2025/05/08 - 2025/05/08
6位(同エリア38件中)
kojikojiさん
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この旅行記のスケジュール
2025/05/08
この旅行記スケジュールを元に
「市立博物館/City Museum」の見学を終えた後はお昼に何を食べようかということになります。通りにはテラス席の並ぶパブやレストランもたくさんありましたが、妻が食べたいと言ったのはなんとタイ料理店でした。イギリスに来て最初のランチがタイ料理と思いましたが、とても美味しい店でした。店のマネージャーのタイ女性はとてもフレンドリーで、食事の後はタイ各地について楽しいお話が出来ました。この旅で出会ったイギリス人の人たちは誰もがフレンドリーで楽しい思い出になりましたが、彼女もイギリスで幸せに暮らしているのだろうなと思えました。食事の後はすぐ近くにある「ウィンチェスター大聖堂/Winchester Cathedral」に見学に移ります。これまで何度かロンドンへは来ていましたが、大聖堂へ入るのは初めてでした。ロンドンでは寄付で見学できる博物館や美術館ばかりで、かなり高額な入場料が設定されている教会へは足を踏み入れていませんでした。今回はクルーズの前ということもあって太っ腹だったのかもしれませんが、13ポンドとそれほど高くもありませんでした。ウィンチェスターの町はアングロサクソン時代にイングランドの首都であったこともあり、巨大な大聖堂の内陣に入るとその迫力に圧倒されます。また見どころが多くて見学時間も2時間ほどかかりましたが、新しく知ることもあり、とても勉強にもなりました。大聖堂に付属する博物館も小さいながら学ぶものが多かったです。その後は「ウインチェスター・シティ・ミル/Winchester City Mill」に行ってみましたが、門が閉まっていて見学できませんでした。「アルフレッド大王の像/King Alfred the Great Statue」を見てからは「アビー・ガーデンズ/Abbey Gardens」で日向ぼっこをして時間を潰します。午後5時過ぎに「The Chesil Rectory」という古いレストランに飛び込みで入ってみましたが、予約が無いとこの時間帯は満席で午後8時なら席が作れるという調整していただいたのですが、その時間にはサウザンプトンに戻らなければなりません。店のパンフレットとカードだけいただいて店を後にしました。この店の女性のマネージャーもとても親切でした。駅に戻りながら美味しそうなキッチンの見える「Shoal」というフィッシュ&チップスの店に入ってみます。ここでNorth Strantic CodとLine Caught Haddockという2種類の魚フライを食べ比べましたが、大西洋のタラも美味しかったですが、シェトランド諸島のハドックというタラはめちゃくちゃおいしかったです。妻は大西洋の方がよかったようなので、個人的にも差が出るものなのだなと初めて知りました。美味しいビールも飲んでお腹もいっぱいになったので駅までぶらぶら散歩しながら戻り、買ってあった予定の列車に乗ってサウザンプトンまで戻りました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 50万円 - 100万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 観光バス 船 タクシー ヒッチハイク 徒歩
- 航空会社
- ANA
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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午前中に「ウィンチェスター大聖堂/Winchester Cathedral」の前までは行きましたが、見学は午後にしてお昼を食べることにします。妻の希望はこのタイ料理のレストランでした。
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店名の「Giggling Squid」、笑うイカというのにも惹かれました。タイ料理の店とは思えない可愛らしいインテリアです。懐かしい「Chang」ビールで乾杯します。タイ語でチャーンは象という意味です。
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妻とは何度もタイを旅していて、特に北部のチェンライからチェンマイなどを2週間かけて周った旅は面白いことの連続でした。空路で入国して1カ月あった滞在期間が、一度陸路でミャンマーを往復して2週間に減ってしまい、出国時はぎりぎりだったり。獅子のマークの「Singha」シンハビール工場のレストランにも行きました。
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店の名前が「笑うイカ」ですからイカフライを注文してみました。甘いチリソースのナムチムガイを付けていただきますが本格的で美味しいです。
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パッタイも本格的で美味しいです。マレー半島をシンガポールからバンコックまでエビとカニを食べながら2週間で巡った旅がタイへ行った旅が最後で、もう11年も前のことになります。
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チャーハンのカオパットを食べて、食後にカプチーノを飲んでいると店のマネージャーらしいタイ女性が席まで来て、いろいろ話しかけられました。その笑顔からもイギリスに住みながら幸せなのだろうなと感じました。移民の排斥などがニュースで聞かれることもありますが、ウインチェスターは住みやすい町なのでしょう。
