frau.himmelさんへのコメント一覧(136ページ)全1,449件
-
青の搭の番人
frau.himmelさん、こんにちわ。
はじめまして、になるでしょうか?
とても興味深い旅行記をたびたび拝見させていただいています。詳しく調べては書いてくださっているのに感嘆し、ありがたく参考にさせていただいています。
私は年々ものぐさになっていると自覚著しいのですが、気力を振り絞り(おおげさでなくこんな感じでやっと計画する昨今)今初夏の南ドイツに行くことができました。南ドイツは何度か行ってるのに8割がた自力で鉄道旅をしたことがなく、行ってない所や思い残した所を巡る旅をしました。
そのうちの一つがバートブンプフェンで、私も同じBSを見て顔を知った搭の番人に会いました。いいなぁ、と何度も見直していましたので、「日本のテレビで見てあなたを知っている、何度も見ました」というと、「ねぇねぇ、この人テレビで私を見たんだって!」(多分そんな感じ?)と嬉しそうに奥にいた人に話してました。写真はとらなかったので懐かしいです。
しばらくいた搭の上は誰も来なかったので暇だったのでしょう、帰りは窓口には見えずそのまま降りてきました。うろうろしてるうち、お昼になりテレビのようにトランペットが聞こえました。
いい町でしたね。
maki
RE: 青の搭の番人
maki5963さん、こんばんは。
メッセージありがとうございます。
> はじめまして、になるでしょうか?
私はずーっと前からmakiさんのことはよーく存じ上げていました。
ドイツ旅行記のカリスマのような方だと思っておりました。
私なんぞひよっこ(齢はかなりいってますが、4トラベルのひよっこという意味です)が、おいそれと近寄れないような方だと…。
前から旅行記拝見させていただいてましたので、足跡はどこそこで残しているかと思います。
> とても興味深い旅行記をたびたび拝見させていただいています。詳しく調べては書いてくださっているのに感嘆し、ありがたく参考にさせていただいています。
そんな方からそういう風に言っていただけるなんて恥ずかしい限りです。
ありがとうございます。
この夏、makiさんもバートヴィンプフェンにいらっしゃったのですね。
私のあとに行かれたんですね。そして、塔の女番人とお会いになり、「日本でテレビで見たわよ」って仰ったのですね。
きっと、その番人さん、日本では私有名人なんだ…、と思ったことでしょうね(笑)。
でも、バート・ヴィンプフェン、ステキな街でしたね。
正午のトランペット演奏をお聞きになったんですって?
あのステキな街を散策していると、どこからともなく聞こえてくるトランペットの演奏…、わぁー 考えただけで絵になります。
羨ましいー!
> 私は年々ものぐさになっていると自覚著しいのですが、気力を振り絞り(おおげさでなくこんな感じでやっと計画する昨今)
私はmakiさん、まだお若い方かと思っていましたが、もしかして私と同じくらい?
私はアラカンはかなり前にすぎ、四捨五入すると70です。もしもっとお若かかったらごめんなさい。
どうかこれからもよろしくお願いいたします。
南ドイツの旅行記楽しみにしています。
himmel2011年09月27日20時15分 返信する -
100回目の訪問を賜りまして誠に有難うございます
frau.himmelさま、こんばんは。
何時も拙稿にお立寄りを賜りまして誠に有難うございます。
さて、本日、frau.himmelさまが小生のページを訪問されまして100回目を記録致しました。
重ね重ね深謝しております。
frau.himmelさまの独逸の旅行記を楽しみにしております。
横浜臨海公園2011年09月22日23時13分返信するRE: 100回目の訪問を賜りまして誠に有難うございます
横浜臨海公園 さま。
えっ、もうそんなになりますか?
