frau.himmelさんへのコメント一覧(27ページ)全1,434件
-
素晴らしい旅行記
himmelさん
私のいい加減な旅行記とは正反対のヒューマニズム、思わずもらい泣きしそうです。撮影禁止を乗り越えたバイタリティーもさすが!
こんなドツボな時期にもぴったりの前向きなメッセージと思いました。例のウイルス感染拡大がなければ、昨年のベートーベン生誕250年はもっと盛り上がったでしょうね。
昨春の緊急事態宣言下で、N響の桂冠名誉指揮者ヘルベルト・ブロムシュテットが「こういうときはベートーベンが特にお薦め」と仰ってました。Re: 素晴らしい旅行記
ねもさん、ご挨拶が遅くなりましたが、本年もよろしくお願いいたします。
ねもさんの山の旅行記、いつも楽しみながら拝見しています。
雪山の美しさもさることながら、それに彩を添えてくれるのが、息子さんやお嬢様を含めた家族愛。いいですね~~。それとほっと心が温かくなるのが、お食事の写真。贅沢ではないけれど(それがいいのです)、ほんとに美味しそう。
コメントありがとうございます。
お褒めに与りまして、お恥かしい。
実は今回の旅行記はほとんど説明付きの写真資料でしたし、それと調べるのも日本語ですから、そんなに褒めていただくことでも・・・。なんて照れ隠しです。確かに時間はかかりましたので、素直にうれしいです。
そうですね。ボンやウィーンではベートーヴェン生誕250年で、いろいろな企画を立てていたようですが、全滅でしたね。
私もあんなことさえなければ、今年もヨーロッパに行ってその中の一つくらいは見ることができたのにと残念です。
ヘルベルト・ブロムシュテットさん、いいことを仰いますね。
ヨーロッパには行けなかったけれど、テレビでもベートーヴェンの特集をいろいろやっていて、今年ほどベートーヴェンを聴いた年はなかったのではないかしらと思いました。
それにしても、このコロナ禍、いつまで続くのでしょうね。
早くマスクを外して外出したい思いに駆られます。
himmel
2021年01月13日22時06分 返信するRe: 素晴らしい旅行記
himmelさん ご返信ありがとうございます。
また過分なお言葉ありがとうございます。私は好きなことをしているだけで、妻や子どもたちは迷惑してるかも!?
そんな細かいところまでご覧いただいて(^^) しょっちゅう遊び歩いているので豪華なディナーでは身が持ちません(笑)
ブロムシュテット指揮のN響は第7交響曲をやってました。私が大好きな曲です。第5や第9は言いようがないほどの傑作ですが、寝転がって聴く音楽ではないような気がします。
いつになったら海外を歩けるのでしょうね。こんなことなら一昨年、無理しても行っておけば良かったと後悔(><)2021年01月14日22時19分 返信するRE: Re: 素晴らしい旅行記
ねもさん、おはようございます。
前回のコメントで、ベートヴェンの生誕250年のことで、今年今年と2度書いていますが昨年の間違いです。どうもコロナのせいで、年が改まったという意識にかけていますね。
それからすみません。私も海外旅行記の写真は、食事は質素なものばかりなもので。
皆様の豪華なコース料理など見せていただきますと、凄いなー、あれみんな完食なさるのかしら?とそれが心配で・・(笑)。
私も7番好きです!。あの旋律がたまりません。
私がかな〜〜り若い10代のころ、音楽好きの仲間と、ベートーヴェンでは何が好き?って話になり、皆それぞれに運命だの英雄だの田園だのと言っていましたが、私が「7番」というと、何それ、題名は?って言われたことを思い出しました。
田舎の乙女たちですから、すべて題名が付いていると思っていたのですね。
ねもさんのコメントで遠い昔を思い出しました。
本当に早く海外に行けるようになって欲しいですね。
himmel2021年01月16日11時44分 返信するRe: 素晴らしい旅行記
himmelさん 再返信ありがとうございます。
ほぼ同感! 貧乏性なもので、そんなに食事にお金をかけなくて良いから、もう1回旅行に行こうよ(笑)と思ってしまいます。
himmelさんはベートーベンの交響曲をすべて聴いたのは何歳くらいですか? 私はもう20歳代なかばだったと思います。
大人になって初めて聴いた名曲ってホントに感激します(単純すぎ?、笑) ベートーベンの第7とかドボルザークの第8とかブラームスの第2とか……2021年01月16日21時29分 返信するRE: Re: 素晴らしい旅行記
ねもさん、こんばんは。
>himmelさんはベートーベンの交響曲をすべて聴いたのは何歳くらいですか?
