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frau.himmelさんへのコメント一覧(138ページ)全1,434件

frau.himmelさんの掲示板にコメントを書く

  • 勉強になりました

    frau.himmelさん、こんにちは。
    近鉄バッファローズです。

    「Die Weisse Rose(白い薔薇)」の映画は見たのですが、
    舞台はルートヴィッヒ・マクシミリアン大学って言うんですね。
    舞台になった大学が実在の大学で、
    見に行くことが出来るとは聞いたことがあったのですが。
    「白い薔薇」と言えば、ナチへの抵抗運動として有名ですね。
    もう一つ有名なのは、映画「ワルキューレ」で有名な
    von Stauffenbergによるヴォルフスシャンツェでの爆殺未遂ですね。
    ミュンヘンには何度か行っていますが、大学は行ったことがないです。
    是非、次回行く機会があれば、行ってみたいと思うようになりました。

    さらに、ケーニヒスプラッツのことは全く初めてでした。
    戦後のドイツでは、殆どナチ関係の建物は一度壊してますからね。
    なかなかそうやって残ってるものはないです。
    こちらも是非、一度見に行ってみたいところになりました。

    6月の今回の旅行では、ニュルンベルグの
    「Reichsparteitagsgelaende(党大会会場)」へ行ってきました。
    ここには大会議場の廃墟が壊されずに残っていて、
    その横にはナチスと党大会会場に関する博物館がありました。
    博物館内の展示を順番に見てくると、
    最後に廃墟を見渡せる博物館からせり出した展望台がありました。
    こちらもなかなか見応えがあったと思います。

    続けて旅行記の方、拝見させて頂きます。
    2011年06月26日17時39分返信する 関連旅行記
  • 口コミへの評価を頂き有り難う御座います

    frau.himmelさん、こんにちは。
    近鉄バッファローズです。

    この度は、二つも口コミへの評価を頂き有り難う御座います。
    大した情報もありませんのに、恐縮です。

    早速、旅行記の方、拝見致しました。
    トラブル続きで大変でしたね。心よりご同情申し上げます。
    旅慣れてくると油断してしまうのでしょうか。
    でも、何とかリカバリーできて、本当に何よりでした。

    私も、6/21にラーツケラーへ行きました。
    残念だったのは、もうシュパーゲルのシーズンが終わっていたことです。
    旅行中にいくつかのレストランを見ましたが、どこにもありませんでした。
    一週間早ければ‥‥、と思ったのですが後の祭りです。

    続けて他の旅行記を拝見させて頂きます。
    2011年06月26日16時11分返信する 関連旅行記
  • いかがでしたか。

    ベームです。

    度々のご訪問と投票有難うございます。

    ようやく今回の旅行記、アップが終わりました。なごやかな雰囲気が感じていただければと思っています。顔を隠していないのでその内クレームがこないかとひやひやです。
    いつも一人なので大勢でがやがや旅するのも良いものだと思いました。特に食事の時は仲間が居るほうがビールが進みます。

    himmelさんのこれからの旅行記楽しみにしています。

    では。
    2011年06月25日09時02分返信する

    RE: いかがでしたか。

    ベームさまこんにちは。

    読ませていただきましたわよー。
    なんと楽しそうな旅…、ベームさまのコメントもひとり旅のときのそれとは全然違うように感じました。
    何か弾んでいらっしゃる…、よっぽど楽しかったのでしょうね。
    私もご一緒したかったー!

    私が行ったいろんな懐かしい場所が出てきて、思い出しながら読ませていただきました。やっぱりドイツは何度行ってもいいですね。

    それにしても旅行記アップが早ーい!
    私などベームさまより早く出発したのに、まだ入口あたりでモタモタしています。
    やっぱりこれも気が乗っているうちに仕上げないと、なかなか進みませんね。
    これから頑張ります。

    himmel
    2011年06月26日10時36分 返信する
  • アパート暮らし

    frau.himmelさんこんにちは

    お約束通りお邪魔させていただいてます。
    いいですね〜、ベルリンのアパート暮らし。私も「テレビでドイツ語」は録画して見ている(だけですが・・・)ので、そのうちやってみたいと思っていました。
    ビオ・マルクトやスーパーなどで自分で食材を買って料理して食べたい。と、旅行中何度思ったことか!
    それに、洗濯機が付いているのも魅力ですね。無いところもあるのですね。

