2012/05/15 - 2012/05/29
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《Romantische Strasseロマンチック街道、Schwaebische Alb Strasseシュヴェービッシュ・アルプ街道、Burgenstrasse古城街道の旅》
期間:2012年05月15日(火)~05月29日(火)15日間の旅
5月25日(金); 晴、26℃、109km
6時半起床。8時~8時半朝食・城内ガイド10:30~11:30。ゲッツェンブルク城を12時に出発。Die Burgenstrasse古城街道巡り->L? 6km Schoental シェーンタールに到着・修道院見学と僧院内で昼食。12:05~13:45 ->L? 14km Krautheimクラウトハイム到着 14:05~14:20 ->(Doerzbachデルツバッハ)->B19・L? 2km Kapelle St Wendel zum Steinザンクトヴェンデン礼拝堂に到着14:45~15:15 -> (D-Hohebachホーエバッハ・Ingelfingenインゲルフィンゲン・Kuenzelsauキュンツェルザウ)->L? 31km Schloss Stetten (Hohenlohe)シュッテッテン城到着・見学15:15~15:55 ->L? 9km Braunsbach-Tierbergブラウンスバッハ・ティアーベルク城到着・見学 16:15~16:45 ->(Kuenzelsauキュンツェルザウ・Ingelfingenインゲルフィンゲン・Niedernhallニーデルンハル・Forchtenbergフォルヒテンベルク)->L? 47km Jagsthausenヤークストハウゼン ・ゲッツェンブルク城に17:30着。(⑪Die Goetzenburg )
写真は20年前のダイヤモンド社の“ドイツの古城ホテル”:鉄腕騎士の城・古城ホテル ゲッツェンブルク城も掲載されている案内本(左)。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- レンタカー
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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<ホーエンローエ地方の古城群その3シェーンタール修道院の鉄腕騎士の墓碑、シュッテッテン城などを巡る>
Die Burgenstrasse古城街道巡り:
ゲッツェンブルク城を12時に出発。ヤークスト川沿いを北東に6km走る。
ヤークスト川に架かる橋を渡ると、右手に立派なSchoental シェーンタールの修道院がある。
鉄腕騎士ゲッツにからんだ場所巡りと言っても良いだろう。
写真は古城ホテル ゲッツェンブルク城の朝食。Schlosshotel Götzenburg ホテル
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写真はKocherコッハー川・Jagstヤークスト川:Karte流域図
Kocherコッハー川はネッカー川の右岸、つまり東側から合流する全長182kmの支流である。名前はケルト語起源で「ほとばしる(水)」を意味している。
Jagstヤークスト川はバーデン・ヴュルテンベルク州を流れる全長203kmの川で、激しく蛇行してネッカー川右岸に合流するネッカー川の支流である。 -
<“ヤークストの真珠“称されるKloster Schoental シェーンタール修道院>
12:05~13:45 入場料Euro8
D-74214 Schoental 、Klosterhof 6
http://www.kloster-schoental.de/ http://www.schoental.de/
シェーンタールはJagsthausen ヤークストハウゼンからヤークスト川を6km遡る。
“ヤークストの真珠“称される修道院は1157年、Wolfram von Bebenburgベベンブルクの騎士ヴォルフラムによって建てられ、皇帝バロバロッサの庇護を受けたと云う。
中世のシトー会マウルブロン修道院(現在、世界遺産)から修道僧がやって来て、全盛期を迎えたが、それも100年後には経済的に困難を極めた。
1600年になると、新たな活発な建設期に入り、牧師館、教会施設、ビール・ワイン醸造所、教育施設、森林学校など、今に残る様々な建物が増設された。
