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mom Kさんへのコメント一覧(6ページ)全289件

mom Kさんの掲示板にコメントを書く

  • ただただ凄い旅行記を成立させたなぁ と感服しました

    mom Kさん
    ただただ驚きをかくせません。
    なにしろ13時間といえば日付変更線を飛び越えて
    ヨーロッパまで着いてしまう時空間。

    その間のレポートもバッチし
    食レポも付いているし。
    マネしようにも無理ムリ 見せていただき
    楽しませていただきました。

    そう言えば、在来線はトンネルが少ない
    と感じました。
    新幹線やリニアの様に、山を削り谷を削りせずに
    ぐるりと自然にも優しく走っていたんだなぁ。
    単に技術の進歩ばかりとは考えたくないなぁ
    とも感じました。
         
    2024年11月30日20時09分返信する 関連旅行記

    旅が培うもの

    あの街からさん、恐縮です。読み手のかたの深さです。

    人生の終盤を意識しだした頃から、ようやく自分の旅のカタチが際立ってきたような感覚があります。
    それに、面白いのです。昔気づかなかった旅の味が押し寄せてくる感じです。

    その一つに、偶然などないということ。

    豊橋で歩きにご機嫌中ふと時計を見たら、アレです。それまで計画通りの列車移動ができていたのに、乗り遅れに気づきます。
    若い時なら”遅れた”ことを残念がったと思います。予定通りにいかないことにこだわったと思います。
    しかし、今は、「きっと意味がある」「何か素敵な予想外のことに出会えるはず」と思えるんです。実際、最近の旅を振り返っても、あのターキッシュAIRのとんでもない遅延騒動でさえ、そうなりましたから。

    少々のアクシデントもこんな感じで受け止められるようになりました。

    私の旅にこんなにも共感し、メッセージまでいただいて、感謝と幸せです。
    2024年12月01日07時16分 返信する
  • 遠足。

    "わたしも遠足です。"
    いいなぁ、楽しく読みました。

    あ、最初のくだり、とても素敵な話でした。
    実現できたこと、あとで思い返せる時間、ひと、風景。よいなぁ。
    2024年11月30日16時41分返信する 関連旅行記

    嬉しいわ

    sallyさん、メッセージをありがとうございます。
    わたしがあの投書に心沸き立たせたように、本日記がどなたかに「いいなあ。私も夢(願い)実現に踏み出そう」と後押しできたらなあ。誰かの心に大人の一人遊びが点火できたらなあって。
    嬉しいです。受け止めてくださって、それをお伝えくださって。今日もとってもいい日。
    2024年11月30日19時13分 返信する
  • 凱歌の旗頭

    mom Kさん、今晩は。

    私は10月の連休に訪沖。
    その時期に平敷屋青年会がどこかでエイサーをやっていないかと期待したのですが、青年会のFBなどをチェックするも予定が分からず。
    なかなかタイミングが合いません。
    そう言えば、mom Kさんの旅行記には西一番の凱歌の旗頭が映っていましたね。
    旗頭も出るのであれば、来年は旅行時期をずらして1万人エイサーを見に行こうかな・・・と考えた私でした。
    2024年10月30日23時00分返信する 関連旅行記

    平敷屋命

    ST&Gー旅に恋するウミガメさん おはようございます。

    まず、平敷屋エイサーについてお話しできること、とてもうれしく思います。
    ありがとうございます。
    あなた様もあの一途さと神秘さをご存じなのですね。

    初めて一万人エイサーを見る機会を偶然得たのですが、本日記の通りです。私は、期待があったからでしょう、拍子抜けしました。なぜ“一万人エイサー”なのか不明です。

    私は、拝所前で観たい人。コロナ禍では、密かにされ、一般公開ではありませんでした。全ての行事ごとが中止の中でも平敷屋が続けられたことに、あらためて、あの地域と平敷屋エイサーの持つ底知れぬ力を知りました。装束も青年団の顔つき振る舞いも、他と一線を画しているとひいき目の私は思っています。