    私はひとり旅がほとんどなので、実際はアパート暮らしのコスパはよくないので、ちょっと二の足を踏んでいるところもあるので、himmelさんの言葉通り、「もうちょっと狭くてもいいからお安く」の気持ち、本当にそう思います
    ドイツ語の勉強も年齢を言い訳にしていましたが(もうすぐ50歳)himmelさんを見習って、もうちょっとドイツ語の勉強をがんばります。

    貴重な情報、ありがとうございました。

    ペコリーノ
    2011年06月15日17時18分返信する 関連旅行記

    RE: アパート暮らし

    ペコリーノさん こんにちは。

    > いいですね〜、ベルリンのアパート暮らし。私も「テレビでドイツ語」は録画して見ている(だけですが・・・)ので、そのうちやってみたいと思っていました。

    アパート暮らし、いいですよ〜♪
    たまたまご覧頂いたベルリンのアパートはちょっと高級でしたが、探せばいい所で安いところは結構あります。
    食器、なべかま、全て揃っていますので、スーパーで安い食品(ドイツは食品が驚くほど安いですね)を買って、食べられる分だけ料理しています。
    シニアになると量はそんなに食べませんから。4日以上同じ町に滞在する場合はアパート生活を楽しんでいます。

    > ドイツ語の勉強も年齢を言い訳にしていましたが(もうすぐ50歳)himmelさんを見習って、もうちょっとドイツ語の勉強をがんばります。

    > (もうすぐ50歳)
    いいなー、私もその齢に戻りたい、そしたらペコリーノさんのように一人旅がもっと楽しめるのに…。

    ドイツ語、ダメです。もう2年以上教室に行っていないので、そのツケが今回の旅行で回ってきました。
    英語がしゃべれない私は失敗するたびに「もおー、英語しゃべれないのぉー!」って怒られてばかりでした。

    ペコリーノさんの年齢からドイツ語勉強していたら、しっかり脳が吸収してくれて覚えも早いんでしょうけど、この齢では忘れる事の方が多くて…(泣)

    後ほど旅行記の方にお邪魔します。

    himmel

    2011年06月16日12時48分 返信する
  • 球磨人吉

    frau.himmelさま、こんにちは。


    横浜生まれの横浜育ちの小生にとって人吉市内の見慣れた光景に改めて新鮮さを感じた旅行記でした。

    高木惣吉海軍少将、実は、小生高木海軍少将を身近で見た体験がございます。
    昭和47年4月に父方の祖母が亡くなり、その告別式参列者に祖父の海軍兵学校同期や先輩後輩の中に高木さまがおられました。
    皆さん昨今の男性とは違い、きりりとした方ばかりでしたが、眼光が鋭かったのが印象的です。
    また、存命中に1度お話を聞く機会があり、メモなど見ずに数字を覚えておられ記憶力が抜群で老いを感じさせなかったものでした。
    その、高木海軍少将も亡くなられて、もう32年が経過し、旧海軍兵学校卒業生存命者も僅かになってしまいました。



    横浜臨海公園
    2011年06月14日13時40分返信する 関連旅行記

    RE: 球磨人吉

    横浜臨海公園さま こんばんは。

    いつも私のつたない旅行記にお寄りいただきありがとうございます。

    > 横浜生まれの横浜育ちの小生にとって人吉市内の見慣れた光景に改めて新鮮さを感じた旅行記でした。

    横浜臨海公園さまにそう言っていただけるなんて光栄です。
    ようやく人吉・球磨編に手をつけました。
    ステキな街ですねー(笑)。もっと観光客が増えて賑やかになってもいい街だと思います。

    > 高木惣吉海軍少将、実は、小生高木海軍少将を身近で見た体験がございます。

    私も高木惣吉少将に関する本を何冊か読みましたが、九州のはずれであんな高邁な考えを持った偉人が生まれたなんて、人吉ってさすが素晴らしい土地です。
    そのお方と横浜臨海公園さまは因縁があった方なのですね。お祖父様と海軍兵学校で高木少将は同期だったのですか。