写真はKloster Schoental シェーンタール修道院:全景 -
最初に目に入るのは、直ぐ右手に5600人の町を司る役場です。
住所もKlosterhofの1番地で、門番のように立つ建物から、町と修道院の歴史的関係が良く分かります。
写真はKloster Scheontal:Lageplan縄張り図 -
その先に、城で言えば城門のような佇まいをもった修道院の三層の門塔が立ち、紋章、Madonna im Torturm門塔の聖母マリア、時計が其々の層にある。
どこの修道院も城郭のような構えで、周囲を囲む壁の中は広い中庭があり、各所に大きな建物が立つ。
写真は修道院の三層の門塔・・・上から時計、聖母マリア、紋章 -
写真は古い修道院の建物の一部に小さな博物館。
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写真はシェーンタール修道院:木組み建築のGoetzenhausゲッツの家
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イチオシ
まず左手に立つKlosterkircheバロック様式の教会に行く。二つの高々とした尖塔をもち、美しいファザードを持った教会だ。
写真は二つの高々とした尖塔を持つKlosterkircheバロック様式の教会 -
内部も豪華な装いをした主聖壇、美しい天井の漆喰画があり、ロマンチック街道の終点に近いヴィースの教会を思い出させた。
写真はシェーンタール修道院:豪華な装いをした主聖壇教会内: -
写真はシェーンタール修道院:豪華な装いをした主聖壇
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ここには珍しい事にパイプオルガンが無かった。
古い修道院の建物の一部に小さな博物館があり、スタッフに聞いてみると、“かつては立派なパイプオルガンがあったのだけど、ニュルンベルクの兵が持ち去ったのよ!でも今は主聖壇の左手奥に隠れた様にあります。”と。
写真はシェーンタール修道院:豪華な装いをした主聖壇 -
イチオシ
続いて行ったノイマン作のTreppenhausバロック風階段室はNeue Abtei新修道院の玄関を入った所にあった。
改装したばかりなのか、鮮やかな金色と青の色彩に驚いた。
ドイツの旅で見たノイマンのいずれの作品に比べても、それは出色のものだった。しかし管理人も観光客、信者も、誰も階段傍にいないのも妙にすごい。
写真はノイマン作のTreppenhausバロック風階段室 -
写真はKloster Scheontal:ノイマン作のTreppenhausバロック風階段室の全体像
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写真はノイマン作のTreppenhausバロック風階段室の天井画
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修道院の回廊には鉄腕ゲッツの墓碑があると聞いていたので、立派なレセプションもある建物の中を歩いて行くと、奥まった所に中庭を囲んで回廊があった。
今に残るゲッツの肖像画によく似た顔をした騎士が跪いて祈る姿が彫られた墓碑があり、直ぐに分かった。
鉄腕ゲッツの異名を持つだけに、腕の所を観光客が触る所為か、黒く変色していた。
写真はKloster Scheontalシェーンタール修道院・回廊:ゲッツの墓碑 -
この鉄腕ゲッツを始めとして、ベルリヒンゲン家の紋章が彫られた墓碑も多く、一族が尊宗してきた歴史を思った。
写真はKloster Schoental シェーンタール修道院・回廊:見やすいゲッツの墓碑 -
多分、ドイツの中世の歴史を知っていれば、この人かと、納得するのであろう人たちの墓碑も並んでいた。
写真はKloster Schoental シェーンタール修道院・回廊:見事な墓碑が並ぶ -
<昼食:シェーンタール修道院のDie Tagungshaeuserセミナー施設にて>
13:00~13:30 Euro35.3(3,779円)
回廊を歩いていて気付いたレストラン(どうもよく見ていたら、役所の人や、教会、教育施設関係の方が食べているようだった)・・・レセプションの女性に聞いてみると、“食事もできますよ“という。
お願いすると、レストランの小母さんにその旨を伝えてくれた。小母さんも親切で、気配りが心地よかった。
写真はシェーンタール修道院のセミナー施設で頂いた昼食 -
レストランはビュッフェ方式でたいへん有難かった。
