ロマンチック街道周辺旅行記(ブログ) 一覧に戻る
≪Romantische Strasseロマンチック街道、Schwaebische Alb Strasseシュヴェービッシュ・アルプ街道、Burgenstrasse古城街道の旅≫<br /><br />期間 :2012年05月15日(火)~05月29日(火)15日間の旅<br /><br />目的地:ヘッセン州、バイエルン州、バーデン・ヴュルテンベルク州を巡る旅である。<br />ドイツ13のワイン産地の内、フランケンワイン、ヴュルテンベルガーワインのワイン街道を楽しむ予定である。<br /><br />①5月15日(火)思い入れの古城ホテル ローテンブーフ城へ<br />②5月16日(水)白雪姫伝説が生まれたロアーの町を訪ねる。<br />③5月17日(木)天空の城・ザーレック城からマイン川沿いにファイツヘーヒハイム宮殿へ南下する。<br />④5月17日(木)マインツ選帝侯の城、ドイツ騎士団宮殿、ホーエンローエ侯爵家の居城を訪ねた。<br /><br />写真はHerrgottskircheヘルゴット教会:天才リーメンシュナイダーの傑作Marienaltar聖母マリア昇天の祭壇<br /><br />

ドイツ2012年・麗しの5月:天才リーメンシュナイダーの傑作、聖母マリア昇天の祭壇を再訪した。

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2012/05/15 - 2012/05/29

84位(同エリア945件中)

jijidaruma

jijidarumaさん

≪Romantische Strasseロマンチック街道、Schwaebische Alb Strasseシュヴェービッシュ・アルプ街道、Burgenstrasse古城街道の旅≫

期間 :2012年05月15日(火)~05月29日(火)15日間の旅

目的地:ヘッセン州、バイエルン州、バーデン・ヴュルテンベルク州を巡る旅である。
ドイツ13のワイン産地の内、フランケンワイン、ヴュルテンベルガーワインのワイン街道を楽しむ予定である。

①5月15日(火)思い入れの古城ホテル ローテンブーフ城へ
②5月16日(水)白雪姫伝説が生まれたロアーの町を訪ねる。
③5月17日(木)天空の城・ザーレック城からマイン川沿いにファイツヘーヒハイム宮殿へ南下する。
④5月17日(木)マインツ選帝侯の城、ドイツ騎士団宮殿、ホーエンローエ侯爵家の居城を訪ねた。

写真はHerrgottskircheヘルゴット教会:天才リーメンシュナイダーの傑作Marienaltar聖母マリア昇天の祭壇

旅行の満足度
5.0
同行者
カップル・夫婦(シニア)
交通手段
レンタカー
旅行の手配内容
個別手配
  • 5月18日(金);朝方小雨、その後、晴、20℃、101km<br /><br />6時起床。8時朝食・散策。アルテス・アムトハウスを9時30分に出発。Mulfingen ‐Ailringenアイルリンゲン->L? (M-Hollenbach・N-Adolzhausen・Weikersheim)->L? 30km Roettingenレッティンゲン到着・町見学10:00~10:35 ->L? 12km  Creglingenクレクリンゲン到着・教会見学 10:55~12:40 ->L? 17km Detwangデトヴァンク到着・教会見学13:00~13:45->L? 2km  Rothenburg ob der Tauberローテンブルク・オプ・デア・タウバー到着・市内見学13:50~16:00->L? 40km Mulfingen‐Ailringenムルフィンゲン・アイルリンゲンには17:20着。(④Romantik Hotel Altes Amtshaus)<br /><br />写真はAilringenアイルリンゲン=>Roettingenレッティンゲンの地図

    5月18日(金);朝方小雨、その後、晴、20℃、101km

    6時起床。8時朝食・散策。アルテス・アムトハウスを9時30分に出発。Mulfingen ‐Ailringenアイルリンゲン->L? (M-Hollenbach・N-Adolzhausen・Weikersheim)->L? 30km Roettingenレッティンゲン到着・町見学10:00~10:35 ->L? 12km  Creglingenクレクリンゲン到着・教会見学 10:55~12:40 ->L? 17km Detwangデトヴァンク到着・教会見学13:00~13:45->L? 2km  Rothenburg ob der Tauberローテンブルク・オプ・デア・タウバー到着・市内見学13:50~16:00->L? 40km Mulfingen‐Ailringenムルフィンゲン・アイルリンゲンには17:20着。(④Romantik Hotel Altes Amtshaus)

    写真はAilringenアイルリンゲン=>Roettingenレッティンゲンの地図

  • *6時起床。8時に階段下にある朝食の間で食事を摂る。<br />9時までちょっと貧弱な五月柱の立つ村内を散策。<br /><br />写真はAilringenアイルリンゲン:アルテス・アムトハウスの朝食の間の建物

