2011/04/08 - 2011/04/08
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frau.himmelさん
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自然の摂理というものは不思議なものです。
あの未曾有の出来事があった後でも、そんなことに関係なく今年も桜の花が咲きました。
私たち日本人は、この花によってどんなに心癒され、また力づけられることか…。
この花を見ていると、日本は絶対に復興すると、力強く思います。
毎年花の季節には訪れている千鳥が淵の桜、今年はどうしようかと迷った挙句、行かないと後悔すると思い一人でやってきました。デジカメを携えて…。
でも、自他共に認める迷カメラマンなので、物凄い写真ですみません。素晴らしい桜の花は他の方のお写真で堪能してください。
私は、例年と違った今年の千鳥が淵の雰囲気をご案内できたらと…。
東北地方にもまもなく桜の季節が訪れようとしています。
せめて、辛い避難所生活に少しでも彩りを添えてくれたらと、思わずにはいられません。
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所用で都心に出た帰りです。
出発はここ麹町から。
千代田区では「風ぐるま」というコミュニティーバスを運営しています。
このコースは四谷方面から秋葉原まで巡回しているようです。
1人100円で、どなたでも利用できます、と書いてあります。
今度利用してみようかしら…。 -
新宿通りの麹町界隈には、かわいい子供の銅像がいくつかあります。
これらを見るといつも心が和まされます。 -
信号の向こうに半蔵門が見えます。
ここに、鉄砲百人組や、忍者の伊賀組同心が置かれていたことより、組頭・服部半蔵の名を取って半蔵門と呼ばれています。 -
半蔵門前の大きな通りは内堀通り。
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半蔵門に向かって右手は三宅坂方面。
東京タワーも見えます。 -
東京都知事選挙も石原慎太郎現知事の圧勝で終わりましたね。
今年は選挙戦も静かでした。 -
半蔵門のお隣に千鳥が淵公園入口があります。
私は毎年ここから花見を始めます。
ちょうど桜も今が満開です。 -
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桜の花越しに半蔵濠から半蔵門のほうを臨みます。
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公園には3人の男性のブロンズ像が立っています。
「自由の群像」という題で、3人の男性はそれぞれ「自由」「自尊」「進取」を表しています。
今の日本にも言えることなのでは…。 -
千鳥が淵緑道に比べてこの公園は比較的人が少なく、ゆっくりお花見ができる穴場なのです。
左側にブルーシートがチラリと見えますが、道路側では、通行人の邪魔にならないようにして宴会も楽しむことが出来ます。
それにしても今年は人が少ないです。 -
実は私がお手伝いしているシニアのボランティアグループでは、毎年上野で花見会をやっていましたが、今年はこの公園でやるはずでした。
この大震災で誰からともなく、今年は花見は中止だね、という言葉が…。
本当はみんな寂しいんです。齢のことを考えるとあと何回お花見会ができるのか…。
早く普通のことが普通にできる日本になってほしいです。
◇◆
2,3日前まではまだ蕾だと思っていましたが、急に温かくなったせいか一挙に満開になってしまいました。 -
ここに「親善サクラ」というのがありました。
石に明記してある文章を読むと、初代駐日英国大使だったエスラー・デニング卿が昭和32年の離日に際して、日英親善のしるしとして枝垂(しだれ)桜20本を寄贈したそうです。
この木はその中の1本です。 -
見所スポットでは記念写真を撮っている人が大勢いました。
その中には新入社員の初々しい姿も多く見られました。
「頑張れ!これからの日本を盛り返していくのはあなた達ですよ!」 -
千鳥が淵公園は千鳥が淵と英国大使館に挟まれています。
道路の向こうは英国大使館です。
ここのサクラも定評があります。 -
英国大使館のサクラと内堀通り。
半蔵門交差点のほうを臨みます。 -
あら珍しい、東京のど真ん中にありながら道路の柵が木で出来ているなんて…。
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「この木は東京生まれの間伐材を加工して設置したものです。街に安らぎや潤いを提供すると共に資源の有効利用を図るため、試験的に設けております。」
という説明文が書かれています。 -
再びお堀のほうへ。