オレンジとリンゴジュース、スープ、ミックスサラダ、肉料理、
それにアイス、コーヒーなど。
http://www.youtube.com/watch?v=F9eseKpIxNQ
写真はシェーンタール修道院のセミナー施設で頂いた昼食 -
写真はシェーンタール修道院のセミナー施設で頂いた昼食・・・デザートのアイスとコーヒーも
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参考;
Burg Aschhausenアッシュハウゼン城
D-74214 Aschhausen 、Schloss Aschhausen
http://www.schloss-aschhausen.de
アッシュハウゼン城はシェーンタール修道院から北東6km、人口300人の小村にある。
13世紀頃、築城された。1523年、シュヴァーベン同盟(1524年、ドイツ南部・中部の農民反乱に対抗した諸侯同盟軍)との争いで落城する。
その後17世紀に再建されて、鉄腕騎士ゲッツの墓碑があるシェーンタール修道院の狩猟館になった。天守閣は築城当時のものだと云う。
1803年の修道院の世俗化により、Grafen Johann Friedrich Karl von Zeppelinカール・ツェッペリン伯の手にわたり、現在もFamilie von Zeppelinツェッペリン家の個人所有になっている。
見学は不可と書いてあるが、HPを見ると、結婚式、家族の催しに利用されている。
写真はBurg Aschhausenアッシュハウゼン城:俯瞰 -
写真はBurg Aschhausenアッシュハウゼン城:1523年落城の図・・・1523年、シュヴァーベン同盟(1524年、ドイツ南部・中部の農民反乱に対抗した諸侯同盟軍)との争いで落城する。
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シェーンタール修道院を出る。
次の目的地は東に14km先のKrautheimクラウトハイムだ。
ヤークスト川の一番北の到達点に位置するホーエンローエの小さな村・クラウトハイム村の人口は4800人である。 http://www.krautheim.de/
<Burg Krautheim(Stauferburg Krautheim)クラウトハイム城>
この旅33番目の城 14:05~14:20
D- 74238 Krautheim 、Burgweg 8
高さ17m、厚さ2.7mの防壁が囲み、教会、天守閣をもったクラウトハイム城は堂々たる姿を見せている。高さ約30mの天守閣からヤークスト渓谷や、周辺の一帯から遠望できる。
クラウトハイム城の城内博物館は城の歴史を展示。
見学は土日祭日の2~5時のみ。本日は金曜日故、見学はできないのだが。
城の歴史:
1213年、クラウトハイム城はWolfrad I. von Krautheimヴォルフラート1世フォン・クラウトハイムにより山頂に築かれた。
1240~1242年: シュタウフェン(王朝)家の帝権の象徴(王冠、王笏、剣)がおそらくクラウトハイム城に保管されていた。
1399年以後、クラウトハイムは、マインツ司教の勢力下(やがてその所領)におかれた。
1525年、前掲のアッシュハウゼン城同様に農民戦争で城は罹災した。
1612年以降、マインツ大司教・領主Mainzer Erzbischof Johann Schweikhard von Kronbergクロンベルク家のヨハン・シュバイクハルトが城を拡大・強固にした。
1806年: ライン同盟によりアルト・クラウトハイムはヤークスト川の北側がバーデン大公国、南側がヴュルテンベルク王国に分割された。
これによりクラウトハイムはバーデンにアルト・クラウトハイムはヴュルテンベルクに属することとなった。
1889年、Torhaeuschen城門入口が改装された。
写真はBurg Krautheimクラウトハイム城の全景 -
お目当てのクラウトハイム城も*ヨハンニター騎士団博物館にも行ってみたが、見学は土日祭日の2~5時の告示通りで、開いていなかった。
従って、周辺をぐるりと回っただけに終わった。Torhaeuschen城門傍の高台に登り、中をのぞいてみたが殆ど見えない。
ゲッツ関連の城として、*鉄腕ゲッツ記念碑があるはずだったが、残念にも記念碑も見ないで帰ることになった。
*ヨハンニター博物館:
ヨハンニター騎士団(プロテスタントの聖ヨハネ騎士団)の歴史を展示。城山の村役場のすぐ近くにある。見学は土日祭日の2~5時のみ。
*Goetz-Gedenkstein鉄腕ゲッツ記念碑:
