2012/05/15 - 2012/05/29
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jijidarumaさん
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≪Romantische Strasseロマンチック街道、Schwaebische Alb Strasseシュヴェービッシュ・アルプ街道、Burgenstrasse古城街道の旅≫
期間 :2012年05月15日(火)~05月29日(火)15日間の旅
目的地:ヘッセン州、バイエルン州、バーデン・ヴュルテンベルク州を巡る旅である。
ドイツ13のワイン産地の内、フランケンワイン、ヴュルテンベルガーワインのワイン街道を楽しむ予定である。
①5月15日(火)思い入れの古城ホテル ローテンブーフ城へ
②5月16日(水)白雪姫伝説が生まれたロアーの町を訪ねる。
③5月17日(木)天空の城・ザーレック城からマイン川沿いにファイツヘーヒハイム宮殿へ南下する。
④5月17日(木)マインツ選帝侯の城、ドイツ騎士団宮殿、ホーエンローエ侯爵家の居城を訪ねた。
⑤5月18日(金)天才リーメンシュナイダーの傑作、聖母マリア昇天の祭壇を再訪した。
⑥5月18日(金)晴天のローテンブルクに満足、リーメンシュナイダーの傑作にも大満足!
写真はランゲンブルクのドイツ自動車博物館で感嘆した!メルセデス・ベンツ車
- 旅行の満足度
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- レンタカー
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
5月19日(土); 晴、22℃、98km(この日まで5日間で505kmとなった。)
6時起床。8時~8時半朝食。アルテス・アムトハウスを8時50分に出発。Mulfingen ‐Ailringenアイルリンゲンの5km先で最初の給油 ->ヤークスト川沿いに南下、L? 20km Langenburgランゲンブルク到着・自動車博物館見学 9:25~12:15 ->L?・A6・B25 65km Feuchtwangenフォイヒトヴァンゲン到着・見学 13:25~14:00
->L? 13km Dinkelsbuehlディンケルスビュール到着・見学 14:30~17:00。(⑤Deutsches Haus)
写真はロマンチックホテル アルテス・アムトハウスで、二度目の朝食 -
*昨夜は11時に就寝。5日目ともなると、熟睡が出来るようになる。6時起床。
アイルリンゲンの5km先で最初の給油38.25L=Euro62.09を珍しくカードが駄目で現金払いした。
昨日はリーメンシュナイダーの一日であったが、今日はロマンチック街道の町々に見られる木組み建築の家並みになる。
写真はロマンチック街道と古城街道のMap -
昨日の行程に入れてあったSchloss Langenburgランゲンブルク城には、今日の午前中に訪れる事に予定を変更した。
写真はWappen_Langenburgランゲンブルクの紋章
ランゲンブルクの紋章は楯の形が上下に別れ、上部は黒地に黄金の獅子が描かれて、下部は金と黒の色が交互に4列並んでいる。
これはランゲンブルクの領主の紋章 - ライオンとチェス - を示していると云う。 -
この城は古城街道でも良く知られた城で、ランゲンブルク城から15km先のKirchbergキルヒベルク城(ホーエンローエ家)、更に27km先のRothenburgローテンブルク、18km先のColmbergコルムベルク城(古城ホテル)に街道は続いて行くので、城好きには楽しい地域である。
街道に沿って、何度かここに来ているが、城内に入って見物した記憶が無い。
写真はSchloss Langenburgランゲンブルク城:メリアン1656年の絵 -
イチオシ
2泊したアイルリンゲンのホテルからヤークスト川沿いに南下すれば、簡単にランゲンブルク城に行ける。凡そ20kmで観光客もまだいない、早い時間に着いてしまった。
ランゲンブルクの城内や自動車博物館を見学したいのだが、開館は11時、それまで駐車場に入って待つことにした。
写真はランゲンブルク城:本城と城門と石橋 -
<Schloss Langenburgランゲンブルク城>
9:25~12:15 コンビ入場料Euro20
この旅⑭番目の城
D-74595 Langenburg 、Schloss 1
http://www.schlosslangenburg.de/
http://www.langenburg.de/
*城内及び自動車博物館;
写真はランゲンブルク城の城門、石橋に向かって。 -
