2020/02/08 - 2020/02/08
84位(同エリア4430件中)
+mo2さん
アーティゾン美術館の開館記念展「見えてくる光景 コレクションの現在地」第2部の続き、6階の「アートをさぐる(Exploring Art)」の「聖俗」「記録」「幸福」です。
忘備録としての展示作品のアップです。作品内容は、HP、図録等を参照しています。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
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5Fのロビーに展示されている「セクメト神像」紀元前14世紀。
人間の若い女性の身体と雌ライオンの頭部をもつエジプトの神です。アーティゾン美術館 美術館・博物館
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4Fの「聖俗」では、エジプトのハヤブサ(ホルス)神像からシュメール、ギリシャの彫刻、ジャコメッティの作品など立体的な作品が並びます。
こちらは、シュメール「女の胸像」 紀元前24世紀。 -
エジプト テーベ(ルクソール)「レリーフ断片:アヌビス神礼拝図」 新王国時代 ラメセス2世治世
アヌビス神は、エジプトの中でも比較的に古い時期から崇拝されていたミイラづくりの神であり、犬またはジャッカルの頭部を持つ半獣もしくはジャッカルそのものの姿で描かれています。 -
エジプト・テーベ(ルクソール)「彩色木棺」第3中間期 第21王朝
高位の女性の内棺の蓋部分。棺の胸中央には赤い心臓と日輪、そして肩部から下腹部には襟飾りが描かれています。胴体下部は欠損していますが、天空の女神ヌートやイシス神とホルス神の姿などが表現されています。 -
「彩色木棺」(顔部分拡大)
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エジプト「聖猫」 末期王朝時代
エジプト・プトレマイオス朝時代の可愛らしいブロンズ像。 -
エジプト「ハヤブサ神像」プトレマイオス朝─ローマ属領時代初期
ホルス神ですね。 -
ヘルクラネウム 壁画断片「ディオニュソス図」 1世紀
ヘルクラネウムは、古代ローマの町で、ポンペイ、スタビアエ、オプロンティスと共に西暦79年8月24日に始まったヴェスヴィオ火山の噴火により失われたことで有名です。 -
ギリシア「哲人の顔」紀元前4世紀
「哲人の顔」とよばれる、紀元前4世紀の肖像彫刻です。背後の彫りが荒く、右耳も欠けていることから、箱型の空間に設置された、複数人物像からなる墓碑の一部であった可能性があります。ヘレニズム時代は、人間をありのままに表そうとする写実的な表現が盛んとなりました。少しねじった首、何かを見つめている目、悩みを抱えたような眉の寄せ方には、人間の内面の繊細な感性の表出を見ることができるでしょう。それまでの理想化した姿の探求のみにとどまらず、人間の様々な感情、そして人体のダイナミックな動きの表現はこの時代の芸術の特徴です。 -
グレコ=ローマン「アテナ頭部」制作年不詳
顔が大きく歪んでいますが元々なのでしょうか? -
ギリシア 「ヴィーナス」 ヘレニズム時代(紀元前323-30年)
この彫像は、古代、ヴィーナス像の素材として理想的とされていた、エーゲ海パロス島産の純白の大理石に彫られています。腰から下にまとった衣が風にひるがえるのを左手で押さえるポーズは、海の泡から生まれたヴィーナスを象徴するものです。ヘレニズム時代は、アレクサンダー大王の大帝国建設によって、ギリシア文化が東方の文化と活発に交流し、新たな美意識が生まれ、彫像は神殿に設置されるだけでなく、それ以外の公共の都市建築物や個人の邸宅をも飾るようになりました。宗教との関係が薄れたことから世俗的な傾向が強くなり、この作品のように、神々をより人間的に表し、また永遠を示唆する静止状態よりも、動きを表現するようになりました -
パルミュラ 「人物像」 1-2世紀
パルミュラは、シリア中部の古代都市。ローマの治下にあって広範な自治権をもち,前1世紀-後3世紀に隊商の根拠地として繁栄しました。廃墟からバアル大神殿,凱旋門,塔形墳墓,オリエント風彫刻などが発見されており、世界遺産に登録されていますが、ISILによる破壊が甚大です。 -
パブロ・ピカソ「道化師」1905年
