブルク門 建造物
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イチオシ
タウバー川の清流にかかる、Doppelbruecke二重橋(14世紀)や教会、村落がたいへん絵になっている。
左右に広がる城塞都市の違った風景も見え、Topplerschlosschenトップラー別荘(1388年実力者トップラー市長の別邸)と称される奇妙な建物も、公園テラスから見下ろせた。
写真はローテンブルク:左右に広がる城塞都市、Doppelbruecke二重橋を望む。 -
写真はローテンブルク:左右に広がる城塞都市
ブルク公園 広場・公園
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写真はローテンブルク:季節のライラックが咲いている。
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この景観をドイツ人は「縁なし帽子のとんがり」と呼ぶと言うが、なんとなくわかる気がする。
写真はローテンブルク:左右に広がる城塞都市、Doppelbruecke二重橋を望む。 -
写真はローテンブルク:Burg-Hotelブルクホテルの方向
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ローテンブルクは塔の上からでも、タウバー川の二重橋から見ても、実に絵になる景観です。何度見ても、また・・・という気になる。
写真はローテンブルク:37年前、タウバー川の二重橋から街を遠望する。ドッペル橋 (二重橋) 建造物
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イチオシ
タウバー川の清流にかかる二重橋は14世紀のもの。
川沿いに教会、村落がたいへん絵になる形で立っているのが、橋の上から見る事が出来る。
この西の谷となるタウバー川から80m上の町を見上げると、城塞都市の違った風景が見える。遠く、帝国城塞(Burggarten城塞公園)のBurgブルク門や、城壁下の斜面にはブドウ畑が見える。
この景観をドイツ人は「縁なし帽子のとんがり」と呼ぶと言うが、なんとなくわかる気がする。
写真はローテンブルク:タウバー川の二重橋から旧市街を見上げてみる(2009年クリスマス)。 -
写真はローテンブルク:Herrngasseヘルン横丁をマルクト広場に戻る。
-
<ローテンブルクの歴史>
960年、タウバー渓谷地区に最初の集落の出現。
1142年、ホーエンシュタウフェン家の国王コンラート三世によって、帝国城塞が築城。
1274年、国王ルドルフ・フォン・パプスブルグによる、帝国自由都市の承認。
1525年、農民戦争では反乱軍と同盟。町の衰退が始まる。
1544年、宗教改革の影響。
1618~48年、三十年戦争では、新教派のこの町は何度も旧教派によって占領される。
1631年、有名な“見事な一気飲み・マイスタートルンク”が行われ、町が救われる。
1802年、バイエルン王国の治世下に入る。
写真はローテンブルク:マリエン薬局の看板 -
イチオシ
市参事会館で有名な“見事な一気飲み・マイスタートルンク”の場面が始まる前は広場でローテンブルクの市民舞踊団が観光客の為に、“羊飼いの踊り”を踊ってくれた。
終わった後も写真撮影に気軽に応じてくれて、家内も一緒に撮る事が出来た。
関西の女性の方にも写真を頼まれて、ダンスを披露していた町の方と一緒に撮ってあげました。
さすがにこの時間、日本の団体ツアーも多く見かけたが、時代でしょうか、中国・韓国勢が目立った。
写真はローテンブルク市庁舎前のマルクト広場で:市民舞踊団が観光客の為に、“羊飼いの踊り”を踊ってくれた。 -
高い鐘塔、Georgsbrunen聖ゲオルゲの泉などはマルクト広場周辺にある。
写真はローテンブルク市庁舎前のマルクト広場で:市民舞踊団が観光客の為に、“羊飼いの踊り”を踊ってくれた。市参事会酒宴館 建造物
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写真はローテンブルク市庁舎前のマルクト広場で:市民舞踊団が観光客の為に、“羊飼いの踊り”を踊ってくれた。終わった後も写真撮影に気軽に応じてくれたもの。
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イチオシ
写真はローテンブルク市庁舎前のマルクト広場で:市民舞踊団が観光客の為に、“羊飼いの踊り”を踊ってくれた。終わった後も写真撮影に気軽に応じてくれたもの。家内も入れてもらった。
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<市参事会館の“見事な一気飲み”>
14:50~15:10
今年は5月27日(日)がPfingstsonntag聖霊降臨祭なので、この日の前後、ローテンブルクは“時代祭り”で一色になる。
