hijunoさんのクチコミ(21ページ)全1,191件
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投稿日 2024年03月20日
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投稿日 2024年03月12日
総合評価:4.5
1884年に木像から鉄骨の灯台に作り替えられたもので、明治期の鉄骨灯台としては現存の最古のものだそうです。名前から、もともとは和田岬にあったものですが、1963年に灯台として使われなくなってからは須磨海浜公園に移されて保存されています。
灯台の歴史は古く、1867年にイギリスとの間の大阪条約で、5基の様式灯台の建設をすることになり、兵庫の開港のまえに1871年に完成したのが、この旧和田岬灯台です。
当時は木製でした。鉄製の灯台はイギリス人のブラントンによって設計されています。
高さは約15m、三層の六角形の灯台です。
赤い色の灯台はレトロでとても可愛い様子でした。
内部も去年は見学ができたようです。- 旅行時期
- 2024年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 見ごたえ:
- 4.5
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投稿日 2024年03月12日
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投稿日 2024年03月12日
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投稿日 2024年02月28日
総合評価:5.0
遊女塚のあるあたりは、古くから交通の要所で、港町として栄えた場所でした。
当時の遊女は、今様などの芸を宿泊客に披露するなどをしていたそうですが、法然上人が讃岐に流されるときに立ち寄ったこの地で、遊女に念仏を授け、法然上人に帰依し、懺悔した5人の遊女が川に身を投げて亡くなったという話が伝わっています。
地元の人々が、その遊女たちを葬り遊女塚を造ったといわれています。
墓碑には1692年に建立されたとあるので、法然上人とも関連がないようですが、なぜ、この遊女塚が建てられたのかは、よくわからないそうです。
1692年に造られた碑の裏側には、その5人の遊女の名前も刻まれていたそうですが、
その跡は今はないそうです。
公園の中に塚があり、綺麗に整えられて、お祀りされていました。
由緒を書いた石碑もあります。- 旅行時期
- 2024年02月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
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投稿日 2024年02月28日
総合評価:5.0
小さなパフェと抹茶を食べました。パフェは抹茶味のアイスクリームや白玉、小豆も入っており、甘さも控えめで食べやすかったです。抹茶も丁寧にいれられていて、美味しかったです。ショッピングモールの中にあり、買い物などに疲れてひと休みしたいときに、ぴったりでした。
- 旅行時期
- 2024年02月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 一人当たり予算
- 1,500円未満
- 利用形態
- その他
- アクセス:
- 5.0
- サービス:
- 5.0
- 料理・味:
- 5.0
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投稿日 2024年03月06日
総合評価:5.0
1966年創業の洋菓子やパンのお店です。
博物館が工場の4階にあって、約4000点に及ぶお菓子作りの道具や書籍などの蒐集があります。ヨーロッパを中心として、珍しい道具類やお菓子の入っていた缶なども貴重なものが多く、見ごたえのある博物館でした。
お菓子作りの好きな方も必見だとおもいます。
見学は要予約です。見学の前には詳しいパンフレットももらえます。
二階三階の工場の様子を窓から見学できることができます。- 旅行時期
- 2024年02月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 展示内容:
- 5.0
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投稿日 2024年03月06日
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投稿日 2024年03月07日
総合評価:4.0
和歌山に来たからには、、ということで、和歌山ラーメンを食べました。ラーメン南龍軒のラーメンで、豚骨醤油がベースの濃い味に麺が絡んでいます。小さなしらす丼もついたセットでした。しらすもたっぷり乗っていて美味しかったです。もうひとつは、坦々辛麺を注文しました。香辛料がアクセントのしっかりした味付けでした。
- 旅行時期
- 2024年03月
- 一人当たり予算
- 1,500円未満
- サービス:
- 4.0
- 雰囲気:
- 4.0
- 料理・味:
- 4.0
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投稿日 2024年03月06日
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投稿日 2024年03月07日
総合評価:5.0
和歌山の歴史資料、美術資料が豊富に展示されています。館内が広く,開放的な雰囲気です。
徳川家康が家臣に伝えたといわれる「かねのなる木」の掛け軸もあります。