ここに有名な "Goetz-Zitat"(ゲッツの格言・引用句)がある。
ゲーテの処女戯曲の作中では主人公ゲッツが「Leck mich am Arsch! くそくらえ!」(俺の尻を舐めろ!)と叫ぶシーンは有名になり、ドイツ語ではGoetz(ゲッツ)という言葉が同じ意味の“侮辱語:でくの坊、のろま!”として通用するほどになったと云う。
写真はBurg Krautheimクラウトハイム城:少し高い場所から城郭内をのぞいたが・・・。。 -
(Doerzbachデルツバッハ)でB19に繋がり、南下する。
左に行くとM‐Ailringenムルフィンゲン・アイルリンゲンのアルテス・アムトハウス(先に2泊した古城ホテル)に行く道だ。
そのまま南下し、聖ヴェンデンを気付かずに一度通り過ぎた。戻って聖ヴェンデン岩壁礼拝堂傍の駐車場に入った。
写真はKapelle St Wendel zum Steinザンクト・ヴェンデル・ツゥム・シュタイン案内図 -
イチオシ
<Kapelle St Wendel zum Steinザンクト・ヴェンデル・ツゥム・シュタイン>
デルツバッハとホーエバッハの間に聖ヴェンデル岩壁礼拝堂がある。
伝説では、“ある羊飼いがここで財宝を見つけ、神への感謝に礼拝堂を建設したとされている。”キリスト教以前、ここには泉と木と岩からなるケルトの泉の聖域があったと云う。
初代の礼拝堂は、現在の礼拝堂の上にある巨大な岩の洞窟内に6世紀に設けられたと考えられている。その痕跡は現在も遺されており、見学することができる。
1478年にはすでに、バッヒェンシュタイン家の所領台帳に『岩の礼拝堂』が記録されている。
現在の建物は、前身となったロマネスク様式の礼拝堂があった場所に、ウルズラ・フォン・ベルリヒンゲンの依頼により、1511~1515年に新しく建設された後期ゴシック様式の巡礼礼拝堂で三代目となる建築である。
<お茶:聖ヴェンデルの岩壁礼拝堂傍の駐車場で>
14:45~15:15
駐車場から礼拝堂はヤークスト川の向こうに見える。その場所に行く橋も道も見つからないので、諦めて、ここでお茶にした。
洋ナシ、チョコレート、お煎餅など。
ゆっくりした30分になったが、最初の行程ではゲッツの城を朝に出発し、昼食をこの先のSchlosshotel Ingelfingen 古城ホテル インゲルフィンゲンで取ることにしていた。
この辺りにはこうした古城ホテルが幾つかあって、立ち寄りたいものだったが。
写真はKapelle St Wendel zum Steinザンクト・ヴェンデル・ツゥム・シュタイン -
参考:
Schlosshotel Ingelfingen 古城ホテル インゲルフィンゲン
D-74653 Ingelfingen 、Schlossstrasse 14
Tel:49(0)7940 - 9165-0 Fax:-9165-50
http://www.schloss-hotel-ingelfingen.de/willkommen/
全22室。Langenburg・17kmとJagsthausenの中間のIngelfingenインゲルフィンゲン
の村にある。人口5700人。
http://www.ingelfingen.de/
写真はSchlosshotel Ingelfingen古城ホテル インゲルフィンゲン -
参考;
Hotel Restaurant Schloss Doettingen 古城ホテル デッティンゲン
D-74542 Braunsbach-Doettingen 、Buchsteige 2
http://www.schloss-doettingen.de/
3星S、全48室。Schwaebisch Hallシュヴェービッシュ・ハルの北14km、Waldenburugヴァルテンブルクから北東16kmの距離にある。Braunsbachブラウンスバッハの村は人口2300人と少ない。
城の歴史:
1250年、Herren von Bachensteinバッヘンシュタインの騎士領主がデッティンゲンの町の丘の上に築城した。
1488年、バッヘンシュタイン家のハンスは城と村を一括して、ホーエンローエ家に売却した。以後、ホーエンローエ家の居城となる。
1584年、城を水城に切り替えるとともに、ルネサンス風建築に改装した。
現在、古城ホテルになっている。
写真はSchloss Doettingen古城ホテル デッティンゲンSchloss Döttingen ホテル