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メインストリートはチューダー様式のハーフティンバーと呼ばれる木組みの美しい建物が数多く遺されています。木材をフレームとして使用し、間をレンガや石で埋め、これにより白い壁に黒や茶色の木材のパターンが特徴的な外観を作り出します。
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都市の家は道路に面する横幅が法律によって決められていたので、細長いうなぎの寝床のようなつくりでした。2階を増築する際に人々は下の階よりも上階が道路にせり出した構造を採用し、なるべくスペースを取れるように法律の範囲内で工夫していました。このせり出した梁のことを「ジェティ(Jetty)」と呼びます。
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「ウィンチェスター大聖堂 /Winchester Cathedral」の正式名称は「聖なる三位一体、聖ペトロ、聖パウロと聖スウィザンの主教座大聖堂」という長い名前だと知りました。
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正面から見るとさほど巨大な印象は持ちませんが、奥に長いことは側面を見ても感じました。調べてみるとこの聖堂はヨーロッパの大聖堂の中では身廊の長さが一番長いようです。
ウィンチェスター大聖堂 寺院・教会
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最古の建物は大聖堂の北に隣接した場所に642年頃に建てられた「オールド・ミンスター」として知られています。新しい大聖堂建設は司教ウォークリン時代の1079年に始まっています。
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イチオシ
細やかな天井を支えるヴォールト装飾はゴシック建築の極みといったデザインです。ポルトガルのリスボンの「ジェロニモス修道院」の装飾も素晴らしいですが、こちらはその連続性に驚きます。
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主祭壇に向かって左側の側廊(北側廊)を進んでいくと壁面にはこの大聖堂に葬られた著名人の墓が並んでいます。その中でも著名なのが「ジェイン・オースティン(Jane Austen)」ではないでしょうか。18世紀から19世紀のイングランドにおける田舎の中流社会を舞台として、洞察力に裏打ちされた解釈で女性の私生活などを結婚を中心として皮肉と愛情を込めて描いています。
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オースティンの作品はその親しみやすさから、これまでに幾度も映画化がなされています。個人的には「高慢と偏見」くらいしか知りませんが、2005年に制作されたジョー・ライト監督で、キーラ・ナイトレイ主演の映画「プライドと偏見」は好きでした。「ブリジット・ジョーンズの日記」にはこの小説にヒントを得た人物が登場しています。
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「ジェイン・オースティン」は1816年になると体調を崩しがちになり、病状は一進一退を繰り返し、1817年5月に療養のためハンプシャーのウィンチェスターへと移りましたが、その2か月後の7月18日に亡くなりました。その亡骸はウィンチェスター大聖堂に葬られます。その後の1900年に公募が行われ、C.E.ケンプによりこの墓の設計が採用されました。
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逆光で上手く写真が撮れませんでしたが、上段中央にはハープを持ったダビデがいて、その下団には本を持った福音者ヨハネがいます。開いたページには彼の福音書の最初の分「初めに言葉があった」と書かれています。説明文に窓の上部に聖アウグスティヌスの像があり、その名前の略称は聖オースティンとありました。
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居並ぶ墓の主については知る由もありませんが1913年に亡くなった神父の墓はその時代を感じさせるアール・ヌーヴォーの美しい天使のモザイクになっています。この北側の回廊は2005年の映画「ダ・ヴィンチ・コード」の撮影で、バチカン内部の場面に使用しているそうです。
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「トゥルネ大理石洗礼盤/The Tournai marble font」はウィンチェスター大聖堂の最大の宝物の1つであり、今でも滴礼や灌水礼、洗礼に使用されています。洗礼盤の4つの側面にマイラの聖ニコラスの奇跡の場面を再現しており、1150年頃にブロワのヘンリー司教によって依頼された可能性があります。これはベルギーの「トゥルネ」で彫刻され、ブロワのヘンリーより贈られました。
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北側の翼廊のステンドグラスの上段中央には右手を上げ、右手の人差し指と中指を伸ばしていますが、これは人差し指が Ι(ギリシャ文字のイオタ)、中指が C(同シグマ(Σ))、親指と薬指とで Χ(同キー(カイ))、小指が Cを表しており、イエス(ΙC) キリスト(ΧC)を意味します。イエス・キリストは、ギリシャ語で「ΙΗΣΟΥΣ ΧΡΙΣΤΟΣ」と書きますが、ΙC・ΧCは、それぞれの語頭と語尾による省略形です。
