2022/09/11 - 2022/09/11
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+mo2さん
2022年もアーティゾン美術館へは、2~3カ月に1回ぐらいのペースで訪れました。「生誕140年 ふたつの旅 青木繁×坂本繁二郎」7月30日(土)~ 10月16日(日)開催は、9月11日に訪問していましたが、作品の写真などそのままになっていたので、旅行記に纏めます。青木繁と坂本繁二郎の生誕140年という記念すべき年に開催する本展、約250点の作品が出品された貴重な展覧会でした。
Artizon Museum HPより~
青木繁(1882-1911)と坂本繁二郎(1882-1969)は、ともに現在の福岡県久留米市に生まれ、同じ高等小学校で学び、同じ洋画塾で画家を志しました。日本の洋画が成熟へと向かう時代の流れのなかで、それぞれに独自の作風を探求しました。青木は東京美術学校(現東京藝術大学)在学中に画壇にデビューし、美術と文学において浪漫主義的風潮が高まる時代のなか、《海の幸》(1904年)で注目を集め、若くして評価されます。しかし、華々しいデビューとは対照的に、晩年は九州各地を放浪し、中央画壇への復帰も叶わず短い生涯を終えました。一方、坂本は青木に触発されて上京し、数年遅れてデビューします。パリ留学後は、福岡へ戻り、87歳で亡くなるまで長きにわたって、馬、静物、月などを題材にこつこつと制作に励み、静謐な世界観を築きました。作風も性格も全く異なる二人ではありますが、互いを意識して切磋琢磨していたことは確かでしょう。 生誕140年という記念すべき年に開催する本展は、約250点の作品で構成されます。二人の特徴や関係をよく表す作品を中心にすえ、それぞれの生涯をときに交差させながら「ふたつの旅」をひもといていきます。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 新幹線
-
アーティゾン美術館は、ブリヂストン美術館から改称し、2020年1月にミュージアムタワー京橋内で新たにオープンしています。その石橋財団のコレクションは、ブリヂストンの創業者である石橋正二郎が半世紀にわたって蒐集した美術品が基礎になっていますが、本格的に絵画収集を始めるきっかけとなったのは、正二郎の高等小学校時代の図画教師だった洋画家・坂本繁二郎との再会でした。若くして夭折した同郷の画家・青木繁の作品の散逸を惜しんだ坂本は、正二郎に青木の作品を集めて美術館をつくってほしいと語ったといいます。その言葉に感じ入った正二郎は、青木を中心として日本近代洋画の収集を始め、およそ10年間で「海の幸」など青木の代表作を購入、コレクションを形成していっています。
-
第1章では森三美の画塾での二人の出会いから、青木の上京と画壇デビュー、追って上京した坂本との青春時代を辿ります。
坂本繁二郎「立石谷」1897年頃 久留米市美術館
森三美のもとで学んでいた頃の坂本の初期作品からは、遠近法や明暗法などの洋画の基礎的な技法を身に付けようとする意欲と喜びが見てとれます -
森三美「河岸放牛図」個人蔵(久留米市美術館寄託)
師と弟子が同じ図柄を描いたものが残っています。本作は森の遺品のなかにあったもの。
なお作品の解説は、本展やArtizon MuseumのHP等より参照しています -
坂本繁二郎「河岸放牛図」石橋財団アーティゾン美術館
同じ図柄のものが坂本旧蔵にあり、いずれも英国絵画の図版などからの模写と思われるが、同じ手本を模写したものか、師の模写を手本に坂本が模写したものかは不明 -
坂本繁二郎「刈入れ」1898年 個人蔵(久留米市美術館寄託)
森にもほぼ同構図の作品がある作品。同じ場面を違う時間に描いたと思われます -
森三美「筑後風景」1910年頃 個人蔵(久留米市美術館寄託)
久留米時代の青木がどのような絵を描いていたかは不明ですが、青木は1909年に佐賀中学校の教諭となっていた森を訪ね、たびたび出入りしています。その頃の青木と森の同構図の作品が残っています -
青木繁「坂本繁二郎像」1902年 個人蔵
久留米在住の画家・森三美の洋画塾で学んでいた青木と坂本。ふたりは高等小学校の同級生ではありましたが、この画塾での出会いを通して初めて親しくなったといいます -
青木繁「麓より妙義山を望む」1902年 個人蔵(久留米市美術館寄託)
1902年の11月から12月にかけて、青木と坂本は同郷の丸野豊と3人で群馬県の妙義山や長野県の小諸へ写生旅行に出かけています -
青木繁「汗の妙義山スケッチ行」1902年 個人蔵(久留米市美術館寄託)
汗の妙義山スケッチ行では、一番前が坂本、真ん中が丸野、後ろに続くのが青木で3人の個性がよく表れています -
青木繁「山上のスケッチ」1902年 個人蔵(久留米市美術館寄託)
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青木繁「坂本繁二郎宛書簡 1902 年12 月14日付」 個人蔵