それだけ、私が臨海公園さまにお世話になった数ですね。
こちらこそ、いつも私のつたない旅行記にお訪ねくださり、とても励みになっています。
これからも、横浜臨海公園さまの旅行記を勉強させていただいて、素晴らしい旅行記が作成できるよう頑張ります。
今後ともよろしくお願いいたします。
himmel2011年09月23日13時44分 返信する -
ドイツ
お早うございます。
今日は、frau.himmelさんのご旅行記で気になっていた、ニュルンベルクでの美術館等の情報を勉強させて頂きました。気になっていたのですが、なかなか以前、精読出来なくて。。。ドイツ国内では、どこの街も、時間的に協会も含めて中に入る機会が無いので、どのご旅行記もためになります。有難うございます。
聖セバルドゥス教会のところで、パッヘルベルに言及されていますね(^^)お好きです?わたしは、かつて、イ・ムジチのCDがお気に入りでした(日本に置いてきちゃいました)。いつも車内では、リストやショョパンばかりですが、バロックもいいですよね(^^)
ココア2011年09月19日13時27分返信するRE: ドイツ
ココアさん。
先ほど、ココアさんのニュルンベルク「街の表情」見せていただきました。
私のニュルンベルク編なんか恥ずかしい〜。穴があったら入りたいと正直思いました。
> 聖セバルドゥス教会のところで、パッヘルベルに言及されていますね(^^)お好きです?
バッヘンベルは名前を聞くだけで「バッヘンベルのカノン」のメロディーが出てきます。
実はその他の彼の曲はあんまり知らないのです(笑)。
でも、クラッシックは好きです。
ドイツを旅していると、いろんな街で音楽家に触れることが出来るので素晴らしいですね。
今の時期ドイツでは、リストの生誕200周年行事がどこかしこで開催されているのではないですか?
そういう空気にどっぷり浸かっていらっしゃるココアさん 羨ましいです。
himmel2011年09月19日22時44分 返信する -
ししかわすけまささん
frau.himmelさん
急遽エーベルバッハに立ち寄ることになるとは、ちょっと
慌てますね。でもそれが旅の楽しいところでしょうか。
少佐は金田一少年の事件簿には、猪川将佐(すけまさ)
警部名で友情出演してますよ〜。
青池さんがこの地を訪れて以来、日本人が増えたそうですが、
まるでフランダースの犬のようですね。
ノミの市から凱旋したおばあちゃん。
地元の人との交流があってこそ、その街の印象は格段に
良くなるものですよね。
ぼくも大好きな、バートヴィンプフェン。
次回は豚ですね。楽しみにしてます♪
ももであRE: ししかわすけまささん
ももであさん こんばんは。
エーベルバッハの旅行記を読んでいただいて、投票をありがとうございました。
> 急遽エーベルバッハに立ち寄ることになるとは、ちょっと
> 慌てますね。でもそれが旅の楽しいところでしょうか。
そうですね、今回の旅では最初からトラブル続きで、少しくらいのアクシデントでは驚かなくなりました。
後になれば、仰るようにそれが旅の楽しい思い出として残りますものね。
> 少佐は金田一少年の事件簿には、猪川将佐(すけまさ)
> 警部名で友情出演してますよ〜。
ビックリしました。その名前で検索したら、いくつもヒットしました。
私が知らなかっただけで、本当に有名な人なんですね、猪川警部は。
バッハが小川さんだから、エーベルバッハは猪川さんなんだーって思ったら、物語の中であれ実際にいらしたとは…(笑)。
それに、私が気にしていた「エロイカ」って怪盗の名前だと言うのも驚きでした。どうしても引っかかるんですね。
凄い美人のスパイがエロイカだったらまあ許せるかな…って。
> 青池さんがこの地を訪れて以来、日本人が増えたそうですが、
> まるでフランダースの犬のようですね。
あ、フランダースの犬もそうですねー。
そういえば、アントワープの教会で、ガイドさんが「ネロ、ヤーパン」と説明をしてる横を日本人の私が通ったらいっせいに私の方を見てましたね(笑)。
ところで、ももであさん たしかベルギーに近々いらっしゃるんでしたね。
これからの季節、ツタの真っ赤な色がすばらしくキレイでしょうね〜。
羨ましいー。
> ぼくも大好きな、バートヴィンプフェン。
> 次回は豚ですね。楽しみにしてます♪
バートヴィンプフェン いらっしゃったのですか?