    > その、高木海軍少将も亡くなられて、もう32年が経過し、旧海軍兵学校卒業生存命者も僅かになってしまいました。

    ホントにそうですね。海軍兵学校の集まりの海空会や、同じような集まりで水交会など昔ありましたが、今はどうなっているのでしょうね。
    月日の経つのは早いものです。私もウカウカしておれません。

    今後ともよろしくお願いいたします。

    himmel
    2011年06月14日20時41分 返信する
  • なつかしいです、ヴュルツブルク

    こんばんは、ハッピーねこです。
    ワインを目的にヴュルツブルクに立ち寄られたなんて
    素敵ですね。
    私も去年の5月末に2泊しました。
    去年も同じ頃に同じ街を訪れていた偶然。うれしいです。

    ビュルガーシュピタールは私が訪ねた時は工事中で
    中へは入れませんでしたので(ひょっとしたら外側が工事中な
    だけだったのかもしれませんが)中の様子が拝見できて
    よかったです。
    私が行った頃もヴュルツブルクの街全体がワイン祭りでしたが、
    まだそれの開催期間だったのですかね?

    ビュルガーシュピタールのワインは帰りに空港で購入しました。
    美味しかったので今年も買いました。
    実はさっきも飲んだところです。(笑)
    2011年06月12日23時48分返信する 関連旅行記
  • RE:ダッハウ収容所

    Frau.himmelさん 今日は
    いつも興味深いレポートありがとうございます。ところで、ダッハウ収容所を解放したのは日系アメリカ人の部隊です。(たしかテキサス編成の)第34師団(第442連隊第552大隊)がイタリア(サレルノ・モンテカシーノ・ピサ)、フランス・アルザス東部の山岳地帯(ブリュイロールの街)での戦闘(テキサス第1大隊救出のため)の後、ドイツ本土に侵攻し、ドイツ軍との戦闘の末、ダッハウ収容所を解放しました。ただ、この事実は、1992年まで公表されませんでした。なお、日系部隊の活躍に関する本がいくつか出版されています。
    2011年06月11日16時00分返信する

    RE: RE:ダッハウ収容所

    しょうちゃんさま こんばんは。

    お出でくださるのをお待ちしておりました。
    しょうちゃんさまに教えていただきたいことがあったのです。

    ところで、ビックリしました。私の聞きたかったことは将にコメントくださったことについてでした。

    > ダッハウ収容所を解放したのは日系アメリカ人の部隊です。
    >ただ、この事実は、1992年まで公表されませんでした。

    この件でした。ダッハウのことを調べていくうちにこの問題にぶつかりました。
    どうして1992年まで、日系アメリカ人の部隊がダッハウを解放したことをアメリカ軍は隠さなければならなかったのか?
    ダッハウに向かえと言うのは連合軍の指示だったわけでしょう?しかも、ドイツ軍はその時はもう負けるのは解かりきっていた状況ですよね。
    勝算は100%あったことなので、日系人に手柄を持っていかれたというほどのことでもないと思ったのです。
    いくら敵国(当時)日本の血が混じっているからといっても、米軍所属には間違いないわけだし…。

    それに、ダッハウを解放した連合軍(日系アメリカ人の)はその後、収容所に残っていたドイツ人看守を銃殺したり、囚人と一緒にリンチしたりしているわけですし、それがダッハウの虐殺として問題になったと聞きました。敵国日本の血が混じっていることを米軍が嫌っていたのなら、それらの責任を押し付けるいい機会ではなかったかと思うのですが…。

    私にはそこのところがどうしても理解できなくて、しょうちゃんさまにお聞きしたいと思っていたところでした。

    あっ、しょうちゃんさまのコメントにその答えは出ていますね。
    今、もう一度コメントを読み返してみて少しわかりました。

    > ・・・・・(テキサス第1大隊救出のため)の後、ドイツ本土に侵攻し、ドイツ軍との戦闘の末、ダッハウ収容所を解放しました。・・・

    ここでしょうか?
    日系アメリカ軍はダッハウに向かったのではなく、テキサス第1大隊救出に向かって、棚ボタでダッハウを解放した…、と。
    そうなると大手柄ですね。こう考えて良いんでしょうか?

