2018/05/21 - 2018/05/24
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先日久しぶりにK氏にお会いしたら言われました。
「旅行記見てるよ~。ところでいよいよ500回目だね、何を書くの?」
そうなんですね。老化防止・ボケ防止のために始めた4トラベルの旅日記、早いもので登録してから10年経ち、次の旅行記は500冊目を数えるのです。
よく続いたものです。これも私の拙い旅行記を皆様が見てくださり、それが励みになり続けられたと思っています。
そういう節目の500回目記念、何にしましょう。
ちょうど「3度目のシニア3人旅」も終わったばかり、かと言って2019年の夫との二人旅の続きを記念する500回に持ってくるのもなんだかね~。まだ発表していないものもいくつか残っていますが、これから資料調べをするのも大変だし・・・。
そのときK氏が放った一言がヒントになりました。
「今回のシニア3人旅、やはり3週間は長かったね~、どういう順番で回ったんだったっけ」。私もダラダラと旅行記は書いたものの簡単には思い出せません。
いっそのこと、500回記念の旅行記はシニア3人旅の軌跡としてダイジェスト版にしたらどうだろう?。
忘れっぽくなった私の備忘録として、そして次回旅への奮起として。
この新型コロナの世界的大流行で、海外旅行がいつ再開できるかも見当が付かない中、この齢になるともう海外など行く機会はないのかもしれないと悲観的になってしまいます。
ダイジェスト版で、楽しかった旅を振り返り、まだまだチャンスはあるんだ、作るんだという希望を強く持ちたいと思います。
2018年の3人旅、22泊23日のスケジュ-ル
5月21・22・23日 ウィーン泊
24・25・26日 ブダペスト泊
27・28・29日 プラハ泊
30・31日 ライプティヒ泊
6月1・2・3・4日 ベルリン泊
5日 レーゲンスブルク泊
6日 ミュンヘン泊
7日 リンダウ泊
8・9・10日 ミュンヘン泊
11日帰国 12日成田着
**表紙の写真はウィーンでのカフェ朝食と軽食
上左 カフェラントマンの朝食 上右 カフェモーツアルトの朝食
下左 ナッシュマルクトの朝食 下右 黒ラクダ亭の軽食のカナッペ
-
さて、初日。
1週間前に再就航されたオーストリア航空でウィーンへ向かいます。
日本経済の停滞で業績が見込めないという不名誉な理由で、オーストリア航空は日本発着直行便を停止していましたが、2018年5月15日より1年8か月ぶりに再開することになりました。
私たちが出発する1週間前です。
理由にちょっと引っ掛かりを覚えますが、どうであれウィーン直行便の再就航は喜ばしいこと、再就航記念として再開ほやほやのウィーン直通便に乗ることにしました。
チェックインカウンターもまだスイスエアに軒を借りての営業です。 -
ウィーンに到着するなり、チケットの買い方を教えていただいたり、Sバーン乗り場まで案内していただいたり、座席を譲っていただいたり、降車駅では荷物を降ろしていただいたりと、至る所で親切にしていただいて驚いているシニア達。
日本では余り経験したことがない親切、早い話「としより扱い」に遭遇し、嬉しくもあり哀しくもありのウィーン到着でした。 -
ホテルは国立オペラ座の近くの、モーテルワンウィーン・シュターツオーパー(ウィーン国立歌劇場)。
ここに3泊します。
ウィーンのど真ん中にあり、大変便利なホテルでした。 -
国立オペラ座もすぐ近く、観光案内所があるアルベルティーナー広場にも近くて、どこに行くのも大変便利。
-
ホテルにチェックインをして、時間はまだ6時過ぎ。
年寄扱いされてもまだまだ若いつもりの元気なシニア達は、これからウィーンを散策します。 -
地下鉄に一駅乗ってやってきたところはシュタット・パーク(市民公園)。
シニア3人で一昨年(2016年)ウィーンを訪れたにも関わらず、ウィーンの最も有名人の一人、ヨハン・シュトラウスの像にはご挨拶していなかったのです。
