g60_kibiyamaさんのクチコミ(8ページ)全6,029件
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復興天守ですが、そうはいってもかなり立派です。北側のリニューアルは必見!
投稿日 2025年03月25日
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投稿日 2025年03月25日
総合評価:4.0
とさでんの路面電車の最寄駅でいうと「高知橋」だと思いますが使いませんでした。
今回、高知入りも次の街への移動も高速バス利用だったので、はりまや橋近くのとさでんのターミナルの位置を意識して、ホテルをここに決めました。ただ食事場所としての「ひろめ市場」も必須だったので、そこへはちょっと距離があり、しかも到着日は雨だったのでそこだけがつらかったです。
ただ高知の中心街はアーケードが発達していたのでずぶ濡れは割けることができました。
宿泊そのものは広い部屋ではありませんでしたが特に難はなく、安価だったので助かりました。ちょうど通りをはさんで向いに人気の高知餃子「屋台安兵衛」が営業していて威勢のいい声が聞こえていました。魅かれて薄皮ぱりぱりの餃子をテイクアウト。これもおいしかったです。プラスホテルに「レンタサイクル」があり、総合的にはめちゃくちゃお値打ちの宿泊施設。実際チェックアウト後に荷物を預かってもらい、半日かけて高知城ほかを観光しました。- 旅行時期
- 2025年03月
- 利用目的
- 観光
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 1人1泊予算
- 5,000円未満
- アクセス:
- 3.5
- コストパフォーマンス:
- 4.0
- 客室:
- 3.0
- 接客対応:
- 3.5
- 風呂:
- 3.0
- 食事・ドリンク:
- 3.0
- パンとゆで卵のかんたんな(無料)朝食あり。
- バリアフリー:
- 3.5
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投稿日 2025年03月24日
総合評価:3.5
常盤橋東詰め近くにあるモニュメントです。この付近から九州内の各街道が始まっていて、交通の要所なのでうなづける位置と言えます。
江戸時代に全国を測量したことで有名な伊能忠敬ですから、全国にモニュメントが残っていても不思議ではないのですが有名なものは少ないようです(函館山山頂に「北海道」に関するモニュメント有)。
さて200年記念はいつ? と思って調べたところ、2000(平成12)年で、この碑の建立は2001年。忠敬の九州測量開始は1808年あたりらしいので、企画意図に微妙なズレがあるような気がしてなりません。確かにこの近くに全国的な地図の会社「ゼンリン」がありますから、あながち無関係ではないのだと思います。- 旅行時期
- 2024年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2025年03月24日
総合評価:3.5
1992(平成4)年5月に完成したデザインも含め割と新しく見える橋です。紫川の東西(北九州市内)の交通量を鑑みて、車道幅を広げるために架け替えられました。こちらには「太陽の橋」というニックネームがついていますが、これはその時期に紫川にかかる9つの橋を順次架け替えた際、それぞれに「木の橋」(常盤橋)、「石の橋」(勝山橋)などテーマ性を持たせた、という意味合いのようです。鴎外橋から川の左岸に進み、この橋で再び右岸に戻り、旦過市場を目指しました。
- 旅行時期
- 2024年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2025年03月24日
総合評価:3.5
かつて小倉には路面電車が走っていたそうです。小倉市街地の東西を結ぶこの勝山橋にはその路線が走っており、昭和初期に石造に改築されたとかで「石の橋」という別名を持っています。
現在でも「国道」199号線がここを通っていて、幹線道路でもあります。JR小倉駅から小倉城を目指す途中だったので、雨の中、紫川左岸を常盤橋・勝山橋と進み、鴎外橋で右岸へと渡りました。- 旅行時期
- 2024年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- バリアフリー:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2025年03月24日
総合評価:4.0
紫川にかかる橋です。江戸時代初期、細川時代に城下の西曲輪と東曲輪を結んでいた橋です。この旅では直前に長崎で「長崎街道」の終端あたりを訪ねていたので、ここがその起点になるのか、関連あるなあ、と思いました。ただ調べてみると長崎街道のほか、中津街道、秋月街道、唐津街道、門司往還などとも接続していて交通の要所だったようです。
1995年に再び木製の橋に架け替えられているので、そういった歴史的背景とともに情緒を感じる橋でした。- 旅行時期
- 2024年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- バリアフリー:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2025年03月24日
総合評価:3.5
雨の中、常盤橋から紫川右岸を進み、この鴎外橋で小倉城公園のある左岸へと渡りました。小倉ゆかりの文豪・森鴎外からとった名称のようです。歩行者専用橋で、中央部にスペースがありモニュメントなどがありますが、雨に気をとられてじっくり景色を楽しむ余裕はありませんでした。河岸も整備されており、もし晴れていたらゆったり流れる紫川とともに両隣の勝山橋・中の橋など心なごむ風景だったことでしょう。
- 旅行時期
- 2024年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- バリアフリー:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2025年03月20日
総合評価:3.0
門司港駅舎の前、わかりやすい場所にある句碑です。横山八虹(よこやまはっこう)。俳人でもあり医師でもある人物で、東京生まれだそうですが九州帝国大学医学部を卒業。小倉で開業医もしていた人物です。
記された句「和布刈る 神の五百段 ぬれてくらし」は和布刈神事を詠んだものですが、像そのものが神事を表現しているためか、門司港駅訪問四度目にして初めて「句碑」を認識しました。ぱっと見、伝統ある和布刈神事の顕彰?に見えます。- 旅行時期
- 2024年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.5