写真はランゲンブルク城:城門に至る石橋傍に見事な菩提樹の大木・・・枝がこのように下に流れるようになっているのは珍しい。
-
写真はランゲンブルク城:庭園(バラ園)・・・まだ季節ではないが。
-
①Automuseum自動車博物館 10:15~10:30
ドイツ初のクラシックカー博物館は1970年にオープンした。ランゲンブルク城のかつての厩舎があった場所に2000㎡の自動車博物館を建てた。
自動車の100年の歴史、かつて活躍した凡そ70(現在は80台)ものレーシングカーやスポーツカーを展示していたが、それはまたすごい展示である。
先代侯爵の趣味で集められたクラシックカーだが、実際に走れるように整備された状態で展示され、車はまだ走ると云う。
写真はランゲンブルク城のドイツ自動車博物館:メルセデス、ポルシェなどのスポーツカーが並ぶ -
とりわけ、ドイツ車の歴史に目がいく。
メルセデス、ポルシェ、BMW、Audi、オペル、VWなど。
写真はランゲンブルク城の自動車博物館:BMWのミニ -
Langenburg Historic Bergtag 2010
ランゲンブルク2010年:クラシックカー丘陵コースを走る
http://www.youtube.com/watch?v=Gx8xgjMJdkM
Bergfahrt Langenburg Historic mit Alvis 4,3 Liter 1938
写真はランゲンブルク城の自動車博物館: -
写真はランゲンブルク城の自動車博物館:
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写真はランゲンブルク城の自動車博物館:英国エリザベス2世女王が来訪した際に乗車されたと云う。
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イチオシ
写真はランゲンブルク城の自動車博物館:メルセデス、Porsche 911 GT1ポルシェなどのスポーツカーが並ぶ
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写真はランゲンブルク城の自動車博物館:NZ ラリー・自動車レースで活躍したAudi Sport(スポンサーはHB (cigarette))
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イチオシ
写真はランゲンブルクのドイツ自動車博物館で感嘆した!メルセデス・ベンツ車
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イチオシ
幸い少し早目の開館であったので、城を見る前にこちらを先に見て回れた。
車好きなら、これが・・・これがと思う事でしょう。
写真はランゲンブルク城の自動車博物館: -
写真はランゲンブルク城の自動車博物館:展示場の様子
-
写真はランゲンブルク城の自動車博物館:展示場の様子
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写真はランゲンブルク城の自動車博物館:展示場の様子
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ランゲンブルク城ではスコットランド風のスカートをはいた軍楽隊(地元の方々らしい)の撮影をTV・SWRが行っていた。
隊列を組むと、なかなか格好が良い。
写真はランゲンブルク城:スコットランド風のスカートをはいた軍楽隊 -
丁度、本城博物館見学まで暇つぶしにもなるので、行進に他の観光客と共にゾロゾロついていった。老若男女の20人ほどのグループは監督の指示に従い、色々な場で例のバグパイプとドラムを演奏して行進する。デジカメ動画で撮ってみたが、あまり上手くいかない。
写真はランゲンブルク城:城壁下で行進は一休み -
その昔(1978年)、ドーバー海峡をホーバークラフトに車を載せて、スコットランドのエジンバラで行われた“スコットランド夏の祭典ミリタリー・タトゥー”を見に行った事がある。
ライトアップされたエジンバラ城の広場に、バグパイプと楽隊の音楽を共に、伝統衣装に 身を包んだスコットランド軍楽隊が勇壮な行進で登場する・・・それとはレベルも規模も違うが、当時の事を思い出させてくれた一時だった。
ご参考:Edinburgh tattoo “ Top Secret Drum Corps”
http://www.youtube.com/watch?v=dsjqsXeMKY8
写真はランゲンブルク城:ぐるりと巡って、城壁下から上がって来て、菩提樹の大木で打ち合わせ。行進も解散かな? -
②ランゲンブルク城博物館 11:00~11:50