今回はまず最初の予定に取り入れました。
黄金のヨハンシュトラウスの像とご対面のI女史、早速記念撮影。 -
市民公園にはフランツ・シューベルトに像もあります。
その他ブルックナーやレハールの像もあります。 -
"シニア達がウィーン最初のお食事場所として選んだレストランは「カフェ・ムゼウム」。
歴史ある有名なカフェです。
世紀末のクリムト、シーレ、ココシュカなど多くの芸術家たちが集ったカフェです。 -
ワインを注文したら、ウィーン式にコップに入った水道水も一緒に付いてきました。
ウィーンに来た~~!って感じ。 -
そしてウィーン最初の食事は「シュパーゲル」!。
I女史の強い希望でした。
こうして、元気なシニア達の長い一日が終わりました。 -
ウィーン2日目。
ウィーンではホテルの朝食はつけていません。有名カフェで朝食食べ歩きをしたいと考えています。
最初の朝食は創業145年の老舗カフェ「ラントマン」です。
目の前にはウィーン市庁舎やウィーン大学、そしてお隣はブルク劇場という最高の立地。
私たちはリンク通りに面するオープンテラスに座りました。 -
老舗カフェの朝食セット。
コーヒーはメランジェを選びました。
カイザーゼンメルと黒パン、ジュース、卯でタマゴ、ハムやチーズ。
これだけ豪華な朝食をいただけばもうお腹いっぱいです。
料金は3人合計で57ユーロ。 -
朝食が済んだら、少しお散歩。
近くのメルカーバスタイと呼ばれる坂道を登ると、第三の男の撮影現場、シューベルトのロマンスの家、ベートーベンが住んだ家など有名どころがいっぱい。
ここはベートーベンの住居があった「バスクラティーハウス」。
ベートーベンはパスクラティ男爵所有のこの館に、1804年から1815年の間すんでいました。 -
もう一度リンク通りへ戻り。
ウィーン市庁舎 -
ウィーン大学も。
国会議事堂は工事中でした。 -
市庁舎前のトラムの停留所よりD線に乗り込み次の目的地へ。
ベルヴェデーレ宮殿へやってきました。
チケット売り場は意外とすいていて入場券はすぐ買えました。
ここで朗報が。
フラッシュなしだとカメラ撮影ができるようです。 -
ベルヴェデーレ宮殿の一番の人気者はグスタフ・クリムト(1862-1918)
館内には、写真でしか見たことがないクリムトの有名な絵画が惜しげもなく展示されていました。
前回訪れた時は写真撮影不可でしたので指をくわえて眺めるばかりだったのに、撮影ができるなんて夢のようです。例によって何枚も撮りました。
「接吻(Der Kuss)」(1908-1909) -
ベルヴェデーレ宮殿でクリムトとならんで有名なのは、エゴン・シーレでしょう。
エゴン・シーレ(1890-1918)
「死と乙女」。
モデルはシーレの愛人ヴァレリー。 -
ベルベデーレ宮殿から次にやってきたところはコールマルクト。
ここはウィーンの高級ショッピング街。
プラダも、ルイヴィトンも、シャネルもお店を構えています。
私たちがやってきたところは「ツム・シュヴァルツェン・カメール」。黒ラクダ亭です。
1618年創業の伝統あるレストランです。
ベートーヴェンも常連だったそうです。 -
この店の入り口付近には気軽につまめるカナッペのお店があるのです。
お昼ごはんをここで軽くつまみましょう。
私たちが選んだのは、サーモン、ホウレンソウ、コエビ、ハムの上にホースラディッシュが山盛りの鼻がツーンとくるもの。
ここには写っていませんが、当然ワインは私たちの必需品。 -
私たちはグラーベン通りに・・・。
高級ショッピング街のグラーベン、いつも賑やか。
向こうに黄金に輝くペスト記念柱が見えます。 -
シュテファン大聖堂。
2016年のシニア旅でも訪れました。 -
せっかくここまで来たことだし、ちょっと中を覗きます。
シュテファン教会を出たらいったんホテルに戻ります。 -
今夜はフォルクス・オーパーで本場ウィーンのオペレッタ「こうもり」のチケットが取ってあるのです。
