hijunoさんのクチコミ(26ページ)全1,193件
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投稿日 2024年01月22日
総合評価:4.5
観心寺の中院が楠木正成の菩提寺で、8歳から15歳まで仏教や学問を学んだといわれています。境内には楠木正成の首塚もあります。また境内には楠木正成が三重の塔の建立を請願したものの、湊川の戦いで敗死したため、建てた塔が建掛塔といわれる名前のとおり、一重の塔として残っているなど、観心寺は、楠木正成ゆかりのお寺です。
- 旅行時期
- 2024年01月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
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落ち着いた古民家の雰囲気です。丁寧につくられたお料理が美味しいです。
投稿日 2024年01月10日
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投稿日 2024年01月13日
総合評価:5.0
言い伝えによると、701年に役小角によって開かれ、空海によって北斗七星を勧請、その後実恵みによって伽藍の建立が行われています。空海の刻んだといわれる如意輪観音像が安置されています。鎌倉時代の末期には塔頭が50以上もあったといわれています。また、楠木正成の菩提寺です。
湊川で戦い、討死した楠木正成の首塚や楠木正成の像もありました。国宝の金堂も立派な建物ですが、楠木正成が建武の新政を祈願して三重の塔を建てようとしていましたが、湊川の戦いで敗死したため、一重の未完な建物のままとなった建掛塔があります。
楠木正成の無念の気持ちを表しているののようでした。
後村上天皇も10か月の短い期間に政務をとった行在所も観心寺にありました。
境内には後村上天皇の御旧跡や金堂をとりまく七つの星塚があり、一巡すると一年の厄が払われるといわれています。
また宝物館があり、楠木正成自筆の書状や、重要文化財にも指定されている多くの貴重な仏像がありました。後村上天皇の檜尾の陵も境内にあります。母親の阿野廉子と伝わるお墓もありました。- 旅行時期
- 2024年01月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 見ごたえ:
- 5.0
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投稿日 2024年01月13日
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投稿日 2024年01月13日
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女人高野とよばれています。南朝、北朝の天皇、上皇が一時期同時に御座所となった場所でもあります。
投稿日 2024年01月16日
総合評価:5.0
創建は古く、行基が聖武天皇の勅命によって開いたお寺で、弘法大師も密教の修練をしていた霊域といわれています。その後衰退していた時代もありますが、後白河法皇と妹の八条女院の帰依をうけて復興しています。
八条女院が高野山から弘法大師御影第三転写本を賜り女性の参拝を許したことから女性も参拝できることができるようになったようです。(パンフレット参考)
南北朝時代の歴史とのかかわりも深く、南朝の後村上天皇と北朝の光厳上皇、光明上皇、崇光上皇、直仁皇太子が同時に行宮としています。
南朝の後村上天皇は塔頭と摩尼院を行宮として、食堂を政庁として天野殿としました。
三上皇と皇太子は奥殿の観蔵院を行宮としています。
奥殿には北朝の御座所で、高貴な雰囲気の部屋がありました。庭園も枯山水の庭園で、室町期に造られ、その後、桃山期には蜂須賀家政が手直しをし、江戸時代には庭師雪舟流の家元谷千柳が改装したそうです。角度を変えて鑑賞すると、飽きることのない苔むした美しい庭園でした。
宝物館には織田信長や豊臣秀吉、徳川家康とのかかわりのある書状も多く展示されていました。金剛寺で造られた天野酒も豊臣秀吉は好んでいたようで、織田信長も家臣に配っていたようです。境内にある、多宝塔は平安時代にの創建とのことで、最古の形式のものということが昭和の解体の際にわかったとのことです。美しい多宝塔でした。
また御影堂、観月亭、五仏堂、薬師堂などの建物もあり、貴重な仏層や弘法大師の肖像画も安置され、観月亭では月を鑑賞していた風流な場所もありました。
また、光厳上皇の陵も分骨所としてあります。
自然に囲まれ、高貴な雰囲気の建物が多く、南北朝の歴史を感じるお寺でした。- 旅行時期
- 2024年01月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 見ごたえ:
- 5.0
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投稿日 2024年01月08日
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大正10年に建築された近代和風住宅です。期間限定で公開されます。
投稿日 2023年11月26日
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投稿日 2024年01月12日
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投稿日 2024年01月10日
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御祭神は楠木正成です。広い境内には楠木正成に関しての遺蹟が多くあります。
投稿日 2023年12月21日
総合評価:5.0
主祭神は楠木正成です。
境内は広く、入ってすぐ右に、楠木正成のお墓があり、周囲には大名などから寄進された立派な燈籠が並んでいます。とても厳かな雰囲気の場所でした。楠木正成を敬愛する水戸光圀が「嗚呼忠臣楠子之墓」と自ら書いて刻まれた墓碑があり、その裏には朱舜水の散文もあり、のちに、吉田松陰や新島譲、横井小楠らが墓碑の拓本を取り、座右の銘としたそうです。水戸光圀の像もあります。
また、境内には、港川の戦いで敗れ自刃した楠木正成をはじめ、一族が最後を迎えた場所が殉節の地として祀られていました。また、境内には、日本最古といわれるオリーブの樹もあります。本殿は神戸空襲で焼失した後に、昭和27年に再建されたものです。
天井の画がとても美しかったです。境内には、末社の楠本稲荷神社、天満神社もあります。宝物館もありますが、無期限で休館中です。- 旅行時期
- 2023年12月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 5.0
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投稿日 2023年12月23日
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湊川合戦で自刃した楠木正成や一族が自刃したといわれる場所が湊川神社の中に祀られています。
投稿日 2024年01月08日
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湊川神社の中にあります。楠木正成を敬愛していた徳川光圀により墓碑が建立されました。
投稿日 2024年01月08日
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投稿日 2024年01月10日
総合評価:5.0
湊川神社の境内に日本最古といわれるオリーブの樹があります。
力強い樹です。樹齢は約150年といわれ、明治11年にパリ万博で事務長官を務めた前田正名が持ち帰ったといわれているそうです。今も葉っぱも活き活きとしています。- 旅行時期
- 2023年12月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
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投稿日 2024年01月09日
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投稿日 2024年01月09日
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高田屋嘉兵衛や兵庫区、近隣の歴史についてボランティアの方が詳しく説明してくれました。
投稿日 2024年01月12日
総合評価:5.0
兵庫区の西出町にあります。私が訪問したときは、水曜日の13時から15時まで開館しており、電話で予約しました。ボランティアの方が資料のパンフレットなどを用意してくださり、高田屋嘉兵衛をはじめとする兵庫区に関わる人物や歴史を詳しく説明してくれました。建物の中にも写真や資料が展示されています。
近くには、高田屋嘉兵衛の本店跡の史蹟もあります。- 旅行時期
- 2023年12月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
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投稿日 2024年01月12日
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平清盛の甥の平経俊のお墓があり、古来より子供の守り神として信仰されています。
投稿日 2024年01月12日































































































































