frau.himmelさんへのコメント一覧(137ページ)全1,449件
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よく似た絵。
himmelさん、お早うございます。
バッハラッハの旅行記拝見しました。私の名を出していただき恐縮です。
ところでミュンツェの「壁にはこんな絵がかかっていました。昔の硬貨つくり・・・」の写真、どこかで見たようなと考えていましたらミュンヘンのアルテピナコテークで見た絵とそっくりなのです。
よければ私の「みんなでドイツ旅行?、ミュンヘンからレーゲンスブルク」の写真をご覧ください。レイメルスヴァレの「収税吏とその妻」の絵が人物といい構図といいミュンツェの絵とそっくりです。
衣服とかバックなどで職人と金持ちの役人の違いがありますがそれにしてもよく似ていると思います。どちらの原画が古いか判りませんがひょっとしたらどちらかがどちらかを参考にしたのかも。
もう一つ、trinkenとprobierenの違い、参考になります。今度機会があったらprobierenを使ってみます。Kellnerがびっくりするかも知れませんね。
では、引き続き旅行記楽しみにしています。
ベーム
2011年09月01日10時40分返信するRE: よく似た絵。
ベームさん コメントありがとうございます。
早速、ベームさんのミュンヘン、レーゲンスブルク編見せていただきました。
本当にそっくりな構図ですね。
私もあの壁に架かっていた絵を見たとき、どこかで見たことがある…、と思っていました。
アルテピナコテークでも見たかも知れませんが、その他にももっと目にしていて、記憶に残っていた絵でした。
もう少し調べてみました。
バッハラッハのミュンツェ絵は、アルテの絵より、カンタン・マサイアスの「収税吏とその妻」の方が近いようです。
そっくりですが、本物の絵は「量り?・秤」が描かれていないんですね。
ミュンツェでは、きっとその絵を真似して、造幣局らしく「量り」を描き入れたものだと思われます。
そんなことを考えながら、旅行後も楽しめるなんて面白いですね。
ありがとうございます。
himmel2011年09月01日11時53分 返信するRE: RE: よく似た絵。
himmelさん、こんにちは。
またまたバッハラッハのミュンツェの絵です。くどいようで申し訳ありませんがたまたま又その絵に出くわしたものですから。
先日出版されたルーヴルの絵の解説書をぱらぱらとめくっていたら何とマサイアスのその絵が載っていたのです。似たような絵に立て続けに3回も出くわすなんて。もっともhimmelさんの仰るようにバッハラッハの絵はマサイアスの絵を借用したもののようですが。ルーヴルには何回か行きましたがこの絵の記憶はありません。もっともこの絵のことは今回はじめて知ったので、見ていても記憶に残ることは無かったでしょうが。
それにしてもアルテとマサイアスの構図は似ていますね。男のほうはそっくりですし、女のほうも右手と左手の組み方は逆ですが読みかけの本のページをつまんでお金のほうに目を向けている仕草は同じです。
ルーヴルのマサイアスもアルテのレーメルスヴァレも15世紀から16世紀にかけて活躍した同じネーデルランドの画家のようですからどちらかがどちらかを真似といっては語弊があるか参考にしたのではないでしょうか。素人考えですが。
次は何処の旅行記を拝見できるか、お待ちしています。
ベーム
2011年09月05日13時51分 返信するRE: RE: RE: よく似た絵。
ベームさん こんばんは。
> またまたバッハラッハのミュンツェの絵です。くどいようで申し訳ありませんがたまたま又その絵に出くわしたものですから。
いえいえ、くどいのは私も一緒です(笑)。
実は私もマサイアス関連で、マサイアスは他にどんな絵を描いているのだろうとネットで検索していたのです。
「税収吏とその妻」はどんなに考えても、バッハラッハ以前に見たことがあった。私の印象に残っているくらいだから、有名な画家に違いないと…。
ところが「マサイアス 画家」などで検索しても私の望む結果は出てこないのです。
発音の仕方が違うのかも…?。
こんな時って悔しいですね。せめて原語で名前がわかったら何とかなるのに〜、と考えていたところにベームさんのこのコメント。
何と、タイミングのいいこと!
ルーブルの絵の解説書でこの絵をご覧になったそうですが、そこに原語で名前はありませんでしたか?