旧教派の皇帝軍と新教派のローテンブルク市民の戦いなどを再現する祭りだ。お祭りの期間中、ローテンブルクは当時の衣装を身にまとった市民たちが多数参加し、往時の歴史的な様々なシーンが見られる。マイスタートルンク“見事な一気飲み”の話をもとにした市民による歴史劇も行われると云う。
毎日、市参事会館の仕掛け時計(1910年製)がマイスタートルンク“見事な一気飲み”をスタートさせる。その時間は11時・12時・13時・14時・15時である。
http://www.meistertrunk.de/
写真は古城ホテル アイゼンフート:ローテンブルクの歴史祭り・マイスタートルンク “見事な一気飲み” -
今日は15時の出番を見た。Rathaus市庁舎(13世紀)横の市参事会館の左右の窓が開き、左に皇帝軍・旧教派ティリー将軍、右は新教派の旧市長ヌッシュの人形が出てきて、大杯を飲み干す場面を演じる。
ほんの5分ぐらいの時間だが、この時間になるといつの間にか、広場は人だかりになる。
写真はローテンブルク市参事会館:有名な仕掛け時計“見事な一気飲み・マイスタートルンク”の場面 -
*『番外編:伝説・Historischen Festspiel時代祭り:マイスタートルンク“見事な一気飲み”』
時は中世から近世に入り、新旧の宗教戦争である三十年戦争(1618~1648年)の頃。
舞台は新教派の町ローテンブルクを旧教派の皇帝軍が攻囲戦を行った。
主役は皇帝軍・旧教派ティリー将軍と新教派の旧市長ヌッシュ。
特にローテンブルクにとっては町の救世主、英雄と呼ばれたヌッシュ。
三十年戦争のさなかの1631年、ローテンブルクは旧教派の皇帝軍・ティリー将軍と彼の率いる6万人の兵に攻撃されました。
ローテンブルクは抵抗することができず、このままでは町は破壊、焼き払われ、抵抗した市民の運命も危ういということになりました。
白旗を掲げたローテンブルクの人々はやってきた皇帝軍のティリー将軍の気持ちを鎮める為に、ワインがなみなみと入った大きなマグカップ(3.25リットル・・何故3.25リットルなのかは?だが)を差し出しました。
そのワインを見た将軍は『もし、このワインを一気に飲み干せる者がいるならば、この町を破壊するのは止めよう!そしてまた、お前たちの命も助けてやる!』と云ったそうです。
年老いた旧市長ヌッシュはそれを聞くと、私が飲んで見せましょうと、将軍の前に進み出て、ワインがなみなみと入った大きなマグカップを受け取り、一気に飲み干したそうだ。
一気に飲み干せる事は絶対に無理と思っていた将軍はこれには驚き、約束通りに町や市民を許したと、伝えられています。
XXX
写真は2018年ローテンブルクの歴史祭りで:マイスタートルンク “見事な一気飲み”・・・最終日の行進に英雄ヌッシュ市長さんも嬉し気に参加する。 -
Schmiedgasse鍛冶屋通りを南にそのまま行くと、この町で最も絵になる、有名な場所に至る。Ploenleinプレーンライン(意味はラテン語で小さな場所)だ。
37年前の写真が残っています。8月の観光シーズンでしたが、殆ど人がいませんでした。今昔の感があります。
この場所とマルクト広場、城塞公園は、この町の最も好きな場所なのだ。
ここから引き返し、本日のローテンブルク見物は終了。
写真はローテンブルク:毎回撮って来るPloenleinプレーンラインだが、幸い天気が良い。プレーンライン 旧市街・古い町並み
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初めて訪問した古城ホテル アイゼンフート(鉄兜)の正面。
≪Hotel Eisenhut古城ホテル アイゼンフート≫
D-91541 Rothenburg o.d.Tauber 、Herrengasse3‐5/7
Tel:+49 (0)9861-7050 、Fax:-70545
http://www.eisenhut.com
この町一番の歴史ある古城ホテル アイゼンフート(鉄兜)は鉄兜がホテルの入口にぶら下がっている。
マルクト広場傍にあり、目印ともなる鉄兜はかつて、この地で1876年、ワイン酒場を開いていたゲオルク・アイゼンフートの名に因んだものだ。
全78室。
写真はローテンブルクのHotel Eisenhut古城ホテル アイゼンフート:正面 -
15~6世紀の貴族の館を改造したホテル内は中々重厚な佇まいで、趣のあるものだった。
レセプションからして、重々しい色合いで、立派な天井が目に入る。奥に入ると、サロンがあり、メインレストランがあり、ローテンブルクの逸話マイスタートルンクの場面の絵が掲げられていた。
写真は古城ホテル アイゼンフート:メインレストラン・ローテンブルクの歴史祭り・マイスタートルンク “見事な一気飲み”の絵 -
写真は古城ホテル アイゼンフート:30年戦争当時の絵だろうか?多分、ローテンブルクの攻城戦の様子を描いたか。
<三十年戦争(1618~48年)>
ドイツの旅では、この戦争が訪ねた町々の歴史にしばしば登場するので、必須の知識であるといえる。;