    *6時起床。8時に階段下にある朝食の間で食事を摂る。
    9時までちょっと貧弱な五月柱の立つ村内を散策。

    写真はAilringenアイルリンゲン:アルテス・アムトハウスの朝食の間の建物

  • 写真はAilringenアイルリンゲン:アルテス・アムトハウスの朝食

    写真はAilringenアイルリンゲン:アルテス・アムトハウスの朝食

  • 写真はロマンチックホテル アルテス・アムトハウスの外観

    写真はロマンチックホテル アルテス・アムトハウスの外観

  • 写真はロマンチックホテル アルテス・アムトハウスの外観

    写真はロマンチックホテル アルテス・アムトハウスの外観

  • 写真はAilringenアイルリンゲン:貧弱な五月柱の立つ村内

    写真はAilringenアイルリンゲン:貧弱な五月柱の立つ村内

  • 9時半、アイルリンゲンを出発し、昨日とは逆になるが、同じように山間の細道を走った。<br /><br />地図上を見ると目的地まで、NAVIは直線距離を走っている。<br />再びロマンチック街道に入り、タウバー川沿いに走る。<br /><br />写真はRoettingen・17世紀のレッティンゲン・・・1640年頃に町の防衛の為、市城壁と14の塔が備えられたと云う様子がよく分かる。

    9時半、アイルリンゲンを出発し、昨日とは逆になるが、同じように山間の細道を走った。

    地図上を見ると目的地まで、NAVIは直線距離を走っている。
    再びロマンチック街道に入り、タウバー川沿いに走る。

    写真はRoettingen・17世紀のレッティンゲン・・・1640年頃に町の防衛の為、市城壁と14の塔が備えられたと云う様子がよく分かる。

  • 写真はWAPPEN_Roettingenレッティンゲンの紋章<br /><br />赤地に胸に赤い十字架と銀の鎧を着て立っているHeilige Georg 聖ゲオルグ、右手に銀の旗がなびく金色の槍を持ち、旗には赤い十字架が描かれている。<br />左腕には、手かせからぶら下がっている銀色のカバンにも赤い十字架が表現されている。<br /><br />

    写真はWAPPEN_Roettingenレッティンゲンの紋章

    赤地に胸に赤い十字架と銀の鎧を着て立っているHeilige Georg 聖ゲオルグ、右手に銀の旗がなびく金色の槍を持ち、旗には赤い十字架が描かれている。
    左腕には、手かせからぶら下がっている銀色のカバンにも赤い十字架が表現されている。

  • レッティンゲンの村庁舎前に30km 、30分で着いた。<br />この村は初めて訪れた。かつての旅では多分通過したのだ。<br /><br />写真はレッティンゲンの村庁舎と五月柱<br /><br />マルクト広場にはバロック様式の美しい村庁舎(1750年)や木組みの家並みが見られる。村庁舎は4階建て、切石造りの重厚な建物で、時計塔を載せたマンサード屋根(二重勾配の腰折れ屋根)や錬鉄製の噴水を持つ。

    レッティンゲンの村庁舎前に30km 、30分で着いた。
    この村は初めて訪れた。かつての旅では多分通過したのだ。

    写真はレッティンゲンの村庁舎と五月柱

    マルクト広場にはバロック様式の美しい村庁舎(1750年)や木組みの家並みが見られる。村庁舎は4階建て、切石造りの重厚な建物で、時計塔を載せたマンサード屋根(二重勾配の腰折れ屋根)や錬鉄製の噴水を持つ。

  • <Roettingenレッティンゲン観光><br />10:00~10:35<br /><br />北フランケンの南にあたる人口1700人のワインの村である。<br />9世紀の頃から葡萄栽培が行われていたと云い、現在14千ヘクタールの葡萄畑がタウバー川沿いに広がっている。<br />マルクト広場にはバロック様式の美しい村庁舎(1750年)や木組みの家並みが見られ、広場近くにHoher Bau高い建物という13世紀のドイツ騎士団の大きな建物がある。<br /><br />写真はロマンチック街道の看板(日本語もあり)も立つ。

    イチオシ

    <Roettingenレッティンゲン観光>
    10:00~10:35

    北フランケンの南にあたる人口1700人のワインの村である。
    9世紀の頃から葡萄栽培が行われていたと云い、現在14千ヘクタールの葡萄畑がタウバー川沿いに広がっている。
    マルクト広場にはバロック様式の美しい村庁舎(1750年)や木組みの家並みが見られ、広場近くにHoher Bau高い建物という13世紀のドイツ騎士団の大きな建物がある。

