ほわほわわかな。さんへのコメント一覧(32ページ)全358件
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九州にも列車のライダーハウスあったのですね
私は北海道で利用しました。
こんなに立派ではなく、畳敷きだったと思います。
帯広ではその年の第1号だったらしく、
駅員さんから、いろいろ記念品をいただきました。
もう1カ所は、メンテがされておらず屋根から雨漏りして
大変だった思い出があります。
RE: 九州にも列車のライダーハウスあったのですね
のほりんさま。
ご訪問ありがとうございます♪
北海道はライダーハウスが多くていいですね。
バックパッカー的ツーリストには、北海道はうってつけだと思います。
狭い、ボロいなどのイメージがあるライダーハウス。
最近では小奇麗なとこも多く、快適便利なとこも結構みかけるようになりました。
ありがたいことです(〃'▽'〃)
わかな。2019年06月27日19時06分 返信する -
緑の怪物
お抹茶の粉々がバッチリ、ムセました
肺の中まで真緑になって、超人ハルクに
なりそうですね。美味しそう!RE: 緑の怪物
ももであさま。
ご訪問ありがとうございます(〃'▽'〃)
『粉、むせないように気をつけて』とは言われてたんですけども。
気をつけてても、普通にむせるとか確信犯的な何かを感じます(笑
スプーンをもらって、ちびちび食べるのが正解かも?
あとで舌をみたら、すっかりイグアナになってました(´・ω・`)
わかな。2019年06月23日17時46分 返信する -
いいコトありますよ
わかなさん ご無沙汰しております。いつも沢山のいいね有難うございます。
宇治は平等院を見に行ったことありますが、他にもこの様な所があるのですね。それにしても写真がいつもお上手な事。
みどりの裏もじの写真が好きです。
新緑と川のさざ波とのコラボが涼しそうで、歩きたくなります。
あまり訪問もしていないので申し訳なく思っていますが、わかなさんの可愛いプローフィール写真と、旅行記の表紙タイトルを見るたびに、なぜかほんのりとしてきます。
あまつめみこと様が良縁を運んで来て下さると思いますよ。
旅って縁を作る機会が多いと思うのですが。
私は独身の息子に、家に居ても仕方がないだろう、旅行でも行って見つけて来なさいとそそのかしているのですが・・・
いいコトありますよ olive kenji
Re: いいコトありますよ
olive kenjiさま。
いつもご訪問ありがとうございます。
平等院は屈指の人気スポットですが、他にもなかなかに良いスポットが宇治にはございまして。
こちらの散歩道なんかもロケーションの良さに以前から気になっておりました。
日中は観光客が多いので、あえて早朝を選んで歩いてみました。
川からの風が涼やかで、快適に過ごせたのを覚えています。
このときは確かネットカフェか何かに泊まって、5時ぐらいからもそもそしていた記憶があります(笑
私も良縁の神さまと聞くと、ついついお邪魔してみたくなってしまいます。
あんまりガッツいてもあれなので、ほどほどにはしています(笑
縁は時の運みたいのもありますし、果報は寝て待てとも申します。
いいお嫁さんが見つかるといいですね。
わかな。2019年06月19日13時18分 返信する -
廃墟の機関庫チック?
☆「豊後森」に懐かしさを感じ。。。この機関庫10年以上も放置されたまま?
☆北朝鮮でも無いのに、この現状維持は何のためだろう?と不可解です。
☆その昔、久大線や豊肥線の名の下に走り続けたSL車庫がこんな感じで捨て置かれるのは哀しい物が~
☆ガラスの割れ具合も何故かわざとらしさを感じてしまう。危険を承知でかな?RE: 廃墟の機関庫チック?