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「聖パウロ」はカトリック教会のなかで非常に重要な聖人であり、初代教皇である「聖ペトロ」と並んで配置されることがよくあります。この伝統は初期キリスト教美術にもよく見られ、イエスをはさんで「聖ペトロ」と「聖パウロ」が配置され、3人で描かれる構図は伝統的定型の1つです。ペテロはアトリビュートである鍵を持ち、パウロはアトリビュートの本と剣を持っています。
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下段の中央には十戒の石板を持ったモーセ、と右側には竪琴を持ったダビデ王の姿があります。巨人ゴリアテを倒した英雄としてではなく詩篇をづづった天才詩人として、またサウル王を竪琴で慰めた音楽家としてのダビデを感じます。
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大聖堂の中には古い時代の建物の一部が残されています。「聖墳墓礼拝堂」は12世紀の古いフレスコ画が残されています。アプシスにはイエスの大きな姿がきれいに残されています。詳しく読み取れませんが降誕の場面から埋葬迄のシーンが描かれています。
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北翼廊と南翼廊は1079年から1098年にかけてウォーケリン司教の後援の下で建設された現在の大聖堂の最古の未変更の部分です。この礼拝堂もその部分だと思われます。
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主祭壇を囲むスクリーンの上部には司教や王妃、クヌートを含む初期の王の遺骨を納める6つの棺があります。
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床に敷き詰められたライオンやグリフィンのレトロクワイアのタイルが敷かれている範囲は中を歩くことは出来ません。製作されたのは13世紀に遡るそうです。
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「主祭壇」の裏側には美しいイコンが飾られています。
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数えてみると9枚のイコンのようです。中央にはイエスを配し、その左右には聖母マリアと洗礼者ヨハネ、その外側には大天使ミカエルとガブリエル、左右に2人づつ福音書者のマルコとマタイとルカとヨハネが描かれています。
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南側の翼廊は大きな開口部が設けられ、ステンドグラスが美しい色彩を放っています。ウィンチェスターのステンドグラスの多くは17世紀のオリバー・クロムウェルがプロテクター卿だった時代に失われ、現存するステンドグラスのほとんどは2012年から2020年の修復工事の際に復元されたもののようです。
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正面のステンドグラスの中にはゴルゴダの丘の上の磔刑の場面もあります。イエスの左右の2人は「無関係な罪人」です。ただ、1人は「救世主だと言うなら自分を救って見せろ」と言い、もう1人はイエスに従って祈り、イエスから「あなたはもう、救われています」と言われました。
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祭壇には美しい木彫の「受胎告知」のべ面が描かれています。「Ave Maria(アヴェ・マリア)」のAVEは古典ラテン語で丁寧な挨拶語ですが、中世では人類の祖である「EVA(エヴァ)」の反対読みという解釈もあります。ゴシック絵画では会話を「吹き出し」に入れることもあります。
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「He shall save his people from their sins(彼は民を罪から救うだろう)」と刺繍された下には天使に祝福されて聖母子の姿があります。
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「聖母礼拝堂」に描かれたフレスコ画は1500年頃に描かれました。聖母マリアに由来する一連の奇跡の場面を描いていて、聖スウィザン修道院のトーマス・シルクステード修道院長の依頼により制作されました。扉の上には「受胎告知」左にはマリアによって墓地に埋葬された聖職者は口から花を咲かせて感謝した場面などが読み取れます。
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天使と悪魔は溺死した修道士の魂を巡って争いますが、天使はマリアの力によって勝利する場面、嵐に見舞われた船を救い、ある男性はマリアに祈る女性をあざ笑うと後に死んでしまいます。ある女性はマリアによって生き返り、罪を告白することが出来たなどが描かれています。
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モン・サン・ミッシェルへ巡礼途中の女性が出産したなど直接貴石とは違うような話も読み取れます。
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ウィリアム・ウォーカーの銅像がありました。彼が仕事が携わる前の大聖堂は泥炭層の中にゆっくりと沈下して、崩壊の危険にさらされていました。レンガ職人が支持壁を構築できるようにするには、地下水位を下げる必要がありました。それが出来なければ、地下水の除去は建物の崩壊を引き起こしていました。
