frau.himmelさんへのコメント一覧(137ページ)全1,434件
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どうなったのでしょう!?
プラグの運命は・・・??
こんばんは。
コーブルクは素敵な街ですね。
お天気も最高で何よりでしたよね。
私も「地球の歩き方」を使っているので記載がなく、
初めて聞く名前の街でした。
古城街道沿いにはいい街が多いのですね。
私も訪ねてみたいです。
途中で通られたバンベルクは、私は去年行きましたが、
ここも素敵でしたよ。
himmelさんも、是非次の機会に。
ところで、プラグはどうなったのでしょう?
気になって眠れません。(笑)
ハッピーねこRE: プラグの運命は!?
ハッピーねこさん、こんにちは。
本当にやきもきさせましたね。すみません。
この旅行記、書いているうちにあの時のいやーなことが思い出され、途中で投げ出してしまいました。
そして、読み返してみると、間違いだらけの誤字だらけ…、恥ずかしくなりました。
さて、ハッピーねこさんがおやすみになれないと申し訳ないので(笑)その後の顛末を。
実はニュルンベルクのホテルのフロントの方に、ミュンヘンのホテルに電話してもらい、ミュンヘンにあることが確認できたので、次の日、バイエルンチケットを使って取りに行ってきました。
半日以上の時間のロス、ほんとうに勿体なかったです。
失敗続きでめげてしまいました。
この件は次回、旅行記に掲載します。
himmel2011年07月09日11時43分 返信するよかったです!
himmelさん、こんにちは。
私の住む北部九州は本日梅雨明けしたようです。
朝から晴れており、夏雲がもりもり出ています。暑いです。
いよいよ真夏ですね。himmelさん、お体ご自愛下さい。
さて、プラグの件、安心致しました。
これでゆっくり眠れます。(笑)
ニュルンベルクからのミュンヘン往復時間は確かにちょっと
もったいなかったかもしれませんが、家電屋さんやホテルの方の
アドバイスや協力があってお手元に戻り、よかったではありませんか。
小さいものなのでうっかり置き忘れそうなものですものね。
私も気をつけます。
続きの旅行記を楽しみにしております。
ハッピーねこ
2011年07月09日14時43分 返信する -
アエロフロートとは、雲泥の差です
frau.himmel様
アエロフローの客室乗務員と、大韓航空の客室乗務員とでは、雲泥の差です。勿論、乗り心地も大韓航空の方が、はるかにいいです。
でも、私はアエロフロートの方が好きなのです。
飛行機に入ると、でっぷりした無愛想なロシア人の客室乗務員が、目に飛び込んできます。飛行機に入った瞬間から、もうロシアなのです。
帰りも成田に着くまでロシアにいる感じです。
ロシアでは、ホテルのフロントで、大柄なロシアのおばちゃんが、足を組んでタバコを吸い、週刊誌を読んでいたり、テレビを見ています。お客が来ても、ニコリともしません。
ただロシア語でこの町が綺麗だというと、本当にうれしそうな表情をします。根はとても人懐っこいです。細かいことには、こだわらないです。車のフロントガラスにヒビが入っていても、平気です。呼子自動車学校という文字の入った市バスが走っていたりもします。ドライバーの方は、動けばいいと、また日本の文字は気に入っているから残しているとも。
日本では、お客が無理難題を言っても、店員は謝っています。ロシアなら「ニェット」一言で済みます。
シベリア鉄道の車掌に、いつ出発するかと聞いても、「ニ・ズナーユ(知らない)」で終わりです。働くことが、嫌いなんです。
バザールでも、ロシア人は売る気もなく、嫌そうに座っています。一方、タタール人やグルジア人は、きれいに果物を並べ、愛想もよく、当然お客もそちらで買います。
お話は変わりますが、知覧の特攻隊の美談ばかりが、伝わっていますが、「振武寮」という存在を知ると、お考えが変わるのではと、思います。
飛行機の不具合で内地に引き返してきた、特攻隊員を福岡の振武寮に収容します。
ここで、死んで英霊になっていたはずの人間が、戻ってきたのは臆病風にふかれたからだと、竹刀で精神をたたきのめされ、再び特攻に出されました。
ここにいた参謀は、最後の出撃で必ず出撃すると言って、生き延びています。
