2025/05/20 - 2025/05/20
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kojikojiさん
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今回のクルーズで最後の終日航海日の夜が更ける中、部屋でモヒートを飲みながら翌日の「ル・アーブル/Le Havre」について考えます。この港町を初めて知ったのは学生時代に知ったアドルフ・ムーロン・カッサンドル (Adolphe Mouron Cassandre)の「ノルマンディ号」のポスターの下に書かれたル・アーブル=サウザンプトン=ニューヨークという航路の港の名前からでした。その後に印象派の絵画に傾注していた際、印象派という名前の元となったクロード・モネの「印象・日の出/Impression, soleil levant」という作品も「ル・アーブル」で描かれたと知っていました。翌朝は絶対に早く起きて、朝日の中に港に入るシーンを見なければと思いました。そして満を持しての翌朝に「スカイ・デッキ」に上がって太陽が昇るのを待ちます。こんな有名な場所の入港シーンですが、屋上には誰の姿もありませんでした。モネの絵画がどの位置から眺めたのかは分かりませんでしたが、美しい日の出を見ることは出来ました。観無量でしたが、この日はまだ問題がありました。午後のエクスカーションで郊外へ行くツアーは申し込んでいましたが、午前中に「ル・アーブル」の街へ行く方法が分からずにいました。見たところ町中まではかなり離れており、町のシャトルバスも船のシャトルバスもありません。どうしても行きたかったのが「マルロー美術館/MuMa Musée d'art moderne André Malraux」ですが、歩けるだろうかと心配になります。朝食を済ませて午前8時には船を降りました。タクシースタンドには車は並んでいても長距離の1日予約でないと乗せてもらえないようでした。仕方ないのでぶらぶら歩くことにしましたが、よく妻が文句も言わずに歩いてと思います。前々日のカシミアショールが効いたのかもせれません。「ル・アーブル」の街は第2次世界大戦時のドイツ軍の爆撃で壊滅的に破壊され、再開発された街並みは「オーギュスト・ペレによって再建された都市ル・アーヴル」としてユネスコの世界遺産に登録されています。誰も歩いていないその街並みを2人で歩き、向かったのは富士山のような形をした「ヴォルカン/Le Volcan」、「聖ヨセフ教会/Église Saint-Joseph」です。偶然申し込んだエクスカーションが午前中がソルドアウトだったので時間が出来たわけでしたが、この街歩きはとても素晴らしいものでした。ただ、3週間予約したグローバルWi-Fiがイギリスだけだったのでフランスで使えなかったのは不便でした。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 50万円 - 100万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 観光バス 船 タクシー ヒッチハイク 徒歩
- 航空会社
- ANA
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
ルームサービスで届けてもらったモヒートを飲みながら下船に備えて荷造りを進めます。早いもので13日間のクルーズも残り2日です。
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英仏海峡を西へ航行しながらバルコニーから空を見上げます。月が輝いていたので明日の天気も大丈夫だと確信します。
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夜明け前に起きて身支度を済ませて「スカイ・デッキ」に上がります。カメラのレンズを手に持って外気に馴染ませておかないと温度差でレンズが結露してしまいます。
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ちょうど太陽の昇る前に港へと滑り込んでいきます。
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「ノース・ダイク灯台/Phare de la digue Nord」は1904年に建造されました。高さ15メートルで5秒ごとに赤色の閃光を発し、その到達範囲は21海里だそうです。この灯台は港に出入りする船舶の航行を誘導し、夜間でもその姿が確認できます。1944年の「アストニア作戦」ではこの灯台は被害を受けなかったようです。
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この時間に「スカイ・デッキ」にいた乗客は皆無で、デッキを清掃する数人のスタッフがいただけでした。
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まだ町は完全に寝静まっているようです。「港湾長事務所/Capitainerie HAROPA PORT」だけは緑のシグナルを送っているので稼動しているようです。
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TBSの世界遺産の番組で「ル・アーブル/Le Havre」の町が世界遺産になっていることは知っていましたが、この教会のことはすっかり忘れていました。
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午前中に行きたいと思っていた「マルロー美術館/MuMa Musée d'art moderne André Malraux」の建物も確認できました。
マルロー美術館 博物館・美術館・ギャラリー
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薄明りの中にカラフルなコンテナを積み上げたオブジェも見えます。
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「ル・アーブル」の町は第2次世界大戦時にドイツ軍に占領されていましたが、奪還するための連合軍の攻撃で壊滅的な被害を受けています。戦後にオーギュスト・ペレ(Auguste Perret)の計画で復興されています。その一連の建築の中の教会だということが分かり、頭の中で計画を練り直します。
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この時間に「ル・アーブル」の港の夜明けを見たかったのは1枚の絵画の存在がありました。それはパリに行った際に行った「マルモッタン美術館」美術館に収蔵されているモネの「印象・日の出」です。
