2021/10/02 - 2021/10/02
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+mo2さん
アーティゾン美術館2021年10月2日~2022年1月10日 石橋財団コレクション選は、5階展示室で「印象派-画家たちの友情物語」が開催されています。
アーティゾン美術館の素晴らしい印象派の作品の数々を堪能してきました。
ーアーティゾン美術館HPよりー
19世紀フランスで活動した印象派の画家たちは、互いに親しく交流していました。たとえばセザンヌは、若い頃ピサロとカンヴァスを並べて制作しており、父のように慕っていました。ルノワールは、カイユボットの遺言執行人として奔走しました。この展覧会では、画家たちの友情物語を手がかりに、印象派の名品をお楽しみいただきます。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 新幹線
PR
-
展示は、マネ×モリゾ×ゴンザレスからスタートします。
革新的な作品を制作するエドゥアール・マネ は印象派の画家たちの尊敬する対象でした。1868年にマネと出会ったベルト・モリゾはマネの作品のモデルを多くつとめました。マネとモリゾは師弟関係というよりもお互いに影響を与え合った関係です。モリゾはマネの弟と結婚しています。マネの正式な弟子となったのは、エヴァ・ゴンザレス一人だけです。 -
エドゥアール・マネ 「オペラ座の仮装舞踏会」1873年
フランスの画家マネは、同時代の都市市民を描くことを得意としました。この作品の舞台となっているのは、パリのル・ペルティエ通りにあったオペラ座(1873年に火災で焼失)。オペラ座の正面玄関からロビーを見ていると思われます。シルクハットに燕尾服という、黒ずくめの上流階級の男性たちと、色鮮やかな服装でアイマスクをした女性たちが描かれています。彼女らは踊り子や高級娼婦たちで、大胆に肌を見せる装いの者もいます。素早いタッチが使われることで、オペラ座に集まった人々の熱気が表現されます。 -
エドゥアール・マネ 「自画像」1878-79年
マネは、近代都市パリの風俗を描いたことで知られますが、肖像画の名手でもありました。そのようなマネの油彩による自画像は2点しか残されていません(もう1点は個人蔵)。どちらもほぼ同じ時期、46、7歳のときの作品です。画壇での評価が確立されたことへの自負心から、これらの自画像を制作したと考えられています。 -
ベルト・モリゾ 「バルコニーの女と子ども」1872年
モリゾは、印象派グループの数少ない女性の画家のひとりです。女性的な感受性で描かれる母子や子どもなどを主題とした作品は、男性の視点ではなかなか見ることのできない繊細さと穏健さを生み出しています。この作品は、モリゾの画歴において最も評価されたもののひとつです。
モリゾは、制作当時マネと非常に近い間柄にあり、この頃は双方の画家の間の影響関係が指摘されており、この作品にもモダンな主題を革新的な技法で描いているところにマネの影響が垣間見えます。描かれた風景は、第二帝政時にセーヌ県知事オスマンが主導したパリ改造の結果をよく表しており、マネやカイユボットと同様に、モリゾは新しい都市パリの風景を印象派の技法でとらえています。 -
エヴァ・ゴンザレス 「眠り」1877-78年頃
ゴンザレスはフランスの画家。父親は神聖ローマ皇帝カール5世によって貴族に序されたモナコの名家の末裔であり、母親はベルギー出身の音楽家です。1869年に画家アルフレッド・ステヴァンスを通じてマネを紹介され、そのモデルとなり、次いでその弟子となりました。サロンへの出品を優先したため、第1回印象派展への出品を断り、その後も師マネと同様に印象派展に出品することはありませんでした。しかしゴンザレスの絵画様式は、マネと印象派のそれと近いものであり、それゆえに印象派の女性画家のひとりに数えられます。 -
芸術家の肖像写真コレクション より
エドゥアール・マネの肖像 -
ナダール(フェリックス・トゥールナション)「エドゥアール・マネ(1832-1883)