    ご存じのように、うるま市と沖縄市が最もエイサーの盛んな地域。全島エイサーは、まだ観たことがありませんが、うるまエイサー大会には駆けつけました。この地域の青年団の競演は、見事です。もちろん、そのころは、平敷屋の西(いり)と東(あがり)がありましたから、プログラムは、両者離れてトリでした。なにしろ、かつて全島エイサーコンテストがあった頃、毎年優勝するのは平敷屋と決まってきたので無くなったと聞いたくらいですから。

    拝所の前は、本来の、ご先祖様を送る奉納ですから、地元の方々の大事な時。狭いエリアで車の置くところもありません。それでも、私のような者が行かずにはおれません。
    大抵、ウークィの後の日曜日、平敷屋港そばの運動公園で公開演舞が実施されます。夕方の6時過ぎ、奉納の時間帯と同じです。星空の下の平敷屋エイサーは、一層心に訴えるものがあります。

    昨年4年ぶりに一般公開が復活しましたが、青年団の人数が激減し、西と東が合体していました。おそらく、地元の方々は、私の哀しみどころではないと思いながら、半ば放心状態で長い道中を帰りました。今年は、行きませんでした。喪中の心地です。

    いつか彼の地で、ST&Gー旅に恋するウミガメさんとすれちがいますように。
                              謝  mom K
    2024年10月31日09時25分 返信する
  • サンプラザホテル、公設市場衣料部

    mom Kさん、こんばんは。

    今回の旅行記、那覇の街でmom Kさんが感じられたこと、考えられたことが伝わってきて、息遣いが感じられるような感じがしました。
    それは、街の日常の風景を描写し、時計店、マッサージ店、食堂でのおばあさんなど、人との関わりを描いているからかもしれません。

    私も那覇の商店街を歩くのが好きなのですが、十年程前に訪れたときは、公設市場衣料部は既になかったと思います。ただ、その周囲には衣料品店が多く、服のリフォームのお店も集まっていて、かつて衣料部があった雰囲気は残っていました。
    そして、随分前ですが、私もサンプラザホテルに泊まったことがあります。国際通りに近く、モノレールの駅からも近くて、大浴場があって、なかなか良いホテルだった印象があります。
    mom Kさんの旅行記を拝見して、那覇の街や人の雰囲気を思い出して、懐かしくなりました。
                                  Deco
    2024年10月28日20時25分返信する 関連旅行記

    かちゅー湯を飲みながら

    Decoさん、こんばんは。いつも丁寧に読んで下さり、ありがとうございます。

    そうでしたか、あのホテルに。10年前ならもう少し洗練されていたかもしれません。私は、那覇ではこの雰囲気を持つホテルは、あと一軒しか知りません。会えてよかったと思いました。コザ時代の匂いがしますよね。今は沖縄市のサンライズホテルも旅情を誘うところがあり、好きなんです。

    帰宅したら、一気に秋がすすんでいて、夏服を片付けていたら、”まちぐゎー(商店街)発信の情報誌”が出てきました。
      2021.12発行の「ゆっくる新聞」
      牧志公設市場雑貨部&衣料部編 1951-2022 
      これまで長い間ありがとうございました。

    全ての店舗と店主、働いていた人の写真も掲載されています。店の歴史も書かれていて、永久保存版と思って持ち帰りました。移転先が載っていたのは、そのうちたった10軒で、その中にあのマッサージ屋さんもあったのです。
    衣料部は、壁もシャッターも美しくなっています。飲み屋さんが並ぶらしいです。
    あのエリアで変わらぬお店を見つける旅をDecoさんもそろそろいかがですか。
    2024年10月28日22時17分 返信する

    サンライズホテル

    mom Kさん、返信を読んでいたら、懐かしいホテルが…
    沖縄市のサンライズホテル、泊ったことがあります!
    もう20年以上前のことです。
    建てられた時はモダンだったのだろうな~という感じで、なぜか妙に落ち着くホテルでした。お手頃価格でルームサービスがあったりして、バス停もすぐ近くで周囲にはスーパーもあって、とても使いやすいホテルでした。