この旅行は、画業面での充実と裏腹に金銭面では綱渡り状態で、旅費の工面の為
に一人戻った坂本に宛て、青木が出した書簡です -
坂本繁二郎「青年裸像」1903年 個人蔵
1902年9月、青木とともに上京した坂本は、小山正太郎の画塾不同舍に入門します。不同舍での修業時代の坂本の作品 -
青木繁「舞楽面」1900-03年 石橋財団アーティゾン美術館
青木は、東京帝室博物館(現・東京国立博物館)の平常陳列で展示されていた能面を、舞楽面や行道面、伎楽面といった様々な仮面とともにスケッチしました。猩々、泥眼、小喝食、曲見、般若、大童子、大飛出などいろいろな種類の能面を、それぞれの特徴を生かすように角度を変えて描いています -
青木繁「舞楽面」1900-03年 石橋財団アーティゾン美術館
青木の「仮面スケッチ」は坂本の遺品の中から発見されました。なぜ坂本の元にあったかは分かっていません。 -
青木繁「伎楽面」1900-03年 石橋財団アーティゾン美術館
当時26点あったスケッチのうち25点が、アーティゾン美術館に所蔵されており、今回そのすべてが展示されていました -
青木繁「舞楽面」1900-03年 石橋財団アーティゾン美術館
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青木繁「舞楽面」1900-03年 石橋財団アーティゾン美術館
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青木繁「舞楽面」1900-03年 石橋財団アーティゾン美術館
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青木繁「闍威弥尼」1903年 石橋財団アーティゾン美術館
白馬会第8回展出品。青木はこの他に10数点出品しましたが、現存するのはこの絵と「黄泉比良坂」の2点だけです。題名の「闍威弥尼」とは古代インドの哲学者ジャイミニのこと -
青木繁「輪転」1903年 石橋財団アーティゾン美術館
本作「輪転」も、その主題はよく分かっていませんが、やはり神話の雰囲気を色濃く漂わせています -
青木繁「自画像」1903年 石橋財団アーティゾン美術館
青木繁はいくつもの印象的な自画像を描き残しています。青木は作品ごとに描く方向性をまず考え抜いてから制作に取り掛かるところがあり、油彩や鉛筆による様々な自画像はどれも表現が異なり、大きな振幅を持っています。 -
坂本繁二郎「町裏」1904年 個人蔵
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青木繁「海の幸」1904年 石橋財団アーティゾン美術館
1904(明治37)年7月半ば、東京美術学校西洋画科を卒業したばかりの22歳の青木は、友人の画家坂本繁二郎、森田恒友、福田たねと、千葉県館山の布良海岸へ写生旅行に出かけました。この太平洋の黒潮に向きあう漁村に約1カ月半滞在し、その間に制作された代表作がこの「海の幸」です。 -
後年、坂本は、自分が目にした大漁陸揚げの様子を宿に帰って青木に話したところ、翌日からこの作品の制作に取り掛かった、と証言しています。坂本は実際の漁港の情景とはまったく異なるものだと語っていますが、目撃談だけからこうしたイメージを思い浮かべてしまうところに、青木の想像力と創造力のきらめきがよく表れています。
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図柄は、10人の裸体の男が3尾の鮫を担いで、二列縦隊で砂浜を右から左へと行進する様子です。中ほどの人物を見ると、正面から強い光を浴びているのがわかります。青木は布良の地勢や地誌、風俗を体全体で受け留め、それを荒々しい筆づかいと、若々しさ溢れる題材で再創造しました。
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青木繁「海」1904年 石橋財団アーティゾン美術館
1904(明治37)年夏、青木繁は友人の坂本繁二郎らと千葉県館山市布良海岸に滞在し、「海の幸」を制作しますが、あわせてこの海岸の波打ち際を何点も描いています。熱い日差しに輝く岩が、太平洋の激しい波を受け留めています。 -
青木繁「海景(布良の海)」1904年 石橋財団アーティゾン美術館
「海の幸」と同じ夏に同じ布良で描かれたもの。モネなどの、フランス印象派の作品を見ていないはずの青木が、おそらく印刷物を通じてその表現を学び取っていたことを教えてくれます。 -
青木繁「海」1904年 石橋財団アーティゾン美術館
この作品は、青木と親しく交流した象徴派詩人蒲原有明の所蔵となり、第二次大戦後に一時、川端康成コレクションに加わりました。 -
青木繁「帰漁を待つ母子」1904年 石橋財団アーティゾン美術館
布良の写生旅行でのスケッチ -
青木繁「丘に立つ三人」1904年 石橋財団アーティゾン美術館