    写真はロマンチック街道の看板(日本語もあり)も立つ。

  • 近年、この村の名物になっているのは25のSonnenuhren日時計で、タウバー川とミュール運河間の中之島沿いやハウプト通りの街角など色々な場に設置されていた。<br /> <br />写真はRoettingenレッティンゲン:Sonnenuhren日時計

    近年、この村の名物になっているのは25のSonnenuhren日時計で、タウバー川とミュール運河間の中之島沿いやハウプト通りの街角など色々な場に設置されていた。
     
    写真はRoettingenレッティンゲン:Sonnenuhren日時計

  • この“日時計の道”は旧市街を中心に約2kmあり、全てを見るのは無理だったが、幾つか見た日時計は其々が奇抜な形状をした、独創的なものでした。<br />http://www.roettingen.de/<br /><br />写真はRoettingenレッティンゲン:Sonnenuhren日時計

    この“日時計の道”は旧市街を中心に約2kmあり、全てを見るのは無理だったが、幾つか見た日時計は其々が奇抜な形状をした、独創的なものでした。
    http://www.roettingen.de/

    写真はRoettingenレッティンゲン:Sonnenuhren日時計

  • 写真はRoettingenレッティンゲン:Sonnenuhren日時計

    写真はRoettingenレッティンゲン:Sonnenuhren日時計

  • Burg Brattensteinブラッテンシュタイン城⑪は1230年、村の高台に築城された。1345年までホーエンローエ家の居城だった。<br />その後はヴュルツブルク大司教が所有した。<br /><br />現在は城内のBacchuskellerバッカスの酒蔵がワイン博物館になっている。<br />5月25日から28日の3日間、Weinfestワイン祭りが行われるという、1週間早かったわけだ。<br />1984年以来、城の中庭では、7月中旬から8月中旬まで、演劇などの催しも行われるらしい。城の傍にはワイン酒場、村のホールも見られ、ワインの村らしい。<br /><br />写真はRoettingenレッティンゲン:Burg Brattensteinブラッテンシュタイン城はこの旅11番目の城。

    Burg Brattensteinブラッテンシュタイン城⑪は1230年、村の高台に築城された。1345年までホーエンローエ家の居城だった。
    その後はヴュルツブルク大司教が所有した。

    現在は城内のBacchuskellerバッカスの酒蔵がワイン博物館になっている。
    5月25日から28日の3日間、Weinfestワイン祭りが行われるという、1週間早かったわけだ。
    1984年以来、城の中庭では、7月中旬から8月中旬まで、演劇などの催しも行われるらしい。城の傍にはワイン酒場、村のホールも見られ、ワインの村らしい。

    写真はRoettingenレッティンゲン:Burg Brattensteinブラッテンシュタイン城はこの旅11番目の城。

  • レッティンゲンに入るとすぐ目に付いた。<br />Hundheimer Torturmフントハイマー城門塔がブラッテンシュタイン城の真下に立っていたが、これは1640年頃に町の防衛の為、市城壁と14の塔が備えられた時のもので、現在も残る7塔の一つである。<br /><br />写真はRoettingenレッティンゲン:Hundheimer Torturmフントハイマー城門塔

    イチオシ

    レッティンゲンに入るとすぐ目に付いた。
    Hundheimer Torturmフントハイマー城門塔がブラッテンシュタイン城の真下に立っていたが、これは1640年頃に町の防衛の為、市城壁と14の塔が備えられた時のもので、現在も残る7塔の一つである。

    写真はRoettingenレッティンゲン:Hundheimer Torturmフントハイマー城門塔

  • 城塞都市レッティンゲンには7つの良好な保存状態の塔を持つ市城壁が残っている。 ミューレン塔、古いフントハイムの城門塔、新しいフントハイムの城門塔、シュヴァイネヒルテン塔、ヤーコプス塔、シュネッケン塔、リッパハ塔である。<br /><br />写真はRoettingenレッティンゲン:Schneckenturm_Mauerカタツムリの塔と市城壁

    城塞都市レッティンゲンには7つの良好な保存状態の塔を持つ市城壁が残っている。 ミューレン塔、古いフントハイムの城門塔、新しいフントハイムの城門塔、シュヴァイネヒルテン塔、ヤーコプス塔、シュネッケン塔、リッパハ塔である。

    写真はRoettingenレッティンゲン:Schneckenturm_Mauerカタツムリの塔と市城壁

  • 写真はRoettingenレッティンゲン:俯瞰・・・左手にフントハイマー城門塔、ブラッテンシュタイン城が見られ、中央上にカタツムリの塔、右手半ばに村庁舎がある。

