すぶたさんのクチコミ(91ページ)全3,773件
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投稿日 2015年09月28日
総合評価:4.5
大阪のミナミの玄関口である「なんば駅」直結の百貨店です。
関西空港から特急ラピートに乗ると、ここが終点になります。
また、大阪市営地下鉄のメインの線である地下鉄御堂筋線もあります。
他には近鉄なんば駅などターミナル駅にあります。
そのため、いつも非常に混雑しています。
7階のグランドホールでよく美術関係の展覧会を開いています。
百貨店での開催なので会期は短いですが、料金も安い割には見ごたえがあります。
百貨店のカードを持っていたら無料だったり割引があります。
高島屋は昔から美術関係に造詣が深く良い展覧会をしています。
今回はサクラクレパスの90周年記念の展覧会に行ってきました。
見終わった後にはお絵かきコーナーもあって、
小さい子供はもちろんのこと40代の私や老人達も塗り絵を楽しめました。
最近は、海外からの観光客へのサービスをよくしていますが、
日本人への対応はこれからも充実してほしいです。- 旅行時期
- 2015年09月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 5.0
- 地下鉄なんば駅・南海なんば駅からすぐ
- お買い得度:
- 3.5
- 夕方の食料品売り場は安くなっている
- サービス:
- 5.0
- 百貨店なので整っている
- 品揃え:
- 4.0
- なんばNO.1
- バリアフリー:
- 4.0
- 本館・別館と分かれておりちょっと分かりにくい
-
投稿日 2015年09月27日
総合評価:5.0
アメリカ出身の建築家であるウィリアム・ヴォーリーズの傑作です。
外側も内側も素晴らしい建造物で、80年以上の時を経ています。
ここは大丸心斎橋本店の建物で、今でも現役で営業しています。
しかし、老朽化や耐震制、経営判断により高層ビルに建て替えられます。
もちろん、建築学会の意向によりできるだけ現在の状態を残して建てかえられます。
今のうちにじっくりと見に言っておきましょう。
ネットショッピング・通販では得られない贅沢な環境でお買いものできますよ。- 旅行時期
- 2015年09月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 5.0
- 地下鉄御堂筋線心斎橋駅直結
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 百貨店なので人は多い
- バリアフリー:
- 3.5
- 段差があったり天井が低い個所もあり
- 見ごたえ:
- 5.0
- ウィイリアム・ヴォーリーズの傑作です
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投稿日 2015年09月27日
総合評価:4.0
ランチのうな重をいただきました。
最近は鰻が高くなっていて庶民の私が外で食べるのはハードルが高いです。
でも、海外旅行の前なので和食を食べる!と決めていました。
心斎橋大丸の他の和食のお店(天麩羅・寿司)と迷いましたが、
値段も1600円と安かったのでここにしました。
本店は赤坂で創業は大正12年なんだそうです。
東京風のまず蒸した後にかば焼きにする鰻で、
ふっくらと柔らかくて香ばしく歯の悪い年寄りでも食べられます。
百貨店の中にあるのでバリアフリーも整っており店内も清潔でした。
席はテーブル席、カウンター席とあって1人でも入りやすいです。
14:00頃の入店で空いていたのでテーブル席に案内してもらえました。
大丸カードのポイント(1%)も付きました。
ただ、ちょっとホールの人数が足らないようで他のテーブル席のお客さんが
「すみません!」と声をかけても聞こえなかったり、
他の来客の相手をしていたりでした。
次はひつまぶしを食べようと思います。
またリピートします!- 旅行時期
- 2015年09月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 一人当たり予算
- 2,000円未満
- 利用形態
- ランチ
- アクセス:
- 5.0
- 大阪市営地下鉄御堂筋線心斎橋駅すぐ大丸心斎橋店内
- コストパフォーマンス:
- 4.0
- ランチタイムがお得
- サービス:
- 3.5
- 少し人出が足りない
- 雰囲気:
- 4.5
- 掃除が行き届いておりカウンター・テーブルもある
- 料理・味:
- 4.0
- ふっくらと柔らかく香ばしい鰻が美味しい
- バリアフリー:
- 5.0
- 百貨店内なので整っている
- 観光客向け度:
- 4.0
- 百貨店内なので食品サンプルと値段表示あって入りやすい
-
投稿日 2015年09月16日
総合評価:3.0
平清盛の息子である平重盛ゆかりのお寺です。
六波羅のはずれの小松谷に重盛の邸宅があり、
広大な敷地には庭園や燈籠堂というお堂があったといわれています。
「平家物語」には、重盛が燈籠堂に48体の阿弥陀仏を安置し、
同じ数の燈籠をかかげて世の平穏を祈ったと記されています。
後白河院と清盛の間に立ち、調整役を務めていた重盛でした。
しかし、重盛が若くして亡くなった後、
清盛と後白河院の関係は完全に決裂することになるのです。
なお、「浄教寺」の寺名は花園天皇から賜ったそうです。
残念ながら檀家のみの拝観しかできません。- 旅行時期
- 2015年09月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
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投稿日 2015年09月16日
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投稿日 2015年09月16日
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投稿日 2015年09月16日
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投稿日 2015年09月16日
総合評価:3.0
別名では、倒蓮華寺(さかれんげじ)と呼ばれています。
これは、本尊の阿弥陀如来の蓮華の台座が、
さかさまになっているところからきています。
特に女性の信仰があついお寺だそうです。
古い由緒をもつ寺であり、
平安中期の寛和年間に恵心僧都(源信)が、
今の奈良県当麻(たいま)に建てた華台院は当寺の始まりだそうです。
華台院は恵心僧都の妹の安養尼に引き継がれて安養寺と名を改めました。