13世紀、ヤークスト川から130mの高台にランゲンブルク城が築かれた。
北側の魔女の塔と南の文書保管塔はその時代からのものである。
1568年以降、ランゲンブルクはホーエンローエ・ランゲンブルク伯領(後の同侯領)の宮廷所在地となった。
中央の方形の城郭は15世紀に建てられたもので、ホーエンローエ地方における代表的ルネサンス風宮殿である。
1960年、一部が博物館として一般公開されているが、ドイツの古城ではよくある事だが、いまだに侯爵ご一家が居住されている。
写真はランゲンブルク城:城内の中庭
11時になると観光客も増えて、20人ほどのグループが2つにわかれてガイドが行われた。城内の中庭からスタートした。 -
城は1966年大火災にみまわれたが、再建されている。
ルネサンス風城内、城内教会、バロックの広間、バラ園(まだバラの花には早い時期のようだったが)は見応えがある。
写真はランゲンブルク城・城内博物館:ホーエンローエ家の家系図
ホーエンローエ家の家系図の説明もあったが、枝分かれした一族も多くて、私共の頭には入ってこない。 -
ガイドからは1966年の大火の話が当然に出た。
写真はランゲンブルク城・城内博物館:番号が振られていたが、書類入れのようなものか?色合いが美しい。 -
この廊下には紋章、武具、狩猟の獲物、ランゲンブルク城主一族、1965年5月24日ドイツを国賓来訪中に当地を私的訪問された英国エリザベス2世女王夫妻の来訪写真が並んでいた。
尚、ホーエンローエ・ランゲンブルク侯爵家の歴史を読むと、
英国エリザベス2世女王陛下の夫であるフィリップ殿下の姉君Margaritaマルガリータがホーエンローエ・ランゲンブルク侯爵家に嫁いでおり,イギリス王室と親戚関係にあるとのことだ。
またさらにイギリス王室と繋がりを追記すれば、
*Georg I. (Herzog von Sachsen-Meiningen)ザクセン・マイニンゲン公ゲオルク1世の妃になったのはホーエンローエ・ランゲンブルク侯爵家のLouise Eleonore zu Hohenlohe-Langenburgルイーゼ・エレオノーレであり、二人の間に出来た息子は父の後を次いでザクセン・マイニンゲン公ベルンハルト2世となり、
長姉Adelheidアーデルハイト(英語名はAdelaidアデレード、1792年~1849年)は、1818年、後のハノーヴァー朝の国王及びハノーファー王国の国王William IVウィリアム4世(ドイツ名:Wilhelmヴィルヘルム , 在位:1830年~ 1837年)の妃になっているので、ホーエンローエ・ランゲンブルク侯爵家の歴史にも、その事も書かれている。
1837年にウィリアム4世が死去し、直系の子供が育たなかったので、義理の姪(ジョージ3世の四男ケント公エドワードの一人娘)ヴィクトリア(Queen Victoriaヴィクトリア女王)が即位し、その後アーデルハイト王妃は王太后(Queen Dowager)の称号で呼ばれた。
写真はランゲンブルク城・城内博物館:廊下に紋章、武具、狩猟の獲物などの展示が -
城主の住居部分にはルネサンス時代の家具、タペストリー、陶磁器、絵画などのコレクション、そして城内教会を順次周った。火災で失われたものも多いようで、他のホーエンローエ家の城とは、明らかに城内には見るべきものがなかった。
開館:火~日は毎日11時~16時。尚、ガイド(ドイツ語のみ)は11時、12時、13時、14時、15時、16時。冬季シーズンは閉館。
写真はランゲンブルク城・城内博物館:城主の住居部分 -
・・・・・
*2011年05月にかつての東ドイツ:ルター諸都市・Berlin・Dresdenなどを巡った際にドイツ最後の5月25日(水)に1泊した。
<Schloss Landsberg Meiningen
古城ホテル シュロス ランドスベルグ マイニンゲン>
D-98617 Meiningen 、Landsberger Str. 150
ランドスベルグ城はかつてザクセン・マイニンゲン公爵の夏の離宮でした。
現在はロマンチックな高級ホテルになっている。
写真はシュロス ランドスベルグ マイニンゲンの建設に寄与したAdelheidアーデルハイト(イギリス王ウィリアム4世William IVの妃)、・・・ドイツ人肖像画家Samuel Friedrich Diezサミュエル・フリードリヒ・ディーズ(1803 ~1873年)の1820年頃の人物画作品 -
このシュロス ランドスベルグ城の歴史;
最初に歴史に登場するのは1129年に遡る。
Wuerzburgヴュルツブルク (Hohe Strasse高地街道) とFuldaフルダ (Frankfurter Strasseフランクフルト街道)に向かう交易路、Salzungenザルツンゲン方向の道Werratalstrasse ヴェラ渓谷街道などの抑えとなる砦が築かれていたと云う。