    写真はRoettingenレッティンゲン:俯瞰・・・左手にフントハイマー城門塔、ブラッテンシュタイン城が見られ、中央上にカタツムリの塔、右手半ばに村庁舎がある。

  • レッティンゲンからはこれも最短の山道を行き、12kmで Creglingenクレクリンゲンに到着した。<br /><br />2009年のクリスマスの旅で見る事が出来なかったヘルゴット教会を最初に訪れる事にしていた。<br />ロマンチック街道の旅はリーメンシュナイダー作品を見る旅でもある。<br /><br />写真はCreglingenクレクリンゲン:行程図

    レッティンゲンからはこれも最短の山道を行き、12kmで Creglingenクレクリンゲンに到着した。

    2009年のクリスマスの旅で見る事が出来なかったヘルゴット教会を最初に訪れる事にしていた。
    ロマンチック街道の旅はリーメンシュナイダー作品を見る旅でもある。

    写真はCreglingenクレクリンゲン:行程図

  • <Creglingenクレクリンゲン観光><br />10:55~12:40<br /><br />バーデン・ヴュルテンベルク州の最も北東に位置する。<br />タウバー川沿いにローテンブルク・オプ・デア・タウバーとバート・メルゲントハイムとのほぼ中間にあたる。  <br /><br />写真はクレクリンゲン:17世紀の絵画

    <Creglingenクレクリンゲン観光>
    10:55~12:40

    バーデン・ヴュルテンベルク州の最も北東に位置する。
    タウバー川沿いにローテンブルク・オプ・デア・タウバーとバート・メルゲントハイムとのほぼ中間にあたる。  

    写真はクレクリンゲン:17世紀の絵画

  • クレクリンゲンもロマンチック街道の町だ。<br />町から少し外れたヘルゴット川に沿った場所に、二つの見所がある。<br /><br />2009年のクリスマスの旅では修復中で、見学ができなかった*Herrrgottskircheヘルゴット教会(聖母マリア昇天の祭壇・・名工リーメンシュナイダー作)と*Fingerhutmuseum指ぬき博物館である。<br /><br /><*Herrgottskircheヘルゴット教会見学>  <br />10:55~11:20 入場料Euro4 <br /><br />幸い改装も完了し、小さなヘルゴット教会では見事な祭壇を見る事が出来た。写真はフラッシュ無しでOKだった。<br /><br />写真はクレクリンゲン:Herrgottskircheヘルゴット教会:天才リーメンシュナイダーの傑作のMarienaltar聖母マリア昇天の祭壇・・・下部の3面で一番右手にリーメンシュナイダーの自刻像(頭部に帽子)が刻まれているのが目に付いた。<br /><br />

    イチオシ

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    クレクリンゲンもロマンチック街道の町だ。
    町から少し外れたヘルゴット川に沿った場所に、二つの見所がある。

    2009年のクリスマスの旅では修復中で、見学ができなかった*Herrrgottskircheヘルゴット教会(聖母マリア昇天の祭壇・・名工リーメンシュナイダー作)と*Fingerhutmuseum指ぬき博物館である。

    <*Herrgottskircheヘルゴット教会見学>  
    10:55~11:20 入場料Euro4 

    幸い改装も完了し、小さなヘルゴット教会では見事な祭壇を見る事が出来た。写真はフラッシュ無しでOKだった。

    写真はクレクリンゲン:Herrgottskircheヘルゴット教会:天才リーメンシュナイダーの傑作のMarienaltar聖母マリア昇天の祭壇・・・下部の3面で一番右手にリーメンシュナイダーの自刻像(頭部に帽子)が刻まれているのが目に付いた。

    ヘルゴット教会 寺院・教会

    ロマンチック街道の町クレクリンゲン・ヘルゴット教会:天才リーメンシュナイダーの傑作・聖母マリア昇天の祭壇は必見! by jijidarumaさん
  • 凡そ600年前に神意を受けた村の農夫が聖餅を地中から発見したと云う。<br />その事跡を記念して、当時の領主ホーエンローエ伯がヘルゴット教会を建てた。<br /><br />教会建立後100年して、農夫が聖餅(ミサや聖体礼儀で食するために特殊なパンを聖別し、キリストの体の実体として信じられ、食べられるもの・・・さてどんな形であったのか?)を発見した場所を主聖壇として、リーメンシュナイダーがMarienaltar聖母マリア昇天の祭壇を作った。<br /><br />写真はHerrgottskircheヘルゴット教会:Marienaltar聖母マリア昇天の祭壇<br />・・・祭壇の上の右部分(キリスト生誕)