私の方の質問ですみません。
何だか似たもの同志のようですね(笑)。
> 次は何処の旅行記を拝見できるか、お待ちしています。
ちょっとヨーロッパはお休みして、国内編で鉄子さんのまねごとをやっています。まだ書きかけですが…。
その後は、ボン、エーベルバッハ、バート・ヴィンプフェンと続く予定です。
遅々として進まない旅行記です…(笑)。
himmel
2011年09月06日20時19分 返信するRE: RE: RE: RE: よく似た絵。
himmelさん、
タイトル、RE、RE、RE,REは面白いですね。
あの画家の名はクエンティン・マセイス、Quentin Massys
と言うようです。クエンティン マセイスで検索すると沢山出てきました。
あの絵の呼び名も収税吏とその妻、両替商とその妻、金貸しとその妻 など邦訳は色々あるようです。
またアルテの絵の原型がマセイスの絵のようです。
himmelさんのバッハラッハの1枚の写真から色々勉強できましたね。良かったです。これからも勉強の種を見付けられたらと思います。
ベーム2011年09月07日11時02分 返信するRE: RE: RE: RE: RE: よく似た絵。
> himmelさん、
>
> タイトル、RE、RE、RE,REは面白いですね。
> あの画家の名はクエンティン・マセイス、Quentin Massys
> と言うようです。クエンティン マセイスで検索すると沢山出てきました。
>
> あの絵の呼び名も収税吏とその妻、両替商とその妻、金貸しとその妻 など邦訳は色々あるようです。
>
> またアルテの絵の原型がマセイスの絵のようです。
>
> himmelさんのバッハラッハの1枚の写真から色々勉強できましたね。良かったです。これからも勉強の種を見付けられたらと思います。
>
> ベーム
追伸
アルテ・ピナコテークの画家は
マリヌス・ファン・レイメルスワーレ、Marinus van Reymerswaele
です。マセイスほど有名ではないようです。2011年09月07日11時18分 返信する -
旅行記に投票ありがとうございました
はじめまして、ねずみんです。
私の拙い旅行記に投票いただきありがとうございます。
ドイツ初心者ですが、温かい人たち豊かな自然かわいい街並み・・・
体験したものすべてに感動したドイツでした。
frau.himmelさんの旅行記楽しく読ませていただいています。
ドイツに行く前から、frau.himmelさんの旅行記を読んで
勉強させてもらっておりました。
そんな、あこがれのfrau.himmelさんから
私の旅行記に投票していただけるなんて、夢のよう。
ありがとうございます。
今回ドイツ旅行をして、地元の人と触れ合うには
ちょっとでもドイツ語が話せたら・・・と感じました。
frau.himmelさんはドイツ語も話されること、ご自身の努力の賜物でしょうが
地元の人と交流がまた旅を思い出深いものにしてくれるのでしょうね。
これからも旅行記読ませていただきます。
私の旅行記も少しづつ増やしていくつもりです。
お時間のあるとき読んでくださいね。
ねずみん
2011年08月31日20時49分返信するRE: 旅行記に投票ありがとうございました
ねずみんさん おはようございます。
コメントありがとうございます。
ドイツの新着旅行記を見ていたら、懐かしいミッテンヴァルトが出てきたので、寄らせていただきました。
丁寧に作っていらっしゃって読み応えがあるねずみんさんの旅行記、惹きこまれてしまいました。
私は、写真のコメントを読むのが大好きです。
読み進むうちに、気持ちよくミンテンヴァルトを散策なさっているご様子が伝わってまいりました。
さりげなく現地の方々の表情もレポなさっている…、こんなことが知りたかったのです。
旅に出たら現地の方々とのふれあいも楽しみですものね。
> frau.himmelさんの旅行記楽しく読ませていただいています。
> ドイツに行く前から、frau.himmelさんの旅行記を読んで
> 勉強させてもらっておりました。
> そんな、あこがれのfrau.himmelさんから
> 私の旅行記に投票していただけるなんて、夢のよう。
> ありがとうございます。
わー、そんなにお褒めにあずかって恥ずかしいです。
ボケ防止に出来るだけコメントをつける旅行記を心がけていますが、くどいだけの旅行記になっていないか心配です。
それに、私のドイツ語なんて、ほんの挨拶程度しかできませんが、それが通じたときの嬉しさを求めてドイツ語圏を旅しているのでしょうね。
ねずみんさんの旅行記、これからもお邪魔させていただきます。
himmel
2011年09月01日10時35分 返信する -
未踏の地