【100年前のマルティン・ルターの宗教改革に始まった、新旧キリスト教徒の対立が17世紀に入るとドイツ国内では争いが先鋭化した。新旧キリスト教徒の宗教戦争は1618年パプスブルグ家がボヘミア(現チェコ)の新教徒を弾圧した事に端を発する。旧教派のオーストリア/スペイン・パプスブルグ家と新教派のフランス・ブルボン王家が政治的・現実的観点から、ドイツ国内の其々に荷担し、更に新教派にスウェーデン王が介入するなど、国際紛争になる。この戦争は新教派優勢で終わり、1648年北ドイツのMuenster・Osnabrueckで66カ国によりヴェストファリア条約が調印された。
この間に全ドイツの人口は3分の2に減少し、国土は荒廃したという。この事でドイツは300もの小国家が分立する。ドイツはフランスなどに200年の遅れを生じたとされているが、反面では小国家の分立が、全ドイツの国民文化の均等な広がりを育み、今私共が旅を楽しむ町々に、その事の有りがたさを見ることができる。】 -
<お茶:Hotel Eisenhut 古城ホテル アイゼンフート(鉄兜)にて>
Wintergarten冬の庭(温室);
15:20~16:00 Euro17(1,820円)
Apfelstrudelリンゴのシュトルーデルとリンゴのトルテ。
コーヒーに紅茶。
陽のあたるパノラマレストランには大勢のお客がみえる。私共は陽に焼けたくないので手前のWintergarten冬の庭(温室)と称する所で、お茶にした。
町一番のホテルにしては、味は残念ながら、ちょっと?付きであった。
多分、一見さんの観光客として、昨日のケーキを出してきたのかな?
アイゼンフートは古城ホテルの類として、ちょっと思い入れもあって、期待していたのですが、アウトでした。
その分、ホテル内部をしっかり見てきたから、それはそれで良いのですが・・・。これからは夕食や昼食をここで食べる気にならないだろう。
写真は古城ホテル アイゼンフート:Wintergarten冬の庭(温室)でお茶をした。 -
帰り際、折角なのでホテル内を見せてもらう。
メインレストラン、サロン、朝食あるいは宴会などに利用する吹き抜けの在る長方形の広間もなかなかのものでした。
写真は古城ホテル アイゼンフート:吹き抜けの在る長方形の広間 -
ダイヤモンド社のドイツの古城ホテルにも掲載されているので、次女も新婚旅行でここに泊まりました。私共は何時も外観だけ、不思議に泊った事もなく、食事もしていない。そんな次第で、漸くお茶をしたわけだが・・・。
写真は古城ホテル アイゼンフート:ホテルのレセプション前のロビー -
ヘレンガッセの向かい側にもかつては無かったアイゼンフートのホテル別棟がありますから、業容は悪くないのでしょう。
多くは日本人観光客が宿泊する事で寄与したものでしょう。かつて次女夫婦が宿泊した際、あまり対応が良くなかったとも聞きました。
私共が行った時も、レセプションの感じは少し鼻についたもので、日本人観光客が寄与した分、スポイルしたかもしれません。
やはり、ローテンブルクを外して、田舎の古城ホテルに泊ったのは正解だったようです。
写真は古城ホテル アイゼンフート:正面。 -
ホテルからクリンゲン稜堡傍の市城壁外の駐車場に戻り、ローテンブルクを16時に発つ。
写真はローテンブルク:旧市街の通り -
真西に向かいL?(Schr-Spielbach・Niederstetten・M-Hollenbach)40km M‐Ailringenムルフィンゲン・アイルリンゲンには17:20着。
途中のスーパーNettoで水を6本追加購入した(Euro4.44)。
夕食時間までに余裕があり、入浴して汗を落とし、明日の荷造りをする。
写真はM‐Ailringenムルフィンゲン・アイルリンゲンの古城ホテル アルテス・アムトハウス
(Das Leben schmecken ,spueren, fuehlen. 人生を味わう、感じ、悟る) -
<夕食:アルテス・アムトハウス・Restaurant Amtskellerレストラン・アムトケラーにて>
19:30~22:45 Euro228.46 (23,525円)
ミシュラン1星、GaultMillau15点。全独ランク161位。
Special Arrangement・Fuer Geniesser und Feinschmecker美食家の為に;
Abendessen mit einem 4-Gang Ueberraschungs-Menue inkl. Aperitif
本日の夕食は食前酒付きの4品料理と云う事です。
飲み物;アペリティーフはアレンジメントから昨日と同じものしてもらった。Garvey FinoX2(スペイン産Extra Dry Sherry)、お水Still0.75L(Euro6.2)、
写真はアルテス・アムトハウスのRestaurant Amtskellerレストラン・アムトケラーにて夕食:アペリティーフのシェリー酒 -
シェフのご挨拶;
ご挨拶は昨夜同様に2種類が出てきました。
①小さなグラスに入ったモッツァレッラ・トマト・サラダ菜の串刺し。挽肉の角団子。
②サーモン、白キャビア、ツナ、クロイター(ハーブ)ソース。
写真はRestaurant Amtskellerレストラン・アムトケラーにて夕食:シェフのご挨拶;② -