超人的な創造力で膨大な作品を制作したピカソですが、その才能は絵画にとどまらず、彫刻、版画、陶芸など多岐にわたっています。 -
オシップ・ザツキン「三美神」1950年
古代ギリシャ、ローマ時代(紀元前)と20世紀の彫刻が並んで展示されています。 -
グレゴリオ・ラッザリーニ「黄金の子牛の礼拝」1700-07年頃
旧約聖書に題材を取った作品です。 戒律を破り、黄金の子牛の礼拝を人々に呼びかける扇動者。疑いながらも、その呼びかけに耳を傾ける民衆。老若男女が描き分けられ、扇動に動かされる人々の多さを暗示します。 -
ジョルジュ・ルオー「郊外のキリスト」1920-24年
家具職人の子として生まれ、ステンドグランス職人のもとで修業したルオーにとって、パリのセーヌ河畔や郊外は最も身近な風景でした。この作品の舞台はパリ19区の労働者地域ベルウィルとされ、ルオー自身が「場末の町に貧しい親子を描いた」と語っています。 -
ジョルジュ・ルオー「ピエロ」1925年
ルオーは、アンリ・マティス、アンドレ・ドランなどのフォービスムや表現主義の作家として知られていますが、 ほかの表現主義作家よりもグロテスクな色使いで荒々しいタッチが特徴です。売春婦やピエロや道化者たちを描いた作品も多いですが、内省的な作品です。 -
ゲオルゲ・グロス「プロムナード」1926年
ベルリンの繁華街の歩道を歩く人々が描かれています。画面全体の色調や目を伏せ気味に行き交う人々は重々しい雰囲気を醸し出していますが、その中で赤いドレスの女性が目を引きます。 -
アルベルト・ジャコメッティ「ディエゴの胸像」1954-55年
スイスの彫刻家ジャコメッティは、若くしてシュルレアリスムの周辺で高い評価を受けた後、1940年以降は主題を一変させ、人物の姿を見えるままに再現する試みに専心しました。この作品は1951年から4年間にわたって制作された弟ディエゴをモデルとする肖像群の中の1点です。 -
ヘンリー・ムア「横たわる人体」1976年
20世紀イギリスの彫刻家ムアは、人体を基礎とした生命感あふれる抽象的な形態を追求したことで知られます。「横たわる人」は、ムアが多種多様なヴァリエーションを展開して繰り返し制作した、トレードマークともいうべき主題のひとつで、古代マヤの石彫チャックモールから想を得たといわれています。 -
ウジェーヌ・ブーダン「トルーヴィル近郊の浜」1865年頃
フランスのノルマンディー地方出身の画家ブーダンは、海景画を得意としました。上半分を空が占め、浜辺に集う流行の衣服をまとったパリの上流階級の男女が描かれています。 -
アントニー・ヤンスゾーン・ファン・デル・クロース「レイスウェイク城」制作年不詳
オランダの風景画家による作品ですが、詳細は不明。 -
ジャック・カロ「ルーヴル宮眺望(『パリ二大景観』より)」制作年不詳
ジャック・カロは、バロック期に活動したロレーヌ地方出身の版画家。生涯を通じて1400もの細密なエッチングを制作しています。 -
ジャック・カロ「ポン=ヌフ眺望(『パリ二大景観』より)」制作年不詳
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ジョヴァンニ・バッティスタ・ピラネージ「クイリナーレ広場のディオスクーリ像(『ローマの景観』より)」制作年不詳
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シャルル・メリヨン「プティ・ポン」1850年以降
シャルル・メリヨンは、フランスの版画家。19世紀フランスを代表する銅版画(エッチング)作者の一人で、パリの風景を描いた作品が知られています。 -
クロード・モネ「アルジャントゥイユの洪水」1872-73年
印象派の画家モネは、1871年から78年までの間、パリの北西の街アルジャントゥイユに暮らし、すぐそばを流れるセーヌ川沿いの風景を繰り返し描きました。1872年から翌年にかけて雪解け水で増水し、アルジャントゥイユは洪水に見舞われました。木立の左側にあるはずの散歩道も水浸しになっています。 -
ベルト・モリゾ「バルコニーの女と子ども」1872年
ベルト・モリゾは印象派の女性画家です。母子や幼児など市井に生きる人々を、明るく奔放な筆触で繊細かつ穏やかに描いた作品で知られます。パリ西部シャイヨー宮にほど近いバンジャマン・フランクリン通りの自邸が舞台となり、瀟洒な女性と子どもがバルコニーから眼下に広がるパリの景観を見渡しています。眼下にはトロカデロ庭園、セーヌ河、シャン・ド・マルス公園が描かれ、地平線の右側にはアンヴァリッドのドームが見えます。セーヌ県知事オスマンによって近代都市に生まれ変わったパリが、印象派の技法で鮮やかに描かれています -