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ドガ×カサット
エドガー・ドガ 「踊りの稽古場にて」1895-98年
ドガはバレエの主題を油彩とパステルの両方で手がけていますが、踊り子の動作を素早くとらえる上で、パステルは適した技法であったといえます。パステルはドガの後半期の画業を代表する技法であり、その作品は700点以上になります。踊り子を斜めに配置し、横長の画面に奥行きとリズムを生み出すのは、ドガが好んだ手法です。全体に色彩が施されつつ、人物像の輪郭の修正が入念になされており、この作品が同時期に制作された油彩作品《稽古場の踊り子たち》(1895-96年、フォン・デア・ハイト美術館)の習作であることを示しています。 -
エドガー・ドガ「浴後」1900年頃
踊り子とともに、ドガがパステルでしばしば描いたのが、室内で湯浴みする裸婦です。その多くでドガは、あたかも鍵穴からのぞくような視点をとり、日常の営みに没頭する裸婦を自然な姿でとらえました。浴槽の縁に腰を下ろした裸婦を斜め後ろから描く構図は、1880年代後半と1900年頃に繰り返し試みられており、この作品もその1点です。このいわば連作で、ドガは同一の下絵を転用しながら、身体表現や構図に変化をつけています。この作品では、グレーと黄、緑色の穏やかな調和が、身体の重みをも表す力強い描線を引き立てている点が特徴といえます。 -
エドガー・ドガ「マチルド・サル嬢の肖像」1892年
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エドガー・ドガ「右手で右足を持つ踊り子」1896-1911年
アーティゾン美術館 美術館・博物館
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メアリー・カサット「日光浴(浴後)」 1901年
カサットは、アメリカ出身の印象派の女性の画家です。1872年にピサロに出会ったことが、1879年の第4回印象派展に出品するきっかけになりました。母子像は、カサットが生涯描き続けた主題で、中でも浴後の母子像を幾度も描いています。ここでは川辺の草の上にすわって寄り添う母子の姿が描かれています。前景には、優雅に横臥する母親と裸の子ども。その後ろにはラベンダー色の花が見えます。後景には、水面に映る木々の緑が揺らぐ様子がとらえられています。明るい色彩や生気溢れる筆触に、印象派的な要素を見ることができます。対角線上に人物を配置する構図や装飾的な衣装など、この頃の作品に浮世絵の影響が指摘されています -
メアリー・カサット「娘に読み聞かせるオーガスタ」1910年
カサットの作品は、女性や母子などの日常生活における身近な情景を、明るい印象派的手法で描き上げた様式に特徴があります。印象派展に出品した後、その様式はさらに完成されたものとなりました。この作品は、カサットが晩年を過ごしたパリ近郊、ル・メニル=テリビュにあるボーフレーヌ館の緑豊かな庭園で描かれた母子像です。この頃すでに名声を確立していたカサットは、身近な家族や友人のみを描く必要がなくなり、女性や子どもをモデルとして雇うようになっていました。 -
ピサロ×セザンヌです。
カミーユ・ピサロ「ブージヴァルのセーヌ川」1870年
ピサロが生まれ育ったカリブ海を離れてパリに出たのは、1855年のこと。彼はパリで本格的に絵の勉強を始めました。1869年春、38歳のピサロは、パリから列車で30分ほどの距離にあるセーヌ左岸の街ルーヴシエンヌに転居し、同地やその近郊ブージヴァルなどの風景を描きました。この作品は、印象派の画家として活動する前に制作されたもので、バルビゾン派から影響された暗い色調が使われています。とはいえ、セーヌ川の水面の表現には光への関心も認められ、その後の画風の展開を予感させます。 -
カミーユ・ピサロ「菜園」1878年