マルモッタン美術館:https://4travel.jp/travelogue/10622848 -
クロード・モネが1872年に描いた絵画で、印象派の名前の由来となる美術史上、重要な意味を持つ作品です。モネはこの作品に関して「ル・アーヴルで部屋の窓から描いた作品で、霧の中の太陽と、そそり立つ何本かのマストを前景に描いた」と述べています。
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この作品が初めて展示されたのは1874年の印象派展で、その展覧会のカタログの責任者であったエドモン・ルノワールから作品のタイトルを求められた時のことをモネは次のように説明しています。「これに『ル・アーヴルの眺め』という題をつけることはできなかった。そこで『印象』としてほしいと言った。」
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評論家のルイ・ルロワはこの作品の題を見て、自身が担当する風刺新聞「ル・シャリヴァリ」紙のレビュー記事において、この展覧会を軽蔑の念と悪意をこめて「印象主義の展覧会」と評しました。この命名が後に定着したため、彼は意図せずに「印象派」の名付け親になりました。
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ほんの数分だけ魔法のようにモネの描いた風景のような時間がありましたが、数分で魔法は解けてしまいました。
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この絵に描かれた実際のル・アーヴル港は第2次世界大戦の爆撃で失われてしまっています。
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自分の中のモネ・ミッションが終わってしまうと今度はどこに停泊するかが問題になってきます。この日のエクスカーションは当初午前中を考えていましたが、午後からの枠しか空いていなかったので、午前中は「マルロー美術館」にだけは行きたいと思っていました。
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ところが世界遺産の町並みとこの「聖ヨセフ教会/Église Saint-Joseph」にも行かなければならないと思えてきます。そして「ル・ヴォルカン/Le Volcan」という富士山のような形の劇場も気になります。
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ところが町中へのシャトルバスは無く、大型のバンタイプのタクシーが数台並んでいるだけです。自分の経験からこういった場合近距離はタクシーに乗せてもらえないことが考えられます。歩けない距離ではなさそうですが、妻が嫌がるであろうことは目に見えています。
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部屋に戻って準備をして「ホライゾン・コート」で朝食をいただきます。クルーズも最後になったためか、この日の乗客の出足は鈍いようで空いていました。
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ほとんど固定メニューになってしまった中華粥にサラダとスモークサーモンと鯖です。
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午前8時にはギャングウェイから下船します。
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エクスカーションツアーもまだ出発する前なので空いています。ここからパリを往復するツアーもあるようですが、移動時間だけで勿体ないですし、ものすごく高い値段設定でした。
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今回の旅の初めてのフランス上陸です。2023年にスイスの「バーゼル」から「コルマール」「リクヴィル」「ストラスブール」のクリスマスマーケットを巡った時以来のフランスです。
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クルーズターミナルには小さな土産物屋が1軒あるだけで、観光案内はおろか地図すらもありませんでした。タクシー乗り場にいた人が交渉しているのを聞くと、思った通り1日チャーターするか近隣の町を巡るツアーでないと乗れないようでした。妻も気が付いていたようで、町まで歩いて行くことにします。
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「ル・アーブル/Le Havre」というとこのアドルフ・ムーロン・カッサンドル (Adolphe Mouron Cassandre)の「ノルマンディ号」のポスターも思い出されます。「ル・アーブル」と「サウザンプトン」と「ニューヨーク」を結ぶ航路で活躍しました。
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直線距離だと町はかなり近いのですが、建設途中のクルーズターミナルや小さな水路を幾つも越えていかなければなりません。
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街とは全く反対の方角を追歩いています。それとここで1つ問題が発生します。今回の旅ではグローバルWi-Fiのルーターを持って来ていますが、契約が22日間イギリスだけだったのでフランスでは使えないということです。アイルランドでは使えたのですが…。
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ということで下船時に見た地図だけが頼りになりました。
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15分でこの辺りまで歩いてこれたので、コンテナのオブジェまでは30分でたどり着けそうだと分かります。
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オーギュスト・ペレの計画した街並みも見えてきました。
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広い芝生の向こうにカラフルなコンテナのオブジェが見えてきました。