この城は農民戦争(1524~25年;トマス・ミュンツァーの反乱・農民反乱が最も激しく戦われたのはフランケン地方の北のテューリンゲン地方であった)で天守閣や城壁等が被災し、廃墟となった。
1836~40年にかけて、Bernhard II von Sachsen-Meiningen ザクセン・マイニンゲン公爵のベルンハルト2世によって、Walldorf ヴァールドルフとMeiningenマイニンゲの間、Werraヴェラ渓谷から突き出たように、378mの高さを持った山頂に新たな城が築かれた。
写真はSchloss Landsberg bei Meiningen wurde 1836 bis 1844 durch Bernhard II. errichtet.シュロス ランドスベルグ マイニンゲンはベルンハルト2世により、1836年~1844年にかけて築城された。 -
ベルンハルト2世の長姉であったAdelheidアーデルハイト(イギリス王ウィリアム4世William IVの妃)がイギリスからやってきて、城の建設を勧め、物心両面の援助をしたと云う。
写真はシュロス ランドスベルグ マイニンゲン1890年当時。 -
この事もあってか、ランドスベルグ城は夏の宮殿として、ネオゴシック様式で、19世紀の英国王・貴族の城(ウインザー城などの)を手本として建てられた。
写真はシュロス ランドスベルグ マイニンゲンの現在 -
<Herzogtum Sachsen-Meiningenザクセン・マイニンゲン公国>
かつてドイツにあった公国。ヴェッティン家のエルンスト系によって統治されたザクセン諸公国の一つである。
1675年、ザクセン・ゴータ公領の分割によってザクセン・マイニンゲン公国が成立した。1825年、ザクセン・ゴータ家からHildburghausenヒルトブルクハウゼンとSaalfeldザールフェルトを獲得した。
第一大戦後のドイツ革命により君主制が廃止(1918年)され、1920年にテューリンゲン州に併合された。首都はマイニンゲン。
Schloss Elisabethenburgエリザベートブルク宮殿
D-98617 Meiningen 、Schlossplatz 1
http://www.meiningermuseen.de/pages/schloss.php
1682~92年にザクセン・マイニンゲン公爵Bernhard Iベルンハルト1世. (1649~1706)により、建設された。
二人目の公爵夫人ブラウンシュヴァイク‐ヴォルフェンビュッテル家(19世紀にブラウンシュヴァイク公国と改称した)のエリザベート・エレノアElisabeth Eleonore von Braunschweig-Wolfenbuettelに因んで、宮殿の名前を付けた。
以来、ドイツ革命により君主制が廃止(1918年)されるまで、バロック様式の王宮はザクセン・マイニンゲン公爵家のものであった。
写真はシュロス ランドスベルグの本城はマイニンゲン市内にあり、Schloss Elisabethenburgエリザベートブルク(宮殿)と称する。・・・俯瞰
・・・・・ -
http://www.schloss-langenburg.de/
写真はランゲンブルク城・城内博物館:周辺の景色 -
写真はランゲンブルク城・城内博物館:城内教会の独特の天井
-
写真はランゲンブルク城・城内博物館:城内教会の説教壇など、線香の匂い?が充満していた。
-
Jagstヤクスト川が大きく蛇行し、丘陵の端に立つ山城の城郭はなかなかの名城である。
写真はランゲンブルク城:向かって左側から庭園、本城を望む。 -
写真はランゲンブルク城:城のVordergrund前景から町の方向・俯瞰・・・ドイツはほんとに森の国だ。
-
イチオシ
昼食:ランゲンブルクの駐車場内で 12:00~12:15
ホテルのバナナ、ブドウなど 。
結局、駐車時間は3時間(Euro3)かかってしまったが、城内もドイツ自動車博物館も完璧に見る事が出来たので、満足満足。
坂道を南に下る。坂の下から見るランゲンブルク城も綺麗な景観の中にある。
写真はランゲンブルク城:下の村から見上げた城・・・ローテンブルクの景観をドイツ人は「縁なし帽子のとんがり」と呼ぶと言うが、この景色もそう思えた。 -
写真はWappen_Feuchtwangenフォイヒトヴァンゲンの紋章
銀地の楯に、緑の大地に緑のトウヒの木が立っている。
フォイヒトヴァンゲンは14世紀から18世紀まで、黒い鷲を紋章として利用されていた。
トウヒの紋章は元々、二次的な紋章であったが、1819年から黒い鷲を廃し、トウヒを市の紋章として用いている。 -