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そこで基礎壁を一時的に支えるために、建物の南側と東側に沿ってそれぞれ深さ約6メートルの約235の穴が掘られました。ウォーカーは穴の底に潜って、その下にコンクリートを敷いて壁を補強しました。彼は1日6時間働きましたが、水中に浮遊した堆積物は光を通さなかったため完全な暗闇の中で働いたそうです。ウォーカーが作業を終えた後に地下水は汲み上げられ、彼が敷設したコンクリートが基礎壁に耐えました。その後はレンガ職人は通常の方法で作業を行い、損傷した壁を修復することができました。ウィンチェスターで働いていた週末にサウス・ノーウッドにある70マイル離れた家に帰り、月曜日に電車で戻ってきました。
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イチオシ
後陣南東の礼拝堂の青い擬似扇形ヴォールトの美しさには目を見張ります。
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祭壇には聖家族の三連祭壇画が納められています。この大聖堂の中でここだけに油彩画が置かれ、尚且つフランドルの作品のように思えました。
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大聖堂の建物には多数の聖歌礼拝堂があり、ウィンチェスターの代々の司教に捧げられています。これらの聖歌礼拝堂は主にレトロ聖歌隊だけでなく身廊にも見られ、複雑にデザインされています。
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「ビショップ・フォックスの聖歌礼拝堂」のような建物の中に建物を建てたような造りになっています。
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大聖堂の回廊に無理やり後付けで立てたようですが、全てがゴシックスタイルの石造りの立派なものです。
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「グレートホール」の裏側にある「エレノア王妃の庭園」にあったハヤブサ像も1305年頃に造られたこのハヤブサの木像をリスペクトしたもののようです。
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「メルヴィル・レイモンド・ポータルとジェラルド・ハーバート・ポータルの記念碑」は兄ジェラルドの指揮下でウガンダで殉職したメルヴィルと外交官で行政官だった兄のジェラルドウィ祈念した日で、彫刻家のウォルド・ストーリーによって製作されました。ラファエル前派のロセッティの描く女性のような天使の彫刻が美しいです。写真はありませんがエピファニー礼拝堂にはエドワード・バーン=ジョーンズが製作したラファエル前派のステンドグラスと、ウィリアム・モリスの工房が製作したステンドグラスがあります。
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左側の北側の側廊から一周して、ようやく主祭壇までやってきました。壁面が長いのでここまで来るのに1時間近くかかっています。
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色彩などは全く施されず石造りの見事なゴシックスタイルの「背障」と呼ばれる壁面が広がります。
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中央には十字架に掛けられたキリストの受難の姿があります。天井から吊られたシャンデリアのワイヤーがあるので、顔の部分にかからないように写真を撮るのにも苦労します。
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左脇にはイエスを見上げる「聖母マリア」の姿があります。
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右下には福音書を持つ「福音記者ヨハネ」の姿があります。イエスの足元に親鷲と餌をねだる雛の姿があるのはヨハネを暗示しているのかもしれません。
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「聖スィザン」はウィンチェスターのアングロサクソン司教であり、その後ウィンチェスター大聖堂の守護聖人として祀られました。伝説によると7月15日の聖スィザンの祝日にウインチェスターにある聖スィザンの橋に雨が降るとそれは40日間続くといわれているそうです。
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祭壇にはイエスを中心に大きく3段の聖人の姿があります。左上より右に「聖アンブロジウス」「聖グレゴリウス」「聖ペテロ」「聖パウロ」「聖ヒエロニムス」「聖アウグスティヌス」、2段目には「聖ステファン」「聖ベネディクト」「聖スウィン」、「聖母マリア」と「福音記者ヨハネ」「聖ビリヌス」「聖ジリス」「聖ローレンス」、下段は「エドワード懺悔王」「聖ヘッダ」「聖エセルウォルド」「エドマンド殉教王」です。
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主祭壇の後ろにはクワイヤがあり、ゴシック様式の彫刻の美しい木製の衝立で囲まれています。
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イチオシ