    すみません。ここのところ毎日ダッハウのことばかり考えていましたので、頭が少しぼーっとしています。

    himmel

    > Frau.himmelさん 今日は
    > いつも興味深いレポートありがとうございます。ところで、ダッハウ収容所を解放したのは日系アメリカ人の部隊です。(たしかテキサス編成の)第34師団(第442連隊第552大隊)がイタリア(サレルノ・モンテカシーノ・ピサ)、フランス・アルザス東部の山岳地帯(ブリュイロールの街)での戦闘(テキサス第1大隊救出のため)の後、ドイツ本土に侵攻し、ドイツ軍との戦闘の末、ダッハウ収容所を解放しました。ただ、この事実は、1992年まで公表されませんでした。なお、日系部隊の活躍に関する本がいくつか出版されています。
    2011年06月11日22時23分 返信する

    RE: RE: RE:ダッハウ収容所

    >Himmel さん こんばんは。
    > > ダッハウ収容所を解放したのは日系アメリカ人の部隊です。ただ、この事実は、1992年まで公表されませんでした。
     推察ですが、ダッハウ収容所にいた生き残ったユダヤ人たちが1992年にこの部隊の生き残りを(たしか)イエルサレムだったかに(お礼の意味をかねて)招待したからでしょう。時間が経ち、情報公開がすすんだのでしょう。
    > どうして1992年まで、日系アメリカ人の部隊がダッハウを解放したことをアメリカ軍は隠さなければならなかったのか?ダッハウに向かえと言うのは連合軍の指示だったわけでしょう?
     (違います。部隊は威力偵察に行って偶然発見したということです)。つまり指示(敵の動向を探るための偵察)ではなかったということです。ダッハウに収容所(米軍は収容所の意味さえ理解していなかった)があるとは思っていなかった(初めての経験と思われる)。
     ドイツ軍の兵士は戦意をなくしていました(西部戦線は総崩れ・ただし東部戦線は頑強に抵抗、ゲッペルスの記録により)が、筋金入りのSS部隊が守っていました。
     戦後、帰国しても日系米兵はジャップとして蔑まれていました。米政府は、戦時中日系米人を捕虜収容所(ゲットー)に入れていましたことを思いおこしてください(イタリア系・ドイツ系米人にはない。つまり人種差別です)。なお、ヒトラーがユダヤ人をゲットーに押し込めたのは、米政府がインディアンを隔離したことをヒント(参考)にしています。
    > それに、ダッハウを解放した連合軍(日系アメリカ人の)はその後、収容所に残っていたドイツ人看守を銃殺したり、囚人と一緒にリンチしたりしているわけですし、それがダッハウの虐殺として問題になったと聞きました。
     質問:この件については、一体どの文献からの引用でしょうか?なぜなら、ダッハウ収容所を開放したあと、日系部隊(442連隊)はベルヒテス・ガーデンの確保を命じられ、すぐ移動してしまったからです。さらに到着後、ベルヒテス・ガーデンの本や資料は米兵の略奪(記念品や転売目的)にあっています(たしか、ヒットラーの図書に関する本参照)>
     なお、囚人にはリンチする体力がなかったし、近隣住民は収容所について知らなかったと否定した。そんなわけないだろうと、米軍が近隣住民を一時囚人の苦しみを味あわせるために、収容所に入れている。
    > フランスのボージュ山脈の町ブリュイエール(テキサス第1大隊221名を救出のため、442連隊は800人近い死者を出した。そのうえ救出された部隊の指揮官(A中佐)は、救出した日系米兵に対して、”なんだジャップか”と言っています。日系中尉が抗議した)。その後、部隊はドイツ本土(ライン川東岸)に侵攻し、ドイツ軍との戦闘の末、ダッハウ収容所を解放しました。・・・
    >> > Frau.himmelさん 今日は
    2011年06月11日23時30分 返信する