「バルコニーの女と子ども」(部分拡大)
女性のモデルは、モリゾの姉のエドマかイヴとされており、子供のモデルはイヴの娘でビシェットと呼ばれたポール・ゴビヤールであるかもしれません。 -
アンリ・ルソー「イヴリー河岸」1907年頃
印象派時代に活躍した素朴派を代表するフランス人画家ルソーの幻想的な作品。 -
フィンセント・ファン・ゴッホ「モンマルトルの風車」1886年
ゴッホの作品も1点展示されていました。ゴッホがアントワープを去ってパリに着いたのは1886年の春ですが、これはパリの「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」の裏手から見た光景です。 -
ケース・ヴァン・ドンゲン「シャンゼリゼ大通り」 1924-25年
オランダ出身のヴァン・ドンゲンはロッテルダムの美術学校で学び、20歳の頃パリへ移住しました。次第にフォービズムに傾倒し明るい色彩表現を手に入れます。第一次大戦後は肖像画家としてパリ社交界で人気を博し、この絵に見られる享楽的な都市生活や流行のファッションに身を包んだ女性たちを優しい色彩で描きました。 -
ラウル・デュフィ「ポワレの服を着たモデルたち、1923年の競馬場」1943年
ポワレは20世紀初頭を代表するファッションデザイナーで、コルセットを着けない直線的なドレスを考案したとのことです。明るい緑色を背景に、6人のモデルたちが思い思いのポーズをとっています。 -
岸田劉生「街道(銀座風景)」1911年頃
この作品は、岸田劉生の実家近くの銀座通りを描いたものです。街角の赤煉瓦の建物や右端に見える路面電車などは、当時の銀座通りを象徴するようなモティーフです。このころ劉生は、雑誌「白樺」を通して知ったポスト印象派に関心を寄せ、特にゴッホの強烈な色彩と光の輝きに惹かれていました。 -
藤田嗣治「巴里風景」1918年
渡仏初期、藤田嗣治はパリ周辺部の寂れた景色を好んで描いており、モノクロームに近い灰色を基調とした風景画を多く残しています。この作品は、比較的鮮やかな色彩を用いて、街中の情景を題材にしているのがやや例外的であるものの、全体に漂う寂れた感じや人物の描き方などに初期の風景画の特徴が見られます。 -
松本竣介「運河風景」1943年
堀割と石造りの二連アーチ橋が、緊張感のある構図で描かれています。人のいない静かな街の風景は、1943(昭和18)年という制作年を知ると、様々な思いが重なります。この絵は東京の新橋駅近く、汐留川に架かる蓬莱橋と、隣のゴミ処理施設を描いたもの。汐留川は1960年代に埋め立てられましたが、首都高速道路と昭和通りが交わる交差点に、今も「蓬莱橋」の地名が残ります。運河と橋は、この頃の松本が最も好んで取り上げた題材の一つでした。橋桁や電柱などによる水平線、垂直線の、精緻な組合せが絵に奥行きを与え、戦争末期の重苦しい空気と社会の置かれた状況を、私たちへ強く訴えかけます。人影こそありませんが、まさしくこの時代の人間の生を表しています。 -
岸田劉生「麗子坐像」1920年
岸田は、娘をモデルにした「麗子像」をたくさん描きました。白樺派の詩人、木下利玄旧蔵のこの作品は、左端に「壬戌(みずのえいぬ)3月28日劉生写」という書込があるように、1922年、劉生30歳、麗子7歳のときのものです。麗子はこのときちょうど風邪をひいていたため、喉に白い布を巻いています。 -
「麗子坐像」(部分拡大)
前日、27日の岸田の日記に、椿貞雄からもらったアブソルバン・カンヴァス(水溶性下地の画布)を妻の蓁に張らせ、6、7年前使いこなせずに終わったテンペラを再度試みた結果、「今度は描きにくいと思はぬのみか、かへって一種の味を出すのには大へんいゝ」と気に入り、「一寸面白く出来る」と翌日には仕上げるつもりであるという記述を残しています。 -
レンブラント・ファン・レイン「帽子と襟巻を着けた暗い顔のレンブラント」1633年
ここからは自画像が続きます。 -
中村彝「自画像」1909-10年
この作品は、中村 彝が22歳の頃に描いた自画像です。画面に対しやや斜めに構え、画家の額を頭上からの光が強く照らし出すという構図は、レンブラントの肖像画からの強い影響を示しています。 -
藤島武二「自画像」1903年頃