frau.himmelさん、こんにちは。
近鉄バッファローズです。
Bayreuthへ行かれたんですね。
私はBayreuthへは行ったことがありません。
Bayreuthはワーグナーの街、と言うのが第一にあって、
芸術にはあまり興味のない私にとっては、魅力的ではありませんでした。
ですが、他にも見るべきところがあるんですね。
近くへ行ったときには見てみたいなぁ、と思いました。
新・旧の宮殿や色々な博物館は魅力的でした。
調べてみると、Bayrethはニュルンベルグ城泊の支配下に入って以降、
Hohenzollern家の支配下にあったんですね。
ナポレオン侵攻以降にバイエルン王国領になったそうですが、
この時にドイツ諸侯の領地はかなり整理されましたからね。
教会は一切の領地を没収され、諸侯の領地の飛び地も
多くが解消されたそうです(ゼロにはなっていませんが)。
この領地替えは、その一環だったのでしょうか。
親ナポレオンのライン同盟に加盟した御褒美なのかも知れませんね。
また次の旅行記も楽しみにしております。
RE: 未踏の地
近鉄バッファローズさま こんにちは。
> Bayreuthはワーグナーの街、と言うのが第一にあって、
> 芸術にはあまり興味のない私にとっては、魅力的ではありませんでした。
私もそう思っていましたが、歴史的にも見るべきところは多々ありました。
> 調べてみると、Bayrethはニュルンベルグ城泊の支配下に入って以降、
> Hohenzollern家の支配下にあったんですね。
> ナポレオン侵攻以降にバイエルン王国領になったそうですが、
> この時にドイツ諸侯の領地はかなり整理されましたからね。
> 教会は一切の領地を没収され、諸侯の領地の飛び地も
> 多くが解消されたそうです(ゼロにはなっていませんが)。
> この領地替えは、その一環だったのでしょうか。
> 親ナポレオンのライン同盟に加盟した御褒美なのかも知れませんね。
バイロイトの発展に大きく貢献したヴィルヘルミナ(バイロイト辺境伯フリードリヒ3世の妃)がプロイセンのフリードリヒ大王の実姉だったこともあり、プロイセンとは大きく関わりあっていましたが、ナポレオン戦争で破れ、ホーエンツォレルン家の領有ではなくなったそうです。
しかし、フランス軍から譲渡を受けたバイエルン王のヴィッテルスバッハ家は、バイロイトが余りにもプロイセン色が強すぎて、バイエルン色を出すのに懸命だったようです。
その意味では、ルートヴィッヒ2世から手厚い支援を受けていたワーグナーはいい宣伝塔の役割を果たしたのではないかと思います。
それに歴史的に言えば、このバイロイトも、ヒトラー第三帝国時代はニュルンベルクと同様「ナチスの聖地」だったのですね。
調べてみると、ワーグナーを大好きだったヒトラーは、晩年のワーグナー夫人、フランツ・リストの娘であるコジマにも会っているそうです。
歴史って本当に面白いですね。
himmel2011年08月28日14時47分 返信する -
パンのお金を請求されるんですね
frau.himmel様
アラル海から戻って参りました。まだ旅行記は一部しか、掲載していません。
アラリスクのような田舎町でも、「フクシマ」を知っていたのには、驚きました。
ニュルンベルクの教会で、このようなことが行なわれていたとは、感動です。
あと、パンのお金の請求は、笑ってしまいました。
カザフスタンやロシアの田舎のカフェーでは、料理を注文すると、バスケットに入ったパンを運んできます。
食べても食べなくても、料金は同じです。
お客が食べた分だけ、継ぎ足して次のお客に出します。
ロシア人、カザフ人とも、細かいことには、こだわらないです。
ドイツには、露系ドイツ人が沢山いると、本で読んだことがあります。
ドイツ系女帝エカテリーナ2世が、ドイツの農民を、ヴォルガ河流域に入植させたのを皮切りに、大勢のドイツ人がロシアにやってきました。
スターリンは、このヴォルガ・ドイツ人が、ナチスに協力するのを恐れて、根こそぎ中央アジアやシベリアに、強制移住させました。
1989年のは、ドイツ系ソ連人は、100万人もいたようです。カザフスタンには、ドイツ系の人が沢山いました。
ペレストロイカの時代に、ソ連がきしみ、また出国が容易になったので、ドイツ系のかなりの数の方たちが、ドイツ連邦に行ってしまったようです。
このときに、ドイツ系の方と結婚されている、他民族の方も、その間に出来た子どもも、ドイツ連邦政府は、入国を認めたようです。
この中に、サハリンで機関士をしていた日本人と、カザフに住んでいたドイツ系の女性との間に生まれたお子さんも、ドイツに行ったようです。この話は、カザフスタンでは、知られています。「少し前には、カラガンダには、日本人がいたよ。子どもは、ドイツに行ってしまったよ」と。