ホントに可愛い街でした。
ただ、残念なのはこの旅のために新しいカメラを新調したのに、使い方が判らなくて見るに耐えない写真のオンパレード…。泣きたくなります。
せっかくのキレイな街並みだったのに…。
仕方がないので、私の旅行記はエピソードで何とか格好をつけようと思います。
大先生のももであさんの旅行記を少し見習わなければ…。
himmel2011年09月19日21時01分 返信するベルギーまた走りたい♪
himmelさん、こんばんは。
カネボウ エロイカ・オードトワレって昔良く宣伝してましたね。
「エロイカ」って怪盗の名前だったんですか。
元々、イタリア語で「英雄」の意味だそうですが…
あれ?ベルギーに行く予定はありませんよ〜
誰か別の方でしょうね。
でも、ぼくの初ヨーロッパがオランダ・ベルギーでした。
多分に漏れず、ネロとパトラッシュの銅像も見てきました。
(二度と行きません…)
うわぁ。バート・ヴィンプフェンの写真は残念でしたね。
しかし旅のエピソードこそが何よりの財産。
色あせないうちに、是非ご紹介下さい♪
ももであ2011年09月19日21時39分 返信するエロイカ
ももであさんへ
べルキーは別の方でした。ごめんなさい。
ところで「エロイカ」、イタリア語で「英雄」と仰ったので思い出しました。
ベートーベンの交響曲3番は「エロイカ」でしたね。
ほんとうにエロだなんて、一昔前のダジャレで申し訳ありません。
恥かしいです。
himmel2011年09月19日22時32分 返信する -
Eberbachの旅行記を拝見しました
frau.himmelさん、こんばんは。
近鉄バッファローズです。
Eberbachの旅行記を拝見致しました。
とんちゃん健康一番さんなどいろんなトラベラーの方が訪れている街ですよね。
私はまだ行ったことがないですが。
市壁とか塔とか、歴史的な建造物もたくさんあるんですね。
戦争記念碑の像は、普仏戦争の戦勝記念だと思います(以下Wikipediaより)。
1870年7月19日に開戦、1871年5月10日に終結した戦争で、
第二帝政期のフランスとプロイセンを中心とするドイツ諸領邦連合軍の戦いで、
ビスマルクが仕組んだエムス電報事件でフランス世論を挑発し、
激昂したフランス国民の支持を得たフランス軍が宣戦布告したが、
準備万端で野戦砲や鉄道輸送を巧みに駆使したドイツ軍が圧勝したそうです。
1871年1月にはフランスのパリが占領され、そこでヴィルヘルム一世の
ドイツ皇帝としての戴冠式が行われたそうです。
ナポレオン三世は捕虜となり、フランスは第三共和政へ移行し、
またフランクフルト講和条約ではアルザス・ロレーヌを割譲されたそうです。
フランス国民には反独感情が残り、以降の因縁が続くことになったそうです。
EberbachからBad Wimpfenへは直通がないので難しいですよね。
Mosbach-NeckarelzやBad Friedrichshall-Jagstfeldで
乗り換えないといけないみたいですね。
DBの自動券売機でもホームページみたいに便を検索してくれます。
しかもその結果をプリントアウトしてくれるので便利ですよ。
御存知でしたら蛇足ですが。
楽しませていただき、有り難う御座いました。
RE: Eberbachの旅行記を拝見しました
近鉄バッファローズさん こんばんは。
エーベルバッハの旅行記を読んでいただいてありがとうございます。
今回の旅では、せっかく購入したおニューのカメラの設定を間違えてしまい、泣きたくなるような写真ばかりで、旅行記アップが大変遅れてしまいました。
もう少し写真がしっかりしていたら、もっと街の雰囲気をお伝えできたのにと残念です。
> 戦争記念碑の像は、普仏戦争の戦勝記念だと思います(以下Wikipediaより)。
> 1870年7月19日に開戦、1871年5月10日に終結した戦争で、
そうですか。普仏戦争だったんですか。