ピサロは、1866年、36歳のときにポントワーズを訪れて以来、1883年までたびたび同地に滞在して、300点もの油彩画とおびただしい量の素描と版画を制作しました。パリの北西約40km のところに位置するポントワーズは、セーヌ川の支流オワーズ川に面した古い街です。ポントワーズでつくられた農作物はパリに出荷されましたが、とりわけキャベツがこの土地の名産として知られていました。この作品では、キャベツ畑を囲むように木々が枝を張っています。影にも青や緑などの色彩が使われた、印象派の画家らしい光に満ちた表現です。 -
ポール・セザンヌ 「鉢と牛乳入れ」1873-77年頃
身の周りの事物を自由に並べ替えて様々な絵画的試みを行うことができるために、セザンヌは、静物画を好んで描きました。それゆえに静物画は、セザンヌが目指すところの絵画の実験の場であり続け、その成果が人物画や風景画といった他のジャンルに応用されていることも少なくありません。セザンヌの静物画としては初期に位置付けられるこの作品は、画面の構成を安定させるために現実の空間と形態を変形させており、セザンヌの静物画の特徴が明確に出ています。 -
ポール・セザンヌ「帽子をかぶった自画像」 1890-94年頃
生涯30点を超える自画像を描いたセザンヌ後期の作品です。自画像は、モデルを使うことを不得手としたセザンヌが、唯一他者を意識せず、純粋に対象として人物を見るという造形探求の行為でもありました。不明瞭な空間を背景に肩越しに見る者を見据えるセザンヌの表情は、影に隠れる左側には画家の憂愁が垣間見える一方で、ハイライトの当たる右側の鋭い眼差しに、自己に厳格な画家の自意識がうかがえます。緑を基調とし、動的な、しかし規則正しい筆触と意図的な塗り残しで画面が構成されています。 -
芸術家の肖像写真コレクション より
ポール・セザンヌの肖像 -
ポール・セザンヌ 「サント=ヴィクトワール山とシャトー・ノワール」1904-06年頃
セザンヌは、目に映る一瞬のきらめきをカンヴァスに写し取ろうとした印象主義の絵画を超えて、堅牢な量感を持ち、永劫に耐えられる強靭さをとどめる絵画にしようと試みました。それは相反する性格を同一画面の中に収めようとする極めて困難な課題であり、画家にとって試行錯誤の連続となりました。これを実現させるためにセザンヌは、印象派の仲間と距離を置いて孤独に制作する道を選び、いくつかのきまった主題を繰り返し描くことによってこの目的を達成することを目指しました。
1880年代の後半には、生まれ故郷である南仏のエクス=アン=プロヴァンスの東側にそびえる石灰質の山、サント=ヴィクトワール山の連作を描くようになりました。やがてそのイメージは、堅牢な画面に躍動感や振動が加味され、鮮やかな色彩に支えられて高度に洗練された作品となっていきました。 -
カイユボット×ルノワール
ギュスターヴ・カイユボット「ピアノを弾く若い男」1876年
カイユボットは、印象派の画家。印象派展に自らも出品する一方で、その活動を経済的に支えたことで知られます。この作品は、パリのミロメニル通りの自邸でピアノを弾く、カイユボットの弟マルシャルを描いたものです。1876年の第2回印象派展に《床削り》(オルセー美術館)とともに出品された6点の作品のうち、最も批評で取り上げられた1点です。 -
ギュスターヴ・カイユボット「イエールの平原」1878年
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ピエール=オーギュスト・ルノワール 「すわるジョルジェット・シャルパンティエ嬢」1876年
印象派の画家ルノワールは、友人のモネとともに戸外制作に基づく風景画を描くかたわら、都市風俗や人物画にも早くから関心を示しました。30代半ばのルノワールはすぐれた肖像画を多く手がけました。
この作品に描かれているのは、ジョルジュ・シャルパンティエの当時4歳の長女ジョルジェット。青色のドレスと靴下を身につけたジョルジェットは、椅子にすわって微笑んでいます。伝統的な肖像画のような堅苦しい雰囲気はなく、モデルのくつろいだ様子が生き生きと表現されています。足を組んだおしゃまなポーズと大き過ぎる大人用の椅子との対比により、少女の可愛らしさが際立ちます。近くで見ると、影の表現に青い線が使われているのがわかります。床には絨毯が敷かれ、家具の上には花瓶が飾られており、19世紀のパリの裕福な家庭の様子を伝えてくれます。 -