    凡そ600年前に神意を受けた村の農夫が聖餅を地中から発見したと云う。
    その事跡を記念して、当時の領主ホーエンローエ伯がヘルゴット教会を建てた。

    教会建立後100年して、農夫が聖餅(ミサや聖体礼儀で食するために特殊なパンを聖別し、キリストの体の実体として信じられ、食べられるもの・・・さてどんな形であったのか?)を発見した場所を主聖壇として、リーメンシュナイダーがMarienaltar聖母マリア昇天の祭壇を作った。

    写真はHerrgottskircheヘルゴット教会:Marienaltar聖母マリア昇天の祭壇
    ・・・祭壇の上の右部分(キリスト生誕)

  • 高さ11m、幅3.7mと大きなもので、それは見事なもので、リーメンシュナイダーの最高傑作と云われるだけのものがある。<br /><br />祭壇中央部に天使と昇天する聖母マリア(リーメンシュナイダー本人の作)、その下にこれを見守る十二使徒が刻まれている。祭壇上部には天国でのマリアの戴冠、翼扉にはマリアの4つの重大な出来事、<br />即ち左上からエリザベートの訪問、受胎告知、<br />右のキリスト生誕、神殿詣での場面が彫られている。<br /><br />写真はHerrgottskircheヘルゴット教会:Marienaltar聖母マリア昇天の祭壇<br />・・・中央部・天使と昇天する聖母マリア

    高さ11m、幅3.7mと大きなもので、それは見事なもので、リーメンシュナイダーの最高傑作と云われるだけのものがある。

    祭壇中央部に天使と昇天する聖母マリア(リーメンシュナイダー本人の作)、その下にこれを見守る十二使徒が刻まれている。祭壇上部には天国でのマリアの戴冠、翼扉にはマリアの4つの重大な出来事、
    即ち左上からエリザベートの訪問、受胎告知、
    右のキリスト生誕、神殿詣での場面が彫られている。

    写真はHerrgottskircheヘルゴット教会:Marienaltar聖母マリア昇天の祭壇
    ・・・中央部・天使と昇天する聖母マリア

  • 更に祭壇右下の12歳のキリストと学者たちの彫刻には一番右手にリーメンシュナイダーの自刻像が刻まれているのが目に付いた。<br /><br />聖母マリアのお顔はリーメンシュナイダー派の顔であった。<br /><br />写真はHerrgottskircheヘルゴット教会:Marienaltar聖母マリア昇天の祭壇<br />・・・上・左の部分(エリザベートの訪問)

    更に祭壇右下の12歳のキリストと学者たちの彫刻には一番右手にリーメンシュナイダーの自刻像が刻まれているのが目に付いた。

    聖母マリアのお顔はリーメンシュナイダー派の顔であった。

    写真はHerrgottskircheヘルゴット教会:Marienaltar聖母マリア昇天の祭壇
    ・・・上・左の部分(エリザベートの訪問)

  • <Tilman Riemenschneiderティルマン・リーメンシュナイダー><br /><br />リーメンシュナイダー(1460年頃 - 1531年)は、中世ドイツの彫刻家である。<br />北ドイツのLandkreis Osterode am Harzのオステンブルク(Ostenburg)に生まれる。後に家族と共にヴュルツブルクに移住し、工房をかまえ、祭壇や墓碑の彫刻を数多く手がけたと云う。その追随を許さぬ技術で評価を高めた。特に女性の彫像はその顔の表情が豊かで、独特の作品が多く、印象強い作品である。<br /><br />一方、1520年から1521年まで、ヴュルツブルクの市長を務めている。<br />ドイツ農民戦争(1524年~25年、主にドイツ南部・中部の農民が起こした大規模な反乱。)の際、元市長として戦争に加担したとされ、反乱の鎮圧後に逮捕され、大事な利き腕を折られ、再び彫刻家として活躍ができなくなった。その死後、歴史から忘れ去られた。<br /><br />その作品はフランケン地方一帯の教会、修道院などに、作者はティル親方とか、ディルとかいった名前だけが伝えられて、残っていたそうだ。<br />1822年に漸く彼の墓碑が発見され、再びその作品群と共に、歴史上にその名が復活することになったと云う。<br /><br />写真はCreglingen:Tilman_riemenschneiderティルマン・リーメンシュナイダー

    <Tilman Riemenschneiderティルマン・リーメンシュナイダー>

    リーメンシュナイダー(1460年頃 - 1531年)は、中世ドイツの彫刻家である。
    北ドイツのLandkreis Osterode am Harzのオステンブルク(Ostenburg)に生まれる。後に家族と共にヴュルツブルクに移住し、工房をかまえ、祭壇や墓碑の彫刻を数多く手がけたと云う。その追随を許さぬ技術で評価を高めた。特に女性の彫像はその顔の表情が豊かで、独特の作品が多く、印象強い作品である。

