mom Kさんへのコメント一覧(3ページ)全289件
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台湾ふれあい旅の始まりですね~
momさん
夏は澎湖からスタートだったんですね~
いつかは行きたいこの島。行くなら長期で~
と思ってるので、、まだまだ先になりそうです。
今年定年が延びてしまいました。あはは(;´Д`A ```
いつもmomさんのコミュ力に感心。さすが!
いろんな人と触れ合う事で特別なブログに
なってるのがわかります~。
みんな優しいですよね~。そしてまた戻りたくも
なっちゃう。東港鎮~。わたしも今回高雄からだったので
東港に泊まろうか悩んだんですけど、次に行く観光地の
バスの都合で、、残念~。
檸檬コーヒー気になりなりますね~。爽やかな感じに
なるんでしょうか?
それと、、「阿婆炒粿仔」この前通り過ぎたかもです
ここに入ろうかなとも思いましたけど、昼時で人が
並んでたんで、諦めちゃったので結局、炒粿仔は
食べ損ねちゃいましたけど、、エビ出汁なんですね~
こちらも次回の課題に残しておきたいです。潮州も
宿泊してゆっくり回ってもいいですね~
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詩の世界にあそぶ
所々に現れる、石造りの橋。
此方と彼方側を繋ぐ、異世界への誘い…
橋って魅惑的存在ですね。
古びた風情をいつまでも留めておいて欲しい。
味わい深い景色を沢山、見せて頂きました。
道で拾った小さな果実を味わうなんて!
少女の様な純真さに、思わず感嘆しました。
私の母も、田舎家の塀の外に飛び出していた琵琶の一枝を失敬して(もう時効です😅)無邪気に口にする人でした。
私が非難すると、田舎では許されるのだ と…
詩の様な世界、一緒に遊ばせて頂きました。
ondine24
道も橋も生まれ育てるもの
ondine24さん、おはようございます。
日頃ブルドーザーと机上で造られた暴力的な道を歩いていると、このような本来の道出合うと落ち着きます。一体私達は何に向かっているのだろうかと思う時。2025年08月23日08時43分 返信する( 不手際操作で続きます。)「道に出合うと」
伊予は道もさることながら、橋も素晴らしい。『マディソン郡の橋』があります。八幡浜から山の中を松山に向かっている時目に入り、びっくり。なぜ屋根付きかその理由にも里人の暮らしが見え、古い絵もそのまま。よく手入れされています。
私の故郷はみかん畑が多く、道のそばのみかんは採らずに残していたそうです。おそらく30年ぐらい前までは。今は歩く人がいないからしなくなったなあと80代の現役農家さんが話してくれました。お母様のお話は、現代人の感覚では分からないでしょう。私、現代人ではないみたい。最近つくづく抗っています。
いつもエールをありがとうございます。2025年08月23日09時02分 返信する -
光栄です
GenKiさん、こんばんは。思い出していただけるなんて、二風谷日記へのエールと共に幾重にも嬉しく思います。ありがとうございます。
GenKiさんから奥様へ広がることが、資料館を訪れた者の責任を少しは果たせた気持ちになっています。本当にうれしいです。あの地を知って欲しい願いを持っています。
翌年、娘一家と再訪しました。若い者たちが見て、学ぶべきものと思ったからです。
萱野さんが生涯をかけて集めた民具は、資料館の向かいにも展示されています。そのキャプションに胸がつまります。声高に叫ばれていることの多い現代日本において、知らなければならないことが見えなくなっていることを痛感しました。観光資源のそれでなく、個人が”使命”として収集し、のちの世に伝えようとしたものの迫力に圧倒されます。二風谷の静けさがいいです。アイヌの人々の自然との向き合い方や知恵に、この混沌とした社会を生き抜くヒントがたくさんあるように感じています。
萱野さんとご親交があったとか、もし許されるなら、旅日記にそのことも触れていただけますように。楽しみに待っています。二風谷でよい出会いがありますように! -
二風谷と萱野茂資料館
mom Kさん
ご無沙汰しています。
たまたま4トラで沖縄旅行へのQ&Aに北谷やコザの回答をしていて、mom Kさんを思い出し旅行記を拝見し二風谷に行かれているのを知りました。
実は2025年8月末、北海道に行くことになり、二風谷を訪れようかと計画しています。
夜の7時過ぎに千歳空港に着き「その日はあまり移動したくない」という山の神の意見で、苫小牧か白老辺りに宿を探していたら「ウポポイに行く?」と山の神に聞かれました。
久々にアイヌのことを思い出し、むかし交流のあった萱野さんの二風谷をまだ訪れたことが無かったので、ウポポイなどの興行的施設より、二風谷に行きたいと伝えました。
到着日は千歳に宿が取れたので、2日目に朝から二風谷に行き、アイヌ資料館と萱野茂資料館を訪問しようと思います。
この旅行記、とても参考になりました。ありがとうございます。
そういえば、この秋もハワイでの上映交流活動を計画しています。ハワイ島での話もほぼ決まっています。