徳川家康は三つの枝に大切な教を描き、左右の4本の合計8本の枝には細川忠興が書いたといわれています。
この11本の教を守る者は富を得て、末永く繁盛するだろう、、という徳川家康の教えが示されており、家臣にも守るように伝えたといわれています。
現代の生活の中でも簡単に守れそうで、実は守れないことばかりだと反省しました。
こちらの掛け軸は紀州藩主が家臣の三浦家に与えたものだそうです。
特別企画展では歴史を語る道具たちというテーマで、懐かしい道具が展示されていました。子供時代に使っていたような道具も沢山ありました。
子供も学習ができるような工夫があちこちにありました。(土器のパズルなど)- 旅行時期
- 2024年03月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 展示内容:
- 5.0
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投稿日 2024年03月05日
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投稿日 2024年03月05日
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藩主とお付きの人のみが通れる橋でした。庭園から大奥のあった西の丸に掛かる傾斜の橋です。
投稿日 2024年03月05日
総合評価:5.0
和歌山城内にあります。藩主とお付きの人のみが通れる橋で、長さは約27m、幅約3mで、庭園側から傾斜がある橋です。
平成18年に復元されました。
安全のためか、格子窓はありますが、外からは見えない構造になっています。
西の丸への橋ですが、西の丸はかつての大奥があったところです。
江戸時代後期に書かれた図面をもとに復元されたそうです。
橋の中は鋸歯(きょし)と呼ばれる小さな段差があり、ちょっと歩きにくいですが(見学者は靴を脱いで渡ります)、当時、草履を履いて渡っていたお殿様やお付きの人にとっては滑りにくく歩きやすい構造だったのだとおもいました。
復元の際の発掘調査で、橋の根元が腐らないように水面下を掘り、穴をつくり、そこに礎石を敷き、木桶のような物で囲み、橋の脚部分と板の間に粘土や砂礫で固めて、橋を支える脚の部分が腐らないような工夫がされていたようです。
庭園からもその美しい橋の様子をうかがえました。- 旅行時期
- 2024年03月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 見ごたえ:
- 5.0
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1階には観光案内、おみやげ物コーナー、2階は歴史展示室があります。
投稿日 2024年03月05日
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投稿日 2024年03月05日
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投稿日 2024年03月07日
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投稿日 2024年03月04日
総合評価:4.5
1585年に豊臣秀吉の弟の秀長が岡山(虎伏山)に築城し、1600年関ヶ原の戦い後は浅井幸長が城主となり、連立式の天守を造るなど整備をしています。その後徳川頼宣が城主に、徳川御三家のひとつの紀州徳川家となっています。
天守閣をはじめ、紅葉渓庭園と呼ばれる西の丸庭園、御橋廊下など見どころが沢山あります。石垣も城主が変わるごとに積み方も変わったそうで、それぞれ特徴があります。
天守閣には郷土資料館になっていて、徳川家の家宝などの資料の展示がありました。
天守閣の最上階からの風景も素晴らしいです。
大手門から入ってすぐに目に入った虎伏像の虎がとても可愛かったです。和歌山城の建つ山は海から見ると虎が伏しているように見えることから虎伏竹垣城ともいわれるそうです。大正12年の初代のものは第二次世界大戦の金属供出でなくなり、現在のものは昭和34年のものです。とても愛らしいオブジェです。- 旅行時期
- 2024年03月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 4.5
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和歌山城を中心とした公園で、天守閣、庭園、御橋廊下、動物園も敷地内にあります。
投稿日 2024年03月05日
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翼を広げた鳥形の埴輪などの珍しい埴輪の出土品が展示されています。
投稿日 2024年03月04日
総合評価:4.0
1階には、古墳を移築したものや民俗資料が展示しています。2階では、近くの岩橋千塚古墳群から出土した「翼を広げた鳥形埴輪」や「両面人物埴輪」「力士」など珍しい埴輪が展示されていました。古墳群が点在している紀伊風土記の丘を併せて見学すると、より理解しやすいと思いました。
また、資料館の前に展示してあった古墳時代のクスノキの大きさに驚きました。- 旅行時期
- 2024年03月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 展示内容:
- 4.0
































































































































