カザフスタンから来たドイツ人は、ドイツ語が出来ないので、社会で浮き上がっていて、そのストレスから、ドラッグに走ったりすると、聞いたことがあります。親たちは子どもたちに、少しでもいい生活をさせようと、ドイツ行きを決心したようです。ところが、子どもたちは、2級市民と扱われるくらいなら、カザフに残ったほうが良かったと。
現在カザフスタンには、25万人のドイツ系の人がいます。カザフスタンでは、ドイツ系は朝鮮系の人と同じく、経済的に裕福な人が多いようです。RE: パンのお金を請求されるんですね
浦潮斯徳さま こんにちは。
ご無沙汰しています。
時々旅行記へはお邪魔しておりました。新着の面白い旅行記まだかなーと…。
> アラリスクのような田舎町でも、「フクシマ」を知っていたのには、驚きました。
ホントにそうですね。悲しいですが、いまや「フクシマ」は世界の流行語ですね。
ドイツのテレビではお笑い番組で「フクシマ」を揶揄していました。悔しかったーですね。
> あと、パンのお金の請求は、笑ってしまいました。
普通、テーブルに乗っているパンは「ご自由にどうぞ!」ですよね。
ところが会計の際に、「パンは食べたか?」って聞くんですよ。ビックリしました。
大体、プレッツェルの場合が多いですが。
ところで今回も興味深いお話ありがとうございます。
> ドイツには、露系ドイツ人が沢山いると、本で読んだことがあります。
確かにドイツ国内には移民が多いですね。特に東西ドイツが統一してから、東欧系の移民も多くなってますます増えたようです。
いまやドイツ人の雇用を脅かしているとか…。
私が短期留学をしていたドイツ語学校にも何人かのロシア人がいました。
でも、この方達はちょっと違いますか、きっとロシアに帰ったらエリートになる方だと思います。
> ドイツ系女帝エカテリーナ2世が、ドイツの農民を、ヴォルガ河流域に入植させたのを皮切りに、大勢のドイツ人がロシアにやってきました。
> スターリンは、このヴォルガ・ドイツ人が、ナチスに協力するのを恐れて、根こそぎ中央アジアやシベリアに、強制移住させました。
このお話に興味を魅かれてたった今、ヴォルガ・ドイツ人のことを調べてまいりました。
ここでもやはり、歴史の流れを変えたのは、ナチスドイツなのですね。
ところで、前に浦潮斯徳さまが旅行記で発表していらっやったドイツ人の町、「ケーニヒス・ベルク」はヴォルガ・ドイツとは関係ないんですか?
興味深いお話、ありがとうございました。
himmel2011年08月28日14時22分 返信するケーニヒスベルクは、関係ないです
frau.himmel様
ケーニヒスベルクを中心とした東プロイセンは、ドイツ騎士団が、未開地のスラブ人居住地を征服した地です。
ドイツ出身のエカテリーナ2世の招きに応じて、主に貧しいドイツ南部の農民が、ヴォルガ河流域に入植したのです。
スターリンは、1937年に極東ロシアにいた朝鮮人(カレイスキー)を、中央アジアの地に流しました。
かつてのオリンピックの金メダリストのネリー・キムさんは、お父様がカレイスキー、お母様がタタール人です。なおタタール人女性は、肌と髪の色はアジアで、顔のつくりはヨーロッパで、ロシア人からみるとエキゾチックな美人と映るようです。
スターリンは、朝鮮人、ヴォルガ・ドイツ人、チェチェン人を初めとしたカフカスの諸民族を、中央アジアに追放したのです。カザフスタンの南都アルマティの近くには、スターリンによって追放された、ギリシャ人の村落もあります。
中央アジアへの移送の際に、大勢の人が貨車の中で死亡しました。チェチェン人は、移送での死亡率が高かったようです。
ヴォルガ・ドイツ人は、農民としても職人としても優秀だったので、もう少しマシな移送をされたので、死亡率は他の民族よりは、低かったようです。
こうしてカザフスタンには、追放されてきた沢山の民族が住んでいました。
追放されてきた人々は、ソ連当局に気に入ってもらおうとしていました。
このなかでチェチェン人だけは、反抗心を隠そうともせず、胸を張って生きていたと、当時カザフにいたソルジェニーツィンは、述べています。
カザフスタンの地では、医師や大学教授という肩書きだった人が、ドイツでは職もなく、生活保護の手当てを受け、2級市民扱いのようです。
子どもたちは、ドイツ社会になじめず、非行に走るということを、聞いたことがありますが。
ドイツの民族主義の若者とやりあうこともあるとか。
ロシア連邦ユダヤ自治州ビロビジャンには、ペレストロイカの時期以降、生活苦から、ユダヤ人がイスラエルに多数渡りました。