私はてっきり、エーベルバッハが戦場になったか何かだと思い、そちら関係ばかり調べておりました。
バファローズさんより普仏戦争だとのヒントをいただいて調べなおしたら、確かに当時のエーベルバッハのバーデン大公領もプロイセン軍に加担しておりますね。これですっきりしました。ありがとうございました。
> またフランクフルト講和条約ではアルザス・ロレーヌを割譲されたそうです。
> フランス国民には反独感情が残り、以降の因縁が続くことになったそうです。
ストラスブルクの「最後の授業」の小説の題材となったことですね。
> EberbachからBad Wimpfenへは直通がないので難しいですよね。
> Mosbach-NeckarelzやBad Friedrichshall-Jagstfeldで
> 乗り換えないといけないみたいですね。
そうです、そうです。エーベルバッハの親切な人たちが私にああでもない、こでもないと教えてくれたのはそのことでした。
モスバッハだとか、バートなんたらと長ったらしい名前の駅とか、挙句にはシュツッツガルトの名前が出てきたりと、皆さん一貫してなくてどうしようかと思いました。
結局何もないエーべルバッハの駅で1時間近く待ちました。
でも、フローマルクト帰りのおばあちゃまにお相手していただいて助かりました。
> DBの自動券売機でもホームページみたいに便を検索してくれます。
> しかもその結果をプリントアウトしてくれるので便利ですよ。
そうなんですね。そのやり方を熟知していないもので、日本で印字した時刻表か或いは駅においてある小さなペラペラの時刻表に頼っています。
今度ドイツ旅行をする際は、プリントの方法をもう少し勉強します。
次回の旅行記では、バート・ヴィンプフェンに参ります。
ここも可愛くて、それにとても歴史のある街です。
ありがとうございました。
himmel2011年09月19日20時25分 返信する -
ラインの旅情
frau.himmelさん こんばんは(^^)
今夜はバッハラッハのお話を聞きに来ました・
frau.himmelさんは、電車でバッハラッハにお越しになったんですね。
私たちは、ほぼ一年前にあのライン河からバッハラッハの街と城を見ましたけど、なんと言っても通り過ぎる船から見たのみです。
船から見るだけでなく、やっぱり実際にその街を見てみたいものですね。
おしゃしんをはいけんしていますと、本当にドイツ!!ってかんじのする美しい街です。
ホントにため息が出ます(^O^)
frau.himmelさんのお話の中で、二つの教会の名が詳しく分かりました(^^)
実は、お城とヴェルネールカペレと聖ペーター教会は建物だけは特定できたのですが、建物名の正確さについては自信がなかったのです(私は「ヴェルナー礼拝堂」と「聖ピート教会」とまで分かったつもりでした)。
さっそく、ヴェルネールカペレと聖ペーター教会の名を拝借して、私の方の旅行記を修正したいと思います。
それにしても、ヨーロッパ特にドイツはどこへ行っても綺麗ですね〜。
現在中国の長江クルーズの旅行記を書いているんですが、ヨーロッパとの余りの違いに戸惑っています。もちろん、中国独自の文化を尊重しなければいけないのですが、その余りの懸隔に一言言いたくなってしまうんですね(-_-;)
余計なことまでお話ししてしまいましたが、美しく楽しい旅のお話で心弾みました(^-^)
それでは、また・・
カメちゃんRE: ラインの旅情
カメちゃんさま こんばんは。
バッハラッハを見てくださってありがとうございます。
カメちゃんさまのライン河クルーズ編、実はずーっと楽しみながら読ませていただいていました。
奥様との漫才みたいな掛け合いあり、ツアー仲間との和気藹々とした交流あり、それに豪華なツアー内容で、いいないいなと思って見せていただいていました。
それに何より旅行記のあの充実した内容、あれだけお書きになるのには相当時間を要したんだろうなーと感服しておりました。
