2011/10/22 - 2011/11/06
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kojikojiさん
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パリ3日目はエッフェル塔に登ることをメインに予定を組みました。パリに来るのは3回目ですが、これまでは混んでいたので昇る事が出来ませんでした。旅行前にエッフェル塔のチケットは1カ月くらい前からネットで予約状況を確認しながら事前に買っておきました。ネットの画面を見ていると午前10時頃から昼にかけてと夕方の日が暮れる頃の時間帯からチケットが売り切れていきます。朝一番を考えていたのですが続いて売り切れになり、慌ててお昼のチケットを予約しました。パリで効率良く観光するには1カ月前くらいには時間刻みで予定を決めておく必要があると感じた事例でした。この後のヨーロッパの旅では事前のネット予約が必須になっていきました。特にスペインでは予約していないととんでもないことになったり、まったく見学が出来ない事態にも遭いそうでした。朝一番でマルモッタン美術館を見学してシャイヨー宮からエッフェル塔を眺め、3度目のパリにしてようやくエッフェル塔に昇る事が出来ました。残念ながらエレベータの故障で一番上までは昇れませんでしたが。ただ、結果的には午前中のチケットが売り切れたことによって、逆に天気の悪い時間帯にエッフェル塔に昇るという最悪の事態は回避されました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 5.0
- ショッピング
- 4.5
- 交通
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 観光バス 船 徒歩
- 航空会社
- 中国国際航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
10月下旬のパリの朝、午前6時過ぎでも周囲は真っ暗です。
-
今朝はいつもより少し遅い午前8時過ぎの出発なので多少明るくなっています。宿泊した「ヴィラ・モンパルナス」は1フロアに7部屋のプチホテルです。途中2回抜けましたが都合10泊しました。一応4星ホテルですが部屋によっては3星の印象です。
朝食は1階のカフェでいただけるようでしたが、値段が高いので外の歴史ある有名なカフェで食べていました。 -
小さい通りを挟んだ建物はアールヌーヴォースタイルの優雅な建物で、今回パリで買った建築の本にも載っていました。
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モンパルナス墓地に停まるブサブリ(BUSABRI)のバスあ窓は塞がれイラストが描かれています。夜間は表に発電機を置いていました。ネットで調べてみると社会的保護を必要とする人たちのための相談所であり、ソーシャルワーカーやボランティアがサポートしているそうです。
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「モンパルナス墓地」を抜けてから朝食を食べに向かうことにしました。午前8時に墓地の門は開いていますが、落ち葉を掃除をする人以外訪れる人はまだいません。
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墓地の見取り図を持って来なかったので有名人のお墓がどれか分かりません。
後で霊園事務所でマップが貰えると知りましたが、墓巡りに2回行く気にはなれませんでした。セルジュ・ゲンズブールのお墓くらい探したかったのですが。気に入った墓標だけ写真に納めましたが、こちらはギュスターヴ・ジャントという画家の物です。 -
モンパルナス墓地が完成したのは1824年ですが、それまでのパリでは共同墓地が多く、適切な遺体の処理がなされていなかったという歴史がありました。ナポレオン1世の指示によって19世紀の始めに新しい墓地が造営され、そのうちのひとつが「モンパルナス墓地」です。近くには共同墓地の骸骨が納骨された地下墓地「カタコンブ」もありました。
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デザイン的に気に入ったお墓はシャルル・ピジョン夫婦のお墓でした。19世紀後半のパリで発明されて一世を風靡したピジョンランプの発明者です。墓石のデザインもオイルランプのようにも見えます。緑青を吹いたブロンズ像に黄色い西洋菩提樹の葉が綺麗です。
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中央の記念碑の脇にセルジュ・ゲンズブールのお墓があったようです。著名人の墓参りをするには入り口で地図を貰わないとさ迷い歩くことになります。
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今回の旅ではロワール渓谷の古城を3日掛けて周りましたが、最後に行ったナントで美しいパサージュ・ポムレの見学もしました。そのパッサージュは世界一美しいと思ったのですが、何かの映画で見た覚えがあり気になっていました。カトリーヌ・ドヌーブの「シェルブールの雨傘」の劇中で、ストーリーと全く関係なく出てくる場面を思い出したのが後日ですが、ずっと謎になっていました。多分理由は監督のジャック・ドゥミがナント出身だったからだと推理します。そのジャック・ドゥミもこの墓地に埋葬されています。
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納骨堂と並べたアングルではモンパルナスタワーも巨大な墓石のように見えます。