旧式の戦闘機どころか練習機まで、引っ張り出して、特攻に向わせました。あと酷いのが、人間ロケットミサイル「桜花(おうか)」です。ミサイルに人間が入って、敵艦に発射されるというものです。
ただ桜花を吊るすので、飛行機そのものが重くスピードが遅くなります。アメリカ軍は、桜花を吊るした飛行機のみでなく、護衛の戦闘機まで、一網打尽に撃墜させていました。それで、アメリカ軍は、この人間ミサイルを「バーカ」と呼んでいました。
RE: アエロフロートとは、雲泥の差です
浦潮斯徳さま、こんにちは。
大韓航空編を見ていただいてありがとうございます。
いつもは早くから旅程を組むので、比較的安いヨーロッパ系か日系の航空会社のチケットが取れるのですが、あの時は出発まで間がなく、背に腹は変えられないと大韓航空を選んだのです。
乗客の国民性のマナーの違いを大いに感じた機内でした。
でも、客室乗務員さんは美人で、サービスもよく、あなどれないなーと思った次第です。
> でも、私はアエロフロートの方が好きなのです。
> 飛行機に入ると、でっぷりした無愛想なロシア人の客室乗務員が、目に飛び込んできます。飛行機に入った瞬間から、もうロシアなのです。
> 帰りも成田に着くまでロシアにいる感じです。
わかります、わかります、その気持ち!
私も機内に搭乗したときからヨーロッパにいる気分になれるので、できればヨーロッパ系の航空会社を選びます。特にルフトハンザが大好きです。
ドイツの客室乗務員さんも結構体格のいい方が多いです。おっドイツ人だなーって一人で盛り上がります。それに、カタコトのドイツ語でも喋ると次回からにサービスのときにニコッとしてくれるんですよね。
> 呼子自動車学校という文字の入った市バスが走っていたりもします。ドライバーの方は、動けばいいと、また日本の文字は気に入っているから残しているとも。
そうなんですか? 日本語の文字入りの自動車がロシアの街中を走っているのですか…。そんな風景に出会うと、日本人はうれしくなりますね。
ただ、ロシア政府は日本の中古車を輸入規制しているそうなので、そんな風景も年々少なくなるのでしょうね。
> お話は変わりますが、知覧の特攻隊の美談ばかりが、伝わっていますが、「振武寮」という存在を知ると、お考えが変わるのではと、思います。
> 飛行機の不具合で内地に引き返してきた、特攻隊員を福岡の振武寮に収容します。
>
> ここで、死んで英霊になっていたはずの人間が、戻ってきたのは臆病風にふかれたからだと、竹刀で精神をたたきのめされ、再び特攻に出されました。
> ここにいた参謀は、最後の出撃で必ず出撃すると言って、生き延びています。
知覧は武家屋敷と特攻記念館に行きましたが、あの昔からの屋敷街と特攻隊の悲しい物語…、それだけを見ると、確かにロマンティックだと感じますね。
そんな悲しい出来事があったのですか?
「振武寮」の存在は知りませんでしたが、調べてみたいと思います。
>
> あと酷いのが、人間ロケットミサイル「桜花(おうか)」です。ミサイルに人間が入って、敵艦に発射されるというものです。
人間ミサイル、最初、この意味するところが判りませんでした。
想像してみて、それは酷い!、ダッハウの人体実験とそんなに違いはないではないかと思いました。
しかも確実性があるのならともかく「バーカ」と呼ばれるほどの戦闘機なんでしょ。まるで犬死ではないですか。
ミサイルに入って発射させられる特攻隊員のことを考えたら…、悔しくてたまりません。
それに「桜花」ですって? 日本人の心の花であるサクラをそんな戦闘機の名前に使って欲しくないですね(ちょっと的外れですが)。
ほんとにいろいろな興味ある話題ありがとうございます。
himmel2011年07月09日13時46分 返信する -
東京は花の都ですね
お便りありがとうございます。
厚木にいたときには、台東区、江東区、江戸川区、葛飾区、ばかり行っていました。特に、江東区は歩き尽くしました。
英国大使館、懐かしいです。私立大学を受検のために、麹町のダイヤモンド・ホテルに泊まりました。そばに、綺麗な建物があり、一目で感動しました。ああ、こんな家に住めたらと。
厚木時代に、ここへ行きましたが、この一等地に、こんな家を建てるなど、できるはずがないと、笑ってしまいました。
小学生の頃ですが、ガダルカナルに行っていたという方から、現地では食べ物がなくて、ヘビやカエルを食べたと。火を起こすと、敵にばれるから、蝋燭で焼いて食べたとか、聞きました。あと上官のいじめとか。