    一方、1520年から1521年まで、ヴュルツブルクの市長を務めている。
    ドイツ農民戦争(1524年~25年、主にドイツ南部・中部の農民が起こした大規模な反乱。)の際、元市長として戦争に加担したとされ、反乱の鎮圧後に逮捕され、大事な利き腕を折られ、再び彫刻家として活躍ができなくなった。その死後、歴史から忘れ去られた。

    その作品はフランケン地方一帯の教会、修道院などに、作者はティル親方とか、ディルとかいった名前だけが伝えられて、残っていたそうだ。
    1822年に漸く彼の墓碑が発見され、再びその作品群と共に、歴史上にその名が復活することになったと云う。

    写真はCreglingen:Tilman_riemenschneiderティルマン・リーメンシュナイダー

  • 後ろにもう一つのHochaltar主祭壇がある。<br />本来はこちらを主祭壇と呼ぶのが正しいようだ。<br />(従って、中央の聖壇は聖母マリア昇天の祭壇と呼ぶ)<br /><br />主祭壇は15世紀の終わりに製作されたものだが、作者は不明だと云う。イエスの殉教・十字架磔を中央に、絵画と木彫りが見られる。<br /><br />写真はHerrgottskircheヘルゴット教会:Hochaltar主祭壇

    後ろにもう一つのHochaltar主祭壇がある。
    本来はこちらを主祭壇と呼ぶのが正しいようだ。
    (従って、中央の聖壇は聖母マリア昇天の祭壇と呼ぶ)

    主祭壇は15世紀の終わりに製作されたものだが、作者は不明だと云う。イエスの殉教・十字架磔を中央に、絵画と木彫りが見られる。

    写真はHerrgottskircheヘルゴット教会:Hochaltar主祭壇

  • 壁面に描かれたHl. Christopherus巡礼者の守護聖人のクリストファーの絵もあった。  開館;9時15分~17時30分。<br />http://www.herrgottskirche.de/<br /><br />写真はHerrgottskircheヘルゴット教会:巡礼者の守護聖人のクリストファー<br /><br />ご参考:≪ラインの守護聖人・聖クリストファーについて:ケルン大聖堂≫<br />https://4travel.jp/travelogue/10840277<br />

    壁面に描かれたHl. Christopherus巡礼者の守護聖人のクリストファーの絵もあった。  開館;9時15分~17時30分。
    http://www.herrgottskirche.de/

    写真はHerrgottskircheヘルゴット教会:巡礼者の守護聖人のクリストファー

    ご参考:≪ラインの守護聖人・聖クリストファーについて:ケルン大聖堂≫
    https://4travel.jp/travelogue/10840277

  • Creglingenクレクリンゲンの町から少し外れたヘルゴット川に沿った場所に、二つ目の見所がある。<br /><br />Fingerhutmuseum指ぬき博物館はヘルゴット教会とは道路を挟んだ反対側の坂を下った所にある。<br /><br />2009年のクリスマス時期に、ローテンブルクからここを訪れたらお休みだった。今回、再挑戦した。<br />この坂を少し下って行くと、指ぬき博物館に至る。<br /><br />写真はCreglingenクレクリンゲン:Fingerhutmuseum指ぬき博物館:看板と案内図

    Creglingenクレクリンゲンの町から少し外れたヘルゴット川に沿った場所に、二つ目の見所がある。

    Fingerhutmuseum指ぬき博物館はヘルゴット教会とは道路を挟んだ反対側の坂を下った所にある。

    2009年のクリスマス時期に、ローテンブルクからここを訪れたらお休みだった。今回、再挑戦した。
    この坂を少し下って行くと、指ぬき博物館に至る。

    写真はCreglingenクレクリンゲン:Fingerhutmuseum指ぬき博物館:看板と案内図

  • 写真はFingerhutmuseum指ぬき博物館周辺の景観:

    写真はFingerhutmuseum指ぬき博物館周辺の景観:

  • <*Fingerhutmuseum指ぬき博物館(1982年)><br />11:25~12:10 入場料Euro4  <br /><br />指ぬき博物館ではユニークでこれだけを纏めた博物館は他に見た事が無い。<br />ここには世界中から集めたコレクション数2000点が展示され、実に興味深かいものだった。<br /> <br />写真はFingerhutmuseum指ぬき博物館:本館

    <*Fingerhutmuseum指ぬき博物館(1982年)>
    11:25~12:10 入場料Euro4  

    指ぬき博物館ではユニークでこれだけを纏めた博物館は他に見た事が無い。
    ここには世界中から集めたコレクション数2000点が展示され、実に興味深かいものだった。
     