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今日はサンジェルマン・デ・プレまで歩いている暇は無いので、朝ご飯はら・クーポールかロトンダにしようと考えていましたが、まだ写真を撮りに行ってなく一番雰囲気の良いル・ドームに入りました。
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低く垂れこめた雲と雨の朝だったのでオレンジ色のランプシェードに引き寄せられたのかもしれません。昼にはエッフェル塔に昇るので天気が気になりますが、まずは腹ごしらえです。
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ル・ドームは1898年に開店したモンパルナスで最も長い歴史を誇るカフェです。第1次大戦後の狂乱の時代と呼ばれた20年代がル・ドームの全盛期で、大戦中に亡命していたパスキンもパリに戻ります。芸術や文学の中心はモンマルトルからモンパルナスに移り、モディリアーニやモイズ・キスリング、マリー・ローランサンや藤田嗣治ら主にエコール・ド・パリの画家が集まります。
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「失われた世代」と称されたアメリカの作家の中にはアーネスト・ヘミングウェイもいました。アンドレ・ブルトンやマックス・エルンストやマン・レイらシュルレアリスト、さらに次世代のロバート・キャパ、ゲルダ・タロー、アンリ・カルティエ=ブレッソンらの写真家も「ドミエ」でした。
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ミラー越しにラ・ロトンダのネオンが見えます。
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ここの朝食はドゥ・マゴよりは簡素なので値段も半分でした。我が家は元々朝ご飯は食べないので量は必要なく、今日も2人で半分づつ分けて食べます。
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お客は誰もいないので店内の写真も撮らせてもらいます。著名人の写真がたくさん飾られています。ベンチシートの背もたれには華やかかりしころの写真が嵌め込まれています。
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美術評論家のアンドレ・サルモンはかつて「ル・ドームはスタンダール風スカラ座のエプロンステージのようだ」と形容したそうです。インテリアはロシア生まれのインテリア・デザイナーのスラヴィックによるアール・ヌーヴォーおよびアール・デコ様式でまとめられています。
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朝食の後は雨を避けて最寄のヴァビン駅からモンパルナス駅で乗り換え、ラ・ミュエット駅へ向かいます。ここの地下道は今回の旅で10回くらい通りましたが長い地下通です。
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迷路のような地下鉄の通路ですが、3日もしてくると慣れてくるのが不思議です。
東京で初めての路線を乗り継いでどこかへ行くよりは格段に移動しやすい街です。 -
妻と旅行するようになってから旅先でスケッチをする時間は無くなりましたが、このポスターを見ていたら本気で絵を描きたくなりました。
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ラ・ミュエット駅を地上に出ると雨は上がっていました。さてどっちへ向かへば良いのだろうと地図を見ると、ラヌラグ公園にキツネとカラスを従えた銅像がありました。キツネとカラスと言えばイソップですがちょっと違う感じです。帰ってから調べてみると17世紀のフランスの詩人で寓話作家で劇作家でもあったジャン・ド・ラ・フォンテーヌ という人の像でした。
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ラ・ミュエット駅からマルモッタン美術館に向かって歩いていると「ラ・ガール(La Gare)」というレストランがありました。パリには駅舎を再利用した建物がいくつもあり、その最たるものが「オルセー美術館」ですが、こんな小さな駅がレストランになっています。春に行ったウィーンのカールスプラッツ駅のカフェを思い出しました。
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高級住宅街を歩き続けるとマルモッタン美術館到着しました。旅をした2011年当時は写真撮影禁止で、カメラもレンズも全部クロークに預けてしまったので身軽に観賞できました。この建物は元々は美術史家ポール・マルモッタンの邸宅で、美術館になった後にモネの次男が65点の作品を寄贈したことにより、一躍注目されるようになりました。この美術館に来るほぼ100%来館者はモネの作品が目当てだと思います。
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「アルジャントゥイユの近くの散歩」クロード・モネ
パリ近郊のアルジャントゥイユにアトリエを構えていた頃の作品で、日傘を持った夫人であるカミーユと、息子ジャンが描かれています。 -
「サンラザール駅」クロード・モネ
モネはサンラザール駅を何枚も描いていますが、このアングルの絵は初めて見ました。 -