U2のカールスプラッツからショッテントーア駅に出て、そこからは40番のバスでフォルクスオーパーに出ます。
チケットと夜のフォルクスオーパー。 -
フォルクスオーパー。
名の通りの国民劇場。
国立歌劇場(国立オペラ座)に次いで2番目に大きな劇場です。
着席1,473人、立席102人収容。
緋色で統一された劇場内は豪華そのもの。 -
オペレッタ「こうもり」はドタバタ喜劇、しかし最後はハッピーエンドで終わります。
じつはシニア3人組でもこの日ドタバタ劇があったのです。
K氏のカメラ紛失騒動。
これも思わぬところから見つかり同じくハッピーエンド。
めでたしめでたし。 -
【ウィーン3日目】
今日の朝食はウィーンの市場、ナッシュマルクトで摂ります。
ホテルからブラブラと歩いていきます。
初日に食事をとったカフェムゼウムを抜け、黄金のキャベツと言われる分離派の建物セセッシオンを通り越し・・・。
この建物は、「アン・デア・ウィーン劇場」。
モーツアルトのオペラ「魔笛」の台本を書いたシカネーダーが建設した、ウィーンに現存する最も古いオペラハウスだそう。 -
ナッシュマルクトに近づくと、オットー・ヴァーグナーが設計したユーゲントシュティール様式の美しい建築物が見られます。
これは大きなメダルで装飾されていることから「メダイヨンハウス」と呼ばれます。 -
メダイヨンハウスのお隣の美しい花模様の建物は、同じくオットーヴァーグナーの「マジョリカ・ハウス」。
イタリア、マジョリカ焼きのタイルで造られていることからこう呼ばれています。
ユーゲントシュティールの代表作、集合住宅です。 -
ウィーンの台所、ナッシュマルクト。
市場にはおいしそうなものや日本では見かけない珍しいものが並んでいます。
今が旬のシュパーゲル、チェリーやアンズ、その他いろいろ。
果物屋さんの店先は色とりどりの色彩で溢れています。 -
「PAPAS」という庶民的な店構えのカフェに入りました。
ユーゲントシュティールの美を眺めながらいただく朝食、これも格別。 -
すごいすごい!
これだけいろいろ大盛で二人分なのです。
ハムにチーズにサーモンやサラミ、お野菜も結構あるし、クリームチーズっぽいものも。目玉焼きも2つ後から持ってきてくれました。
パンもたくさんあるし、これに飲み物を1つ追加して3人でシェアしました。
それでも日本のシニアは量が多過ぎて食べ残しました。 -
では次へ。
ケッテンブリュッケンガッセ駅からU4に乗って一駅のカールスプラッツ駅で降ります。
ここはホテルザッハー。
ここでも朝食を摂りたかったけど、いつも混んでいるし・・・。 -
アルベルティーナ広場では、跪いてたわしで床を磨いているユダヤ人の像。
有刺鉄線に繋がれて、地面にはいつくばっている姿・・、何度見ても憤りを感じます。 -
アウクスティナー教会を見て、ヨーゼフ広場へ。
ヨーゼフ2世の騎馬像の後ろが、世界一美しい図書館、プルンクザールです。 -
豪華絢爛な大広間「プルンクザール」。世界で最も美しいバロック様式の図書館です。
1735年に女帝マリア・テレジアの父カール6世が、歴代の皇帝や領主が収集してバラバラになっていた蔵書を1か所にまとめるために、有名な建築家フィッシャー・フォン・エルラッハ父子に図書館を造らせました。 -
チケットの中で威厳をもって立っている彫像がカール6世です。
そして2018年はオーストリア国立図書館ができて650年の記念の年になるのです。
写真下の黄金の書籍は「トロッパウの聖書」
1368年、ハプスブルク帝国のアルブレヒト3世が、ヨハネス・フォン・トロッパウに委託した黄金の豪華な福音書が完成しました。
これがオーストリア国立図書館の元年とされています。2018年はそれから650年の記念の年なのです。 -
世界一美しい図書館で有意義な時間を過ごした後は、トラムD線でハイリゲンシュタットに出ました。
ハイリゲンシュタットの駅前から38Aのバスに乗りカーレンベルクの丘へ向かいます。 -
ウィーンの森カーレンベルクに到着。