えっベートーベンの交響曲全曲?
果たして全曲聴いているのかしら。
有名どころは判りますが、2番はどんなだった?8番は?
なんて、お恥ずかしながら私の音楽歴ってそんなものです。
高校のころ音楽部に入っていまして、音楽室に行けばいつも名曲のレコードがかかっていました。そのころはよく聴きました。
また、授業でも先生が名曲のさわりだけ数秒聴かせて、誰が早く曲名を答えられるか、ということもやっていました。
テレビでもやっていましたね、クイズ番組「ドレミファドン!」でしたか。負けず嫌いの私は最初だけ覚えて、人より早く答えて、喜んでいたものでした。クイズで音楽をおぼえたようなものですね。(笑)
今はゆっくり優雅に音楽を聴く時間も少なくなりました。
このコロナ禍、ステイホームですからベートーヴェン、久しぶりに聴いてみようかな。
ねもさん、ほんとにお詳しいですね。
また教えてください。
himmel2021年01月17日20時51分 返信する -
ドイツさんと板東俘虜収容所について
himmelさん、
今晩は。いつもありがとうございます。
本年も宜しくお願いします。
ドイツさんと板東俘虜収容所の事や会津人松江大佐などについては、(NHKやバルトの映画を知りませんが)以前より認識していました。その認識以上に今回のたいへん詳細な旅行記を拝読し、さすがhimmelさんならではのものと感心した次第です。
やや第九とか、ベートーヴェンに乗っかり過ぎな鳴門市は気に入りませんが、ともあれ松江大佐の収容所所長としての対処は人道的で嬉しい話、むしろ会津の武士道精神(私は会津好き)を感じさせてくれました。
こうした良い事績は高橋さんという女性の事も含めて、日本人の良さをもっと多くの方々や、国々に知って頂きたいものです。
第一次大戦では勝者側にいた事もあり、国としても余裕があった時期でもあり、こうした事が可能であったのでしょう。残念ながら、第二次大戦では敗者となり、戦時下では経済的にも余裕はなかったから、米兵捕虜への対応で問題も生じたようです。
それもあって、様々な施設や記念碑も新しく、それまで良い事績も時代の陰に隠れていたように思います。
さて、第九の本邦初演については週刊「ドイツさんと久留米」(全8回)をお読み頂くと、別の面もあるようです。久留米は遠慮がちですが、高等女学校での出来事なので、もっと世に知らしめても良さそうに思います。
http://www.city.kurume.fukuoka.jp/1080kankou/2015bunkazai/3030shuuzoukan/2019-1024-1155-280.html
ではまた。
jijidarumaRe: ドイツさんと板東俘虜収容所について
jijidarumaさん、ご挨拶が遅くなりましたが、本年もよろしくお願いいたします。
コメントありがとうございます。
>・・・その認識以上に今回のたいへん詳細な旅行記を拝読し、さすがhimmelさんならではのものと感心した次第です。
とんでもありません、私の認識の低さはどうしようもないくらい低いもの、お恥ずかしいです。
収容所と言ったら、過酷な労働、虐待、劣悪な環境、人体実験などの、あのドイツの収容所のことを思い出しますし、
いつぞやjjijidarumaさんからコメントいただいた、ブーヘンバルトのゲーテの樫の木、あれもたしか虐待のために囚人を吊るした木ではなかったかしら(記憶がアヤフヤです)なんてそんな残酷な想像しかしていませんでした(笑)。その程度です。
しかし、今回の収容所はほっと心に灯がともる温かい収容所でした。やはり会津の武士道精神ですね。
貼り付けてくださった久留米俘虜収容所をさきほどざっと拾い読みしました。
久留米でも同じようなことがあったのですね。
そして久留米でも「日本初の第九」が演奏された。
えっ!?