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青木繁「眼(二つ)」1904年 個人蔵
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青木繁「絵かるた」1904年 個人蔵
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青木繁「錆斧(春鳥集口絵)」1905年 個人蔵
「春鳥集」中の長編叙事詩「錆斧」をもとに青木が原画を描いたもの -
青木繁「大穴牟知命」1905年 石橋財団アーティゾン美術館
『古事記』の一場面です。大穴牟知命は大国主命の別名。大穴牟知は兄たちに謀られて焼け死に、それを悲しんだ母の願いを聞き入れた神産巣日神が蚶貝比売と蛤貝比売を遣わします。蚶貝比売が貝殻を削った粉に、蛤貝比売が乳汁を混ぜ合わせ、それを大穴牟知の体に塗りつけると蘇生しました。彼はその後数々の苦難を乗り越えて地上の支配者となります。手前に横たわる裸身の大穴牟知、左に蚶貝比売、右が乳房をつかむ蛤貝比売です。蛤貝比売がこちらを見つめる眼差しが、神話の世界と私たちをつなぐ強い絆になっています。 -
それほど混んでおらず、じっくり作品鑑賞することができました
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青木繁「狂女」1906年 石橋財団アーティゾン美術館
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青木繁「雪景」1906年 石橋財団アーティゾン美術館
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第2章 別れ
1907年3月、青木と坂本は東京府主催の勧業博覧会に挑みます。不本意な結果に終わった青木と画壇において初めて評価を受けることとなった坂本。この結果は二人の運命の別れ道となりました。同年の8月、父危篤の知らせを受け久留米へ戻った青木は、経済的難問を抱えて九州各地を放浪の末、1911年に28歳で亡くなります。一方、坂本は第一回文展に入選、1910年には結婚し、妻、母を伴って三人で上京するなど、公私ともに充実期を迎えようとしていました。
青木の死後、坂本や友人たちの尽力により、その作品は世に知られるところとなります。 -
青木繁「わだつみのいろこの宮」1907年 石橋財団アーティゾン美術館
読書家だった青木繁は内外の神話を広く読みあさり、その中から特に日本神話に取材した作品をいくつも残しました。この作品も『古事記』から取られています。兄の海幸彦から借りた釣針をなくした山幸彦は、それを探し求めて海底に下りていきます。すると「魚鱗のごとく造れる」海神綿津見の宮殿があり、その入り口に井戸を見つけました。水を汲みに宮殿から出て来た侍女が桂樹にすわる山幸彦に気づき、海神の娘、豊玉姫を呼びます。山幸彦と視線を交わす左の赤い衣が豊玉姫、右の白い衣が侍女です。やがて山幸彦と豊玉姫は結ばれて、2人の間に生まれた男児が天皇家の祖となります。 -
青木繁「月下滞船図」1908年 石橋財団アーティゾン美術館
この作品は、青木が1908年に筑後川に浮かぶ船々を描いた作品です -
青木繁「風景」1910年 個人蔵
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青木繁「湯祭」1910年 個人蔵
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坂本繁二郎「新聞」1910年 個人蔵
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坂本繁二郎『草画舞台姿原画』より 1911年 石橋財団アーティゾン美術館
(左)沢村宗之助の皆鶴姫
(中)沢村宗十郎の榛沢平九郎
(右)市川高麗太郎の長作 -
青木繁「自画像」1903年 石橋財団アーティゾン美術館
この自画像では、暗い背景に半身になって、こちらを鋭く見つめる自身を浮かび上がらせています。よく見ると背景には不定型な形がいくつも見えますが、これは当時の下宿の金唐草模様だったと伝えられています。魔物のような暗い情念を塗り込めたこの自画像は、青木の心の在処を私たちに教えてくれます。 -
坂本繁二郎「自画鏡像」1929年 石橋財団アーティゾン美術館
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青木繁「女の顔」1904年 石橋財団アーティゾン美術館
羽子板に描かれた作品 -
青木繁「農家」1904年 石橋財団アーティゾン美術館
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青木繁「木立(森の暮色)」1904年 石橋財団アーティゾン美術館
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