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先に進む。(->B19 D-Hohenbachホーエバッハ・Ingelfingenインゲルフィンゲン・Kuenzelsauキュンツェルザウ->L? )と走り、31kmで Schloss Stetten (Hohenlohe)シュッテッテン城に到着した。
城の手前には住宅開発が行われていて、シュッテッテン城もそのプロジェクトに入っているように思えた。
写真はSchloss Stetten (Hohenlohe)シュッテッテン城:俯瞰 -
<Schloss Stetten (Hohenlohe)シュッテッテン城>
この旅34番目の城 15:15~15:55
D-74653 Kuenzelsau 、Schloss Stetten
最初の城は皇帝バルバロッサの時代、11世紀頃に築城された。
シュタウフェン朝時代の城はルネサンス・バロックの様式が見られる。900年以上、シュッテッテン家の騎士の居城である。かつての武器塔にあるSchlosskapelle城内教会は必見だとのこと。
写真はSchloss Stetten (Hohenlohe)シュッテッテン城:Torhaus城門 -
村内を歩いて行くと、Torhaus城門が見え、その先北西側に22.5mのBergfried 天守閣、Innere Burg城郭がある。
写真はSchloss Stetten (Hohenlohe)シュッテッテン城:Torhaus城門 -
イチオシ
城壁から下を見ると、葡萄畑が広がっている。
写真はSchloss Stetten (Hohenlohe)シュッテッテン城:城壁下の葡萄畑 -
見事なシャクナゲが咲き、中庭には誰もいない。
この城も今の時期、城内見学は出来ないようだ。
写真はSchloss Stetten (Hohenlohe)シュッテッテン城:城内入り口前にシャクナゲが咲いて。 -
ここでも深い空堀を利用して、舞台と観客席を備え、Burgfestspiele城祭り野外劇が、今年は7月13日~28日の間、“Die 3 Musketiere三銃士”が上演されるそうだ。
http://www.schloss-stetten.de/residenz-schloss-stetten/index.html
写真はSchloss Stetten (Hohenlohe)シュッテッテン城:左手に空堀 -
写真はSchloss Stetten (Hohenlohe)シュッテッテン城:Burggraben空堀と野外劇の様子。
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シュッテッテン城から次の城も村道の分かりにくい道を行く、ナビが心配になり、農作業中の小父さんに道を聞いた。
これをまっすぐ、右手の方に迂回すると、この村と反対側にBraunsbach-Tierbergブラウンスバッハ・ティアーベルク城があると教えてくれた。
見渡す限りの畑と森が続き、森の一角に小村があった。距離9km、村中に車を停め、森の道を200m下がると、城があった。
城門は予想通り閉まっていた。
写真はティアーベルク城に下る道に満開に咲いていたのは「ヒルデスハイム“千年のバラ伝説」と同じバラだ。 -
<Burg Tierbergティアーベルク城>
この旅35番目の城 16:15~16:45
D-74542 Braunsbach-Tierberg
ここは先日訪れたSchloss Langenburgランゲンブルク城にも近く、そこから西へ数km行くと、ブラウンスバッハ・ティアーベルクの村がある。
だからこの旅の私共は狭い一帯を走っている事になる。
ここにシュタウフェン朝の頃からの騎士の城ティアーベルク城がある。
ランゲンブルクの領主が、その部下のArnold von Tierbachティールバッハ家のアーノルドに1220年に築城させたものである。
この城はドイツの作家*Agnes Guentherアグネス・ギュンター作品で舞台となった城の1つとして知られる。
現在、ティアーベルク城は個人所有で、見学は不可と分かっていたが、ともあれ城門まで坂道を下って行き、城門前で写真を一枚撮った。これで満足だ。
左手の森の先はコッハー川が流れているらしい。道もあるらしく、自転車を携えた紳士が登ってきて、道路際に停めてあったBMWに自転車を載せて走り去った。
写真はBurg Tierbergティアーベルク城:見渡す限りの畑と森が続き、森の一角にこの城が見つかったが、門が閉ざされて見物はできなかった。 -
ティアーベルク城はちょこっと見ただけだが、気分は満足した。
