hijunoさんのクチコミ(23ページ)全1,191件
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豊臣秀吉ゆかりの貴重な品々が展示されています。なかでも、豊国祭礼図屏風は当時の様子がうかがえます。
投稿日 2024年02月18日
総合評価:5.0
1925年に開館した歴史のある博物館です。豊臣秀吉に関しての資料が主に展示されています。
なかでも、1604年に行われた豊国大明神臨時祭の様子を描いた「豊国祭礼図屏風」は当時の京都の様子、人々の様子などが細かく描かかれており、当時の風俗がわかります。
朱塗りの三十三間堂も見えました。
細かくじっくり観ていると、タイムスリップしたような気持になりました。
とても盛大なお祭りであったことがわかります。
入館してすぐ目に入るのが鉄燈籠です。豊臣秀吉の三回忌に奉納されたものです。
作者は秀吉から天下一と称された鋳物師辻与次郎で、その大きさにも美しさにも圧倒されます。
秀吉が使ったといわれる、獏枕も興味深く、桐唐草文蒔絵唐櫃という入れものも美しかったです。
さらに、驚いたのは、秀吉の歯が展示されていたことです。上あごの左奥から2番目の大臼歯だそうで、最後に抜けた歯ではないかといわれています。
その歯は送り状とともに、加藤嘉明に送られたそうです。- 旅行時期
- 2024年02月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 4.5
-
投稿日 2024年02月16日
総合評価:5.0
1598年に豊臣秀吉が亡くなり、翌年には豊国社(とよくにやしろ)といわれる壮大な社殿の、およそ30万坪の広さのもので、後陽成天皇より「豊国大明神」という神号を与えられて、神として祀られました。その後、徳川家によって建物は破却されてしまいました。現在の豊国神社は、明治13年になり、かつて方広寺にあった大仏殿の跡に再建されました。
唐門は国宝で、伏見城から移築されたものです。
桃山建築のもので、優美で豪快な雰囲気がありました。もともとは金箔もほどこされていたようです。
唐門の上にある「豊国大明神」の額は後陽成天皇の宸筆だそうです。
唐門から中には、お正月のころに入れますが、通常は中には入れません。
境内には貴重な資料の展示がある宝物館がありました。- 旅行時期
- 2024年02月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 5.0
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大阪冬の陣のきっかけとなった国家安康の鐘があります。周囲の巨大な太閤石垣が大仏殿のあった頃を偲ぶ遺構です。
投稿日 2024年02月17日
総合評価:5.0
1586年から10年もの年月をかけて創建。豊臣秀吉の発願によるものです。当時は高さ19mを超える大仏があり、当時より大仏殿として人々に親しまれていました。
1595年には巨大な大仏殿が完成しますが、翌年には地震により大仏は大破しまいます。当時は東大寺の大仏を超える大きさだったそうです。
その後、豊臣秀頼・淀殿によって再建されましたが、大仏開眼供養を待たずに豊臣秀吉は亡くなります。1612年に金銅製の大仏が完成します。
その際に刻まれた銘の「国家安康」「君臣豊楽」の文字が家康を切り離したと徳川家康の怒りを買い、大阪冬の陣のきっかけともなったことで有名です。
とても巨大な鐘です。「国家安康」「君臣豊楽」の文字は白く塗られ、わかりやすくなっていました。
また方広寺の周囲には大きな石垣が残っています。大仏殿は焼失し、今はもうありませんが、この石垣が太閤石垣とよばれて、当時の大仏殿のあった方広寺の賑わいが偲ばれます。- 旅行時期
- 2024年02月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 5.0
-
投稿日 2024年02月18日
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投稿日 2024年02月17日
総合評価:5.0
栗も乗った大きなパフェ、抹茶味のアイスクリームやクリームがたっぷりで、とても美味しかったです。お店も新しくて、清潔です。お茶やお水も置いてあり、セルフで利用できます。カレーもとても美味しいと聞きました。三十三間堂の近くにあります。
- 旅行時期
- 2024年02月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 一人当たり予算
- 1,500円未満
- サービス:
- 5.0
- 雰囲気:
- 5.0
- 観光客向け度:
- 5.0
-
1160年、後白河上皇により、院の御所があった法住寺殿の鎮守社として創建されています。
投稿日 2024年02月18日
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天台宗の門跡寺院です。 幕末には七卿落ちの舞台ともなっています。
投稿日 2024年02月18日
総合評価:4.0
訪れたときは修復工事中でした。