展望台から美しいウィーンの街並みが一望できるます。
ちょっとカスミがかかっているのが残念。 -
眼下に広がるぶどう畑。
そして2本のドナウ川(アルテドナウとノイドナウ)が見えます。
高い建物はドナウタワー。
豆粒のようなウィーンの街並み。
お天気がよければここからシュテファン寺院やシェーンブルン宮殿も見えるそうです。 -
カーレンベルク教会にはウィーンにとって救世主とも言えるポーランド王のヤン3世ソビエスキーの像が掲げてありました。
1683年、オスマントルコの大軍がウィーンに攻め入り、城壁(今はリンク通りになっていますが)の周りを2ヶ月に渡って包囲しました(第二次ウィーン包囲網)。
今にもウィーンが陥落するかという9月12日、この丘から様子を窺っていた援軍のポーランド王ソビエフスキーの軍が一気に駆け下りてオスマントルコ軍を急襲、撃退します。 -
美しいウィーンの街並みを一望した後は、再びバスに乗りベートーベンハウスへ。前にも来たことがありますが、懐かしい中庭は以前のまんま。
しかし前とどこか違うと思ったら、展示面積が広くなっていました。
70回も引越しを繰り返したベートーベンですから、この家にも1802年5月からほんの数か月しか住まなかったようです。 -
難聴に苦しめられたベートーベン、ハイリゲンシュタットで温泉療法を続けるためにここに移住しました。
しかし日ごとに悪化する難聴。
苦悩に満ちた表情で散歩するベートーベン。
髪の毛はボサボサ、服装には無頓着でいつもヨレヨレの恰好で散歩するベートーベンを見て、村の人は変人と噂していました。 -
28歳のころにはついに聴覚を失うという、音楽家にとって死にも等しい絶望感から自殺を考えます。
そうして1802年10月6日「ハイリゲンシュタットの遺書」を書きました。ハイリゲンシュタットの遺書は、ベートーヴェンの甥であるカールと弟のヨハンに宛てて書かれた手紙です。
結局投函されることはなく、ベートーベンの死後1827年3月に発見されるのです。 -
ベートーヴェンが弾いていたナネッテ・シュトライヒャー製のピアノ(クラヴィア)がありました。
私は、ナネッテ・シュトライヒャーとは不思議と縁がありました。
アウクスブルク→リンツ→ウィーン中央墓地と行く先々でベートーベンとナネッテの足跡に遭遇しておりました。 -
ベートーベンの作曲風景の画
テーブルの上や床の上には書きかけの楽譜や印刷物、それに得体の知れないものが、もうこれ以上置き場所がないと言うくらい雑然と山になっています。
椅子にかけてあるものは補聴器の役目をするものでしょうか。
こういう落ち着かない部屋で彼の大作が次々と生まれたのですね。 -
ベートーベン博物館から私たちはホイリゲ「マイヤー」にやってきました。
「MAYER」の下にベートーベンの顔とベートベンハウスの文字。
この家にもベートーベンは住んでいたことがあります。
ここで交響曲「第九」が作曲されたと言われています。 -
ぶどうだなの下の席は満員盛況。
幸い奥の方が空いていましたので、座ることができました。 -
入り口にあるビュッフェで、好きなものをあれこれ選んで盛り付けてもらいます。
周りの皆さんもいい雰囲気。
ぶどう棚の下でいただくワインとお料理、たまりません。 -
ワインを何杯か飲み干し、最後に注文したのは酔い覚ましのゲシュプリター。ワインの炭酸割です。
ここに3時間半くらい居座りました(笑)。 -
ベートーベンのホイリゲで美味しいワインをいただいて、一日が終わったわけではありませんでした。
私たちは、ハイリゲンシュタットからウィーン市内に帰ってきて、ホテルから至近距離にある「Haus der Music(音楽の家)」に向かいました。 -
夜8時以降に入場すると夜間割引で半額になるのですって。
半額で6.5ユーロとは正常金額は13ユーロ、結構お高いですね。
この階段を登っていきます。
「音楽の家」らしく階段はピアノの鍵盤になっていて、ちゃんと音も出ます。 -
なぜここを訪れようと思ったか?