なるほど納得しました。状況が違う日本初ですね。
久留米は1919年12月3日、日本で初めて『市民向け』に演奏された。
板東の場合はそれより1年半前の1918年6月1日でしたが、第九が全曲演奏されたのは、『収容所内』のことでした。
>久留米は遠慮がちですが、高等女学校での出来事なので・・・
板東では成しえなかった第4楽章の女性合唱の部分を女学生たちがドイツ語で歌ったのかしら、凄いな~と思いました。ちょっと勘違いでした。
でも、久留米の演奏会は写真を見る限り大演奏会ですね。
あの当時、収容所(笑)で、あんなことがあった、と言うことに驚きました。
板東俘虜収容所の第九の指揮者ヘルマン・ハンゼンは、jijidarumaさんもよくご存知のフレンスブルク(グリュックスブルク)出身なのですね。
第1次大戦が終わった後、フレンスブルクやシュレスヴィッヒ地方のドイツ領だった付近は、ドイツに残るか、デンマークに復帰するか、どちらの国民になるかの大事な住民投票が行われるということで、彼は他の捕虜たちより早く1919年8月に帰国したのだそうです。
旅してきた中で、歴史的に知っている事実に出合うとうれしくなります。
「ドイツさんと久留米」、面白そうですね。ゆっくり拝見させていただきます。
コロナ感染の拡大は全く目も当てられませんね。
jijidarumaさんは、今年のドイツのご旅行は中止なさったのですね。本当に何時になったら終息するのでしょうか。
お互いに若くはない身、気を付けましょう。
himmel
2021年01月13日21時31分 返信するRe: ドイツさんと板東俘虜収容所について=>久留米=>習志野俘虜収容所長
himmelさん、追加です。
「習志野・ドイツ兵捕虜がオーケストラ活動について」、てくてくさんが口コミに本日掲載されておられたので、拝見しました。
以下は習志野市のHPからの引用です。勿論、その他の地区でも似たような事があった事でしょうね。
他の地区は知りませんが、板東にしても習志野にしても、収容所長には然るべき方を選んだようですね。
・・・・
習志野俘虜収容所長は、西郷寅太郎(さいごうとらたろう)大佐でした。彼は西郷隆盛の嫡子(ちゃくし)であり、父が反逆者として敗死した後、明治天皇の思召(おぼしめ)しでドイツの士官学校に留学していた経験を持ち、ドイツに深い理解を持っていました。そればかりでなく、戦争の悲惨さや敗れた者のみじめさも、身をもってよく知っていたのです。
大正8年(1919年)6月22日 演奏会プログラム ◇
単調な捕虜生活を彩ったのは、音楽をはじめとする文化活動とスポーツでした。習志野捕虜オーケストラは、所内でたびたび演奏会を開き、ベートーヴェン、モーツァルト、シューベルトそれにヨハン・シュトラウスの「美しく青きドナウ」までが演奏されていました。(右の演奏会プログラムの7曲目に「美しく青きドナウ」があります。)草深い習志野原に、望郷(ぼうきょう)の思いを乗せてウィンナ・ワルツが流れていたのです。
<第一次世界大戦と習志野―大正8年の青きドナウ―>
https://www.city.narashino.lg.jp/smph/citysales/kanko/bunkahistory/rekishi/Narashino_POW_camp_1915.html
以上ご参考に。
jijidaruma2021年01月15日14時00分 返信するRE: Re: ドイツさんと板東俘虜収容所について=>久留米=>習志野俘虜収容所長
jijidarumaさん、コメント再度ありがとうございます。
前回コメントをいただいた後に習志野のことも調べた折、貼り付けてくださったサイトを見ました。
驚きました。板東と同じことがあったのですね。
そしてもっと驚くことが。
夫に「習志野にも俘虜収容所があったのね?」と訊ねましたら、「なに言っているんだ。昨年講演会を聞きにいったでしょう!?」と。
ちょうど1年前、コロナが問題になる前でしたが、習志野市役所で「ドイツ捕虜解放100周年」という展示会と講演会をやると、NHKのテレビで案内していたので、実は講演会を聞きに行ったのでした。
あの時は説明もよく理解できず、それに展示も板東の比ではなく、私の記憶からすっかり抜け落ちていました。齢ですね〜。
しかも西郷隆盛の長男が所長をしていた?
そんな展示があったかな?あれば前年鹿児島で西郷隆盛の追っかけをして、旅行記も何冊か出していますので、覚えているはず。
そしてオーケストラのことも。???。
恥ずかしいです。その時はその程度の興味だったのですね。
それにしても第1次大戦の日本での俘虜収容所は全国にあったのに、なぜ板東だけが特に取り上げられるのか?