そんなこともあり、戦記には興味がありました。あと、学生時代には、沖縄出身の人と仲良くしていましたが、沖縄の子たちは、学校で先生たちが、日本軍のことを、本土の人が知らないことまで、教えています。びっくりです。
あと、延吉の町に行ったのですが、石原さんが、「日韓併合は、韓国にもメリットがあった」と発言したらしく、大学生のガイドさんは
憤慨していました。
あと、水木しげるさんがお書きになった昭和史や戦記マンガは全て読みました。これを読むと、旧日本軍のデタラメぶりに、驚きます。部下に玉砕を命じた参謀は、生き延びようとしたり。
同じ同盟国でも、ドイツ将校とは、違いすぎます。ケーニヒスベルクから西方に、海路で撤退する船に乗って出発しようとしたときに、難民が波止場に押し寄せてきたときには、将校は全員下船させられました。そして難民を乗船させたりしていました。身分高き者の負う義務、というものです。
鹿児島知覧の特攻記念館も、生き残りの特攻隊員のなかには、自らの意思で沖縄に飛び立ったという記述に憤慨している方もいます。特攻を推進した参謀の責任が、触れられていないと。最後の特攻で出撃するといって、のうのうと戦後を、生き延びています。RE: 東京は花の都ですね
浦潮斯徳さま こんばんは。
コメントありがとうございました。
千鳥が淵の花見、毎年行っているものですから、今年はどうしようかなと迷ったのですが、結局行ってまいりました。
その頃はまだ皆さん、花見どころでは?という雰囲気でしたから人も少なかったです。
やはり千鳥が淵は、花見客でごった返していないと寂しいです。来年はきっと例年の千鳥が淵に戻ってくれると信じています。
さて、「美しき野獣」のイルマ・グレーゼ、検索して片っ端から読みました。
あんな可愛い顔をした若い女性なのに、結構残虐なことをやったのですね。
サディスティックな性格もあるのでしょうね。興味深かったです。
戦記がお好きなのですね。道理でとてもお詳しい…。
私は特別に戦争ものが好きというわけではないのですが、現代史を調べていると、どうしても戦争は避けては通れない…。そこでいろんな知識を得ることはとても楽しいです。
> あと、水木しげるさんがお書きになった昭和史や戦記マンガは全て読みました。これを読むと、旧日本軍のデタラメぶりに、驚きます。部下に玉砕を命じた参謀は、生き延びようとしたり。
>
> 同じ同盟国でも、ドイツ将校とは、違いすぎます。ケーニヒスベルクから西方に、海路で撤退する船に乗って出発しようとしたときに、難民が波止場に押し寄せてきたときには、将校は全員下船させられました。そして難民を乗船させたりしていました。身分高き者の負う義務、というものです。
水木しげるさんのNHKの朝ドラは毎日見ていました。
日本とドイツの将校はそんなに違いますか。
たしかにヨアヒム・パイパーもその立派な将校の誉れですね。
> 鹿児島知覧の特攻記念館も、生き残りの特攻隊員のなかには、自らの意思で沖縄に飛び立ったという記述に憤慨している方もいます。特攻を推進した参謀の責任が、触れられていないと。最後の特攻で出撃するといって、のうのうと戦後を、生き延びています。
私も知覧には参りました。特攻で飛び立った隊員の最後の手紙、みんな文章が素晴らしくて達筆で…、それに涙してしまいました。
himmel2011年07月06日22時56分 返信する -
一人旅
frau.himmelさんへ
お邪魔します。
アクシデントが何度かあったようですが、
一人旅をされる frau.himmelさん!!を尊敬します。
私は一人でお出かけする事は出来ません。
(夜独りで寝る事が出来ないです)
フラウエン教会の入り口、わかりにくいですよね。
特に今、工事をしているので。
続きの旅行記楽しみに拝見させて頂きます♪
RE: 一人旅
とんちゃん健康一番さまへ♪
コメントありがとうございます。
いよいよドイツ旅行間近にせまりましたね。
それにしても、
> 私は一人でお出かけする事は出来ません。
> (夜独りで寝る事が出来ないです)
ごちそうさまです。これってオノロケですよね(笑)。
私の今回の旅は、とんちゃんさまの足跡を辿るような形になってしまって、
バッハラッハ、バートヴィンプフェン、エーベルバッハなど、旅行記の参考にさせていただきたい場所がいろいろあります。
よろしくお願いいたします。
himmel2011年07月05日21時26分 返信する -