「NHK特集オーストリア『負の歴史』と向き合う」。
2017年に放映したこの番組を見て、ぜひ行きたいと思いました。
オーストリアが世界に誇るウィーンフィルハーモニー楽団、これまでナチスドイツと関わってきた「負の歴史」に目を背けてきました。
しかし、歴史を隠すことは間違いだ、正面から向き合おう、という議論が広がっている・・というものでした。
「負の歴史」についての新たな展示スペースも誕生したとのこと。 -
世界で最も有名な新年のコンサート、ウィーンフィル・ニューイヤーコンサートのコーナーです。
もちろん、我らが小澤征爾さんも2002年にタクトを振っています。
ところでニューイヤーコンサートはナチスによって始められたプロパガンダだった、と言うことをご存じでしたか?
1938年のオーストリア併合により、人々が不満をため込まないように、ナチスの命令で始められた音楽会だったそうです。 -
ところで、「負の遺産展」は見つからない。私は常設展に組み込まれたものと思っていたけど、あの時だけの特別展ではなかったのか。
結局、その時代のものとして探し出したのはこれくらいでした。
大巨匠たちと彼らが愛用した指揮棒が展示してあります。
特別にナチスとの関係を示唆するものではなかったのですが、時代的にちょうどそのころ活躍した巨匠たちです。
第三帝国時代、彼らの演奏活動は多かれ少なかれナチスとの関わりを避けて通ることはできなかったようです。
リヒャルト・シュトラウス(1864-1949)、アルトゥーロ・トスカニーニ(1867-1957)、ハンス・プフィッツナー(1869-1949)。ヴィルヘルム・フルトヴェングラー(1886-1954)。ハンス・クナッパーツブッシュ(1888-1965)、カール・ベーム(1894-1981)、ヘルベルト・フォン・カラヤン(1908-1989)。ヴィリー・ボスコフスキー(1909-1991)の大巨匠たち。 -
【5月24日、ウィーン最終日】
午後はウィーン中央駅からブダペストに移動します。
ウィーン最後の朝食は、2年前にも3人で朝食をいただいた「カフェ・モーツアルト」。
あそこよかったわよね。
あの豪華で優雅な雰囲気をもう一度。 -
ここには、「第三の男セット」という朝食があります。それを注文しました。
コーヒー、ジュース、ヨーグルト、ハム、チーズ、フルーツ、ミューズリー・・。
それに小さな焼き菓子がつきます。
さすが、モーツアルト、お値段も高い。支払いは72ユーロ(3人で)でした。
ちなみに、
22日のラントマンは57ユーロ(同)
23日のナッシュマルクト、パパスは22.4ユーロ(同)。 -
朝食後、いったんホテルに戻り、荷物をまとめてホテルに預けて時間までウィーン観光を。
午後、ブダプペストに移動します。
まずやってきたところはフォルクス庭園。
季節がら薔薇の花がみごとなのです。
向こうにはブルク劇場が見えます。 -
見事に咲き誇った満開のバラ・バラ・バラ。
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今年はバラの季節に間に合ってよかった。
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フォルクス庭園にはシシーの像も。
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フォルクス庭園から出てきたところはバルハウス広場。
「Denkmal fur die Verfolgten der NS-Militarjustiz」
(「ナチスの軍事正義の犠牲者への記念碑」)
台座には登れるようなので、K氏が登って上から写真を撮りました。