選んだワインはWeingut Bernhard Huberベルンハルト?フーバー醸造所産・Malterdinger Bienenberg >R< Weisser Burgunder 2008年0.75L白(辛口)でした。: バーデンワイン街道の中央部・Kaiserstuhl(カイザーシュトゥール)地区・Breisgau(ブライスガウ)地区にある。(Euro69)
http://www.weingut-huber.com/
写真はRestaurant Amtskellerレストラン・アムトケラーにて夕食:選んだワインのエチケット(うまく剥がせたラベル) -
前菜;Flusszanderツァンダー(鱸類の淡水魚)、豚の角煮、ブロッコリー、アーティチョーク、ジャガイモのピューレ添え。
写真はRestaurant Amtskellerレストラン・アムトケラーにて夕食:前菜に見た目はメインのような品がでた。 -
二品目;Adolzhaeuser Ziegenfrischkaeseアドルフハウゼン村のヤギのフレッシュチーズ(ホーエンローエの Niederstetettenから西に5kmの村)で作った上品なMaultaschenマウルタッシェン(挽肉やホウレン草をミックスしたものを小麦粉の皮で包んだもの。シュヴァーベンやバイエルンの名物料理)、Kaninchenraguウサギのラグー添え。トマトと塩のソースかけ。
写真はRestaurant Amtskellerレストラン・アムトケラーにて夕食:二品目;シュヴァーベンの名物料理マウルタッシェン -
メイン;Imperial Taubenbrust鳩の胸肉、dreierlei Karotten3種のニンジン添え、ブラウンソース。
写真はRestaurant Amtskellerレストラン・アムトケラーにて夕食:メイン;Imperial Taubenbrust鳩の胸肉 -
写真はRestaurant Amtskellerレストラン・アムトケラーにて夕食:今夜も気が利くスタッフが写真を撮ってくれた。
-
デザート;
Financier mit Nespoli, Erdbeeren und Pinienkernenフィナンシェ(フランス起源のバターケーキや焼き菓子の一種。)、枇杷、イチゴ、食用の松の実。イチゴソース。
写真はRestaurant Amtskellerレストラン・アムトケラーにて夕食:デザートはフィナンシェ -
食後コーヒー;
チョコレート共に2Tasse Kaffeeを気分良く頂いた(Euro7.2)。
コーヒー代を含めた飲み物料金はEuro82.4でした。チップはEuro15
写真はRestaurant Amtskellerレストラン・アムトケラーにて夕食:コーヒーと
チョコレート
*久しぶりに名物マウルタッシェンを食べ、メインは鳩の胸肉、昨日の鹿肉と合わせ、ホーエンローエ平野の恵みを楽しめました。
ワインも料理も美味しい。この味とサービスであれば、2星も近いうちに期待が出来るかもしれない。
(シェフのご挨拶の最初の1品が、昨日と同じだったのはご愛嬌でしょうか)
今日も3人のお見送りを受けて、気持ち良く部屋に帰った。
ホテルの紹介文の中で”ヤークスト川沿いの田園風景に富んだ、小さな村”とありましたが、これだけのグルメレストランを持った由緒あるホテルがあるとは思いもしないものでした。
都市にあるグルメレストランより、好みとしてはこちらに軍配をあげます。
・・・・・
明日はヤークスト川沿いに南下し、Langenburgランゲンブルク、Feuchtwangenフォイヒトヴァンゲン、Dinkelsbuehlディンケルスビュールを訪ねる。
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ロマンチック街道周辺
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ドイツ2012年・麗しの5月:エッティンゲン・ヴァラーシュタイン侯爵家の二人の美女。
2012/05/15~
ロマンチック街道周辺
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ドイツ2012年・麗しの5月:隕石が作ったリース盆地には”生きている完全な中世都市”ネルトリンゲンがある。
2012/05/15~
ネルトリンゲン
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ドイツ2012年・麗しの5月:エッティンゲン侯爵家の町は中世祭りで大賑わいだった。
2012/05/15~
ロマンチック街道周辺
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ドイツ2012年・麗しの5月:難攻不落の名城Die Harburgディー・ハールブルク城に泊まる。
2012/05/15~
ロマンチック街道周辺
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ドイツ2012年・麗しの5月:聖母マリア像が動いた!と少女は驚き知らせた。(マリアの泉巡礼教会の信仰)