歴史に学ぶ
frau.himmelさん こんにちは〜(^^)
しばらくご無沙汰してしまいましたが、ダッハウの旅行記が載せられていましたね(^^)
お話をお聞きし、御写真を拝見していますと、frau.himmelさんの真剣なお姿が目に浮かぶようです。
私のダッハウの思い出はだいぶ薄れてしまいましたが、そこで買ってきた英文資料が私の思い出の支えとなっていました。
今回のfrau.himmelさんのとっても詳細な旅行記で、あの時のことを思い出させていただき、嬉しい限りです。また、お話を聞かせていただくほどに、改めて歴史に学ぶことの大切さを教えていただきました。
あの「人体実験」をした博士が、ヒムラーの愛人を押しつけられ?結局は収容所で夫婦共々処刑されたという狂気!!そういう意味でも、恐ろしい時代でしたね。
あの戦争とホロコーストが終わって半世紀が過ぎようとした頃から、「ホロコーストはなかった」とか、「戦争慰安婦は女性が自ら行った」というような議論が増えてきて、「戦争への過程と戦争そのものから何を学び、再び戦争を起こさないために、何をするのか」という議論に水をかける状況がありますね(-_-;)
また、ナチ時代を反省するドイツの姿勢を、キリスト教とかの別の角度から揶揄する話もありますが、誰がどうであれ「戦争を許さない」という観点からかけ離れているような気がしてなりません(>_<)
ダッハウ強制収容所をはじめ、あれほど多数の強制収容所があったという事実。虐殺であれ栄養失調や感染症による死であれ、強制収容所であったればこそ起き得た「殺人」には変わりないですね。人が追い詰められていった事実そのものと、真剣に向き合いたいものと思っています。
強制収容所や無差別爆撃、補給無き作戦の強行と玉砕という名の地獄・・
あの戦争から学ぶものは、尽きることが無いと思います。
なんか、ついつい真剣になってしまいました。 お許しくださいね。
それでは、また・・
カメちゃんRE: 歴史に学ぶ
カメちゃんさま こんばんは。
お久しぶりです。
さて、ダッハウ強制収容所の大先生であるカメちゃんさまに、私のつたない旅行記を読んでいただき恥ずかしい限りです。
今回は、かめちゃんさまの旅行記をずいぶん参考にさせていただきました。ありがとうございます。
内容が内容だけに、真剣に取り組んで旅行記にしたつもりなのですが、悲しきかな、文才がないものですから、思うことの半分も表せなかったことが悔しいです。
せめてカメちゃんさまの半分でも表現能力が備わっていたら…、カメちゃんさまの旅行記を拝見させていただいていつも思っています。
それでも、調べていくうちに、本題にはない隠されたいろんなことが解かってくるに従って、本当に歴史って面白いな…と思います。
例えば、
> あの「人体実験」をした博士が、ヒムラーの愛人を押しつけられ?結局は収容所で夫婦共々処刑されたという狂気!!そういう意味でも、恐ろしい時代でしたね。
これも展示写真の中に場違いなタイツ姿の写真があり、これは誰だろう?と疑問を持つことから始まりました。
> あの戦争とホロコーストが終わって半世紀が過ぎようとした頃から、「ホロコーストはなかった」とか、「戦争慰安婦は女性が自ら行った」というような議論が増えてきて、「戦争への過程と戦争そのものから何を学び、再び戦争を起こさないために、何をするのか」という議論に水をかける状況がありますね(-_-;)
これとて、歴史を勉強していないと、こういう議論も反論も理解出来ないわけですよね。
> また、ナチ時代を反省するドイツの姿勢を、キリスト教とかの別の角度から揶揄する話もありますが、誰がどうであれ「戦争を許さない」という観点からかけ離れているような気がしてなりません(>_<)
カメちゃんさまのダッハウ旅行記を拝見したときにも感じましたが、この1文にカメちゃんさまの「戦争を許さない」という悲痛な叫びが聞こえてくるようです。
> ダッハウ強制収容所をはじめ、あれほど多数の強制収容所があったという事実。虐殺であれ栄養失調や感染症による死であれ、強制収容所であったればこそ起き得た「殺人」には変わりないですね。人が追い詰められていった事実そのものと、真剣に向き合いたいものと思っています。
本当にそうですね。虐殺であれ、栄養失調や感染症による死であれ、または追い詰められた自殺であれ、そこに強制収容所がなかったら起りえなかったことですね。あれほど大量の死者は出なかった、あれほどまでの残虐な行為はなされなかった、人間としておぞましい狂気はなかった、はずですね。