土手にはいろんな草花が咲いています。
昨年はここでワラビを見つけました。 -
今年もワラビを見つけようと眼を凝らして探しましたが、見つけられませんでした。
フリージアの黄色いモダンな花が場違いな感じです。 -
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英国大使館の正面入口。
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千鳥が淵交差点、大官町通りまでやってきました。
菜の花と半蔵濠越しに有楽町界隈を臨みます。 -
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側を2階建てのオープンバスが走っていきます。
いつもは大勢の外人さんが乗り込んでいる観光バスも、今日は日本人がほんの数人乗っているだけでした。
放射能の影響で外人観光客の姿も激減しました。 -
代官町通りを過ぎると、千鳥が淵緑道に出ます。
ここからがいわゆる一般的な「千鳥が淵の花見の名所」なのです。 -
ご存知のように日本一有名な花見の名所です。
例年ですとこの季節、花見客でごった返しているところなのです。
案内板も寂しげです。 -
今年はさくら祭りも中止になりました。
夜になるとライトに照らされたサクラがそれは綺麗だったのですが、そのライトアップも中止です。 -
この先には千鳥が淵戦没者墓苑もあります。
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すぐ側を高速道路が走っています。
首都高千代田トンネル入口から地下にくぐって、都心を抜けるルートです。 -
緑道にそって散策します。
時間は夕方の5時半くらいですよ。
いつもだったら会社帰りのサラリーマンや観光団体の客で、今時分もっと人も大勢出ているはずなんですが…。 -
年季の入った低く垂れ込めたサクラの枝、頭のすぐ上で咲いている花のトンネルを、人々は混雑することなく散策できます。
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昨年は外人さんも大勢来ていましたが、今年は全くすれ違いません。
外人さんとすれ違う時に、フランス人だとか、英語圏の人だとか、聞こえてくる言葉で判断するのも楽しかった…。
ドイツ語が聞こえてくると懐かしくなって、
「どちらからいらっしゃったのですか?」って話しかけたくなりました。実際にはそんなことはしませんでしたが…。
早く放射能問題が解決して外国人が安心して訪れる日本になってほしいものです。 -
1年のうちで一番美しいサクラの季節なのに…、私たち日本人が外国人に一番誇れる季節なのに…。
多くの外人さんに見せてあげたかった。
◇◆
枝振りのいいサクラの古木の下にはシャガが白い花を咲かせていました。 -
千鳥が淵ボート乗り場から竹橋方面を。
右手は北の丸公園の桜。 -
ボート乗り場付近は絶好の撮影スポットです。
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千鳥が淵戦没者墓苑
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道路の向こうには、千代田区三番町界隈のモダンなビルが頭を出していました。
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千鳥が淵から展望。
都心ならではの眺望です。 -
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靖国通りを隔てて靖国神社の鳥居が見えます。
靖国神社もサクラの名所で、いろんな出店が出て大変賑わうのですが、今年はこういう状況ですからこれも中止になったのでしょうね。 -
北の丸公園入口。
北の丸公園には江戸時代、田安・清水家の武家屋敷がありました。 -
公園には田安門を入っていきます。
田安家は、徳川八代将軍の吉宗の第二子、吉武によって興されました。 -
田安門から四谷方面の展望
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ちょっとだけ中に入りましょう。
中から門の外側の桜を撮ります。 -
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田安門の橋の上から、芸術的な枝振りのサクラ越しに四谷方面を展望します。
今ちょうどビルの上から夕陽が落ちようとしています。
水面にキラキラと光が注がれて、とても綺麗でした。 -
最後に、靖国通りから、もう一度千鳥が淵のサクラを臨みます。
来年の桜の時期には日本も普通に戻り、この通りも、いつものように大勢の花見客で大混雑することでしょう。