しかし、このユダヤ人たちも、イスラエルでは二級市民扱いでした。彼らは、パレスチナ人の土地を取上げて、戦争をするという考えには反対でした。また豚肉を食べることに対して、厳格なユダヤ教徒との対立もありました。
こういったことや、プーチンさんになってロシアが安定したことで、ビロビジャンに出戻るユダヤ人も出てきました。
日本にも、日系のブラジル人が沢山居住している地域もありますが、必ずしも日本人と仲良くしてはいないようですが。2011年08月28日16時20分 返信する -
バイロイト音楽祭
frau.himmelさま、こんにちは。
バイロイトにお出でになられた由。
小生、バイロイト音楽祭を初めて鑑賞したのは今から昔々の昭和41年夏の事で、当時は在欧中の日本人以外に観光客の邦人を見かける事も稀な時代でした。
楽劇ジークフリートでしたが、ただ幕が開いても、ただやみ雲に暗いだけ舞台が見えず音楽もワンパターンとして聞け、途中で眠ってしまい気づいたら第1幕が終わってしまってました。
今から考えると残念です。
横浜臨海公園RE: バイロイト音楽祭
横浜臨海公園さま 書き込みありがとうございます。
> 小生、バイロイト音楽祭を初めて鑑賞したのは今から昔々の昭和41年夏の事で、当時は在欧中の日本人以外に観光客の邦人を見かける事も稀な時代でした。
うわーすごい! バイロイト音楽祭をご覧になったのですか? 昭和41年と言うと臨海公園様がかなりご幼少のころ?
でしょう、でしょう! その頃は日本人がバイロイト音楽祭を見に行くなんて、夢のまた夢だったでしょうから…。
> 楽劇ジークフリートでしたが、ただ幕が開いても、ただやみ雲に暗いだけ舞台が見えず音楽もワンパターンとして聞け、途中で眠ってしまい気づいたら第1幕が終わってしまってました。
もったいない! そしてなんと贅沢な!
かの世界の祝祭劇場で、一流オーケストラを子守唄にしておやすみになったとは…。
私にはたぶん一生縁のない音楽祭ですけど、バイロイトの街はしっかり楽しんでまいりました。
横浜臨海公園さま 別のお話のほうもお待ちしています。
himmel2011年08月27日14時11分 返信する拝復
frau.himmelさま、こんばんは。
早速メッセージを賜りまして誠に有難うございました。
ただ、今から考えると確かに豪華な子守唄でしたが、楽劇ローエングリーンだったら、第1幕前奏曲冒頭のトレモロと弱音器をたっぷり使った弦楽奏で、しっかり眠っていたでしょう!!
横浜臨海公園2011年08月28日02時43分 返信するRE: 拝復
横浜臨海公園さま こんにちは。
うふふ、そうですね。
ローエングリーンの前奏曲、あれはちょっと辛いかも。
深ーい霧の山の中(南ドイツあたりの)を彷徨っている夢を見たりして…。
でも、「結婚行進曲」のところでは目が覚めますから、大丈夫ですよ。
横浜臨海公園さまも冗談をおっしゃるんですね。安心しました。
himmel2011年08月28日13時33分 返信する -
ゲオルクさん
あの味のある錫職人さん、ゲオルクさんとおっしゃるのですね。
思いがけずhimmmelさんの旅行記でお目にかかれて嬉しかったです。
himmelさんは きっとドイツ語でお話なさったのですね。
私は、身振り手振りと日本語でしか話せませんでしたよ。
だからお名前も初めて知りました。トホホ
うちにもゲオルクさん作のかわいい男の子や女の子のお人形があるんです。
30年ほど前に 夫がここの錫の人形をお土産に買ってきたんですが
表情が可愛くてずっと大切に飾っていました。
5年ほど前に初めてニュルンベルクに行ったとき、
この店だよ〜と、夫が教えてくれましたが
25年後でもうちのと全く同じ人形が並べられていました。
職人さん(ゲオルクさん)も同じ人だよ〜変わってないな〜とのことでした。
行くたびに、横笛を吹く少年やらアヒルを抱いた女の子やらのお人形を買って、うちにはゲオルクさんの小さなお人形が5体あります。
30年前のは もうすすけて真っ黒に近いのですが
それはそれで味があっていいの。
デューラーそっちのけで、ゲオルクさんに反応してしまった。
楽しませていただきありがとうございました。
パンジーRE: ゲオルクさん
パンジーさん こんばんは。
あのゲオルクさんをパンジーさんもご存知だったのですね。
しかも30年も前からゲオルクさんとご縁があったなんて驚きです。
私もテレビであのお顔を見たとき「あっ、この人知っている!」って思いました。
一度は夫が小さな錫のグラスを買いました。
2度目はツアーで職人広場に行ったとき、ツアー仲間が、買い物をしたいから通訳をしてって頼まれて時。
それを思い出し懐かしくなって、今回の訪問となったわけです。
> himmelさんは きっとドイツ語でお話なさったのですね。