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この「カテーヌ・ド・コンテナ/Catène de containers」はヴィンセント・ガニヴェ/(Vincent Ganivet)という彫刻家の作品です。コンテナはそれぞれパーツでつなぎ合わされているので接着や溶接はされていないようです。コンテナ2つの異なるアーチに積み重ねられ、長さ40メートル、高さ13メートルの15個のコンテナで構成される小さいアーチと高さ29メートルの大きいアーチが組み合わされています。
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第2次世界大戦の「アストニア作戦」では連合軍の2隻の軍艦は港を守る海岸砲台と交戦し、イギリス空軍の爆撃機は2つの師団が攻撃を行なう前に約5,000トンの爆弾を投下しました。攻撃は2段階に分けられ、第1段階はドイツ軍の防御陣地を突破しさらに攻撃を可能にすること、第2段階は攻撃部隊が市街地を占領するというものでした。
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ル・アーヴル港はわずかな軍の死傷者で首尾よく占領されましたが民間の被害は甚大で、艦砲射撃と空爆により350隻の船舶と埠頭18キロ、15,000の建造物が破壊され、ル・アーヴル港の物資供給に果たす機能は著しく損なわれました。
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オーギュスト・ペレ(Auguste Perret)はフランスの建築家で、鉄筋コンクリート造という新しい技術により芸術的な表現を追求し、「コンクリートの父」と呼ばれます。
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8万人の市民が住居を失った「ル・アーヴル」の再建に中心的な役割を担い、プレファブリケーション(プレハブ工法)の効果的な利用、モデュール(寸法基準)の機能的な活用、コンクリート構造の革新的な使用を評価され、世界遺産に登録され、さらに建築単体のみならず都市計画においても高い評価を得ています。
ノートルダム聖堂 寺院・教会
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「ノートルダム大聖堂/Le Havre Cathedral」の前を通過しました。この大聖堂は第2次世界大戦の荒廃を生き延びた「ル・アーブル」中心部の数少ない建物の中で最も古いものです。
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午前9時前の町は静まり返っていましたが、唯一八百屋さんだけが店を開いていました。
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世界遺産の整然とした街並みでも人の姿が見えないとちょっと不気味に感じてしまいます。
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シャッターのイラストの蛇の巻き付いた杯はヒュギエイアの杯(Bowl of Hygieia)と呼ばれるもので、ギリシャ神話に登場する名医アスクレピオスの娘のヒュギエイアが持っていた杯です。蛇が杖に巻き付いた医学のシンボル「アスクレピオスの杖」と並び、薬学のシンボルとして世界的に広く用いられています。
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ピロティ(Pilotis)とは柱列のことを指しますが、フランスの建築家のル・コルビュジエ(Le Corbusier)は建築物自体で都市をつくることを提案し、建築物をもち上げ、そこにできる吹放ちの空間を利用しようと試みました。現在ではその吹放ちの空間を指すことが多いです。
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1926年にル・コルビュジエとピエール・ジャンヌレが提唱した近代建築の五原則「ピロティ・屋上庭園・自由な平面・自由な立面・連続水平窓」の1つとして取り上げられました。
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「ル・アーブル」の町の再建が1945年から1954年に架けてなのでオーギュスト・ペレはル・コルビュジエの提唱した都市計画をここに作り上げたのかもしれません。
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ポルチコ(Portico)は柱列として拡がるポーチであり、柱で支えられるか壁で囲まれた歩道上に屋根がある構造です。この概念は古代ギリシャで生まれたものですが20世紀の中ごろの町並みに美しく取り込まれています。
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「ル・ヴォルカン/Le Volcan」までやってきました。こんな町の中心部までやってきても人の姿はほとんどありません。白いコンクリートで覆われた街中の「火山」は、ブラジル人の建築家オスカー・ニーマイヤー(Oscar Ribeiro de Almeida de Niemeyer Soares)の作品で劇場と映画館です。
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彼は1960年に首都移転したブラジリアの国会議事堂や外務省、カテドラルなどの主要建築物の設計を行っていますが、若い頃に勤務していたブラジルの設計事務所が顧問として招いたル・コルビュジエと知り合い、後に渡仏してル・コルビュジエの事務所でも働いています。ニューヨークの国連本部ビルもル・コルビュジエと共に基本設計を担当しています。
ル ヴォルカン 劇場・ホール・ショー
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「ジェネラル・ド・ゴール広場」にも「戦争記念碑/Monuments aux morts」がありました。記念碑ははためく8本のフランス国旗に囲まれています。
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第2次世界大戦で命を落としたすべての市民への追悼碑ですが、彫刻家ピエール=マリー・ポワソン(Pierre-Marie Poisson)が1924年にこの彫刻群を制作したのは、第1次世界大戦で亡くなったフランス市民を追悼するためでした。
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今回の旅はちょうど5月のゴールデンウィークの最後にスタートしたこともあり、1945年5月7日にドイツはフランスのランスで西側連合国に、そして5月9日にはベルリンでソ連軍に無条件降伏した終戦記念日のタイミングでもありました。そのため各地で戦争記念碑に花が捧げられているのを目にしました。