映画と非営利活動については、Facbookのページで紹介しています。
https://www.facebook.com/okagesamademovie/
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旅行記拝見
momKさん
コインブラ大学の学生食堂同じ角度で写真撮った記憶があります
その時は学生たちでいっぱいでした
コインブラは古くて寂れていますが学生の街なので何やらアカデミックな風が流れています
リスボンよりコインブラファドのほうが悲しげです
コインブラ大学の男子学生が多いと聞きました
今後ともよろしくお願いします
新しい旅行記楽しみしていますこちらこそ
おはようございます、norio2boさん。いつもエールをありがとうございます。
”いいね”はとても励みになり、皆さんの関心度合いも分かり、その上ご感想までいただくと、こんな旅日記でもご自分の旅を重ねていただけて嬉しいです。拝
ああ、norio2boさんと私は違いますねえ。最初のポルトガル旅は、ずいぶん昔になりますが、夏の終わりでした。連れ合いがリスボンを歩きながら、「寂しい街」とつぶやきました。あの大きな真ん中の通りを港まで歩いていた時です。で、移動しようとなって、ナザレで心広がり、コインブラにときめいたのです。(東京の雑踏の中を歩いている時、寂しくなる感覚です)
おっしゃる通り、コインブラはアカデミックな風が流れていますね。800年で育んだものだと私は思います。あの坂道を朝夕歩くだけで心満たされます。
もともとコインブラファドの発祥は、学生のファドで、恋歌と聞いたことがあり、その時行ってみました。大学の近くの見過ごすような小さなバル。学生があのマントを羽織り、朗々とせつなく歌っていました。予約や観光といったところでなく、街の人がひょいと入るバルでした。今回、探してみたのですが、見つかりませんでした。
リスボンのファドレストランの真打に(夜中の最後に登場)、八代亜紀さんの「舟歌」が似合うと思う私です。そう思うだけで、今強烈に願っています。2025年07月26日07時12分 返信する -
道を歩く
mom Kさん、こんばんは。
南伊予は、私も好きな土地で何度も訪れています。内子の周辺はよく知らないのですが、それでも馴染み深い所なので興味深く派遣しました。
今回の旅行記は、一篇の詩のような…といって良いのか…私は草枕の世界をちょっと思い浮かべました。mom Kさんの写真と文章を通じて、内子の周辺の、のどかで昔の雰囲気が残っている町を感じ取れるように思います。私は司馬遼太郎の「街道をゆく」が好きなのですが、この旅行記はmom Kさんならではの感性で描かれた紀行文のように思います。
大瀬は、整った街並みのように見えます。南伊予には時折こういった町が見られるような気がします。山奥ではありますが、交易の道の宿場町だったり、物資の集散地だったり…。
六月とはいえ暑い日が続く中、歩かれるのは大変だったかと思いますが、文章を通じて、mom Kさんが何をどう感じ、考え、見られたのか…それが伝わってくるような素晴らしい旅行記でした。
Deco旅の指南書
Decoさんも南予と「街道をゆく」のファンなのですね。九州からですと臼杵から八幡浜まではすぐ。週末遠出が楽しめる距離でうらやましいです。
漱石にたとえていただいて恐縮です。愛媛と松山は言葉の豊かな土地柄と今回も感じました。加えて私は山国の豊かさを感じます。「育む」力を感じています。長いスタンスでものを見ると言いますか。
伊予、土佐、讃岐、阿波と時々この名で心の中で呼んでいます。
「街道をゆく」は、旅から帰っても読みます。最近では、「韓のみち紀行」で
扶余から帰った後は、見ていた景色が心にまで沁みてくる思いになりました。
心遊ばせていると、歩く大変さはそれほどでもなく、これは年を重ねた者の特権だなあと思いました。宿の女将さんは、お遍路と言うのは、来し方を思いながら歩くもので、それでよかったのですよと、ねぎらってくれました。
朝、黙って飛び出していました。食事だけは断っていましたが。内子まで歩いたと知り、遍路で来たわけではなかったので、とても驚かれました。2025年06月22日18時50分 返信する -
一緒に歩いた気分です
mom Kさん こんにちは
お久しぶりです、コメントが。めざ
mom Kさん 作家をめざしてください、読者になりますよ。
今回の旅行記、内子まで歩くというので、どんな道を歩くのか興味津々
ご迷惑でしょうが後ろから付いて行きました。
朝5時半、歩くにはよい時刻、これからの道中が楽しみです。歩くのは年齢が過ぎてしまった私、(あくまでも私基準です)内子まで何があり、どんな人がいて、どんなハプニングがあるのか興味は尽きません。
早速ピコピコ歩く男性に遭遇、方言を楽しんでお別れ。やがて旧道を行くと通行止め、最初の試練。しかし、朝霧に包まれた山肌、中腹に美しい家屋、山里、外人観光客でなくともうっとりする風景ですね。お遍路さんのための案内小屋、標識、優しい心遣いです。扉のない小屋で雨宿り。間違ったところまで送ってくれるという人の情け、嬉しいですね。
