リラクマさんのクチコミ(35ページ)全6,091件
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投稿日 2022年08月23日
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投稿日 2022年08月23日
総合評価:4.0
上野丘こどものもり公園の中にある大分市美術館を訪れました。この美術館のシンボルの様な安藤泉さんの作品「遊星散歩」を見て、訪れた目的を果たした様な気分になりました。企画展で「宮廷画家ルドゥーテとバラの物語」が行なわれていました。ルドゥーテの作品は初めて見ましたが、こういう精密な絵画もあるのだと知りました。あのマリー・アントワネットやナポレオン妃のジョゼフィーヌなどに仕えたそうです。開花期に制限されずに年中観られることで喜ばれたのでしょうか。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- コストパフォーマンス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- 展示内容:
- 4.0
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投稿日 2022年08月23日
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投稿日 2022年08月23日
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投稿日 2022年08月23日
総合評価:3.5
円寿寺は岩屋寺石仏から緩やかに丘を登っていく途中にありました。山門や鐘楼は1861年(文久元年)府内藩10代藩主・松平近説によって建立されたものです。同時に本堂も建立されたそうですが、訪れた時は新しく建て替えられていました。シロアリとかの被害だったのでしょうね。境内に文学庭園がありました。大分市の文学史にもっと光を当てましょうという、以前の市長・上田保さんの提唱に応えたものだそうです。これを応援して、以前の県知事・平松守彦さんも植樹をしてありました。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2022年08月23日
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投稿日 2022年08月23日
総合評価:3.5
大友氏遺跡の上原館は、大臣塚古墳から県立芸術文化短期大学の塀沿いに西方向へ進んだところにありました。天満宮の鳥居があり、階段を上がったところが上原館跡で、小さな天満宮がありました。顕徳町の方は広々としていましたが、こちらはとても狭いエリヤと感じます。元は、東西130m、南北156mと説明に書いてあって、どこどこ?と思ってしまいました。その多くは周囲の住宅街となってしまったのでしょう。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2022年08月23日
総合評価:3.5
大臣塚古墳は、西側のすぐ近くに県立芸術文化短期大学の校舎が見えるところにありました。国道10号線から見ると、高台といったところにありました。ほかの多くの古墳同様に樹木に覆われていました。5世紀に築かれた前方後円墳ですが、現在残っているのは後円部のみとのことです。名称はこの地域に残る百合若大臣の伝説から付けられたそうです。この古墳は、古墳の発掘調査が日本で最初に行なわれたところとみられるそうです。1634年(寛永11年)に時の府内藩主・日根野吉明は前年の大風で壊れた大臣塚を復旧した時、石棺の中から人骨や刀、甲冑などが見つかり、修復の上、埋め戻したとの記録があるのだそうです。日本での古墳調査は1692年(元禄5年)に、栃木県大田原市にある侍塚古墳を水戸光圀が行なったのが最古とされているので、それよりも半世紀も早いことになります。また、そんな時代に古墳の復旧工事をしたということにも驚かされます。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2022年08月23日
総合評価:4.0
若宮八幡社は、大友氏館の南西に当たるところにありました。何か境内が周囲の開発によって削り取られてしまった様なところに祀られていました。南西は裏鬼門とも呼ばれるところなので、特に大友氏の手厚い保護を受けたそうです。キリシタンであった大友宗麟はいくつかの寺社を焼き払ったともいわれていますが、この八幡社は修繕をしているそうです。拝殿の正面に今年の干支「寅」の書と絵馬が飾られていました。これは例年、前年の12月15日に翌年の干支が奉納されるのだそうです。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2022年08月23日
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投稿日 2022年08月23日
総合評価:4.0
万寿寺は、大分市街地東部の金池町というところにありました。新しい総門を入っていった先に、歴史を感じさせる山門がありました。1825年(文政8年)に建立されたもので、1階にも屋根が付いていますから二重門と呼ばれるものだと思います。内部には釈迦三尊仏と十六羅漢像が納められているとのことです。(楼門には上がれません)その先には大雄殿がありました。明暦年間(1655年~1658年)に建立された仏殿で、釈迦牟尼仏木像が納められているとのことですが、こちらも扉が閉まっていますからお参りは出来ませんでした。
なお、現在は滝廉太郎とご両親のお墓は日出町の龍泉寺にありますが、10年くらい前まではこの万寿寺にあったそうですね。廉太郎の父・吉弘さんが時のご住職と親交があったことから、こちらに葬られたとのことです。- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2022年08月23日
総合評価:4.0
錦温泉は住宅街の中にありました。赤色がアクセントになった洒落た外装です。一般の人も利用可能な共同浴場(公衆浴場)です。脱衣所のスペースがちょっと広目でした。浴槽は3つあり、5~6人は入れる「あつ湯」を中心に、3~4人入れる「ぬる湯」、1~2人入れる「冷水(地下水)」がありました。挑戦しませんでしたが、冷温を1分ごとに交互に入るのだそうです。利用時間はちょっと遅く15:00~22:00で、入湯料金は380円です。(定休日は月、火です)温度はあつ湯が41~43度、ぬる湯は38度前後、冷水は15~20度です。泉質は泉質はナトリウム―塩化物炭酸水素塩泉で、やや褐色がかっています。一般にモール泉と呼ばれるものです。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 泉質:
- 4.0
- 雰囲気:
- 4.0
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投稿日 2022年08月23日
総合評価:4.0
長浜神社は、大分城址の東方の長浜町にありました。創建は室町時代と伝わる古い神社です。こちらのご祭神は、一寸法師のモデル?といわれる少彦名命です。「病気平癒」のご神徳で知られていますが、特に婦人病への御利益があるとされていますから、普段よりも丁寧にお参りをしました。
鳥居を潜ったところに美形の牛が祀られていました。1913年(大正2年)に、お隣にあった松末天満社から天神様を遷座して、合祀しているからです。また、毎年7月5~7日に行われる夏季例大祭は「長浜さま」、また、梅雨時で雨の日が多いことから「雨の長浜さま」と呼ばれて親しまれていて、大分に夏を告げる祭りなのだそうですね。- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2022年08月23日
総合評価:4.0
複合施設OASISひろば21の東隣といったところに、小さな天満宮がありました。西新町の天満神社と呼ばれていて、左右をビルに挟まれていました。神殿は1987年(昭和62年)に行なわれた昭和大造営の築造ですが、拝殿は2005年(平成17年)に建てられたものだそうです。これは前年に台風で当時のご神木の大イチョウ(樹齢680年)が倒れ、拝殿を壊してしまったからだそうです。現在のご神木の大イチョウは拝殿と隣のビルの狭間にありますが、樹齢は500年、高さは28mとのことです。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2022年08月23日
総合評価:4.0
大分県立美術館の玄関前に、中心のエレベータをらせん階段でくるんだ塔屋があり、洒落たデザインに覆われた空中廊下が、道路の反対側とを繫いでいましたので行ってみました。廊下の先は、OASISひろば21という複合施設で、ガラスを多用した建物でした。まだ新しそうに見えたのですが、竣工は1998年(平成10年)だそうですね。広い空間のアトリウムプラザで一休みしました。一画に「OITA えんむす部 出会いサポートセンター」というのがありました。名称の通りの支援をする公的機関だそうです。そういう時代なのですかね。ところで、この施設はNHKと日航ホテルを除いた、総合文化センターなどの施設には「iichiko」と付いていました。中津の方の運動公園に「ダイハツ」と付いているところがありましたが、三和酒類も大分に工場などがありますから、命名権を獲得したのですね。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- お買い得度:
- 3.0
- サービス:
- 3.0
- 品揃え:
- 3.0
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投稿日 2022年08月23日
総合評価:4.0
大分県立美術館との施設名は目立ちませんけれど、「OPAM」と大きなモニュメント?が置かれていました。何か意味がありそうと思ったのですが、素直に「Oita Prefectural Art Museum」の頭文字を並べていただけでした。大分県出身の作者の作品を中心に所蔵しているそうで、世界的に著名な作品はないそうです。訪れた時はコシノジュンコ展でした。原点となった大阪・岸和田の高校時代に描いたデッサンや装苑賞の受賞作に始まり、現在に至るまでの活躍の歴史が展示されていました。長い間、製作意欲が尽きないのが凄いなぁと感心しました。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- コストパフォーマンス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 展示内容:
- 4.0
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投稿日 2022年08月23日
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投稿日 2022年08月23日
総合評価:4.0
春日神社は、平安時代に創建されたという、県内有数の古社だとのことです。名前から推察できる様に、奈良の春日大社を勧請したものとのことです。春日神社の周りは森の様に樹木の囲まれています(県の保護林)が、特に、境内・神門近くに大きな日陰を作っている2本のクスノキの大木は見応えがありました。兵火に遭って焼失したこの神社を、1603年(慶長8年)に再建したのは府内藩初代藩主の竹中重利です。1607年(慶長12年)に江戸参勤の帰路に播磨灘で暴風雨に遭って危機にさらされてしまいましたが、この春日神社に祈請をして、無事に帰還できたとのことです。そこで、松の苗10万本を寄進したとのことです。それだけ当時の境内は広かっということでしょうね。でも、松の木は400年も保たないのか、あるいは火災に遭ったのか、神社の森には松の木が見当たりませんでした。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2022年08月23日
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投稿日 2022年08月23日
総合評価:3.0
西大分港フェリーターミナルは、フェリーさんふらわあが運航する神戸-大分航路の発着港でした。この日に着岸していたのは「さんふらわあ ごーるど」で、1万トン以上、長さが165m以上もある大きな船なので、横にある3階建てのターミナルビルがとても小さく見えました。1階はチケット売場でしたが、出港時刻は夜ですから、お客さんは誰もいませんでした。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 乗り場へのアクセス:
- 3.0
- 車窓:
- 3.0















