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記念碑の横にはウジェーヌ・ブーダン(Eugene Budin)についての案内板がありました。ブーダンの描いた「ル・アーブルの商業埠頭の夕暮れ」という作品がここからの眺めだということです。
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そしてモネの「印象・日の出」もブーダンの20年前に同じ場所で描かれたと説明がありましたが違うように思えました。ブーダンの絵の中にも太陽が描かれていますが、この写真のように太陽が見えるのは朝でした。
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再び大通りを渡って「ル・ヴォルカン」側に戻ります。平日の午前9時前でもこのくらいの静けさです。
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富士宮市の「静岡県富士山世界遺産センター」よりも富士山ぽいです。
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「ル・ヴォルカン」の辺りは空間の広がりがあり、オーギュスト・ペレのコンクリートの住宅の外観を引いた位置から眺められます。手摺りも窓の間のパネルもすべてコンクリート一体になっています。個別の住宅の手摺りも共通のデザインです。窓枠は共通のアルミサッシが使われています。これは全館んでリニュアルしたのではないでしょうか?
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ここまでずっと外観だけを見ていましたが、エントランスが見えるところを通りがかりました。壁面と天井のイエローはオリジナルではないと思いますが、当時の雰囲気も感じられます。
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エレベーターもあるようなので、現在も済みやすいのではないだろうかと思えます。世界遺産の建築に住めるという幸せも付いています。
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「中央市場/Les Halles Centrales」の中も通ってみました。 1951 年からの屋根付き市場で、楕円形の屋根と大きな窓からは自然光がたっぷりと入ります。一昨日はまでぃんとんでしたが、今日はプーと記念写真です。
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デリカテッセンや果物屋の店先には美味しそうなものも並び、奥には大きなスーパーもありましたが、船に持ち込めないものばかりなので買い物は出来ません。スーパーならエシレ(Echire)のバターも安く買えるはずですが…。
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ようやく「聖ヨセフ教会/Église Saint-Joseph」にたどり着きました。太陽の当たっている東面は教会の裏側ですが、高専の具合が一番きれいなので写真を撮っておきます。
聖ヨゼフ教会 寺院・教会
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この近代建築の代表的なモニュメントである「船員」の教会は、1944年に破壊された都市の再生を象徴しています。高さ107メートルの頂上から再建された地区を見守るランタンタワーは沖合数十キロから見える灯台であると同時に、「失踪者を追悼する石碑」でもあります。
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第2次世界大戦中の1944年9月5日から11日にかけての激しい爆撃作戦でル・アーブル市が破壊され約5,000人が亡くなっています。物的被害はフランスで最も荒廃した大都市であり、近所にあった旧サン・ジョゼフ教会も破壊を免れませんでした。1951年に鉄筋コンクリートのパイオニアであった建築家オーギュスト・ペレによって再建されました。
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20世紀建築の象徴であるこの教会は1965年10月に歴史的建造物に指定され、2005年に世界遺産に登録された「オーギュスト・ペレによって再建された都市」の注目すべき要素の1つとして特定されています。
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ランタンタワーとは主に宗教的な建物の塔で、光が建物に入る開口部があるために「ランタン」と呼ばれます。ロマネスク建築の時代の教会の特徴であり、フランスのノルマンディーとイギリスのゴシック建築の時代の特徴でもあります。
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午前9時には扉が開いていたので内部を見学せていただきます。外壁は躯体をコンクリートで打設して、出来た開口部には小石を混ぜて洗い出ししたコンクリートパネルが嵌め込まれているようです。
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唯一の木製で出来ているのが人の手が触れられる扉でした。ナラ材のような木目の扉にはリベットで枠が固定され、船の船体を連想させます。
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中に入ると息をのむような空間が広がります。最初は暗いので目が慣れるにつれてその凄みが増してきます。
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「殉教した都市をヨーロッパで最も美しい都市の1つ」にするために、国際的に有名な建築家オーギュスト・ペレに委託された野心的な再建プロジェクトの中の1つとしてこの教会は再建されました。
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ペレが設計した計画は1926年にパリの「サント・ジャンヌ・ダルク大聖堂」に提案した計画に基づいていました。特に身廊と聖歌隊として機能する巨大な鐘楼をベースに置くというアイデアが見られます。
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教会が完成すると「サンジョセフ教会」は再建された市内中心部全体の建築群と同様に住民から満場一致で評価されませんでした。長い間「ル・アーブル」の人々は結婚式には伝統的な「サンヴァンサン教会」を好んだようです。