    写真はFingerhutmuseum指ぬき博物館:本館

  • 1982年の設立。開館;火~日;10時~12時半、14時~17時。<br />http://www.fingerhutmuseum.de/ <br /><br />写真は指ぬき博物館:博物館の壁にこんな看板が掲げられていた。

    1982年の設立。開館;火~日;10時~12時半、14時~17時。
    http://www.fingerhutmuseum.de/ 

    写真は指ぬき博物館:博物館の壁にこんな看板が掲げられていた。

  • ご承知のように指抜きは女性の指を針から守る為に、様々な形が工夫されてきた。古くは3万年の昔にマンモスを狩る人々が、その皮に骨の針を通す為に、針を押す石が使用された。<br /><br />写真はFingerhutmuseum指ぬき博物館の展示品:旅行用にも

    ご承知のように指抜きは女性の指を針から守る為に、様々な形が工夫されてきた。古くは3万年の昔にマンモスを狩る人々が、その皮に骨の針を通す為に、針を押す石が使用された。

    写真はFingerhutmuseum指ぬき博物館の展示品:旅行用にも

  • 2500年前には青銅製の針押しが地中海沿岸で使用され、紀元100年になるとローマ人が青銅製の指抜きを使っている。<br /><br />16世紀に真鍮の指抜き、18世紀に指抜きの機械生産も行われ、更にヨーロッパ王族の写真を入れた指抜き、革製品、金・銀製品、マイセン製陶器、七宝焼き、プラスチック、ガラス製の指抜きなども作られるようになった。<br /><br />写真はFingerhutmuseum指ぬき博物館の展示品

    2500年前には青銅製の針押しが地中海沿岸で使用され、紀元100年になるとローマ人が青銅製の指抜きを使っている。

    16世紀に真鍮の指抜き、18世紀に指抜きの機械生産も行われ、更にヨーロッパ王族の写真を入れた指抜き、革製品、金・銀製品、マイセン製陶器、七宝焼き、プラスチック、ガラス製の指抜きなども作られるようになった。

    写真はFingerhutmuseum指ぬき博物館の展示品

  • 勿論、現代版指抜きも土産となっていたから、家内は買い気十分。<br />バスで乗り付けた観光客はたくさんいたが、殆ど買う人はなく、ぐるりと見てはさっと帰って行く。<br /><br />写真は指ぬき博物館の展示品

    勿論、現代版指抜きも土産となっていたから、家内は買い気十分。
    バスで乗り付けた観光客はたくさんいたが、殆ど買う人はなく、ぐるりと見てはさっと帰って行く。

    写真は指ぬき博物館の展示品

  • 写真は指ぬき博物館の展示品

    イチオシ

    写真は指ぬき博物館の展示品

  • 写真は指ぬき博物館の展示品・・・ヨーロッパ王族の写真を入れた指抜き

    写真は指ぬき博物館の展示品・・・ヨーロッパ王族の写真を入れた指抜き

  • 写真は指ぬき博物館の展示品・・・マイセン製陶器も

    イチオシ

    写真は指ぬき博物館の展示品・・・マイセン製陶器も

  • 写真は指ぬき博物館の展示品・・・ノルウェー

    写真は指ぬき博物館の展示品・・・ノルウェー

  • 写真は指ぬき博物館の展示品・・・ノルウェー

    写真は指ぬき博物館の展示品・・・ノルウェー

  • 写真は指ぬき博物館の展示品・・・アラビア

    写真は指ぬき博物館の展示品・・・アラビア

  • 私共は狭い館内をじっくり見て、お土産を多く買った事もあってか、博物館のお店の小母さんがサービスで、予想以上に立派なケース(マイセン用らしかった)に入れてくれた。<br /><br />写真は指ぬき博物館の展示品・・・南アフリカ

    私共は狭い館内をじっくり見て、お土産を多く買った事もあってか、博物館のお店の小母さんがサービスで、予想以上に立派なケース(マイセン用らしかった)に入れてくれた。

    写真は指ぬき博物館の展示品・・・南アフリカ

  • ここでのお土産は;<br /><br />・Fingerhut指抜き21個:Euro74<br />花、熊、果物などの描かれた指抜きは見るだけで楽しい。<br />お土産品として安価(一個Euro3.9)であったが、<br />娘や孫、お友達にはたいへん気に入られた。<br /><br />写真は指ぬき博物館の展示品・・・ドイツ

    ここでのお土産は;

    ・Fingerhut指抜き21個:Euro74
    花、熊、果物などの描かれた指抜きは見るだけで楽しい。
    お土産品として安価(一個Euro3.9)であったが、
    娘や孫、お友達にはたいへん気に入られた。