    RE: RE: RE: RE:ダッハウ収容所

    > >Himmel さん こんばんは。
    追加。ダッハウ収容所が解放されたのは1945年5月2日です。まだ、日本とは戦闘中ですから、日系アメリカ人が欧州戦線に参加しているとは公表しにくい状況にあったことは確かです。なお、参考書として、リトアニア系ユダヤ人ソリー・ガノール「日本人に救われたユダヤ人の手記」講談社があります。なお、彼は杉原に脱出するようアドバイスされたそうですが、決断が遅れたとのこと。以上 
    2011年06月12日00時38分 返信する

    RE: RE: RE: RE:ダッハウ収容所

    しょうちゃんさま おはようございます。

    早速お返事くださいましてありがとうございます。

    > > > ダッハウ収容所を解放したのは日系アメリカ人の部隊です。ただ、この事実は、1992年まで公表されませんでした。

    >  (部隊は威力偵察に行って偶然発見したということです)。つまり指示(敵の動向を探るための偵察)ではなかったということです。ダッハウに収容所(米軍は収容所の意味さえ理解していなかった)があるとは思っていなかった(初めての経験と思われる)。

    この件はしょうちゃんさまのご説明でよく理解できました。

    そうですね。1945年5月というとまだ日本が連合軍と戦闘中でしたから、人種差別というより、敵国日本人の部隊が手柄を立てたと言うことを、公表したくなかったという意味合いが強いですね。
    しょうちゃんさまのご説明にあるように、ダッハウ強制収容所を【偶然】発見した、日系米兵は本来なら大功労者なんですね。
    しかもそれまで【米軍は収容所の意味さえ理解していなかった】というのは驚きました。

    >  戦後、帰国しても日系米兵はジャップとして蔑まれていました。米政府は、戦時中日系米人を捕虜収容所(ゲットー)に入れていましたことを思いおこしてください(イタリア系・ドイツ系米人にはない。つまり人種差別です)。なお、ヒトラーがユダヤ人をゲットーに押し込めたのは、米政府がインディアンを隔離したことをヒント(参考)にしています。

    それから、ゲットーの件、え、そうなんですか?
    ゲットーと言うと、私の中ではどうしてもワルシャワ・ゲットーとの印象が強く、てっきりドイツ(ナチス・ドイツ)の特別のものだと思っていました。

    ダッハウの虐殺の件
    私はダッハウを訪問するに当たり、参考資料としてwikipediaだけを持参しました。そこにこのような説明がありました。

    【収容所が連合軍に降伏すると、収容所守備部隊は米兵が行った即決裁判による銃殺刑(いわゆる「ダッハウの虐殺」)のために恐慌に陥った。殺された正確な人数は不明であるが、ある資料によるとこの方法で処刑されたのは35人に過ぎず、残りの515人は恐らく逮捕されたり逃亡したと考えられている。米兵に殺害された者の中には、ダッハウ収容所最後の所長となったヴィッカーSS少尉もおり、兵士らに私刑を受けた後に銃殺された。その遺体は収容者の遺体と共にしばらく放置された。】

    その件について、今朝少し調べてみました。
    どうもダッハウの虐殺は日系米兵の仕業ではないようです。

    ここにありました。
    http://www.jca.apc.org/~altmedka/aus-14.html

    その他にも【パットン将軍の緘口令】でいくつか検索できました。

    ほんとうにいろいろ興味深いことを教えていただいてありがとうございます。
    これからもよろしくお願いいたします。

    himmel
    2011年06月12日10時00分 返信する
  • 私も気をつけています。

    frau.himmelさん

    ベルリンの旅行記に投票いただき、ありがとうございます。
    ところで・・・そうなんですよ〜あのルフトハンザの広告、惹かれますよね〜。「こんな時期に、こんなお値段で!」みたいな。ま、私もそのノリで、昨年ドイツへ行ってきたんですが。

    いろいろなトラブル、大変でしたね。私もいつもターミナルやホテルの名前、場所、部屋番号(これがね〜移動ばかりしていると忘れるのよ)はドキドキで、ホテルにチェックインしたら、部屋番号の書いてあるホテルのカードは絶対に携帯します。逆に、何でみんな平気なんだろう、って思うぐらいです。
    ま、でも失敗しても一人旅だと誰も見てないから。うまく誤魔化してます。道に迷っても、散策するふりしてたりとか・・・(内心はドキドキなんだけど)

