太陽の帝国
おぎゃんさん、はじめまして。
こんな時代に上海周辺をうろついたんですか・・・・
いや、私も84年から86年にかけて中国国内うろつきました。
当時既に「地球の歩き方・中国編」はありましたので、
それを持ち歩き、参考にしていました。
今でも我が家には、86年度版が残っています。
84年度版は、もうありませんが・・・
ところで、そうか・・・「太陽の帝国」の撮影は、その頃なんだぁ・・
「風と共に去りぬ」のデカい看板は映画の中に出てきましたよ。
あの映画は1938年頃の上海の様子が描かれてるんですが、
それを表すために、あの看板が使われたんでしょう。
「風と共に去りぬ」は、日本で公開されたのは1950年代に入ってからですが、
上海ではアメリカで公開されてすぐ、上映されたそうで、大人気だったようです。
長崎に住む日本人の中には上海に行き、それを見に行った人もいるようです。
なお「太陽の帝国」には高松英郎さんは出ていません。
伊武雅刀さんだったのでは・・・
「太陽の帝国」の撮影スポットのいくつかを、私は探り当てました。
もし、興味あれば下記をご覧ください。
「太陽の帝国のスポットを探る」
http://4travel.jp/traveler/dapuqiao/album/10608425/
RE: 太陽の帝国
井上@打浦橋@上海さん
はじめまして。
つたない過去の話にお付き合いいただきありがとうございます。
> 今でも我が家には、86年度版が残っています。
私はこの旅行の帰国後手に入れました。実家にまだ残っているかも。早く見つけることができれば、もうちょっと楽に旅行できたかなぁと思っています。
サバイバルキットは重くて枕にしてたことが多かったかも。
「太陽の帝国のスポットを探る」の日記拝見させていただきました。
オールドシャンハイのような20世紀初頭の建物や映画や小説の舞台巡りが好きなので、年末に予定している旅行でぜひ訪れてみたい場所がたくさんあり参考になりました!でもキャンセル待ちなので果たして行けるかどうかです。
映画も休みにでもDVD鑑賞しようかと思います。
高松英郎さん出てませんでしたか…当時の浦江飯店のドミの同室さんたち全員勘違いしたままかも。
そういえば後年映画館で見たときに、伊武さんは目立つ役だなぁという印象でしたね。
またゆっくり旅行記拝見しに参ります。
コメントありがとうございました。
上海物語に「風と共に去りぬが」
おぎゃんさん、どうも。
先ほど[ 上海 風と共に去りぬ ]で検索しましたら、
出てきたのが、さだまさしの上海物語でした。
そして、その歌詞を見ましたら、
どうやら、1940年代初頭か30年代末の上海の様子を
描いてるようでした。
その1番の歌詞は・・・
あなたと歩いた黄浦江の散歩道
夜霧のガーデンブリッジ
ふりむけばブロードウェイ・マンション
淮山碼頭の汽笛はジャーディン・マジソン
南京路の新世界で観た
プレミアム・ショーの「風と共に去りぬ」
そうだキャセイホテルのバーがとても不思議だった
ジャズと軍歌の奇妙なハーモニー
同じテーブルで世界中の不安と欲望が
快楽のマティーニを飲み干した
焼き栗の香りとライラックの花と
四馬路(スマロ)の女達の香水で満たされた町
・・・さだまさしは長崎の人。
そしてお爺さんは中国で特務の仕事をしていたとか・・
またお父さんも中国で軍関係らしい・・・
お父さんかお爺さんに当時の上海のことを、
いろいろ聞いていたんでしょうね。
14年の上海生活から、今年の夏に横浜生活に切り替えて、
3か月しか経ってませんが、
もう、上海が懐かしくなってきました。
「上海物語」聞いたことがありませんでした(><)
井上@打浦橋@上海さん、こんばんわ。
思わぬ情報でびっくりしました。
さだまさし=上海がなかなか結びつかないのですが(「長江」て映画ぐらいかな)、ご家族が大陸にいた方なら郷愁のある詩を書くこともできるわけですね。
歌詞に出てくる場所を訪れたら、20世紀初頭・上海の名残が楽しめそうです。
意外なガイドブックですね。
「風と共に去りぬ」は戦前外地にいた日本人には知られた映画だったと聞いたことがありましたが、特別な存在なんだなぁです。
> 14年の上海生活から、今年の夏に横浜生活に切り替えて、
チャンスがなかったので上海暮らしがうらやましいです。
縁あってまた滞在することができればいいですね。
書き込みありがとうございました。