途中、Crailsheimクライルスハイムに立ち寄った。
なにやら分かりにくい町という事もあって、車でザット回っただけで、先を急いだ。L?・A6・B25と65kmでFeuchtwangenフォイヒトヴァンゲンには到着した。
写真はFeuchtwangenフォイヒトヴァンゲン・Map -
<Feuchtwangenフォイヒトヴァンゲン観光>
13:25~14:00
フォイヒトヴァンゲンの町はローテンブルクからは東南方向30kmに位置する。
この町の小冊子にはIm Herzen der Romantischen Strasse(ロマンチック街道の中心・心臓)と表現されている。確かに街道を人の体に見立てれば、丁度、心臓の位置にあたる。
ただ、街道の上下に中世を具現したようなローテンブルクとディンケルスビュールの有名な町があり、残念ながら、世評はそちらが高い。
この町はSulzachズルザッハ 川(ヴェルニッツ川の支流)沿いに、8世紀に設立されたベネディクト修道院を中心に発展し、かつてはフランケン地方の帝国自由都市として、中心都市の一つとして栄えたと云う。
現在では人口12千人のひっそりとした、忘れられたような町となっている。
私の以前の旅でも通過してしまう町であった。
写真はフォイヒトヴァンゲン:Roehrenbrunnenレーレンの泉 -
その広場の中央に1726年作のRoehrenbrunnenレーレンの泉がある。
1200年の歴史を記す紋章が泉の周囲の壁に見え、中央にMinervaミネルヴァ(ギリシャ神話の知恵と技芸の女神)の立像があった。
写真はフォイヒトヴァンゲン:Roehrenbrunnenレーレンの泉 -
カール大帝と“鳩の泉” 伝説が残る町はマルクト広場周辺に“フランケンの祝典の間”と呼ばれるのも納得する、美しい木組み建築の家並みが囲み、小さいながらも趣のある町だ。
写真はフォイヒトヴァンゲン:Roehrenbrunnenレーレンの泉とマルクト広場周辺が“フランケンの祝典の間”と呼ばれるだけに美しい。 -
Stiftkircheベネディクト修道院教会はその中心にあって、デューラーの師であったMichael・Wohlgemutsミヒャエル・ヴォルゲムートが1483年に作ったマリア聖壇、木彫りの聖歌隊席が知られている。
教会の前では、結婚式をあげたばかりの新婚さんと、親族・友人たちがにこやかな顔をして写真を撮っていた。
1949年以来、この町は夏の観光シーズンに修道院教会のロマネスク様式の回廊、庭園を利用して、オペラや演劇などの青空劇場になる。
その季節は町が人であふれると云う。
http://www.feuchtwangen.de/
写真はフォイヒトヴァンゲン:Stiftkircheベネディクト修道院教会と新婚さんと親族・友人 -
写真はフォイヒトヴァンゲン:Stiftkircheベネディクト修道院教会のロマネスク様式の回廊
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写真はフォイヒトヴァンゲン:Stiftkircheベネディクト修道院教会内・1483年にデューラーの師であったMichael・Wohlgemutsミヒャエル・ヴォルゲムートが作ったマリア聖壇
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写真はフォイヒトヴァンゲン:Stiftkircheベネディクト修道院教会・木彫りの聖歌隊席、いずれも個性的で、見事な作りだ。
-
*番外編:
【伝説・FeuchtwangenフォイヒトヴァンゲンのTaubenbruennlein鳩の泉】
Taubenbruennlein 、Wie das Kloster Feuchtwangen entstand
フォイヒトヴァンゲンの町の中心であるマルクト広場から西北に歩いて行くと、“鳩の泉”と称する素朴な泉がある。
フォイヒトヴァンゲンの町、つまりはベネディクト修道院の起源を伝える伝説の泉である。
<伝説>
或る時、カール大帝(フランク王742~814年;西ローマ皇帝在位:768~814年)が狩りに出かけた。Sulzbachズルツバッハ川に沿い、鬱蒼とした松林がある。そこをカール大帝は獲物を追って、馬を駆け、走り回った。ところが大帝は狩りに夢中になり、たいへん疲れた所為か、急に体が発熱し、このまま馬を走らせて城に戻るわけにいかなくなりました。馬から降り、ぐったりとして松の根元に横たわってしまったのです。
大帝は発熱で死んでしまうかのような、のどの渇きを感じていましたが、狩りに随行した家来たちも水の用意が無く、困って泉が無いかと、近隣一帯をくまなく探したのですが、見つかりません。