今回コメントをいただいて、ヤッパリ!!と…。
> frau.himmelさんのお話の中で、二つの教会の名が詳しく分かりました(^^)
> 実は、お城とヴェルネールカペレと聖ペーター教会は建物だけは特定できたのですが、建物名の正確さについては自信がなかったのです(私は「ヴェルナー礼拝堂」と「聖ピート教会」とまで分かったつもりでした)。
> さっそく、ヴェルネールカペレと聖ペーター教会の名を拝借して、私の方の旅行記を修正したいと思います。
ライン河の船上からバッハラッハをご覧になっただけで、ヴェルネールカペレと聖ペーター教会の建物を特定なさっていたのですね。
私など、観光案内所からもらった地図を見ても特定できなくて、ネットで検索してやっとカペレの方は判ったありさまです。
カメちゃんさまの旅行記を見ると、かなり下調べをして旅行をされて、帰った後も綿密に調査して投稿なさっているのがよく判ります。
単に写真の羅列だけの旅行記ではない、人の何倍も時間をかけた旅行記を作っていらっしゃるんですね。
それもヨーロッパだけでなく、中国のほうも…。
私は中国は全くの門外漢です(笑)。
これから修正なさったというバッハラッハ編(たぶん前に見せていただいていると思いますが)お邪魔させていただきます。
ありがとうございました。
himmel2011年09月13日20時44分 返信する -
ボンが首都
frau.himmel様
ボンが西ドイツの首都だった理由を、初めて知りました。
アデナウアーさんは、ケルン市長時代、ヒトラーとの握手を拒絶して、強制収容所送りになった、反ナチです。
ナチス時代にアメリカに亡命して、戦後ドイツに戻ってきた、「民主主義者」たちは、旧ドイツ軍人からは、よく言われていません。
また、1944年7月20日のヒトラー暗殺未遂事件に関係した人も、旧ドイツ軍人から、よく言われていません。
アデナウアーさんは、自らの危険にさらしても、反ナチを貫きました。また、戦後シベリアに抑留されているドイツ人捕虜を返せと、フルシチョフに強硬に詰め寄りました。それゆえ、アデナウアーさんは、立派な人とされています。
日本の元シベリア抑留者たちは、アデナウアーさんと比べて、日本の政治家の不甲斐なさを、憤慨したものです。
ボンは興味深い町です。
綺麗なお写真、有り難うございました。
小さい頃は、ドイツが統一するなんて思いませんでした。
ホーネッカーさんの末路は、哀れ以外の何者でも、ありませんでしたが。RE: ボンが首都
浦潮斯徳 さま こんばんは。
またまた興味深いお話ありがとうございます。
アデナウアーさんとホーネッカーさんの末路はどうだったのか?
浦潮斯徳さまから提起されるまであまり深く考えていませんでした。
アデナウアーさんは、ボンを調べている時になんとなく判りました。
晩年は政治家としては必要とされなくて(かなりのワンマン政治家だったようですね)、ボンの近くにあるアデナウアー・ハウスで終生素人発明に夢中になっていたのだとか。
ホーネッカーさんは、てっきり東西ドイツ統一の際に、責任を問われて何年かの獄中生活を強いられた後に亡くなったものとばかり思っていました。
調べてみたら、波乱万丈の末路を送っているんですね。
ロシア(その頃はソ連ですね)に亡命しようとしたり、ペレストロイカでドイツに送り返された後は、自らに癌細胞を移植して、裁判逃れをしたり、結局その癌細胞が元で肝臓がんで亡くなってしまうんですね。しかも癌細胞を移植したあと、チリに亡命して1年後に亡くなったのですね。
ホーネッカーさんの亡命先として北朝鮮やシリアが受け入れを申し出た、なんて面白いおまけも付いたりして…、ホントに歴史って面白い。
