g60_kibiyamaさんのクチコミ(57ページ)全6,029件
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投稿日 2023年04月02日
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投稿日 2023年04月02日
総合評価:4.0
~ガーデンとしては1993年(平成5年)の横浜ランドマークタワーの開業とともにオープン。そもそも横浜ランドマークタワーは三菱重工業横浜造船所のドック跡地に建設されたものです。そこで日本に現存する最古の石造りドックヤードであった第2号ドックを復元・保存したのがこの場所です。現在はイベントスペースやオープンテラスとして利用されていますが、その形状と規模は国の重要文化財および近代化産業遺産に認定されるにふさわしいものだと思いました。
- 旅行時期
- 2022年04月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2023年04月02日
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投稿日 2023年04月02日
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投稿日 2023年04月02日
総合評価:3.5
本町通りと関内大通りが交わる本町3丁目交差点の角にあります。この場所が1934年(昭和9年)に竣工した第百銀行横浜支店(当時)があった場所です。現在は下層階を銀行建築の意匠として残し、地上21階建ての高層マンションに建て替えられています。第百銀行は三菱銀行、東京三菱銀行、三菱UFJ銀行と名称の変遷がありますが、マンションが建てられた時点では東京三菱銀行だったので、旧東京三菱銀行横浜中央支店という呼称です。
- 旅行時期
- 2022年04月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- バリアフリー:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2023年04月02日
総合評価:3.5
海岸通り沿いに建っています。1931年(昭和6年)に三井銀行横浜支店として建てられたもので、重厚でいかにも昭和初期の銀行建築という感じがします。設計は東京の三井本館(1929年竣工)を手がけたアメリカのトロウブリッジ・アンド・リビングストン建築設計事務所。かつて馬車道付近は「ハマのウォール街」と呼ばれたようですが、現役を続けている銀行はいまではここだけ、だそうです。このひと月後に三井住友銀行大阪中央支店を見てきましたが、三井っぽい共通点を感じました。
- 旅行時期
- 2022年04月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2023年04月02日
総合評価:3.5
日本大通りが海岸通りに突き当たる、開港資料館前交差点のところにある建物です。褐色のスクラッチタイルを基調とした外観はなかなか味わい深いと思いました。当初、この建物は大倉商事横浜出張所として1929年(昭和4年)に建てられたものだそうで、1959年(昭和34年)から横浜海洋会館として使用されています。
- 旅行時期
- 2022年04月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- バリアフリー:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2023年04月02日
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投稿日 2023年04月02日
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投稿日 2023年04月02日
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投稿日 2023年04月02日
総合評価:3.5
警備厳重な門でした。半蔵門に次いで警備が物々しかったです。たまたま? 北桔橋門を探していて間違って接近してしまい、警備の警察官に注意されてしまいました。でもお正月の一般参賀や春秋の乾通り公開ではこの門から入場するらしく、一般人が決して近づけない門でもないようです。ちなみにここは江戸城の遺構ではなく、明治期に建てられた皇居の門なのでした。
- 旅行時期
- 2022年04月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2023年04月02日
総合評価:3.5
俗に言う江戸城三十六見附のうちのひとつです。城の外堀に位置し、東側が市ヶ谷見附、南側(西隣)が喰違見附となっています。石垣が目立って残っている場所は新宿通りの通る四ッ谷見附橋ではなく、すぐ北側にある新四谷見附橋の東詰でした。
- 旅行時期
- 2022年04月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2023年04月02日
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投稿日 2023年04月02日
総合評価:3.5
紀尾井町…親戚に初めてニューオータニに連れていってもらった半世紀近く昔から印象に残っている地名です。「紀」州徳川家、「尾」張徳川家、彦根藩「井」伊家から由来する「紀尾井」。明治になってからも町名としてこの通称生き残った印象深いパターンです。碑が建てられているのは弁慶橋の西詰でその敷地の南西端あたり。17世紀半ばの明暦の大火の後にここに移ったようです。紀州徳川家だけあって敷地は広大だったでしょうから、この位置に碑があるのは数ある候補ポイントのなかでもアクセスしやすい、ということでしょうね。ちなみに大久保利通の哀悼碑がある清水谷公園は紀州徳川邸の庭園の一角だったそうです。
- 旅行時期
- 2022年04月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- バリアフリー:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2023年04月02日
総合評価:3.5
日本最古の地下街だそうです。こうした場所を「雰囲気がある」で片付けてしまってはいかにも安直でしょうね。地下鉄の銀座線、浅草~新橋が開通したのは昭和ひとケタですが、この地下街ができたのはそれからしばらく過ぎた戦後のことだそうです。浅草商店連合会のホームページには界隈の30を超える商店会・商店街がリストアップされていますが「浅草地下商店会」の名称はあるものの詳細は語られていません。浅草文化観光センターで配布されているパンフレットにもそれは見つかりませんでした。老朽化から漏水対策が大変な浅草の地下に中野ブロードウェイ的な魔窟感を期待するのは無理そうです。
- 旅行時期
- 2022年04月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2023年04月02日
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投稿日 2023年04月02日
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投稿日 2023年04月02日
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投稿日 2023年04月02日
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投稿日 2023年04月02日
