やっぱり一番見たかったのはこの絵「印象・日の出」ですね。実際に目で見てみて印象と言う題名が良くあうと思いました。そしてプティ・パレで「ラヴァクールの日没」を見るのが待ち遠しくおなりました。
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20代後半まで全く印象派の絵を好きになれませんでしたが、南仏のアルルからモンペリエに移動する列車の車窓からの景色を眺めていて「あぁ、この風景を印象派の画家は表現したかったのだ。」と妙に納得できてそれ以来好きになりました。
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「ルーアン大聖堂、太陽の影響、一日の終わり」クロード・モネ
モネは1892年から1894年まで、ルーアン大聖堂を33枚描いたと言われます。 -
この美術館は1966年にクロード・モネの息子であるミッシェル・モネの寄贈により、世界最大のモネのコレクションを所蔵することになります。
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今回は季節的に蓮の花も咲いていないのでジヴェルニーは予定に入れませんでしたが、花が盛りの頃に一度訪れてみたいと思いました。順番的にオランジェリーへ行く前にこの美術館に来られて良かったと思います。
この時は何も考えていませんでしたが、数年後に池袋西武の屋上に睡蓮の池を造る計画を任されることになりました。 -
建物も素晴らしい美術館ですが、あくまで邸宅なので入場できるキャパシティが限られています。11時過ぎには混雑してきたので行くのなら朝早く行く事をお薦めします。
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ラ・ミュエット駅まで戻って地下鉄でトロカデロ駅まで移動します。
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トロカデロの地下鉄駅から地上に出て、シャイヨー宮の角を曲がるとエッフェル塔が目の前に現れます。そこに塔があるのが分かっていても驚きと感動を与えてくれます。
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「エッフェル塔」はやっぱりパリのシンボルですね。この空間にこの存在感は都市計画の存在無くしてはあり得ません。東京タワーやスカイツリーの廻りにスペースが無いので仕方ありませんが、エッフェル塔になりきれない理由がそこにあると思います。
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シャイヨー宮からトロカデロ公園とイエナ橋からエッフェル塔とシャン・ド・マルス公園からエコール・ミリテールまで一直線に見えます。
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早朝の雨から天気も良くなってきたので塔の上からの景色が楽しみです。記念写真を撮ってエッフェル塔に向かいます。11年前の年末も小雨の中この辺りから写真を撮った覚えがあります。
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近くにいた観光客の方にシャッターを押してもらいました。2人旅では一緒の写真が少なくなってしまいますが、こんなポイントでは写真を撮ってもらいたくなります。
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妻も初めてのエッフェル塔なので笑顔がこみ上げます。でも、まだ東京タワーにもスカイツリーにも上ったことがありません。
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11年前にもあったカルーゼルはそのままでした。相変わらずお客は少ないようでした。1988年の写真には写っていなかったのでその間に設置されたのでしょう。これは子供用なので大人は乗れないみたいです。
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セーヌ河畔まで降りてくるとだんだんエッフェル塔が大きくなってきます。
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1937年のパリ万国博覧会開催にあわせて1878年パリ万国博覧会にあわせて建造された旧トロカデロ宮殿が取り壊され、新宮殿である現在のシャイヨ宮が建てられました。新古典主義様式で建築家のルイ・イポリット・ボワローとジャック・カルリュとレオン・アゼマによって設計され、現在は博物館として使用されています。
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天気が良くなってきたのでセーヌ河を行きかう遊覧船も観光客で大賑わいです。
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その横ではバトー・ムーシュが川面を滑ってゆきます。昼間は夜と違ってサーチライトが無いので大人しい印象です。
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橋を渡るとエッフェル塔は更に大きくなります。
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もう一つのエッフェル塔のカルーゼルは夜になると白いランプが全体に灯ってとても綺麗です。