そして平安後期に京都に移されました。
しかし、ビルになっておりちょっと…と思いました。- 旅行時期
- 2015年09月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 2.5
- 周囲には多い
- 見ごたえ:
- 1.5
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投稿日 2015年09月16日
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投稿日 2015年09月16日
総合評価:3.0
残念ながら訪問した時はすでに門が閉まっていましたが、
左側にあった石碑が面白かったです。
「天野屋利兵衛は男でご座る」とありました。
これは忠臣蔵で有名な赤穂浪士を支えた大坂の商人、天野屋利兵衛のことです。
役人の拷問にも耐えて一切、口を割らなかったそうです。
聖光寺は浄土宗の開祖の法然(1133-1212)を継ぐ、
浄土宗第二祖の聖光房弁長(1162-1238聖光上人)にちなんだ寺名になっています。
12世紀の末にこの地に庵が開創されて、
天正六年(1578年)に聖光寺として整備されたとされています。
弁長は筑前国香月庄(北九州市)の出身で、14歳で受戒、
22歳で比叡山に登り天台を学びました。
いったん故郷の鎮西に戻っていましたが、30代半ばで上京し法然に師事しました。
その死後に浄土の第二祖を継ぎました。この法燈を「鎮西派」といっています。- 旅行時期
- 2015年09月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 3.5
- 入口左側にある石碑が面白い
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投稿日 2015年09月16日
総合評価:4.0
昭和三年(1928年)に、大阪毎日新聞社京都支局ビルとして、
武田五一氏の設計で建築されましたビルです。
アール・デコの影響が見受けられるビルで、
京都市登録有形文化財に登録されています。
一時は老朽化による解体も心配されましたが、
建築家の若林広幸が買取って耐震壁を補強するなどして保存されることになりました。
八十年以上を経た今も建築当時の姿をそのままに残す当ビルは、
時間の堆積と共に独特の文化的雰囲気を醸し出しています。
歴史保存をよくうたう新聞社が保存せずに、
建築家が買い取るなんてねぇと思いました。
今はホールでさまざまな催しをしているようです。- 旅行時期
- 2015年09月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2015年09月16日
総合評価:3.5
京都の中心地にある繁華街の新京極通りにあります。
初代の住職は歌人和泉式部であったため、別名「和泉式部寺」とも呼ばれています。
新京極側の入口左手に「鈴成り輪」(すずなりくるま)と書いてある石輪があります。
これは、和泉式部の古い灯篭の竿と台座を使った鈴なりの輪で、
「魔尼車」とも呼ばれています。
一回転させれば、経典を一回読誦した功徳が得られるといわれています。
知恵授け、恋授けのご利益があります。
たまたまいた外国人に教えたら、嬉しそうにお祈りしながらまわしていました。
写真用の顔出しがあったりなかなか面白いお寺です。- 旅行時期
- 2015年09月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2015年09月16日
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投稿日 2015年09月15日
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投稿日 2015年09月15日
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投稿日 2015年09月15日
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投稿日 2015年09月15日
総合評価:3.0
京都大神宮という名の割には訪れる人が少ないです。
江戸時代末期からお伊勢参りが盛んでした。
しかし、お伊勢参りはが叶わない人々の為に、
明治時代になってから全国都道府県に、
伊勢神宮が遥拝出来る設備を設けるとともに、
伊勢神宮大麻の頒布などを行うために建立されました。
本殿は、公家の一条家の玄関及び書院を移築したものであり、
日本有数の唐破風の優美さと言われているそうです。
また、手水舎の水盤は伏見城にあったものを寄進、移築されたと伝わっています。- 旅行時期
- 2015年09月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2015年09月15日
総合評価:3.0
ビルとビルの間にちょこんと御旅所があります。
祇園祭の神輿渡御の時には、三基の神輿のうち、
大政所神輿と八王子神輿の二基が安置されました。
あともう一つの少将井神輿は烏丸竹屋町の御旅所に渡御していました。
しかし、1591年秀吉により四条寺町にある現在の御旅所に移築・統合されました。
現在でも祇園祭還幸祭の時には、
中御座・東御座・西御座の三基の神輿が立ち寄って神職が拝礼します。- 旅行時期
- 2015年09月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2015年09月15日
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投稿日 2015年09月15日
総合評価:4.0
烏丸周辺はレトロなビルがよくあります。
不動貯金銀行の京都支店として建てられたこのビルは、
現在ではファッションテナント用のビルとしてリニューアルされました。
外観は全体的に幾何学の細かい装飾が施されており、
最近の流行のようにファッションのテナントが入っています。
京都や神戸ではこのようなビルにファッション関連のお店がよく入っていますね。
不動貯金銀行は下記の銀行と合併して日本貯金銀行になりました。
大阪貯蓄銀行、摂津貯蓄銀行、第一相互貯蓄銀行、東京貯蓄銀行、
内国貯金銀行、日本相互貯蓄銀行、日本貯蓄銀行、安田貯蓄銀行。
さらにその後、協和銀行になりました。- 旅行時期
- 2015年09月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.5



























