やはり、もと捕虜たちや関係者が資料を提供して立派なドイツ館ができたことと、その後の地元民と元捕虜たちの交流の輪が広がったこともあるのでしょうね。
たしか、習志野の展示会では写真を取ったはずなので(笑)、探したらもう少し勉強してみたいと思います。
ドイツに行くことが儘ならない今、面白い案件を教示してくださってありがとうございます。
himmel
2021年01月16日13時46分 返信する -
抜群な記憶(記録)力~
☆2021年に突入しました~未だに世界中がcovid-19に翻弄されっぱなし=~
☆来年どころか、もう海外旅行は。。。と諦めムードの昨今ですが、himmmelさんの尽きない行動力に励まされる記録量!に驚かされました。
☆鴨葱狙いのドライヴァー~百塔(百害と勘違いしそうな)プラハの街~
☆我が家も同じ頃(多分2018年秋頃だったと思う)プラハを巡ったけれど、カレル橋の説明とヤン。ネポンスキーの台座に手が届かなかった記憶!しか残ってない。
☆何はともあれ、明けない夜は無い!とガースー総理も信じてるらしい年初の挨拶代わりに訪れました。日本のトップの優柔不断さには愛想が附きそうだけど、米国の元?大統領が民衆をそそのかす危険な思想を吹き込まれるより増しですかね?~see you~RE: 抜群な記憶(記録)力?
salsaさん、
新年のご挨拶には間が空きすぎましたが、昨年中は旅行記を見てくださり、度々コメントをありがとうございました。
本年もよろしくお願いいたします。
コロナ禍からそろそろ1年経とうとしていますが、終息するどころかここに来て爆発的に増えて、とうとう緊急事態宣言発令へ。
海外旅行も遠のきました。私にはまだその機会が残っているのか?それが気がかりです。
今回の旅行記は記憶(記録)力ではなくて、前の旅行記をなぞっているだけですから、こんな楽なことはありませんでした。
と言いながら最近記憶力低下、文章力低下のせいで、旅行記の間隔が長くなり過ぎています。
salsaさんは私たちよりちょっと後にプラハにいらっしゃいましたね。あの頃はまだコロナもなくて良い時期でしたね。
今年もちゃんと成田山に初詣にいらっしゃったのですね。
私は食っちゃ寝正月。私だって目の前に鰻がぶら下がっていたら喜んでいくのですが、私の周りにはそんな気の利いた人はいないし〜。
これから世の中どうなっていくのでしょう。
今年は私もsalsaさんのように、しっかりニュースに目を通し、salsaさんのように気の利いたコメントを連発できるよう、脳トレに励みたいと思います。
salsaさんの楽しい旅行記も待っています。
himmel
2021年01月08日22時09分 返信する -
同じく!
himmelさん
ぶどう畑です。
遅ればせながら、旅行記を拝見しました。
私も「ダイジェスト版」と言いながら、写真が多い…と思いながら作成しています。
当初はサラッとクリスマスマーケットだけを紹介するつもりだったのですが、それだとゲントの魅力などを伝えられないと、今の形に。
本当は、ベルギー編、ドイツ編1、アルザス編、ドイツ編2の予定でしたが、アルザス編も分けた次第。
写真の枚数を少なくするためにコラージュを駆使しているものの、ボリューム感たっぷりで。(~~;
おまけになんだか時間がなくて、一向に進まず…。
でも、乗りかかった船ですからね。そう、次の旅行もないし、頑張りましょう!
RE: 同じく!
ぶどう畑さん
メリークリスマス!!
って、旅行記では毎日がクリスマスですね。
とうとうコロナは終息せずに、旅行の目途も立たないまま今年は暮れてしまいますね。
そうなんですね、ダイジェスト版、もっと簡単にできると思っていたら、自分のグダグダ癖を忘れておりました。2編目からひどく後悔を。
そうそう、次の旅行はいつになるかわからないし、乗りかかった船ですね、頑張りましょう。
ここのところ、4トラ海外板はめっきり旅行記を投稿なさる方も減り(当たり前です、旅行に行けないんですもの)寂しくなりましたね。
そんな時にダイジェスト版とは言え、楽しかった旅を思い出しながら書く材料があるというのは、幸せなことだと思わなければね。
でも早く海外旅行したい!