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ようやくエッフェル塔に到着です。やっぱりデカイ!斜行エレベーターなので足元がすっきりして美しさが倍増しているのだと思いました。傾斜角度が違うのに昇って行けるのはどんな仕組みなのか見るのが楽しみです。
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その足元は世界中から集まった人でごった返しています。長蛇の列は当日券を求めて並ぶ人たちです。
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この時点で12時で、予約の時間まで30分ほどあるので少し廻りを見てみることにします。この胸像はアントワーヌ・ブールデルの作品で1900年ごろのエッフェルの肖像写真に基づいて1928年に制作したものです。
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「エッフェル塔」の名は塔の設計および建設者であるギュスターヴ・エッフェルに由来する。のは誰もが知っている事実です。1889年のフランス革命100周年を記念するパリで、第4回万国博覧会が開催されることが決定しますが、当初は目玉となるプランがありませんでした。そうしたなか橋梁建設や鉄橋において高い評価を得ていた建設会社エッフェル社の技師であるモーリス・ケクランとエミール・ヌーギエは高さ300メートルの鉄の塔を建てて万博のシンボルとする案を立てます。
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1886年に万博の目玉となる大建造物を選定するためのコンペティションが開かれるとエッフェルらの案は満場一致で採択されます。建設が始まるとあまりに奇抜な外見のために賛否両論に分かれます。反対派の文学者ギ・ド・モーパッサンはエッフェル塔1階のレストランによく通いましたが、その理由として「ここがパリの中で、いまいましいエッフェル塔を見なくてすむ唯一の場所だから。」と言っています。ここから「エッフェル塔が嫌いなやつは、エッフェル塔に行け。」ということわざも生まれました。
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シャイヨー宮側から写真を撮ると逆光になるのでアンヴァリット側に出てみます。
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1889年に開幕したパリ万博においてエッフェル塔は目玉となり、パリのみならず世界中から観光客が押し寄せます。ただし開幕時にはエレベーターが完成しておらず、来場者や市民からの不満の声が高まったため、エッフェルは塔の一般公開に踏み切り、観光客は階段で展望台へ登ったそうです。
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広角の16ミリで塔の下から見上げると、面白い写真が撮れました。
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イチオシ
東京タワーの足元まで入ったことがありますが、脚部に美しさは感じたことはありません。しかしこのエッフェル塔の鉄骨には美しさを感じました。
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詩人ジャン・コクトーはエッフェル塔のことを「レースでできた美しいキリン」と表現しましたが、「鉄の貴婦人」という称号にもなるほどなと頷けます。
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見上げる位置を少し変えては飽きずにシャッターを何度も押してしまいます。自分でも少々興奮気味なのが分かります。
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何故って何度もここまで来て長蛇の列を目の前にして諦めていた塔に登れるのですから。
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さあ時間になりました。これがネット予約したチケットです。スマホの画面でもよいのですが、予備のコピーも持ってきています。旅先でスマホが故障したり盗まれたら色々大変ですからね。時間少し前に東側の専用ゲートに向かい、バーコードを読み取るだけで入場できます。
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東の脚からエレベーターで昇ります。右側にはチケット持っていない人の列が延々と続いています。
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エレベーターは2段になっていて下の段は予約者専用で上の段は当日チケットの人が乗る事が出来ます。下のカゴは絶対数が少ないのでほとんど並ばないで乗る事が出来ます。ヴェルサイユ宮殿とは違ってチケットの販売枚数も上手にコントロールされている感じがしました。
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レストランフロアをスルーして下の展望台に上がります。上を見上げると下から見るのとは違った迫力を感じます。更に上の展望台に登ろうとしたら何と!誰も並んでいません。と言うかエレベーターが動いていません。ようやく見つけた係員に尋ねると「エレベータの故障で今日は上がれません。チケットは下のキャッシャーで払い戻します。」との事でした。フランス人は並ぶだろうけど、時間が無くて並びたくない外国人が払い戻しで並ぶ訳無いじゃないの。