    那覇の公設市場衣料部(らしき建物)は行った時は入口付近のみに店舗があったように記憶しています。飲み屋さんが並ぶのですね。昔ながらの街が変わっていくのは寂しいですが、それでも新しいお店が入って人が絶えない方がずっと良いと思います。
    また、いつか行けるときが来たら、那覇もコザも訪れてみたいです。
                              Deco
    2024年10月29日14時11分 返信する

    思い出と二人旅

    うわぁ、二つも重なっているなんて。Decoさんは、はるかに私の先輩です。あの手のhotelに味を感じるのは、どんな方だろうなと想像してしまいます。

    国際通りにおそらく同じ頃、同じタイプで建てられたと思えるホテルは、2軒。今も一方はそのまま、もう一方は改装され営業中。30年くらい時を経て泊まったのですが、前者は、とびっきりの立地なのに、寂れ感が漂い、後者は、修学旅行生、外国人団体客受け入れで、レベルダウンと荒れた空気感。
    その点、サンプラザホテルは、古くても落ち着きを保っていますよ。渋さがいいですね。リピーターが育んでいるのかなと想像しました。

    沖縄市は二つのホテルしか知らなくて、それも最近です。サンライズホテルは部屋のインテリアとバスルームの広さにかつての基地の街を感じました。翌年もここにしました。おそらくDecoさんが泊まられた時と空気感は変わらないと思います。経営者も変わっていないようです。TVでコザ紹介のような番組に登場していて惹かれました。こんなお話をできること、とてもうれしいです。
    2024年10月29日19時04分 返信する
  • 私は誰? ここはどこ?

    >私は、どこに向かっているのかしらん。まだHostelは遠い。

    ホテルに泊まれば楽なものを、しかもわざわざ徒歩でアプローチ。そして迷路&暗号まがいの入室。mom Kさんは茨の道を歩まれたわけですね!? すばらすぃ~ 5☆ホテルに泊まりました~ってブログより、よっぽど好きです♪

    苦労して乗り越えることは、旅の醍醐味だろうしだからこそずっと成長できるのでしょうね。

    ぼくもポーランドでは安宿ばかり泊まりましたが新興中産階級層の人たちが分譲アパートを間貸ししているところばかりでした。オーナーが部屋で待ってるわけでないから、到着する30分くらい前に電話して待機してもらう形式ばかりでした。

    魚雷もどきは火力発電所の高圧蒸気タンクです。ウッチで同じものを見ました。
    2024年09月28日12時32分返信する 関連旅行記

    これがポーランドスタイルですか

    ももであさんは、電話で連絡できる旅人なんですね。私は、マンツーマンの昔旅派。次のトルンでもその手の宿で、困りました。
    コロナ前、二都市に入っているのですが、いずれもフロントがありました。旅籠系とホステル系。
    おっしゃるように、今回間取りが?でしたから。元来アパートなのですね。
    その国らしい宿が好みですが、これはつらかった。20年前のポーランドに旅するべきだったと少し後悔。
    昔のように、予約せず、「お部屋、ありますか。」と訊ねて泊まる旅を来年はイタリア辺りでしようと思っています。

    ウッチは、石炭も豊富で工業都市だったのですね。あの町を歩いたことを共有してくださってうれしいです。
    2024年09月28日17時41分 返信する
  • 自分を映す鏡

    pedaruさん、いつもエールをありがとうございます。
    旅の始まりは、小さなきっかけ。東京で暮らしていた頃、図書館で「○○画報」を開いた時でした。巻頭グラビアの写真に、そのキャプション。飛んで帰り、予定表を見、木ノ下旅館さんの空いている日を予約しました。それが、佐原との出会いです。たまたまジャズの日だったこともあり、街のナイスミドルたちの蔵の中での演奏、”女将さんの会”のお茶の接待も受けました。あれから、15年の間、4回訪れている関東エリアで最も好きな町です。ドーナツを求めてができますよ。
    2024年09月13日16時17分返信する 関連旅行記
  • こういう旅がしてみたい