私にとって、今年は貴重な1年をロスしました。
来年は明るい話題で盛り上がるといいですね。
ぶどう畑さん、それでは良いお年を!
himmel
2020年12月25日10時14分 返信する -
かけがえのない思い出。
himmelさん
こんばんは。
このところ、コロナウィルスが勢いを再び盛り返してきたようです。
年末に予約していましたgo to 京都、今日やっと電話がつながり
キャンセルしました。
それでなくても高齢者の旅は、自粛しなくてはならないところでした。
ブタペストの旅、総集編
時間の経過とともに、私の中で味わい深い想いがいっぱいになりました。
やはり三カ国まとめたりされず、じっくりと振り返る総集編をお薦めします。
ホテルでの嫌な思いをされたのもここだったんですね。
旅は、嫌な体験も、素敵な体験も、全て呑み込んで前に進んでいくんですね。
コンパートメントに乗り合わせた方々、ホテルでのお掃除のおばさんではない
他のスタッフの方々のご親切。
不思議な事に、時間が経ってもその折の感情は鮮明に思い出されますね。
シニアのお三人、
普通のレストランではご注文を堂々とされているのに
何故かマクドナルドは日本でも未体験!?
まさに箱入り娘、息子さんだった、事に思わずフフフと笑ってしまいました。
ご注文できずに退散されたんですね。
次のダイジェスト旅行記も楽しみにお待ちしています。
mistral
RE: かけがえのない思い出。
mistralさん、こんばんは。
今日の東京のコロナ感染者、822名ですって!
驚きました〜。あわててさっき東京から帰ってまいりました。
本当に信じられないくらいの勢いで増えていますね。
mistralさんは京都で年末年始をお過ごしになるご予定だったのですね。mistarlさんのこと、素敵な計画を考えていらっしゃったのでしょう?
残念でしたね。私も旅行記でそのご様子を拝見できなくて残念です。
今年はクリスマスもお正月もコロナ対応の静かなものになりそうです。
ブダペスト編をご覧くださってありがとうございます。
私にはやはりコンパクトにまとめるのは無理なようです。
mistralさんがコメントにくださった題名「かけがえのない思い出」。
それについて考えていたところです。
このいつ終わるとも知れないコロナ禍での海外旅行、悲しいことを言うと老齢や健康などの問題でもう行けないかもしれない、そうするとこの3人旅はまさに「かけがえのない旅」だったのではないか。
失敗したかなと思ったこのダイジェスト版ですが、そう思うとかけがえのない旅の思い出を一編一編愛おしく思いながら書いていこうと。いつまでかかるかわかりませんが。
なんて・・・、ちょっとセンチになってしまいましたが、もう海外旅行に行けないなんて、1センチも考えていませんので、ご安心ください(笑)。
だってまだまだ、意地悪なお掃除のおばさんに出合ったり、親切なシニアのホテルマンに出合ったり、海外のマクドナルドでアタフタしたり、そういう経験をいろいろして、もっともっと「かけがえのない思い出」を作りたいですもの。
すこし落ち着きましたら、mistralさんの古い「かけがえのない思い出」も見せていただきたいな〜と思っています。
寒くなりましたね。お身体ご自愛くださいませ。
himmel
2020年12月17日19時48分 返信する -
ウィーンの思い出
frau.himmelさん、こんにちは
シニア3人の楽しい旅行記をまとめていただき、私も楽しく見させていただきます。
先日、Amazon primeにあった「黄金のアデーレ」という映画を自宅のテレビで見ました。
ナチスにはく奪されたクリムトの名画、「黄金のアデーレ」を、アメリカに亡命した姪がオーストリアから裁判によって奪還するというお話でした。その姪の記憶として、当時のオーストリアのナチスの支配下の様子も描かれます。
「音楽の都」という優雅な名前を関するウィーンでさえ、第2次世界大戦の暗い歴史からは逃れられないのだということを実感しました。
そんなことを教えてくれたのはfrau.himmelさんの旅行記です。暗い歴史の事実も踏まえながら楽しく旅行するというのも、年齢を重ねたからではないかと思いますし、歴史を伝えていくのも年長者の使命なのではないかと、とても勉強になりました。私もそろそろシニアの仲間入り、himmelさんの姿勢を学びつつ、人生を楽しみたいと思います。
次は、新しいメンバーを加えてのシニア旅を計画されているとの事、そのご報告を楽しみにお待ちしております。
季節柄、お体ご自愛ください。
早く、自由に世界を旅行したいですね。
ペコリーノ
RE: ウィーンの思い出
ペコリーノさん、こんにちは。
「黄金のアデーレ」って、クリムトのあの名画ですね!
