hijunoさんのクチコミ(22ページ)全1,191件
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古墳群や移築された民家、万葉の植物園などもある広い史跡公園です。
投稿日 2024年03月04日
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投稿日 2024年03月06日
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いろんな種類のお漬物があります。すぐきのお漬物も美味しかったです♪♪
投稿日 2024年03月06日
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投稿日 2024年03月06日
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投稿日 2024年03月06日
総合評価:5.0
もと文房具のお店を改修したカフェで、天井も高く、どこをみても、おしゃれで落ち着く空間でした。子供が遊べるスペースもあり、子供連れでも楽しめる環境でした。
ケーキのタルトもフルーツがとてもきれいです。外にもテーブルがあり、お天気の良い日などは外でも楽しめます。- 旅行時期
- 2024年03月
- 一人当たり予算
- 1,000円未満
- サービス:
- 5.0
- 雰囲気:
- 5.0
- 料理・味:
- 5.0
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投稿日 2024年03月06日
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投稿日 2024年02月19日
総合評価:5.0
一ノ谷の古戦場の近くに平敦盛塚があります。
首塚は須磨寺の境内の中にもありますが、こちらは胴塚と呼ばれています。平敦盛は平清盛の甥にあたる人物で、笛の名手としても知られていますが、一ノ谷の合戦で、熊谷次郎直実によって討ち取られます。その後、熊谷次郎直実は、16歳であった敦盛が自分の子供と同じような年頃であったこともあり、討ち取ったことを苦悩し、無常を感じ、出家をするきっかけにもなりました。
北条貞時が平家一門の供養をするために建立し、「あつめ塚」といわれていたものが、「あつもり塚」といわれるようになったという説もあります。
以前は子供の病気平癒の神様としても信仰されていた時期もあります。
お礼参りに、敦盛愛用していた青葉の笛になぞらえたものを奉納していたそうです。
高さが3m以上もある大きな五輪塔です。
形式などから安土桃山時代の頃のものと言われています。- 旅行時期
- 2024年02月
- 利用した際の同行者
- その他
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敦盛塚のそばにあるお蕎麦やさん♪♪ 平敦盛や、平家の資料も展示していました。
投稿日 2024年02月19日
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投稿日 2024年02月21日
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まわる喫茶店 回転レストランが懐かしく、風景も美しいです。レトロな乗り物 カーレーターも楽しいです。
投稿日 2024年02月21日
総合評価:5.0
山陽電鉄の須磨浦公園駅から直結しているロープウェイに乗り、その後、カーレーターという乗り物にのって、山上の施設に行きました。ロープウェイからは神戸港も見渡せ、景色を楽しめます。カーレーターもとてもレトロな乗り物で、タモリさんんもプラタモリで乗っていたのか、写真が見えました。その後、施設の回転レストランで休憩しましたが、山上からの海を中心とした景色が美しかったです。訪れたときは、あいにくお天気がいまいちでしがが、人も少なく、ゆったりと休めました。レストランがあり、ランチもできます。子供も遊べるコーナーも階下もあります。また、園内にはちびっこ広場もあり、サイクルモノレールやミニカーランドなどもあります。バーベキューも楽しめるようです。桜の季節にもにぎわうそうで、多くの桜の樹もありました。ツツジやフジなど季節の花々も楽しめるそうです。訪れたときは、梅の花が綺麗でした。
ロープウェイやカーレーター、観光リフトなどのセットのチケットも購入できて、便利です。- 旅行時期
- 2024年02月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 5.0
- コストパフォーマンス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 施設の快適度:
- 5.0
- アトラクションの充実度:
- 4.0
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桜の名所として、また源平合戦 一ノ谷の戦いのあったあたりの場所です。
投稿日 2024年02月21日
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投稿日 2024年02月21日
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投稿日 2024年03月01日
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平安中期に活躍した仏師 定朝らの一族や子弟らの居住地であり、仏師として彫刻を行った場所です。
投稿日 2024年03月01日
総合評価:4.0
平安中期に仏師として活躍した定朝が一族とまた子弟らと暮らした居住地でもあり、また仏師として彫刻を行った仕事場でもあった場所です。