     mom Kさん おはようございます。
     
     どこでもいいから思いつくまで歩いたみたい、という旅ですね。
     私も刺激されましたが、関東に琵琶湖周辺のような風情ある土地があるでしょうか?いや、きっとある、どんな町でもなにかある、今思いつきました。
     
     mom Kさんのようにサラダパンのような物を求めて旅に出よう。

     pedaru
    2024年09月13日06時16分返信する 関連旅行記

    相よる魂

    昔、職場の後輩がつぶやいた言葉です。旅もそんな感じがしてなりません。
    2024年09月13日16時21分 返信する
  • 秋の北海道

    を知らないのです、マプトさん。参ります。
    自転車青年に「earthingの似合う足ですね。」と褒められたので、
    北の大地を踏みしめ、感じたいと思います。
    2024年09月11日21時52分返信する 関連旅行記
  • いつもながら いい旅をされてますね

    「特急ましけ号」 知りませんでした。
    札幌から高速道路を通らずに、石狩→厚田→浜益→雄冬→増毛と北上していくルート。 小樽から始まり札幌を通って豊富までオロロンラインをたどって行くバス旅。
    大作ですね。素晴らしいです。感動しました。

    実はウチの初代北海道は 日清戦争開戦の翌年、明治28年に鳥取市から天塩国留萌郡鬼鹿村に移り住みました。 Kazukoさんが訪れた鰊番屋のある村です。 高祖父が63歳、曽祖父が 35歳の歳でした。
    その地を訪れて頂いて、とても嬉しかったです。
    以前、夏に旭川から鬼鹿まで海水浴客のために臨時列車が走っていたこともあったんですよ。

    老舗の旅館も素晴らしい。
    羽幌の旅館の刺身はソイかもしれませんね。
    2024年09月10日09時16分返信する 関連旅行記

    そ、そっ!

    ソイです、師匠。ああ、すっきりしました。チェックアウト時に亭主に尋ねたんです。なのに抜けた私の頭。見れば思い出すと北海道の旬の魚で調べても全国区名しか出てきません。ありがとうございます。とてもうれしいです。

    ドラマティックなルーツですね、Dr。そして、今のエフサ氏が誕生。伺うだけで、ワクワク感に浸ります。

    歴史館の女性の話では、「汽車がなくなって、旭川に行くのが不便。札幌は、朝○○時のバスで行けば、その日に帰って来れるんですよ。」とこぼされていました。車のナンバーは、旭川なのにと心の中で思って聞いていました。

    昨日、映画 ”郷愁鉄路 台湾” を観てきました。鉄道の存在意義の大きさ、とても伝わります。国鉄をなくして、何が地方再生だ。我が政府のその矛盾と展望のなさにまたもや怒りと落ち込みで帰途につきました。
    2024年09月11日06時49分 返信する
  • 七福弁当 と 旭豆

    やっぱり オール ブラウンズ の七福弁当には まごつきますよね。 わざわざ行って頂いたのですね。ありがとうございます。 
    昭和37年創業、昔ながらのスタイル。 近隣のサラリーマン、労働者諸君 御用達の弁当。 どうしてもご飯がバクバクはかどるオカズが多くなってしまう。 それに北海道は関西に比べて結構しっかりとした味付け。 それもまた御当地アジということですかね。

    旭豆、よく見つけられましたね。
    子供の頃はあまり好きでなかったけど、当時は今の様にお菓子がバラエティに富んでない時代だったので、まあそれなりに食べていました。
    たまに食べると懐かしい味がします。
    2024年09月01日16時31分返信する 関連旅行記

    人々の記憶

    長く続いたものの味わいは格別。同じお買い物をするなら、個人店。決めています。道が広く、真っすぐは、まだ苦手です。それでも少しずつ少しずつ旭川を感じられるようになりました。

    旭豆は、まだ飾っています。そうですか。師匠の思い出が入っているのでね。お味が一層楽しみになりました。
    それにしてもあの駅ビルのお掃除の仕方、一体どなたがと思いました。心がこもっているのです。
    2024年09月01日21時35分 返信する

mom Kさん

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