な~るほど、変形ハーケンクロイツが見えてきました。 -
官庁街、首相府や美しい宮殿を見ながら進みます。
ここはリヒテンシュタイン宮殿です。
リヒテンシュタイン侯爵の美術などのコレクションが展示されているそう。
開館を待っている学生たち。
正面の柱を支えている彫像は、男性像ですから「アトラス」ですね。 -
ミノリーテン教会。
がっしりとした造りの教会です。
イタリアのアッシジで設立された修道会フランシスコ会から枝分かれした教会です。
教会の前には聖フランシスコの像がありました。 -
教会の中で思いがけないものを見つけました。
イタリアミラノにあるレオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」。
実はこれはモザイクで造られたレプリカ。
ナポレオン1世が、イタリアに発注してパリに運ばれる予定でしたが、完成した時にはナポレオンが失脚した後でした。
そこでオーストリア皇帝のフランツ1世が買い取って、ミノリーテンに飾ったものだそうです。 -
アムホーフを目指してさまよいます。
探し出したアム・ホーフ広場はテントが張られ、なにか催し物が始まっている模様。
テントの後ろでひときわ目を惹くバロック様式の建物は「アムホーフ教会」。
1806年、このバルコニーで、最後の神聖ローマ皇帝フランツ2世は神聖ローマ帝国の終焉と、オーストリア帝国の成立を宣言しました。 -
なにやら賑やかな音楽も聞こえます。
ディアンドルやレーダーホーゼンの郷土衣装を身につけた楽団。
この賑わいは、オーストリア中のビール醸造所が集まって「ウィーナー・ビアフェスト」が開催されていたのでした。 -
ビール祭りの喧騒の中を出て、再び静かな路地裏散策です。
そうやって着いたところはここ、マリア・アム・ゲシュターデ教会。
細長い大変スマートな教会です。
かってここがドナウの川岸に位置していたことから「岸辺のマリア教会」と言われているそうです。 -
教会の前は階段。「Am gestade(岸辺)」という名前がついた階段です。
そうそうこれこれ!
「第三の男」で見たことがあります。ここも重要な撮影現場でした。 -
さすがに足が疲れてしまって、どこかにトラムの停留所がないか探しつつ歩いています。
悲しきかなシニア3人、スマホのナビゲータなど使えませんので、地図が頼りです。
ここまでの行程を地図に記してみました。
一番左の矢印ラートハウス前でトラムを降り、フォルクス庭園のバラ園をグルグルし、十字剣マークのナチスの碑のところから出て、ミノリーテン教会に行ったのでした。
そこで最後の晩餐のモザイク画を見て、立派な建物を見ながらビール祭りで賑わっているアム・ホーフ広場に行きました。
そしてさらに裏道をぶらぶらしながらマリア・アム・ゲシュターデ教会(岸辺のマリア教会)に行き、教会の階段で「第三の男」撮影現場を確かめて、ドナウ河畔のザルツトーアブリュッケに到着しました。
グーグル地図に、大まかに私たちが通った経路に印をつけましたが、なんとウィーンのリンクを横断していました。
疲れるはずですね。 -
正面に大きな双頭の鷲の紋章を掲げる建物は旧陸軍省。
旧陸軍省の前には、騎馬像のラデツキー将軍。
毎年ウィーン・ニューイヤーコンサートの最後に演奏されるヨハン・シュトラウス作曲の「ラデツキー行進曲」のあのラデツキー将軍です。 -
そして、ラデツキー将軍の指さす先には、オットー・ヴァーグナーのユーゲントシュティールの代表的建築「郵便貯金局」。
外壁は1万7千本の鋲で留めた斬新な設計です。 -
2番のトラムに乗り、ホテルで荷物をピックアップしてウィーン中央駅にやってきました。
あら、こんなに長くなってしまいました。
予定ではウィーン、ブダペスト、チェコを1篇で纏めたいと思っていたのに、ここで息切れしてしまいました。