定朝は平等院阿弥陀堂の本尊 阿弥陀如来像の製作者として有名ですが、和様の仏師として仏師の社会向上に努めるなどしています。
仏師の祖といわれる人物です。
その後、鎌倉時代になると、運慶、湛慶、快慶など有名な仏師が活躍しています。
室町時代には衰退がはじまり、建物も移転するなどしたようですが、兵乱の火災などでその遺構は焼失してしまいます。
いまは、小さな庭のような場所に駒札が建っています。- 旅行時期
- 2024年02月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
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投稿日 2024年03月01日
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投稿日 2024年03月01日
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投稿日 2024年03月01日
平清盛終焉推定地 高倉天皇誕生地 (平盛国邸跡推定地) 京都駅周辺
総合評価:4.0
小さな石碑と説明板がありました。
平清盛は1181年に亡くなりますが、この地が推定とされるようです。平盛国は清盛の側近でした。
平氏打倒の挙兵が始まったころに、平清盛は亡くなります。
と、同時に高倉天皇の誕生の地ともなっています。
高倉天皇が誕生したのも、この平盛国亭といわれます。安徳天皇は清盛の娘建礼門院徳子を高倉天皇に嫁がせ、安徳天皇が誕生していいます。
最近では平清盛の終焉については、いろんな説があるようです。- 旅行時期
- 2024年02月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
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かつては広大なお寺で、近くの蓮華王院三十三間堂もその一部でした。長谷川町子、赤穂義士ゆかりのお寺です。
投稿日 2024年02月17日
総合評価:5.0
創建は988年で、藤原為光が開基です。985年に亡くなった妻、相次いで亡くなった娘の藤原忯子の菩提を弔うためでした。藤原忯子は花山天皇の女御でした。その後後白河上皇が法住寺を中心として、この土地に法住寺殿を造り、御院所としています。
本尊は身代わり不動尊で、赤穂義士の大石内蔵助も住んでいた山科から花街までの途中にあるこのお寺に、参拝し、討ち入りの成功を祈念していたそうです。こちらには、赤穂義士47士の木像が安置されています。義士会法要も行われています。
かつては蓮華王院三十三間堂もその敷地の中にあったほど、広大な敷地を持つお寺だったようですが、その後は、木曽義仲の焼き討ちにあい焼失し、法住寺と隣接している後白河上皇法成寺陵を守るお寺として存続することになったそうです。
またサザエさんの作者の長谷川町子の菩提寺でもあります。
平家物語ゆかりの地の旅の際に、この土地を非常に気に入り、亡くなったあと、法住寺に分骨されています。
親鸞聖人の自作の座像があり、伝説のそば喰いの木像と言われ、安置されています。- 旅行時期
- 2024年02月
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投稿日 2024年02月26日
総合評価:5.0
後白河上皇は出家し、後白河法皇となり、法住寺を中心として、法住寺殿と呼ばれた広大な土地に御所を築き院政を行っています。のちに平清盛とも対立し、1192年に波乱の一生を終えますが、その陵がかつての法成寺殿内に築かれて、法住持がその陵を守ってきました。
明治以降は宮内庁の管轄になっています。法住寺横の参道を通って、拝所まで入ることができます。(土、日、祝日は入れないそうです)。法住寺のHPで紹介されていた法住寺創建当時の「桐の井」といわれる井戸が残されています。
法住寺の建物の中からも陵を臨むことができました。- 旅行時期
- 2024年02月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 見ごたえ:
- 5.0
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投稿日 2024年02月16日
総合評価:5.0
京都観光で歩き疲れ、休みました。1度目に行った時は、冷たい抹茶と素朴で、可愛い和菓子で疲れがとれました。
暖かい日だったので、外の席でゆっくり休みました。店内にも席があります。
2度目は寒い日で、温かい抹茶と和菓子を楽しみました。
創業も古く、方広寺や豊国神社にも近いです。むかしは、方広寺の大仏詣などでにぎわっていたころにすでにお茶屋さんとして営業されていたそうです。
外国人観光客のための和菓子作り教室も開催されています。
ひな祭りのお菓子や和菓子の種類も多いです。
季節の和菓子もお土産に買いましたが、春らしい可愛い和菓子で、甘さも控えめで、
素朴な味わいがありました。- 旅行時期
- 2024年02月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 一人当たり予算
- 1,500円未満
- 利用形態
- その他
- サービス:
- 5.0
- 雰囲気:
- 5.0
- 料理・味:
- 5.0
- 観光客向け度:
- 5.0


































































































































