塔の下の木製の扇子状の丸天井は1635年に制作されたものです。中央の薄水色の円形は「聖スィザンの円卓」と呼ばれるものです。
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中央の太陽の周りには「DOMUS HVIVS」とラテン語で書かれ、これは「この家(大聖堂)の」という意味です。その周りには「NVTRICES REGUNA NUTRITI PIADENSINT Ptt REGES」と書かれ、「女王の乳母、敬虔な王たち、この家(大聖堂)の養育者たち」と書かれています。
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クワイヤは西方教会の教会堂や大聖堂の建築における一区域のことで、通常は祭壇のあるサンクチュアリと身廊の間、内陣の西部分を占める場所です。
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クワイヤの区域は美しい彫刻などで装飾された木製の座席に占められ、この座席は聖歌隊席で、聖歌隊のメンバーは礼拝の間ここに留まります。
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クワイヤはまた長いベンチや個別の聖歌隊席が備えられ、大聖堂の北と南の壁面と平行に座席が数列並んでいます。
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欄間は唐草で覆われていますが、細かく見ていくと神話上の動物や奇妙な人間の姿が彫られています。そのデザインの面白さに写真を撮りまくりましたが、全部紹介できないのが残念です。
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カンボジアのアンコール遺跡のヒンドゥー寺院の彫刻やインドのアジャンタやエローラの写真を撮った時に比べると爽やかな5月のイギリスで良かったです。
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ノルマン時代の南翼廊の奥は博物館になっていました。その手前にはサミュエル・ウィルバーフォースという司教の棺が置かれてあります。
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この人物は1860年の討論会でチャールズ・ダーウィンの進化論に反対したことで最もよく記憶されているようです。
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6人の天使に棺を担がれたデザインはポルトガルやスペインのガリシアを旅していて何度か観たことがあったので懐かしく感じます。
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4隅を飾る人物はどれも女性のようですが、この姿はネメアーの獅子の毛皮を頭からまとい、両前脚の皮を胸前でヘラクレス結びにし、右手に棍棒を持っている。これはギリシア神話に登場する英雄ヘラクレスの徴として不可欠な姿です。
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そう考えるとここに立つ女性も手に大蛇を持っているので、レルネーのヒュドラーだったのかと思います。他の2体をよく見なかったのが悔やまれます。エウリュステウスがヘラクレスに命じて成し遂げた「十二の功業」とどのように関係するのか…。
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博物館に入るとすぐ右にエレベーターがあり、上の階から見学するように係りの女性が案内してくれます。エレベーターが降りてくるまでの短い間ですが、見どころを教えてくれたり、どこから来たのかなど尋ねられます。とてもチャーミングなおばさんでしたが、イギリスを旅する心地よさが感じられます。
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1240年に造られたヴォール度と呼ばれる天井の梁が交差したところにある飾り石です。2匹のドラゴンがそれぞれの尾を咬んでいます。13世紀の聖歌隊室の一部にあるラングトン司教の礼拝堂の一部と考えられています。
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コーベル(corbel)は壁から突き出した石などの構造物で、その上に張り出した重量を支持する建築技術の1つです。1225年頃に造られた一番上の頭部には当時の色彩が残っているようです。中央の茨の冠を被ったのはキリストの頭部のようです。
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幼子キリストを抱く聖母マリアの彫刻は1475年から90年の間に造られ、主祭壇の障壁に現存する彫刻の中でも一番美しいとされます。マリアは赤い丸首の胴衣を着て、袖口は金と黒で縁取られていました。方に巻かれた外套は白く裏地は青でした。彼女の肌は淡いピンク色で紙は金色でした。石の素材のままだと思っていた障壁が鮮やかな色に覆われていたのだと知ることが出来ました。
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教皇冠を被った父なる神の頭部は父、子、精霊の三位一体を表す彫刻の一部だと考えられます。先の聖母子像と同じ作家による作品のようで、現存するイギリスの15世紀の石造彫刻の中でも最も優れていると考えられています。