> なんか、ついつい真剣になってしまいました。 お許しくださいね。
いえいえ、大変うれしかったです。私のつたない旅行記を真剣に読んでいただいたと思うと…。
これからもよろしくお願いいたします。
himmel2011年07月05日21時18分 返信する -
人吉は、まだです
frau.himmel様
こんばんわ、九州はかなり周りましたが、人吉と日田は、まだ行ったことがありません
人吉が美しいとは聞いていましたが、こんなに綺麗だったとは。
綺麗なお写真,有難うございました。RE: 人吉は、まだです
浦潮斯徳さま ご無沙汰しています。
人吉のメッセージありがとうございました。
人吉は、歴史もあり、自然もとても綺麗なところです。
ぜひ、一度いらっしてください。
さて、私はこの5月、ドイツのダッハウ強制収容所に行ってまいりました。
殆どはパネルの展示でしたが、それでもその悲惨さは想像を絶するものでした。
またダッハウでは、大勢のロシア人捕虜が処刑されているんですね。
ロシア、ドイツ両国に造詣の深い浦潮斯徳さまが、ここをご覧になったらどういう感想をお持ちになるかしら?とその時思ったものでした。
現代の歴史について、まだまだ知りたいことはたくさんあります。これからもどうかご教示ください。
浦潮斯徳さまの旅行記、新しくアップなさったかしら?と時々覗いています。
himmel2011年07月03日09時33分 返信するアメリカ兵も、戦後ドイツの武装SS将校を、ここで拷問を繰り返していました。
お便りありがとうございます
ダッハウのお写真、アウシュヴィッツとは、なんとなく趣がちがいますね。
アウシュヴィッツでは、盗みが横行していたようですが、政治犯の多いダッハウでは、囚人の知的レベルが高く、盗みは皆無ということでしたが。
あとベルゲン・ベルゼン収容所もありました。ここには、看護婦の資格をもつ、ブロンドのイルマ・グレーゼという女看守がいました。世界一美しい野獣といわれ、戦後、英軍の裁判で絞首刑判決に。
この22歳の美しい女囚を、英軍兵士が処刑するのを嫌がり、英国本国から、本職の死刑執行人を連れてきました。
http://www.youtube.com/watch?v=inZprLOMHRk&feature=related
この動画は、戦後アメリカ軍が、同じダッハウで、ドイツの武装親衛隊(強制収容所のSSとは、また別の組織)の将校を、マルメディ事件で、裁判にかけているものです。大半のドイツ人は、アメリカ軍の拷問により、歯を撲り折られていました。
http://www.youtube.com/watch?v=VWZT3YKYBzg&feature=related
こっちは、上の動画の一部です。アメリカ兵捕虜を、ドイツの武装親衛隊が,マルメディで殺害したという事件の首謀者として、取調べを受けているヨアヒム・パイパーです。
パイパーは、このマルメディ事件に対して、部下のしたことは、いかなることであれ、指揮官の責任とのべます。ただ射殺命令を出してはいないので、絞首刑ではなく、(軍人として名誉ある)銃殺刑を、請願します。
このマルメディ事件は、真相はつかめぬまま終了し、全員が釈放されます。この裁判は、アメリカの復讐劇とドイツ人には映りました。現在では、マルメディ事件は、雪中での偶発事故とされています。
ただ映画バルジ大作戦では、ドイツの武装親衛隊によるアメリカ兵捕虜殺害が、描かれています。
ヨアヒム・パイパーは、日本のプラモデルのミリタリー・マニアなら、必ず知っています。
2011年07月03日10時46分 返信するRE: アメリカ兵も、戦後ドイツの武装SS将校を、ここで拷問を繰り返していました。
浦潮斯徳さま こんばんは。
早速、大変興味深い情報ありがとうございました。
ユーチューブのオアヒム・パイパーの画像、ワクワクして見ました。(英語が理解できないのが残念でしたが…)
昔の戦争映画でパットン将軍やロンメル将軍のことはよく知っていましたが、ヨアヒム・パイパーの名前は初めて知りました。
なかなかハンサムですし、また
> パイパーは、このマルメディ事件に対して、部下のしたことは、いかなることであれ、指揮官の責任とのべます。ただ射殺命令を出してはいないので、絞首刑ではなく、(軍人として名誉ある)銃殺刑を、請願します。
