バート・メルゲントハイム:ドイツ騎士団総長シュッツバル、又の名ミルヒリングの名が付いた噴水(泉)のこと。
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- 旅行時期:2012/05(約14年前)
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by jijidarumaさん(男性)
バード・メルゲントハイム クチコミ:2件
≪バート・メルゲントハイム:ドイツ騎士団総長Wolfgang Schutzbarヴォルフガング・シュッツバル、又の名ミルヒリングの名が付いたMilchlingsbrunnenミルヒリングの噴水(泉)のこと≫
(2012年ドイツ麗しの5月:ロマンチック街道、シュヴェービッシュ・アルプ街道、古城街道を行く)
Wolfgang Schutzbarヴォルフガング・シュッツバル(1483年~1566年、Milchlingミルヒリングとも称された)は1483年、ヘッセン州中部のギーセン地方のTreis an der Lumdaトライス・アム・ルムダで生まれ、 1507年にDeutschen Ordenドイツ騎士団に入った。
1529年、彼は当時マールブルクのLandkomtur地方騎士修道会長(騎士団司令官の意か?)であったDaniel von Lehrbachダニエル・フォン・レールバッハのKoadjutor補佐官に取りたてられた。シュッツバルは1529年にレールバッハ地方騎士修道会長を引き継ぎ、その後、1543年までBallei Hessen in Marburgマールブルクのバレイ・ヘッセンの地方騎士修道会長を勤めた。
1543年、シュッツバルはWasserleitungメルゲントハイムに置かれていたドイツ騎士団の39代(1543~1566年)のHochmeister総長になった。
1544年、Kaiser Karl V.皇帝カール5世(1500年~1558年)により、Preussenプロイセンを封土として与えられた。
彼はメルゲントハイムで死去する前、1564年にRathaus庁舎を建て、この町最初のWasserleitung水道管(設備)を作り、この町に寄与した。
そのこともあってだろう、現在もこの町のマルクト広場に彼の像「Milchlingsbrunnenミルヒリングの噴水(泉)」が立っている。
ミルヒリングの噴水(泉)は、メルゲントハイムの町が聖なる泉(Heilquellen)の発見から100年を迎える祝いに、聖なる温泉(Heilbad )が広く知られるようになった事もあって、その記念位1926年に作られたものである。
その前身は遅くとも1548年までに完成し、16世紀の初めから19世紀の終わりまで、マルクト広場7番地にあった。
ミルヒリングの噴水(泉)は、ドイツ騎士団総長ヴォルフガング・シュッツバルの紋章が描かれた盾を持つ騎士の姿を示している。
ただ、剣を持つBremen Rolandブレーメンの騎士ローラントの表現(当時騎士の像の定番として描く)に似たものとなっている。確かに、そう言えばそうだ。
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以上は、総長ミルヒリングで検索しても、ドイツ騎士団の総長リストに無かったから、何故、ミルヒリングの噴水(泉)と称するのか分からなかったので、調べてみた。
(2020年11月24日訳、編集加筆)
- 施設の満足度
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4.0
- 利用した際の同行者:
- カップル・夫婦(シニア)
- 観光の所要時間:
- 1-2時間
クチコミ投稿日:2020/11/25
いいね!:8票
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