ピエール=オーギュスト・ルノワール「カーニュのテラス」1905年
重いリューマチに悩まされた晩年のルノワールは、南フランスの街カーニュにしばしば滞在しました。1903年から1907年までの間、彼は、「メゾン・ド・ラ・ポスト」と呼ばれる建物に部屋を借りて住みました。右端に見えているのがその建物です。その窓からは、カーニュの街並みと果樹園を眺めることができました。この作品では、高台に沿って階段状に延びる家々や果樹園が、柔らかな筆づかいで表されます。塀の上に腰掛ける女性は、白い帽子と赤い上着を身につけています。その横には麦わら帽子をかぶった子どもの姿が見えます。 -
ピエール=オーギュスト・ルノワール「すわる水浴の女」1914年
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ピエール=オーギュスト・ルノワール「水浴の女」1907年頃
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ゴッホ×ゴーガン
フィンセント・ファン・ゴッホ「モンマルトルの風車」1886年
1886年早春、ファン・ゴッホはアントウェルペンを去り、パリに到着しました。到着後、ゴッホは弟テオとモンマルトルの丘の中腹に新たにアパルトマンを借り、同居を始めます。この作品に描かれている風車は、そのアパルトマンのすぐ近くにある「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」というダンス場のシンボルです。ゴッホは故郷オランダを思い起こさせるモンマルトルの風車を様々な角度から繰り返し描きました。華やかな都会の裏側のもの悲しい雰囲気がうかがえる一方で、かつてのオランダ時代のゴッホ作品には見られない明るい色彩で描かれた1点です。 -
ポール・ゴーガン 「馬の頭部のある静物」1886年
三つ折れ人形を思わせる東洋的な玩具、馬の頭部の古代彫像、浮世絵を貼り合わせた団扇に書籍。なんとも奇妙な組み合わせの静物が、規則正しい斑点をもって描かれています。ゴーガンとしては珍しい新印象主義的技法、点描によって描かれた静物画です。馬の彫像は、現在では大英博物館所蔵になるギリシアのパルテノン神殿の彫刻と建築の部分をなしていたエルギン・マーブルズ《月神セレネーの馬の頭部》を模した像のようです。人形や団扇は当時の日本美術愛好の流行によりパリにもたらされたものでしょうか。ゴーガンは、やがて、日本美術の影響を受けて、本格的にその技法を学び、平面的な単純化を目指す表現によって新たな様式を確立することになりますが、この作品はゴーガンの日本美術へ関心の端緒を開いたものといえましょう。 -
ポール・ゴーガン 「ポン=タヴェン付近の風景」1888年
フランス北西部のブルターニュ地方にあるポン=タヴェンは、1860年代からフランスのみならず外国の芸術家をも惹きつけるようになりました。ゴーガンが初めてポン=タヴェンを訪れたのは1886年、38歳のときでした。この作品は、ゴーガンの2度目の滞在のときに制作されました。地面は緑で覆われて、春の訪れを感じさせるものの、ひとけのない寂しげな景色です。ポン=タヴェン郊外の「愛の森」と呼ばれる森から、アヴェン川とその対岸の柵に囲まれた牧場を望んでいます。後景にはサント=マルグリット山が見えます。 -
ポール・ゴーガン 「乾草」1889年
1888年暮れ、アルルでのファン・ゴッホとの共同生活が終結したのち、40歳のゴーガンは、ポン=タヴェンからさらに南に下った海辺の村ル・プールデュに初めて赴きました。その後、1889年秋から1890年11月までの間、友人のオランダ人画家メイエル・デ・ハーンとともに、小さな宿屋に滞在し、この宿屋の食堂の4つの壁面を自分たちの作品で飾る計画に着手しました。《乾草》はそのうちの1点です。色面に区切られた地面には規則的な筆致が見られます。垂直に伸びる木々は、装飾的な効果を生み出しています。 -