との正義感の強さが民衆受けして、日本のプラモデルでも人気者になっているのでしょうか。
でも、裁判で一旦は死刑と宣告(でしたっけ?)されながら、その後の裁判で釈放されたとのこと。また彼は家族ともどもどこかの国に亡命して偽名を使って生活していたけど、それがばれて強制出国の直前に、家に投げ込まれた爆弾により死亡したとのこと。どこまで波乱万丈な人生を送った人なんでしょう。
こんなところもプラモデルの人気者になる要素なんでしょうね。
マルメディ事件の真相や、バジル大作戦の有名な話より、そのような枝葉(えだは)に大変興味があります。
> アメリカ兵も、戦後ドイツの武装SS将校を、ここで拷問を繰り返していました。
ダッハウの虐殺のことですね。
ダッハウ強制収容所は日系人部隊が中心になって解放されたけれど、このことは長い間隠し続けられたことの真相も大変面白かったです。
次はイルマ・グレーゼのことも調べてみます。
興味あるお話ありがとうございました。
himmel2011年07月05日20時41分 返信する -
渾身のレポート
ダッハウ強制収容所、
名前はよく聞きますが 恥ずかしながら
これほど悲惨な歴史があった場所だとは知りませんでした。
読んでいて体が震えました。
himmmelさんのレポートがわかりやすくて
知識のない私のような者にも残虐で重い事実がストレートに伝わってきました。
コメントにも書かれていますが
写真が何よりも雄弁に物語っていますね。 パンジーRE: 渾身のレポート
パンジーさま、何度もコメントありがとうございます。
> ダッハウ強制収容所、
しかも、この重たい旅行記を読んでのコメントをいただいてありがとうございます。
最近、このようなテーマに興味を持つようになって、調べていくうちに次々と疑問が出てきて、なかなか前に進まない旅行記をもどかしく思いながら書いています。
本当にこのような残虐なことがあったのですね。
私の文章力では、博物館で見て感じたことの100分の1も表せなくて、とても悔しいです。
himmel2011年07月01日22時05分 返信する -
アドルフ・ヴァーグナー
Frau Himmel様
こんばんは、ベームです。
2010初夏のヨーロッパ/フランクフルトとシュパーゲルを拝見していたらアドルフ・ヴァーグナーが出てきました。私も今回のグループ旅行でそこに行きましたがりんご酒とシュヴァイネ・ハクセなどたらふく飲んで食べて食べ切れませんでした。楽しい酒場でしたね。
またレーマー広場で結婚の届けを済ませたカップルが市庁舎から出てくるのにも出会いました。
年度は違いますが同じ頃に同じような経験をしているのでつい一筆したためました。
2011年06月27日20時23分返信するRE: アドルフ・ヴァーグナー
ベームさま こんばんは。
身内に不幸があり、4,5日田舎に行ってましたので、お返事が遅くなってすみません。
アプフェルヴァイン酒場、アドルフ・ヴァーグナーにベームさまご一行様がいらっしゃった旅行記を見せていただきました。
あの、シュヴァイネ・ハクセのものすごい量…、思わず笑ってしまいました。
実は私にも経験があるのです。
数年前、ザルツブルクでやはり数人(8人)の仲間とレストランで食事をしたときのこと、食事の後、お任せでデザート8人分を頼みました。
そしたら、大皿いっぱーいのデザートが4皿、ケーキやアイスやフルーツやその他もろもろ、見ただけでお腹一杯になりました。しかも、名物のノッケルン(メレンゲで出来た山の形をしたケーキ)も別に2皿注文していましたので、もうこっけいを通り越して悲劇でした。
大勢で行くと適量がわからなくなるんですよね。
ベームさまが今回いらっしゃったレストランは、私も行ったことがあるところが多く、懐かしく読ませていただきました。
ミュンヘンのラーツケラー、ヴュルツブルクのビュルガーシュピタール、そしてアドルフ・ヴァーグナーなど…。
私も、食も旅の一部考えています。
himmel
2011年07月01日21時50分 返信する -
やっぱりhimmelさま
こんばんは。
himmelさまの国内旅行記、めずらしいですね。
でも読んだらやっぱりhimmelさまの旅行記でした。
説明がていねいでわかりやすく、それに楽しんでいらっしゃる様子が伝わってきて、とても旅好きな方なんだな〜と思いました。
国内旅行記もどんどん書いてくださいね。
いろどり御膳、とってもおいしそうですね!