こんにちわ。ご訪問ありがとうございます。
廃墟としては、手を全く入れない事が廃墟美の極みであり。
鉄道遺産としては、あんまり放置気味なのも寂しくもあり。
本来なら、不要のものは消えてなくなってしまうのが当たり前のことと思えば。
まだこうして実際に姿を見れるだけマシなのかなぁとも(*´ω`*)
わかな。2019年06月12日22時08分 返信する -
コンクリート基礎
わかなさま、こんにちは。
旅行記を拝見させて頂きました。
さて、旅行記で、大分方にコンクリート基礎の残骸が見られますが、あれは、当時の城内信号機基盤跡と推定し、某所に確認した処、それに間違いないとの事です。
横浜臨海公園RE: コンクリート基礎
こんにちわ。いつもお世話になっております(*´ω`*)
信号機の跡だったのですね。
井戸だの給水塔だのちょっと深読みしすぎたようですね(笑)
ご教示、ありがとうございます。
わかな。2019年06月12日22時00分 返信する -
松韻亭
わかなさま、こんにちは。
旅行記を拝見させて頂きました。
ご存知と思いますが、浜松は昭和20年(1945年)7月30日未明に敵の艦砲射撃を受け壊滅的破壊を受け、浜松城、松韻亭も例外では無く、小生が昭和39年(1964年)に訪れた際は、単なる荒地のままの状態でしたが、世情が安定化し復旧を望む声に押され、昔の史料を元に忠実に復元された所です。
何となく落ち着いた雰囲気が良いですね。
横浜臨海公園Re: 松韻亭
こんにちわ。わかなです(*´ω`*)
昔はそんなコトがあったんですねー。
歴史書では見かけますが、今の町並みからは想像も付かないですね・・・
お茶は癒されます。
立礼席は、作法だ流儀だと煩わしさにとらわれることもなく。
気軽に楽しめるのがいいですね。
わかな。2019年03月06日20時05分 返信する -
この辺りが好きなんだな~
わかなちゃん ご無沙汰してます。
私のドロミテ旅行記に沢山いいねありがとうございました。
書くことに集中していましたので、御礼のご挨拶遅く成りましたことごめんなさい。
また今回もディープな人様が行かない様な所へ行かれましたね。
この辺りが好きなのですか。
先週、よく似た愛媛県は足尾銅山のマチュピチュといわれる所へ行って来ました。山頂には雪が被っておりビックリしました。
旅行記にも訪問してなくてごめんなさいね。でもいつもタイトル付表紙を見ては中々やるな~と感心しています。お元気でね。
olive kenji
Re: この辺りが好きなんだな~
olive kenjiさま。
お久しぶりです。お元気でした?(*´ω`*)
お忙しいのかなーと思っていたので、全然大丈夫です。
私も旅に出ちゃうと、そっちに夢中で全然ログインしないこともありますしー。
マイペースが気楽で一番です♪
またしても大豊です。
結構、ご縁があるみたいで、子の辺りをよくうろちょろしております。
山あいといいますか、川沿いをツーリングするのが好きなようです。
愛媛といいますと、新居浜の銅山でしょうか。
実は今回、高知県の大川村から峠越えで別子銅山を狙う予定でしたが、天候不順のため泣く泣くあきらめました・・・
好みが似ているのかしら?同じところを攻めようとしたみたいです(笑)
今後もゆるゆるとお付き合いできましたら、幸いです。
2018年11月23日17時49分 返信するRe: この辺りが好きなんだな~
間違い文書がありました。
足尾銅山って書いてしまって。
別子銅山の間違いです。
それと私はドライブで行ったのですよ。あんな所へ自転車や歩きなんてとんでもない。
兎に角、わかなちゃんのタフネスぶりには驚くばかりです。2018年11月23日19時25分 返信する -
土讃線旧線散策
わかなさま、こんにちは。
旅行記を拝見させて頂きました。
土讃線の当該区間旧線は、地圧変状の関係から補修に依る存続を放棄し、別線で現行線が開通した経緯がございます。
それにしても、季節柄、野猿、猪、蛇等々、良くぞ出くわさなかったかと、少なからず驚いております。
横浜臨海公園RE: 土讃線旧線散策
横浜臨海公園さま。
こんにちわ。いつもご訪問ありがとうございます。
大豊町は古来より全国屈指の地すべり地帯だそうですね。
私が今回訪問した大杉駅から旧大王信号場間の旧線は、地滑り危険地帯として国鉄もかねてよりルート変更を検討していた折に、昭和41年5月の大規模な土砂崩れで国道32号と共に不通になり、新線建設によりいっそうの拍車がかかったと聞いています。
私が訪問したルートは旧土讃線の中でも平和なルートかなと思いました。