マリー・ブラックモン「セーヴルのテラスにて」1880年
マリー・ブラックモンは印象派の女性の画家です。夫フェリックスを通じて印象派の画家たちを知りました。この作品は1880年の印象派展に出品した同タイトルの作品(ジュネーヴ、プティ・パレ美術館)と同時期に制作されました。モデルは、友人の画家ファンタン=ラトゥールとその妻ヴィクトリア・デュブール、そして右側の女性は画家自身であろうとの見方がある一方で、画家の息子ピエールは、妹のルイーズ・キヴォロンがそのモデルになったと語っています。右側の女性の白い衣装は、太陽の光を受けて輝く様子が、青と淡いピンクで描かれているなど、モネやルノワールの絵画に学び、光による微妙な色調の変化をとらえた、印象派らしい描法となっています。 -
モネ×シスレー×シニャック
アーティゾン美術館には、クロード・モネの作品は8点ありますが、うち、今回は7点が展示されていました。 -
クロード・モネ「アルジャントゥイユの洪水」1872-73年
印象派の風景画家モネは、1871年から1878年までの間、パリの北西の街アルジャントゥイユに暮らし、すぐそばを流れるセーヌ川沿いの風景を繰り返し描きました。この作品の左側にぼんやりと見えるのはマラント島。奥には城館のみならず工場の煙突が見えて、この地域が近代化されていることがわかります。1872年12月から翌年2月にかけて雪解け水でセーヌ川が増水し、アルジャントゥイユは洪水に見舞われました。木立の左側にあるはずの散歩道も水浸しになっています。川の上を鳥が舞うことで、暗い色彩で描かれたこの作品の緊迫感や動感が増幅されます。 -
クロード・モネ「アルジャントゥイユ」1874年
先週は、ポーラ美術館で「モネ-光のなかに」(11点)を見てきました。国内でこれだけのモネの作品を常時、見れる幸せ。国立西洋美術館が休館中なのが寂しいですが・・・ -
クロード・モネ「アルジャントゥイユ」(部分拡大)
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クロード・モネ 「雨のベリール」1886年
フランスのブルターニュ地方は多くの画家に愛された土地でした。モネが一時期滞在したのは、ブルターニュ半島の南にある「美しい島」という意味の小さな島ベリール。モネは1886年9月から11月末までこの島にとどまり、滞在中に46歳の誕生日を迎えました。モネがベリールを描いた油彩画は現在40点ほど知られています。この作品の中央には、ポール=ドモワ湾の中央に位置する「ギベル」と呼ばれる岩が見えています。遠くの岩は雨でかすんでいます。横なぐりの雨は斜め向きのタッチで表現され、海の白い波は曲線で表されています。粗々しい水面の表現が印象的な作品です。 -
クロード・モネ「霧のテムズ川」1901年
こちらはパステル画の作品です。 -
クロード・モネ「睡蓮の池」1907年
睡蓮を扱ったモネの作品は膨大な数にのぼりますが、その中には同様の構図で描かれた連作があります。この作品は、1907年に描かれたおよそ15点からなる縦長のカンヴァスによる連作の1点です。水面に浮かぶ睡蓮と池の周囲にある柳の木の反映が画面に幻想的な空間を生み出しています。モネはこの連作において、太陽が高い昼間から日没にかけて刻一刻と空の色が変化していく様を同じ構図の中に描きました。この作品の淡い朱を帯びた水面は、日没が近づいていることを感じさせます。 -
クロード・モネ「睡蓮」1903年
モネは1883年より、パリ近郊ジヴェルニーに居を構えました。1890年には家と土地を購入し、セーヌ川支流のエプト川のさらに支流のリュー川から庭の池に水を引き、そこに睡蓮を浮かべて制作を続けました。1901年から翌年にかけては土地を買い足し、池を拡張しています。その後のモネは睡蓮の絵画制作に没頭することになります。この作品では全体を水面が覆い、ところどころに花をつけた睡蓮が浮かぶ様子が描かれています。画面は今にも動き出しそうな躍動感を持っています。 -