藤島武二の30歳半ば頃(芸大の助教授の頃)の姿で、油彩の自画像ではこれが唯一の作品だそうです。 -
アンドレ・ドラン「自画像」1913年
アンドレ・ドランは、アンリ・マティスらとともにフォーヴィスム(野獣派)の運動において指導的役割を果たした画家。風景、人物、静物などさまざまな画題の作品があります。この若い自画像は写実的で、くすんだ暗い色彩です。 -
青木繁「自画像」1903年
青木繁はいくつもの印象的な自画像を残しています。青木は作品ごとに描く方向を考え抜いて制作に取り掛かることがあり、油彩や鉛筆による様々な自画像はどれも表現が異なります。この自画像では、暗い背景に半身になって、こちらを見つめる自身を浮かび上がらせています。背景には不定形な形がいくつも見えますが、これは当時の下宿の金唐草模様だったと伝えられています。 -
坂本繁二郎「自像」1923-30年検索に移動
坂本 繁二郎は、青木繁と同じ年、同じ久留米に生まれた画家。文学青年で浪漫派だった青木に対し、坂本には学者肌のところがあり、優れた絵画論をいくつも著しています。これはパリにいた頃の自画像で、この作品に8年も筆を入れ続けたそうです。 -
小出楢重「帽子をかぶった自画像」1924年1921年、6カ月のフランス体験以降、大阪に帰った小出は洋服を着て過ごすようになり、朝食もパンとコーヒーに改めました。油彩画に真っ向から取り組むために、実生活から西洋風に変えていこうという悲壮な覚悟ともとれます。1923年9月、小出は関東大震災に遭うという未曾有の体験をします。一瞬にして世界が崩れてしまった現実は、小出に大きな衝撃を与えました。これを機に、従来の多くの題材を盛り込んでいた画面が、急速に整理されていきました。翌年8月に制作されたこの作品は、小品が多かった小出作品の中では、記念碑的な大きさを持ち合わせています。画家であることを自己確認、検証する姿を見てとることができます。
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展覧会最後は「幸福」をテーマにした展示です。
藤島武二「浪(大洗)」 1931年 -
坂本繁二郎「放牧三馬」1932年
1924年9月にフランスから帰国した坂本は、家族の待つ郷里・久留米にもどり、その後八女市に住まいを移すとともに、アトリエを構え、以後は生涯を閉じるまで八女で制作し続けました。馬を描き始めたのも八女に移住した頃からです。彼は、気に入った馬を探して、阿蘇や雲仙など九州各地に出かけ、スケッチをもとに八女のアトリエで制作しました。光を浴びてさまざまな色に染まる馬の姿に彼は魅せられたのでしょう。この作品は第19回二科展に出品され、石橋正二郎によって購入されました。 -
青木繁「海景(布良の海)」1904年
1904年(明治37年)夏、青木は有事の坂本繁二郎らと千葉県館山市布良に滞在し、「海の幸」を制作しますが、あわせて海岸の波打ち際を何点も描いています。暑い日差しに輝く岩が太平洋の激しい波を受け止めています。 -
「海景(布良の海)」(一部拡大)
荒々しく鮮やかな点描表現は、モネを思い起こさせますが、青木自身は何も語っていません。 -
藤島武二「チョチャラ」1908-09年
藤島武二は、38歳の時に4年間のヨーロッパ留学を果たします。その後半をローマで過ごし、肖像画家として名声の高かったエミール=オーギュスト・カリュロス=ディランに師事しました。肩肘の張らないのびのびとした女性像を藤島はローマで残しますが、この作品はその中の代表作です。モデルは、独特のスカーフを巻いてチョチャラ地方からローマへやって来る花売り娘です。 -
青木繁「わだつみのいろこの宮」1907年
青木繁は、日本の古代神話をモチーフとした作品を多く残しています。これは『古事記』の海幸彦・山幸彦の一場面。画面上部、木の枝に隠れて座るのが山幸彦。
赤い衣をまとい、山幸彦と視線を交わすのが豊玉姫。右側の白い衣の女性は、姫の侍女です。兄・海幸彦に借りた釣針をなくしてしまった山幸彦は、途方に暮れながら綿津見の宮を訪れ、そこで豊玉姫と結ばれます。
「わだつみのいろこの宮」で描かれるのは、姫がいままさに、恋に落ちた瞬間です。 -
岸田劉生「南瓜を持てる女」1914年
右下の署名と年記からこの絵は1914年7月6日に制作されたことがわかっています。長女麗子の出産後3カ月の妻をモデルにしたといわれています。しかしながら描かれた妻の表情からはあえて個性が削ぎ落され、大地と収穫を象徴する女神像として描かれているようです。 -