人里に近く、茂みも少なく、藪こぎをすることもありませんでした。
最後の鉄橋から300mほど進むと、民家があるのですが、そちらの方がある程度の草刈りをしてくれているようで、ある意味『手入れのされた廃線』といえるかも知れません。
土讃線の他の旧線跡は集めた情報から推測する限り、かなりハードそうです。
トレッキングシューズや草刈鎌、ヘルメットなど完全装備で行かないときつそうです。
セオリーから言えば、晩秋から春にかけてが探索のベストシーズンなのですが、今回は旅の途中の『お立ち寄り』みたいなカンジでした。
それでもまさかに備えて、派手なウィンドブレーカーを着込んだり、軍手やライト、クマ避け鈴なんかも持って行きました。
結構騒がしく歩いていたので、動物のほうから逃げてくれたのかも知れません(*´ω`*)
わかな。2018年10月18日20時14分 返信する拝復
わかなさま、こんにちは。
掲示板を拝見させて頂きました。
> 大豊町は古来より全国屈指の地すべり地帯だそうですね。
> 私が今回訪問した大杉駅から旧大王信号場間の旧線は、地滑り危険地帯として国鉄もかねてよりルート変更を検討していた折に、昭和41年5月の大規模な土砂崩れで国道32号と共に不通になり、新線建設によりいっそうの拍車がかかったと聞いています。
→地滑り区間踏破なら、関西本線三郷-河内堅上間に存在する亀ノ瀬が良いかと思います。
当該区間開通以前より地滑りの為に、監督官庁から開通許可が下りず、隧道を整備し、更に、大正末期に複線化されたものの、昭和初期に地滑りの為に、隧道が圧潰し、鉄道省は大和川を2度渡河するカタチで復旧した区間で、現地では橋梁も含め、当時の痕跡がアリアリと残っております。
兎に角、当該区間以外に、函館本線、宗谷本線、飯山線、飯田線、山陰本線、和歌山線と、地滑りが原因で路線変更を余儀無くさせられた区間は少なくないようです。
横浜臨海公園2018年10月19日10時42分 返信する -
鉄道いいね
わかなさん こんばんは。
私が札幌に越してきた頃(40年位前)には国鉄手宮線は現役でした。
鉄道は生活の一部でカメラで撮影する事もありませんでしたね。
小樽運河は悲惨な状態でした。
ジャカルタ(コタ、ジュアンダ、マンガドゥア)で退役した日本の電車を見て感動して、汽車(電車が無かった頃)が好きだった自分を思い出します。
犬のしぇりーRe: 鉄道いいね
犬のしぇりーさま。
いつもご訪問ありがとうございます。
40年前といいますと、昭和50年代でしょうか。
やっぱり元が石炭の積み出し目的で敷設された路線ゆえ、石炭産業の斜陽化とともに廃れていったのでしょう。
機関区としては残ってもいいような気もするのですが、お隣の札幌の街には苗穂機関区があり、近場すぎたので整理統合の憂き目を見たのかなとも。
小樽運河は今でこそ人気観光地ですが、それは整備後の事であって、むかしむかしはヘドロが澱み、廃船が放置されるなど、無残な景観だったと聞きます。
当時の様子は人づてに聞いたり、昔の写真を見ることでしかわからないのですけども。
市民の方からすれば、運河周りの環境は格段によくなったので、それは褒めてあげていいのかなとも。
『造られた景観』という点では微妙ですが・・・
昔は昔。今は今なりの風景があります。
そのときそのときに見える風景を、大事にしていけたらいいなぁといつも思います。
わかな。2018年09月15日22時35分 返信する -
キハ82型特急用気動車
わかなさま、こんにちは。
旅行記を拝見させて頂きました。
キハ82型、小生だいぶお世話になった気動車です。
昭和37年(1962年)夏に、白鳥号に上野-軽井沢間往復で乗車したのが初めてで、横川まで快適に走っていたのが、碓氷峠ではアブト式だった時代で、足元を確かめるかの様に、ゆっくり走っておりました。
渡道の際は、はくつる号下段寝台→青函連絡船→おおとり号を愛用しており、おおとり号のキシ80型で、サッポロビールを飲みながら焼き魚定食で昼食が何よりの楽しみでした。
今では全てが幻となってしまいました。
横浜臨海公園RE: キハ82型特急用気動車
こんにちわ。
いつもご訪問ありがとうございます。
キハ82、昔懐かしの列車ですよね。
信越本線も今は分断されてしまって、峠超えの列車さえもみることができなくなってしまいました。
時の流れとはいえ、ちょっと淋しいものがあります。
私は寝台列車も、食堂車も利用したことがないので、羨ましいです。
青函連絡船もなくなっちゃいましたしね。
昔の列車の旅は、すごく楽しそうだなと思いました。
わかな。
2018年09月03日19時05分 返信する