東西ドイツ分断当時、東ドイツ国民は無機質な集合住宅に住み、何年も待たなければ粗雑なトラバントだって手に入らなかった時代、ホーネッカーさんはベルリン郊外のプールつきの豪邸に住み、西側の高級車を何台も乗り回していたとか…。東ドイツ国民としたら、何とかしてホーネッカーを裁判の舞台に引っ張り出さなければ気がすまなかったでしょうね。
> アデナウアーさんは、ケルン市長時代、ヒトラーとの握手を拒絶して、強制収容所送りになった、反ナチです。
よくぞ、処刑されなかったものだと思います。しかもワルキューレ事件の時には事件関与者として投獄されているんですよね。
> アデナウアーさんは、自らの危険にさらしても、反ナチを貫きました。また、戦後シベリアに抑留されているドイツ人捕虜を返せと、フルシチョフに強硬に詰め寄りました。それゆえ、アデナウアーさんは、立派な人とされています。
その頃の日本は吉田首相の頃ですね。吉田首相もワンマン首相でしたけど、アデナウアーさんはその上に実行力が伴っていたわけですね。
> 綺麗なお写真、有り難うございました。
それを言われると恥ずかしいです。この旅はカメラの調子が悪くて、投稿するたびに泣きたくなります。
私の方こそ、大変興味のあるお話ありがとうございました。
himmel2011年09月13日20時16分 返信する -
Bruehlは見に行ってみたいところでした
frau.himmelさん、こんばんは。
近鉄バッファローズです。
ブリュールとボンの旅行記を拝見致しました。
列車はライン左岸線で移動されたんですね。
お乗りになった列車はそのまま乗ったままでも
ブリュールまで行ったと思います。DBのHPで検索してもそう書いてました。
ただ、Koblenz中央駅で20分ほど停まる上に、
お乗りになったREに乗り換えれば、急行なのでもっと早く着くから
皆さん乗り換えたのでしょう。
お乗りになった列車でKoblenz中央駅の次の次に止まった駅が
Andernachと言う駅で、私のお世話になった方の住む街へ
乗り換える駅なんですよ。
また、ケルン方面へ出掛けるときには、Remagenを通りました。
「レマゲン鉄橋」って有名な映画なんですね。
気になってRemagenを調べていたら、出て来ました。
この駅から内陸へ行く支線が出ていて、ワインと温泉で有名な
Bad Neuenahr-Ahrweilerと言うところへ行く事が出来ます。
私はお世話になった方に車で連れて行ってもらった事があります。
Bruehlも是非行ってみたいところだったので、行かれて羨ましいです。
中の豪華さはとんでもないんですね。ますます行きたくなりました。
あと、ボンのBRD歴史館へ行かれたんですね。
展示の内容を聞いて、ここも是非行ってみたいと思いました。
でも、写真撮影禁止なのはとても残念です。
ボンの街自体もほとんど観光した事がないので、行ってみたいです。
大変楽しませていただき、いいところも教えて頂き有り難う御座いました。
RE: Bruehlは見に行ってみたいところでした
近鉄バッファローズさん おはようございます。
メッセージありがとうございました。
ドイツの大きな地図を見ながらコメントを読ませていただきました。
> お乗りになった列車はそのまま乗ったままでも
> ブリュールまで行ったと思います。DBのHPで検索してもそう書いてました。
そうですよね。私も日本から印字して行ったDBの時刻表ではそうなっていたので安心していたのです。
> ただ、Koblenz中央駅で20分ほど停まる上に、
> お乗りになったREに乗り換えれば、急行なのでもっと早く着くから
> 皆さん乗り換えたのでしょう。
だったのでしょうか? ともかく全員降りてしまったので、心配になりました。そういうドキドキも含めて旅だと思っています。
> お乗りになった列車でKoblenz中央駅の次の次に止まった駅が
> Andernachと言う駅で、私のお世話になった方の住む街へ
> 乗り換える駅なんですよ。
アンデルナッハって地名聞いたことがあります。あそこにあったのですか?