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当時施行されていた戒律に従ってペレは装飾品を望んでいませんでした。教会には塗装などの仕上げは無く、コンクリートの素地の粗さがすべて残っています。ペレにとって美学は装飾芸術なしで行う必要があり、建物はそれだけで十分でなければなりませんでした。本質的に装飾的な要素は破壊を生き延びた古い教会にあった2つの彫像だけです。そしてマルグリット・ウレ(Marguerite Huré)によるステンドグラスの窓は教会の建築と切り離すことができません。
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宗教的なステンドグラスの抽象化が第2次世界大戦の余波で発展したとすれば、ウレは先駆的な役割を果たしました。彼女は徐々に伝統的な図像を放棄して色のみを頼りました。
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1952年から1957年にかけて造られた12,768枚の色ガラスで構成されたステンドグラスの窓はアンティークガラスでできています。そのガラスを通した優しい光線が床に美しい模様を見せてくれます。
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船上のデッキからの町の眺めの中から見つけた「聖ヨセフ教会」でしたが、これほどのコンクリート建築が世の中にあるとは知りませんでした。まだまだ学ばなければならないことがたくさんあると感じます。
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ランタンタワーの上まで上がってみたい気持ちもありますが、小さな螺旋階段をぐるぐる昇らなければならないと思うと気持ちは薄れます。
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主祭壇には聖像などは一切置かれず大きなアンカーが置かれ、「希望の錨」と書かれてあります。港町の「ル・アーブル」には欠かせない教会なのだなと感じます。
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古い教会に由来する2体の聖像以外では巨大なシャコガイをそのまま利用した聖水盤が異質に思えました。
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地元の人が数人いた以外ではクルーズ船からの乗客の姿はありませんでした。ほとんど貸し切りのような状態で見学できたのはとても良かったです。
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「聖ヨセフ教会」の見学を終えて、本来の目的だった「マルロー美術館/MuMa Musée d'art moderne André Malraux」に向かいます。
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イタリア人にとって懐かしい名前のクルマが2023年にフィアットが欧州で発表した小型のシティーコミューターEVの「トポリーノ/Topolino」です。イタリアでは原付二輪免許で14歳から運転が可能です。
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「トポリーノ/Topolino」とはイタリア語で“小ネズミ”を意味します。この名前は1936年にデビューしたフィアットの小型車にも使用されていました。正式名は「500(チンクエチェント)」といい、映画「グランブルー」でエンゾ―京大が乗っていた車です。
https://www.youtube.com/watch?v=7W07WMGA5y4 -
街の一番西にあるロット・ハーバー迄出ました。この時間帯は干潮なようです。
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小さな湾内をおもちゃのような小船が航行していきます。
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フランスの大統領だったジャック・シラクの名前を冠した広場もコンクリート打ち放ちです。置かれたベンチもシンプルで美しいです。
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もっと大股でスタスタ歩いてください。道路交通法違反ですよ。
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夜明け前にこの灯台の間を入港してきたのだと分かります。
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元々は要塞で会ったのだろうということは古いコンクリートからも分かります。
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1944年の爆撃を越えてきた要塞に敬意を感じます。
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「私の水の灯台/Mon Phare D’eau」は何を意味するのでしょう?
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「港湾長事務所/Capitainerie HAROPA PORT」のタワーが見えてきました。塔には「ローろっぱへの玄関口、ル・アーブル」と書かれてあります。
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ようやく「マルロー美術館/MuMa Musée d'art moderne André Malraux」にたどり着きました。
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「シグナル/Le Signal」という彫刻はアンリ・ジョルジュ・アダム(Henri-Georges Adam)の作品です。
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脇にある入り口に着きましたが開館は午前11時なのでまだ30分ほどあります。仕方ないので一番前に並んで開館を待つことにします。
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