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シーぺ・ゴールドマン社製のダイバーのヘルメットはウィリアム・ウォーカーが使用していたものと同じモデルです。海隅海洋局と国防省はこの大聖堂をすくったダイバーを凌出1933年製のヘルメットを大聖堂に寄贈しました。
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ウィリアム・ウォーカーの作業当時の写真も展示してあります。ドロドロの濁った水の中で何も見えないままの作業はどんなだったのでしょうか。彼がい根ければこの大聖堂が倒壊していたと考えると個人で行うにはすごい偉業だと思います。
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彼の遺したノートには大聖堂の基礎部分の構造などが描かれているので、ち密な計算のもとにディティールを頭に入れながら手探りで作業したのでしょう。
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ウインチェスター大聖堂には1160年にヘンリー主教の指図にもとづき6人の画家が制作に携わり、高価な絵の具や金箔などが用いられた大変豪華な聖書があります。過去幾度も修復され、最後の修復は1948年でした。その修復家庭の映像が流されていて、とても興味深く見ることが出来ました。
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中世の時祷書には興味があり、読めもしないのにタッシェンの巨大な本を買ってみたこともありましたが、羊皮紙にどのような道具を使って描かれたのがよく分かりました。その当時使われた顔料も「鉛城」「丹」「朱」「緑青」「ラピスラズリ」「カーボンブラック」などの製造方法も紹介されています。
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2時間ほどかけてようやく西側の入り口まで戻ってきて見学が終わりました。さすがに疲れましたが、とても勉強になりました。
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ジェームズ1世はイングランドとスコットランドの王位を初めて一身に兼ねた君主であり、各国との協調政策に尽力し「平和王」とも言われています。この後ヨーロッパで広がる「王権神授説」の基礎を作りましたが、国王と王妃アン・オブ・デンマークの出費から財政的には逼迫させ、議会と最終的には対立してしまいます。
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チャールズ1世は父と同じ絶対王政を強めて議会と対立を深め、清教徒革命(イングランド内戦)で敗れて処刑されてしまいます。2人は戴冠の時の王具である「王冠」を被り、セプターと呼ばれる「笏」、オーブという「十字の林檎」を持っています。
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大聖堂に使われている石材はワイト島のクアール石灰岩、取り壊された旧大聖堂から再利用されたバース石またはオーライト、ノルマンディーのカーン石、切石、ビール石、パーベック大理石など、さまざまな石が使われました。
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大聖堂の見学を終えて旧市街のハイストリートを東南東に歩き、通りの名前はブロードウェイに変わり、「ギルドホール/Guildhall Winchester」の前まで来ました。建物の正面にある彫像はアーサー王による円卓騎士団の設立、征服王ウィリアムの終末編纂などウィンチェスターの伝説的な歴史と実際の歴史の両方を描いています。細かく見ていきたいところですが、大聖堂の見学で燃え尽きました。
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「アルフレッド大王の像/King Alfred the Great Statue」
通りの真ん中にアルフレッド大王の銅像が剣を掲げウィンチェスターの街に顔を向けて立っています。アルフレッド大王は9世紀にウィンチェスターのローマ時代の街路をヴァイキングに対する防御を高めるために新しい十字状の通りに作り替えました。町の現在の形はアルフレッド大王の街路が起源となっています。 -
イチオシ
イギリスでは第2次世界大戦でのナチス・ドイツへの勝利から5月8日で80年を記念する日でした。まさにこの日だったわけで、このリメンブランス・ポピーを見て思い出しました。ベルギーとオランダを3週間ほど旅した時にカナダの医師であるジョン・マクレイの戦争追悼詩「フランダースの野に」については知っていました。とても感銘を覚えたことを記憶していました。
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詩の冒頭部ではベルギーのフランダース地域の戦争犠牲者の墓の間に自生するポピーが登場します。この詩は既に戦死した兵士の視線から語られており、最後の節で兵士は戦いを続けるよう訴えかけています。そしてマクレイの詩への敬意として、戦争を戦った軍人や関係者に対する追悼のために赤いポピーを常用するようになりました。
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「イッチェン川/Itchen」に架かる古い橋の所まで歩いてきました。大きな町の中とは思えないきれいな水の流れです。
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「ウインチェスター・シティ・ミル/Winchester City Mill」の見学に来たのですが、門扉は鍵がかかっていて中に入ることは出来ませんでした。この水車の横からはウォータートレイルの小道があるようでしたが、もう疲れすぎて妻を誘う余裕もありません。