> また、ケルン方面へ出掛けるときには、Remagenを通りました。
> 「レマゲン鉄橋」って有名な映画なんですね。
> 気になってRemagenを調べていたら、出て来ました。
私も以前からレマゲン駅が気になっていたのです。でもICかICEでしか通らないので、停車しない駅だったのです。今回普通列車に乗ったのでやっと撮ることが出来ました。
本当はレマゲン鉄橋を撮りたいのですが、走っている電車からでは難しいです。
> この駅から内陸へ行く支線が出ていて、ワインと温泉で有名な
> Bad Neuenahr-Ahrweilerと言うところへ行く事が出来ます。
> 私はお世話になった方に車で連れて行ってもらった事があります。
ワインには目がないので、ワインの産地と聞くといってみたくなります。
> あと、ボンのBRD歴史館へ行かれたんですね。
> 展示の内容を聞いて、ここも是非行ってみたいと思いました。
> でも、写真撮影禁止なのはとても残念です。
BRD歴史館、面白いですよー! 時間がたつのを忘れます。
近鉄バッファローズさまは歴史がお好きだからきっと気にいられると思います。ぜひ、ボンの街とともにいらっしてみてください。
見ていただいてありがとうございます。2011年09月12日08時48分 返信する -
ふ、ふ、日本を牽引きした色ですよね。
frau.himmelさんへ
ふ、ふ、いいですよね。
私は、幼稚園を九州の炭鉱町で過ごしたせいか、
(当時は、蒸気機関車)
無性に、郷愁を感じます。
なにもかもが、希望が持てた時代ですよね、
まっしぐらって感じですよね。
特に、東京オリンピックのあの新幹線が
出てからは、日の出の勢いですよね。
私は、バブル神話の恩恵をうけた世代なので、
特に、そう感じます。
ふ、ふ、年寄りの世相のはなしでごめんなさい。
失礼しま〜す。
はじめまして。
一歩人さま こんばんは。
昨日は私の旅行記をお訪ねくださり、投票までいただきありがとうございました。
列車の旅、私はあまりしないのですが、なかなかいいものですね。
特に今回は、レトロというより、今流行の「泥臭い」昔昔の駅舎まで見ることができて、本当に一歩人さまが仰るように郷愁を感じました。
一歩人さまの旅行記リストを見せていただきました。
東京散歩…、いろんなところを歩いていらっしゃいますね。
私も長いこと、東京及びその近辺に住んでいますので、私が行ったことがあるところもゾクゾク。もしかしたら、どこかですれ違っているかも知れませんね。
旅行記、時々楽しみに訪問させていただきます。
今後ともどうかよろしくお願いいたします。
himmel2011年09月07日20時44分 返信する -
憧れのバッハラッハ!
himmelさん、こんばんは。ハッピーねこです。
バッハラッハにも行かれたのですね〜!すごくうらやましいです。
GWの渡独の時、初日に行く予定だったのですが、
飛行機の到着が遅れたために泣く泣くあきらめた街です。
himmelさんが書いていらっしゃるように、ガイドブック(私も
地球の歩き方派です。)にはバッハラッハの地図は載せられていないので
あれこれ情報を寄せ集めて、グーグルのマップをベースになんとか自前の
地図を作っていたのですが、今回のhimmelさんの旅行記で詳しく道順の
ご説明があるので、すごい味方ができました!
ありがとうございました。
絶対にいつか訪ねたいと思っておりますので、その時のバイブルに
させていただきます。
フランクフルトを拠点にいろいろな街に足を延ばすというのも
いい方法ですね。トランクの移動も少なくて済みますもんね。
いつも帰国前に短時間の立ち寄りで、宿泊したことがないので
いつか私も真似させていただきます。RE: 憧れのバッハラッハ!
ハッピーねこさん こんばんは♪
コメントありがとうございます。
お返事遅くなってごめんなさい。
一度午前中に返信したのですが、送られていなくて…。どうしたのでしょう。
バッハラッハ、可愛い街でした。
ハッピーねこさんもいらっしゃる予定だったのに、飛行機の都合でダメになったとのこと…。
それは悔しいですね。
でも、何かハッピーねこさんと、私の行きたい街って共通していません?
旅行記を拝見させていただくと、あ−ここ私も行きたかったのよねーとか、ここ行った行ったとか!、思うこともしばしば(笑)。
私グーグルマップの地図ってあまりよく見れないので、あんまり好きではないんです。
時刻表はしっかり調べていきますけど、地図は何とかなるわ(笑)なんて…ね。でもそのずぼらな性格のせいで失敗ばかり。
その失敗に懲りて、旅行記には駅からの道順をだいたい載せるようにしています。
> フランクフルトを拠点にいろいろな街に足を延ばすというのも
> いい方法ですね。トランクの移動も少なくて済みますもんね。
そうなんです!