とんでもない! 私が喋ったのは「日本のテレビで見ました」という言葉と、「前にも2,3回ここに来た事があります」と言うことだけだったように思います。
あとは、ゲオルクさんが奥からご自分が掲載された新聞記事や、雑誌の切抜きを持ってきて見せてくれました。
種明かしをすると、お名前はテレビで知ったのです(笑)。
錫の人形はずしりと重くて、存在感がありますよね。
私もこれからニュルンベルクに行くたびに、ゲオルクさんの人形を揃えていきたいと思います。
パンジーさんに喜んでいただいて、とても嬉しいです。
himmel2011年08月23日22時07分 返信する -
東日本大震災への支援に感激
frau.himmelさん こんにちは!!
「日本の人々のためにお祈りしましょう」
あの遠いニュルンベルクの聖ローレンツ教会でそのような訴えがなされていたなんて、
なんというありがたいお志でしょうか。
こうしたことを素早く市民に訴えられるキリスト教とヨーロッパ社会に関心を持たざるを得ませんね。
私たちはついつい目の前だけの狭い視野に陥りがちですが、改めて心を引き締めなければと思います。
お写真を拝見しますと、戦争の爆撃と市街戦で破壊された町並みも、元の姿に綺麗に再建されていますね(^-^)
日本などでは新しい街作りをしてしまうものですが、歴史的な姿を大切にする姿勢には、ため息の出るほどの強い意志を感じます。
それがなんなのか、ヨーロッパ社会への興味は尽きません。
ソーセージ(^-^)
美味しそうでしたね(^O^)!(^^)!
勝手な独り言を書いてしまいましたm(_ _)m
それでは、また・・
カメちゃんRE: 東日本大震災への支援に感激
カメちゃんさま こんばんは。
メッセージありがとうございます。
> 「日本の人々のためにお祈りしましょう」
> あの遠いニュルンベルクの聖ローレンツ教会でそのような訴えがなされていたなんて、
私もあの言葉を見たときは胸が熱くなりました。こちらの方も日本のことを心配してくださっているのだと…。
なお、聖ローレンツ教会ではなくて、聖セバルドゥス教会でした。
でも、あの時期にドイツを旅行していて感じたことは、大震災よりも関心は「フクシマ」にあるようでした。各方面で「フクシマ」の名前を耳にしました。
一度だけとても腹立たしく思ったことがありました。
夜、ホテルのテレビを見ていたら、お笑いテレビで盛んに「フクシマ」を連発して笑いを取っていたことでした。早口のドイツ語なので何を言っているのかサッパリでしたが、悔しいというより、大好きなドイツの国で…、と思うと悲しくなりました。
善意の方達が殆どだと思いたいですが、ともかく一刻も早くこれ以上「フクシマ」が注目されないように、収束して欲しいと思います。
himmel2011年08月23日21時52分 返信する -
同感・・
ほんとうにfrau.himmelさんのコメントどおり
「彼らはどういう思いで見たんだろう?」と同感です。
その後の 静かな湖 の写真を見て心が安らぎました。。。
私もアップしている写真の中で1枚だけ
ヒトラーの写真を載せています・・。
http://4travel.jp/traveler/mojo/pict/18268472
(またまたリンクURLすいません・・・・・)
wizRE: 同感・・
wizさん こんにちは。
たった今、wizさんの
詩でも読んでいるような Schwarz-Waissの世界に酔いしれてきました。
ステキですね、モノクロの世界。
確かな写真技術がないと 出来ない芸当だとつくづく思いました。
写真オンチには決して真似できないことです(泣)。
私もwizさんのようにゆっくりウィーンに滞在して、いろんなところに訪れたい…。
以前リンツでヒトラーのことを調べているとき、ウィーンでの彼の足跡を調べてみたいと思ったことがありました。
今回いくつかの手がかりを下さってありがとうございます。
> 私もアップしている写真の中で1枚だけ
> ヒトラーの写真を載せています・・。
> http://4travel.jp/traveler/mojo/pict/18268472
> (またまたリンクURLすいません・・・・・)
いえいえ、wizさんの旅行記は素晴らしいので、ヒントをいただいたほうがいいのです。
でないと、あれこれ目移りして、悩むこと必須ですから…。
himmel2011年08月21日15時06分 返信する失礼! Schwarz-Weiss でした。
タイトル=本文。2011年08月21日15時09分 返信する -
Germanisches Nationalmuseum!
frau.himmelさん、こんばんは〜。
BSの番組は、BSジャパン 欧州 美の浪漫紀行ですよね〜?!