とても興味ある情報に興奮して、昨夜ははずっと「アデーレ」について調べておりました。
てっきりベルベデーレにあるものだと思ったらニューヨークにあるのですね。
「アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像」。
ウィーンのベルベデーレにあるクリムトの「ユーディット」、同じように金ピカの背景の中であの生首をぶら下げている絵ですが、あのモデルもアデーレなのですって。私の旅行記で書いておりました。
「黄金のアデーレ」もナチスに強奪された名画だったのですね。
実はここのところ、ナチスに強奪された絵画のことを興味を持って調べていました。
薦められて「ナチス・ドイツ占領下における芸術品の運命」という分厚い本を拾い読みしたばかりでした。
え、あれも!これも!という有名な絵画が、あの時代に強奪されて、数奇な運命を辿っていることが書かれていました。
アデーレのブロッホバウアー家はユダヤ人の裕福な一族で、ここもナチスによって財産が没収されています。肖像画はその中の一つだったのでしょうか。
いつでしたか、ヨーロッパヘの機内で「ミケランジェロ・プロジェクト」という映画を見ました。あれもナチスに没収されてザルツブルク近郊の岩塩(だったかな?)に隠された名画を取り戻すというワクワクする映画でした。
絵画だけでなく、ウィーンのプルンクザールにはユダヤ人から没収した貴重な書籍も残されているそうです。また音楽の家では、当時の音楽家のナチスとの関係を展示していました。
オーストリアとナチスの関係、オーストリアでは触れられたくない過去ですが、あの時代はドイツに併合されていましたから、避けては通れない過去がいろいろあったのですね。
それにしても「黄金のアデーレ」、面白そうですね。
早速ツタヤで借りて見よう。
素晴らしい情報を教えてくださってありがとうございます。
追伸。ペコリーノさんの2006年のスイスの旅行記、なんかとても素敵ですね。
のちほどまた寄らせていただきます。
himmel
2020年12月09日15時53分 返信する -
ノイシュヴァンシュタイン城
frau.himmmelさん、こんばんは
2018年のご旅行は私にとっても懐かしい街が沢山登場し
センチメンタルな気分になって拝見しています。
中でもノイシュヴァンシュタイン城の雄姿はいつ見ても美しく
旅行記の表紙を飾るに相応しいお城ですね。
とはいえ、あのお写真を撮るためのあの木の橋、怖いですよね~?!
私も足元の隙間から真下を見て震えました(笑)
最後に訪れたのは2012年で、オーバーアマガウからフュッセンまで
レンタカーで日帰りをした時でした。
改めて地図を拝見しましたら、frau.himmmelさんたちが
ガルミッシュ・パルテンキルヒェンから列車とポストバスで
移動なさったのとほとんど同じルートのように思いました。
長閑なチロルの風景が続き、本当に素晴らしい絶景でしたね~。
こういう牧歌的な風景を巡る旅が私は一番好きかもしれません♪
今年はコロナ渦に翻弄されながら師走を迎えてしまいましたね。
frau.himmmelさんもどうぞくれぐれもご自愛くださいませ☆
sanabo
スミマセン…
今、送信済みのコメントを見たら、なぜかhimmelさんのお名前の
mが3ヶ所とも1つ余計でした^^;
mは2つと認識しておりますのに、キーボードを打つ時に
何故か1つ余計に叩いてしまう癖があるようです(汗)
失礼いたしました_(._.)_2020年12月08日00時08分 返信するRE: スミマセン…
sanaboさん、いつもコメントありがとうございます。
私の方はズボラなもので、足跡を付けるばかりで本当に申し訳ありません。
バイエルンのガルミッシュ・パルテンキルヘンあたりからフュッセン、それにオーバーアマガウあたりをレンタカーで周られたのですね。
雪を被った山岳地帯、それにチロルの風景、あの風光明媚なところを車で・・・、それは素晴らしかったでしょうね。
ノイシュヴァンシュタイン城、ほんとに美しいですね。
そうなんです、あの美しい姿を旅行記の表紙に使いたくて、わざわざあれだけで1編作ってしましました。
マリエン橋のあのちゃちな木の橋の上に○○銀座並みの大勢の人々、しかも板の隙間から谷底が見える・・・、怖いですね。
>2018年のご旅行は私にとっても懐かしい街が沢山登場しセンチメンタルな気分になって・・・・
わかります。
このコロナの大流行で、いつまたこんな旅行ができるのかと思うと、皆様の旅行記で知っている場所が出てくると、ほんとにセンチメンタルな気持ちになります。私も同じです。
sanaboさんも、再び海外へ旅ができる日にそなえて、くれぐれもお身体ご自愛ください。