ウィレム・デ・クーニング「すわる女」1969-80年
デ・クーニングは、1963年以降ニューヨークの郊外、ロングアイランドのイースト・ハンプトンに移住しアトリエを構えました。晩年になると画面の抽象化は進み、色とりどりの色彩が自由な筆致により画面に展開していきました。1970年代には絵画と並行して彫刻も手掛けるようになりました。 -
「すわる女」 (後方から)
この作品では絵画で何度も描いた女性像を主題に、人物が溶解するような形態を立体で表現しています。前から見ると何かわかりませんでしたが後方から見るとすわる女ということがわかります。 -
ピエール・スーラージュ「絵画 1969年5月26日」1969年
100歳の現役画家、ピエール・スーラージュの作品。作品には完成年月日とサイズのみを記しタイトルとしています。 -
メアリー・カサット「娘に読み聞かせるオーガスタ」1910年
カサットの作品は、女性や母子などの日常生活における身近な情景を明るい印象派的手法で描き上げた様式に特徴があります。この作品は、カサットが晩年過ごしたパリ近郊、ル・メニル=テリビュにあるボーフレーヌ館の緑豊かな庭園で描かれた母子像です。 -
アンリ・マティス「コリウール」1905年
1905年マティスは、友人で画家のドランとともに南フランスの小さな漁村コリウールに滞在し、それまでの点描から色面での表現へと大きく画風を変化させました。この作品では風景が大胆に表現され、色彩も自由に使われています。 -
ハンス・ホフマン「プッシュ・アンド・プル II」1950年
ホフマンはドイツ出身のアメリカで活動した画家。この作品の画題ともなっている「プッシュ・アンド・プル 」とは、ホフマンが美術教師としてアメリカの次代を担う前衛的な芸術家たちに教えた美術理論のうちのひとつであり、面として浮かび上がる画面内の要素が押したり引いたりし合うように見える視覚的効果のことを指します。 -
エミリー・カーメ・イングワリィ「春の風景」 1993年
エミリー・カーメ・イングワリィは、オーストラリアを代表するアボリジナル・アーティストの一人。正規の美術教育を受けたことは一度もなく、学校にすらいったことがなかったが、78歳頃から本格的に絵を描き始め、死去するまでの8年間に3000点以上の絵画作品を残しました。 -
ザオ・ウーキー「風景 2004」2004年
パリを舞台に活動を続け、近年その声価を高めている抽象画家ザオ・ウーキー(ZAO Wou-Ki、趙無極)は、1921年、北京で、宋王朝にまで遡ることができる名家に生まれました。1948年、27歳で渡仏し、1950年代半ばには抽象絵画に取り組むようになり、当時、フランスで大きな潮流となっていた「アンフォルメル(「不定形」の意)」の画家たちとの交流から大きな影響を受けます。そして鮮烈な色彩の巨大な油彩作品を数多く手がけると同時に、モノクロームの水墨画や版画にも取り組むなど、多彩な制作活動を展開してゆきます。1964年にフランスに帰化したザオ・ウーキーは、洋の東西の違いを越えて、絵画の本質を極めようと努めた画家であるといえます。 -
ザオ・ウーキー「無題(Sep.50)」1950年
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ラウル・デュフィ「オーケストラ」1942年
働きながら美術学校の夜間クラスで絵を学んだデュフィは、マティスの作品に刺激されフォービズムの画家を志し、明るい色彩と軽やかな線描を用いた独自の画風を確立しました。音楽一家に育ったことから楽器や譜面が描きこまれた絵を数多く残していますが、オーケストラの主題に本格的に取り組むのは1942年頃からです。俯瞰的にとらえることで演奏家たちを画面いっぱいに描いたこの作品は臨場感に溢れ、リズミカルな筆致と澄んだ色彩は空間に満ち渡る音楽を感じさせます。 -
野見山暁治「かけがえのない空」2011年
現存、洋画家の最長老(99歳)といえる野見山暁治の作品。90歳を過ぎてからの透き通った朱色が空を駆ける「かげがえのない空」という作品。 -
田中敦子「無題」1965年
具体美術協会に参加したアーティストの中でも、田中敦子は国際的にもっとも評価の高い一人で、草間弥生、オノヨーコに並ぶ偉才と評されました。
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