    この後の旅行記も楽しみにしています。

    ペコリーノ
    2011年06月10日11時48分返信する 関連旅行記

    RE: 私も気をつけています。

    ペコリーノさま こんばんは。

    コメントありがとうございます。
    ベルリンにゆっくり滞在されて隅々まで街歩きをなさっている…、何だかわが意を得たりのような気持ちで読ませていただきました。
    みなさん、ベルリンは有名どころだけ観光なさって、さっと他の街に移動される方が多いですよね?
    ベルリンは私も大好きな都市、同志を見つけたようにうれしくなりました。

    ペコリーノさん、ドイツがお好きなんですね。

    > ところで・・・そうなんですよ〜あのルフトハンザの広告、惹かれますよね〜。「こんな時期に、こんなお値段で!」みたいな。ま、私もそのノリで、昨年ドイツへ行ってきたんですが。

    そうでしょ? やっぱりあの値段は気になりますよね。
    でも時期が時期だけにどうしようかなと悩んだ挙句、私にはあの時期しか行けなかったので、えいやっと思い切って実行しました。
    いろんなトラブルも調査時間が足りなかったから(齢のせいではなく・笑)。

    ミュンヘンのホテルには参りましたね。朝まで帰れないかと思いました。
    旅名人のペコリーノさまだって、ちゃんとホテルのカードは携帯してらっしゃるのに、一体私何を考えていたのやら…。
    でも、この旅で失敗はこれで終わりではないんです。
    スローペースなのでいつになるかわかりませんが、また笑ってやってくださいね。

    ペコリーノさまのドイツ編、また寄らせていただきます。

    himmel
    2011年06月10日20時29分 返信する
  • エッセンってこういうところだったんですね。

    frau.himmelさま、こんにちは。

    先日はわたしの旅行記に訪問&書き込みありがとうございました。

    himmelさまは本当にドイツのいろいろなところに
    行っているんですね。

    とはいえ、実はわたしもEssenには3度ほど行っているんですが、
    毎度観劇に忙しく、またクリスマスマーケットの
    シーズンだったりで、それで満足して、ほとんど街歩きも、
    美術館にも行っていません。
    ESSENなのに、ノルトゼーとサブウェイしか行ってないし(^^;;。

    でも。himmelさまはいいときに美術館にも行けたようで、
    うらやましい。

    わたしも次回があればいろいろ歩きたいです。
    でも、Essenのミュージカルを上演する劇場が常設でなくなったため、
    また行くかどうかは微妙です・・。
    ですので、この旅行記を見て行った気にさせていただきます。

    また、追々他の旅行記も見させていただきますね。


    では。

                    akanetsubo



    2011年06月07日22時36分返信する 関連旅行記

    RE: エッセンってこういうところだったんですね。

    akanetsuboさま こんばんは。

    エッセンに3度も行ってらっしゃるのですか!
    すごいドイツ通なんですね。
    エッセンってルール工業地帯というだけの、マイナーな街だと思っていました。
    今回は、夫がボーフムとアーヘンに用事があったので宿泊したようなものの、そうでなかったら立ち寄ることはなかったと思います。
    ところが、行ってみるとホントにステキな街でしたね。
    もう一度機会があったら行きたいと思います。

    > ESSENなのに、ノルトゼーとサブウェイしか行ってないし(^^;;。

    実は私もそうなんです。エッセンなのに、駅中のアジアンテイストで済ませちゃったりして…(笑)。
    あ、でもカウフホーフの量り売りのレストランでは食事をしました(あんまり変わらない…)