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シャイヨー宮を時計の12時に見立てるとエッフェル塔という日時計の針は1時を指しています。おお、現在の時間はちょうど1時です。影まで絵になるエフェル塔です。
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シャン・ド・マルス公園からその先の旧陸軍士官学校からモンパルナスタワーまでが見通せます。
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やわらかい日差しに芝生のグリーンが綺麗でした。
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望遠レンズではこの通り「平和の壁」までが良く見えます。エルサレムの嘆きの壁にインスピレーションを受けたアーティストのクララ・アルテールと建築家のジャン・ミッシェル・ウィルモットが設計して2000年に建てられました。スチール製のモニュメントの前面にガラスのパネルが設置され、そこに18種類の文字と49の言語で「平和」と刻まれています。
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黄金のドームはルイ14世時代に建てられた「アンヴァリッド廃兵院」とも言われる旧軍病院の建物の一部です。今は軍事博物館として建物の一部が公開されて古代から現代までの世界最大級の軍事コレクションが見学できます。そしてもう一つ有名なのがアンヴァリッドの教会に眠るナポレオンの墓です。この辺りにはまた後日散歩に行く予定です。
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アンヴァリッドの黄金のドームの先には映画「ダ・ヴィンチ・コード」で有名になった「サン・シュルビス教会」の修復されたファサードが見えます。先ほどはエッフェル塔を日時計に見立てましたが、この教会には18世紀に造られた精巧な日時計の指時針「サン・シュルピスのグノモン」が残されています。映画ではローズ・ラインと呼ばれる子午線は実際にはそう呼ばれたことは無いそうですが、「アラゴのメダル」は実際に存在します。
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エッフェル塔の撮影ポイントでもある楕円の池の周りは入れ替わり立ち替わり観光バスが停まります。
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周辺の普通の建物もよく見ると可愛らしい素焼きの煙突がまるで何かの生き物のように群生しています。もうすぐこの煙突から煙が出る季節になるのでしょう。
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パリでは現在もアパルトマンでの暖炉の使用は禁止されていないそうです。ただし、「暖炉が主要な暖房ではないこと。」「燃料は天然の木材のみを使用すること。」「煤払いを年に2回行い、そのうち1回は暖炉の使用期間中に行うこと。」「開放式の暖炉でガラス扉などで閉まったものは禁止。」「隣人に害を与えないこと。」というルールがあるそうです。
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セーヌ川に架かる「アレクサンドル3世橋」は特徴があるので塔の上からも見つける事が出来ました。
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朝の「モンパルナス墓地」と反対側から「モンパルナスタワー」を望みます。このビルの向こう側に我々の泊まっているホテルがあります。
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望遠鏡に子供は興味津々のようです。このシルバーとゴールドの望遠鏡はいろいろな映画にも出てきますね。記憶に新しいのはリュック・ベッソン監督の「アデル/ファラオと復活の秘薬」です。
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思わず上からプテラノドンが我々を狙っていないか気になって見上げてしまいました。
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「オルセー美術館」の奥に「ルーブル美術館」、その奥に「ポンピドーセンター」も見えます。低いほうの展望台なのでこの方向のセーヌ川が見えないのが残念です。
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手前のガラス張りの屋根が「グラン・パレ」で、右奥に向かって「マドレーヌ寺院」と「パレ・ガルニエ」も見えます。
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そしてモンマルトルの丘もきれいに見えました。11年前の旅で「凱旋門」の上から望んだ景色を思い出します。
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「サクレクール寺院」が一番美しく思えました。北側の丘の上からパリを見守っているようです。今日もファサードのキリスト像はパリを見ていることでしょう。ほんの2日前にあの丘を歩いたのだと思うと感慨深いものがあります。
