g60_kibiyamaさんのクチコミ(60ページ)全6,029件
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投稿日 2023年04月01日
総合評価:4.0
西国三十三か所の第15番札所が今熊野観音寺です。22年5月の近畿2府4県旅では何か所か巡った観音霊場でも、人気のある寺院、そうでもない寺院のコントラストもそれなりに楽しかったのですが、こちらは総本山泉涌寺の塔頭ということでメインじゃないというのか、独特の静けさに包まれていた気がします。今熊野と言われるようになったきっかけは後白河法皇で、その時点では泉涌寺の存在はずっと小さかったわけで、さまざまな盛衰を経ていることを感じました。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2023年04月01日
総合評価:3.0
ねじりまんぽに立ち寄った後に南禅寺を目指しました。ちょうど金地院の向かいあたり、有名な(南禅寺)三門を基準にすると南西に位置する(南禅寺の)塔頭です。ただ正面(西側)から中門を目指すと、見落としてしまうかもしれません。創建は15世紀中頃。門前には応仁の乱で西軍の大将であった山名宗全公の墓と刻まれた石柱がありました。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2023年04月01日
総合評価:3.0
かつては南禅寺→湯豆腐と連想したときに名前があがったのがこの聴松院なのですが、すでに飲食の営業はしていません。門前の立派な石柱にあるように「大聖摩利支尊天」を鎮守としています。外観は南禅寺の一塔頭という感じでした。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2023年04月01日
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投稿日 2023年04月01日
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投稿日 2023年04月01日
総合評価:3.5
前回2020年の京都旅ではすぐ近くの「六道の辻」まで行ったのですが、松原通りを西へ戻ってしまい、立ち寄ることができませんでした。22年5月の旅では松原通りから「清水道」交差点を経て、安井金比羅宮へと進んでみました。
六道珍皇寺…創建は9世紀末と伝わり、小野篁が冥界に通ったと伝わる井戸で知られています。平安時代、付近は火葬地であった鳥辺野の入口にあたることから、現世と他界の境にあたると考えられ、「六道の辻」と呼ばれていました。鎌倉時代に真言宗・東寺の末寺を経て、14世紀に半ばに臨済宗に改められて再興、以来臨済宗建仁寺派となっています。- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2023年04月01日
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投稿日 2023年04月01日
総合評価:3.5
寺伝によれば、823年(弘仁12年)に弘法大師が東寺を賜った際、東寺より見て鬼門にあたる地に一体の不動明王像を祀ったことが始まりとのこと。ただ現在は浄土宗西山派の寺院だそうです。この場所が知られているのは1867年(慶応3年)6月15日に新選組が西本願寺から、不動堂村へ屯所を移したという記録が残っていて、それが不動堂明王院周辺だったのではないかと考えられています。そのため「新選組まぼろしの屯所」という提灯が掛けられていて、ファンに根強い人気があるようです。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- バリアフリー:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2023年04月01日
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投稿日 2023年04月01日
総合評価:3.5
これまで京都駅は八条口を利用して近鉄に乗り換えるすることも多かったので、新幹線改札直結のアスティと並んで、近鉄名店街であるところの「みやこみち」を利用する機会が多くありました。2022年の旅でも近鉄京都線を利用したので当然のようにアクセス。飲食店を中心に40店舗ほどが軒を連ねています。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- お買い得度:
- 3.5
- サービス:
- 3.5
- 品揃え:
- 3.5
- バリアフリー:
- 4.0
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投稿日 2023年04月01日
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投稿日 2023年04月01日
総合評価:3.0
吉田神社の末社です。宇賀御魂神・猿田彦神・天鈿女神の三柱が祀られています。創建年代等の詳細は不明のようですが、9世紀にはすでに社殿があったと古い文献にはあるようです。それにしても「吉田神社」のアクセス状況を把握せず、金戒光明寺から宗忠神社と進み、さらにその奥に竹中稲荷社殿があり、で吉田神社本体にはどういくの?状態に陥りました。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2023年04月01日
総合評価:3.0
吉田山の南東側に陵墓がありました。後一条天皇の母は藤原道長の娘、(中宮)彰子。11世紀の初め、幼くして即位して道長が摂政となり念願の?「この世をば わが世とぞ思ふ~」の時代が始まりました。ここから道長の孫にあたる天皇が続きます。ちなみに実弟の後朱雀天皇の陵墓は竜安寺内と治定されているので地理的にだいぶ離れています。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2023年04月01日
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投稿日 2023年04月01日
総合評価:3.0
外観だけではなかなかわかりませんが、日本の神社にはさまざまなタイプがあります。護王神社…創建年代は不明ですが確立される過程を考えるなら、割と歴史の浅い神社です。烏丸通りに東面して、現在の京都御苑の蛤御門の少し南あたりにあります。主祭神は和気清麻呂と姉の和気広虫です。和気清麻呂は8世紀に道鏡が台頭したときに、皇統を守った存在として、明治期以降に英雄視された人物です。同様なことは楠木正成にも言えています。明治天皇の命による遷座でそもそもの起源は高雄山神護寺境内にある護王善神社だそうです。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2023年04月01日
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投稿日 2023年04月01日
総合評価:3.0
そもそも地名が下京区菅大臣町です。いまから1000年以上の昔、10世紀初めまで生きた菅原道真の邸宅がいかに広大だったか、また人々がそのことを忘れていないか、ということに驚かされます。仏光寺通を中心に南北二町、東西一町が邸宅だったそうです。菅大臣神社の境内には産湯の井戸が保存されているとのことですが、石鳥居から見た参道が(関係者の)パーキング化しているので、個人的には観光向きではないのかな?と思ってしまいました。住所表記は仏光寺通新町西入で自分は北側からアクセスしましたが、社殿は街区の中央あたりに位置していて、南側や西側からも近づけるようです。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2023年04月01日
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投稿日 2023年04月01日
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投稿日 2023年04月01日
総合評価:3.5
朔平門は御所の北にあたる門です。御所の四方の正門のうちのひとつです。現在の京都御所は幕末に一度火災で焼失しているので、現存する建築物はそれ以降のものになります。1863年(文久3年)7月に破約攘夷を唱える公家、姉小路公知が暗殺される事件があり、朔平門外の変として知られています。この事件は八月十八日の政変、七卿落ちから翌年の禁門の変へと混乱の度合いはますます深くなっていきます。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 3.5