旅先でいただくのは また格別のお味でしょう。
ドイツ旅行の続きも楽しみにしています。 パンジーRE: やっぱりhimmelさま
パンジーさま こんばんは。
身内の不幸で4,5日田舎に行っていたものですから、お返事が遅くなってごめんなさい。
私のつたない国内旅行記読んでいただいてありがとうございます。
> 説明がていねいでわかりやすく、それに楽しんでいらっしゃる様子が伝わってきて、とても旅好きな方なんだな〜と思いました。
パンジーさまからそんなことを言われると、恥ずかしいーです。(穴に入りたい…)
国内はお詳しい方が大勢いらっしゃって、私なんかが出る幕ではないんです、本当は…。
ですから、ある程度マイナーなところだったら読んでいただけるかなと思って。
でも、国内旅行もいいですね。
今後も機会があれば、国内旅行記にも挑戦します。
himmel2011年07月01日21時25分 返信する -
気付いた点です
frau.himmelさん、こんばんは。
近鉄バッファローズです。
GWの旅行記を拝見中です。気付いた点を申し上げます。
「2011GW(3)ダッハウ強制収容所を訪ねて」にある
「カトリック教徒の教会」の下にある写真の建物ですが、
ここはプロテスタント系の教会で「Evangelische Versoehnungskirche」
と言うそうです(Versoehnung=「和解」)。
http://www.kz-gedenkstaette-dachau.de/station12.html
火葬場は違うところにあります。私も行ったことがありますが、
管理棟や収容所等のある敷地から橋を渡った小さな敷地にありました。
http://www.kz-gedenkstaette-dachau.de/station11.html
改めて拝見して、私の記憶には残っていない展示もあり、
もう一度行っても新たな発見があるのかも知れない、と思いました。
バス停が新しくなったり、案内所が出来たりしていて
その変貌にも驚きました。有り難う御座いました。
何かの御参考になれば幸甚です。
RE: 気付いた点です
近鉄バッファローズさま お帰りなさい。
ドイツ旅行は如何でしたか?
さて、お帰りになった早々、添削をしてくださってありがとうございます。
> 「カトリック教徒の教会」の下にある写真の建物ですが、
> ここはプロテスタント系の教会で「Evangelische Versoehnungskirche」
> と言うそうです(Versoehnung=「和解」)。
> http://www.kz-gedenkstaette-dachau.de/station12.html
そうだったんですね。早速修正いたしました。
私は、あの建物の構造からして、てっきり火葬場だと思いこんでしまいました。あそこで何万人もの方が焼かれたと思うと、なんとなく近寄る勇気がなくて…、避けてしまった場所でした。
バッファーローズ様のご指摘がなかったらいつまでもそう思い込んでおりました。ありがとうございます。
> 火葬場は違うところにあります。私も行ったことがありますが、
> 管理棟や収容所等のある敷地から橋を渡った小さな敷地にありました。
> http://www.kz-gedenkstaette-dachau.de/station11.html
じゃ、私は火葬場のほうには足を延ばしておりません。
ゆっくりと時間をかけて見た割には、肝心なところは見ていませんね。
やはりそれが個人で勝手に見て回ることの弱点です。
ツアーでは肝心なところはちゃんと連れて行ってくれますものね。
貼り付けてくださったこのサイト良いですね。ドイツ語がもう少し理解できたら…、と悔しいです。
まだ私の勝手な解釈や間違いがあるかと思います。
お気づきになられましたら、引き続きご指摘くださるとうれしいです。
近鉄バッファローズさまの旅行記を楽しみにしています。
himmel2011年06月26日21時47分 返信する



