とよとよ25さんのクチコミ(296ページ)全6,525件
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投稿日 2017年01月16日
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投稿日 2017年01月16日
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投稿日 2017年01月16日
総合評価:4.5
両国小学校敷地内の北西に芥川龍之介の文学碑がありますが、その隣に駆逐艦「不知火」の錨が置かれていました。なぜ駆逐艦の鎖がこんな場所に?と思いましたが、両国にあった鉄鋼業者が不知火の解体作業で得たものを、近くの両国小学校に寄贈したとの事です。不知火といえば第二次世界大戦で活躍した陽炎級駆逐艦だと思っていたのですが、初代の方だったのでちょっと拍子抜けした感はありましたが、黄海海鮮や日本海海戦などに参加した立派な艦なので、実物を目にすることができて感激しました。
- 旅行時期
- 2017年01月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2017年01月16日
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ご飯お代わり自由
投稿日 2017年01月16日
総合評価:3.5
両国駅から徒歩5分ほど、京葉道路沿いにある定食屋さんです。土曜日の15時頃の訪問だったので店内は2割程度しか席が埋まっていませんでした。チェーン店なのでいろいろな場所で見かけるのですが、利用するのは初めてでした。メニューが豊富で良かったのと、ご飯がお代わり自由だったのは良かったですね。ただ、座席のシートが破れていたり設備がイマイチだったのが残念でした。
- 旅行時期
- 2017年01月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- 一人当たり予算
- 1,000円未満
- 利用形態
- ランチ
- アクセス:
- 3.0
- コストパフォーマンス:
- 3.0
- サービス:
- 2.5
- 雰囲気:
- 3.0
- 料理・味:
- 3.5
- バリアフリー:
- 3.0
- 観光客向け度:
- 1.5
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投稿日 2017年01月16日
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投稿日 2017年01月16日
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投稿日 2017年01月16日
総合評価:4.0
JR両国駅から10分ほど南に歩くと、本所松坂町公園と名付けられた公園がありますがそこが吉良邸跡になります。公園といっても、海鼠壁長門と呼ばれる石壁に囲まれており、公園のようには見えません。10メートル四方程度の狭い場所ではありますが、中には吉良上野介の像の他、吉良邸にあった井戸の他、稲荷社などがありました。吉良邸は2550坪もあったようで、現在の吉良邸跡の敷地は当時の1/86に過ぎないそうです。1月の寒い中多くの観光客が訪れており賑わっておりました。まさにここが忠臣蔵の歴史の舞台であったのかと思うと感慨深いですね。あまり大きな規模ではありませんが、このようにしっかりと史跡を残してくださっているのは嬉しいですね。
- 旅行時期
- 2017年01月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 2.5
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2017年01月16日
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投稿日 2017年01月16日
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投稿日 2017年01月16日
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投稿日 2017年01月16日
総合評価:3.0
吉良邸裏門跡はJR両国駅から南方向に10分ほど歩くと辿り着きます。この辺りには、吉良邸、吉良邸正門跡、吉良邸裏門跡と吉良邸に関する史跡がたくさん残されています。それぞれが別々の場所にあるということはいかに吉良邸が大きかったのかを表していますね。吉良邸裏門からは大石良金(主税)ら24名の赤穂浪士が突入したとされています。大石良金は大石内蔵助の子供であり、吉良邸討ち入り時わずか16歳で吉良邸裏門隊の指揮官を務めたそうです。まさにこの案内板があった付近から赤穂浪士24名が突入したかと思うと感慨深いものがありました。
- 旅行時期
- 2017年01月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2017年01月16日
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投稿日 2017年01月16日
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投稿日 2017年01月16日
総合評価:3.0
両国といえば相撲ですが、もちろん相撲部屋も至る所にあります。私は相撲部屋というものを今回の両国散策で初めて目にしたのですが、ビルに入っているパターンがほとんどであり、ちょっと驚きました(勝手に屋敷みたいな造りを想像していただけですが)。出羽海部屋は両国の南の方、竪川のそばにある相撲部屋です。相撲に関する知識がまったくないため、出羽海部屋がどのくらいすごい相撲部屋なのか全くわからなかったのですが、ビルの前にある案内板を見て、横綱9名を輩出した名門中の名門という言葉に驚きました。日本人なのに相撲を全く知らないというのも恥ずかしいような気がしましたので、これをきっかけに相撲を見てみようと思います。それにしても、相撲部屋の前には必ずと言っていいほど自転車が並んでいるのが面白いですね。
- 旅行時期
- 2017年01月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2017年01月16日
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投稿日 2017年01月16日
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投稿日 2017年01月16日
総合評価:3.0
都営地下鉄森下駅より徒歩5分程の場所にある要津寺の境内に入るとすぐ右手に「島男也墓」の案内板があります。島男也は笠間藩(現在の茨城県)出身でしたが、21の時に脱藩し、その時に島男也と改名したそうです。脱藩後、伊勢や大阪において道場を開き、独自の鹿島流という剣術を教えていましたが、やがて尊王攘夷運動に加わり、桜田門外の変に加担した罪で江戸伝馬町に投獄され、獄中死したとのことです。残念ながら墓地自体は一般公開されておらず、見学することはできませんでした。要津寺との関係はわかりませんでしたが、わざわざ史跡に指定されるような人物ではないように感じました。
- 旅行時期
- 2017年01月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 2.0
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投稿日 2017年01月16日
総合評価:3.0
都営地下鉄森下駅より徒歩5分程の場所にある要津寺の境内に「中野ギ謙墓」の案内板がありました。中野ギ謙墓は江戸時代に活躍した儒学者で、元禄の頃に関宿藩牧野家の儒官となった事が縁で、牧野家の菩提寺であるここ要津寺に葬られたとの事です。残念ながら墓地自体は一般公開されておらず、見学することはできませんでした。代々の先祖の墓ではなく、主君の近くに眠るというのは当時としては普通だったのでしょうか。要津寺にはいくつか史跡がありますので、それらもまとめて見学されると良いかと思います。
- 旅行時期
- 2017年01月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 2.5
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投稿日 2017年01月16日
総合評価:3.0
都営地下鉄森下駅より徒歩5分程の場所にある要津寺の境内、入ってすぐ右手に3つの案内板がありますが、そのうちの一つが「雪中庵関係石碑群」になります。案内板によりますと、雪中庵とは芭蕉三哲の一人、服部嵐雪の庵号だそうです。案内板には芭蕉三哲とありましたが、蕉門十哲(松尾芭蕉の弟子の中でも優れた10人の弟子)なら聞いたことがあるのですが、芭蕉三哲というのは初めて耳にしました。そういったくくりもあるのかと勉強になりました。俳句や松尾芭蕉が好きだという方にはお勧めのスポットですね。
- 旅行時期
- 2017年01月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 2.5
