元の道に戻り、(Kuenzelsauキュンツェルザウ・Ingelfingenインゲルフィンゲン・Niedernhallニーデルンハル・Forchtenbergフォルヒテンベルク)の順に走って、Jagsthausenヤークストハウゼン ・ゲッツェンブルク城に帰った。
17:30着、距離47kmでした。
写真はBurg Tierbergティアーベルク城:反対側から見る古城は立派な城郭姿だ。 -
*Agnes Guentherアグネス・ギュンター(1863~1911年):
ドイツの作家。アグネス・ギュンターはランゲンブルクの牧師Rudolf Guentherルドルフ・ギュンターの妻として、1891年から1906年にホーエンローエ地方の小さな町、ホーエンローエ・ランゲンブルク侯爵家の宮廷所在地でその居城があったランゲンブルクに住んでいた。
彼女は1906年に夫の後を追ってマールブルクに行き、1907年にルドルフはマールブルク大学の教会美術の教授に任命された。1911年、彼女は肺病で長い間患った後、同地で死去した。
ヤーグスト川沿いの小さな町や、ランゲンブルク城主、ホーエンローエ平野の風景に触発されたアグネスは、彼女の唯一の小説“Die Heilige und ihr Narr聖人と王女の道化師”を書いた。
彼女の小説(彼女の死後、1913年初版)は伝説的な成功を勝ち取る事となった。
写真はAGNES Guentherアグネス・ギュンター著:『Die Heilige und ihr Narr聖人と王女の道化師』 -
二つの世界大戦の間に数十万部が読まれ、その後も版を重ねて、100万部を越えるベストセラーとなったのである。
1913年、アグネスの死後に出版されたMelodramメロドラマは「嫉妬深い継母によって不幸になった侯爵の王女Rosmarieロズマリーの愛と人生を描いている」という。
時代を越えて度々版を重ねた彼女のベストセラーは情感に訴える小説で、特に女性読者層に受け入れられて、彼女たちが流した涙と共に、非常に愛されたものとなった。
写真は作家アグネス・ギュンター -
小説に登場する場所は、
ランゲンブルク城(小説ではBrauneckブラウネック城)、
Braunsbachブラウンスバッハ近くのティアーベルク城(Schweigenシュヴァイゲン城)、
Gerabronnゲラブロン近くのSchloss Morsteinモルシュタイン城(Thorsteinソーシュタイン城)が登場する。
勿論、私は読んだ事が無いのだが、ティアーベルク城という、たまたま訪れた古城でこうした作家の事を知った。古城にが絡んだ人にはどうも興味が湧くのだ。
XXX
写真はアグネス・ギュンター:ランゲンベルク近くの森に今も残るギュンターの家 -
参考;
Schloss Hermersbergヘルメルスベルク城
Niedernhallニーデルンハル(人口4千人の村)の南にこの城はある。
遅くも1540年に築城された。北にKocherコッハー川、南にKupferクプファー川(コッハーの支流・全長26km)に挟まれた丘陵に立っている。
ヘルメルスベルク城は1974年4月30日以来、世界的な会社*ヴュルトの会長Reinhold Wuerthラインホルト・ヴュルトが所有し、居住している。
*Wuerthヴュルト;
バーデン・ヴュルテンベルク州ホーエンローエ地方に本社を置く世界的な部品メーカーグループである。
創業者はアドルフ・ヴュルト。現会長はラインホルト・ヴュルト。
グループ従業員数約6万3000人、全世界で300万社を超える顧客を持つ自動車補修・整備市場での世界的トップ企業。
2008年連結売上高:1兆2000億円(8,800万ユーロ)。
http://www.niedernhall.de/
XXX
写真はSchloss Hermersbergヘルメルスベルク城 -
<夕食:古城ホテル ゲッツェンブルク城>
19:30~21:00 Euro89.83(9,171円)
*Special Arrangement・Himmlische Burgtraeume素晴しい古城の夢
Romantisches 4-Gang-Dinner bei Kerzenschein am 2.Abend第二日目の夕食は4品のロマンチックなキャンドルディナー。
飲み物;ドライシェリーX2(Euro9)、水0.7L(Euro5.5)、グラスワインWeisser Burgunder2011 0.2L X2(Euro8)合計Euro22.5。
写真は古城ホテル ゲッツェンブルク城:ドライシェリーでスタート。Schlosshotel Götzenburg ホテル