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川は分岐して「アビー・ガーデン/Abbey Gardens」に流れ込んでいます。その美しい公園の中でベンチに座って休憩しました。
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ベンチの裏側には小川になったイッチェン川が流れますが、緩やかな流れの中を漂う水草の美しさに目を奪われます。以前にロンドンの「テート・ギャラリー」で見たジョン・エヴァレット・ミレイの「オフィーリア」を思い出しました。
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イチオシ
20代の頃の妻だったらここに沈めてみたい気もしますが、現在では鴨と一緒で浮いて流れて行ってしまいそうなので諦めます。
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大きな芝生のある公園ですが、町の人たちが思い思いに休憩したり語り合ったりしています。子供たちが走り、犬もリードを付けずに歩いています。日本では絶対に感じられない心の豊かさを知った気がします。
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「チェシル・レクトリー/Chesil Rectory」という古いレストランがあることは事前に知っていましたが、予約するのを忘れていました。飛び込みで入ってみましたが、マネージャーの女性がやりくりしても午後8時にしか隻が取れないということで諦めました。建物はチェシル牧師館として1425年から1450年にかけてさかのぼり、ウィンチェスターで最も保存状態の良い中世の建物の1つです。ヘンリー8世が1500年代に行った「修道院の解散」したときに所有していました。彼はメアリー・チューダーとして知られる娘のメアリー女王に与えました。1554年にウィンチェスター大聖堂で行われたスペイン王フィリップとのメアリー女王の豪華な結婚式は街を破産させかけたため、結婚式の代金の一部としてこの建物はウィンチェスター市に寄贈されました。今回の旅で唯一の失敗でした。
チェシル・レクトリー 地元の料理
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とはいえどこかで食事もしないといけないので歩いていて見つけたのが「SHOAL」というフィッシュ&チップスの店でした。厨房で揚げ物をしているのが表から見えています。ロンドンの「ロック&ソール・プレイス」で食べたものが美味しかったのは2人の共通の感想でした。
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まずはビールを注文して喉の渇きをいやします。この店は若い女性のスタッフがきびきび働いていてとても気持ち良いです。フィッシュ&チップスの魚フライはいろいろ種類があり、丁寧に教えてくれます。
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ここで「North Strantic Cod」と「Line Caught Haddock」という2種類の魚フライを食べ比べてみます。北大西洋のタラかシェトランド諸島のハドックかということです。
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フライになってしまうと全く見分けがつきませんが、食べてみるとなるほど味は全く違います。
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北大西洋のタラも美味しかったですが、シェトランド諸島のハドックというタラはめちゃくちゃおいしかったです。妻は北大西洋のコッドの方がよかったようなので、個人的にも差が出るものなのだなと初めて知りました。
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お腹もいっぱいになったところで鉄道駅に向かって歩きます。ここからだと20分以上かかりますが、すぐ近くにバスターミナルがありました。鉄道のチケットを買っていなかったらバスに乗りたいところでした。
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夕方までは賑わっていたハイストリートも午後7時になると店も閉まり閑散としています。
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橋の上からウインチェスター駅を俯瞰してみます。英国の鉄道駅の美しさは今朝のサウザンプトン駅からの移動で感じていました。
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今回の旅の鉄道に堂は全て事前にOmioというサイトで予約してありました。便利ではありましたが、特に予約しなくても混雑などは無い路線ばかりでした。
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午後8時5分の列車はOnTimeで入線してきました。この列車はウェイマス(Weymouth)行きでしたが、この時は翌々日に訪ねるとは思いもしませんでした。20分ほどでサウザンプトン(Southampton)に到着し、ホテルに着くと午後9時でした。
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