檜か杉か?コッペパンか食パンかくらいの違いだと思うのですが、Kさんにも弱点はあるのですね(笑)。
日差しとの悪戦苦闘の結果ついに到達の内子、一緒に歩いて、いつ着くかとずいぶん気をもみました。偉いですねー、とうとう歩きとおしました。
内子の街をスケッチしたり、内子座を覗いたり、映画館の看板を見た思い出が
蘇りました。素敵なKさん旅行記でした。
pedaru嬉しいです。ありがたいです。
pedaruさんも内子をご存じでしたか。スケッチもなさっているのは、味わいが消えませんね。今より10年以上前のあの街の姿の方が、私は好みです。
私が”内子”の名を知ったのは、友人が「歌舞伎のチケット取れたぁ~。」と大騒ぎしたからです。どこ?何?で注目。とても個人で入手できる時代ではありませんでした。
今内子座は長い修復期間に入っています。
旭館は、偶然入ったかき氷店(本日記序文に登場)の店主が、「今夜館内ツアーをしますから、良かったらどうぞ。」と誘ってくれたのです。ゲストハウスも併設しているその店は、主に泊り客の希望でツアーを開催しているようでした。まさにチャンス到来。レジで、旭館が無くなってなくて嬉しいですと、私が漏らしたからです。
pedaruさん、感動なんてものではありません。どなたかの言葉を借りて、「読まずに死ねるか」ではなく、「見ずに死ねるか」のレベルです。天井から壁から舞台から桟敷から、階段から、100年に近い映画の亡霊たちが私を見ているようでした。それにおびただしい懐かしいポスターの数々。あの中で一晩眠りたかった。修復も困難、内子町でさえ引き取りを躊躇している状態だそうです。
小田から大瀬までなら10キロ程度。幸い内子町バスは旧道を通ります。どこでもギブアップ可能ですよ。スケッチに最高の道です。
今から秋になるまでの時期はお遍路さんが最も少ない季節。同じ宿でも3日間でデンマーク人遍路者一人に会ったきり。あの長い歩いた道でも、二、三人の歩き遍路さんに遇っただけでした。
秋なら道端に柿にみかんや野菜たちも100円で売られていますよと大福旅館の女将さん。旅館亭主の獲ってきた鮎を堪能してきました。♂「次、来られるときは、(私の好きな)山女を山奥の友人に頼んでおきます。」と言ってくれました。お二人は、私が滅多にお会いできない素敵な夫婦の姿をお持ちです。
pedaruさん、いつも熱いエールをありがとうございます。
2025年06月22日13時32分 返信する -
はたせなかった広場の市
mom Kさん
コインブラに行ったのは、もう何年まえになるだろうか。 - コインブラB駅の写真をみて思い出がよみがえりました。B駅を通りコインブラの駅で降り、ホテルに荷をおいて、でかけましたら、広場で蚤の市があり、素敵な水差しを発見。荷物になるから明日こよう、と思い直したのが最後。次の日には市はたちませんでした。華奢な小鳥がついていたかわいい水差差しは手に入りませんでした。見覚えあるコインブラの路地の写真など自分があるいた道、あ、ここだったな、あの道だな、アッこの教会の前でアイスクリームをほうばったな!などなど。いろんなことがよみがえりました。 ありがとうございました。 -
また渋いところへ…
mom Kさん
こんにちは!!
ポルトガル旅行記にお邪魔いたしました。
私自身のポルトガルも思い出しながら拝見しました。
あぁー、あぁー、そうだったなぁ、こうだったなぁと懐かしい思い出です。
同じイベリア半島のスペインと比べてだいぶのんびり感のあるポルトガル(スペインもなかなかですが…)は、私も好きな国です。
mom Kさんが召し上がられたバカリャウもとっても美味しそうです♪♪
私の性分でゆっくりカフェに入って人間観察する余裕がないもので、目の付け所に毎度感心させられております( ' Д ')
いつか落ち着いた人生を送れるようになり、食事や人の温かさを味わえる人間になりたいと思いました笑
てつやんでした今しか味わえない旅を
てつやんさん、嬉しいです。だんだん私的度が高くなり、突っ走っているなあと思わないのでもないんです。でもあなたのような旅の強者にエールをいただくと、「よ~し」と自己肯定感がupできます。旅の味を伝える路線を走り続けられます。
てつやんさんの疾走旅は、快感です。途中で息を止めてしまいそうで、事故らないか、間に合うかハラハラドキドキ追体験。無事帰国されているとわかっていても、緊張します。幸運は続きませんぞ(老婆心)。
その時にしか出来ない旅があります。私は私の旅を育てて今の旅があると思っていますよ。
私の初ヨーロッパ旅。オーストリア三都市をほっつき歩き、インスブルックから夜行列車に乗り、早朝のMilanoに着き、午後トリノに移動してlunchし、Paris入りを目指すがデジョンで終点。夜中、構内のベンチで始発のParis行を待っていたら、、と言うイタリア〇泊旅。年々輝きが増してくるユーレイルパス旅の思い出。今したいとは思いません。
てつやんさん、疾走旅ノムコウには思い描きもしなかったあなたの素敵な旅が待ってくれています。私は生きてそれを見届けたい。2025年06月13日20時50分 返信する