    写真は指ぬき博物館の展示品・・・ドイツ

  • <昼食:ヘルゴット教会傍の駐車場にて><br />12:10~12:15<br />今日も簡単にホテルのケーキ、リンゴジュースで済ませた。<br /><br />写真はCreglingenクレクリンゲン:Wappen_Creglingenクレクリンゲンの紋章<br /><br />銀地に、赤い爪と赤い舌を出して、こちらを見る黒い獅子(ヒョウ?)が上下に配されている。

    <昼食:ヘルゴット教会傍の駐車場にて>
    12:10~12:15
    今日も簡単にホテルのケーキ、リンゴジュースで済ませた。

    写真はCreglingenクレクリンゲン:Wappen_Creglingenクレクリンゲンの紋章

    銀地に、赤い爪と赤い舌を出して、こちらを見る黒い獅子(ヒョウ?)が上下に配されている。

  • 昼食後はCreglingenクレクリンゲンの村中に戻る。<br /><br />400m四方の小さな城塞都市はタウバー川沿いに、歴史的な見所や木組みの家並みをもった人口4.7千人の村である。<br /><br />写真はCreglingenクレクリンゲン:タウバー川沿いに見るクレクリンゲンの村

    昼食後はCreglingenクレクリンゲンの村中に戻る。

    400m四方の小さな城塞都市はタウバー川沿いに、歴史的な見所や木組みの家並みをもった人口4.7千人の村である。

    写真はCreglingenクレクリンゲン:タウバー川沿いに見るクレクリンゲンの村

  • 橋の傍にはワインの女神像が愉快な格好で立ち、城塞都市の名残であるFaulturmファウルの塔、Lindleinturmリントライン塔(博物館)がある。<br /><br />写真はCreglingenクレクリンゲン:ワインの女神像

    橋の傍にはワインの女神像が愉快な格好で立ち、城塞都市の名残であるFaulturmファウルの塔、Lindleinturmリントライン塔(博物館)がある。

    写真はCreglingenクレクリンゲン:ワインの女神像

  • Altes Rathau旧庁舎の先にかつてのSchloss城郭(この旅⑫番目の城)があり、Schlosshof城内中庭を囲む周辺は役所・住居・教会関係の建物に利用されていて、城を明示するものはもうない。<br />http://www.creglingen.de/<br /><br />写真はCreglingenクレクリンゲン:城郭<br /><br />

    Altes Rathau旧庁舎の先にかつてのSchloss城郭(この旅⑫番目の城)があり、Schlosshof城内中庭を囲む周辺は役所・住居・教会関係の建物に利用されていて、城を明示するものはもうない。
    http://www.creglingen.de/

    写真はCreglingenクレクリンゲン:城郭

  • Kulturzentrum・Romschloessleロムシュレッスレ文化センター:<br />クレーグリンゲン市の南端に旧ヴァインスベルク家、現在のレムシュレッスレがある。この建物は1992年から1994年に改築された。<br />現在、ロムシュレッスレには、たとえば公共図書館、市立音楽学校や製陶所などがある。さらには定期的にコンサートや文化行事が開催されている。<br />

    Kulturzentrum・Romschloessleロムシュレッスレ文化センター:
    クレーグリンゲン市の南端に旧ヴァインスベルク家、現在のレムシュレッスレがある。この建物は1992年から1994年に改築された。
    現在、ロムシュレッスレには、たとえば公共図書館、市立音楽学校や製陶所などがある。さらには定期的にコンサートや文化行事が開催されている。

  • 写真はCreglingenクレクリンゲン:Alte Apotheke am Marktplatzマルクト広場にある旧薬局の建物<br /><br />・・・・・<br /><br />12:40にクレクリンゲンから、タウバー川沿いに走ると、17kmでDetwangデトヴァンクに至る。<br />デトヴァンクはローテンブルクの一集落で、凡そ2km離れた場所にある。<br />何度か走った道だが、何時もローテンブルクに急いでしまったから、ここも初めて訪れる。<br />ここの教会にはリーメンシュナイダー作の聖壇があると云う。

    写真はCreglingenクレクリンゲン:Alte Apotheke am Marktplatzマルクト広場にある旧薬局の建物

    ・・・・・

    12:40にクレクリンゲンから、タウバー川沿いに走ると、17kmでDetwangデトヴァンクに至る。
    デトヴァンクはローテンブルクの一集落で、凡そ2km離れた場所にある。
    何度か走った道だが、何時もローテンブルクに急いでしまったから、ここも初めて訪れる。
    ここの教会にはリーメンシュナイダー作の聖壇があると云う。

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