2012/05/15~
ロマンチック街道周辺
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ドイツ2012年・麗しの5月:アウクスブルク市庁舎の「黄金の間」、ディリンゲン大学の「黄金の間」は見所!
2012/05/15~
ロマンチック街道周辺
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ドイツ2012年・麗しの5月:シシーの城を訪問する前に、難攻不落の名城ハールブルク城を見学する。
2012/05/15~
ロマンチック街道周辺
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ドイツ2012年・麗しの5月:バイエルンの田舎に育った絶世の美女Sisiシシー(皇妃エリザベート)
2012/05/15~
ロマンチック街道周辺
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ドイツ2012年・麗しの5月:英雄シュタウフェンベルクの生誕城訪問と、カッツェンシュタイン城のパニック騒動
2012/05/15~
バーデン・ビュルテンベルク州
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ドイツ2012年・麗しの5月:カッツェンシュタイン城見学では城の幽霊バルドリアンにチップをねだられた!
2012/05/15~
バーデン・ビュルテンベルク州
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ドイツ2012年・麗しの5月:ギーンゲンのシュタイフ博物館でテディベアーの世界を見た。
2012/05/15~
バーデン・ビュルテンベルク州
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ドイツ2012年・麗しの5月:ホーエンローエ地方の古城群その1ヴァルデンブルク城・ノイエンシュタイン城
2012/05/15~
古城街道周辺
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ドイツ2012年・麗しの5月:ホーエンローエ地方の古城群その2エーリンゲン城・鉄腕騎士の城
2012/05/15~
古城街道周辺
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ドイツ2012年・麗しの5月:ホーエンローエ地方の古城群その3シェーンタールの鉄腕騎士の墓碑、シュッテッテン...
2012/05/15~
古城街道周辺
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ドイツ2012年・麗しの5月:鉄腕騎士ゲッツの城・・・秘密のドアの裏側を特別ガイドで案内する。
2012/05/15~
古城街道周辺
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ドイツ2012年・麗しの5月:ネッカー川沿いを走る古城街道には最も好きな景観がある。
2012/05/15~
古城街道周辺
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ドイツ2012年・麗しの5月:“ネッカー渓谷の真珠”と謳われる古城ホテル ヒルシュホルン城に満足!
2012/05/15~
古城街道周辺
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ドイツ2012年・麗しの5月:ハイデルベルクの町はロマンチックな話が良く似合う。
2012/05/15~
古城街道周辺
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ドイツ2012年・麗しの5月:ドイツの美味・シュパーゲルの産地であるシュヴェツィンゲンは選帝侯の宮廷があった...
2012/05/15~
古城街道周辺
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ドイツ2012年・麗しの5月:古城ホテル・クロンベルク城で、この旅最後のシュパーゲル料理を楽しんだ。
2012/05/15~
ヘッセン州
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ドイツ2012年・麗しの5月:ドイツ7名窯(めいよう)の一つヘキスト陶磁器工房に興味があったが・・・。
2012/05/15~
ヘッセン州
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旅行記グループ 2012年ドイツの春:ロマンチック街道、シュヴェービッシュ・アルプ街道、古城街道の旅
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