追伸
>なぜかhimmelさんのお名前のmが3ヶ所とも1つ余計でした^^;
いえいえ、私も自分のHNでそんな間違いをいたします。時にはmがnになっていたり・・・(笑)
ありがとうございました。
himmel
2020年12月08日21時31分 返信する -
懐かしいウィーン★
素晴らしい旅行記ありがとうございます。
私は2年前に行ったのですが、またぜひ行きたいウィーンでとても楽しく拝見いたしました。パンの形も、添えられるお水のグラスも「そう、そう」という気持ちで一気に読んでしまいました。
ウィーンのカフェは素晴らしいですよね。物価もとても高い程ではないですし、ご飯も美味しいですしね。
一つ心残りがありまして、私の旅行記にも書いているのですがクリムトの絵を見ることが出来なかったので次こそは絶対!と思っております。すごく羨ましいです。
またお邪魔させていただきます。RE: 懐かしいウィーン★
ローラン・ペリエさん、こんばんは。
コメントありがとうございます。
先ほどローラン・ペリエさんのウィーン旅行記を拝見して参りました。
私たちの旅行のひと月ほど後にいらっしゃっているのですね。
素敵な豪華な旅をたくさんなさっていますね。
ファーストクラスなんて私にとっては夢の夢、ホテルもゴージャスなところばかり。
そう言うところは違いますが、市内観光は同じようなところを周っていらっしゃるのねと思いながら拝見しました。
旅行記拝見しながら、そうそう!なんて何回も頷いていました。
美術史美術館、ここも2016年にシニア3人で訪れました。世界一美しいカフェ(でしたっけ?)にも行きましたよ。旅行記はまだなんですけど(笑)。
ホテルザッハのザッハトルテ。カフェでコップに水とスプーン。それになんとナッシュマルクトで朝食を摂っていらっしゃる・・・。
私の方こそほんとに懐かしく拝見しました。
また続きのウィーン編にもお邪魔させてくださいね。
himmel
2020年12月08日20時57分 返信する -
次に飛び立てる日まで。
himmelさん
一夜明けまして、こんにちは。
今日は冬の到来を思わせるような冷たい雨の日です。
コメントを昨日は残せなかったものですから改めてまして。
23日の長きに及んだオリジナルメンバーさんでのシニア三人旅、
旅の最終章、拝読しながらもしみじみとした気分となりました。
三人でこれまで、沢山の良いこと、悪いことにも取り組んできて
いよいよこれで日本へ絶つ日。
I女子さんは今回でご卒業されるとのこと。
きっとお三人の胸中には様々な想いが去来されていた事と想像。
himmelさんはお一人で教会巡りへと向かわれた。
それも良いなあ、と思ったことでした。
一人歩きながら、聖堂の中でもの思いにふける、、、とか?
そうであったとしても旅行記では細部にわたるまで詳細な
コメントをつけてくださって、
himmelさん、さすがです。
新メンバーさんでの旅の再開はいつになるのやらわからない日々
ですが、きっといつの日かhimmelさん、とっておきのプランで
飛び立てる事と確信しています。
私もいつかメンバーに加えていただいて、連れて行って欲しいです。
飛び立てるその日まで、お互いに体力、気力を整えておきましょう。
mistralRE: 次に飛び立てる日まで。
mistralさんこんばんは。
いつもコメントありがとうございます。
23日間のシニア3人旅、実際の旅も長かったけど、旅行記の方も長かった〜。
2年以上も前のことなのに、旅行記を書いているといろいろ去来するものがあり、旅行記の最後も旅の終わりと同じように寂しくなってまいります。
I女史は、80歳過ぎ(現在は82歳)だし何かあって迷惑をかけてはいけないから、と言うことでしたが、本当は私よりよっぽどお元気なのです。でも2020年のオリンピックのボランティアをやられるおつもりでしたから、何にしても2020年の旅は無理でした。
しかしこのコロナ禍でオリンピックは延期され、海外旅行などできるわけもなく、もっとも先見の明あったのはI女史だったのではないかと思っています。
最終日は一人でミュンヘンの教会巡り、自分のペースでゆっくり回りました。いつも足が遅くてお二人に迷惑をかけていましたから。
それにお二人にとっても、ご自分たちだけで美術館に行ったという自信をつけられたのではないかと。それも個人旅の醍醐味ですものね。
>そうであったとしても旅行記では細部にわたるまで詳細なコメントをつけてくださって・・・
いえいえ、mistralさんのご旅行記に比べると、そんなことをおっしゃると穴にも入りたい気持ちです(笑)。
いつもの口癖、本当に何時になったら、旅ができるのでしょうね。
私のお気に入りのスケジュールが役に立つ日が来るのか?