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写真は古城ホテル ゲッツェンブルク城:スープ;鮭入りのキューリの冷製シャウムスープ。
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写真は古城ホテル ゲッツェンブルク城:前菜;ハニーメロンの上に生ハム、サラダ菜載せ、ハープ入りオリーブソース。
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写真は古城ホテル ゲッツェンブルク城:グラスワインWeisser Burgunder2011
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写真は古城ホテル ゲッツェンブルク城:第二日目は4品のキャンドルディナー
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イチオシ
写真は古城ホテル ゲッツェンブルク城:メイン;鶏肉のソテーにトマトソースかけ。ニッキョ、ジャガイモ、温トマト、サラダ菜添え。
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家内の感想では
今夜は団体客もいない所為か、スムースに料理は出てきたので良かった。
料理の味そのものは昨夜の方が好ましかったそうだ。
そして二日とも“シェフのご挨拶”の小品(厨房の料理の仕上がり状況に応じて、客の待ち時間を充足するもの)が無かったのも、
近頃にしては珍しいと言った。
クリーガー夫人はレストランの一隅で、若い二人の結婚式の相談を受けていた。
写真は古城ホテル ゲッツェンブルク城:第二日目は4品のキャンドルディナー -
写真は古城ホテル ゲッツェンブルク城:デザート;マンゴーと木イチゴのシャーベット。黄モモにピーチソース。
・・・・・・
食事の後、ホテルの部屋に戻ってみると、まだクリーガー夫人が言っていたゼクト(シャンパン)1本が用意されていなかった。
よく働く人だから、また、ゼクトを忘れたようだ。
明日は出発日でもあり、レセプションに電話して部屋に持参するように頼んだ。
届けられたゼクトはシャンパン入れに入って良く冷えていましたが、2泊目のハンメルブルクの古城ホテル ザーレック城から持参していた*赤ワインの小瓶0.25Lを飲み、*Schloss Affaltrachのゼクトは例年のように日本への土産にした。
*Hammelburgの古城ホテル ザーレック城で提供されていた2011年Rotwein Baron trocken Ramstal0.25L 、Baldauf Weingutバルダウフ ワイン醸造所のもの。
*Sekt Trocken ・Schloss Affaltrach Brillant 、Obersulmゼクト(シャンパン)オーバーズルムのアファルトラハ城醸造所の製品・1本。
鉄腕の騎士ゲッツの城・古城ホテル ゲッツェンブルク城のSpecial Arrangementにあったサービスには部屋に1本0.75Lのゼクトを提供するというものがありました。
最近のホテルにはこの種のサービスが多くなった。滞在型ではないので、どうしても1本0.75lは飲むには多すぎるから、飲む機会を逸してしまう。
今回もゼクトを飲まずに、持ち帰って、お土産にした。
*Schlosskellerei Affaltrach Dr. Reinhold Baumann KG
D-74182 Obersulm-Affaltrach 、Am Ordensschloss 15
http://www.schlossaffaltrach.de/
この醸造所はWeinsbergヴァインスベルクの東10kmにあるObersulmオーバーズルム(町の名前は中心を流れるズルム川に因んだもの)の一地区のAffaltrachアファルトラハの町にある。
泊ったゲッツェンブルク城からも南に30kmほどだ。
1928年12月10日、ElisabethエリザベートとWilly Baumannビリー・バウマン夫婦が 1.2ヘクタールの広さのSchloss Affaltrachアファルトラハ城と城内公園にワインやゼクトの醸造所を設立したのが始まりである。
・・・・・・・・・・
次章は古城ホテル ゲッツェンブルク城のガイドと鉄腕騎士ゲッツの野外劇など・・・。
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前の旅行記