    > でも。himmelさまはいいときに美術館にも行けたようで、
    > うらやましい。

    美術館はラッキーでした。すごく人も多かったけど…。

    akanetsuboさまは観劇旅行が多いんですね。いいご趣味ですね。

    また、旅行記に寄らせていただきます。

    himmel
    2011年06月10日19時56分 返信する
  • ミュンヘンの街角

    Frau Himmelさんのミュンヘンへの旅、とても参考になり勉強させて頂き
    一言お礼を申し上げたく初めてこのようなサイトに登録してコメントさせて
    頂きます。私四捨五入せずに70台突入でこの6月に初めての一人旅をミュンヘンに決めて準備中です。失敗談がとても役にたちました。ラーツケラーのアスパラ是非賞味してきます。Geschwister Schollのこともくわしく教えて戴き感謝です。どのような失敗が待っているかわかりませんが、行ってきまーす。流行っているO-11?が心配ですが。Vielen Dank!
    2011年06月03日21時53分返信する 関連旅行記

    RE: ミュンヘンの街角

    Toyoさん おはようございます。
    コメントありがとうございます。

    私へのコメントのためにフォートラベルに登録してくださったとのこと、わぁー感激です。
    同じシニア(しかもお互いにかなり?)同士、どうかこれからよろしくお願いいたします。

    さて、6月にミュンヘンにご旅行なさるとのこと、もうすぐですね。
    ドイツも一番いい時期ではないでしょうか。羨ましいです。

    前回あんな失敗をして(まだ失敗談は続きます)、もう一人でのドイツ旅行は今回が最後かなと思ったばかりなのに、今となってはそれらも楽しい思い出で、また行きたーい、と思っている私です。
    Toyoさんの年齢をお聞きして、私もまだまだひとり旅をするぞーって励まされました。

    > ラーツケラーのアスパラ是非賞味してきます。

    6月の時期によってはもうアスパラガスは置いていないかも知れませんが、ドイツ料理も充実していますので、ぜひいらしてみてください。
    ただ、ドイツのレストランは量がとても多いのでビックリなさいますよ。
    シニアの私には、ワインとアスパラガスなどの軽い1皿で十分でした。

    ホーフブロイ・ハウスもお薦めです。
    夜は混雑していますので、午前中の人が少ない時間帯に、中庭の木の下でゆっくり白ソーセージとプレッツェルをビールと共にいただきました。

    ドイツはどちらを回られるのですか?
    もし私が行ったところなら何らかのアドヴァイスが出来ると思いますので、心配なことがあれば質問してください。

    では、グーテ・ライゼ!

    himmel
    2011年06月04日09時28分 返信する

    RE: RE: ミュンヘンへ!


    Frau Himmelさま
     早速にお返事頂き感激です。このようなお話ができるなんてとっても
    嬉しいです。新しい世界に踏み込んで一歩前進といった気分です。
    ミュンヘンは10日程滞在してゆっくり美術館めぐりなどしようかなと
    先ず市電やUバーンを乗りこなしてと、初歩の初歩です。スーツケースを引っぱっての都市めぐりはきついので今回はミュンヘンからバンベルク1泊、
    レーゲンスブルク日帰りとささやかな楽しみです。
    何かアドヴァイス、よろしくお願いします。これがうまくいけば毎年ドイツにささやか旅行しようかなと。
    >
    > 6月の時期によってはもうアスパラガスは置いていないかも知れません
    >
    アスパラガスなければ残念!
    私の悩みは日本でも小食で一人でドイツのレストランに入るのは無理かなということ それとおそろしい方向音痴!ホテルに帰れなくなった件 身につまされました。
    ダンケシェーン  Toyo
    2011年06月04日22時39分 返信する

    RE: RE: RE: ミュンヘンへ!

    おはようございます Toyo さま

    ミュンヘンに10日滞在していろいろお回りになるんですね。
    そうですね、私たちシニアの旅は大きな荷物を引っ張っての移動は大変ですから、私もいつも荷物をどうするかと考えてスケジュールを決めています。