来ると信じて、その日のために体力・気力づくりをしなければと思います。
mistralさんの奈良のご旅行記、続きをお待ちしています。
himmel
2020年11月25日21時44分 返信する -
Gruess Gott
ご無沙汰です。いつもながらの丁寧なコメントの入った旅行記、楽しく読んでおります。今年はコロナなる妖怪が世界中を徘徊しとんでもない災いもたらしております。当方、昨年の6月にかねてから訪ねたかった波蘭のマルボルク城に出かけましたが、正月にボツボツ脚力の衰え(1936年生)が来るであろうと、一昨年「お先に行くわよ」とカミさんが三途の川を渡てしまい、無聊をかこっておりましたのでこれが最後かと独逸一人旅を計画していましたが、コロナのおかげで旅どころか各種コンサートも、高校野球母校応援も、ラグビーJapan vs Wales 観戦も全て中止、小人閑居しても不善もなさず、又不善をなす勇気もなく、無為に日々を過ごしております。Munchen の Dallmayr はカミさんのお気に入りで今でも年に2回ほどワインやコーヒー 紅茶 チョコレートなどを当店のHPを見て直接取り寄せています。(歳暮やら贈答用に) Madam Himmelのお友達を含めたの行動力はさすが、コロナが退散した後も是非「大和撫子」の心意気で旅を続けて下さい。これからも旅日記楽しみにしています。小生はそろそろ一人旅は引退かも?
RE: Gruess Gott
Berg Heilさん、こんばんは。
お久しぶりです。
いつも旅行記を投稿するとご覧になってくださってありがとうございます。
お姿がみえるとちょっと緊張いたします。
間違いはなかったかしら〜、変なことを書かなかったかしら〜と。大先生の前に小さくなって立っている小学生の心境です。
歴史って調べ始めると面白くて、これも師匠に恵まれたおかげだと思います。ありがとうございました。
本当にとんでもない災いが降ってまいりましたね。
前にコメントをいただき、奥様がお亡くなりになり、悲しみを乗り越えて、秋にはドイツ一人旅(気持ちは二人旅)をなさるとおっしゃっていたのに、秋も過ぎつつありますね。
本当に何時になったら行けるのか・・・。
ダルマイヤーは奥様のお好きなお店だったのですね。
空港内のダルマイヤーのレストランは、シニア3人旅では2016年に引き続き2回目です。
「旅の最後はダルマイヤーで」。ちょっとハレのお店で旅のことを語るのは最高です。
ミュンヘンのダルマイヤー本店の方は敷居が高くて行っていません。
私は毎年、旅の終わりにはスーパーやデパ地下でいろんな食料品を買い込み、現地から日本に送っていました。それもついに底をついてしまいました。
ワイン、チーズ、はちみつ、クネーデル、ザウアークラウト、各種スープの素など。
特にクネーデルは重宝していました。家でビーフシチューを作ったおりに、必ず2個、その横に赤キャベツのザウアークラウトを添えてドイツ料理を思い出していました。
それもつい先日なくなってしまいました。
またドイツを思い出してしましました。
私はまだドイツに行くことはできると信じています。
Berg Heilさんも引退だなんてとんでもありませんよ。
私の方がずっとずっと脚力は弱いのですから。今は衰えないように毎日散歩をしています。
コメント、とても嬉しかったです。
寒くなってまいりますので、お身体ご自愛ください。
himmel
2020年11月25日20時42分 返信する