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- バリアフリー:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2025年03月20日
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投稿日 2025年03月20日
総合評価:3.5
門司港駅構内。古い真鍮製の蛇口がふたつ取り付けられています。蒸気機関車の時代にここで煤で汚れた顔や手を洗っていた、と聞くとすんなり理解できるのですが、太平洋戦争が終わり、大陸からの引揚者らがこの水を飲んで安堵したと聞くとさらに「歴史」を感じますね。こうしていろいろな古い設備が残されているのが門司港駅のまさに重要文化財たるゆえんかもしれません。
- 旅行時期
- 2024年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- バリアフリー:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2025年03月20日
総合評価:4.0
門司港駅。終端駅ということで車両止めがあるだけでも気持ちが高ぶるのに、0キロポストだけでなく、こんなモニュメントも残されています。
そもそもは大正時代にこの駅舎が開業したとき、発車のベルとして使われていたものを21世紀になって磨きなおして、設置したのだそう。鐘を見て「これかぁ」と思ったのはよいのですが、鐘の下にある水面「幸福の泉」はいまひとつ認識しませんでした。
構内にはいろいろレトロなものが残されているので、まぁいっか、といったところでしょうか。- 旅行時期
- 2024年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- バリアフリー:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 3.5
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結果的に人道トンネル出口からのアクセスが容易になったわけですね。
投稿日 2025年03月20日
総合評価:3.5
原則的には九州内私鉄のりつくし、なわけですが、たまにはこうしたトロッコタイプもいいものです。九州鉄道記念館駅最終にギリギリ間に合い、そのまま関門海峡めかり駅から同じく最終でそのまま折り返してきただけの乗車でしたが、短い時間も楽しかったです。
門司港レトロ初訪問のときは人道トンネルの門司側を出て、どう行けばよいものか途方に暮れた記憶があります(結局は徒歩で門司港駅付近まで)。
この初回で何やら不思議なトンネルがあり、封鎖されていたのを思い出します。それが後年、観光トロッコ列車として成立したわけです。2回めの訪問も下関側からチャリで同じようにアクセスし、すいすい門司港駅付近までアクセス。ようやくこのレトロラインに乗れたので、少し思いがありました。- 旅行時期
- 2024年03月
- コストパフォーマンス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- バリアフリー:
- 3.0
- 乗り場へのアクセス:
- 3.5
- 車窓:
- 3.0
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投稿日 2025年02月20日
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投稿日 2025年02月20日
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投稿日 2025年02月20日
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投稿日 2025年02月20日
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投稿日 2025年02月21日
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投稿日 2025年02月21日
総合評価:3.5
九州各都市を巡る旅で、城郭もひと通り押さえておこうと思い、福岡城跡の舞鶴公園を訪ねました。天守が失われていることは知っていたので、現存する遺構や建築が何か見れれば、程度の気持ちでした。かつては本丸には表御門・太鼓櫓・武具櫓・裏御門・御殿が存在したようですが今ではありません。しかも上之橋側からのアクセスだったため、時間切れで現存している南側の多聞櫓(二の丸)までは到達できず。三の丸で移築(復元)四棟(伝潮見櫓・下之橋御門・旧母里太兵衛邸長屋門・名島門)を撮影したにとどまりました。
あとたまたまライトアップ用ということで天守台の上に骨組みがあり、昼間に訪れてしまったので違和感じゅうぶん(笑)でした。- 旅行時期
- 2024年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2025年02月21日
総合評価:3.0
広場?という感じです。「パサージュ」は通り抜けという意味を持ちますから、大丸の本館と東館(エルガーラ)の間を南北に通り抜けられるスペースということらしいです。
屋根がかけられていますが自然光が入るので明るさが保たれています。偶然夜間に再度ここを訪れましたが商業施設が閉まっていたので、昼間よりも「通路」感が増していました。- 旅行時期
- 2024年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- バリアフリー:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2025年02月21日
総合評価:2.5
福岡ももう四度目か五度目ですが常に急ぎ足の旅のせいなのか、なかなか点と点が結びつかずにいました。今回も短時間でしたが「移動ルート」に意識を置いたため、位置関係がだいぶつかめました。天神中央公園は旧福岡県庁のあった場所だそうで、福岡藩時代の遺構が残されていても納得です。当該の碑はごくごくシンプルですが周囲に置かれた石などが意味のある遺構なのでしょう。それにしても公園のスミにひっそり。ほぼほぼ忘れられかけているかのようでした。
- 旅行時期
- 2024年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 2.5
