ブダペスト、チェコ編は次に続けます。
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この旅行記へのコメント (6)
-
- Mugieさん 2021/01/17 11:24:50
- はじめまして
- 3人旅の旅行記、楽しく読ませていただきました。
和気あいあいとした感じが文章から伝わってきます。
私も昔友人と、ブタペスト、ウィーン、プラハと周ったので、その時の思い出がよみがえってきました。
カフェでの朝ごはんも優雅で楽しそうです。
ウィーンには2回行きましたが、世界一美しい図書館と言われているプルンクザールは見落してました。
またウィーンに行く機会があったらぜひ行ってみたいです。
frau.himmelさんというトラベラー名も素敵ですね。
ドイツ語圏に何度も行ってらっしゃるようですが、ドイツ語がお得意なんでしょうね。
フォローさせていただいたので、今後ともよろしくお願いします。
ムギー
- frau.himmelさん からの返信 2021/01/17 17:18:53
- RE: はじめまして
- Mugieさん、こんにちは。
今回は私の拙い旅行記に投票とコメント、それにフォローまでしてくださりありがとうございます。
ムギーさん(なんて読むのかなと思っていました)の素敵な旅行記は何度か拝見させていただいたように思います。
今回はお子様連れの心温まる旅行記を見せていただきました。
可愛いお子様たち、旅もきっと楽しかっただろうな〜と気持ちがほこっと温かくなりました。
でもこれは数年前のことなのですね。お子様も数年大きくなられ、ますます頼もしくなられたことでしょうね。
これからご一緒の旅ももっともっと楽しいものになるのに、このコロナ禍ではいつになったら海外に行けるのか、悔しいですね。
ウィーン、素敵なところですよね。
次回ウィーンにいらっしゃったらプルンクザールにぜひいらっしてください。
私のドイツ語!?(笑)。
なんとか旅のドイツ語が通じる程度です。
こちらこそ今後ともよろしくお願いいたします。
himmel
-
- ペコリーノさん 2020/12/08 13:18:20
- ウィーンの思い出
- frau.himmelさん、こんにちは
シニア3人の楽しい旅行記をまとめていただき、私も楽しく見させていただきます。
先日、Amazon primeにあった「黄金のアデーレ」という映画を自宅のテレビで見ました。
ナチスにはく奪されたクリムトの名画、「黄金のアデーレ」を、アメリカに亡命した姪がオーストリアから裁判によって奪還するというお話でした。その姪の記憶として、当時のオーストリアのナチスの支配下の様子も描かれます。
「音楽の都」という優雅な名前を関するウィーンでさえ、第2次世界大戦の暗い歴史からは逃れられないのだということを実感しました。
そんなことを教えてくれたのはfrau.himmelさんの旅行記です。暗い歴史の事実も踏まえながら楽しく旅行するというのも、年齢を重ねたからではないかと思いますし、歴史を伝えていくのも年長者の使命なのではないかと、とても勉強になりました。私もそろそろシニアの仲間入り、himmelさんの姿勢を学びつつ、人生を楽しみたいと思います。
次は、新しいメンバーを加えてのシニア旅を計画されているとの事、そのご報告を楽しみにお待ちしております。
季節柄、お体ご自愛ください。
早く、自由に世界を旅行したいですね。
ペコリーノ
- frau.himmelさん からの返信 2020/12/09 15:53:37
- RE: ウィーンの思い出
- ペコリーノさん、こんにちは。
「黄金のアデーレ」って、クリムトのあの名画ですね!