私バックパッカーって好きではないんです。それに齢も齢なので、オバアチャンが大きな荷物を持ってふらふらするのもみっともないと思ってトランク移動を最小限にしています。
それと、フランクフルトが好きなのは、スーパーで買い込んだお土産を日本に送るのに都合がいいため。
駅前の郵便局はすっかり私のなじみのお店になりました。
himmel2011年09月02日19時44分 返信するこんばんは
himmelさん
午前中にもご返信いただいたとの由。システムのトラブルだったのでしょうか。
再度お送りいただきありがとうございました。
そうなんです、himmelさんの訪ねてらっしゃる街は、私と同じだったり
私の行きたいところであったり。うれしい共通です。
でもhimmelさんが断然ドイツにはお詳しいですし、私より多くの街に
行かれていますし、たくさん勉強させていただいております。
なんせ、お住まいだった時期もおありなんですよね?
うらやましい限りです。
グーグルの地図はそうですよね、特に小さい街はあまり詳細はわかりませんよね。
DBの線路と駅と、主だった道路くらいなので、ほぼ白地図のような状態の
ものにいろいろ書き込んでおりました。
私にはそれはそれで楽しい作業でしたが、正確な情報は非常にありがたいものですから
道順を載せていただいた今回のような旅行記はとても貴重です!
ありがとうございます。
私はまだ海外から荷物を送ったことがないのですが、フランクフルトから
スーパーの買い物の品を送るとどのくらいの日数と料金がかかるもの
なのですか?
もちろん大きさや重さにもよるでしょうが、よろしければ教えて下さい。
台風が近づいていますので、お気をつけ下さいませ。
2011年09月03日00時17分 返信するドイツからの荷物の送り方
ハッピーねこさん おはようございます。
再度コメントありがとうございます。
さて、お尋ねの荷物の発送の件ですが…。
10キログラムで50ユーロ(55だったかな?)。5キロだともう少し安いです。
ドイツ・ポストはDHL(日本でも車体にDHLと書かれた黄色い自動車が走っていますね、国際宅急便会社?)と共同経営ですので、ザール便で送ってくれます。
ザール便と言うのは航空便の一種で、飛行機が空いている時に送ってくれるも
ので、少し安くなっています。
到着は1週間から10日間くらいです。
長く旅行をしていると、ついつい資料とか、土産物が増えて荷物が重くなってしまいますね。このままでは、帰国時に超過料金必須だと思う時がありますね。こういう時に利用しています。
郵便局に大・中・小の荷物箱を売っています。
私はいつも(大)を買ってきて、あらかた荷物を詰め込み、予備の荷物と一緒に郵便局に持ち込みます。(スーツケースを空にしてそれに入れて持ち込みます)
そして、郵便局で重さを量りながら、微調整をするのです。ちょうど10キロになるようにね。最近うまくなりましたよ(笑)。
荷物を送ってしまうと、スーツケースが軽くなって、あーこれでまたお土産が買える…、とスーパーやデパートに走ってしまいます(笑)。
参考になりましたでしょうか?
さて、私はドイツ在住の期間はありません。
仕事を離れてから(齢をとってから・笑)1ヶ月とか2週間とかの、短期語学留学の経験がちょっとだけです。
ドイツ語圏は治安がよくて、ひとり旅には最適ですね。
また、早く行きたいです。
himmel2011年09月03日10時33分 返信するありがとうございます。
himmelさん、こんにちは。
早速ご丁寧なご回答をいただきありがとうございました。
5〜10キロの荷物が送れれば、帰りがぐっと楽になりますね。
あ、私も減った分また買い物してしまいそうですが。(笑)
郵便局で最後の重量調整をされるなんて、プロですね!さすが。
いろいろと大変勉強になりました。ありがとうございます。
ドイツへは留学でいらしていたのですね。
では言葉はご心配なしですよね。うらやましいです。
私もいつかちゃんと勉強したいと思いながらなかなか始めきれておらず、
テレビのドイツ語講座など見る程度です。
ドイツの人は親切なので、挨拶だけのドイツ語とか片言の英語で
応じていただけるのでついつい甘えちゃうんですよね。
いけませんね〜。^^;
2011年09月03日14時27分 返信する