その工事の様子をパネルで紹介しており、文化財保護の補修工事の難しい工事の様子などを理解できました。
妙法院は天台宗の門跡寺院です。開山は最澄です。
門跡寺院は歴代の皇族や貴族の子弟が歴代の住持となりますが、15代の門主は後白河法皇です。蓮華院や三千院と並び、天台三門跡と言われる由緒ある門跡寺院です。一時期は近くにある方広寺や蓮華王院三十三間堂、新日吉神社をも配下に置く大寺院でした。
幕末には七卿落ちで、三条実美らの尊王攘夷派の公暁が京都を追われますが、妙法院で会議を開き、長州藩へ向かい西へ落ちのびています。境内に、大きな石碑がありました。
庫裡は桃山時代の建築で国宝です。
一説によると、豊臣秀吉が先祖の供養「千僧供養」を行い、その際に使った台所といわれています。
境内の一部であった「積翠園(平重森の別邸 小松殿の庭園だったところ)は現在はホテルの敷地になっていました。- 旅行時期
- 2024年02月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
-
投稿日 2024年02月22日
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清水焼発祥の地の石碑がありました。陶器神社とも呼ばれ、美人祈願としても有名な神社です。
投稿日 2024年02月22日
総合評価:5.0
御祭神は応神天皇、仲哀天皇、神功皇后です。由緒は古く、1053年に後冷泉天皇の勅願により源頼義が六条醒ヶ井に創建したのが始まりと伝わっています。源氏や武士、足利歴代将軍らの信仰を集めてきました。その後、1605年に五条坂の真ん中あたりに移り、1654年に現在の建物は再建されています。1949年には椎根津彦命が合祀され、陶器神社となり、陶器市も開かれるようになったようです。
境内には蓬莱石といわれる石があり、足利尊氏の病も癒されたと伝わり、御利益があるといわれています。説明によると本殿の片隅に埋もれていたらしいですが、650年ぶりに
掘り起こされ、お祀りされています。
また、京都の家々の屋根には鐘馗の小さな像があります。
鐘馗は、中国の民間伝承の道教系の神さまで、疫病除け、受験の神様として信仰を集めていました。境内には、鐘馗の像があります。勇ましい姿の像でした。
御祭神の神功皇后が美しかったといわれていることから、美人祈願の神社としても有名です。拝殿の横に鏡があります。「身もこころも美しく」と書かれていました。
可愛い鏡の美人御守りもあります。
小さな神社のようですが、見どころが沢山あります。- 旅行時期
- 2024年02月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 5.0
-
投稿日 2024年02月21日
ロンドンティールーム 阪急百貨店メンズ館店 キタ(大阪駅・梅田)
総合評価:4.5
珈琲はポットで、たっぷりと楽しめました。スコーンもジャムが二種類とホイップクリームで甘さ控えめで、小さめのもので美味しかったです。お店が小さいですが、お隣との仕切りがあり、気にならずに会話を楽しめました。とても雰囲気のあるお店でした。
- 旅行時期
- 2024年02月
- 利用した際の同行者
- 友人
- 一人当たり予算
- 2,000円未満
- 利用形態
- その他
- アクセス:
- 5.0
- コストパフォーマンス:
- 4.0
- サービス:
- 5.0
- 雰囲気:
- 4.5
- 料理・味:
- 5.0
-
投稿日 2024年02月21日
総合評価:4.0
友人とランチに利用しました。いろんな具材を使った和や洋のパスタがあり、私達は明太子としらす、高菜和えを注文しました。おだしの味付けでとてもさっぱりとしていて美味しかったです。そのほかに、お味噌の味やお醤油の味付けなどもありました。お昼どきで、お店は混んでいました。
- 旅行時期
- 2024年02月
- 利用した際の同行者
- 友人
- 一人当たり予算
- 1,500円未満
- 利用形態
- ランチ
- アクセス:
- 5.0
- コストパフォーマンス:
- 4.0
- サービス:
- 5.0
- 雰囲気:
- 4.0
- 料理・味:
- 4.0
-
芸術家の河井寛次郎の自宅と工房が公開されています。生活の場には愛らしい家具や雑貨があちこち。
投稿日 2024年02月15日
総合評価:5.0
陶芸家として知られる河井寛次郎が自ら設計した自宅と工房が公開されています。
町屋風の建物のどの部屋も趣向がこらされ、生活を楽しんでいた様子がよくわかります。
「暮らしが仕事 仕事が暮らし」と生前語っていたことばどおり、生活のなかで、沢山の感動や喜びを見出し、その心が陶芸やそのほかの作製にも結び付いたことがよくわかりました。ひとつひとつの家具や雑貨、どれもすべて愛らしく、心豊かな空間のように感じました。入口付近の格子の床下には防空壕があったそうです。奥には陶芸の仕事場もあり、また窯跡も見学ができました。
美しい作品の数々も鑑賞できます。
ただ、開館と同時くらいに入館したのですが、とても人が多くて、もう少しゆったりと
ひとつひとつの見学をしたいと感じました。
スタッフの方に、質問をしましたら、「遠慮なく、なんでも、お聞きください」ととても親切に対応してもらいました。- 旅行時期