そして、日本の美しいサクラを見に、世界中から外人観光客が大挙して押し寄せているかもしれません。 -
そんなことを考えながら、スムーズに歩ける東京メトロ九段下駅から帰途についたのでした。
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この旅行記へのコメント (2)
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- 哈桑湖さん 2011/07/06 08:32:26
- 東京は花の都ですね
- お便りありがとうございます。
厚木にいたときには、台東区、江東区、江戸川区、葛飾区、ばかり行っていました。特に、江東区は歩き尽くしました。
英国大使館、懐かしいです。私立大学を受検のために、麹町のダイヤモンド・ホテルに泊まりました。そばに、綺麗な建物があり、一目で感動しました。ああ、こんな家に住めたらと。
厚木時代に、ここへ行きましたが、この一等地に、こんな家を建てるなど、できるはずがないと、笑ってしまいました。
小学生の頃ですが、ガダルカナルに行っていたという方から、現地では食べ物がなくて、ヘビやカエルを食べたと。火を起こすと、敵にばれるから、蝋燭で焼いて食べたとか、聞きました。あと上官のいじめとか。
そんなこともあり、戦記には興味がありました。あと、学生時代には、沖縄出身の人と仲良くしていましたが、沖縄の子たちは、学校で先生たちが、日本軍のことを、本土の人が知らないことまで、教えています。びっくりです。
あと、延吉の町に行ったのですが、石原さんが、「日韓併合は、韓国にもメリットがあった」と発言したらしく、大学生のガイドさんは
憤慨していました。
あと、水木しげるさんがお書きになった昭和史や戦記マンガは全て読みました。これを読むと、旧日本軍のデタラメぶりに、驚きます。部下に玉砕を命じた参謀は、生き延びようとしたり。
同じ同盟国でも、ドイツ将校とは、違いすぎます。ケーニヒスベルクから西方に、海路で撤退する船に乗って出発しようとしたときに、難民が波止場に押し寄せてきたときには、将校は全員下船させられました。そして難民を乗船させたりしていました。身分高き者の負う義務、というものです。
鹿児島知覧の特攻記念館も、生き残りの特攻隊員のなかには、自らの意思で沖縄に飛び立ったという記述に憤慨している方もいます。特攻を推進した参謀の責任が、触れられていないと。最後の特攻で出撃するといって、のうのうと戦後を、生き延びています。
- frau.himmelさん からの返信 2011/07/06 22:56:47
- RE: 東京は花の都ですね
- 浦潮斯徳さま こんばんは。
コメントありがとうございました。
千鳥が淵の花見、毎年行っているものですから、今年はどうしようかなと迷ったのですが、結局行ってまいりました。
その頃はまだ皆さん、花見どころでは?という雰囲気でしたから人も少なかったです。
やはり千鳥が淵は、花見客でごった返していないと寂しいです。来年はきっと例年の千鳥が淵に戻ってくれると信じています。
さて、「美しき野獣」のイルマ・グレーゼ、検索して片っ端から読みました。
あんな可愛い顔をした若い女性なのに、結構残虐なことをやったのですね。
サディスティックな性格もあるのでしょうね。興味深かったです。
戦記がお好きなのですね。道理でとてもお詳しい…。
私は特別に戦争ものが好きというわけではないのですが、現代史を調べていると、どうしても戦争は避けては通れない…。そこでいろんな知識を得ることはとても楽しいです。
> あと、水木しげるさんがお書きになった昭和史や戦記マンガは全て読みました。これを読むと、旧日本軍のデタラメぶりに、驚きます。部下に玉砕を命じた参謀は、生き延びようとしたり。
>
> 同じ同盟国でも、ドイツ将校とは、違いすぎます。ケーニヒスベルクから西方に、海路で撤退する船に乗って出発しようとしたときに、難民が波止場に押し寄せてきたときには、将校は全員下船させられました。そして難民を乗船させたりしていました。身分高き者の負う義務、というものです。
水木しげるさんのNHKの朝ドラは毎日見ていました。
日本とドイツの将校はそんなに違いますか。
たしかにヨアヒム・パイパーもその立派な将校の誉れですね。
> 鹿児島知覧の特攻記念館も、生き残りの特攻隊員のなかには、自らの意思で沖縄に飛び立ったという記述に憤慨している方もいます。特攻を推進した参謀の責任が、触れられていないと。最後の特攻で出撃するといって、のうのうと戦後を、生き延びています。
私も知覧には参りました。特攻で飛び立った隊員の最後の手紙、みんな文章が素晴らしくて達筆で…、それに涙してしまいました。
himmel
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