私も見ました♪ 私もあの番組を見て、此処、
Germanisches Nationalmuseum(国立ゲルマン博物館)
で、デューラーを見たい!と思ったんです!!
4travelの旅行記でお写真拝見出来て嬉しかったです。
デューラーやクラナハの絵は好きなので
frau.himmelさんのこの旅行記興味深かったです。
ナイスタイミング! ありがとうございました^^
wiz
RE: Germanisches Nationalmuseum!
wizさん、こんばんは。
メッセージありがとうございます。
昨夜も訪ねてくださったのですね。
どんな方なのかなーとプロフィールを見せていただいてビックリ!
お写真のところに、何とあの人相の悪いザクセン選帝侯の顔が…。(私も今回の旅行記で使っています)
早速旅行記見せていただき、再びビックリ!
何と絵画に造詣の深い方なんだろうーって。
あそこまで詳細にひとつひとつの絵に説明をつけていらっしゃる方は初めてでした。また写真も素晴らしいですね。
ありがとうございました。
> BSの番組は、BSジャパン 欧州 美の浪漫紀行ですよね〜?!
そうです! あの番組が好きでよく見ています。ニュルンベルクを見て絶対ゲルマン博物館には行くぞーって。
> 4travelの旅行記でお写真拝見出来て嬉しかったです。
> デューラーやクラナハの絵は好きなので
> frau.himmelさんのこの旅行記興味深かったです。
> ナイスタイミング! ありがとうございました^^
こちらこそ、いろいろあり、不鮮明な写真で恥ずかしいです。
さっきあの続き、職人広場を追加しましたので、覗いていただければ幸いです。
BSで出ていた職人さんも登場します。
今後ともよろしくお願いいたします。
himmel2011年08月19日22時29分 返信するRE: Germanisches Nationalmuseum!
そうなんです!
私も・・、
ザクセン賢公・フリードリヒ3世、
ヨハン・フリードリヒ・ザクセン公
の、写真をアップしたばかりだったので
そのあたりも「わお!」と楽しませてもらいました^^
frau.himmelさんも旅行記中で触れられている
豊穣・多産のシンボル柘榴を手にしたマクシミリアン1世の
ヴィーン美術史美術館ヴァージョンの絵も好きなんですよ〜。
(というか、マックス好きなんです^^;)
クラナハの描くヴィーナス(とクピド)も好きです!
聖クリストフォロス=旅人の守護神ですよね〜。
http://4travel.jp/traveler/mojo/pict/18126844/
4travelのトラベラーさんには是非とも知って欲しい聖人ですよね♪
それにしても国立ゲルマン博物館に関する
日本語のサイトは乏しいみたいですね・・。
youtubeでこんなの見つけました!
Germanisches Nationalmuseum
http://www.youtube.com/watch?v=ASwWM5PSUhs
デューラーの母親の絵も素敵ですね!!
wiz2011年08月19日22時55分 返信するyoutube見ました!
wizさん、素晴らしいです!
ユーチューブで博物館関係も見れるのですね。
これからいろいろ試してみたいと思います。
いいものを教えていただいて感謝です。
> 聖クリストフォロス=旅人の守護神ですよね〜。
> http://4travel.jp/traveler/mojo/pict/18126844/
> 4travelのトラベラーさんには是非とも知って欲しい聖人ですよね♪
さっき見せて頂きました。
wizさんの言葉を借りるなら ホントに「わお!」でしたね。
ボスの描いたクリストフォロス いいですねー。
私ももっと勉強いたします。
これらを知って旅行するか否かでは楽しみが大きく違ってきますものね。
> 豊穣・多産のシンボル柘榴を手にしたマクシミリアン1世の
> ヴィーン美術史美術館ヴァージョンの絵も好きなんですよ〜。
あのマクシミリアン1世はザクロを手にしているのですか?
