施設情報
公園の付近一帯は埋め立てられていますが、かつては浅瀬の波に洗われる美しい海浜でした。 平安時代、近くに春日神社の神宮寺という寺が建立されたところから、この名がついたといわれています。 天文年間(1532?1555)、ポルトガルや明との貿易を行った大友宗麟は、この浜辺を交易場として利用していたといわれています。 それにちなんだ「南蛮貿易場址」の碑があり、その側に太刀を杖にした大友宗麟像が建てられています。 ポルトガル人の来府は天文14年(1545)、中国のジャンク船に乗船して沖ノ浜に入港したのを皮切りに、天文20年(1551)の7月にポルトガル船が日出沖(神宮寺浦の対岸)に来泊しました。 同年9月にはフランシスコ=ザビエルが宗麟の招きで府内を訪れています。 その後、相次いでポルトガル船が来航し、神宮寺浦を含む別府湾は文字どおり南蛮貿易の表玄関でした。
クチコミ(9件)
- 大分市 観光 満足度ランキング 45位
- 3.31
- アクセス:
- 3.14
- 人混みの少なさ:
- 4.75
- バリアフリー:
- 2.75
- 見ごたえ:
- 3.17
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宗麟さん、南蛮船は見えますか?
- 3.5
- 旅行時期:2022/05(約2年前)
- 0
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南蛮船がやって来たところです。
- 3.5
- 旅行時期:2022/05(約2年前)
- 0
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ここにも大友宗麟の像
- 4.0
- 旅行時期:2015/08(約9年前)
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神宮寺浦公園でございます
- 3.0
- 旅行時期:2015/07(約9年前)
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産業道路沿いのポケットパーク
- 2.0
- 旅行時期:2015/03(約9年前)
- 0
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16世紀の貿易港
- 2.0
- 旅行時期:2014/09(約10年前)
- 0
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宗麟公の南蛮貿易場の址
- 3.5
- 旅行時期:2014/03(約10年前)
- 0
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大友宗麟の像
- 4.0
- 旅行時期:2013/06(約11年前)
- 1
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大友宗麟は、宗教的な意味だけではなく、西洋の技術でしっかり富国強兵を目指しています
- 4.5
- 旅行時期:2009/01(約15年前)
- 0
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