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「凱旋門」は周辺の建物から見ても飛びぬけて高いのが分かります。屋上にはたくさんの観光客が見えますが、この展望台からではシャンゼ・リゼなどの通りは見る事が出来ません。
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妻は塔の上の売店で買ったエッフェル塔のぺろぺろキャンディーを持ってご機嫌です。かれこれ展望台には1時間近くいたでしょうか。この展望台から上の展望台までのチケットは買ってあったのですが、エレベーターの故障で上がる事が出来ませんでした。
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エッフェル塔の最上階まで行けないのは今回の旅行で唯一計画通り進まなかった出来事でした。
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これ以上待っていても埒が明かなさそうなのでそろそろ降りることにします。
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旅行前に父が母を連れてきたときの写真を見てきました。両親は一番上まで登っているので同じ景色を見たかったのですが残念でした。
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展望台も混雑してきたのでエレベーター乗り場に向かいます。上るときは景色に目が行ってしまい、こんな巨大な巻き上げ機が設置されているとは思いませんでした。
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こうやって断面を見ても傾斜角度が違う斜面をどうやって昇降しているのか分かりません。
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現在はコンピューター制御で別の場所でコントロールしているのでしょうが、昔はこんな機械で操縦していたようです。
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上の展望台からはどんな景色が見られたのでしょうか。これはもう一度パリに来いという啓示だと思っておきましょう。当初の予定であれば朝一番を予約するはずだったエッフェル塔ですが、昼過ぎに時間が変わったことで雨も止んで低い展望台からでも美しいパリの景色を見られたので良しとしましょう。
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もう少し周辺を歩いてエッフェル塔の雄姿をカメラに収めておきます。
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妻もポーズを取って1枚。
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世界中の観光客と同じようにシャン・ド・マルス公園の池の辺りから青空に浮かぶエッフェル塔を1枚。
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もう一度リベンジでパリに来るぞと誓いました。
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ちなみにこのキャンディーは帰国後に父が欲しがったために妻は食べる事が出来ませんでした。
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この旅行記へのコメント (4)
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- TSUNEさん 2011/11/27 21:24:49
- はじめまして
- なにげないパリの街の様子の写真などが素敵ですね。
撮影のお手本になりそうです(笑)
エッフェル塔の写真やセーヌ川の遊覧船の写真、とってもいい感じです。
- kojikojiさん からの返信 2011/11/28 10:54:44
- RE: はじめまして
- おはようございます。
旅行記を見てくださってありがとうございます。
数打てば当たる方式で写真はたくさん撮って見ていただけるようなものを選んでいます。あまりにも多すぎたので旅行記が多くなってしまうのが難ですが、せっかく撮ったものなので…。この後もまだパリの旅行記が続きますのでお時間がありましたらお立ち寄りください。パリの後はロワールのお城巡りやモンサンミッシェルと続くのですが、仕事から帰った深夜に少しづつ作業をしているのでいつになるか…。
ありがとうございました。作業のはげみになります。
- TSUNEさん からの返信 2011/11/28 23:30:15
- RE: RE: はじめまして
- ロワールですか、楽しみにしています。
私も仕事からねえ帰ってからの作業や土日での更新ですから、大変なのはわかります。
ゆっくりでいいので更新楽しみに待っていますね。
- TSUNEさん からの返信 2011/11/28 23:30:48
- RE: RE: はじめまして
- ロワールですか、楽しみにしています。
私も仕事からねえ帰ってからの作業や土日での更新ですから、大変なのはわかります。
ゆっくりでいいので更新楽しみに待っていますね。
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