何しろ写真が悪くて(汗、、)よく見えませんでした。
旅行をするにあたって、ヨーロッパの歴史を少しずつ勉強しています。
もう還暦を大幅にオーバーした身なので、なかなかすっと頭に入ってきませんが、でも歴史って楽しいですね。
それにしても、wizさん、何にでもお詳しいー!
またいろいろ教えてくださいね。
himmel
2011年08月20日10時32分 返信するRE: Germanisches Nationalmuseum wikimedia!
> ボスの描いたクリストフォロス いいですねー。
> これらを知って旅行するか否かでは楽しみが大きく違ってきますものね。
ほんと、ほんと、私もそう思うんです〜。
(興味がなかったらおせっかいなだけですけど・・)
frau.himmelさんは旅行記中に聖人のことを書かれていたので
見て頂いたらおもしろいと感じられるかも!と思い書いてみました^^;
良かった〜!!
> あのマクシミリアン1世はザクロを手にしているのですか?
> 何しろ写真が悪くて(汗、、)よく見えませんでした。
> 旅行をするにあたって、ヨーロッパの歴史を少しずつ勉強しています。
カメラの件はほんとうに残念でしたね(涙)・・
ヴィーン美術史美術館のは柘榴だとはっきり分かるのですが
国立ゲルマン博物館版はどうかなぁとちょっと調べてみました。
Germanisches Nationalmuseum の代表的な作品が
wikimediaに出ていたのですが・・
http://commons.wikimedia.org/wiki/Germanisches_Nationalmuseum
マクシミリアンは柘榴を紋章(インプレーサ)としているので
おそらく間違いないと思います^^
(ヴィーン版は柘榴がもっと割れていて分かりやすいです。)
私も、とりあえず好きなことから勉強勉強です♪
P.S. 何票もいれたいのに1票だけなんて残念です!
ありがとうございます!!
wiz
2011年08月20日17時22分 返信する -
ニュルンベルク
himmelさま
さっそくお邪魔しました。
ニュルンベルクの街歩きもhimmelさんがされると一味違いますね。
とても楽しませていただきました。
あの、訳のわからないモニュメント、私も 訳わからん、と思いつつ
通り過ぎましたよ。
ブラート・ブルスト・ホイスレは、もしかしたら同じ席だったかも。
フラワーボックス越しに通りがみえる気持ちの良い席でした。
うちは夏だったのでビールをいただきましたが、ワインもことのほか美味しそうですね。
別の機会にナッサウアーケラーにも行ったんですよ。
古い建物で、お店の雰囲気が素敵でした。
日本人の団体客がたくさんいました。人気のお店のようですね。
お忙しく過ごされているご様子、
盛夏の折、どうぞお体を御自愛くださいませ。
パンジー
RE: ニュルンベルク
パンジーさま おはよう(?)ございます。
返信が遅くなってごめんなさい。
法事とお盆で田舎に行っており、昨夜遅く帰ってまいりました。
ニュルンベルク街歩き編を見ていただいてありがとうございます。
写真がトホホ…でほんとに恥ずかしいんですが、何度行ってもステキな街ですね。
> あの、訳のわからないモニュメント、私も 訳わからん、と思いつつ
> 通り過ぎましたよ。
でしょ!? パンジーさまも同じことを考えていらっしたのね(笑)。
> ブラート・ブルスト・ホイスレは、もしかしたら同じ席だったかも。
> フラワーボックス越しに通りがみえる気持ちの良い席でした。
そうです、そうです。
パンジーさまの旅行記を見せていただいて、あらっ、同じ席かも…?って思ってました。
中年の店員さんに「このお店は有名なのよねー」ってゴマをすったのに、
「そうよ、それがどうしたの!」みたいな返答でちょっと凹みましたが、
ソーセージは美味しかったー。もちろんワインもね。
> 別の機会にナッサウアーケラーにも行ったんですよ。
> 古い建物で、お店の雰囲気が素敵でした。
> 日本人の団体客がたくさんいました。人気のお店のようですね。
ナッサウアーケラーにもいらっしたんですね。
日本人の団体客が多く来店するレストランだったのですか…。
よかったー、ブラートヴルスト・ホイスレにして。
なにしろ、ひとり旅では、レストランの食事は1日1回くらいしかいただけませんので、せっかくなら印象に残るレストランに行きたいものです。
次の旅行記も忘れないうちに仕上げなければと思うものの、お盆休みボケがまだ抜け切れていないようで…。
パンジーさまも、いつまでも続くこの残暑、どうかご自愛くださいませ。
himmel2011年08月17日10時55分 返信する