とても興味ある情報に興奮して、昨夜ははずっと「アデーレ」について調べておりました。
てっきりベルベデーレにあるものだと思ったらニューヨークにあるのですね。
「アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像」。
ウィーンのベルベデーレにあるクリムトの「ユーディット」、同じように金ピカの背景の中であの生首をぶら下げている絵ですが、あのモデルもアデーレなのですって。私の旅行記で書いておりました。
「黄金のアデーレ」もナチスに強奪された名画だったのですね。
実はここのところ、ナチスに強奪された絵画のことを興味を持って調べていました。
薦められて「ナチス・ドイツ占領下における芸術品の運命」という分厚い本を拾い読みしたばかりでした。
え、あれも!これも!という有名な絵画が、あの時代に強奪されて、数奇な運命を辿っていることが書かれていました。
アデーレのブロッホバウアー家はユダヤ人の裕福な一族で、ここもナチスによって財産が没収されています。肖像画はその中の一つだったのでしょうか。
いつでしたか、ヨーロッパヘの機内で「ミケランジェロ・プロジェクト」という映画を見ました。あれもナチスに没収されてザルツブルク近郊の岩塩(だったかな?)に隠された名画を取り戻すというワクワクする映画でした。
絵画だけでなく、ウィーンのプルンクザールにはユダヤ人から没収した貴重な書籍も残されているそうです。また音楽の家では、当時の音楽家のナチスとの関係を展示していました。
オーストリアとナチスの関係、オーストリアでは触れられたくない過去ですが、あの時代はドイツに併合されていましたから、避けては通れない過去がいろいろあったのですね。
それにしても「黄金のアデーレ」、面白そうですね。
早速ツタヤで借りて見よう。
素晴らしい情報を教えてくださってありがとうございます。
追伸。ペコリーノさんの2006年のスイスの旅行記、なんかとても素敵ですね。
のちほどまた寄らせていただきます。
himmel
-
- ローラン・ペリエさん 2020/12/07 22:15:12
- 懐かしいウィーン★
- 素晴らしい旅行記ありがとうございます。
私は2年前に行ったのですが、またぜひ行きたいウィーンでとても楽しく拝見いたしました。パンの形も、添えられるお水のグラスも「そう、そう」という気持ちで一気に読んでしまいました。
ウィーンのカフェは素晴らしいですよね。物価もとても高い程ではないですし、ご飯も美味しいですしね。
一つ心残りがありまして、私の旅行記にも書いているのですがクリムトの絵を見ることが出来なかったので次こそは絶対!と思っております。すごく羨ましいです。
またお邪魔させていただきます。
- frau.himmelさん からの返信 2020/12/08 20:57:54
- RE: 懐かしいウィーン★
- ローラン・ペリエさん、こんばんは。
コメントありがとうございます。
先ほどローラン・ペリエさんのウィーン旅行記を拝見して参りました。
私たちの旅行のひと月ほど後にいらっしゃっているのですね。
素敵な豪華な旅をたくさんなさっていますね。
ファーストクラスなんて私にとっては夢の夢、ホテルもゴージャスなところばかり。
そう言うところは違いますが、市内観光は同じようなところを周っていらっしゃるのねと思いながら拝見しました。
旅行記拝見しながら、そうそう!なんて何回も頷いていました。
美術史美術館、ここも2016年にシニア3人で訪れました。世界一美しいカフェ(でしたっけ?)にも行きましたよ。旅行記はまだなんですけど(笑)。
ホテルザッハのザッハトルテ。カフェでコップに水とスプーン。それになんとナッシュマルクトで朝食を摂っていらっしゃる・・・。
私の方こそほんとに懐かしく拝見しました。
また続きのウィーン編にもお邪魔させてくださいね。
himmel
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