    今回はミュンヘンの美術館巡りなどとバンベルク、レーゲンスブルクにもいらっしゃるとのこと。

    バイエルン城廻りチケットをご存知ですか?
    バイエルン中のお城やレジデンツ、入場料が必要な教会などに使えて、確か一人用だったら20ユーロ弱(2人用で34ユーロでしたから)で14日間有効です。私の旅行記「2009秋 リンダーホーフ城編とヴュルツブルク編」でも紹介していると思います。よかったら読んでください。
    バイエルン中のほとんど全てのお城が無料になりますので、Toyoさまのようにミュンヘンに滞在されて健康される方にはとてもお得だと思います。(ミュンヘンではニンフェンブルク城とレジデンツが使えます)
    ミュンヘン市内の観光案内所でも購入できるかと思いますが、私は最初見学したお城で買いました。
    このカードはクオカードみたいなもので、実際にお城やレジデンツをご覧になるときは、窓口で正式な入場券に取り替えてもらいます。
    必要でしたら、後でしらべてサイトアドレスを貼り付けますね。

    今回いらっしゃるバンベルク、レーゲンスブルク、両方ともバイエルンチケットが使えますね。ご存知だと思いますが、バイエルン中乗り放題の切符です。バスや路面電車にも使えます。
    一人用19ユーロくらい。ただし、自販機で購入した場合ですから、窓口で購入すると2ユーロ余計に取られます。あちらの人は親切ですから教えていただいて自販機で購入されたほうがお得です。
    バイエルンチケットがあると、ザルツブルクや、ヘレンキムゼー(ルートヴィッヒ2世が建てた有名なお城、湖に浮かんでいます)があるプリーン、ヴュルツブルク、ニュルンベルク、または大聖堂で有名なウルムとアウクスブルクの組み合わせなど、いろいろ候補地は広がりますね。
    これもICやICEなどの新幹線・特急には乗れませんが、REやRBなどの使える車両は多いです。ただし、9時からしか使えないと言うところがネックなのですが…。
    でも、6月は9時頃まで明るいですから心配ないと思います。

    シュパーゲル(白アスパラガス)は6月25日(?)くらいまでしか出荷していけないと決まっているそうで、その後は忽然とレストランから姿を消してしまいます。まだ間に合うようでしたらお試しください。これも時期ものですからメニューには載っていませんので、「シュパーゲルはありますか?」と聞くと、特別のメニューを出してくれます。シュニッツエル(トンカツみたいなもの)やハムなどの一緒になったものなどいろいろありますが、私はいつもジャガイモだけが付いた「シュパーゲル・クラシカル」をいただきます。朝食にハムやチーズ、ソーセージなどのたんぱく質はたくさん摂りますので、私はこれで十分なのです。
    そのほか、食が細いシニアにはスープだけ(こちらのスープは食べるスープですからしっかりしています)やサラダが中心の軽い食事もレストランにはあるようです。また駅ではいろんなサンドイッチ類が買えますし、ミュンヘンにはデパートもたくさんあり、デパ地下で購入されるなど、食事はそんなに心配は要らないと思います。
    私はワインが好きなので、1日1回はレストランで食事をするようにしています。

    なんだか取り留めのないことをダラダラと書きましたが、お役に立ちますでしょうか?

    himmel
    2011年06月05日11時21分 返信する

    バイエルンチケット


    Frau Himmelさま
    いろいろ教えて戴きありがとうございました。
    バイエルチケット知らずにDBでバンベルクとレーゲンスブルクの列車のチケット買ってしまいました。ずい分お安くいけるのですね。次の機会に是非
    チャレンジいたします。16日出発ですのでアスパラガス間に合いそうですね。ミュヘンに着き次第ラーツケラーに直行いたします。帰ってまいりましたら又ご報告させて頂きます。本当に有難うございました。Toyo

    2011年06月06日20時40分 返信する

    RE: バイエルンチケット

    気をつけて行ってらっしゃいませ♪

    お帰りになったら旅行記で報告してくださいね。

    himmel
    2011年06月07日18時12分 返信する

frau.himmelさん

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frau.himmelさんにとって旅行とは

4トラベル会員になりいつの間にか15年以上経ちました。
私の拙い旅行記でも多くの方が読んでくださり、大変励みになっております。
齢をとりますとだんだん文章も書けなくなり、また投稿頻度も遅くなってまいりましたが、これからも老化防止・ボケ防止、そして自分自身の旅の備忘録として、この4トラベルを利用していきたいと思います。

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………?

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広く浅くは好みませんので、やはりヨーロッパをもっと極めたいですね。

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