ドイツ2012年・麗しの5月:ホーエンローエ地方の古城群その2エーリンゲン城・鉄腕騎士の城
2012/05/15~
古城街道周辺
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次の旅行記
ドイツ2012年・麗しの5月:鉄腕騎士ゲッツの城・・・秘密のドアの裏側を特別ガイドで案内する。
2012/05/15~
古城街道周辺
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ドイツ2012年・麗しの5月:思い入れの古城ホテル ローテンブーフ城へ
2012/05/15~
アシャッフェンブルク
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ドイツ2012年・麗しの5月:白雪姫伝説が生まれたロアーの町を訪ねる。
2012/05/15~
バイエルン州
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ドイツ2012年・麗しの5月:天空の城・ザーレック城からマイン川沿いにファイツヘーヒハイム宮殿へ南下する。
2012/05/15~
ヴュルツブルク
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ドイツ2012年・麗しの5月:マインツ選帝侯の城、ドイツ騎士団宮殿、ホーエンローエ侯爵家の居城を訪ねた。
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この旅行記へのコメント (2)
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- Rolleiguyさん 2021/09/04 10:10:03
- 修道院
- jijidarumaさん、こんにちは
南ドイツの美しい景色を拝見して、いつになったら行けるのかと慨嘆しています。
シェーンタールの修道院は今は宿泊施設になってしまったのですね。
これほどの美しい修道院の施設が観光用にしか用いられていないとは残念です。
ドイツの修道院は修道士の減少や運営そのものが難しくなっていると聞きました。
よほど規模の大きなところでないと維持出来なくなっているのでしょうね。
歴史的な建造物も、建物、設備だけが残り、中身(本来の目的)が失せてしまうのは
修道院に限ったことではありませんが、表面的な美しさのみがもてはやされるのを見ると寂しく思います。しかし、宗教施設の変化はそれ自体ではなく、その基盤となる
信者の変化(減少)が原因でしょうから、今の時代ではそれを止めるのは難しいとは思います。私の旅行記でアンデックスの修道院がありますが、あそこの修道士の生き方を書いた本を読むと、思索と祈りの日々を過ごすことの価値をせめて気持ちの上で共有したいと思わされました。これも歳を重ねた故なのでしょうね。
まだコロナが隆盛です、どうぞご自愛くださり、またドイツの旅行記をお見せください。
Rolleiguy
- jijidarumaさん からの返信 2021/09/04 19:01:17
- Re: 修道院
- Rolleiguyさん、
今晩は。いつもありがとうございます。
お元気そうで何よりです。
相変わらず世情は落ち着きませんね。私は家にいる事が多く、
億劫な日々を過ごしながら、少しずつ古いものを整理しています。
時々、私は古い写真をスキャンして残していますが、古いセピア色の
旅でも蘇らせてご投稿頂ければ、楽しみに拝見できるのですが・・・。
さて、修道院も「美しい観光資源」としての面を残していますが、
ノイマン作のTreppenhausバロック風階段室の写真のコメントに
「管理人も観光客、信者も、誰も階段傍にいないのも妙にすごい」
のように書きましたように、Klosterkircheの中も無人でした。
おっしゃるように信者の変化(減少)は大きいのでしょう。
これもフランス革命からナポレオンの台頭で旧体制が大変化して、
ドイツの歴史における神聖ローマ帝国の世俗化、陪臣化が起こり、
1803年の僧院(修道院)解体令まで実施された事で、僧院が宗教的、
文化的な中心であること止めてしまった事も一因なのかもしれません。
ドイツの旅で度々僧院(修道院)を訪ねていますが、たとえ世界遺産に
登録されているものでも、中身的には衰退中と思われるものも多い
と・・・残念ですが。
それではまた。
jijidaruma
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