芸術家の肖像写真コレクション より
クロード・モネの肖像 -
クロード・モネの肖像
睡蓮を描いています。 -
アルフレッド・シスレー「森へ行く女たち」1866年
1865年7月からパリでアトリエを共有していたシスレーとルノワールは、翌66年2月、友人で画家のジュール・ル・クールと3人でマルロット村に滞在して、制作を行いました。この作品に描かれているのは、村に暮らす人々。道の両側には石造りの家が並びます。季節は晩秋。中央の3人の女性は、冬の間に燃やす薪を拾いに森へ出かけようとしています。暗い色調の作品ですが、明暗の対比が効果的に使われており、日差しを浴びた前景は明るくなっています。この作品でシスレーは1866年のサロンに初入選を果たしました。 -
アルフレッド・シスレー「サン=マメス六月の朝」1884年
印象派の風景画家シスレーは、1860年代にパリ南東約60km のところにあるフォンテーヌブローの森で写生を行いました。1870年代にはパリ西郊のルーヴシエンヌやアルジャントゥイユのセーヌ河畔で制作し、1880年以降はフォンテーヌブローの森の東側のロワン川流域に暮らしました。パリ近郊のセーヌ河畔は行楽や産業の場所として近代化されていましたが、ロワン川周辺にはまだ田園が残っていました。フォンテーヌブローの森の東のはずれに位置する小村サン= マメスは、セーヌ川とロワン川の合流点にあることから、フランス中部における河川交通や運輸の中心地として発達しました。
この作品はサン= マメスの北側、セーヌ川沿いのラ・クロワ=ブランシュ通りのポプラ並木を描いたもの。左側をセーヌ川が流れており、水面には舟が浮かんでいます。川の左側に見えているのはセーヌ右岸の村ラ・セルの丘です。画面全体が穏やかな光で包まれていることの多いシスレーにしては珍しく、この作品では明暗の対比がなされ、それによって奥行きが強調されています。人々が行き交う並木道は、影で暗くなっています。青色で影が表現されていますが、これは印象派の作品の特徴のひとつです。印象派の画家たちは影の中にも色彩があることを指摘し、自らの作品でそのことを実践したのです。また、作品全体に筆あとを見ることができるのも、彼らの特徴です。 -
アルフレッド・シスレー「レディーズ・コーヴ、ウェールズ」1897年
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ポール・シニャック 「コンカルノー港」1925年
コンカルノーは、フランス西部のブルターニュ地方の港町です。1891年の夏、シニャックは愛用のヨットに乗ってコンカルノー港からコート・ダジュールのサン=トロペへ向けて船出したことがありました。その後、シニャックはフランスの港町を訪れて水彩による旅日記を残しました。1925年に再びここを訪れた際には油彩画も制作しましたが、この作品は再訪した際に描かれたものの1点です。スーラとともに新印象主義を完成させたシニャックは、後年、点描の色点から方形のモザイク風小片の筆触へ描法を変化させ、この作品では青、ピンク、オレンジ、黄色の淡い色彩で装飾的な画面をつくり上げています。 -
クロード・モネ「黄昏、ヴェネツィア」1908年頃
1908年9月末、67歳のモネは、静養する目的で、妻アリスとともにイタリアの都市ヴェネツィアを初めて訪れました。この都市に魅了されたモネは、しばらく滞在することを決めました。そして約2カ月の滞在中に約30点の作品を制作したのです。この作品の左側に描かれているのは、サン・ジョルジョ・マッジョーレ教会。逆光の中、教会はシルエットで表されています。黄昏の燃えるような光が、建物や空、水面をオレンジ色に輝かせ、水平線に向かうほど赤みが強くなっています。空にはうねるような筆致、水面には横向きのタッチを使っています。モネの巧みな筆づかいを見て取ることができます。
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