すると、泉を探す人の足音に驚いたのか、野鳩が一羽、茂みの中から飛び立ったのです。その茂みに家来(鳩に泉の存在を教えられたように)が入ってみると、隠れた岩の窪みに、清らかな水が湧きでていました。家来たちは鳩のお陰で泉を見つけたのです。
大帝はこの清らかな泉の水を思う存分に飲み、熱も下がり、元気になったのでした。
この天恵を喜び、それへの感謝として、カール大帝はこの地に教会・修道院を建てる事を約束したのでした。
そして、カール大帝により建てられたベネディクト派修道院教会を囲んで町が形作られ、ズルツバッハ川沿いの湿った土地にFeuchtフォイヒト(湿った)wangenヴァンゲン(頬・側面)という妙な名前の町ができたのだと云う。
“鳩の泉”は今もなお、修道院傍で清らかな水を湧き出させている。また、言い伝えに依れば、カール大帝が横たわった松の根元はベネディクト修道院教会の主祭壇下に石となっているそうです。
“鳩の泉”傍には、この伝説を数行に刻んだ新しい石板が置かれていると云う。
(2012.08.05.訳・編集)
写真はフォイヒトヴァンゲン:カール大帝(デューラー作) -
実は何故町の名前がこんな奇妙な名前なのかと不思議に思ったことから、”カール大帝と鳩の泉”の伝承に行き着ついたのだ。
カール大帝が大きすぎた存在なので、伝承を伝える素朴な泉に驚きました。小さな町以上に立派な修道院教会がその分を補っているのかもしれませんけど・・・。
カール大帝はドイツ人に人気の高い王であり、また、46年間の治世の間に53回もの外征をおこない、イタリア南端部をのぞく西ヨーロッパ世界の政治的統一を達成し、全ゲルマン民族を支配しました。 カール大帝の宮廷は1箇所に常在することなく、常に国内を移動していたと歴史書に書かれているし、支配地のキリスト教化を図り、教会・修道院を各地に建てたそうだから、この町の伝説は年代的にも納得もでき、伝説というより実話に近いものかと思ってしまう。
鬱蒼とした松林、岩場の泉、修道院の聖壇下の松の根元など、今はもう確かめようがないが、この町に立ってみると、この伝説の面白さを感じる。
XXX
ご参考≪伝説:カール大帝と鳩の泉(フォイヒトヴァンゲン・ベネディクト修道院教会の創建話)≫
https://4travel.jp/travelogue/10922143
写真はフォイヒトヴァンゲン:カール大帝の伝説・Taubenbruennlein“鳩の泉”
・・・・・・・・・・・・・
次の町はDinkelsbuehlディンケルスビュールで、町一番の老舗ホテルDeutsches Hausドイチェス・ハウスに宿泊する。
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古城街道周辺
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ドイツ2012年・麗しの5月:ネッカー川沿いを走る古城街道には最も好きな景観がある。
2012/05/15~
古城街道周辺
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ドイツ2012年・麗しの5月:“ネッカー渓谷の真珠”と謳われる古城ホテル ヒルシュホルン城に満足!
2012/05/15~
古城街道周辺
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ドイツ2012年・麗しの5月:ハイデルベルクの町はロマンチックな話が良く似合う。
2012/05/15~
古城街道周辺
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ドイツ2012年・麗しの5月:ドイツの美味・シュパーゲルの産地であるシュヴェツィンゲンは選帝侯の宮廷があった...
2012/05/15~
古城街道周辺
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ドイツ2012年・麗しの5月:古城ホテル・クロンベルク城で、この旅最後のシュパーゲル料理を楽しんだ。
2012/05/15~
ヘッセン州
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ドイツ2012年・麗しの5月:ドイツ7名窯(めいよう)の一つヘキスト陶磁器工房に興味があったが・・・。
2012/05/15~
ヘッセン州
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旅行記グループ 2012年ドイツの春:ロマンチック街道、シュヴェービッシュ・アルプ街道、古城街道の旅
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