- 2024年02月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- コストパフォーマンス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 2.0
- 展示内容:
- 5.0
-
投稿日 2024年02月17日
-
京都の名水の一つでした。村田珠光、千利休も愛用したといわれる名水でした。
投稿日 2024年02月14日
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広々とした開放的な庭園と特別公開の園林堂を見学しました。棟方志功の襖絵があります。
投稿日 2024年02月15日
総合評価:5.0
東本願寺の飛び地境内にあります。徳川家康から寺地を寄進され、東本願寺が成立しますが、家光の代にも東側の土地も寄進され、そのご宣如上人が1653年にこの場所を隠居の場所として渉成園と名付けました。池泉回遊式庭園は石川丈山の作庭といわれています。
歴代の隠居の場所となりますが、詩歌や茶の湯、能狂言などの場所としても使われてきました。教如上人は千利休とも親交があり、庭園には多くの茶室も多いです。
その後、1864年の禁門の変などで、建物も火災により焼失し再建されています。
明治天皇ともゆかりがあり、大宮御所のお車寄席が移築されるなどしています。
冬の京都の特別拝観で、特別公開をしている園林堂は持仏堂です。
棟方志功の襖絵が力強くも、また高貴な雰囲気でした。
園林堂内は撮影禁止です。
訪れたときは、冬の景色で、梅が咲き始めていましたが、季節ごとの美しさを堪能できる庭園だと感じました。入口にある高石垣は長い切石や礎石、石臼、山石、瓦などを利用して造られたもので、とてもユニークでした。- 旅行時期
- 2024年02月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 5.0
-
明治30年に開館された歴史のある博物館です。現在は平成知新館という新しい建物で見学ができます。
投稿日 2024年02月15日
総合評価:5.0
今は閉館となっている明治古都館は片山東熊の設計です。フランス・ルネサンスのバロック様式を取りいれつつ、レンガ造りの堂々とした建物で、以前はこちらで展示をしていました。今は耐震改修などの計画のために閉館となっています。
現在は谷口吉生の設計で、平成知新館という新しい建物で、とても現代的なスマートな建物となっています。館内は一般の展示で京都の歴史も感じながら日本の歴史を時代ごとに見学できます。
日本や東洋の古美術品や考古資料、所蔵品や寄託品あわせて14600件あまりの文化財を展示しているそうです。
全てを見学するのにはかなりの時間を要しますので、休みながら見学をお勧めします。
訪れたときは、大阪にある泉穴師神社の神像というテーマで、83躰の神像の修復が4年かけて行われ、修復が終わったものが26躰が展示されていました。7世紀中ごろに建てられた大きな勢力を持った泉穴師神社です。
一つずつの神像が丁寧に修復されている様子がよくわかりました。
これからも特別展が続々と予定されていました。
庭園も広く、展示物もあり、散歩も楽しいです。- 旅行時期
- 2024年02月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 展示内容:
- 5.0
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投稿日 2024年02月15日
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北野天満宮宗創建のきっかけとなった神社です。多治比文子は菅原道真の乳母でした。天神神社の発祥の神社といわれています。
投稿日 2024年02月15日
総合評価:5.0
菅原道真が大宰府に左遷され、亡くなったあと、乳母だった多治比文子に北野の右近の現の地に祀ってもらいたいと宣託し、その後、文子は自分の庭に祠をつくり、道真を拝んだといわれています。そのことが北野天満宮が創建されるきっかけとなりました。菅原道真を天神として祀ったことは天神信仰の発祥の神社とよばれる由縁になりました。文子神社のなまえは「あやこ神社」で、あやこ、やあやなどが名前に入っている人の守り神としても信仰が続いているようです。
境内には、菅原道真が大宰府に左遷された際に立ち寄って腰かけたといわれる腰掛石もありました。- 旅行時期
- 2024年02月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
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投稿日 2023年10月23日



































































































































































